機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第20話 GNX-906T ブレイヴII
時は今や西暦2317年。
強硬派のドナルド当選以来続いた軍制改革は目処が立ちつつあった。
地球圏には千機以上のMS、五十機以上のMA、百隻前後の軍艦が控え、
中でも空母と戦艦を保有する基幹艦隊は未だ続く内乱のこれ以上の激化の抑止力を成した。
またかつて乱立した地方軍は縮小し警備と治安維持担当にまで格下げされ、
対称的に増強された正規軍が防衛の全てを引き受けた事で軍事力の統一を実現、
あらゆる事態の迅速の対応と軍事力の伸縮自在な展開を可能にした。
これまで以上に厳重な防衛力は内乱で混乱する地球連邦の秩序に一定の安定をもたらした。
だが争いは未だに消えていなかった。
地球連邦軍第四独立機動部隊「リンドルブム」第1小隊のパイロット四人は、目の前の状況に思わず息を呑んだ。
彼らは紛争地帯への緊急展開や対旧人類軍あるいは対CB戦闘、強行偵察など機動力を最大限生かした即応部隊出身であり、
老朽化したGNX-903T/D2ブレイヴIダブルドライヴ型から、
今年より更新した最新鋭機GNX-906TブレイヴIIの操縦が許されるだけの実力の持ち主である。
それでも戦闘の次々変わり行く状況は頭脳でもコンピューターでも全て予想できなかった。
「隊長!敵機、L1方面の哨戒部隊と交戦しました!」
小隊副官スコノビッチ中尉が叫ぶ。
「これで挟み撃ちになった!急げ!敵に突破される前に!喰らい付け!!」
ドラム型コックピットより前方モニターに光点とオレンジ色の粒子ビームの交錯が広がる
あの向こうでは味方と敵の激戦が繰り広げられており、モニターの別枠に味方の状況が文章に映し出されていた。
友軍の哨戒任務中のブレイヴI八機の三個小隊が、たった一機の敵MAに有効なダメージを与えられないでいる。
無論、実戦配備して一三年経った旧型機とはいえ、擬似GNドライヴ搭載型の長距離航行可能な高機動高火力可変MSである。
年々更新されるOSとプログラム、センサーなどの精密機器、GNコンデンサー、粒子変換用バッテリーのおかげで、
同じ機体でも初期仕様より総合性能は向上されている。
だが相手が悪かったのか戦況は芳しくない。
相手の濃密な火線を潜り抜けるのがやっとの状態で、十二機から今では三割程も失う打撃を受けていた。
「有効射程距離まで残り百キロを切った。リンドルブム全機トランザム解除せよ」
「了解!」
地球より送られる地球連邦軍総司令本部の指示に従い、
擬似GNドライヴの粒子生成量を通常出力に下げ機体を通常航行に戻す。
機体表面が粒子放出による朱色から連邦機を表すメタリックブルーカラーへ変わる。
「さっきの青いMAは真正面からL2と月を突っ切った。
このまま行けばL1にぶつかるし、奥にはオービタルリングと軌道エレベーター、地球が控えている。
市民が巻き込まれる前に何としても奴を食い止めるぞ!」
三十分前、月の裏側のL2の哨戒線より旧人類軍の大型MAの機影を確認した。
監視衛星と哨戒機の長距離カメラの記録から、九十%の確立でイノベイター専用超大型MAガデラーザと判定。
すぐさま迎撃部隊が打って出たが相手はトランザム航行後の超高速慣性飛行で正面突破、そのまま月も突き抜けL1へと向かおうとしている。
その直前、月に待機していた第四独立機動部隊は司令部より追撃命令を受け、敵MAをトランザムで後を付け回したのだった。
L2のソレスタルビーイング号にも連邦軍月面基地にも、攻撃を仕掛ける事無く自勢力内に突き進み続ける敵の真意は、
威力偵察なのか経済拠点なのか、イノベイターの市民を狙った強襲作戦なのか?
真意はわからないが敵の侵入は断固として許さない事態。
執拗な妨害で進路を変えて追い返すか、この最新鋭機でダメージを与えて撃墜しなければならない。
「ビームだ!」
けたたましいアラートと共に敵攻撃警告の文字。
「阻止攻撃が来るぞ!二分隊に散開して前進!」
小隊長安部大尉と部下モレッティ少尉が右へ、小隊長副官スコノビッチ中尉と部下キーリン中尉が左へと分かれる。
左右に軌道を変えた矢先、戦場よりGNバズーカ級の粒子ビームが散開前の軌道に二発、左右にそれぞれ四発ずつ前方より降り注いだ。
艦砲射撃と見違える濃密な火線。だがそれはただのガデラーザのクローアーム先端のGNバルカンから放たれる物。
単純に巨大MAの装備故に口径が巨大なのだ。
四人は対イノベイター戦の戦技プログラムとヴェーダのバックアップで、
小隊長と副官はそれらに加えて実戦経験で培った勘で、粒子ビームの暴風に対して前進回避を続ける。
時にGNフィールドで受け逸らし防御を最小限に抑えていった。
「もっ、物凄い攻撃だ・・・!」
「なんと激しい!」
二人の部下がこの段階で弱音を吐き出してきた。
モレッティ少尉は士官学校と訓練所で何年も訓練を受け、高い成績から卒業後すぐ独立機動部隊に配属されたエリートに当たる。
キーリン中尉は準GN機アシガルのパイロット出で、地上での活躍から今年よりこちらに転属してきたという。
どちらも20代前半若く将来有望の資質の持ち主だが、宇宙での実戦経験がほとんどない新米パイロットなのは変わらなかった。
