機動戦士ガンダム00 統合戦争諸戦記
第2部 13話 ヘラクレス
人が分かり合えないのは何故なのか?
それともどこかでわかり合えなくなったのか?元々わかり合えなかったのか?
理由は何千年もの歴史に埋もれ今となってはわからないが、ヒントになりうる判断材料に人類の歴史がある。
猿が森林から草原に旅立つこと人の歴史の大半を成す何百万年もの間、
大した力も牙も何もない体で、跋扈する恐るべき猛獣達や過酷さを増す自然の猛威から、
生き残りの為に頭脳を発達させ心と会話で原始的な社会を発達させていった事だ。
無数の先祖達の屍の山を積み上げた人類は遂に言葉を手に入れ、同属間のネットワークは生き残りに有利にした。
複雑な言語が相手と心と思いを通じ合わせる架け橋となり、
自然を生きる為の知恵を次世代に、従来以上に効率よく受け継がせらるようになった。
長きに渡って続いた狩猟採取社会は、植物を計画的に育て、それらの実を糧にする農耕社会を一万年前に生み出す。
農耕社会は如何に効率よく植物から食料を得るかに知恵が費やされ、
既に狩りの為に編み出した集団の支配を、より大規模に、より強固で徹底的にしていった。
指導者が多数を縛りつけて得られる食料の余裕が、人口さらに増やし文明を築き上げた。
文明は国を作り、王や神官は地位の正当化に神を掲げ、民衆となった人間達を権力で支配した。
言葉は最早、相互理解よりも国家機構の情報や命令の伝達としての性格を強め、
人類の大半は支配者の為に働き、その命令を果たす存在となった。
相互理解は身内の関係の円滑や利害調整の為でしか、文明社会において存在意義を示せなくなった。
狩猟採取時代に求められる進化を果たした身体と心が、高度に複雑化する文明社会に追い付けなくなったのか?
ならば、この24世紀の統合戦争の火種となったイノベイター。
閉塞した人間社会に変革をもたらす存在と、相互理解を果たせる存在と、
未知の可能性を持つ彼らの存在意義は決して否定できない。
カリフォルニア近郊の上空に展開する反乱軍と地球連邦軍。
連邦側の、それぞれカラーが異なりガンダムに似たMS二機が先頭に立ち、
反乱軍のGN-XIVフォルティス六機で構成された前線部隊と対峙していた。
正式には連邦軍第20独立試験部隊「ソウルズ」と呼称され、本部隊所属のMSは反乱軍の説得役を担当している。
将兵間、同僚間でのコミュニケーション研究を目的とし、前線部隊から得た情報を基にそれの向上を試みる。
部隊設立には前大統領を含む穏健派の後押しのおかげで今も支援を受け続けているという。
現在以上のコミュニケーション技術で、将兵間の相互理解を深める術を探るのが同部隊の編成目的なのだった。
「こちら地球連邦軍第20独立試験部隊指揮官、アーミア・リー少佐です。
政府の最後通牒の提示に、小官がその代表としてオープンチャンネルで連邦、反乱軍問わず送ります。
あなた方反乱軍は連邦政府の勧告を拒否し、今も徹底抗戦の崩さない姿勢なのは承知の上です。
しかし、それでも我々地球連邦は旧人類決起から七年間、有効な対策を講じ続けてきました。」
かつての地球連邦政府オブザーバー。
十年前の偶然によって、女子高生から飛び級で政界の有名人になった女性。
前政権と穏健派最大の擁護者にして、人類とELS、イノベイターの架け橋を成すハイブリッド・イノベイター。
彼女は第20独立試験部隊を率いる地球連邦平和維持軍少佐となっていた。
「連邦政府はあなた方との争いを求めていません。同じ、市民の安全を思う者同士です。
過去の混乱期で身を守る為に独立した事は悪いことではありません。
ただ、お互いの不要な諍いを終わらせ、わかり合う事で誤解と不信を解かなくてはなりません」
オレンジ色の粒子ビーム一発、隊長機の右脇を横切る。
誤射ではない、照準を定めた上での射線をかわしたからだ。
続けて僚機五機より五発もの粒子ビームが撃ち放たれる。
相手の無理解が、彼女宛ての返答として斉射されたのだ。
長い説得の果ての理不尽な結果に憤りは感じても、怒りと憎しみは湧かなかった。
ただ悲しい。悔しい。人と歩み寄らない傲慢な心が、それを変えられない自分の無力さが。
「お願いです!これ以上の諍いは無意味です!!どうか降伏を・・・!」
アーミアの悲痛なる叫びは反乱軍には何一つ心に響かなかった。
「我々は腐敗した地球連邦に徹底抗戦する」
