機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第28話 サラトガ級駆逐艦
人類のほとんどが住む地球と、最大規模の資源供給源である小惑星帯の間に位置する惑星、火星。
宇宙開発が始まった23世紀頃はその星に目を向けられず、資源衛星運搬と労働者輸送ルート上にあるだけの存在だった。
地球ほどでなくても重力のある火星に進出出来るだけの経済力は不足していた事、
そして軌道エレベーター建造に精一杯であり、その為の資源確保に小惑星帯進出する方が無難だったのだ。
だが24世紀初頭の地球連邦樹立による国力一元化、GN粒子関連技術から大きく変革を遂げる。
西暦2314年までに連邦軍基地が建設。
三年後の2317年の統合戦争勃発までに居住用大型コロニー建設が開始。
それより十年後、2324年には十基ものコロニー群が築かれ、
小惑星帯のみならず木星などガス惑星進出の橋頭堡が火星にて完成する。
太陽系全域へ進出しつつある中、かねてより続く統合戦争は地球外でも波及するようになった。
イノベイターの弾圧はなくとも差別は地球連邦でも普通にある。
人類を上回る能力に多くが嫉妬や恐怖を呼び起こし、自己利益の為に利用しようという者も現れるのは当然の成り行きだ。
なぜなら彼らは軽くこれまで十人分の情報処理を容易にこなせる上、肉体能力も人類を上回っているという。
宇宙開発を広げる企業にとって少人数で働けるイノベイターは、人件費節約しながらも利益を上げられる垂涎の戦力以外何者でもない。
積極的なイノベイター登用の影で切り捨てられた大勢の労働者が貧困に喘ぎ、それが新旧の人類間軋轢を酷くしていく西暦2325年。
欲望に駆られた一部企業は革新者達をことごとく搾取に精を出すようになっていた。
「全MS隊よりこちらホレイショ・ゲイツ。輸送艦の入港を確認。警戒を維持せよ」
火星圏に浮かぶ最新発電所で、とある軍事行動が行われた日の事だった。
新型戦闘艦サラトガ級駆逐艦十六番艦、火星治安維持担当の第六警備艦隊所属である、
本艦の指揮官オズワルド・ジョンソン少佐が甲高い声で命じた。
オズワルド少佐は三十ちょうどの新任艦長。
操舵から砲撃や整備に至る全科目を合格、前線では巡洋艦MSオペレーターとして実戦経験のある青年士官である。
この艦は巡洋艦同様の用途を低コストで運用から建造され、バイカル級よりも一回り小さい。
当然火力が劣るが機動力は良好なので、哨戒や船団護衛、今回のような臨検にうってつけの艦種であった。
「こちら第101戦術機動MS小隊、周囲に異常見られず」
「第128戦術機動MS小隊、マーズ・ワン発電所に到着!哨戒に移行します!」
「港内の輸送艦クックが海兵隊を上陸!マーズ・ワン発電所職員とのトラブルはあらず!」
ブレイヴI/D1からなる派遣部隊とオペレーター達の報告を処理しながら状況をうかがう。
(果たして大丈夫だろうか・・・?原子力発電所を査察するんだ・・・。
GN粒子でやっと放射能を出さない核融合を実現したが、それでも戦闘に巻き込まれれば大爆発の被害は半端ない・・・)
「オズワルド艦長、いかがなされましたか?」
考えに耽りすぎて副長に訊かれた。
「いや、大丈夫だ・・・。発電所側の出方が気になっただけだ」
「マーズ・ワン発電所の、原子炉を盾にした反撃の可能性をお考えで?
