機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第2部 第14話 チェンシー
人類の生命線にして地上と宇宙を結ぶ一大経済拠点、アフリカ大陸に位置する軌道エレベーター―――通称アフリカタワー。
かつての旧AEUでは「ラ・トゥール」と命名された巨大建造物。
その重要性からそれ自体への攻撃は国際条約で禁止され、統合戦争が七年経た今も通用していた。
仮に破壊しても軌道エレベーターの巨大さから破片を撒き散らす範囲が大きくなり、
敵対する地球連邦どころか自らが住む地上そのものが死の星となってしまう。
極めて重要で破壊に割が合わない存在に反政府勢力すらも攻撃の標的にしてこなかったものの、
その周辺都市とハイウェイなど経済の動脈には絶えず攻撃にさらされていた。
よく起きる爆破テロによる交通マヒから、大規模な場合には武装勢力の略奪に旧人類軍の通商破壊など。
それらは敵の直接の打撃をあえて狙わず、場所も時間帯も規模も毎回変えながら攻撃が行われる。
かつて紛争と無関係だった、超大国の平和な地域は今や紛争地帯と化したのだった。
西暦2324年、世界に平和な場所など存在しなかった。
アフリカ大陸は中東と同じく多くの民族と宗教が入り乱れ、24世紀になっても紛争を繰り返していた。
そんな最中、私設武装組織ソレスタルビーイングの武力介入と地球連邦の樹立は、この状況を変えかけた。
ガンダムの力と連邦の圧倒的な軍事力によって、紛争の沈静化を促したのだ。
独立治安維持部隊アロウズの苛烈な弾圧と、その反省に宥和政策に方向転換させた穏健派政権が、各地の平和は確立されるかに見えた。
そんな最中に起こった地球外生命体ELSの飛来とイノベイターの増加が、積み上げてきたこれまでの努力が水の泡に帰された。
本来なら緩やかな増加に見込まれたイノベイター達がELS戦前後に爆発的に増え、人類との軋轢が予想以上に早く表面化したのだ。
彼らの存否を巡る対立はほどなく武力衝突に発展し、その余波はこのアフリカ大陸にも伝播していった。
世界の変革からしばらく身を潜めていた武装勢力はこの混乱に生じて各地で紛争を再発させ、
戦場以外に居場所がない少年兵、大人に成長した元少年兵達が戦場に身を投じたのだった。
「3、2、1、行けぇ!」
大地から空へ舞い上がると同時にナノマシン迷彩を解除する。
全身をカーキー色の重装甲で纏った機体が、外界に晒しGNビームライフルより粒子ビームを遥か地平の先へと撃ち放つ。
その数は二本、撃ちだした四機の内半分に当たり二機からのであり、残りは200ミリ滑腔砲装備機となる。
強力な粒子ビーム兵器の使用が可能になっても実弾は未だに現役の身にある。
多様な弾薬による使い勝手の良さ、GN弾で相手のGNフィールドを貫通できるのが、利用され続けている理由だ。
オレンジ色の火線は連邦軍MS部隊へと走り行き、機体を貫かんと襲う。
一発はホバーで回避され、もう一発は肩部シールド―――表面にコーティングされたGNフィールドで弾かれた。
「ちっ」
15歳にすら経ていない幼い顔立ちのMSパイロット達は、相手に打撃を与えられず舌打ちした。
その男アンママは現在十三歳。八年間ずっと武装勢力の下で戦い続けた少年兵である。
一瞬の不機嫌はすぐ戦場の興奮に打ち消され、アンママはスクリーン越しに敵に睨みつける。
あっさり倒すのは物足りない。暴れ回って敵をいたぶってから倒すのに、ある程度てこずらなきゃ楽しめない。
四機のMSが先頭に、背後のNGNバズーカ装備のAEUヘリオン四機が続き、全軍が正面突撃を仕掛けた。
