機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第18話 GNX-810T GN-XV(前編)
地球外生命体との邂逅。
長年人類が夢見た歴史的瞬間は、西暦2314年にて破滅的な形で現実となった。
人類の前に現れたそれは木星より飛来した地球外変異性金属体―――通称ELS―――。
言葉を発さず脳量子波と同化を対話手段とする、遠い遥か彼方の宇宙で人類と全く異なる進化を遂げた生命体の真意は、
当時の連邦政府が総力を挙げても全く判明できなかった。
ただわかった事は、同化によって対象は取り込まれ死亡する事。
そして彼らがイノベイターやその因子を持つ者達に引き寄せられる事のみ。
対応が困難を極めている間にELSの対話から人類側に被害が及び、そして木星よりELSの何億もの大群が地球に押し寄せてきた。
連邦政府の調査隊派遣も、火星圏での接触から全滅に至った事態に、軍総力を挙げた地球防衛を決断。
戦力差一万対一以上という絶望的な状況の上、人類の兵器に模倣させるELSの学習能力に圧倒され、連邦軍一時間足らずで壊滅。
地上まで大気圏突入寸前の所まで突破を許してしまう。
その直後、ELSはガンダムで駆る一人のイノベイターの男の対話から、
人類を理解し全ての大群を大型個体に集結させ、宇宙に浮かぶ一輪の花に変化させた。
突如の奇跡より三年後、人類は内乱の時代に突入する。
イノベイターと旧人類の軋轢から世界中に暗雲が立ち込め、反イノベイター派は地球連邦にいつまでも屈する事無く抗い続けた。
また身内の諍いよりも頭上からの来訪者に脅威視する者達も世界の裏で着々と勢力を広げていた。
外宇宙航行船ソレスタルビーイング号は月と目と鼻の先のL2に浮かんでいる。
十五年前に連邦軍に接収され十三年前のELS戦争では絶対防衛線の大本営として機能していたこの巨大宇宙船は、
半分以上がELSに侵食され一大拠点として使い物にならなくなってしまった。
だが巨大量子演算コンピューター”ヴェーダ”の設置場所として、月面二個艦隊の強固な守備を受けながら今も存在していた。
この小さいながらも重要な宇宙拠点にて、地球連邦の一大イベントが始まろうとしていた。
「諸君。我々外宇宙友の会は現政権の多大な協力の下、ヴェーダによるシミュレーションの許可を頂けました。
ここまでに連邦議員や軍人、軍事産業、財団等の援助と、メンバーの志、多くの連邦市民の支持の下、
世界中に外宇宙の脅威を十年間訴え続けた、地道で苦難に満ちた活動があったのです。
その労苦は今回の形で報われた事は、感謝の念が消えません」
このシミュレーションに立ち会っているのは外宇宙友の会幹部と一部の連邦高官、ヴェーダ管制担当の連邦兵、現場視察のドナルド大統領からなる。
誰もが緊張した面立ちで演説を聞き、ある者は今に至るまでの回想に耽り、独自にシミュレーションを試みる。
ELS飛来して以来、人類は外宇宙生命体の脅威を覚えたはずだった。
だが当時の連邦政府はイノベイターによる対話以外の何も対策を講じず、従来通りの宥和政策と軍縮を推進させた。
そうした状況に危機感を募った学生達の手で外宇宙友の会が年内に立ち上げられ、外宇宙対策を促すデモ行進や対外宇宙政策の考察を活動内容としてきた。
政権の座に就いていた穏健派はあくまで政策転換しなかったものの、
次第に宇宙研究者や強硬派連邦議員と軍人もメンバーに加わって行き、市民の親睦目的の下部組織を含めれば世界規模の研究組織と化する。
統合戦争に終わりが見えなくなった西暦2020年の時点で、政府にとって無視できない国際組織になっていた。
余談だが外宇宙友の会が一年前に連邦軍の協力を得て教材”西暦2314年 30分間の悪夢”を作成した。
これはELS戦の連邦軍とELSの戦力、戦闘の推移など詳細な分析集で、題名はELS迎撃から短時間で壊滅に陥った二十分間から由来している。
