機動戦士ガンダム00 統合戦争諸戦記
26話 チェンシー歩兵戦闘型
我々の訪れたその星―――その知性体は地球と呼ばれる―――に留まって十年経つ。
意識が芽生えて生きてきた百億年に比べれば一瞬以上の一瞬、だが人類という存在の多くを理解してきた。
驚く事に、人類が我々と同じ知性体であり、高度なネットワークを築いていながらも、
彼らの概念と歴史、価値観、特徴も、何もかもが異なっていた。
全てが一つに意思が繋がっておらず何十億もの意思を持つ個から社会が成り立っている。
我々にとっての平和を全く過ごしていない。
毎日欠かさず意思と意思との衝突が世界中満ち溢れており、同種族でありながら常に傷つけ合う。
少しでも異なれば排除したがる一方で平和と繁栄を求める矛盾した心。
全てが正解を求めず互いに引っ張り合い、一個体が己だけの利益追求にも走れる不合理甚だしい思考。
種族全体より自らの属する社会を第一に、他の者達の苦しみすら目を逸らせるとはあまりに視野が狭すぎる。
ある時まで百億年近く平和に過ごしたのが我々ならば、対する人類は利益を巡る争いが絶えない歴史であった。
だが我々は人類という存在を絶望も危険視もしない。既に彼らの中から革新が始まっているから。
この星最初の先駆者と対話を重ね過ちに気付き、ここの知性体について理解できたように、
人類全体が愚かさを乗り越え我々と対話に行き着く時まで見守ろう。
(宇宙にいる主は人間の動向に介入せず拒絶もせず、中立を貫かれている。
その意志に従いなるべく不必要な刺激なしに理解を深めるのだ)
人間世界ではフリージャーナリストという肩書きの「一体」―――ヤーゲル・フロークマン―――が、
取材の為に訪れたイノベイター居住区は個々の感情が入り乱れる混沌の坩堝だった。
あらかじめ取材を現地事務所に申し込んだ所、職員達から露骨な嫌悪を向けられたがなんとか許可を得たのだ。
イノベイターと人類の軋轢について情報を集めるには、短い二時間だったけれど最低一つだけは記事に出来るだろう。
「パンだけじゃダメだ!仕事がほしい!」
「俺達の仕事を返せ!こいつらのせいで一家崩壊するわ、ホームレスに転げ落ちたんだ!」
「化け物を宇宙コロニーに放り出せ!」
「「「仕事をくれ!仕事をくれ!仕事をくれ!」」」
西欧ベルリン郊外に置かれたイノベイター居住区ゲート前は、朝から晩までデモ隊と居住区警備の憲兵隊が睨み合うのがここの日常だった。
増加するイノベイターとの軋轢は深刻にあり、彼らのあまりに優れた能力に職を奪われた失業者が詰め掛けるのだ。
安住の地を求めず、騒いで与えられる事に期待する者達。
片や、守るべき者達の一部の苦しみから目を逸らし、命令ならば無力な者すら傷つけられる者達。
これま世界中に散らばった同胞達と融合体からもたらされた、
己が観察し目の当たりにした、世界中で同じように繰り広げられる人類の日常である。
(歩み寄ろうとせず、分かり合う気もなく、そこまで人間は目先の事しか頭にないのか)
旧AEU基地跡敷地を再建設したこの一区は全周コンクリート塀に有刺鉄線が張り巡らされており、
更に銃とMSまで装備した兵士達が守りを固め内外の警備は過剰なほどだった。
それはイノベイター達の犯罪や暴動、市民からの迫害、そして彼らを狙ったテロに備え、
住民の安全な生活を保障するというのが居住区の存在意義だという。
(共に人類発展の為に手を取り合うのが一番だというのに・・・・・・。
なぜ自分の利益を最優先するのか?)
