機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第27話 カレドニア級大型宇宙空母
20世紀前半の第二次世界大戦より空母が戦場の主役となって三百年、
地球連邦樹立後も空母は建造され続けていた。
だがそれは海上戦力のみであり、宇宙開発が進んでいない当時はそれで充分だったのだ。
ELS戦より十一年後経った頃になると状況が一変する。
地球圏はおろか、火星にも数多くのコロニーが建設され人類が数多く住みつくようになっていた。
戦後まもなく勃発した内乱は終わる気配がなく、戦火から脆弱なコロニー防衛強化の必要性が出てくるのは当然の理である。
その頃連邦政府は政権交代し穏健派の軍縮から一転、強硬派による軍備増強へと方向転換。
大きな体制変革の中、宇宙軍にも空母が配備開始された。
地球連邦軍宇宙艦隊は西暦2325年の現在、七個基幹艦隊と同数個の警備艦隊に再編された。
従来の艦隊は任務に応じた多様な編成だったのを二種に統一、それに合わせて艦船と人員の大幅な増強が行われる。
政権交代前より軍部の間で綿密に計画を練った事もあってスムーズに進んだが、
あまりにも急激な膨張は戦力の質を低下を招いてしまった。
毎日訓練と演習を繰り返し少しでも能力向上させねば、今の内乱に対応不可能になる。
ソロモンタワー周辺に展開した第二基幹艦隊は、他の艦隊もそうであるように今日も演習を実施していた。
艦隊旗艦にして大型宇宙空母カレドニア級二番艦ミッチェルは、はるか前から現状報告と命令が飛び交う戦場だった。
「第五艦上戦術MS中隊の展開完了。MS隊第一波は横陣に形成、第二波及び第三波は配置途上にあり」
「第三MA小隊、突撃開始!セクターM1の敵戦力20%消滅!続けてM2、3の敵が7%消滅!」
艦隊より遥か彼方で戦端が開かれた。
オペレーターの報告直後に火球が無数に生まれ、横に広がっていく。
本隊より先行したMAが自前の火力を思う存分撒き散らしている証拠だ。
だがアルケリオン・ラーボス提督は不機嫌に顔を歪め、
「ガデラーザIIに遅れているぞ!配置を一分で済ませろ!」
配属どころか入隊まもない娑婆っ気のある新米クルーに怒鳴り上げる。
「第七小隊がウイング2-5と6の間に挟まっており、配置変更に三分程要するとの事です!」
何という事だ。
主力投入という重要な局面において部隊編成を間違うとは!
ラーボスの脳が理不尽によって沸騰するのをなんとか鎮めながら指示を下す。
「一分を目指せ!一分で済ませる気でなんとしても全部隊動けと言え!」
「いっ、イエッサー!」
宇宙艦隊に大量の新兵がひしめいているのは確かだが、十年前からの古参兵もいる。
だが彼らは教官や各部署の担当、新艦長などに振り分けられ、残りは警備艦隊に再編されてしまった。
無論、新政権は無策でなく戦時と同じ緊急体制で、各艦隊は猛訓練を重ねているが。
だが地球圏防衛を担当する第二基幹艦隊が置かれている状況は、
少しでも鍛えなければ失策次第で内乱を拡大させかねない、という緊迫した状況だった。
(こんなド素人だらけなのはELS戦直後の十年振りだ。
いや、あの時は異星体の脅威に誰もが未熟でも軍務にかなり熱心だった。
今の連中の心構えはあの頃の彼らに遠く及ばない・・・・・・)
ラーボスも当時巡洋艦の一幕僚だったのが戦後より艦長に、そして再編時には艦隊司令と、短期間に昇進した軍人の一人。
大きくなっていく責任を必死にこなしていく内により多く負う事に。
そうして予想外のスピードで昇り詰める自分も、今の新兵と本質的に同じではないだろうか。
人生経験も士気も志もお互い違おうと、いきなり大きな負担を受ける境遇は一緒だろうか。
全く可笑しな話だ。
「繰り返し言うぞ諸君!この演習は明日も明後日も、毎日繰り返し行うものだ。
実戦配備される来年までに身体に叩き込むんだ!・・・全戦闘艦、牽制射用意!」
「「「イエッサー!!」」」
レヌス級主力戦艦二隻、ヴォルガ改級航宙巡洋艦六隻、ドニエプル級防空巡洋艦艦四隻の粒子ビーム。
有効射程より外に放たれたそれらは、命中するまでに拡散しかけ隊伍を乱すだけに留まった。
(予定より五分早まったが・・・まあ良い。
イレギュラーは戦いに付き物だから、折込済みさ・・・・・・!)
