機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第2部 第37話 GNX-805T/Plヘラクレス・プレデター
軍隊が兵士に求められるのは命令への絶対服従、良心の呵責なき殺人の遂行である。
人間の殺人機械化の為にあらゆる手段―――人間性の剥奪や徹底的な条件反射、正義による正当化―――を以ってして洗脳教育を行い、何度もその試みは失敗してきた。
どれだけ罵声で自我を奪ったとしても人の心全て破壊しきれず、兵士達は戦場で殺人の瞬間、良心の呵責を呼び覚ましてしまうのだ。
ましてや人間という生物は戦争という、動物の一線を越えた凄惨な破壊と殺戮行為に適応できてなどいない。サイコパスや狂信者など例外を除いて。
だが安全な後方に居座る好戦主義の指導層は、自らの利益確保の為に事実から目を逸らし、国民の精神を付け入り戦争に駆り立てる愚行が何度も繰り返された。
人類最後の戦争の時代、地球連邦軍が長きに渡る矛盾が変革によって突き付けられるようになるまで。
西暦2325年のある日、ベガは女上官に代わって突然の取材に自ら応じていた。疑惑と困惑と胸に。
相手はフリージャーナリストのヤーゲル・フロークマンという銀髪で端正な面立ちだが無表情で不気味な男である。まるで人形を思わせる風貌だ。
有名人の彼女目当てに報道陣が取材に押し掛けて来るのは別に珍しくないが、何故か後ろ盾のないただのフリージャーナリストに異常な警戒せずにいられない。
(なんでアフリカタワー基地は、事務方はこんな奴を受け入れやがったんだ・・・・・・?厄介者の俺達への当て付けか?)
苦情を押し並べたいがそれは後回しにし、取材を前に一言をヤーゲルに入れておく。
「第20独立試験部隊ソウルズの指揮官アーミア・リー先任少佐殿は、現在上層部の命令により急遽国境の最前線へ出向なされている。詳細は機密に当たるので説明はお断りさせてもらう」
最前線とは聞こえが良いがこの連邦領アフリカに後方も何もない、いわば全域が戦場と言って良い。都市を出ればテロリストや民兵が潜伏しており小競り合いやテロが頻発するほど情勢不安定なのだ。
取材内容は地球連邦の有名人と連日もてはやされているあの上官の真意についてだという。
エースパイロットとして挙げて来た戦果やソウルズにおける八面六臂の活躍ばかり取り上げ、ニュースで戦意高揚に誇張したがる視聴率目当てのマスコミ達とは違う意味で物好きと見えた。
「まず軍隊は国家の一機関だ。相互理解は部隊や組織内の結束にのみ通用させるべきであって、組織の命令と服従を原則を崩したり敵にまで適用してはならない思想だ」
「それは地球連邦平和維持軍の見解でありますが、ベガ少佐も同じ一存ですか?」
「自分が連邦の軍人である以上、上層部の意向には従わねばならない。ましてや私はアーミア少佐の補佐を目的とする副官、彼女の理想に感化されている訳ではなく命令で配属されているだけでしかない。
確かにイノベイターが増えた事で対話による相互理解の可能性が開かれたが、軍隊は政府に統制されるでき組織だから宥和政策に対しても反発していないだけであって、思想面では賛成という訳ではないんだ」
なんともミクロとマクロの視点を交えた質問なのか。自分は政治的判断を下せる佐官の上にあの女の下にいたおかげで、高レベルの話題でも冷静に付いて来られるようになったのが幸いした。
普通の佐官なら機嫌を損ね、最悪組織への侮辱と受け止められ速攻で基地から叩き出される運命になっただろう。
「もっとも俺は普通の軍人で普通の人間であるから、アーミア少佐の思想は受け入れられない上に相互理解も保守的な立場でしかいられない」
「世界が大きく変革しようとしている中でも貴方方連邦軍はあくまで現状を貫く、という事ですか。
それですと新兵訓練がますます過激な手段で行われ、耐え難い副作用が程な跳ね返って来るという可能性が確実になりますが?」
(こいつ・・・!アーミアの士官学校時代の論文で返してきたか・・・・・・!)
