機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第22話 GNX-Y806T ネクスト
AEU系MSの発展の背景には軌道エレベーター防衛という事情が常に絡む。
それは対するユニオン系とは機体設計と武装に至るまで共通点が多く、
独特なのはせいぜいブロック化されていない機体構造と曲線を多用したデザインぐらいだろう。
国家協議制の体制ゆえに他国より軌道エレベーター建造を含む、
あらゆる発展の遅れを取ったAEUだったが独自の開発路線を築く。
西暦2307年のAEUイナクトの完璧な太陽光発電受信体制、他国をリードするビーム研究がそれだ。
その直後のガンダムの武力介入と世界統合は、遂に打ち出した独自路線を頓挫させる事態となった。
GN-X系が主力に幅を利かせた十七年が経った西暦2324年、
歴史の闇に消えたかに見えたAEU系MSは内乱を機に再び世界に姿を現す。
地球連邦軍次期主力機開発はどの陣営も順風満帆に進行にあり、運用試験から相互比較評価へ最終段階に移行した。
候補機同士の性能や操縦性、整備性を、カタログスペックと模擬戦を通して比較評価し、
総合的に優れて連邦軍の要求を満たしたMSが次期主力機の採用されるという。
それだけに各開発陣はこれまでの試験以上に気勢を上げ、積み上げた運用データを基に各候補機の最終アップデートを図った。
今日模擬戦はサハラ砂漠演習場。
ぶつかり合うのは連邦第一開発陣のGNX-Y810TGN-XVと、旧AEU系開発陣のGNX-Y806Tネクストである。
「出すぎだパトリック少佐!追撃を中止し相手の出方を伺え!」
「了解、大佐!!」
半ドラム型コックピットメインモニター片隅に、常に開いているサブウインドゥからの上官の怒声が飛ぶ。
「不死身の~」「幸せの~」果ては「無敵の~」と異名を冠される、
連邦軍きっての歴戦のエースパイロットは軽い苛立ちを押さえ命令に従う。
戦況は膠着状態なのは把握できていて、上官命令でそれに理があると瞬時に理解したから。
(マネキン中将だったら怒られた所だったな・・・・・・。
別の奴が今回の上官で良かったようで寂しい)
無論、彼らヤークト試験小隊の乗る候補機GN-XVを駆って、
遥か上空を突き抜け宇宙にまで上がったライバル機に追い付けない事はない。
軍制改革で十年ぶりに高速巡航のみ限定解禁されたトランザムでならば。
だが搭載するGNドライヴは初期型より高性能な最新型とはいえ、粒子生成は有限なので無駄遣いは出来ない。
戦闘開始から二十分経って残り時間四十分となった今も、一機も撃墜できずに敵小隊を取り逃がしてしまった。
制限時間を超えても電力供給がある限りずっと戦い続けられるネクストと違い、
GN-XVは帰還用の粒子を残さなければならないハンデが課せられている。
形勢はヤークト小隊が若干不利、打開策を見出せず焦りを見せ始めた。
「くっそぉ・・・。なんだよあいつら。」
「小さくて早いのはわかるけど、そのくせ堅いとか反則だろ!」
「このままじゃ良くて引き分けです少佐・・・」
部下達の悪態には今回の模擬戦の激烈ぶりが物語っていた。
かつての母国AEU、その開発陣が繰り出したネクストを駆るフェアリー試験小隊とは互角。
GN-XVはバランスと汎用性、生存性重視の機体で、前後に脱出できるコアファイター以外はさしたる特徴はない。
強いて言えばシステムと機構が複雑な多目的粒子制御機がオミットされ、
火力及び防御強化は本体から粒子を得る方法に変わったぐらいの、悪く言えば平凡な出来だ。
対するネクストはAEU系でありながら非可変MSで、頭頂高15メートルと前者より2メートル低い。
候補機の中では最小の小型機でありながらGN-XVと同じ基本性能のまま、
太陽光発電太陽型として外部より電力を享受できる利点は大きい。
パトリック率いるヤークト小隊が粒子消費を常に考慮しながら戦うが、
フェアリー小隊はその必要も負担もなくバッテリーに溜めた電力を湯水のように粒子変換できるからだ。
精鋭部隊配属を拒否し前線勤務に固辞する少佐に鍛えられた、
優秀なテストパイロット達の顔に疲労に加えて恐怖と敗北の不安が浮かび上がる。
このままでは士気の低下に繋がる戦いに若干の支障が出る、と感じた隊長は即座に渇を入れた。
「諦めんじゃねぇよ!ただ互角なだけなんだ!