彼らは中央アフリカの武装勢力「正義の剣」の構成員で、全員十五歳未満の少年兵である。
MSパイロットに少年兵を充てるのは、MSが普及して以来紛争地帯でよく行われている事である。
一人前に仕上げるには多大な経費と長い教育、操縦時間をかけなければならない。
身体的にほぼ完璧な大人になるまで生まれてから二十年くらいと時間が掛かる。
ならば早い内にパイロットとして教育を少年兵に叩き込み、従順さと残虐さで未熟な身体を補えば良い。
そうして仕上がった少年MSパイロットは、死を恐れない有力な戦力として戦場に投入されるのだった。
隊長のアンママは家の水汲みの行路で拉致されてから八年経つ。
部下の少年達も似たようなもので、貧しさから志願したり勧誘に乗ったり徴集されたりして組織に加わっている。
洗脳教育と何度も掻い潜った戦場によって、死を恐れない戦闘機械に仕上がった。
大人達の気まぐれの暴力に晒され、生贄や仲間の殺害を命じられ、挙句の果てには故郷の親と住人の虐殺を命じられ、
少年達の居場所はこの組織だけとなり、自ら幼くも未来の紛争を生む厄介極まりない火種と化した。
今日の攻撃は、アフリカのそこら中のゲリラや民兵がよく仕掛ける襲撃戦で、
少し手を込んで襲撃に見せかけた陽動を行っている。
作戦の本命は、歩兵部隊によるハイウェイ襲撃であり、民間人から略奪を仕掛ける事。
陽動だと敵に悟られぬよう、派手に暴れまわらなければ、正義の剣の作戦成功は有り得なかった。
脚部スラスターよりGN粒子を放出させ、得た浮力と推力によるホバーで急加速。
機体越しに反撃の実弾が横切った。
続けて肩部より衝撃が走りコックピットを一瞬だけシェイクさせた。
二発目の弾が当たってしまったからだ。
砲撃の衝撃で少し相殺された機体をもう一度加速し直す。
これまでの旧型機のように体を押し潰し操縦と思考を阻害するGは、GN粒子の慣性制御のおかげで全く感じられないでいられる。
込み上がる興奮の炎が叫びに昇華させ、思いを言葉に、口から外に張り上げる。
「いやっほおおおおおぉぉぉぅっ!」
ビームを二発発射、だが敵機は射線より外れビームは虚空に消えていった。
次にバーストで横向き大地を巻き添えに薙ぎ払う。
今度は命中した。怯んだ所を逃さず、続け様にこの長距離、高威力の粒子ビームをお見舞いさせ、
遂に胸部装甲を貫通させコックピットを焼き払った。
あそこには人が乗っているだろう。だが少年には知った話ではない。
―――「敵なら一人残さず殺せ。」―――
―――「暴力と殺人を楽しめ。」―――
子供の頃から戦場にいたという教官から教えられてきた言葉だ。
「はっはー!今日はてめえらの命日だな!同情するぜ!」
慰めでも共感でもない、軽蔑と嘲笑の言葉を投げつける。
一般人なら感じるだろう罪悪感は全くない。
自分を楽しませてくれた相手を、玩具に飽きた子供のように切り捨て葬り去ったまでの事だ。
これで残り三機。相対戦力が足りない向こうはここにおいて不利を悟ったか、抵抗を続けながら後退を始めた。
両軍がぶつかり合っている機体はチェンシー(中国語で剣士)という。
旧人革連軍のティエレン譲りの重装甲とモノアイが特徴で、粒子対応という現代対応の、準GN機というべき新型機である。
老朽化したアンフやティエレンを代替するMSとして、地球連邦の正規軍や地方軍はおろか、
警察やPMC、挙句の果てには武装勢力や旧人類軍にも普及しているベストセラー機だ。
前機よりやや小柄な体躯に見合わない重装甲高機動性は、対人/MAには一方的な猛威を振え、GN機には密集近接戦で対抗できる。
