機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第2部 第31話「GN-011RE1/FF-01ガンダムハルートR1ファルコン」
人類の相互理解という理想を胸に現実と向き合うとどうだ。
自分もみんな偏狭だったと、多くの人間が理想に懐疑的だというではないか。
(どれだけ顔を合わせても慣れない・・・。
分かり合いたいというのに、みんないつまでも感情と狭い価値観に囚われている・・・・・・)
数多くの軽蔑、敵意、悪意を纏った見えない槍が、身体と脳に突き刺さり恐怖で縮み込みたくなってしまう。
彼女がELSの純粋な思いを理解できた分、今度は人の様々な感情に過敏になってしまっているのだ。
「仏のアーミア少佐さんよ、何固まってんだ?本当に仏像になっちまったかぁ?」
「おーい、さっさと始めろよ!みんな待ってんだぜ?
日頃トラブルを繰り返している問題児らの下品な野次が飛ぶ。
そうでなくても周囲―――アーミアの世話になっている落ちこぼれ組を除く―――のブーイングを加え、指揮官に更なるプレッシャーをかける。
上層部派遣の幕僚兼監視役達はこれをあえて、見てみぬ振りしそのまま上官を伺うだけだ。
(嫌な眼・・・・・・。私の統率力だけ見ていて部下の事を全部押し付ける・・・!)
思ってもいない愚連隊指揮に辟易し、これまで部隊再編申請を何度も図ってきた。
だが全て上層部に取り下げられ、ある時は前線を知らない後方勤務の軍人達から「相互理解で戦争を終わらせようというなら、これ位出来るだろう」と薄笑いで返された。
省みれば入隊を決心した政権交代の頃に自分専用の部隊設立を、コネで前政権に頼んだ自分は全く無責任なものだ。
まるで小遣いや駄菓子もしくは玩具をせびる子供みたいではないか。
それでも選択の皮肉な結果を、アーミアは味方が少ない中で一人背負わなければならないのだった。
「ピーピーからかうだけの馬鹿共が・・・!」
彼女が声を発するより早く副官ベガ・ハッシュマンが前に進み出た。
怒鳴ろうという所を差し伸べた手で静止、代わってアーミアが部下の前に立った。
「おぅ?説教か?アーミア・リー、てめぇの綺麗言なんぞ聞きたくねぇんだコラ!」
「早くここから出てけよ!辛いんだろ?隊長なんざやりたくねぇんだろ?」
「とっとと消え失せろエイリアン!ELSの手先が!」
侮蔑に加えてゴミやら空き缶を投げつけて挑発してくるが、これをアーミアは勇気を振り絞り、
「全員注目!」
部隊指揮官として、少佐として、透き通ったハスキーボイスで部下達に一喝。
あれだけやかましかった不良兵士の下品な罵声がすっかり静まり返り、部下全員が緊張した面立ちで女上官に注視した。
「地球連邦軍より先刻0500より通達がありました。
私達第20独立試験部隊ソウルズは、地球連邦政府と上海臨時政府の交渉、その護衛に抜擢されました」
端末を操作し任務内容の文字と現状の画像をモニターに表示。
先々週より上海は反イノベイター派市長とその一党が私兵を率い独立、連邦軍と睨み合いながらその勢力圏を拡大していった。
新たなる反乱勢力の脅威とイノベイター迫害に危惧する連邦政府は、交渉の打診を繰り返しようやくこれに漕ぎ着けた。
これで騒乱が一つ収まるかどうかわからない。
だが元連邦オブザーバーであるアーミアが関わる以上、和平の成否を握る可能性はあるといえよう。
上海臨時政府と地球連邦使節団のいる市議会警護が、今のアーミア達の仕事のはずだった。
アーミアのGNX-805T/Wヘラクレス・ウォールズを筆頭に同機標準仕様三機からなる第一小隊が、上海派遣軍の命令により現場急行するまで市街地が襲撃に晒されていた。
議会はベガ率いる第二小隊に任せたのでテロに簡単にやられることはない。
「この羽付き・・・見た事ない!助けてぇぇ!」
「ひぃぃ・・・やられた!うっ、動かせない!」
「市民の避難はどうしてるんだ!?」
最初は街中で起こった爆発を、交渉妨害のテロか都市防衛隊の間での事故かと思った。
立て続けに上がる爆発と現場の大混乱を前に、その認識の誤りをすぐに悟る。
