機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第23話 GNX-Y807Tジャーズゥ
人が過去に引きずるようになったのはいつ頃だったのか?
少なくとも、野原を駆け回ってきた石器時代の頃ならば、
関心は腹を満たす事と食料になる獲物を探す事に尽きるだろう。
そこに人間関係のしがらみや時に起こる狩りなどの失敗が後に尾を引く事があっても、
生きる為の手段が狩猟か採集に限られている以上、過ぎ去った過去の事に縛られる暇はそこまでないからだ。
だが農耕を始めやがて文明を築いた結果、人類は豊かな生活と引き換えに大いなる苦しみを背負う事になる。
過去の記憶と言葉を半永久的に遺す文字は技術向上と共に、より文明と過去に縛られるというジレンマに陥ったのだ。
生きようという本能と平和を求める共通意思からかけ離れた現実は矛盾に尽きる。
文明を築いた以上、先人の叡智と共に所業も受け継がなければならない人の苦悩は、
宇宙進出と来るべき対話を果たした地球連邦の時代に至るまで続く。
ロン(竜)試験小隊最初のブリーフィングで、その試作MSが小隊指揮官より提示された時の事だった。
「諸君の連邦軍次期主力MS試験対象がこれだ」
(まさかあのアヘッド由来の機体なのかよ?)
テストパイロット達は最初は目を疑った。
全員地球連邦人革連領出身で固められている上、宛がわれた次期主力候補機は人革連系だという事に。
いかにもアロウズスキャンダル以降立場が悪くなった開発陣の勢力回復を、という意地があからさまに見える。
そこへ追い討ちの如く、その機体を連邦軍の次期主力機に売り込もうというのだ。
ELS戦後より軍の人材が一新された頃に入隊した新世代連邦軍人の彼らは、
当然アロウズを暴虐、弾圧の組織として悪いイメージしか抱いていない。
(虐殺の象徴をまたこの世に蘇らせるのか?)
小隊の一人イワンはそう思った。開発主任と指揮官の説明が続く中で。
開発主任はティエレン、アヘッド系MS開発全体を携わった人革連技術者、
ケンズィー・テラオカノフの長男ユゥージー・テラオカノフ。
一方のロン試験小隊指揮官であるアレクセイ・コーノノフ大尉は、今年で四十代半ばになる万年大尉だ。
当時アロウズ兵として、中東弾圧の折にある都市を無差別爆撃を行った経歴から、
少佐から二階級降格されて以来現在に至るまで周囲から白目で見られ続けているという。
経歴故に敵には徹底的に冷酷な性格だが軍人としての能力は折り紙付きで、
彼のアヘッドパイロットの経験はこれから自分達にとって頼りになるだろう。
(ま、元アロウズ兵が上官なのが外れなんだが・・・・・・。
あの非道の軍勢の手先じゃな・・・・・・)
性能は現主力のGN-XIVより少し上、外見はティエレンとアヘッドの折衷で、技術と設計は前代機を継承されている。
ややスマートの体型と頭部モノアイのおかげで、なんとか前代機とデザインに独自色が保たれている。
強固なフレームのおかげで発展余裕を富む機体の汎用性と胸部や腰など重要部に装甲を集中させた防御性、
背部の可動バインダ二基を中心に各部に配置されたスラスターによる低速高機動性が特徴的だ。
それでも性能がどれ程良くてもイメージはそう簡単に覆せる事ではない。
人革連系技術陣が一昨年のチェンシー開発で勢いを取り戻せても、主力機となるとアヘッドの前科が絡んでくる。
「ジャーズゥのスペック概要と慣熟訓練内容は以上だ。何か質問はあるか?」
(このMS・・・ジャーズゥは、果たしてアヘッドの二の舞にならないだろうね?)
