機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第3話 GNW-20004 ガゼイン
ソレスタルビーイングに対抗しての3大国の統合から地球連邦が発足して以来、
アロウズによる苛烈な治安維持を経て、大いなる歪みを克服した世界は遂に安定を迎えるはずだった。
だが金属異星体ELSの飛来とイノベイターの出現がほぼ同時期に起こったのが、新たな歪みを生む種となった。
イノベイター自体は少し前に出現していたが、かねてより連邦政府がいまだに社会に公表していなかった事、
ELSの出現がもともといたイノベイターの因子を持つ者達を革新させた事が悪い方向に作用したのだ。
人々がELSによって「人の姿をした何か」を発生させている、と思い始めるのは程なくして起こった。
最後の戦争が始まるまでの3年間、それは戦いの準備を進める仮初めの平和だった。
この3年間、イノベイターの急増に対応しているのは政府だけではない。
正規軍でもそういった存在になる将兵の為の様々な処置が進められていた。
だが人間とはあまりに異なる力を持つ彼らを、周囲はいつも通りの対応などできなかった。
忌避する者、戸惑う者、今まで通りに接する者と様々だ。
常人の倍以上の戦果を上げるイノベイター兵に、現時点では精鋭部隊に回すか一般兵と同じノルマに勤務を固定させている。
彼らをかつての非人道的な実験に送る事はせず本人の意思を最大限に尊重し、普段と変わらない生活を送っていた。
それでも超人たる存在に対する嫌悪は消えることがない。むしろそっちが増すばかりだ。
嫌悪はやがて恐怖へと変わる。恐怖は身と心を狂わせ相手に敵意を向け、殺意の炎が心の奥底から上がっていく。
革新者を恐れる者達は程なく集い、彼らの抹殺の計画を練り始めた。
3年間の準備を経て、反発者達は武力行使に出始める。
「アレらの状態はどうだ?」
「はっ!精神状態は安定、MSにスタンバイさせて大丈夫です」
「うむ。そいつらを出撃準備させろ」
これから小さな、だが極めて重要な攻撃目標が居るコロニーへ、
ウラル級大型輸送艦で侵攻中のブリッジの中での事だった。
やりとりしているのは二人。
一人目は艦の指揮がやっと身に付いた30代程度の若い艦長。
二人目はその隣で席からはみ出んばかりに贅肉を付けた壮年の将軍だ。
たるんだ肉を身を纏い、不快な加齢臭を撒き散らしながら踏ん反り返る作戦司令官に、
新任の艦長は不快感を抑えながらその後始める戦いの最終準備をしていた。
この3年間の内、組織結成をしたのはつい最近の半年前の事だ。
ほとんどの間は我々をバックアップする、巨大な量子コンピューターの開発に費やされた。
5年前に接収したヴェーダに匹敵するそれは、
我々の結成から軍事行動に至るまでの全ての動きをヴェーダから隠す為にある。
ヴェーダは長い間ソレスタルビーイングの武力介入を支えた情報源だ。
あれがあってこそ世界中から情報を全て集められたのだ。
どんな場所での行動も通信も電子機器を使う限り、ヴェーダの眼は決して見逃さない。
打倒連邦政権を掲げるにあたって最初の障害を、情報網を掻い潜るのが我々旧人類軍の最初の関門だった。
やっとの事で完成した量子コンピューターがヴェーダの情報収集を抑えているおかげで、
あらかじめ準備していた組織の結成から軍隊としての機能を持つまでに至ったのだった。
「ガゼインの最終点検で異常は見られません。見られませんが・・・」
「んんんん~~~~??」
口が詰まりかける艦長に対し、将軍はガマガエルのような醜い瞳で睨み付けた。
「あの機体・・・スローネ系を使うとあっては・・・、味方にすべき市民の支持に差し支えがあると思います・・・」
「機体はただの機体だろうがボケが。ガンダムだろうがスローネだろうが戦力ならなんでも良いだろぉ。
イメージなんぞ、後でいくらでも挽回できるじゃねぇか青二才よぉ」
身体だけでなく口からも同じくらい悪臭を放ちながら、気弱そうで生意気な部下を目上から説教する。
(こいつは艦の指揮に期待できるが、上官にいつも口を利いては減点だな。)
難色の顔を浮かべる艦長を見て彼は密かに採点した。
ガゼインはかつて9年前のソレスタルビーイングの武力介入の後半にて、
突如出現したガンダムスローネ系の発展型にあたる。
問題なのはその機体が過激で残虐な武力介入を行ったからである。
基地の破壊に敵部隊の殲滅はまだしも、兵器工場を民間人もろともの無差別爆撃に軍と関係ない結婚式場に攻撃など。
これまで世界に被害を多少ながらも与え、同時に紛争の火種を次々潰した、
紛争根絶としてのソレスタルビーイングのイメージが一転して、世界の敵としてのイメージに塗り替えたのだ。
その後アロウズの打倒、ELSとの対話を経てイメージが好転したものの、
スローネ系は未だに武力介入の暗黒面として忌み嫌われている。
モニターに表示されたガゼインのデータ。
