機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第2部 29話 GNX-805T/IMヘラクレス・インペラートル
革新者が現れた以上旧人類との軋轢は将来起きると、西暦2314年当時より地球連邦政府は懸念してきた。
その懸念が3年も早く戦争という形で現実になってしまった。
問題は人種どころか種族レベルと根深いものである以上、反発者達と妥協するまで争いが長く続く事は誰にでも容易に予想できる。
長引くだろう戦争に備え、凍結していた兵器開発計画を再開させ、これより花開くMS開発の足がかりを築こうとしていた。
これは地球連邦政府が強硬派に主導権が移る2年前である西暦2322年、連邦軍の中での一つの出来事である。
広大な格納庫を所狭しに鎮座する連邦軍最新鋭MS、GNX-805ヘラクレス系MS群。
連邦軍次期主力機に必要な技術開発と試験並びに精鋭部隊の為に開発された、かつてのGNX-704Tアヘッドを継ぐ機体。
当時試作機程度しか作れなかったユニオン系MSが今や人革系を差し押さえているとは歴史の皮肉と言うべきか。
「世界中のエースが集まるなんて何年ぶりなんだろうなぁ~」
MSの足元に集うパイロット達の張り詰めた雰囲気と場違いな軽い口調で過去を懐かしむのは、連邦軍のエースパイロット「鋼鉄のカウボーイ」エイミー・ジンバリスト上級大尉。
十五年前より撃墜王の一人に名を馳せた男は今や四十過ぎの中年になる。
だが女ったらしで軽い性格、おしゃれを決めた容姿はあの頃とまったく変わらない。
「フォーリン・エンジェルス作戦以来・・・、ね。万年大尉」
上官デボラ・ガリエナ少佐が端的に返す。
今年で三十九になる彼女の美貌は健在。
指揮官に昇進しても部下兼腐れ縁エイミーのアプローチに悩まされているという。
この歳でやっとあの男と別の相手と結婚が決まったというのに・・・・・・。
「あ!それだそれ!」
「・・・・・・」
今回の任務はヘラクレス系機体による大規模な運用評価試験。
次世代主力機に必要な技術ノウハウ収集の為に各地よりかき集められた臨時テストパイロットは、予備を含め約四十名。
エイミー達やパトリック・マネキン少佐、アキラ・タケイ大尉などELS戦を生き抜いた伝説級エース。
ベガ・ハッシュマン大尉など統合戦争で頭角を現した若き新世代エース。
本計画専属テストパイロット達や教導隊所属、士官学校の教官までもこうして一堂に会している。
(普通ならここまでテストに前線から徴集する事ない。それだけ一旦凍結したMS開発を急いでる証拠ね・・・)
地球連邦軍ではMS開発計画を二系統で同時進行している。
とうの昔に旧式化した三国家系MS群の後継機開発による補助戦力の一新。
そしてデボラ達も参加させられている、次期主力MS開発に先駆けた技術研究である。
連邦樹立時には一方的な猛威を振るった擬似太陽炉搭載機が今や反乱軍に流出し、敵との優位性が絶対から相対に転落したこの状況下。
かつての優位性にいかに近づけるか、もしくはそれを取り戻せるか。
ヘラクレスによる運用試験はアヘッドを上回る規模で実施されていた。
「GN-Xの次はフラッグの孫なんてな、なんとも運命みたいな巡り合わせだな。デボラ少佐ちゃんと同じくね」
「・・・はいはい・・・・・・」
どういう引き合わせなんだ。
それに少佐「ちゃん」は馴れ馴れしいすら足りないくらい引いてしまう。
相手したくない。
デボラは腐れ縁に聞かれぬよう口だけ動かし「あんたにうんざり」と抗議しておく。
これより始まる運用試験を前に痴話など目を瞑らなければならないから。
今日の試験は敵ジャミング下でのGN-XIII無人型二十機と大型粒子制御機の破壊が達成目標。
