機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第2部 第15話 ヘラクレス・ウォールズ
統合戦争が中期に差し掛かった2324年。
地球連邦は混乱から態勢を立て直しつつあった。
開戦当初、反イノベイター勢力の決起に政府は適切な対応がとれず、後手に回るという有様にあった。
ELS戦とその後の対話で、相互理解の理想に憑かれたのか、軍縮と対話の宥和政策にこだわり続けたのか。
イノベイター増加に伴う軋轢はかねてより予想していたが、それ以上に大規模に早く勃発したからか。
更に構成国はそんな連邦を見限り、独自に事態の対応を図り再軍備するなど、分離を動きを見せ統一政体は崩壊の危機に陥る。
幸い反イノベイター勢力は義勇軍による打撃で活動は鳴りを潜め、
各地の分離勢力は外交努力によって多くは帰順し一応の安定を取り戻した。
だが問題は全て解決していない。
反イノベイター勢力は滅んではおらず、隙あらば反撃せんと機を伺っている。
分離勢力もわずかだが残っており、対連邦の不信から独立国家の体裁を貫き続けている。
また不安定になった情勢に便乗した武装勢力や一部の国家が、紛争を再発させていた。
イノベイターと人類の軋轢は未だに続き、地球連邦でも例外ではなく対イノベイター政策の効果は未だに見えていない。
学校や職場での彼らの差別、影での肉体及び精神的な苦痛を与えるなどの迫害は止まる事なく起き、
市民の反イノベイターデモや暴徒・テロリスト化、果ては一部州政府の専用居住区による事実上の隔離政策が問題になっていた。
敵襲のサイレンが鳴り響き鼓膜を貫かん程の大音量に、誰もが苦痛と共に迫り来る死の恐怖に恐れおののく。
戦乱の時代、連邦政府の要人が移動中に敵襲を受ける事態は珍しくない。
そんな要人飛行機の窓から覗かせた視線は、一機の護衛機に釘付けとなった。
ガンダムを思わせる四本の頭部アンテナと左半身のメタリックカラーの他、
背部に装備した十基の十メートルもある装備が印象に残る。
老婦人は目に映えるMSについて男性秘書官に訪ねた。
顔に刻まれたしわは歳の加齢を物語るが、
疲れを知らない凛とした瞳、そして全身から滲ませるオーラからは威厳が感じさせられる。
「エース専用機ヘラクレスのGNビット装備型・・・。彼女達は交代なしでもう丸一日飛んでいますか・・・・・・」
「恐らく最後までずっと休みなしで私達を護衛するのでしょう」
これ以上話そうとはしなかった。
簡潔な返答と感想を述べただけで済ませて。
六十代初頭の老婦人の名はブリューエット・ボナリー。地球連邦前政権の大統領を務めた穏健派議員。
アロウズが残した数々の禍根の解決に努力し宥和政策を終始貫いた女傑。
ELS襲来という未曾有の危機に可能な限り対応を取り、イノベイター政策にもいち早く打ち出した二代目大統領。
だが輝かしい名声は今や過去の経歴と化して久しい。
選挙敗北後、穏健派のトップをクラウスに譲り、一議員に立ち戻っていたのだった。
それでもELS戦と内乱勃発の危機から連邦を守った彼女の政界での影響力は強く、
今回のように各地への会談やトップへの助言で活躍を続けている。
彼女が最も恐れていた、反イノベイター勢力の決起。
戦いが始まって七年経った今、市民は長引く戦争による経済打撃から回復を求めて、武力による鎮圧を求めるようになった。
連邦政府は強硬派が政権を握り戦争に積極的に方向転換させ、穏健派の影響力は退潮していた。
しかも彼らが政治の主導権を掌握できたのは選挙という正規の手続きであり、多くの市民からの票で当選したからだ。
この統一政体が言論の自由と民主主義を掲げている以上、クーデターでも起こしていない限り、
政権に反発できても否定したり国家権力で取り締まる筋合いはない。
「これ以上顔を窓にお近づけては・・・、揺れで怪我をなさいます・・・」
「彼女なら専用機に傷を一つもつけさせません。あの様子を見る限りは」
窓際より外を伺っていたブリューエット議員は、気をかける秘書官に優しく答えた。
空中で繰り広げられるMS戦に秘書官は
「あれが・・・半銀の妖精・・・・・・」
信じられないと言いたげにぼそり呟く。
背部より分離させた大型ビット群が要人機を覆い、GNフィールドで空の彼方より襲いかかる巨大な粒子ビームを弾かせた。
続けて横から二射目、下後方より三射目。