GN粒子の影響のノイズ混じりの返信。感情もなく淡々とした声色で、人の思いを汲み取る姿勢が見られない。
彼女の言葉を最初から聞く耳を持たない、およそ事務的な返答だった。
四年前北米カリフォルニアで起こった連邦軍部隊の反乱は、世界中でありふれたニュースの中で有名な件だった。
きっかけは反乱、テロの独自対策にカリフォルニア州が再軍備した事から始まる。
今ほど規制されていない当時、地方の再軍備は地球圏のどこにでも行われた政策だった。
問題なのは州の軍戦力が一国レベルで、GN機など最新鋭装備を大量配備されている点である。
統一政体分裂の危機に政府は警告を発し軍縮を求めたが、州はこれを聞かなかった事で反乱軍に認定されたのだ。
東太平洋の大規模な経済拠点であるこの一帯の戦略的価値は大きく、これ以上の反乱の放置は許されなかった。
今に至るまで戦火の拡大の懸念から後手に回していた連邦だが、政権交代から軍制改革、軍備増強を遂げた事で正面からの鎮圧に動き出した。
その先鋒にアーミアは立っていた。
「隊長!敵はもう覚悟が出来ている!対話はもう無駄だぞ!」
指揮官に敬語なしで呼びかけるのはベガ・ハッシュマン少佐。
アーミアの副官で、古参兵である彼が士官学校を出て間もない彼女の補佐を勤めている。
旧人類軍決起の際、義勇兵となった彼女にMS戦の基本を教え、
共に戦ったパイロットで、今や歳は30代、「妖精の片腕」と呼ばれるエースパイロットとなっていた。
年上で長年共にした戦友である彼は、飛び級で栄達したアーミアにタメ口で気安く話せる数少ない存在だった。
「ベガ・・・・・・!私はまだわかり合えないなんて・・・!」
「こいつらはもう連邦を信用していない!歩み寄る気が全くないんだ!」
20代後半の爛熟しつつある美貌にそぐわぬ、悲しげな視線がベガに突き刺さる。
だが事態がこの事態だ。説得が失敗したならば嫌でも武力による鎮圧に乗り出すしかない。
強硬派による連邦の改革で地方との結束を強めたが、このカリフォルニア反乱軍のように従わない地域はまだ存在している。
そういった地域は地球連邦不信の他に、首脳部と軍部の自己保身、
更には拡張された組織の削減に伴う金銭損害も関わっている。地域一つでも話し合いだけでは解決は難しい。
アーミアの今の悲しみをどうすればいいのか、考えている間にも反乱軍のGN-XIVフォルティスの攻勢が続く。
自分達の乗る最新鋭MSヘラクレスは濃密な火線を前に難なく掻い潜っているが、
いつまでも敵に押されては事態の収拾が果たされない。
「隊長!迎撃許可を出さないのか!待ってんだぞ!」
連邦議会のオブザーバーをあえて辞退し正規軍に入隊したアーミア・リーは、
機体の左半身が銀色に染まっている事から、「半銀の妖精」と呼ばれるエースパイロットになっていた。
周囲が反発するほどの飛び級で昇進した彼女の実力は、
七年前の義勇兵時代の実戦経験と士官学校で学んだ知識と合わさって、連邦軍最強と謳われるようになる。
それでも性格は変わっておらず、敵にも共感してしまうのが欠点だった。
一般人からすれば十秒程度の逡巡。
だがハイブリッド・イノベイター故に、並の十倍以上の半端ではない数の同時思考をした上で、
「・・・本部よりこちら第20独立試験部隊。ミッションプランC02実行許可を願いします!」
「こちら作戦本部、状況を確認した。全軍プランC02を実行せよ」
上層部より作戦中の戦況に沿った様々な戦術の一つが発動された。
「・・・・・・了解!」
「了解っす!」
防御に回っていた二機は、方向を敵に反転させ迎撃を開始した。
ベガ機の右手装備のGNソード、それをライフル形態に変形させ連射モードに設定。
大量の粒子ビームを敵部隊ごと前方空域にばら撒かれる。
敵六機とも回避に散開、各機独自の判断で味方間を開け散り散りになる。
連邦の反撃に反応した間隙を突き、アーミア機がGNソード・ライフル形態で攻撃開始した。
イノベイターの情報処理力は全ての敵機の特性と機動を読み取り、攻撃の順番を決めトリガーを引く。
六本の火線はそれぞれの敵機に、それも胸部の擬似GNドライヴのレンズを突き刺した。
通常出力ではなく半分程度で撃ったのは彼女のささやかな情けだろうか、
撃たれたGN-XIVフォルティスは爆散する事はなく、痙攣し戦闘不能に。