敵役は演習用低出力ビームを撃つだけで計二十機十ペアもの各ヘラクレス部隊は実戦装備で思う存分戦える。
それぞれのペアの乗る機体はバリエーションの中から事前に決め、各ペアに最適なMSを充てられていた。
最初に生産され尚且つ数多く前線配備されており基本仕様機GNX-805Tヘラクレス。
放たれた火線を変幻自在に変えられる射撃試験機GNX-Y805T/GNヘラクレス・マジシャンズ。
MSの次元を超えた演算力を持つ小型量子コンピューターを搭載した量子制御試験機GNX-Y805T/GCヘラクレス・ブレーンズ。
近接戦闘時の運動性を高めた格闘戦試験機GNX-Y805T/GLグラディアートル。
性能向上を模索したクワットル・ドライヴ型の擬似太陽路試験機GNX-Y805T/D4ヘラクレス・スペシャルズなど。
テスト機の豊富さはアヘッド以来でそこに粒子制御研究も加わり、研究内容はかつてより進歩していた。
数多くの仕様機の中、エイミーとデボラの乗機である粒子制御試験機GNX-Y805Tヘラクレス・インペラートルは、
語源である「命令する」の通り周辺のGN粒子を制御下に置ける電子戦ならぬ粒子戦MSである。
基本型以上の初代GN-X並に巨大なクラピカルアンテナがその用途を可能たらしめた。
こうした最新鋭機に乗ったエースパイロット達だが、運用試験という戦いは激烈な様相となった。
「だっ、駄目なのか!?」
「そんな!あれだけの出力でも打ち破れないのか!!?」
臨時パイロットのMS教官が、らしくない悲鳴を上げた。
自慢のGNメガランチャーとライフルビットの、トランザム込み最高出力集束砲撃すら最大目標に届かず射線から逸らされたのだ。
その威力は山を軽く抉れる代物の砲撃装備すら無力化できる能力が、あのビル一個分のサイズの大型粒子制御機は持っている。
半径十キロ範囲内ならば粒子を自由に制御可能であり、粒子ビームならば戦艦の主砲すら拡散させ、
GNミサイルも表面のGNフィールドを剥ぎ取り、直撃でも自前の装甲とGNフィールドで容易に耐えられるという鬼畜染みた機能。
基本的にはGNフィールドと同じく周囲に粒子を対流させ制御するのだが、今やその技術は桁外れな姿に発展していったのだった。
「トランザムで飛び込んでも動けなくされる!GNフィールドは剥ぎ取られる!ビームを逸らされる!敵だけ自由に動ける!」
「お手上げか?だがこの制御範囲を打ち破るよう上からお達しが出てるんだ!」
「これで残り五十分。任務失敗したら今日中に二度目のやり直しですな・・・・・・。強壮剤の出番ですぞ・・・」
大空を舞いながら地上より放たれる敵弾をかわし、時に受け止めていく。
自軍の損害は皆無だがパイロット達の心労は想像以上に降り積もる。
味方機の陽動に制御範囲外に引きずり出された無人機をNGNマシンガンで撃ち抜くのはヘラクレス。
制御を失ったGN-XIII無人機が擬似太陽炉の暴走によって爆散し破片が地上に散らばった。
これで五機撃墜、残存機十五機になるが戦局は敵に傾いたままである。
続けてヘラクレス・インペラートルがGNソードより発生させた巨大ビームサーベルで六機目を両断する。
「ファング2敵機撃墜!残り十四機だ!」
先の攻撃成功に嬉嬉として声を上げたのはエイミーだった。
友軍機から通信が。
相手は第8試験小隊「カタナ」指揮官ベガ・ハッシュマン大尉。
「こんな戦況なのに、六機撃墜ごときに喜ばれおめでたく思いますな鋼鉄のカウボーイ殿。それとも策をお考えでしょうか?」
年配相手に慇懃無礼に尋ねるのは苛立ちを募っているからか。
普段ならばそれは上官侮辱にあたるが、恐怖と混乱が付き物の戦場ではよくある事。
エイミーは大して気にせず機嫌をそのままにして、
「この分だとあいつらを一網打尽に出来るかもしれねぇぜ!」
