機動戦士ガンダム00 統合戦緒戦記
第38話 SVMS-02Pアシガル治安型
人は何度でも同じ道を繰り返す。
歴史は何度も繰り返される・・・・・・。
それは統合戦争に至るあらゆる所で、全ての代の人間が犯してきた過ちである。
過去の一方的な暴虐を反省したとしても、対話による平和に努力したとしても、突如降りかかる災いを前にすれば掌を返してかつて収めてきた刃に手を伸ばせる。
賢い者達が再び禁断の果実を口にした先を読み説き伏せようと、ほとんどの人は見たい現実しか見ようとせず、それしか見られず、賢明なる忠告に耳を貸さない。
これを愚行と呼ぶ以外にどう断言できようか。
しかしそれを行う者とて悪を以って行うより善意に基づくのが圧倒的に多いのが、人間の哀れな事実と知らねばならない。
そして高みより愚行と声高く断ずれば、その者もまた過ちの鎖に知らず知らずの内に囚われていく事も。
この世を生きる為に次々と犯していく過ち、だがそれでも人は生きたいと願う。
何度も繰り返す過ち・・・・・・。いつ終わりを迎えるかわからない。
ワシントン大行進2326は西暦2326年に勃発した地球連邦領内の市民運動である。
経緯は先月、統合戦争勃発以来、分離勢力として独立してきた北米テキサス共和国が連邦と和平を結び、再編入されようという時にまで遡る。
和平交渉に赴いた旧テキサス指導層が連邦保安局より暴行を受け、その内二人の幹部が射殺された。
ある幹部に証言によると、
「突然、宿泊先のホテルで十名もの保安局員が部屋に押し入り地面に伏せろと怒鳴ってきた。当初、彼らの不当さに抗議したが銃を突き付けられたので止む無く命令に従ったが、直後に共に手を挙げていた二人に向けて乱射してきた。
辺りは血の海となりかつての同胞達は無残にも蜂の巣にされたのだ。発砲されなかった私達3人も殴る蹴るなど暴力を振るわれ、抵抗できなくなるまで痛めつけられてから連行された。」
一方の保安局員は、
「護送任務の為、入室すると連邦政府に対する侮蔑を浴びせてきたので強行手段に銃を突き付けざる得なかった。発砲したのは幹部二名(発砲後に死亡)が抵抗を止めず、銃を奪おうとしてきたからである」
と事を弁解し保安局広報官もまた、
「旧テキサス指導部は反乱軍という前科があり、可能な限り警戒しなければならなかった。不幸な結果となったが、手順通り行使した局員に不当性は見られない」
彼らの一見やりすぎに見える行いを擁護したのだった。
それぞれの食い違う証言は、保安局の過剰な権力行使に晒されていた連邦市民の不信感をここで爆発させた。
何万もの市民がそれぞれ連邦が設置したテキサス暫定州政庁と、事件を起こした保安局員のいるニューヨーク連邦最高裁判所に詰めかけ、事件の詳細な調査及び加害者者の謝罪賠償反省を求める抗議デモを実施。
これに対して連邦政府は「旧人類軍の潜入部隊に備えて」MSなど重武装の保安部隊を中心とする治安部隊を展開した。
「地球連邦の権力をあからさまに見せびらかし威圧する一連の弾圧行為に、市民は決して許す事はありません。
秩序回復及び内戦収拾を名分にこれ以上の弾圧を続ければ、どんな理由があろうとアロウズ時代に逆戻りするでしょう。
それは現政権の責任であり、内戦の対応が後手になり宥和政策及び組織改革を中途半端にし、組織の体質を抜本的に改められなかった私の責任でもあります」
2代目連邦大統領ブリューエット・ボナリー野党議員が、事件にそう述べた。
「私は貴方方、市民と連邦保安局の皆様に尋ねます。争えば、貴方の家族や恋人や友人は幸せになれますか?