本教材は短時間の内に本来の納品先の連邦軍の研究所や士官学校だけでなく、対象外のはずの民間にも広く流通したという。
今回のシミュレーションには”西暦2314年 30分間の悪夢”が参考資料として大いに重用されていたのだった。
演説が終わると本命のシミュレーションが開始された。
ヴェーダを用いて設定した仮想空間は、現在の地球軌道上の全てを再現した。
そこには連邦政府が登録したコロニーや宇宙建造物、月面基地など、地球圏全面の戦闘を見据えられている。
勝利条件は敵勢力の撃退もしくは殲滅で、逆に敗北条件は自軍の殲滅か地球到達と設定された。
仮想空間での敵はL2に留まり続けている金属異星体ELS。
現在地球連邦はELS以外に地球外生命体を確認できていない。
強力無比で広大な外宇宙を自由に行き来できる勢力として、彼らを仮想敵に選択したのだ。
迎撃に当たる地球連邦軍の戦力は地球軌道上の五個、火星に二個、およそ七個もの基幹艦隊百十二隻と七個警備艦隊三十五隻。
合計百四十七隻という十年前の連邦軍全宇宙艦隊の四倍近くの大艦隊である。
それに加えてオービタルリング全周囲には防衛隊と地上からも掻き集めた増援部隊で、最終防衛線を構築する。
連邦軍が軍備増強で変わったのは増大した物量だけではない。
MSの内GN機は更なる性能向上の上に一部は新世代機に更新しており、大きく削減された非GN機は完全に第一線から外し、
GN機の不足分を準GN機で補完し千単位で揃えている。
艦船も半分以上が擬似GNドライヴ航行型で、大規模な反乱鎮圧に視野を入れた戦艦や空母、強襲揚陸艦が基幹艦隊に配備されている。
戦力差が依然として大きすぎるのだがもう一世代分進歩した装備と軍制改革を受けた連邦軍ならば、
最終的には壊滅となってしまっても地球到達まで時間稼ぎを長くできるはずだろう。
「MSの・・・GN機の大半は強化されたとはいえ、基本的には十年前の機体の改修型だな。
新型機は未だに2割程度しかない・・・・・・」
MS部隊の中核たるGN機は千六百機。
主力機のGN-XIVフォルティス四百機、火力支援機GN-XIVフルミナータ百機、GN-XIII無人型三百機、ブレイヴI二百機。
どの機体もELS戦争時より基本性能、火力、防御、全てにおいて向上を果たし、
中でもGN-XIVフルミナータはユニット交換のみの改修機ながらも、デカぶつのガンダムを凌駕する火力を持つまでに至っている。
一方新型機は配備数が少ないもののその性能はこれまでを上回る。
精鋭機のヘラクレス系百機、次期主力機GN-XV二百機、ブレイヴII百機。
コアファイター搭載を前提とする設計と粒子制御技術向上による高汎用性が特徴の機体群だ。
最後にアシガル系とチェンシー系の準GN機四千機が艦隊護衛や、非GN機千機と共に補給や整備など後方支援を担当。
主力機ではないが粒子制御により粒子兵器を使用できる上に、
性能はGN-XIII並でアシガル系の機動力とチェンシー系の装甲と火力はそれを上回る。
これらはELS襲来の対応に地上からも根こそぎ集めたという設定で、
艦隊の直属機と派遣機を含めて八百機以上、最終防衛線に防衛隊と地上派遣部隊など三千機以上を配置する。
GN機とそれ以外の比率は十三年前と大体同じだが、機体更新とGN機に匹敵する準GN機の大量配備によって、
実質戦力と投射火力は組織の計算上では十倍以上に跳ね上がっているという。
「第一回目のシミュレーションは、まず全戦力による正面会戦で試すとしよう」
地球のすぐ側にELSがいる現時点で全戦力をつぎ込んだ決戦は難しい。
とはいえ西暦2327年の連邦軍の総戦力でどれ程戦えるか、正確に知るにはこれが丁度良い。
現実にありうるいくつかの想定ならば、一回目以降いくらでもシミュレーション出来る。