しかも汎用性とコストパフォーマンスは高く、配備するならGN機一機より本機の方が全体戦力の向上と増強が容易だ。
連邦軍ではGN機の支援に、地方軍などでは主力としてうってつけのMSなのだった。
2320年よりロールアウトした本機は、この四年間の短い内に全世界に普及し、
多様な派生機を生み出しながらも後継機の開発も既に行われているという。
「隊長、敵さん退いていきまっす!」
部下オセが訊ねてくる。
上官に向けて言葉遣いが正しくなく馴れ馴れしい口調で。
ここは武装組織であって軍隊ではない。
常に睨みを効かせる大人達にさせ気をつければ、仲間内でさえあればくだけた口調で一向に構わないのが彼らだった。
「へっ!決まってるだろう・・・!」
そんなもの、答えはとうに知れている。
アンママは戦場のありきたりな報告を鼻で笑いながら、張り上げた声で命令を放った。
「このまま押せ!みんな殺しちまえ!」
「「了解!!」」
「俺達は二手に分かれて袋にしろ!後ろは撃ちまくれ!」
後続のヘリオン小隊のNGNバズーカによる火力支援を受けながら、前衛は二手に分かれ両翼より包囲を仕掛けた。
もっと戦いたいところだが陽動である以上、本隊の存在を察知させてはならず逆に彼らの撤退を支援しなければならない。
それにこのまま敵を残せば援軍と加わった時、連携されては厄介になる。
早い所片付けて本隊のサポートも可能にしなければならないのだ。
両軍ともホバーで滑るように大地を走りながら、撃てる物を撃ちまくり交差し合う。
18メートル前後のMSが突き進む事で、目標から逸れた弾が地面に激突して巻き上げられた粉塵が、
鉄の巨人達が通り過ぎた後に降り注ぎ戦場の傷跡を残していく。
二分隊はあえて左右対称に揃えずに前後百メートルずらしながら、敵部隊の左右を囲み目標に三方向より弾を撃ち込む。
お互い誤射をされぬ位置からの十字砲火に敵残存機はたちまち沈黙した。
一機目は右脚と左胸部をGN徹甲弾に貫かれ、続けて放たれたGNミサイル一発で爆散し果てた。
二機目は左爪先をビームで焼き払われ、防御姿勢が崩れ飛翔しようという所をGNミサイルとGN徹甲弾に蜂の巣となり墜落した。
これで当面の敵の排除は完遂された。
間もなく駆けつけるだろう増援の対応と本隊の援護に当たろう。
「みんな片付いたな?」
「おう!」
「あんまり大した程じゃなかったな。やっぱGN-X乗りの方が歯ごたえあんぜ!」
全員口々に言う。
前衛小隊の部下三人生きている。後衛小隊は気がつけば二機に半減していた。
恐らく最後の抵抗のビームをまともに食らったからか。
「ケツ持ちは散々みてぇだな。二人くたばっちまった」
「その程度の奴らだって事だ」
「しょうがねえさ。誰だって死んじゃあ、もうそこまでさ」
まあいいだろう。大人らがまたどこかから補欠を集めてくれる。
村落相手でも武器を持って脅せば大抵素直になって、幼い子供を差し出してくれるなり簡単に手に入る。
死んだ奴は運が悪かったか自分の不手際が招いた結果だ。
アンママにとって、少年兵にとって、死など故郷でもどこでもありふれた存在にある。
「ヘリオンじゃやられちまうか」
「軽くて使い勝手良くても二十年経てばこれか」
「死んだ奴らなんざ放っておいて、次の事があるだろうが」
死んだ仲間の事など露知らず、ただ戦力を確認するだけだった。
この戦いで彼らアンママ達はもしかしたら死ぬだろう。
だがそんな事は問題ではない。
死ぬのは誰でも人生の最後にある事。
それが今日かもしれなければ、そうではないかもしれない。
ただそれだけなのだから。