(それは、俺達パイロットのMS性能の引き出し具合だな・・・)
一見する限り部下達から声が出てこない。
いや、聞いてこないだけで実際はひそひそと私語を交し合っている。
耳では何も聞こえないが口は何度も動かしている限り、恐らく不平不満を呟いていると見える。
MSパイロットは上官、更に突き詰めれば軍上層部の命令に従わなければならない身分故、
軍を左右しうる兵器開発計画に反発するという行為は、決して許されない軍規違反に当たる。
だがアレクセイ小隊長はあえてそれに一喝も注意もしなかった。
「では慣熟訓練を二時間後に開始とする。
それまでに出撃準備、0940までに臨戦態勢でハンガーに集合せよ。」
最後に解散号令が下される。
そう直感したパイロット達は緊張感を取り戻し顔を険しくさせる。
だが、
「かいさ・・・・っと」
上官の話はまだ続くようだ。
「諸君らはこの人革連系MSと、上官である元アロウズ兵のこの私に対して。
イメージ的に不安を抱いている事を、私は既に承知済みである。
だがジャーズゥはアヘッドとは違う。外観も、運用思想も。
アロウズスキャンダルから十二年経つ現在、
かつてのような圧倒的優位を保てない状況を考慮して開発したMSなのだ。
あの非人道的組織の象徴にして精鋭機であるアヘッドとは別であるよ頭に入れてもらいたい。
次期主力MS開発計画である以上、個人的感情は置いて任務に全うしてもらう。
以上でブリーフィングは解散とする!」
開発陣の渾身の期待と試験小隊の不安からこの運用試験が開始された。
模擬戦を含む幾度ものジャーズゥ運用試験は、気が付けばその大詰めである相互比較評価に突入した。
三人の部下達の不満と不安は押し並べば枚挙に遑がない。
行き着けばアヘッド系機体と元アロウズ所属の上官の拒否反応と、予想できない次期主力MS採用の不安である。
そんなメンタリティにあるのだが、初操縦の時点で予想外に良好な機体性能に評価を改めた。
機体スペック自体は次期主力機にふさわしく、デザインにアヘッドの面影が少しあるのが唯一の欠点だと。
この日の相互模擬戦はユニオン担当のスカイ試験小隊が相手の、アフリカタワー近郊連邦軍演習場内市街区間で。
アフリカの紛争地帯の主要戦場である、市街地戦闘の想定で双方の陸戦能力の優劣を評価する。
ルールにGN粒子による飛行は禁じ機体の馬力によるジャンプやダッシュに制限されたこの地上完全限定戦は、
ジャーズゥとユニオンにとって次期主力に要求される陸戦を限界まで試せる晴れ舞台と言えた。
「ロン4!方位二五四度より敵機!回り込まれたぞ!」
ジャーズゥ四番機の反撃の刃の一振り。
主装備二百ミリ×五十口径長滑腔砲の砲口部に取り付けられた砲剣は、空しくビル屋上の縁を切り裂くだけだった。
またしても敵可変MSがこちらの行動を乱された。
「くそ・・・!飛びさえ出来れば・・・!」
「ユニオンに月まで吹っ飛ばされたきゃな!だがまだ待たんか!」
頭上から、右に密集するビルの間隙から、前方から、後方から・・・。
あらゆる方面より飛んで来るだろう敵火線と共に味方機の位置を常に把握しなければならない。
「了解・・・!」
アレクセイは、ジャーズゥのスペックと運用思想を、今模擬戦と照らし合わせながら考える。
陸戦評価にジャンプとダッシュしか出来ないよう、GM粒子使用が制限されているのが痛い。
アシガルを引き継ぐユニオンとは、高速巡航能力と軽量を生かした不整地並びに不安定地盤上の走行力はそちらより劣る。
ビル群を軽快に飛び移り攻撃の素振りを見せては引き返して、時に仕掛ける死角からの攻撃の機会を探りにかかる。
ライバル機ユニオンは決して真正面より攻めず、中距離砲撃と機動性を生かした攪乱を織り交ぜて終始こちらを翻弄し続けた。
NGNライフルのフルチャージされたGN徹甲弾で、着実にジャーズゥに消耗を与えていった。
これは連邦が生まれる以前、三大国ユニオンが対人革連の為に編み出した戦術である。
ユニオンの可変MSを上回る重装甲の地上MS相手に卓越した機動性で翻弄するという、
その戦法はMS技術発展によって推進機なしでの複雑な地上戦闘機動をライバル機は手にしたのだった。
(かつての想定がここで生きてきたのは嬉しいが、打開策は見つからんのか・・・・・・!
ユニオンは速いわ防御の手が増えてる!ジャーズゥは防御と低高機動性を突き詰めている!