本隊の火器使用は対空砲と機関砲、撹乱ミサイルのみ、と基本方針は定まっています。
向こうが軍備放棄も削減もしない現状、我が軍が出来る最大限の努力なのですぞ」
マーズ・ワン原子力発電所は太陽光発電が主流の地球圏と違い、ヘリウム3による核融合発電で火星圏の電力を賄っている。
時代錯誤に見える原子力発電が堂々と行われているのは、地球以上に遠く太陽光が弱く発電するには足りない事情にある。
その発電所で先日、労働者の暴動が起こり鎮圧した、と火星電力会社より報告を受けた。
かねてより自衛に大規模な警備隊を保有し、イノベイターを積極登用しながら従来より少数で管理しているという現状に軍は熟慮。
超過勤務の可能性を疑い暴動の事後処理及び最終勧告などを兼ねて、火星方面第6警備艦隊分遣隊の派遣を決定したのだ。
「それにしては直接投入戦力にしては少ない。警備員が多すぎる調査隊に見えるだろう。
発電所の警備隊の一割くらいしかこちらは戦力を用意していない」
この時代、大企業ならば警備員といえどMSを配備するのが常識となっている。
統合戦争勃発して政権交代するまでの間、地球連邦は反イノベイター派の反乱やテロの中でも軍備増強に消極的にあった。
そんな中動乱による被害から警備会社どころか大企業すら、自前の警備力増強を名目に重武装化。
連邦政府にとって今や反乱勢力に並ぶ危険分子となったのだった。
(オートマトンはアロウズアレルギーと過剰武装を理由に投入は取り下げに。
代わりに海兵隊の精鋭で対処する事になった。
基地とのデータリンクは万全。
状況次第で周辺の哨戒部隊と本隊が現場急行してくれるが、それまでの間少ない戦力の我々が事に当たらねばならない。
企業と紛争するなどとんでもないのはわかる。悪く行けば戦力の逐次投入による戦火拡大を招くだろうが・・・。
いくら武装化した発電所とはいえど、連邦軍にそう簡単に逆らえないだろう・・・・・・。
・・・・・・まあ、よほどの事情が無い限りはな)
「本任務に疑いをおかけですか?」
あっさり見抜かれた。副官の洞察が恐ろしい位当たっている。
「我々クルーと部隊の腕にご期待ください。基幹艦隊のひよっ子揃いとは別格ですので」
艦長をサポートするホレイショ・ゲイツクルーの多くはELS戦直後より入隊したベテラン、
一部はそれ以前連邦樹立以前まで遡るという古参兵揃いだ。
治安維持担当故に小規模の警備艦隊だが、旧編成時と変わらぬ治安任務から実戦経験豊富。
基幹艦隊が編成と訓練途上にある現在、彼らが宇宙軍唯一の戦力だった。
「うむ・・・。そうだな・・・・・・」
副官の言葉に艦長は口を挟む余地なし、として納得した。
戦場に出た事はあるが政治的判断が求められる艦船指揮官の役務が、これまで以上の重みがずっしりオズワルドにのしかかる。
(艦長も艦長だ。作戦の疑問はわかるが、政治的背景があって実行に移されたのだ。
我々はそうした事情から最善の手段で作戦を進めねばならんというのに、いつまでも躊躇してどうするか)
副長はこれまでのやりとりと、上官オズワルドの今に至る様子から評価していく。
彼は若くオペレーター時代から情報処理に長けるなど優秀だが政治的判断が未熟で、
今回のように作戦に口出しする越権行為がよく見られる。
指揮はできても政治的事情を把握した上で命令を遂行できず、つい立場を踏み越えてしまう、佐官になり切れない男だった。
「発電所に不穏な動向はないな?」
「未だに見られません」
オペレーターに状況確認。
もう一度思考を巡らせる。
(連邦政府は政権交代後もイノベイター受け入れを進めているが、
個人レベルではまだ軋轢が続いているからな・・・。
まだ数に劣る彼らを今の内に手懐けようと考えるのも無理はない。
が、火星圏のライフラインを担う発電所が超過勤務を本当に強いていて、
それがあの暴動に結びついている。・・・となると調べざる得ないな)
艦よりリンクした発電所内の各映像に異変が起こった。
鳴り響くサイレン、それを表す赤ランプ、混乱する職員と警戒する海兵隊の姿で占められる。
「これは・・・一体!?」
事態の予想は出来たが言葉にならず絶句してしまう。
「トラブルか反乱だな!」
「マーズ・ワンに異常事態発生!