立て続けの攻撃をたった一機で防ぎ続け、部下達三機の同型機が要人機の進路の安全を確保させている。
あの太さは対艦・要塞用の高威力設定の粒子ビームではないか。
GN-XIVすら防ぐのに一回が限界の砲撃の連続を物としない機体は、これまでの防御性を明らかに超えていた。
「GNドライヴの提供から十七年、MSはここまで進化したというのか・・・」
秘書の口より感嘆の言葉が漏れた。
GNX-808T/Wヘラクレス・ウォールズ。
地球連邦平和維持軍のエース専用機、MSのトップハイに位置する機体である。
攻守両立の性能向上に十基のGNビットを背部に装備、
GNフィールドによる防御とGNビームキャノンの弾幕を張る事の両方が可能だ。
その上に粒子を収束させた巨大な粒子ビームの発射や全周囲防御も出来ると来ている。
ベテランパイロットでも操縦できるが、最も本領を発揮できるのはイノベイターパイロットである。
後者の能力はコンピューターのプログラム以上に柔軟なGNビット制御を可能にするのだからだ。
ソレスタルビーイングの保有する二個付き以外の、どのガンダムをも凌駕する性能と言われており、
ネーミングと相まって天上の天使に対抗する英雄にふさわしかった。
波状攻撃が止むや遠くよりGN機の姿が見えてきた。
擬似GNドライヴ特有のオレンジ色のGN粒子を放出しながら、その姿を点から人型へと視界の中で変化していく。
二人が覗く窓から見える四機の敵の他、反対側も四機接近。こちらの包囲殲滅を仕掛けるつもりだ。
その最初の手か、粒子ビームの火線が八発一斉射撃、いやそれ以上もの数が飛んできた。
要人機目当てのビームはGNビットの防壁にことごとく弾かれ、続けて襲い来るGNミサイルをビット内蔵のビームキャノンの弾幕で全て撃ち落とす。
「これで二度目の襲撃・・・」
「所属は未だに不明ですが、周囲に分離勢力の勢力が存在していないので、別の・・・旧人類軍辺りの部隊によるものらしいです」
「もしくはテロリストか、分離勢力の可能性も考えられます。
敵が不明な以上早合算はいけませんわ」
「は」
なんとか肉眼でも敵機の姿を垣間見た。
連邦軍のみならず今や地方軍やPMCなどにも出回っている、GN-X系のシルエットではないか。
頭部のクラピカルアンテナと両肩の大型武装からGN-XIVフォルティスという機体と判明。
合計八機の敵GN-XIVフォルティスと護衛のヘラクレス・ウォールズ四機が接敵したようだ。
陣形なり秩序を保っていたそれぞれのMSが、バラバラに散らばり大空を縦横無尽に乱舞する。
今回彼女達はソロモン州政府との会談の為に、シンガポールへ移動途中にあった。
地球連邦政府の交渉に応じず、今なお独立を維持し続ける分離勢力との対話を目的とする。
その初段階に、かつて分離勢力の中で地上最大規模を誇ったというソロモン州を、
彼らとの仲立ち役にさせてもらう意見調整に穏健派が赴いたのだ。
強硬派が握った現政権の下、野党となったとはいえ穏健派の影響力は今でも無視できず、
分離勢力や反イノベイター勢力対策や外交、議会内での過激論の抑制にて重要な勢力だった。
また、大統領も強硬派だが意見調整に長け、宥和政策に一定の理解を持っていたのも、穏健派にとって幸運だった。
「今内乱の背景は根深く解決まで長期を要する」と見解したブリューエット元大統領に引き継ぎながら、
「市民の安全確保に軍備増強、防衛戦争の強化を図る」事で議会の意見一致を果たしたのだ。
でなければ現在陥っている、統一政体たる地球連邦の瓦解の危機を前にして、
アロウズと変わらぬ苛烈な弾圧策や無謀な対外宇宙戦争などの過激論が声高に掲げられ、政策に採り入れられるだろう。
連邦内でも燻っている反イノベイター派が増大し、機あらば政権掌握に向けて蠕動する可能性も否定できない。
内乱の火種でもあり終結の切り札たるイノベイター政策は中止されず、前政権時代と変わらず継続できた恩恵は大きかった。
「人は変革まで血を流し続けなければならないのですか・・・」
統合戦争勃発以来続く彼女の悲嘆を今日ここで漏れた。
ELSとの対話から、戦闘という手段の愚かさを再認識したブリューエット元大統領は、宥和の為に政務という戦いに身を捧げてきた。
だがイノベイターとELSに人類全体は完全に理解出来ておらず、肯定と先入観と恐怖による拒否で入り乱れ、内乱という形で両者はせめぎ合いに陥った。
