機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第21話「GNX-904Tユニオン」
ワークローダーを起源とする大型人型兵器「モビルスーツ」が生まれて以来、
2300年代の間に統廃合を繰り返しながら適応放散してきた。
太陽光紛争終結後の三大国の冷戦の多様化したMSは、
ソレスタルビーイングの武力介入開始と裏切り者のGN機GN-X提供で一変する。
それに伴って各大国が地球連邦に統合され、MSは圧倒的な性能と汎用性を誇るGN-Xが主力となったのだった。
対する従来機はGNドライヴ対応の精鋭機や試作機を開発し続ける事で、細々と命脈を保ち勢力挽回の機を窺い続けた。
地球外生命体襲来とその後に続く人類革新を巡る内乱の中、
MSはこの変容した世界情勢に対応すべく統合から多様化へと転じた。
「全機、機体に異常はないな?」
返ってきた三機とも返事に、乗機である試作機の不具合について一言もなかった。
アマゾンタワー低軌道部より出撃した彼らは、独力で大気圏に突入し成層圏に抜け出した所である。
「こちらスカイ1。全機大気圏突破。目標地点まで高度40」
眼下には南米パタゴニアの広大な平原が雲より下に広っている。
テスト先の演習場はこの平原の中の民間人立ち入り禁止区域内にある。
「同伴のB小隊は低軌道にて中間点を通過。かなり遅れているがテストに支障はない」
「了解。A小隊、任務を継続します」
管制室の状況説明に小隊長はさしたる動揺なく受け入れる。
彼らの操縦する試作機GNX-904Tユニオンは、
直線を多用した細身軽量の旧ユニオンの流れを汲む可変機にして、地球連邦軍次期主力機候補の一つ。
性能比較にB小隊に宛がわれたGN-XIVフォルティスは現主力機なので、ユニオンの良し悪しを知るにはうってつけなのだ。
現在スペック通りの機動力で友軍を大きく追い越しており、本機の迅速な戦力展開能力がここで実証された。
今回のミッションは敵基地制圧という設定になっている。
防備を固めた拠点を正面から攻め掛けるという出血を強いられる戦闘は主力機に求められる局面の一つ。
しかもGN機はもちろん粒子兵器が世界中に行き渡った現在、それらで固めた拠点攻略に可変機を投入するとは大胆と言うべきか。
だがMS運用テストである以上は、機体の弱点を受け入れた上で性能を最大限発揮できるよう操縦に当たらなければならない。
「雲を突き抜けたと同時に各自の判断で攻撃開始!
先制攻撃の後、空中機動でドッグファイトに挑め!間違って足を地面に着けるな!」
粒子兵器が普及した現在のMS戦において被害を被りやすいのは、自機の用途から外れた戦闘はもちろん、
歩兵やジープ、モビルワーカーから放たれる携行GNミサイルである。
歩兵部隊やオートマトンの援護がなければ、物陰に潜む敵兵の対MS攻撃の餌食になりやすい。
MSとして陸戦能力、低速機動力がアシガル以上とはいえ、基本設計が従来と変わらぬユニオンでは荷が重いだろう。
「まずは予定通り制空権確保し、制圧は遅れてくるB小隊と共同で行う!