こっちはまだ敵を墜としていないが、それは向こうも同じだろうが!そうだろ!」
「そっ、その通りです!全機健在です!」
四番機が慌てて応答する。
「そうだローラン、俺達はみんな生き残っている!
ではお前ら、通常生成で稼動時間はいくつ残っている?俺はあと五八分だ!」
「ヤークト2、五四分間です!」
「ヤークト3、残り一時一分!」
「ヤークト4、五六分間ぐらいです!」
「まだ時間が充分残ってるな。俺達はまだ踏ん張れるぞ!」
次の確認へ移行。
「各機、損傷具合は?俺はどこも大丈夫だ!」
「ヤークト2、全箇所被弾なし!」
「ヤークト3、左マニピュレーターと腰部が被弾!戦闘維持可能です!」
「ヤークト4、右脚脛部及び爪先被弾!戦闘に支障なし!」
「敵さんも疲れてる頃だ!もう一踏ん張りすれば俺達は勝てる!
勝ったら俺の自腹でパーティー開いてやる!良いな!?」
「「「了解!!」」」
激励は成功した。部下全員とも闘志を取り戻し緊張を取り戻してきた。
稼動制限のある擬似太陽炉の性能向上は進んでおり、バッテリーの進歩は粒子生成の倍増をもたらしている。
GN粒子を溜めるGNコンデンサーも、今ではそれだけで軍事行動が可能なまでに進歩している。
「フェアリー小隊、大気圏再突入を開始!」
「また来るぞ!」
男性オペレーターの報告とパトリックの警告。
程なく再突入した相手小隊が二手に分かれ、内二機が降下を継続し残りは上空に待機する。
あらかじめブリーフィングでライバル機についてレクチャーを受けた彼は相手の取るだろう手段を考えた。
次期主力機候補に共通するのは対GN機戦闘能力と多彩な武装を必要としない汎用性、
ネクストの場合は太陽光発電対応型で際立って高い粒子制御能力が特徴である。
攻守、機動両用の粒子制御機GNウイングは、近距離射撃時には粒子ビーム誘導できる高度な粒子制御に、
遠距離射撃ではGNビームライフルの圧縮粒子加速補助に用いられる装備となれば・・・・・・!
「俺の突撃より十秒後にお前達も続け!釘付けにした所を両翼包囲だぞ!」
「え!?」
「行ってくるぜ!」
三番機の張中尉の動揺に見向きせずに隊長機が頭上より迫る敵に突進をかけた。
その矢先、成層圏よりオレンジ色の槍が降り注いできた。
「一番いやな超高速加速ビーム来たぁぁぁぁぁぁ!」
発射から目標まで早く飛んでくる貫通ビーム四発。
従来のビームライフルでは成し得ない発射速度は、近距離射撃戦と同じタイムラグで遥か下方の目標を襲う。
パトリック隊長はこの後衛と前衛の火線を、回避とGNフィールドの防御を織り交ぜて潜る。
たった単機でフェアリー小隊前衛に肉薄し食い付いた。
高高度から降り注ぐ高速の貫通ビームと前衛二機より放たれる誘導ビームを物とせずに。
「さあ撃って来い撃って来いや!俺様無敵のコーラサワーが目の前にいるんだぜぇぇ!!」
十年前のELS戦後にイノベイターに革新した彼は、
未だに老けない肉体と向上した情報処理力を以ってネクスト二機を相手取る。
今着ているパイロットスーツの脳量子波遮断機能で相手の考えは読めないのだが。
だがパトリックにとってそれは瑣末な事だった。
次世代機を決める相互評価試験は読心など卑怯な手段を取らず、お互いフェアに戦うのが一番だから。
それにイノベイターだろうが自分を貫くのに読心など余分な力でしかない。
(ネクストか・・・。姿形といい、イナクトと瓜二つだなぁ。
イナクトのテストパイロットだった俺が、あいつの息子と戦うとか変な気分だぜ)