「護衛部隊は敵部隊と交戦開始。本機は二機の護衛の下、当空域より離脱を図ります」
マイクかかった男の声のアナウンスだ。
見る見るヘラクレス・ウォールズから離れていき、双方のオレンジの粒子ビームの火線だけしか見えなくなった。
「アーミア達を残して離脱するというのですか?」
「二機で当たれると彼女は判断したのでしょう。七年前義勇兵にもなった彼女の実力なら」
表向きエリート部隊として公私ともに有名な第20独立試験部隊「ソウルズ」だが、
その実態は使い捨て可能な愚連隊という存在だった。
本来二年前の選挙前に、「軍隊内での相互理解の研究」を目的に前政権によって設立が決定され、半ばまで進んだ時の事だった。
強硬派政権の平和維持軍再編の折、同じ派に属する軍高官によって残り半分の人員が、
問題児や元アロウズ兵、士官学校と訓練キャンプの落伍者といった配属予定にない将兵に変更されたのだ。
これは明らかに「相互理解という夢想へどこまで現実に足掻けるか試す」という、アーミア・リーへの声なき嫌がらせである。
「研究自体は続けられたとはいえ、前途無難なのは変わらないですね。
・・・まあ相互理解の実現まで時間が掛かりましょうし、人類全体がそこまで変革に付いて来れません・・・」
「連邦軍では彼女を快く思わない幹部が上層部で多数を占めています。
戦力を反乱軍に回してそちらに無理難題を押し付けて、護衛を果たせば会談相成って良し。
失敗すれば相互理解の研究の無意味さと部下掌握の失敗に、追求できて切り捨てられる。という算段でしょう。
その上私達の追い落としを掛けられると・・・・・・」
「やはりそういう企てですか・・・・・・。
我々人類が理解に達するまでまだ時間がかかるようね」
ブリューエットは人知れず溜め息を密かについた。
「あの方が政界引退さえしなければ・・・。今ここで助けて頂いたのは引退なさった彼女でもありますが」
秘書の呟きの前半は現在の穏健派の共通意思だった。
ELSと融合したハイブリットイノベイターの彼女を架け橋に、ELSの真意を知り相互理解を果たした。
アーミア・リーは人類の未来を指し示す平和の女神というべき存在。
世界にあまねく光をもたらす太陽だった。
半身ELSに融合された当時、ELS戦直後の混乱の最中にあり市民の迫害の可能性から、
政府は家族ごと保護し家庭教師を付ける事で学習面の保証を提供した。
そんな特殊な事情から女子高生から連邦議会のオブザーバーに飛び級で上り詰め、政府に人類と未来の可能性を見せてくれたのだ。
だが世界は再び人類同士の戦争へと向かうと、アーミアもその渦中に晒される事になる。
成り行きで義勇兵になった後オブザーバーに復帰するものの、三年前の2320年に引退し代わりに連邦軍に入隊した。
社会人に、対話の架け橋になって間もない彼女の引退に、穏健派を中心に反対の声は大きかった。
「人類とELSの架け橋である貴女が、その役を、責任を放棄するとは無責任甚だしい」
「今強硬派が優勢になっているのだ。この時期に入隊すればどんな目に遭うか」
が、彼女の意思は固かった。
「人類同士の相互理解」を求めて、相互理解まで年月を要している間に軍に身を置き、戦争根絶の可能性を探る。
その為にあえて一人になったアーミアが戦いやすいよう、第20独立試験部隊指揮官のポストを与え、
少しでも味方になれるベガ・ハッシュマン少佐ら義勇兵時代のドニエプルMS隊員をバックアップに付けてあげたのだ。
だが人類の、連邦軍の大半は彼女の存在が目障りな者で占めている。
半身金属生命体のイノベイターを誰もが恐れ疎んじ、仮にELSを許せても彼女だけは許せない。
上層部の理不尽な命令に振り回され、敵から恐れられ味方から白眼視されながらの戦いは過酷極まりないだろう。
「あの方の行っている事を否定なさってはいけません。
・・・可能性を探っているのです。どの道強硬派が実権を握るのは時間の問題でした。
それにオブザーバーとして安全な議会に居座るのは、義勇兵として戦争を見てからではあの人は耐えられなかったのでしょう。
理想を声高に叫ぶだけではいけない。戦争という愚かな行いを間近で理解しなければならないと。
アーミアは前、私にそう仰っていました。
今は、彼女を陰から見守っている時期です。」
「ブリューエット議員・・・・・・」
人を直接殺めない。が、大勢の運命を決める者の政務は戦いと言える。
少しでも平和へと世界を動かす会談へ彼女達は進み行く。