このユニオンで陸戦がどこまでできるかわからないからな!」
白い雲を抜けると、平原に立てられた基地に見立てたテスト用敷地より、敵機が迎撃に空に上がってきた。
連邦軍のどこでも使用している標的用のGN-XIII無人型ではなく、
次世代機テスト用にわざわざ前線から引っ張り出して改修したGN-XIVフォルティス無人型八機だ。
ユニオン小隊のNGNライフルの斉射に対して、敵は目前に振りかざしたGNシールドでGN徹甲弾を受け止める。
ただ防いだだけではなく、全ての着弾予測点に盾を合わせながら全身を弾道から逸らして、で。
横隊を組む二個NPMS小隊に四機は正面より突撃をかけ、
各機が相手の孤立もしくは間隙の時を突かんとドッグファイトに移行した。
次期主力機候補ユニオンの運用試験はアマゾンタワー低軌道部地球連邦軍基地にて統括している。
この機体は可変による多様な戦況の対応に加え、幾度もの軌道エレベーターなしの大気圏の行き来も要求されており、
あらゆる環境での運用データを集めるにはここのような宇宙と地上の中継地点の方が、他の開発陣のようにテストの度に拠点を移す必要がない。
日に日に移り行く戦況に迅速に臨機応変に対応出来るというのが、数多いライバル機では持ち得ないユニオン最大のウリである。
かつてない激しい主力MS開発競争の下、その要素が正式採用の切り札だった。
これほど開発競走が激しいのは開発陣が五つもいる事も事実だが、次期主力機に求められる軍の要求が多岐に渡るのが原因にある。
まず要約だが、世界規模で多発する対GN機戦闘及び地上と宇宙の紛争の対応。
一つ目は地上と宇宙にまたがる多様な環境下で一定の戦闘能力の発揮。
二つ目は従来GN機相手の優位性確保。
火力、防御、機動力、機体制御、生産性、生存性、全ての面で高レベルが求められ、対イノベイター戦の想定は必須である。
三つ目は粒子制御による攻守、機動両立装備標準装備と共に最低限の装備での高汎用性。
四つ目は機体の頭頂高は19メートル以下に制限。
その上、ヘラクレス系の運用データと有用と見なされた新技術を、各陣営に平等に提供される。
平等な条件での兵器開発を進める方策だが、同時に技術格差によって要求より逸脱した機体開発を防止し、
旧国家系開発陣の縄張り意識増幅による対立再燃の阻止の狙いもある。
「スカイ小隊は良い動きだな」
初の模擬戦にアイリス社所属の開発陣とビリー・カタギリ地球連邦軍技術顧問が立ち会っていた。
その中でまず口を開いたのは同社出向の開発主任だった。
「旧型機相手とはいえ一対二の戦いで優勢に持ち込んでいる。
ユニオンの空戦能力はスペック通り、GN-Xを凌駕していて予想通りだな」
「従来のGN機は粒子制御による機動性と火力、防御で、空より非GN機を圧倒するという戦法でした。
このGNX-904Tユニオンは機動力優先で従来戦法に上手く適応できています」
管制室のいくつものモニターには、テスト先の無数のカメラより送られるユニオンの姿が全て映し出されていた。
その数え切れない挙動、戦闘を見通し続ける開発陣の面々は緊張による不安と満足を繰り返し浮かべる。
GN-XIVフォルティス無人型は高機動系の目標にセオリー通り大火力を叩き付けていた。
粒子ビームの散弾に収束モード、連射、大小のダメージを与えんとばかりの怒涛の勢い。
対するユニオンは着弾予測点にGNフィールドを発生させてある程度対処し、巨大粒子ビームには回避で対処する。
相手の攻撃は全て演習仕様の超低出力粒子ビームであり、見た目だけ通常出力と変わらなく工夫されている。
それでも装甲表面のナノマシン塗装が焼け落ちる程の、人間なら焼け死ぬだけの熱量を持つ。
当たると被弾判定を受けるので、当たり所が悪ければ演習プログラムによって機能不全に、
大出力装備でコックピットに命中となれば戦死としてテスト終了まで待機しなければならなくなる。
テストパイロット達は実戦同様の張り詰めた神経で、実戦さながらの運用試験に当たっているのだった。
「我がアイリス社もここまで巻き返せたのは僥倖に尽きる。あの屈辱の日々からな・・・」
今から十五年前に遡って西暦2007年。
ガンダムスローネの武力介入によって工場の一つが破壊され、多くの優秀な技術者を失って以来、
アイリス社はフラッグやリアルドの予備機材と装備生産、試作機の開発程度にまで経営縮小せざる得なくなったのだった。
地球連邦による世界統合、イノベイドの暗躍、ELS戦争、