頭上より警告のアラートに反応。
一瞬モニターに表示されたウインドゥを目にして敵情を把握した。
前面に展開したGNウイングに渦巻く圧縮粒子のトルネードは、
制御板によって回転する事で十分な貫通力を得るまで加速距離を稼ぐ為にある。
照準で定めた目標GN-XV隊長機に、GNウイングより発射された粒子ビームをGNビームライフルに収束させ発射。
今度はGN粒子をチャージしたか。前より多い十発以上も撃ってきた。
二方迫る誘導ビームを胸部と腰部のGNフィールドで弾き、
遥か上空より降り注ぐ高速ビームに対しては、傾斜させたGNシールドを着弾予測点に掲げて防ぐ。
実戦仕様の圧縮粒子でならば現主力機のGNフィールドを容易に貫く遠射設定の粒子ビームは、
大盾を突き破れず軌道を逸らされ拡散していった。
「お返しぃぃぃ!」
貫通ビームをやり過ごすや受身から反撃へ。
得物のGNパイクを振り回し、前衛機をGNフィールド展開し受け止めざる得なくさせんと、二機のネクストを追い回す。
そうしている内に上官命令に従って三機が急上昇。防戦しながら相手小隊を釘付けにする隊長機に駆け付ける。
まず二番機のNGNマシンガン(圧縮粒子マガジン装着)が火を噴いた。
長大なバレルよりビームライフル以上の加速を得た、粒子ビームの弾幕がフェアリー前衛に奔流の如く襲いかかる。
防御と回避機動を交えて挑発攻撃を繰り返す隊長は一転して反撃へ。
突進で突き掛かるが、GNパイクは前方集中のGNフィールドに阻まれ、刃先は防壁に半ば食い込む程度にしかならなかった。
「こうなるのはわかってんよ!その上・・・!」
手強い相手だがレクチャーで学び、何分も戦っていれば手札は最低1つはわかる。
倒し辛いが決して倒せなくはない。
連射モードの敵機の防御集中に誘引、そして釘付けにする。
敵より左へと内回転で滑り込み、引き抜いたビームサーベル側面の胸部から背部へ両断した。
演習仕様の弱出力なので装甲表面の塗装を焦がしただけだが、演習プログラムの判定よりネクストは大破。
これで一機目の撃墜判定を打ち出した。
「今だ!張、ローラン!!」
追い討ちを掛けんとばかりに、GNパイク装備の三、四番機が両翼包囲せんと急襲。
現在一般機では高速巡航と緊急離脱以外は禁じられているトランザムにならない程度に、
粒子生成を上げた急加速で引き下がらんとするネクストに肉薄する。
更に上空より妨害もとい前衛の後退援護射撃には、
隊長機と火力支援の二番機が引き受けているが叩けるタイミングは少ない。
「殺った!」
ローランが一機目をやっと撃墜。
振り下ろしたGNパイクが相手のGNフィールドの防壁をも通り抜け、腹部コックピットに突いたのだ。
パトリックは撃墜判定により泣く泣く地上基地へと去るネクストを軽く一瞥すると、一番槍の功を挙げた四番機に労いの一言かけた。
「やった!手前の一機を落とした!この調子だヤークト4!」
模擬戦を三十分以上続けていてヤークト戦績は芳しくない
撃墜数二機の内無敵の隊長すら一機撃墜でもう一機は部下達の連携で撃墜したに留まっているのだ。
ネクストパイロットの技量もさる事ながら、バックアップのオペレーターと機体ソフトウェアの優秀さが伺える。
「フェアリーは合流を始めている。そうなる前に一機でも撃破するんだ!」
「聞いたかお前ら!また取り逃がしたら俺達はまた振り出しに戻っちまう!」
長期戦になればこちらがますます不利に陥る。
敵を叩ける時は叩く。ヤークト試験小隊はそれを半分成し遂げた。