「予定通り作戦はプランAで実行する。
・・・・・・大事な事なので言っておくが、現在の連邦軍でELSに勝てる確率は無い。
それでも毎年何度も検証し続ける事に、将来の宇宙戦争に役に立てる事を忘れないで頂きたい」
グリニッジ標準時十五時、第一回シミュレーションを開始。
開戦直後。
月面に布陣した全連邦艦隊は、ELSの射程距離内侵入と共に艦砲射撃とMS、MA部隊第一波による漸撃が開始。
十三年前より延長された射程距離なので五分位早く開戦する事になった。
戦艦粒子主砲はELSの密集部分を薙ぎ払い、粒子砲は中型ELSを狙い撃ち、湯水の如く撃ち放たれる粒子ミサイルは小型ELSを掃討していく中、
漸撃の可変MS部隊はブレイヴ系の高機動力を生かした一撃離脱戦法で、繰り返し帯のように連なるELSの大群を焼き払う。
同じ担当のMA部隊は全機ガデラーザ系でからなり、対ELS戦を想定して本体まるごと覆われたビームカッターで殺到するELSを逆に焼却しながら、
粒子ミサイルや機体各所のGNバルカン、隠し腕の全周囲射撃、時にはGNブラスターで行く先の敵勢を蹴散らしていった。
対するELSの一部―――それでも万単位―――が次々と過去に取り込んだGN-XIVやバイカル級航宙巡洋艦に擬態し、
こちらの何百倍もの粒子ビームの弾幕で応戦してきた。
「この時点で既に十年前近くの撃墜数を挙げている!ソレスタルビーイング号の大型粒子砲なしで・・・!」
「それでもELSからすれば総戦力中たった一%前後の損耗でしかない。
後方の大群が次々と喪失分を埋め合わせて着実に艦隊に近づいていくぞ」
粒子を損耗した第一波が第二派と交替し宇宙空母に帰還。補給を受け、次の出撃に備え待機した。
こうした主力を温存しての漸撃にもELSは屈する事無く地球へと押し寄せ続けている。
開戦より五分後。
連邦軍の戦力中損耗分は二%と極めて軽微にあった。
だがELSが無数の屍を踏み越え着実に距離を詰められる中、ここで遂に温存のMS部隊を出撃させた。
彼らの任務は艦砲射撃とMS、MA部隊第一、二波の漸撃をすり抜けた敵の掃討だ。
宇宙空母と護衛艦より次々展開したMSの内、前者の主力部隊はELSへ前進し後者は艦隊護衛部隊として艦隊周囲に防衛線を張る。
無人MS部隊の砲撃支援の下、GN機からなる主力部隊はELSと激突。
宇宙は爆炎と共に自軍のオレンジ色の粒子ビームと敵の紫色の粒子ビームによって一面を覆い尽くされた。
改修機ながらもGN-XIVフォルティスはELSGN-XIVの猛攻に怯む事なく、粒子ビームを弾き反撃の巨大粒子ビームで薙ぎ払う。
GN-XIVフルミナータとGN-XIII無人型の猛烈な砲撃の嵐に、何百もの小型ELSが焼き払われ、中型ELSが一撃で爆散していく。
戦力を一気に戦場に展開した事によって、損耗が一挙に増えすぐに五%に跳ね上がり消耗のペースが早くなってきた。
それと共にこちらの撃墜数が増え一万を超えたが・・・・・・。
「空母のおかげでMSが中隊単位で補給と修理を受けられるのは助かる。ずっと前線に張り付いて消耗するのを抑えられるからな」
「一隻でも沈められると戦力低下が深刻なものだ。だがその事態を防ぐ為に護衛艦は出来る限り完備させている。
見ろよ。ドニエプル級が押し寄せるELSのことごとくを撃ち落していっている」
「艦艇もMSも全て火力が上がっているからな。それでも大型粒子砲とか戦略兵器がないのが痛い」
仮想空間での戦況を目の当たりにしての参加者達の感想。
一新しつつある軍の力に感心し希望を抱きつつある者、冷静に彼我の戦力を分析する者など色々いる。
開戦より三十分後。
連邦艦隊はELSに万単位の損害と引き換えにこちらは三十%戦力を失っている。
十三年前なら自軍が壊滅した時間だ。
連邦艦隊の奮戦は続くがELSの圧倒的物量の前に損耗を強いられ、各戦線で突破を許してしまっていた。