十年近く前のELS戦にて地球側として参戦したガンダム、その羽付きの系統らしい黄色の機体が市街地を縦横無尽に暴れまわっているのだ。
数少ない当時の記録映像に映っている機体と比較して、サイドバインダーが小さいが二本の大剣とバイザーフェイスに四本のクラピカルアンテナは全く同じである。
上海側の哨戒MSが巨大な鋏のような実体剣が振り下ろされては、次々と哀れな食用家畜のように屠られていく。
二機でいるとはいえバラバラに散開しておりまともな対応を取れぬまま堕とされ、スクランブルしてきた増援中隊すら一分足らずで壊滅されてしまう。羽付きのガンダムが市内を駆け回り軍基地を襲っては、迎え撃つMS五十機がことごとく沈黙されたのだった。
続け様にガンダムは襲い来る地対空GNミサイルを、その粒子の帯から発射元である市街地にビームでピンポイント爆撃、沈黙させていった。
「これは・・・一体!?」
「上海軍のMSが新型ガンダムに・・・、次々やられていってます!アーミア少佐ぁ!」
落ちこぼれ組からなる部下達が一方的な様相に狼狽した。
GN粒子によるセンサー妨害を受けている中、光学カメラで上空より襲撃者の機影を目の当たりにして。
操縦技術は高いが融通が利かない、隊員として上手くコミュニケーションと集団行動がとれない、根暗で気弱のMSオタクといった、士官学校ですぐ振るい落とされるべき落第生達。
アーミアの地道な指導で鍛えられた彼らだが、初めて見るガンダムの猛威と戦場の恐怖が脆弱な自信を打ち壊す。
「うろたえない!各機、戦術をプランZ-10で状況対応を!」
二機の広範囲索敵担当機が先行散開し、残るアーミア機と直掩索敵担当機が現場に直進する。
「相手はガンダム。イノベイター機と同じ位か、それ以上の危険度だから、前に出ずに索敵に徹しなさい!」
「「「了解!」」」
イノベイターなど最脅威の相手を指す戦術プログラムZ系統の十種目。
腕の立つ隊長機が単機で強敵と一騎打ちし、部下機三機は遠近を織り交ぜた索敵とデータリンクによる作戦本部のオペレートを強化させ、
防御を基本に味方の情報分析で隙を突く単機突出反撃の戦術だ。
万が一の形勢不利でもあらゆる距離からの援護を受けられる保障があるので、アーミアはこの戦術を好んでとっている。
ジャミングの制約下、迎撃の対空砲火の射線を頼りに急行した先は港湾地区だった。
旧式とはいえ高火力高防御を誇るGN-XIVフォルティス、火力支援のGN-XIII無人型、準GN機のチェンシー系などが、今や無残に四肢胴部頭部などが転がるばかりである。
(全て爆発せずコックピットは狙われていない・・・。パイロットは無事らしいね)
ここで羽付きガンダムを視認。
無人の倉庫を破壊しまわっているところだ。
(ガンダム・・・。確かにアロウズの蛮行を明るみにし、ELSとの対話に貢献してくれたけど・・・!)
牽制射を、といっても十基ものシールドビットによる斉射で。
逃げ場を塞ぐ程に濃密さで降り注ぐ、旧式のGN-XIII程度の小型GNフィールドなら貫通できる粒子ビームの雨。
ガンダムはそれぞれの腕で大剣を振り回してビームを弾き、容易く掻い潜って倉庫から離脱していった。
(この大事な交渉にも武力介入するなら・・・許さない!)
腰部サイドコンテナからハサミに似たビットを展開、大挙として押し寄せてきた。
こちらのシールビット及びGNソード拡散モードの弾幕で敵ビット群の拘束を図った。
拡散ビーム同士衝せぬよう調整された相互間の緻密な十字砲火にたちまち三基撃墜。
残る七基はビットの弾幕と隊伍の僅かなタイムラグを見逃さず、鋭利な機動で掻い潜り弾幕を突破される。
(早い!)
サイズにしては連邦側のファングより粒子散布量が少ない、しかしその機動性は同レベルのビットとは油断できない。
シールドビットを押し出し体当たりさせるも、敵ビットを七基中二基だけぶつけて破壊する程度だった。
あの敵のに比べるとこちらのはパワーと攻撃のリーチがあってもスピードで劣るのだ。
(あのビットに追い付けない!擬似太陽炉があってもシールドビットじゃあ!)