「民間人保護」という名目で憲兵が居住区ゲートとデモ隊の眼前を立ち塞がる。
殺気立つ憲兵隊の人垣ギリギリ迫った所で、鬱屈とした風景をカメラに収めた。
「さっさと下がれ!貴様ら!!」
様相に変化が。デモ隊が市街地側に振り向き、兵士が怒鳴り盾でヤーゲルら野次馬を押し退く。
時計の針は午後六時。高緯度に近いベルリン近辺は冬で既に暗い。
大型車両が見えてきた。
一輌だけではない。二輌。それらが縦列でこちらに接近。
よくよく見ればキャタピラこそ付いているが手足がある。
準GN機チェンシーの歩兵戦闘型と呼ばれる機体二機を前衛に、
最低限の窓だけの大型車八台が四列、先と同じタイプのMS二機の後衛と続く。
200ミリ滑腔砲を中心に機関砲、グレネードランチャーなど対歩兵装備と腰部歩兵輸送コンテナを装備、
タンク形態に変形する事でゲリラが潜む市街地や森林での戦闘に対応していると言われている。
(あれだけで人間は恐怖という拒否反応を起こす。
我々とここまで精神が異なる・・・・・・。衝突で自分を失う事を何より恐れているからか?)
近隣で話に聞くイノベイター用送迎バスは、厳重な守りを固めた車列の中心にいるのがそれらしい。
暴徒襲撃に備えているのか運転席辺りだけの窓しかない、護送車にしか見えない外装でバス扱いとは・・・。
ひたすらわかり合おうとせず、気に入らなければ力を振るうのを、平和とは理解に苦しむ。
争いを対話と誤解し人類を滅ぼしかけたので人間の行為を非難する資格はない。
だが人類の他者を平気で傷つけ殺しすらも出来る事には恐怖を感じる。
(路頭ニュースによると、連邦政府は帰順地域の一斉調査を行うという。
この相互理解に至っていない状況を改善できるのだろうか?)
ゲートよりサイレンとアナウンス。
「デモ隊に告ぐ。直ちにデモ活動を中止し退去せよ。指示に従わなかった者は十分後に強制排除する」
その後も「繰り返す―――」と最初に加えて勧告を出される。
連邦政府の調査団に備え周辺騒動を鎮めたいからか?
デモの中にテロリストが潜んでいるのか?
ヤーゲルは一人思案に耽る。
どれだけ考えても正しい答えが浮かび上がらない。
そんな所お構いなく憲兵隊に突き飛ばされ、前進する盾の列に野次馬もメディアもヤーゲルと共にゲートより引き離された。
「こんなの聞いていませんよ。どうなっているんです?」
事情を聞いても返ってくるのは返事ではなく警棒と盾の威嚇だけ。
「我々より越えるな!取り押さえるぞ!!」
二回三回も繰り返せば今度は怒号と来た。
これ以上聞けば関係がより悪化する。
人間を観察し得た情報から適切な判断を探り、服従を選び憲兵より引き下がる事にした。
盾で固めた陣列より向こう。
送迎バスがゲートを潜り行く中チェンシー部隊はデモ隊の前に屹立、
どうやら目前の集団に威圧をかけているようだ。
二機が砲を空に発射。周りに大音響が響き渡った。
情報によると鎮圧にまず空砲で威嚇し、二発目からゴム弾か催涙弾で強制排除するという。
威嚇砲撃で立ち退かなければ次は容赦しないと込めたメッセージだそうだ。
完全武装した相手の威嚇に、デモ隊が動揺し悲鳴が上がった。
「あれは?!」
「人が飛んだ!」
「何なんだ!?」
少し立ち退かれても諦めず留まるメディアと野次馬の間で驚きの声が上がる。
チェンシー系より兵士達が降りて来るや否や、次々宙に浮かびデモ隊の頭上を覆っていったのだ。
ヤーゲルの目には見えていた。彼らのバックパックから放出されるオレンジ色のGN粒子が。
最近連邦軍が世に送った最新鋭装備の部隊。。