自分が目の前の事に、正しいと思っていらっしゃるのはわかります。しかし人が何を思って、何を求めているか考えたことはありますか?」
これは現アザディスタン女王マリナ・イスマイール氏の演説より抜粋した言葉だが、この事件とその後の抗議運動の中、市民と保安局に呼びかけたという。
そしてワシントン行進2326にて保安局の暴走が市民の衆目に露わにしたのだった・・・・・・。
ベガ率いる第20独立試験部隊MS小隊ソウルズは、ニューヨーク上空で哨戒し回り地上の動向を監視していた。
とはいえ彼らは保安局の応援はとにかく、連邦軍の力を市民にちらつかせる看板役という、最新鋭MS部隊にとってもったいない任務まで帯びている。
「貴様ら、無抵抗の市民が多いからといって油断するな!この中に旧人類軍が潜んでいるのかもしれんのだからな!」
随伴の二機、アシガル治安型よりリアルタイムでもたらされる数多くのカメラ映像に目を通しつつ、落第生ばかりのパイロット達に一括を入れた。
「現在、市街地の市民に異常は見られず。怪しい動きはまだありません!」
「武装している集団は保安局と連邦軍だけだな?」
「は、はい!ハッシュマン少佐!」
高層ビルの立ち並ぶ巨大都市は所々デモ隊が行進しつつ、連邦最高裁判所に集結しようとしている。
穏健派議員が率いているだけあって、この手によくある交通マヒやゴミ散乱などはなく住民との軋轢は見られない。
しかも公園や広場などには屋台や休憩所が立ち並び下手すればお祭りとも言えよう。それ程に今回の大規模デモは統率が取れており長期化を見越し計画的な様子だった。
(だが、政府は・・・・・・強硬派とかは黙っていないだろうが・・・・・・)
いくつものウインドウにはプラカードと垂れ幕をかざすデモ隊や道行く市民、道路を埋め尽くす車が写り、ベガは注意深く確認していく。
アシガル治安型は調査用に四機配備されたアシガルをこの任務の為に追加装備した機体である。
部隊主力のヘラクレス型と比べて性能は圧倒的に劣るが、使い勝手が良く追加装備をどれほど用意しても運用コストが安く済むのが魅力だ。
・・・・・・落ちこぼれ達の練習機代わりにもできるというのだから。
(旧人類軍は連邦の至る所に潜んでいるんだ。反連邦主義者や反イノベ派を取り込んであらゆるテロをしてきてるんだからな・・・!
爆破はもちろん暗殺、乱射、果ては作業もしくは軍用MSによる破壊活動・・・。彼らがこの時を利用して動き出すのはおかしくない!!)
この十年近い内戦で見てきたテロの数々を反芻した。
アーミア少佐は今、最高裁判所で進められている裁判にオブザーバーとして出席しており、自分達は裁判所などを狙ったテロに警戒しなければならぬ身だ。
いつどこで所属不明のMSが現れるか、どう動き出すのか。モニターや端末に表示されている、軍用民間を含む公式登録MSにも注意していく。
「今日もデモ隊は平和的ですね。衝突も挑発も何一つ見られません」
「バーク少尉、油断するなと言ってるだろ。デモ隊だって実は旧人類軍の扇動だった、てケースが何件もあるから簡単にあいつらに乗ると馬鹿を見ちまうぞ」
「穏健派の議員が率いておられて、手順通り保安局から許可をもらったデモでもですか?」
MSパイロット選考や教育から落ちた連中の一人なだけあって、将兵では矯正されるべき人格が恐しい事にまだ残っている。
ただの一般市民なら当たり前の善良な人間性と自由な考えは軍隊にとって不要だというのに、弾かれずに最前線部隊に送られシャバの価値権を持つ。ベガは話を聞いて不機嫌になった。
「流出動画では保安局は最初から銃で幹部達を脅してましたし大勢で押し入るわ、どう見てもやりすぎどころか敵扱いしているとわかるではないですか」
(ううむ・・・。後でどう教えようか、死んだ隊長の受け売りでも言おうか)
初めに正規ルートで教育を受けパイロットになったベガがひよっ子達の教育を考え始めた矢先、眼下で広がるデモの様相が大きく変わった。
「隊長!これは、国歌です・・・!」
「デモ警備の保安局が各地で一斉に動き出しています!これは一体・・・?!」
進み続けるデモ隊を完全武装の保安局員達が一斉に襲うではないか。
人垣に催涙スプレーやテーザー銃を問答無用に浴びせ、市民を引き剥がしては警棒で打ちのめす殴る蹴るの暴行を加えていく。