それでも遅れて爆発する恐れから、腰部コアファイターが起動。
機体から射出され一目散に後方へと敗走して行った。
ヘラクレス二機はその後をおうように前進し、反乱軍の防衛線を突破した。
「全部隊、敗残兵には目もくれるな。繰り返す。敗残兵には目もくれるな」
選択された作戦プランは機動力重視。敵の殲滅よりも敵中枢を叩く事による無力化を狙った内容だ。
アーミア達より後方、といっても包囲部隊自体が前進し作戦が開始された。
ギアナ級地上戦艦と宇宙軍派遣のドニエプル級防空巡洋艦の援護の元、
先鋒に可変MS部隊が、その後に五十機以上のMS部隊が続いて敵軍へ突き進む。
待ち構える反乱軍の粒子ビーム砲台やレーザー砲台、ミサイル発射機などが一斉に砲門を開け、
作戦計画通りに押し寄せる連邦軍に対して遠距離砲撃で応戦し始めた。
「聞いたかお前ら!そのまま俺達と合流するぞ!」
ベガが怒鳴った相手は自分達第一小隊の残り二機と第二小隊。
彼らのほとんどは、ニュースでもてはやされている連邦の精鋭部隊のエリート兵とは程遠い、
落第当然の落ちこぼれと前科持ちのろくでなしのパイロットばかり。
課せられた遊激戦はアーミアとベガだけでも遂行できるが、作戦本部より実験部隊全戦力の投入が命じられた。
未だに部隊として機能を果たしていない状態で戦うなど全く馬鹿げている。
事前に二人は反対を何度も上げたが、作戦本部は聞く耳を持たず受け入れられなかった。
それはそうだ。この第20独立試験部隊は相互理解を含むコミュニケーション研究を目的に編成されているのだ。
結果が出るかわからない部隊を軍部からは疎まれ、嫌がらせに編成途中でメンバーの半数に落ちこぼれとろくでなしを組み込まれてしまった。
作戦本部もそういった連中の一部で、この全戦力投入激戦地に送り続けて使い潰して解散させようという思惑があるだろう。
火を噴く壁の如く敵の進軍を阻む砲台群に少し遅れて、主力MS部隊が出撃。
最前線から後退する前衛MS部隊と合流し、反撃に一転させ防衛線の押し戻しを図る。
連邦の可変MS部隊が防衛ラインを突破。後続の主力部隊は敵部隊との激突が始まった。
「アラン!手筈通り手綱を引いてくれよ!」
「了解!妖精の片腕殿!後は頼みました半銀の妖精殿!」
「こちらこそね!」
第二小隊長アランは未熟で暴走しやすい部下達の臨時指揮官を担当する。
捨て駒扱いの部隊の維持に任務失敗でごまかしてでも、無理に彼女達の追従はしないよう命じられている。
命令違反を疑われても責任はアーミアが全て負う。そのつもりなのだから。
アーミア達が急加速。後続部隊と距離を一気に離し友軍と戦闘中の反乱軍前衛に側面から突きに掛かる。
ヘラクレスに搭載された擬似GNドライヴ二基ダブルドライヴの性能は、
七年前のフェラータGN-Xのトリプルドライヴと同じで、安全性は量産機並に良好に仕上がりだった。
奇襲攻撃に晒された反乱軍前衛部隊は次々とGNソードの刃で切り裂かれ、粒子ビームの熱に打ち抜かれていく。
体勢をやっと立て直し反撃に火線を浴びせて来るのを、ダブルドライヴの推力でかわしGNフィールドで弾き返す。
反乱軍のGN-XIVフォルティスは七年前の機体ながら依然として強力だが、
一世代上でエース機であるヘラクレスの前では敵ではなかった。
(本当は戦いたくない・・・!でも今は戦うしかないの・・・・・・!)
アーミア機の機動は妖精の舞踊と言うべきものであった。
軌道ではなく機体のみのターンと逆ターン、直立での防御と合わせての高速機動、宙吊り状態・・・。
地上を歩く人間の感覚でではなく、MSの機動性能を最大限生かした戦闘機動を繰り出す。
(・・・ごめん・・・ね・・・・・・!)
だが目の前の戦闘以上に彼女は懺悔と敵の痛み、思いに涙無き涙を密かに流した。
(私は敵も味方もわかりあえるようにしたい。でも時代はそれをまだ許してくれない!)
人間同士わかり合えるのは極めて難しい。そこには利害と個々の違いがあるのだからだ。
それでも種が革新を経験したからにはその可能性を追い求めなければならない。
相互理解は無理だと、目先の結果を求めていては人類はいつまでも前に進めない。
今はわかり合えなくてもわかり合える時はいつの日か来るだろう。
その時が来るまで彼女は可能性を追い求め続け次世代に受け継がせると、
軍属になる以前連邦政府のオブザーバーを勤める時から覚悟していた。