外観はガンダムスローネに似ており、名前こそガンダムではないが頭部のクラピカルアンテナはそのままガンダムだ。
この機体は本来は4年前のソレスタルビーイング号接収で得たスローネ系を改修した機体で、
イメージの問題もあるがイノベイター専用試験機として世界に公表されていない。
「まあいいさ。最初の獲物は半身金属のミュータントだ。そいつを片付ければ人類の脅威を一つ潰せるさ」
その為に敵たるイノベイターを殺さずに戦力にした矛盾を、将軍は何の欠片も思わなかった。
生かすのではない。道具として、兵器として使うだけなのだ。
使いに使って用が済めば後は殺処分すれば良いだけの事だ。
その為に、ヴェーダの干渉を防いだ中でイノベイターを拉致し、洗脳させてガゼイン部隊に組み込んだ。
「それにだ・・・・・・」
「はい?」
「これは人類の存亡を賭けた戦いなんだ。まずは揺さぶりをかけて味方集めから行くべきだ。
ミュータントの小娘を葬って、その正当性を口いっぱい喧伝すれば市民の中に賛成が上がるだろ」
側にいるだけでストレスの発生源である将軍だが、その言い分には艦長は納得したし大方間違っていなかった。
ELSと共存した地球連邦だが市民の間では賛否の声が入り乱れている。
その中で多くがハイブリッドイノベイターを忌み嫌う傾向がある。
人類がELSの力を手に入れれば、人から進化しただけのイノベイター以上に脅威だ、と。
今の旧人類軍は反イノベイター/ELS派の議員と軍と政府の高官を中心に、
世界中に散らばる賛同者達と部隊の寄せ集めでしかない。
金儲けの為に軍事産業が支援してくれているとはいえ、連邦軍に対抗出来ても打ち倒せない弱小勢力だ。
だが今の地球連邦の弱みを上手く付け込めば、ドミノ倒しのように内部崩壊を始める。
宥和政策の限界、理想に溺れて腐敗した政府、イノベイター至上主義、弱腰外交・・・・・・。
そんなイメージを市民にじっくり与えれば疑惑を混乱、失望を生み、現政権はバッシングを受けて身を退かざる得なくなる。
現実に思惑が当たればこちらに勝機が見えてくる。
「確かに地球連邦はでっかいムキムキの巨人だ。だがな、その実はいろいろな病巣に犯されてんだ。
正面から喧嘩売らねぇで朝も夜も毎日嫌がらせすりゃ、くたばる道理じゃねぇかよ」
口調は乱暴で粗暴な指揮官だが、実に丁寧でわかりやすい例えを入れた説明だった。
「はっ、確かにです」
「だから今のイメージと評価に惑わされんな。気にすんな。
上手く行けばガゼインは救国のシンボルになるだろう」
どんな兵器も、使うのはパイロットだ。パイロットの判断で兵器は英雄にも虐殺者にもなれる。
だからスローネには何の罪もない。ガンダムがイメージを良くし直せたように、スローネも良くしてみせよう。
人類の脅威たるイノベイター、人類を変革の名の下に汚染するELS、
そしてハイブリッドイノベイターを、腐敗した地球連邦政府を打ち破る、救世主に生まれ変わらせてやろう。
「この作戦がそのイメージアップでもあるから・・・な!」
「司令の仰るとおりです!」
不満を垂らし続ける艦長が遂に納得した様子だ。
「司令、コロニー「プリームムポリス」を視認」
オペレーターの手で示された大型モニターにブリッジクルー一同は身構えた。
待ちに待ったこの時が来た。
興奮と緊張に顔を険しく強張らせ、人類の脅威が潜むコロニーに睨み付ける。
最初の都市という意味のスペースコロニーには何となく運命のいたずらを感じる。
宇宙都市として最初のコロニーにいる,最初のハイブリッドイノベイターを、最初の作戦で最初に葬る。
なんとも上手く出来たシナリオではないか。
「よく聞け諸君!今日という日は偉大なる一歩となる。
貴官らの目の前に浮かぶコロニーの中には、凶悪な半身金属のミュータントが我が物顔でのし歩いている。
その傲慢な、恥知らずな化け物の首をはねるのが人類の存続の為の一歩だ。
連邦政府は宥和にこだわり、眼と鼻の先に忌々しい金属異星体を居座らせている。
理想に溺れ、自覚無く悪政を執り行う現政権は、来る人類の危機の種であり、打ち倒さねばならん!
これは人類の未来を賭けた聖戦だ!敵を撃ち滅ぼし勝つ以外に道がない事を、貴官らは忘れないで頂きたい!
そしてもう一つ、これから始まる戦いで、その後続く戦いで、生き残ろうと死のうと、将兵共に救世主に仲間入りする事を!
つまり、我々旧人類軍の下で戦う限り、貴官らは栄誉を飾る事になるのだ!
これから始まる戦いは、人類の新たな独立の始まりとなるであろう!!」
記念すべき戦いの幕開けと言うべきか、普段使われない普通の口調で演説が行われた。
その直後ブリッジで、通路で、ハンガーデッキで、あらゆる区間に配置したクルーは歓声を上げた。
司令はだらしない中年で臭くて粗暴だが、指揮官として優秀だから完全に嫌われないでいられるのだった。
「よーしっ!・・・・・・では、そのままプリームムポリスへ前進だ。
手順どおり、港に入れてガゼインを出すんだぞてめぇら」
長きに渡る最後の戦争はこうして始まったのだった。