軍隊は敵と戦う為の組織だ。
いつ来るわからない出番が来るまで、あらゆる想定に常に対応できるよう訓練を惜しみなく行う。
その為なら軍予算が許す限り将兵の錬度維持に力を傾けられる。
今回の演習には艦船に見立てた廃棄小惑星、MSにティエレン及びAEUヘリオンの標的型、
時にはGN-XIIIまでもが敵軍に見立てる、という大盤振る舞いで廃棄兵器を投入されている。
その数、隕石100、MS300、標的MA700。総数1100という大規模なもの。
こちらのMSは最新鋭機が満足に配備されていないので、GN-XIV系以外はチェンシーとアシガル標準型で代用。
突如地球に押し寄せてきたELS一群の迎撃という筋立てで演習が進み行く。
「機動中隊A及びB小隊は敵左翼側中間点を突破!」
「第一波の有効射程まであと10!」
「敵前衛、セクターF1からO1までの3%消滅!」
「第三MA小隊、敵軍左翼の突破に成功!敵左翼、戦力52%に低下しました!」
「参謀、これは主力展開までの時間はなんとか稼がれた。片翼包囲を仕掛けられる、という事でよろしいかな?」
「仰る通りです司令」
「うむ」
(ここからが本番だ!)
「MS隊先頭が敵と接触!交戦に入りました!」
無数の粒子ビームが更に多くの爆光を生み出す。
敵からのレーザー光線―――演習用弱出力だが―――がすぐさま返され、双方の火線が閃光の壁に加わった。
これが実戦ならば、次々生じる光の数だけ命が散っている事だろう。
それが将来の自分の姿であると、しかし新兵達にそんな実感が持てないかもしれない。
士官学校で軍人に仕上がり訓練校で科目を極めようと、戦場で敵と、流れ弾と向かい合わなければ。
「第10小隊、敵に突き出ている!後退し友軍と合流を!」
「第14小隊三機喪失、壊滅!残存機は空母に至急帰投せよ!」
「第1機動群、攻撃開始!」
戦端を開いて十分経つ。状況は芳しくなく早々と味方の損害判定が出ている。
こちらより五倍の物量で押し寄せる敵に、誰も彼もが恐慌状態に陥ってしまった事に起因する。
撃っても減る様子が見えず、怯む者や戦いに集中しすぎて連携が疎かになる者、的確な砲撃が出来なくなる者。
パイロットも艦のクルーも艦長も、戦力の多くが新兵ばかりならば。
いくら最新鋭MSと軍艦が割り当てられても、それらを取り扱う者が未熟ではあまり意味がない。
せいぜい従来機を乗せられるより生存性が微妙に上がる程度だろう・・・。
「我が戦力は85%に低下。空母航宙部隊70%に・・・。
今、予備部隊を投入しなければ戦線が崩壊してしまいます」
「では撤退機の方はどれ程残っている?」
戦況分析モニターと艦橋より戦場に直視しながら、提督と幕僚団のやり取りが指揮の合間になされていた。
部隊が半分以上損害すれば壊滅として戦力から外される。
生き残りが無事母艦に帰還した場合、ある程度集まった所で臨時に再編され予備戦力として扱う。
15%もの戦力が喪失判定が出され戦死として遥か後方の集結ポイントに移動、
演習終了まで待機するのが軍隊の基本となる。
やられた本人は悔しいかもしれないが、実戦と違い死なない贅沢な欲求不満に等しい。
「現在二十機が本艦に待機。内十六機を臨時混成中隊に再編完了しました」
「後部ハッチより臨時混成中隊を展開、母艦警護に当たれ!
