機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第2部 第12話 アシガル
私設軍事組織ドニエプル軍の活躍により、旧人類軍の攻勢は未然に阻止された。
だが未だに世界中で渦巻く反イノベイターの気運は留まる事を知らず、
彼らの決起から7年経った2324年の今も各地でテロや反乱を起こし続けた。
その活動は軽くてデモ活動、過激さが加われば暴動や迫害、リンチが。
大規模になれば軍隊や政党が地方国家の政権を掌握した上での、迫害や虐殺を行うようになっている。
市民から国家に至るまで、イノベイターをこの世界から一人も残さず根絶すべくあらゆる手段を行使してきた。
収まる事を知らないこの連邦未曾有の内乱に、既存の兵器では次第に対応し切れなくなりつつあった。
更に強力で用途が広い新世代の機体が台頭するようになったのだった。
人類の歴史は何百億もの人間達の人生の集大成である。これは歴史に名を残さぬ人間達の、とある一日の事だった。
時代は内乱が始まって5年経った西暦2324年。位置はオーストラリア大陸、シェルガー地球連邦軍基地。
「やっと待機ルームだぜぇ」
「今回は何事もなくて何よりでした。中尉殿」
「まずはお前ら、ストレッチだろう」
定期哨戒から帰還したMSパイロット達三人が揃って進み行く。
隊長アイフマン・ドーガ中尉は数少ないELS戦以前のMSパイロットで、部下二人は戦後に入隊した20代半ばの男性仕官である。
彼らが乗るMSはこれまで配備されたユニオンリアルドともフラッグにも似た造形だった。
直線を多用したボディーに、リニアライフルを機首に装着し、四枚の翼を装備しているその姿はユニオン系可変MSである事を示している。
SVMS-05アシガルという名のMSは、純粋なユニオン系MSではフラッグ以来の主力可変機だった。
「隊長。アシガルっというMS、凄い機体でしたね」
「戦闘中でも簡単に変形できますし、Gは感じないわ粒子ビームを撃てるわで」
「ああ。これで戦いが多少楽になるな。確か、性能はGN-XIIIと同じ位だそうだからな」
ユニオンが地球連邦に統合されて以来、対人革連の最前線だったこの拠点は地方基地に降格され、規模の縮小を余儀なくされる。
GN機はコンデンサー機すらも配備されず、旧式のリアルドを中心にフラッグ十機程度でこの大陸防衛の一翼を担わされた。
それは旧人類軍や反イノベイター勢力が蜂起以降も、ささやかな改良を施したのみの、これらの旧式機で対応を強いられてきた。
イノベイターを狙ったテロや暴動、銃撃などがオーストラリア各地でも毎年毎月、当たり前の如く発生。
その相手がGN機を持ち込まれた場合には、一機につきこちらは六機二個小隊でやっと撃破に持ち込める有様だったという。
だが先月より配備された新型MSアシガルによって、この困難な状況に好転の兆しを見せた。
「兵器開発が再開されたおかげでこの機体が作られたんだ。全くありがたい話だ」
「あいつらGN機をわんさか出して来た時なんか、応援のGN-X部隊が来るまで抑えろ、
なんて言われてどうなるかと思いましたからね。これで互角に戦えますよ」
「これも新政権の軍備増強のおかげです。でなければ私達は今頃地獄行きでした」
GN機が配備されて十年以上経った今も、地球圏全体に完全に行き渡っていなかった。
機体の主動力である擬似GNドライヴの粒子生成に大量の必要とし、それが性能向上しているとはいえ稼動時間に制限があるのだ。
軍事脅威が強く防衛価値が高い地域や精鋭部隊にGN機が優先的に配備され、
当基地のような辺境の軍事脅威の弱い地域は旧三大国時代の旧式機が未だに現役であり続けたという。
彼らが新しく操縦するアシガルは、主力のGN機の補助や後方支援が主な運用用途となっている。
とはいえその性能はかつての主力機GN-XIIIと同じ性能まで向上しており、非GN機の戦闘力向上の面ではこれは大きな飛躍であった。
これはMS技術の向上から来る物で、余計な擬似GNドライヴの生産による軍事費の膨張を抑えられた事になる。
基地に配置されたMS格納庫は、その面積の大きさ故にMSパイロットの待機室は一定範囲に点在する。
軍の主要戦力を成すMSを操縦するパイロット達は、重要性と人材の希少性から出来るだけ休める時は休むよう義務付けられている。
据え置きのテレビはもちろん、自動販売機が用意され、余裕があれば食堂や売店にまで出向く事も時々ある。
帰還したドーガ達はスクランブルに備え、訓練や就寝、食事以外はこの建物に待機していた。
それはどの部隊の、どの地域のMSパイロットでも同じなのだった。
「この七年間、我ながら連邦は情けないものだったな。
鎮圧の為に軍備増強すべきだっていうのに、あの頃の政府は及び腰で」
「確か、世界中の反イノベイター勢力が動き出すのは時間の問題で、どう施しても止められなかった。
イノベイターによる革新は起こるべくして起きた事なので、根気強く説得しなければならない。・・・・・・だったな?