突破を許してしまった残り五基が周辺倉庫に襲い手当たり次第に破壊し回り始めた。
一帯の倉庫は市民の生活の為も資源や物資が収められる建物。このままでは上海は深刻な物資不足に、下手をすれば飢餓地獄に追い込まれる事になる。
(ガンダムの狙いは街の生活基盤破壊・・・!それを止められなかったなんて!)「してやられた!」
敵に一本取られた悔しさが込み上がってきた。
最新鋭機に乗っていながらほぼ十年前の旧型MSを相手に戦いの主導権を握られ、防衛対象の破壊を許しているではないか。
「これ以上はもう・・・!」
敵ビットは既に広範囲に散らばり、あの機動性から見て全撃墜まで時間の割りに合わない。
それよりもそれらを制御するMS本体を叩く方が時間的にも被害抑制も早いと読み、
「ガンダム!」
倉庫群を焼き払い続ける敵に肉薄、シールドビット4基で両翼を包囲した上で刃を振りかざす。
相手もハサミに似た大剣で受け止め、互い鍔迫り合いを交えた斬り合いに。
羽付きガンダムの、連邦側と別素材のエメラルドグリーンの美しい大剣がこちらの刃を少しずつ溶かし、逆にヘラクレスの潤沢な粒子供給を受けられるGNソードが敵の刃を損耗させていく。
「きっ、切れ味が良すぎる!?」
GN機同士の戦闘を十年以上重ね続けて進歩した実体剣すら、あの大剣の切れ味に磨耗してしまっているというのだ。
そこでアーミアは粒子供給を最大限に調整、刃の消耗を抑え逆に相手の刃の損耗を更に加速させる。
「あの剣は・・・切れ味で元々の低性能を補っているね・・・!」
敵の受け流しによるカウンターにはサイドバインダーで力任せに後退で、アクバティックな機動を交えた怒涛の連撃にはシールドビットと実体剣の受け流しで。
全身スパイクを生かした格闘など羽付きガンダムの攻撃手段は多彩でトリッキーだったが、ヘラクレスも基本性能の高さを生かし全て凌ぎ切る。
最新鋭にして高性能だが量産機のヘラクレス・ウォールズと、旧式だが羽付きガンダムの戦いは白兵戦でも拮抗していた。
「こうしている間にも!市街地が破壊されて・・・・・・!!」
「違う!」
声が聞こえた。青年の声だ。
否、耳に声が届いたのではない、脳に思いが伝わったのだ。
「通信じゃない!?これは・・・人の思い・・・?」
別に交信しあってはいないにも関わらずだ。
「君がアーミア・リーだね?時間がないけど君に伝えるよ」
テロリストが何を言う、と罵声を口から吐きそうになった。
いや、口に出さなかったのは脳に直接送られる情報と青年の心に触れたからだ。
「人類の未来の為に相互理解の可能性を探っているけど、その現実は厳しくて・・・苦しかったんだな。辛かったんだな・・・」
「あなたは・・・・・・ガンダムのパイロット・・・なの?私達を助けようとしているっていうの・・・??」
決して怒りで沸騰を通り越した何かになったのではない、己の半身を成すELSとの時と同じ対話だ。
刹那、彼女は自分のこれまでの言動に恥じ入った。
相互理解を求めていると言いながら敵に歩み寄ろうとせず、眼に見える行いだけで善悪を判断していた事を。
現実に揉まれてきたとはいえ、これでは不良の部下とも強硬派軍人達と何も変わらないではないか。
(交渉受け入れが罠?上海臨時政府は旧人類軍の地上降下部隊潜伏を受け入れている?それに大規模な戦力が港湾地帯と軍基地に隠されて・・・?)
上海と旧人類軍の動向、戦力、配置、計画について詳細な情報の、それらに偽りの気配が感じられない。
言葉としてではない感情が彼の真意を理解できたから。
(これが本当なら・・・上海軍は私達の暗殺を狙っている・・・!)
「少佐!破壊された倉庫に武器弾薬・・・MSが確認されました!どれも旧型ではない最新鋭でして!」
「ジャーズゥ・・・それにネオGN-X!?それに旧人類軍のマークまで・・・・・・!?」
どれも次期主力MS開発競争で脱落した数々の候補機。
脳に送られた情報と部下の報告の見事な一致にアーミアは驚愕した。
「僕達の出来る事はここまで。あとは君達に任せたよ」
「!?」
一瞬の邂逅を切り上げた羽付きガンダムが引き下がりこちらから離脱。
ビットを回収するや巨大な粒子膜を発生させその中に飛び込み、その姿形を視界から完全に消え去った。
あとは拡散した緑色の粒子だけが、アーミアのヘラクレス・ウォールズの眼中に残しただけだった。
「これって・・・ワープ・・・・・・?」
意識が通じ合えたりゲートのような空間に飛び込んだりする羽付きガンダム。
信じがたいが現実と認めるしかないだろう。