艦隊護衛部隊と可変MS部隊がその火消しに回るのだが、全ての突破を防ぎきれなくなりつつある。
MSの補給拠点にして機動橋頭堡である空母が二隻撃沈され、機動戦力の維持に支障をきたしつつあった。
形勢はELS有利、連邦軍不利に傾いた。
ここで自軍の損害ペースが一段と速くなっていった。
「ELS戦争の時より沢山叩いたがやはりこちらが負ける。か・・・・・・」
「十万位は薙ぎ払ったようだな。それでも勝利にはまだ程遠い」」
開戦より一時間後。
十三年前より長く戦い続けた連邦艦隊の損失は七十%に昇っていた。
既に戦線は崩壊状態で残存戦力は死兵と化し、ELSの大群の隙間を縫うようにしてその場に踏み止まり、
粒子ビームで墜とされるか取り込まれるか、その時まで抵抗を続けている。
これまでに戦線突破したELSの内、その先陣は地球軌道上の最終防衛部隊と砲火を交え、人類の最後の抵抗を思う存分味わっていた。
最終防衛線のMSの八割が準GN機なものの、GN機以上の物量でこれ以上の侵攻を阻んだのだ。
開戦より一時間十分後。
連邦艦隊はELSの物量を前に遂に消滅、全ての戦力を失った。
一方の最終防衛線では懸命の抵抗が続いているが、触手を伸ばすようにあらゆる方向より押し寄せる敵の大群になす術が失われた。
数が十万ならまだ良い。だが何百何千何億ものELSとあっては、一方を阻んでも二方八方に戦線を突破されるのだ。
程なくELSの一群が大気圏を突入、地表に到達し侵食を始めていく。
地球連邦は地球丸ごとのELSと同化という形で敗北を喫した。
注意点はまずコロニーや連邦地上構成国の地方軍やPMC、義勇兵は戦力に入れていない事。
またELSは外宇宙の個体群の増援の可能性を入れておらず、
人類側の攻撃を模倣しただけの行動パターンと戦闘力、数などをELS戦争当時のままで設定されている事。
十年間地球を見続け人類を理解した現在のELSが相手ではなく、敵として攻撃を仕掛けた場合を考慮していない事。
以上の点を留意しなければならない。
研究員も観衆も、誰もが戦闘の推移に声を失った。
「「「・・・・・・」」」
「一時間以上も・・・。二倍以上連邦軍はELS相手に持ちこたえられたとは・・・・・・」
「だが結局負けた・・・・・・」
「「「・・・・・・」」」」
ELS戦争より今に至る技術革新を以ってしてもこちらを叩き潰せるELSの力。
その絶望的実力差を今ここで改めて思い知らされたのだった。
最大支援者のドナルド大統領と外宇宙友の会のアレクサンドル会長以外は。
「思った通りの流れだね。連邦が軍備増強と軍制改革してもこれ程の様だ」
「やはり奴らの学習能力と同化能力、そして物量が問題です。
個体は倒せるが束になると恐ろしい敵。しかもすぐに学習できると来ていますからね」
「GN機を二個付き並にでも性能を上げねば、やはり勝てない・・・か。
まあ、奴らを倒すのに同じ位の学習能力と変身がなければならんとしたら、
最早怪獣同士の戦争になるだろうがな・・・・・・」
予想通りとばかりに冷静に分析する二人の表情に、剥き出しの怒りと動揺は見られない。
救国と杞憂の念、無敵当然の存在への恐怖はあっても敵意を抱いていない。
「ELSは人類を理解し真の共存の為に、今は中立で地球に留まっている。
穏健派とアーミアの言う事はまず信じよう。だが将来の為に戦いの備えをすべきだ。
たとえ意味がなくなってしまってもな」
「大統領の仰る通りです。
将来たとえ武力の必要が無くなったとしても、いつかの危機の為に想定しなければなりません。
イノベイターによる対話でも効かない、凶暴でどうしようもない存在が現れた時の為に」
その後も繰り返されたこの研究の結果、膨大な戦技データが政府と軍、軍事産業に広まり、
今後の戦術戦略、兵器開発の参考データとして活用された。