GNコンデンサーに備蓄した粒子で三次元移動が可能な、軽パワードスーツを身に纏った次世代歩兵。
本格的な侵攻に先駆けてチェンシー歩兵戦闘型と共にゲリラ撃滅を行うという、
地上戦で最も危険な任務を主眼に置かれているが、こうした暴徒鎮圧にも威力を発揮している。
続け様にかけられる威圧に恐れを成し、逃げ始めたたらしく悲鳴と共に足音がしてきた。
(ここで下がってくれれば良い・・・。そして新しい職を探して暮らせば、ひとまず事が収まるだろう
傷付き合うのはみんな望んでいない。ただ平和に生きる事が本当の望みでは・・・・・・)
カメラをズーム。状況を伺えば現場はなんという事か。
時間が経ってもデモ隊が全て退き下がっていなかったか、憲兵隊が遂に実力行使に出た。
それは一方的な暴力だった。
MS形態に立ち上がったチェンシーが催涙ガスを浴びせながら、何列も連なった横隊が棍棒と盾で相手を叩きのめす。
殴り倒された市民を殴る、蹴る、踏む。抵抗以前に動かなくなるまで繰り返す情け容赦ない応酬。
今やデモ隊が居座っていた区間は、白いガスが漂いプラカードが四散する蹂躙の跡と化した。
期待はことごとく裏切られた。
対話も何もなく、力によって相手を捻じ伏せたのだ。
(・・・・・・。)
ヤーゲルは主より与えられし使命から、静観という行動を選択した事で巻き込まれずに済んでいる。
だが・・・・・・。
(私も我々も、人間の言う悲しみが感じられない・・・。だがこれは間違っている・・・・・・。
平和とは彼らにとって、相互の妥協であって血を流さない争いなのか?
我々からすればそれは平和とは言えない・・・・・・。
個で成り立つ彼らはどうすれば平和と理解を果たせるのか・・・?)
周囲は暴力を振るわれた哀れなデモ隊に同情を寄せたか、嘆き悲しんだり義憤から憲兵に非難し始めた。
意思が繋がっている訳ではないが、感情の中の共感が働き出したからか。
六時経ってからも騒乱はまだ終わらないと、それだけは確かに言える事だった。
これは取材中、休憩中にある一部の憲兵隊からのコメントである。
連日デモ隊と睨み合う最前線に張り付いていたか、何度も断られた末やっとこぎつけたものだ。
「イノベイターも今までの人間も、同じ平和を望んでいるのにです。何故こんな矛盾を招いてしまいますか?」
一瞬放心したように顔を緩めた隊員が切り返す。
「人間はみんなそれぞれの組織とか集団にいるに決まってるだろ。
そんな、生まれてすぐ世界の事を考えられるほど俺たちもみんな賢くねぇよ。あんな神様みたいにいられたら苦労してないさ。
イノベイターがこの十年で何十万人も増えたんだ。あんな地域住人分の数にだぞ。
あんなにいてビビる奴は、いない方が考えられないぜ」
「命の危険を感じるとか・・・?」
「まずは仕事を取られて、でだな。そんで野垂れ死ぬパターンがみんな怖いのさ。
そんな市民の為に、テロにまとめてやられないよう、この居住区を立てたんだ。
何万何億の市民の安全と、それをもたらす秩序を保つのが俺達だ。
どう叩こうとそんなの理由にならない」
何故幾度も訊くのに追い払わなかったかわからない。
だが話し終えた時には少し表情が緩んだように見えた・・・。
相互理解の為、世界を歩き続けて十年も経つ。
地球連邦は政権交代し各地の再統合が進んでいるが、人類同士の争いは未だに続く
これまで同化しか知らなかった我々は視覚や言葉による対話で、これからも彼らを理解し続ける。
取り込むだけでは得られない膨大な情報が人間には秘められている為。
その知り得ない何かを、なんとしても知らなければならない。
でなければ人類全体と手を取り合えないのは目に見えている。