それは隊長が出向する羽目になった、あの計画のきっかけになったという彼女の功績が脳裏をよぎった。
このヤーゲルという男、反感を買わぬよう空気を読もうなど何処吹く風という態度で、それなのに挙動言動には悪意も裏表など見られない。
(まるでアーミアとそっくりではないか)
ベガは目の前のフリージャーナリストが、生意気で小憎らしい女と重なって見えてしまい内心苛立ちを募らせていった。
「アーミア・リー少佐の挑戦に多くの反感を買う事は間違いありません。非難も誹謗中傷も何十年も続くでしょう。
ですが彼女のやっている事は人類の変革の中であっては、大変価値ある事と私は思います」
「価値ある・・・か・・・・・・。その他大勢からは決して受け入れられないだろうがな」
変革がどのように進むかわからない以上、それしか答えられなかった。
「友軍部隊の機動効率4%ダウン、精神状態80%前後で安定し好調せず・・・・・・」
ドラムコックピット内。アーミアは頭上の砲火に注意しつついくつものサブウィンドウを端末で操作しながら次々転送される情報を処理していく。
ここは連邦領アフリカ北部に位置するエチオピアの山岳地帯、大地構帯沿いに地球連邦軍の哨戒部隊と反乱軍やゲリラが対峙する激戦区の一つである。
前方のチェンシーからなる小隊が岩陰より何度も砲撃を加えては迎撃から機体を敵から姿を隠しやり過ごし、前進や後退と移動を繰り返しながら敵地の威力偵察を行っていた。
彼女率いる第一小隊は岩山を盾に前線のMS部隊の真後ろに配置されている。無論、豪華な機体を見せびらかすという下種な目的ではない。
必要ならヘラクレス・ウォールズ四機による火力支援やGNシールドビットの防壁展開など援護を積極的に行う。尤も、最前線における将兵の心理データを収集し後方の研究チームに送るのが今回の任務だが。
「隊長、こちらの狙撃で敵陣地は10%沈黙。少し息を抜けるかと思います」
「二時間もかけてでしょう?リラックスは出来ないと思いなさい。・・・っ!ほらね」
そう言っている間にも粒子ビーム混じりの実弾の雨が降り注ぐ。二時間前に最前線に展開してから続く一斉砲撃はこれで13回目になる。
「「・・・・・・」」
(大変堅固な陣地も厄介だけど、周辺のMSと歩兵をなんとかしないと・・・・・・)
ケニア反乱軍の張る防衛陣地は決して多くないが、艦載GNフィールド発生機を用意しているらしく守りが固い。その上防衛MSが相当用意されており随伴歩兵と共に機動戦力としてこの要害を補強している。
宇宙艦隊と航空MS部隊の充実した火力支援でもそう簡単に沈黙できないのは明白だった。
「思ったより良いフォローしてくれるじゃないか。ソウルズの奴らは」
「でもあのMS部隊、ボンクラ共をエースが率いてるだけじゃないか。第一選考で落ちるような奴らばかりじゃ今の実力がどの程度か疑わしいなあ・・・。もしかして一人じゃ正規相手にも敵わないんじゃ?」
「有り得るんじゃねぇの?あちこち前線を回るようじゃ訓練もままならねぇしさ?どうせアーミア少佐「様」に頼ってばかりだろうな。ははは」
「え?各機とも的確に動いてたから、それは無いんじゃないか??」
「こちらドラゴン1、お前達の言いたい事はもっともだ。実力はどうあれ後方にいつでも帰れる試験部隊なのは事実、それにソウルズの目的は俺達前線部隊のデータ収集だからな。俺達だけでここを踏ん張る気で、任務を果たせよ!」
オープン回線から前線の声を捉えた。会話内容から感謝を抱く者もいるが多くは侮蔑や疑念、嘲笑が込められた罵倒で占められている。
敵歩兵の携行式GNミサイルを用いた肉薄攻撃阻止を担当する随伴歩兵からも同じような悪口ばかりがもたらされる。こちらの奮闘のおかげで反撃に乗り出し一段落したのが、かえって心理的に余裕が生じさせるとはなんとも皮肉な結果だ。
一瞬も聞き逃さず耳にしたそれらを全て心に留めつつ、アーミアは同時にリアルタイムで表示される将兵の心理データに目を通す。