いきなり受ける仕打ちに耐えかね抗議を上げる彼らなど害虫の如きと言わんばかりに、保安局員は全員が国歌を鼻で歌いながらこれをお構いなしに叩きのめす。鼻歌での国歌はトーンが低くお世辞にも上手くないが統率の取れた合唱が不気味だ。
「各地のデモ隊にこれと同じ事を行っています!あっ!裁判所前、MS隊が発砲しました!!」
「なっ、何を考えてるんだ!?催涙散弾でデモ隊の退路を塞いで、ゴム散弾を次々撃ち込んできました!!」
「あいつら、市民を虐殺するつもりだぞ!アロウズ時代に逆戻りだぞこれは!!」
部下達が悲鳴を上げる間にも惨劇は続く。
最高裁判所に配備された保安局のMS隊、そのチェンシーがまるで事前に打ち合わせしていたのか淡々と砲を撃つ。
逃げようにも催涙弾で退路は塞がれ頭上からはゴム散弾による無慈悲な豪雨に晒され、そこへパワードスーツ装備の保安隊が無力な市民達に殴り込みをかける。
青年も、学生も、女性も、子供も、老人も、妊婦も、穏健派議員も、誰もが皆等しく保安局員の冷酷な蹂躙を受ける。それはまさしく阿鼻叫喚の、目を覆う地獄だった。
「対策本部、対策本部!状況の説明をどうかお願い致します!」
「連邦軍ソウルズMS隊、保安局デモ対策本部だ。デモ隊の中に旧人類軍工作員潜伏の疑いがあり一斉検挙を実行している。貴隊は任務を続行せよ。以後、そちらの通信は受け付けん」
ベガは訊くが本部は軽く答えたきりすぐ通信を切られてしまった。
「ど・・・どうしますか!?少佐・・・!なんとか止める手は、ございませんか・・・・・・?!」
「本部の命令に従うしかないだろうが馬鹿野郎!!上官命令は絶対だ、兵士は命令のその通りにやれというのがまだわからんのか!?
・・・今はアシガルで地上の映像を撮りまくれ!どっちが正しいか映像でわかるはずだ!」
すがるように尋ねる部下に怒鳴ると、間を置いて考える限りの対応策を命じた。
このアシガルは広大で複雑なな地上の中から暴徒やテロリストを把握できるよう、センサーやカメラが強化増設されている。
デモ隊と保安局の細かな挙動など発言などを見聞きそれらを集めらる事は不可能ではない。
「りょっ、了解・・・!」
その矢先、保安局所属の航空MS小隊がこちらに急接近。アシガル治安型で保安局仕様に調整されたミッドナイトブルーの機体が、肉眼で確認できる程までこちらに張り付く。
モニターに指揮官らしきパイロットのウインドウが加わり、相手を虫けらのように見る冷たい目で自分達の鎮圧行為を非難したベガ達を見据えた。
「・・・・・」
息を吐かせぬこの静寂。溜息をつく。
保安局とは対テロ作戦などを円滑に進めるべく連携を深めているが、共に大規模な治安維持部隊を抱えていたり現場では双方の権限重複などで意見が食い違うなど摩擦が絶えない。
特に市民に対する姿勢が両者では違う。
民衆ならば見境なく敵視する保安局に対し連邦軍では古参兵を中心に、故スミルノフ親子及び故ハーキュリー大佐の残した「市民を守る軍人」意識を持つ。
同じ統一政体の一員ながらもその僅かな意識差が、このような摩擦を生み出しているのだった。
「連邦軍機に告ぐ。保安局の意向に不服の様子ではないか。放っておけば自分勝手に振舞う民衆を、正しく導くのが地球連邦の使命と教わったはずだが?返答次第では正規軍だろうと反逆罪の疑いで発砲する!」
「お前達は手出しするな!!・・・こちら連邦軍第20独立試験部隊ソウルズ、第一小隊長代行ベガ・ハッシュマン少佐。地上のデモは全てあらかじめ許可を出した上、敵工作員の確認も万全に済ませたと聞く。
それ故、保安局の突然の行動に我々が激しく動揺したのは事実、その非礼をお詫びする。しかし地上の監視をより厳かに、その中に旧人類軍が潜んでいないか警戒はさせてもらう」
「これはこれはベガ・ハッシュマン少佐。妖精の片腕たる英雄がまさか保安局まで監視しようとは心外ですな。それでは貴官は反逆したと見なしますぞ!」
連邦軍と保安局は未曾有の内戦対応に手を組まなければならない立場。ここで衝突しては共同作戦に支障をきたす。
(嫌な奴だなぁ・・・・・・。自分達こそ、属する組織こそ全て正しいと真面目に思ってやがる・・・)
慇懃無礼な態度を崩さない保安局パイロットに内心唾棄する。
「心外なのは、貴官らに疑われた私達もだ。そもそも旧人類軍の工作員がデモ隊に潜んでいたとそちらが疑っていたならば、彼らだけでなく身内にも疑うべきであろうが?