「は??いえ・・・失礼しました上級大尉、それは本当ですか?どういう方法で、ですか?」
勝利の秘策の公開したがベガは心底エースである彼を疑った。
「デボラ少佐ちゃんと攻撃を色々試して、な。じゃあ作戦考えるから一旦切るな!待ってろよベガ!」
「上級大尉!?」
三十過ぎという若きエースの返事を待たず通信を切る。
その男ベガはヘラクレス基本型で一機の敵機を自力でおびき寄せて撃ち落した辺り、パイロットとして優秀だがまだ場数が足りていないらしい。
血気にはやっているベガを巧い事あしらったので次はどう作戦として考えるか。
「デボラ少佐ちゃん!」
「デボラ少佐、よ!エイミー!」
「あいつらを一網打尽に出来る策を見つけた!データを送るぞ!」
それは何度も失敗を繰り返しては工夫した末、やっと編み出した戦法だった。
「なるほどね・・・・・・。でも危険な賭けよ?」
「危ない賭けさ。でもやってやる価値はあるじゃねぇか」
ヘラクレス・インペラートルの粒子制御範囲は大型目標のに比べれば直径一キロしかない。
クラピアルアンテナの性能もサイズ相応程度だが通常機より遥かに制御範囲が広く、
先のように敵の影響外ギリギリからの攻撃程度ならこちらの粒子粒子が制御下に置かれる事がなかった。
つまり、本機の粒子制御と拮抗し合えるわずかな時間猶予内に決着を付けようというのが、エイミーが練った最後の策なのだ。
「それでも向こうの粒子制御に圧倒されるわね・・・・・・。もっとクッションがないと」
「取り込み中失礼しますデボラ少佐。私は」
「ベガじゃないの!」
エイミーの横槍が入る。
だがベガは目もくれずに用件を話す。
「ベガ・ハッシュマンの提案でこちらの粒子をそっちに送るのは如何なものでしょうか?
カタログスペックによると、その仕様はGN粒子でGNステルスフィールドを展開できるとありますが」
かつて三国家合同で行われたガンダム鹵獲作戦を最終的に頓挫させた、GNW-003ガンダムスローネドライのジャミング機能。
それを一段発展させたGNW-2003アルケーガンダムドライの運用思想を引き継ぐヘラクレス・インペラートルだが、生憎と今回は専用のGNミサイルを装備していない状況。
電力のマイクロウェーブ受信と同じような粒子送信は余程近距離でないと難しく、敵MSの攻撃が続く今はなおさらだ。
「味方がみんなトランザムで粒子をばらまくなんてのは?」
「敵粒子範囲に近づいて?出来ない事はないわね」
「失敗すれば我々は敗北判定ですエイミー上級大尉」
そこへ味方機より通信。
一人どころではない二人三人も。
「こちらドラゴン小隊。ちょっと聞いてみてたら悪くない手じゃないか。作戦に入れてもらいたい」
「我々ブラボー小隊も加わらせて頂きます!勝つ手はあまりないでしょうから!」
「ファングよりこちらブラック。どういう作戦か聞かせてもらえませんか?」
「イエーガーリーダー、不死身のパトリック・マネキンも賛成するぜ!」
次々と援護に名乗り出るパイロット達に、デボラもベガも今更ノーとは言えないと観念した。
時間も粒子量も、精神の余裕もあまり残されていない現状の下、勝利を掴める可能性があるなら多少はどうあれ実行すべきだろう。
(ホント・・・、根は悪くないのがエイミーなのよね)
「貴官の助言を容れる。感謝するわ」
「よし!じゃあ勝ったら一緒に」
「全部隊にデータ、戦術予報プログラム送信!これよりこのデボラ・ガリエナ少佐が本作戦の指揮に当たる事に異存がなければ実行する!」
まさかMS隊を大々的に率いるとは彼女は予想していなかったが、それに全然心地よさが感じられた。
試験は達成できていない。
だが達成できる可能性が生まれた。
勝利の為に、次期MS開発研究の為に、この試験を果たしてみせよう。