(戦闘に伴う興奮、恐怖は平均値を維持。また敵に対する敵意や殺意、悪意も、私達に向ける感情も、同様に平均値を維持・・・・・・。・・・平均とはよく言えたものね)
サブウィンドウに表示される心理データと数値に溜息をつく。
地球連邦平和維持軍では統一政体の維持と人類及び地球防衛の為と、正義感と連邦に異を唱える不満分子に対する敵意を持つよう将兵に思想教育が施される。
軍人としてアイデンディティーをもたらす教育はかつての三国家軍、遡れば無数の元構成国軍から連綿と続くものであり、軍隊が存在する為になくてはならない大事と言われている。
だが彼女にとって問題なのは教育の内容が、あまりに過激で価値観や人道を侵害するレベルなのだ。仮に善良で無垢な市民が目の当たりにすれば絶句するだろう。
(あの穏健派のブリューエット政権すら軍の人格破壊教育まで改められなかった・・・・・・)
テロリストや反乱軍は悪魔だデモ隊も悪魔だ、敵は地上から消えるまで殺し尽くせ、地球連邦に心身捧げよ。
市民社会とかけ離れた価値観の刷り込みに先駆けて、入隊当初より鬼軍曹の罵声と精神衰弱など人格否定の仕打ちを受ける。
それらは全て無慈悲な殺戮者という軍の要望を最短時間で実現させる、最も効率的な洗脳教育なのだ。
(あの教えは士官学校でうんざりするくらい説かれたんだよね・・・。私はそんな教育に最後まで屈しなかった。あれは幸運だった)
膨大なデータも相手取るアーミア達と前線部隊の静かな軋轢は司令部の通信によって一旦中断された。
「こちら作戦本部。突入部隊が作戦空域に到達、これより降下し敵陣地に強襲を掛ける。総員攻撃準備」
これまで自分達に向けていた砲火の多く、そして火を吹かせていない分も加えて上空に放たれた。すると砲火の先、空の彼方からオレンジ色の帯が4つ現れ次第に大きくなってきた。
(通常の三倍の速度をトランザムなしで、通常出力のままで・・・!)
「突入部隊の精神状態は安定であります。平静にあり、ストレス反応から緊張はありますが迎撃に対する動揺も恐怖も感知されていません」
「そう・・・・・・。このまま全機とも心理データをくまなく回収しなさい。本任務の最優先データ収集対象の突入部隊が到着したんだからね」
猛烈な対空砲火に身じろぎせず前進回避で乗り切る突入部隊。地上部隊と敵情報をデータリンクが確立しているとはいえ、GNフィールドなしで潜り抜けられる部隊といえばイノベイター系しかいない。
光学カメラとデータ照合で彼らの乗るMSを即座に理解する。
(GNX-805T/Plヘラクレス・プレデター・・・。やはり上層部は私にイノベイター部隊の心理を見せ付けて、訓練の正当性を見せ付ける公算ね・・・・・・・!)
その機体は連邦軍精鋭用MSヘラクレス系の一つで、イノベイターパイロット専用の近接攻撃型として機体全体が改修されている。
特徴的なのは背部サイドバインダーに装備されたそれぞれ3基の大型GNファングと、全身に増設された大型GNコンデンサーとGNスラスターだ。
大気圏内でもトランザム並の爆発的な機動力を通常状態でも発揮するという、カタログスペック通りにイノベイターパイロットは見事性能を引き出していた。
セオリーも発砲もなしに敵勢力下の地上に肉薄、山の頂より高度100メートル前後の所で攻撃に移行する。四機のヘラクレス系が各機散開し二機で距離をかなり開けつつ連携をこなしていく。
実体剣より粒子ビーム発射と同時に背部の大型GNファングを六機全て展開、四機からファング24基が敵に差し向け数え切れない目標に牙を向く。
「突入成功!全部隊攻撃開始せよ!」
それからの様相は一方的な戦いだった。以前の4倍ほど大型の近接ビット兵器が山ごと陣地を貫き拡散モードの粒子ビームを内部に撒き散らし、中にいる人間を砲手から衛生兵に至るまで一人残らず焼き払う。
敵MSと山々を縫うように潜り実体剣で相手を切り伏せ、一度反撃態勢を許せば別方向へ攻撃に移行する。
「敵戦力63%撃破、陣地攻略50%に到達!」
観測部隊から報告が入る。
(敵MSだけでも四十機程。それを一機に付き十機相手するとして、一分で五機も落とした・・・・・・!)