となったら、どう敵の足を挫くか・・・・・・!!)
フラッグやアシガルと同じ軽装甲可変機として付きまとう、防御力の問題はGNシールド標準装備である程度解決。
従来のディフェンスロッドのように敵弾を弾くだけでなく受け止められ、
それで防御力が劇的に向上していなくても、その手段が増えれば以前ほど撃破に容易でなくなる。
「お前らまだ戦えるな?」
「ロン2、左肩の基部が被弾判定、ですが戦闘継続できます!」
「ロン3、右脚部被弾しましたが戦闘に支障なし!」
「ロン4、頭部カメラがやられましたが戦えます!」
隊長機はGNシールドが被弾を重ねて使用不能判定にある。
部下機もそれぞれ被弾ダメージ判定を受けているが大丈夫のようだ。
ロン4機の頭部喪失判定は痛いが、ジャーズゥの設計のおかげで戦闘に支障がないのが幸いである。
模擬戦のダメージ判定は被弾した装甲の強弱からダメージを計算、実戦に置き換え機体プログラムが判定を下す。
演習用弱出力とはいえ粒子ビームに当たれば、大抵のMSの装甲でならば紙切れのように貫かれ大破認定を受ける。
このジャーズゥは重装甲と大量のスラスターを生かした接近密集戦闘もだが、
ノーヘッドと同じセンサー対策がある程度計られているのも特徴にある。
被弾しやすい頭部の機能を最低限に、他の機器を胸部に集中させたことで、
頭部被弾時の戦闘力喪失のリスクがノーヘッド程でないが下がり、被弾時の継戦能力が改善されている。
「全員生き残っているか。大したものだ!」
機体性能が優れているからだろうがそれは相手とほぼ同じ条件下で大した意味を成さない。
残るは個々の操縦技量、MS戦経験、運、そして冷静さが求められる精神状態で戦場の生死が左右される。
老獪な元アロウズ兵のアレクセイも、十歳以上若いエリートの部下達も、戦い抜ける上述の要素を持ち合わせていた。
「各機、十m間隔の横隊を組んで前進!遮蔽物・・・特にビルの基部を少し壊しながらだ!」
市街地戦で障害物にも遮蔽物にもなる建造物を、崩さず基部だけ壊す狙いが察知できたか
「「「了解!」」」
部下達は何も疑いなく上官命令を受け入れた。
それぞれ散開していた四機が前進。立ち塞がるビルに重点的に蹴りと拳を入れながら突き進む。
ユニオンの脅威になるのは機動性ただ一つ。
火力は次期主力機として平均レベルでGNフィールドを前方に向ければ問題ない。
防御は見るからに次期GN-X系よりボリュームが控えめで、ユニオン系の焼き直しと言わざる得ない。
「いいか!決して崩すんじゃないぞ!数箇所穴を開ければ上出来だ!」
ターザンか忍者のように素早くビル間を駆け回るユニオンの撃破の為には、まず動きを封じなければならない
半壊させたビルは敵の意表を衝くための罠なのだ。
だがユニオンとて頭上のビルより攻めかけるだけのワンパターンで戦うとは限らないのも承知だ。
一つでも撃破の為の手段を見つけ出し実行に移さなければならないのだから。
旧三大国の因縁を受け継ぐロン試験小隊のジャーズゥとスカイ試験小隊のユニオンの模擬戦は、熾烈を極めた末に前者が勝利を収めた。
ロン試験小隊がスカイ試験小隊を全機撃墜判定を撃ち出すまでに、
二、三番機が大破、一、四番機は中破判定が下されどちらが勝ってもおかしくなかったと誰もが言う。
ここで注意しなければならないのは次期主力機に圧倒的戦闘力は求められていない事だ。
アヘッドの悪印象を引きずり、スラスターなしではやや鈍重なジャーズゥだが、接近密集戦に秀で大規模戦闘向けであるように。
ユニオンはアシガルの欠点をある程度改善され、追加装甲である程度防御性を改善出来るように。
大量配備が利くジャーズゥと迅速な軍事展開が容易なユニオン。
地球連邦軍にとってどのMSが世界中の紛争にどれ程対応できるか、頭を悩ませる選考であり当面は相互評価試験は継続されるだろう。