あんなのお偉い方々だからあんな呑気な事ほざけるんだ。こっちは命がけで鎮圧をし続けてるというのにさ」
「対策しても出てしまう犠牲はどうしようもないけど、ただただ市民に犠牲を強いらせるとか、
全くあれはふざけているとしか私は言いようがないぞ」
「強硬派が政権を取れた時は、穏健派めざまあみろだったぜ。
こっちは鎮圧に戦力がほしいし市民の安全を守りたいんだ。未来の平和よりまず毎日の安全だろうが」
部下達はリクライニングシートを満喫し、ニュースを見ながら地球連邦政府の悪口をまくし立てる。
アロウズの暴走の反省に宥和政策を掲げる穏健派政権に当時の市民は誰もが賛同してきた。
性急な世界統合と過度の弾圧に大量虐殺。それらの蛮行を周囲に漏らさなかった情報統制に反発したからだ。
緩やかながらも対話による平和の構築を誰もが期待した。二年後までは。
地球外生命体ELSとイノベイターの増加をきっかけに、地球連邦は再び動揺が走るようになる。
政府の軍縮継続、兵器開発凍結、イノベイター受容政策は市民の間で賛否の声が走った。
人類から進化した者達、宇宙からの来訪者を脅威に感じるのは、程度はどうあれ誰もが思う事なのである。
反発者達が立ち上がるのは時間の問題だった。
だが人類の革新を垣間見た政府はそのまま夢想に憑かれたらしく、鎮圧はしてもその為の軍備増強を頑なまでに断行しなかった。
反乱は直接地球連邦を崩壊させるに至らない散発的な規模だったが、
GN機を揃えるようになった敵は通商破壊やテロ、扇動などで経済と流通、治安に対して確実に圧迫をかけてきた。
逼迫していく地方経済は市民の生活を脅かし、その困窮は政権とその政策に不満を募らせる。
そして治安回復の為に軍備増強と政権交代を求め、強硬派への支持率を年々増加させていったのだった。
「弟とオフクロの話じゃあ段々食品の値段が高くなって貯金切り崩してる有様なんだぜ。
このままじゃ、弟も入隊しないと生活できないってよ。でも弟まで戦場に行かせたくないなぁ」
缶のコーラを口いっぱい喉に注ぎ込む。
甘みと炭酸の爽快感が口内を支配するが気分は未だに晴れなかった。
これは市民達の税金で賄われた食料品なのだからだ。
「それじゃあ普通の市民だと更に苦しい生活なのだよな。
我々がなんとか出来ないのが悔しいな。国家の枠組みの中で軍隊に出来るのはまず戦う事か。
一人じゃ何も出来ない。みんな息を合わせて国が成り立つって訳だ」
地元の市民の事を話に取り上げると、どうしても気分が沈んでしまう。
近くの街に羽を伸ばしに行く度に商品の値段の高さが気になり、行き交う市民の顔は暗く見える。
「俺たちが出来る事してるからには政府もしっかりしてくれよ。
せっかく成し遂げた地球統一が全部おじゃんになっちまう」
民間の貨物船や客船、旅客機、トラックなぞを狙った通商破壊は、農業など第一次産業が貧弱な地域では致命的だ。
封じられるのが工業だけならまだ配給などで食い繋いでいけるが、食料が絶たれれば餓死がこの先に待ち構えている。
現時点では流通が完全に絶たれる事態に陥っていないものの、攻撃に遭うリスクから価格が高騰し続けていた。
オーストラリア大陸は軌道エレベーター「ソロモンタワー」に近いので、流通の危険性が少ないのは幸運だろう。
他の地域では物資不足から反連邦感情が高まり、独立もしくは反乱が起こっている。
生活の保障が出来ない政府には統治の資格はない。反乱や暴動はその声無きサインなのだった。
「確かにここでなら食事も生活も保障されてるが、軍隊だし命令通りに動かなければならないからな。
父さんも母さんもそっちと同じ状況だ。早くなんとかならないものか。
暴徒とはいえ市民の鎮圧にも駆り出される軍隊に気安く入ってもらいたくない・・・・・・」
国家公務員である軍人でも民間人の親達が数多く暮らしている。
彼らは会社員として、職人として、農家として、稼いだ財産の一部を国家に税金を納め続けてきた。
もし市民の生活が苦しくなれば親達も共に苦しんでしまう事になる。
自分達軍人の不甲斐なさのせいで彼ら市民が困窮に喘ぐのは、全員ともああなってほしくない光景だった。
「だろ?大体政府の対応がまずいんだ。
未来の為にあえて戦わないなんてよ、それでオーストラリアでも再軍備だの起きて、
地方が連邦から抜けそうになった時なんか、本当に連邦滅ぶかと思ったよ」