それに証拠は保安局だけでなく我々も共に集めれば、収集効率が高まる上に視野が偏らずに公平性が増す。これを怠り一方だけ疑い他を疎かにし工作員を見逃せば。それこそ反逆罪と疑えるぞ・・・・・・?!」
ベガは落ち着いた口調でありつつも保安局の脅しに屈せずに言い返す。
「デモ隊の警戒は対策本部の命令であり我々の行動に問題はございません。それにデモ隊は我々連邦政府の政策に反発し内紛の混迷を深めかねない不穏分子。要求次第では取り締まるべきですぞ!」
(この内戦を、真面目に何もわかってないなこいつ・・・・・・)
生真面目でしかない。命令を生真面目に遂行し、無慈悲な弾圧を生真面目に行い、組織の不手際や不祥事を生真面目に無視し、そしてそれらを隠す。この男はただ生真面目なだけの人間でしかなかった。
「お言葉ですがハッシュマン少佐。かつてアロウズの暴虐を知った市民は、自分の無知を恥じて初代政権を糾弾し穏健派に恒久平和の期待を寄せましたが、この内戦で前政権に幻滅して強硬派に鞍替えしました。
目の前のテロや内戦に彼らは自分の命惜しさに、軍備増強による治安回復を求めて、強い地球連邦の復活を求めて強硬派に再び支持したのですぞ」
ベガは彼のネチネチとした話を黙って聞く。
「ガンダム意識だって同じです。一時の過激な武力介入に憎んだというのにアロウズの件であっさり見直された。まったく市民というのはコロコロ移り変わりやすい、馬鹿で自分勝手な連中ですよ。
貴殿とてそう思うでしょう?昔のあれだけの反省とか長年の苦労と努力を、奴らは目の前の事の為にあっさり掌を返して切り捨てて、民主主義と聞いて呆れますな??」
(そういう貴様も、真面目に馬鹿な市民と同類だろうが・・・・・・。俺も粗方の人間もみんな、だろうが・・・・・・。
連中が人類唯一の統一政体の為、無理矢理まとめた人間達を手っ取り早く抑え付けるには、市民全員等しく敵と見なすしかないと考えるのは無理もない。しかしな・・・)
溜息を吐いてから間を置いてから、ベガは決心した上で口を開いた。
「保安局の正義感、意気込みは充分、我々は理解し感服もした。
ところで我々連邦軍は保安局による治安維持の応援、それもテロカウンターを担当しているのでデモ隊だけ注意を向ける訳にはいかない。
与えられた任務に則り、テロ防止すべくニューヨーク市内全てを監視させてもらう。デモ隊に構ってテロリストが暴れられては、そちらも大いに困るに違いないから、な?」
「・・・保安局の中にも工作員が潜んでいるとでもお考えか・・・・・・!」
よりにもよって痛い所を突かれたと言わんばかりに、保安局パイロットは渋面を浮かべる。
「不良品共の取りまとめ役の分際で!!」
「今のは向こうの言う通りだ!対テロ戦は連邦軍に任せておいて我々は任務を遂行すべきだ!では我々はここで失礼いたします」
部下の暴発を抑えさっさと去ろうという矢先、ベガは言葉を続ける。
「あと最後に忠告する。もし監視映像のレコーダーが飛行時間より半分以下だったり監視分が全部隊とリンク出来ていなければ、意図的な隠蔽工作とこちらは見なす。
それが本当に隠蔽と発覚すればその時、貴官達の敬う栄光の地球連邦はバラバラに分解し全て台無しになるだろう。だかから、そこはしっかり気をつけるんだな!もし本当に不正を行ったらただでは済まんぞ!」
「・・・・・・了解しました」
口でそう告げると僚機を引率する形でアシガル治安型を翻す。
(市民は・・・あいつらの言ってる事はまず間違いじゃない。過去の痛みなど今の痛みですぐ忘れられる。
それにアロウズが潰れてもどうせ同じ弾圧の役目を正規軍かどこかが引き受ける、と死んだ隊長は言っていた。その弾圧を現に連邦軍と保安局が行おうとしている。
歴史は繰り返される、飽く事無く同じ道を繰り返すとはこの事だな・・・・・・)
滲み出てきた哀れみはすぐ振り払い現実に思考を傾ける。
血を流さぬ静かな戦いは未だ続く。生意気な部下達との応答や保安局との連携、そしてテロの警戒と課題は山積みなのだから。