間違ってもカタパルトに導くな!あそこは前線部隊専用なんだからな!」
ミッチェル格納庫は弾や粒子補給に戻ってきた味方機と共に、生き残りのMSが出撃に備えている。
空母が配備された今、残存部隊の再編と前線部隊の補給などが、大隊規模で容易に行えるようになった。
これまでならば各艦に小隊ごとに散らばって補給整備を受け、出撃してもまず集結してから進軍しなければならない。
だが現在はそんなタイムロスなどなく、大規模な部隊運用を単艦で一括して出来るようになったのだ。
以前ならば連邦軍の仮想的はソレスタルビーイングで自然と少数精鋭による運用に、
艦隊も戦闘とMS運用が両方出来る巡洋艦で構成される。
現在は大きく状況が変わってきた。
分離主義が完全に下った訳ではなく、粒子兵器とGN機がテロリストにまでも行き渡り、
兵器の性能と共に物量面においても敵に圧倒させる必要性が生じた。
そこで登場した答えが、空母による多様な状況対応、
MSとMA併せて百機以上もの大部隊の早期展開である。
「各艦はMS部隊展開!至急、敵軍突破に備えよ!
第二機動群出撃を!展開し次第正面より突撃せよ!
第八艦上戦術中隊及び重火力小隊、全無人部隊は艦隊より手前、横隊で展開!
敵の包囲運動に警戒、これを迎え撃て!
戦いはやや第二艦隊が押されつつあるが、こちらより二倍以上の損害を敵にもたらしている。
ここでもし正面より抑え続ければ敵は陣形を乱し、突破せんと無理な攻勢を仕掛けよう。
そういう局面を切り抜け見事敵を挫けば、後は包囲殲滅に持ち込めるという算段だ。
(こんなにありったけの標的機を相手に出来る機会はあまりない・・・。
総力戦が出来る時に徹底的にやり込む!少しでも鍛える!
だから30%以上やられた所で演習を終わらせは出来んのだ!
ELS戦で撤退だのは甘ったれ以下!ただの破滅願望者だ!)
戦闘の基本である損害判定に従わず、全滅に近づいても無理に戦わせる、という無茶。
だがアルケリオン・ラーボス提督は別に鬼畜でもサディストでもなかった。
実戦などなく軍務も短い若者を短い内に鍛えるには、
一度は限界まで戦わせ経験を積ませなければ戦力に値しない、という現在の苦しい事情から来る必要悪だ。
どれだけMSを乗り回せようと、シミュレーションで撃墜を重ねても、
本当に実機を殺戮の光が飛び交う世界に放り込ませ、その中で戦い抜くとはどういう感覚か。
それは本当に戦場にいかなければわからない。
今回の大演習は、そうした感覚に慣れる為の予行練習でもあるのだった。
(艦隊こぞっての演習は月に二、三回。あとは小隊か中隊の演習に模擬戦、それ以上の訓練ばかり。
だが今のペースじゃ練度を満たすまで一年以上かかるかもしれん・・・・・・。
休憩時間と休暇、睡眠時間は規定に逆らえんし、切り詰めれば将兵の戦闘能力も健康も損なう。
有給休暇自粛を促して訓練時間を最大限引き上げたのだ・・・。あとは私達古参兵の指揮次第だ!
地球圏を守れるだけの戦力に仕上げられるかどうか・・・・・・!)
艦隊戦が将来起きるかもしれないが、起きないかもしれない。
だが混迷の時代に更なる危機と来たるだろう恒星間戦争に備え、中堅と司令部は部下に憎まれてでも戦う。