「この隊長ドーガも入れてくれよ。で、あの騒ぎではドニエプル軍が解散してくれたからみんな引いたのが幸いした」
「はっ、その通りです。彼らが地方で最大規模で最強でしたからね。
旧人類軍に打撃を与えてから連邦に降伏してくれまして。
それで反イノベイター達を沈めてくれて、ほんの一時でも情勢が落ち着いて良かったです」
「地方の分離阻止に正規軍の増強で妥協して、アーミアが引退してくれて政権交代できて、これで鎮圧に本腰を入れられる訳だ。
彼女が穏健派の主力でえこひいきしてきた奴だからな。ELSとの架け橋というが、そいつの言う事は信用できないだろう。
奴も元は人間だったし、事を都合よく脚色なり捻じ曲げているかもしれんな」
「あの相互理解だの人類の為だの言うあのメタル女は鬱陶しかったものでした。
学生がELSと融合したからって。飛び級で連邦政府のオブザーバーになってふんぞり返りまして。
あれはむかついてたから、引退してくれてせいせいしましたよ」
社会でのアーミア・リーの評判は決して良くはない。
かつて地球壊滅の危機に陥れたELSと半身融合している上に、連邦政府を言いなりにしているよう見えるからだ。
ELSが人類を理解したものの、人類は個で構成される種族故に思想や理解の度合いが違ってしまう。
しかも攻め込まれたという記憶が彼らに態度を硬化せざるを得ず、飛来から十年経った今も市民の多くは警戒を続けていたのだった。
余談だが、宇宙人の地球侵略がストーリーの映画が乱立し続けており、人類の対ELS感情が如何なる程か良い判断材料になっていた。
「だが彼女は軍に入隊したではないか。また足を引っ張ってくれなければ良いけどな」
「そう祈りたい物です、本当にあの小娘には」
「聞いた話では今士官学校にいて佐官を目指していて、色々論文を出して周りを驚かしていると聞きます。
イノベイター兵と非イノベイター兵のコミニュケーションとか、軍と理解とかですね」
「また面倒な事をやらかしたか、あの女は」
この所の世界情勢を話し合う内にうんざりになる三人。
だがそれらを知っておかなければ戦場の状況判断などに支障が出てしまうだろう。
嫌でも知り話し合って知識を蓄えなければならないのもあるが、言論の自由がある民主主義社会で生まれ育ったからでもあった。
パイロット達の議論中に突如アラートが待機室中に鳴り響いた。
即座に駆け出しMSハンガーへと走り出して行く。スクランブル出撃の警報が出た事で素早くMS搭乗に動き出したのだ。
乗り込むのは新たな愛機アシガル。整備班から機体整備の終了を聞き次第、パイロットシートに座りコックピットへと収納される。
コックピット起動、モニター、機器、操縦機器を一通り確認を終了。
「全システム、オールグリーン!」
隊長機を先頭に部下機が一機ずつ続いて、誘導に従って滑走路へと移動していく。
現在航空形態のアシガルはユニオン、AEU系可変MSと同じように、この形態で離着陸するのだ。
GNコンデンサーがあるので一時間は戦えるとはいえ、有限なので決して無駄に出来ない。
長距離航行には信頼性と燃費が良い水素プラズマジェットエンジンが、今でも未だに役に立った。
「第232戦術飛行隊、離陸を許可する!」
航空管制塔よりコールサインが出た。
いよいよ大空へと飛び立つ青紫色の巨大な新兵達。
緊急発進で状況はわからないが、それは基地司令部の方が把握する事である。
自分達は彼らの力を信じて戦うのみだ。
「よーし、行くぞお前ら!アシガルに乗ったばかりなんだ!気を引き締めろよ!」
「「了解!」」
スロットルを上げた事で水素プラズマジェットが点火、機体の加速を促す。
「全機、離陸を確認!高度2000を維持せよ!」
改めて状況を見回す。
シェルガー基地を発った部隊はドーガ達第231航空戦術飛行隊のみ、他に友軍が後に続く事はなかった。
どうやら大した襲撃ではないらしいが、緊急で発進したのだ。
毎日常に気を緩めず状況に対応しなければならない。
テロと反乱はオーストラリアでも起こっている。
いつそれらが起きるかわからない状況の下、可能な限り反連邦行為を少しでも抑えて治安を守らなければならない。
彼らパイロット達の戦いはこれからも続く。
退役するまでかもしれなければ、どこぞやの場所でか何らかの故に命を失うだろう。
それでもその瞬間まで、己に課せられた軍務をどれだけ果たす事が、最も大事なのだった。