そして統合戦争勃発を経て世界の情勢は統合から分裂の危機に転じ行く。
ELS戦直後より凍結された兵器開発は再燃し、準GN可変機アシガルの大成功のおかげで大量の運用データがもたらされた。
そして今アイリス社は、人類最大の軍隊である地球連邦平和維持軍の次期主力機開発競争に参加できる立場になったのだった。
「ユニオンはあのアシガルGNドライヴ搭載型の発展型・・・、
正確には次期主力機向けに改修を重ねて新規設計した機体でしたよね?」
これまで静観していたカタギリ顧問が口を開く。
彼は次期主力機開発を統括、各開発陣を監視する立場として候補機を評価を始めた。
「まず従来通りの空中戦では従来機を凌駕しています。
アシガルで培われた高レベル粒子制御技術と従来の剛性を維持したままより軽量の最新Eカーボンのフレーム、
二つのおかげで少ない粒子生成による高機動力を実現。
細身軽量故の撃たれ弱さは、重要箇所の装甲集中とGNシールドの標準装備である程度解決。
GN機に対しては機動力で、準GN機には全ての面で圧倒する、という基本用途でしょう。
現在の地球連邦軍の早期兵力展開というドクトリンに合致できています」
「これはこれはカタギリ顧問」
開発主任が満足げに口を吊り上げた。
だがカタギリは評価を続ける。
「しかし発展性と防御力、陸戦能力の若干の低さが問題点ですね。
ユニオン系を引き継いで軽量細身した事でこれ以上の性能向上は望めません。
防御ですが射撃にはGNシールドで十分でも、
陸戦では装甲のムラから携帯GNミサイルの待ち伏せ攻撃に弱い。
機体自体はアシガル以上に地上戦にも対応出来ているとはいえ。
オートマトンや歩兵部隊・・・、場合に寄っては準GN機のチェンシー系の援護も必要です」
挙げられた機体の欠点を耳にした開発主任は特に気を損ねる事無く切り返す。
「そこは折り込み済みです顧問。地球連邦は超大国で今は国内はある程度の所まで安定している。
旧ユニオンに似た情勢でそれ以上の領土を抱えているとあっては、可変機の重要性はおわかりだろう?
軍備増強に乗り出しているとはいえ、無駄にMSを揃えては維持に手間がかかる。
可変機ならば少数で現戦力の打撃力を維持したまま広範囲をカバーできるし、
不足分とか制圧ならば準GN機で事足りるではないかね?」
少し俯き逡巡する。・・・確かに一理ある。
旧ユニオンとの共通点が多い連邦軍なら主力のGN機は空軍的運用で、
拠点防衛や支援、陸軍的運用に準GN機を充てても別におかしい事ではない。
「可能性はありますね。
しかし他の開発陣もドクトリンと要求の合致に貴方方に負けていません。
旧AEU系のネクスト、旧人革系のジャーズゥ、GN-Xを引き継ぐGN-XVとネオGN-Xも。
特に旧国家系ですと脱CB系MS、打倒GN-Xに燃えているので、コンペでは恐らくユニオン優位にはならないでしょう」
「・・・・・・結構ではないか。カタギリ顧問?
勝てば良しに尽きる。負けても緊急展開部隊などに採用出来ればそれも良しだ。
世界の警察たる連邦は、旧ユニオンのドクトリンをも引き継ぐべきである事を、我々が示さねばならんのだからな」
モニターには機動力と火力で分断されたNPMSと、攻勢に打って出るユニオンの姿が。
四機目のGN-XIVフォルティス無人型に突進したスカイ3の機体が、
出迎えに斬りかかってくるのをGNシールドでいなし、返す刀で敵の右肩より袈裟切りで両断する。
「自社の挽回のお気持ちは、元所属として十分に察知できます。
しかし・・・、あまり旧国家意識を持ち出しては開発競争どころか、連邦の政治状況にも悪影響を及ぼします
最悪の場合、分裂の可能性も・・・・・・」
問題なのは旧国家系のMS開発の意気込みが強すぎて相互対立感情を促進している状況だ。
ユニオン系は元世界の警察の自負から。
AEU系は遅れをきたしているMS開発の挽回の為に。
人革系もアロウズ時代の主導権挽回の為に。
統一政体設立の自負とELSの見えない圧力を前に今のところ一丸になって結束しているが、
彼ら開発陣の競走が対立へとエスカレートすれば状況が変わるだろう。
「今のお言葉はマスコミや公人の面目では、どうか控えてください」
死んだ旧友が現状を見ればどう思うのか・・・。
今や五一歳の加齢をようやく見せた顔は渋い表情に少し歪む。
ビリー・カタギリ連邦軍技術顧問は各開発陣を見回って、今後激しくなるだろう対立に対策を立てなければならない。