所内に不穏な動向、今に至るまでなし!突然の警報です!」
「良からぬ動きの前兆かもしれん!警戒を厳にせよ!MS隊にも伝えろ!」
指示を矢継ぎ早に下している所で、オペレーターの報告が悲鳴交じりで返ってきた。
「巨大粒子ビーム発射!本艦直撃コース!!」
「な!?防御を!GNフィールド、最大出力展開!」
「全速垂直下降を同時にだ!」
オズワルド艦長の指揮に加え、副官も一言補足し対ビーム戦法を実行開始。
押し寄せる圧縮粒子の奔流は無慈悲にも、ホレイショ・ゲイツが回避行動をとるまで怒涛の如く押し寄せてくる。
下降し始めた所をビームが障壁に直撃。貫通に至らずそのまま射線が逸れ、第一撃をなんとかやり過ごす。
直接損害は皆無、だがまともに粒子ビームに直撃した反動により方角が大きく変わってしまった。
「食堂、倉庫などに被害!艦に直接被害なし、されど艦内は物資が散乱し深刻な被害にあります!」
「防空ミサイルにより粒子撹乱幕を周囲散布完了!」
「敵に動きは!?」
「マーズ・ワンよりMS二機確認!機体照合、全機GN-XIII無人型砲撃仕様と判定!
二機とも本艦に砲口を向けています!」
敵は対艦、要塞戦のGNメガランチャー装備。
最初の持ち主であるGNZ-003ガデッサ程の大火力ではないが、物量と一発の威力は無視できない。
「二射目来るぞ!撹乱幕再散布と同時に左ヨーを!」
「お待ちを!艦長!」
そう言っている内に敵機が両断され火球に。
「MS隊、敵MS二機撃墜!」
「態勢維持でよろしいでしょう」
目先の脅威は消えた。
ならば回避行動も防御も必要ないだろう。
「艦長!発電所内保冷タンクから輸送艦三隻出現!バージニア級と思われし!
っ、トランザム発動!全速離脱します!」
「!?進路方向はどこだ?!」
「小惑星帯側、ですが標準航路より外れています!目的地まで56倍程!」
宇宙航行技術が急発展したとはいえども、
太陽系を自由に動き回るにはGN粒子と電力、物資がいくらあっても足りない。
その為、星間航行には一直線に進むのが鉄則であり常識でもある。
セオリーに従わず航路から星の海に飛び込む船は、それは間違いなく・・・・・・、
「あれは旧人類軍かもしれんぞ!」
「既に状況は本隊に届いています。こちらは発電所の警戒を続行すべきです!」
このまま見逃せば敵の意図を読む機会を逃す憂き目に遭う。
追撃すれば査察の海兵隊と母艦が孤立する。
「うむ・・・!引き続き本艦は警戒を維持する!」
「艦長、マーズ・ワンより通信が。最高責任者ベクトン所長からです」
「こんな時に?」
伏兵潜伏の可能性が高い現状に一体何用か。
場違いな横槍に、張り詰めていた神経に要らぬ乱れが発生。
わずかに加齢を見せ始めた顔を渋く歪める。
「マーズ・ワン各所よりMS出現!GN-XIII無人型、砲撃装備三機、標準装備六機!」
「迎撃だ!機関全速、後方に取り舷一杯!射線上に発電所が入らなくなるまで一時離脱するんだ!」
「応答は後で?」
「そう伝えろ!以後、発電所からの通信を切れ!」
発電所側の押し並べるだろう苦し紛れの言い訳は聞きたくない。
それよりいかに火器制限の不利から勝利を得るべきか。
でなければ、駆逐艦の快速も対空能力も発揮できずに轟沈される運命だ。