無論立ち塞がるMSを完全に撃破できてはいないが、密集した敵中における巧みな一撃離脱が反乱軍を撹乱させ同士討ちを誘うには十分である。
全身のGNスラスターからもたらされる高機動力に、陣地防衛のGN-XIVフォルティスもGN-XIIIもチェンシーも翻弄されるばかりだった。
慌てふためいた一部MSが飛翔し距離を置いた所を連邦軍に狙撃される。恐慌状態に陥った一機がこれ以上近づかせまいと乱射したが避けられ、代わりに友軍の歩兵とMSに撃ち込んでしまう。
(あるガンダムのデータをヴェーダから引き出して造ったと言われるけれど、これ程爆発的な機動力を誇るとはね・・・・・・)
急激な形勢不利に随伴歩兵がヘラクレス・プレデターを間近で撃破を試みる。だがその賭けはいともたやすく見破られ多目的粒子制御装置・近接迎撃モード及びGNファングの対人拡散ビームの返り討ちを受けた。
(イノベイター兵は一体何を感じ、何を思ってるんだろう・・・・・・?)
GNシールドビットで仲間を友軍を守りながらアーミアは思う。
(イノベイター兵は周囲の脳量子波の遮断措置を受け、敵兵の心に影響されないよう心理トレーニングを受けている。ナノマシンによる精神操作ははハッキングのリスクと人道面から棄却だけどね。
それはこれまでになく強い敵意と偏見を植え付けて良心の仮借なく殺せるようになるという事だ・・・・・・。市民を守る軍人というスミルノフ親子の精神は彼らには多分ないわね)
自分の研究はあくまでも軍の蓄積分と自力収集した心理データを、相互理解と戦争防止の面で検証し上層部に発表する事だ。軍の訓練や教育に助言は出来ても改革など少佐の身では不可能である。
思わず飛び出してきた敵MSに向けて発砲。しかし一発で撃破できるだろうが撃ち抜かず、あえて機体脇に射線を逸らし逃げるよう促す。
(時代は戦争に突き進んでいる。でも戦争機械を生み出すようじゃ平和になったとしても、元の市民に戻れない兵士と私欲にまみれた軍指導者がいるかぎり同じ繰り返しになるだけ・・・。
いや、市民社会のイノベイターの受け入れと相互理解が進めばその分だけ軍の洗脳教育はますます酷くなる。このままでは戦争の火種が残ってしまう・・・・・・)
これまで連邦軍を受け付けなかった堅牢な陣地の多くは破壊され、兵器だった残骸と落石が斜面に無造作に散らばるようになった。
ヘラクレス・プレデターに後方まで蹂躙されたケニア反乱軍を攻勢の好機と捉えた友軍は攻勢に打って出た。チェンシー部隊は随伴歩兵と共に前進し突撃するGN-XIVフォルティス部隊を援護する。
(現在のイノベ部隊の精神状態は至って正常。歩兵も目視した上で次々焼き殺している辺り、彼らは相手を人間じゃなくて蛆虫程度にしか見ていないかもしれないわ)
演説以外に出来る事を探し求めるアーミアの見る現実はますます厳しくなっている。
変革を受け入れる者、受け入れぬ者の差は、軋轢は収まる様子を見せない。増え行く黒煙と戦火に彼女は憂うばかりだった。