「ガデラーザは、まだ全力じゃない!」
斉射の後は回数の少ない応射が続く。
背後の追手をすぐに落とせないと判断するや全周囲の防衛に切り替えたからか。
だが厄介にも一発一発の狙いが的確で、全追撃部隊の進路方向にビームを撃ち込み接近を許そうとしない。
避ければ敵より反対の進路に逸らされ攻撃のタイミングを奪われ、押し進めばGNバルカンの逃げ場が無い位の弾幕を正面より受けよう。
こちらが脳量子波遮断機能付の最新パイロットスーツを着用していても覆せないイノベイターとの差。
向こうの持つ情報処理能力は機体より送られる膨大な情報を全て対処し尽くしており、
追いすがる連邦機の挙動に至るまでの行動を全て把握している。
「とはいえ、この最新鋭機がすぐ墜ちる訳ない事を見せ付けてやる!」
こちらより一足先に駆け付けていたブレイヴIはガデラーザにこれ以上近寄れずにいる一方、
ブレイヴIIの方は牽制を受けながらも着実に距離を詰めていっていた。
最新型擬似GNドライヴ二基が機動力、GNフィールドの防御力の向上という恩恵がもたらされたおかげだ。
上手く事が進めばダメージを与えて撃墜のチャンスを得られるだろう。
「まさか・・・墜とすのでは・・・?!」
モレッティが上ずった声で安部隊長に訊く
「そこまで考えてない!まずはダメージ与える事だ!」
ガデラーザは統合戦争が始まって十年間、連邦軍に辛酸を味あわせ続けたMAである。
対多数戦できる火力と性能を突き詰めた機体にイノベイターパイロットの力と合わされば、
一個MS中隊と三隻程度の巡洋艦では歯が立たず、ブレイヴでなければあの巨体に似合わぬ高機動力に追従できなかった。
しかも機体正面のGNブラスターとGNバルカン装備のクローアームとGNクラスターミサイルに加えて、
百五十四基もの大小の大量のGNファングを装備しており圧倒的な火力はELS戦から十三年経っても健在だった。
もし撃墜するならば最低でも三十機以上ものGN-X系とブレイヴ系と数個艦隊の緻密な連携を組んでの物量戦を仕掛けるか、
或いは自軍の同型機をぶつけるしかなく、ファング対策に火力強化を果たした現在でも対処法は変わらなかった。
「隊長!こちらも目標まで半分まで切りました!」
ハミルトンより通信報告が出た。
副官分隊も隊長分隊に続いて有効射程距離の半分まで敵に喰らい付いたという。
これでガデラーザに小隊最大限の火力を投射できるようになった。
「よし!リンドルブム全機、武装全門開け!・・・っ!ファングが来る!気をつけろ!」
専用GNソード「スパタ・トゥルマエ」装備の小隊長の分隊が収束ビーム「トライパニッシャー」を斉射。
続けて副官分隊の専用NGNライフル「コメーテス・ドゥアエ」が、二百五十ミリ徹甲弾を電磁加速で撃ち出す。
GNバルカンの暴風を潜り抜けるとGNファングの暴風がその次に吹き荒れ、四方八方より恐るべき牙がこちらを襲いかかった。
十三年前と機種が別の、射撃型ではない実体剣型の遠隔操作兵器がGNフィールドを帯びた鋭角な切っ先を以ってして。
宇宙空間の慣性に従ったターンやロールといった航空機繋がりの機動、
粒子の斥力による急加速や急停止、方向急転換を交えて追いすがる連邦機の接近を阻み、機あらば討ち取りに掛かる。
対するブレイヴIIは背部のGNビームキャノンで全周囲に粒子ビーム散弾をばら撒きながら、
それと同時にファングと同様の複雑な機動を駆使して接近していく。
「なんて・・・でかくて速い奴だ!」
自分隊僚機の、ただ独り言なのだが安部大尉は内心気に入らなかった。
その表現の仕方が、場を間違えれば全く別の卑猥な意味に聞こえるから。
だがモレッティの言う通りガデラーザは巨体を縦横無尽に弧を描いており、大量の擬似GNドライヴの出力の凄まじさを実感される。
前機を超える火器管制と火力のトライパニッシャーとMSクラスのGNフィールドならば易々貫通できる徹甲弾が一発も当たらず、
補助装備のGNビームキャノンではGNフィールドコーティングの機体表面に焦げ目を付けるのが精々だった。
「もっと間合いを詰めろ!奴の火力を封じるんだ!」
火力が大きくとも懐に潜り込めば、相手は駆逐しようにも自分に火器を向けては自滅になるので応戦し辛くなる。
それにMS形態で敵機に張り付けば死角を突いた至近距離攻撃が可能だ。
不可能でも今以上に近づきさえすれば砲撃の命中性が上がり撃破の確立を上げられる。
だが相手は単独とてイノベイターパイロット。
機体本体の急ブレーキで追っ手と衝突させる手や、トランザムで一気にこちらと一気に距離を離す手を用いる可能性があるのだ。
そんな中、トライパニッシャーの一発がガデラーザの右翼先端に命中した。
粒子ビームの濁流を浴び爆発を上げ、煙と共に装甲や機材の破片を後方に撒き散らす。
「当たった!だがほんの一部だけ・・・!」
安部の渾身の攻撃を受けるも敵に動揺がないのか機動の乱れが見られない。
機体一部の爆発の反動を粒子制御で無理矢理押さえ付けたからだろう。
旧人類軍イノベイターパイロットの高度な思考と情報処理で勝つか、
地球連邦軍非イノベイターパイロット達のチームワークと機体制御、進歩した戦技プログラムが勝つのか。
L1まで中間地点を越えてもなお、両者のせめぎ合いは続いた。