機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第11話 ガデラーザ
西暦2312年、独立治安維持部隊アロウズとイノベイドの傀儡となった地球連邦と、
それらに反抗する反連邦組織カタロン、私設武装組織ソレスタルビーイングの間で争ったアロウズ紛争の終盤の事である。
連邦史上最初のイノベイターが出現、その後連邦政府の調査によってその存在が明らかになったのだ。
脳量子波による相互理解の可能性を秘めた存在に、将来のイノベイター増加に備えて研究とインフラ整備が急がれた。
この時点でそれを恐れる者は既に出現していた。
「心を平気で覗く存在」、「人の姿をした人外」と見なし排除を考えるのは、それから程なくだった。
更に二年後に外宇宙より飛来した、金属異星体ELSの脳量子波の干渉から、イノベイターの増加が始まる。
革新者を否定する者達は「ELSの汚染」の可能性を考え、異形の来訪者を恐れる者も彼らに加わるようになった。
イノベイターとELS・・・・・・。
革新者と来訪者が一度に現れ、その存在に困惑し混乱し、恐怖と憎悪から双方の排除に動き出し始める。
まず第一の目標は増え始めたイノベイター。その次に彼らという存在を増やしていると思われるELSだった。
地球と月及び宇宙を結ぶ中継地点L1方面に位置する、連邦軍所有コロニー基地「カストラ・アレクサンドリエンシス」。
基地司令アレクサンダーの名を取ったこのコロニーは別の顔を持っていた。
反イノベイター勢力最大規模を誇る旧人類軍の本部が、同じ反イノベイター派のアレクサンダー司令の手引きでこの内部に設置されているのだ。
「状況はどうか?」
「迎撃に出した第一艦隊は侵攻するドニエプル軍と、L1、l4中間点にて激突。交戦に入りました。
地球連邦軍はソロモンタワーに艦隊が集結しており、こちらの鎮圧を目的としている模様です」
「ドニエプル軍には数はこちらが優位ですが、機体性能は向こうが上です。
また連邦軍は物量的に優位で、両者を相手しては勝っても戦力は壊滅は必至であります」
「熟知している。・・・だから問題なのだ・・・・・・」
参謀団の報告に総司令官は逡巡する。
旧人類軍の戦力は連邦軍内部のシンパ達を主力に、
秘密裏に募った反イノベイター派義勇兵や軍務を条件に元テロリストや政治犯からなる。
装備はGN-XIVコアファイター搭載型など連邦軍でも最新装備を使用し、
それらの供給源と資金源は縮小から拡大に転じたい軍事産業から賄われていた。
ヴェーダによる情報漏洩対策に本機を参考に開発した大型量子コンピューター「パラディオン」で、
情報収集を妨害し旧人類軍の表立った軍事活動を可能にさせた。
こうして結成した組織はかつての反連邦組織カタロン以上の軍事力と、
多くの賛同者達、管制されたヴェーダ対策によって成し遂げられたのだった。
「現在確認の限りでは、集結中の連邦軍は第四月面機動艦隊を中核に二個軌道防衛艦隊と二個独立機動部隊。
未だに動きが見えないので、恐らく鎮圧部隊は更に膨張する可能性が否定できません」
「指揮官は・・・カティ・マネキンかもしれん」
相手が最悪と言わんばかりに顔を苦く歪めた。冷静に振舞いたいものだが、状況が悪く転げば感情を抑えきれなくなるのだ。
戦力自体は申し分ない充実した内容だが、連邦軍に比べれば小規模でしかない。
ある程度戦えても勝利を収められないとあっては今の戦況は最悪だろう。
総司令官は大型モニターが表示する艦隊からの映像や情報に目を通していく。
L1、L4中間点の戦いは互角。やや少数のドニエプル軍がこちらのイノベイター部隊を釘付けにしているとは厄介な事態だ。
あの切り札が封じられれば勝とうが負けようが、どう転んでも大損害から決して免れられない。
双方ともGN-XIVが主力機だが、こちら旧人類軍は戦力確保に傾斜し改修には手掛けなかった。
対するドニエプル軍は全体性能向上型や火力特化などの改修機を大量配備し、少ない戦力を少しでも強化している。
それは組織の優劣、指揮官の資質から由来する訳ではなかった。
旧人類軍は連邦軍との戦争の為にまず戦力を確保しなければならないのに対し、
ドニエプル軍はあくまで反連邦行為鎮圧が目的で連邦が敵はなかったのだった。
テロや反乱に苦しむコロニーや連邦内部と多くの味方を付けたおかげで、
連邦という後顧の憂いを断ち、戦力確保だけでなく強化にも労力を傾けられたからである。
「第一特別MA小隊はどうしている?」
「はっ。現在、単独での破壊活動を継続中です。まさか、呼び戻しなさりますか?」
「連邦軍鎮圧部隊に攻撃を仕掛けるのだ!壊滅させなくても作戦不可能にさせねば、二面作戦は自殺行為なのだ!」
その部隊は拉致したイノベイターと薬物投与で彼らを再現した擬似イノベイターからなる、超巨大MAガデラーザ二機で構成される。
かつてELSに見せ付けた圧倒的火力と機動力を誇る性能引き出すのには、敵視するイノベイター達を使うしかない。
彼らを引き入れれば組織の理念が揺らぎ根絶の意味が成さなくなる。
だがイノベイターを人間としてではなく兵器として扱えば、目的の歪曲は避けられるだろう。
「作戦行動を中断するよう、部隊に通知しろ!」
イノベイターを拒む者達がいるかぎり旧人類軍は滅びない。
だが戦力を集めるのは難しい以上、できるだけ自軍の損害を抑えなければならなかった。
その男が人間でなくなったのは三年前の事だった。
ELSの出現で脳量子波遮断施設へ避難を余儀なくされ、戦後は周囲から白い目で見られ、
社会から拒まれ職というものにはどこにも就けなかった。
放浪している所を男達に無理やり連れられ、
どこかわからない地下施設で脳にナノマシンが仕掛けられ自我を失い、自分が自分でなくなった。
毎日餌と言うべきただの栄養バーだけを食べさせられ、料理という物を食べた事は一度もない。
上官や周りの罵声や暴力が苦痛とも何も感じなくなり、どんな命令も従い子供でも誰でも残虐に殺せる。
どんなに膨大な情報も脳内ナノマシンによってすぐに収集でき、戦闘行動も情報が入ればその通りに動けるようになった。
短期間の訓練を経てすぐに今乗っている青いMA「ガデラーザ」に乗せさせられ、たった今のこの瞬間も破壊と殺戮の限りを尽くした。
百基以上もの大小のGNファングを一度に操り縦横無尽に飛ばし、機首部のGNブラスターが射線内の敵を薙ぎ払う。
四本のクローアームからGNバズーカ級の粒子ビームを連射で周囲に弾幕を張る。
それを相手したパイロットは誰もが恐怖した。あれは悪夢だと。あれには勝ち目はないと。
「脆い」
乗機の機首に衝突した宇宙旅客船に呟いたのがたった一言だった。
衝突の勢いのまま船の表面を突き破り真っ二つにしていく瞬間が目に入るが、別になんとも感じないでいた。
あの時乗客と乗組員を跡形もなく潰していくのも、乗客に善良な家族や市民、子供達がいたとしても。
彼らの断末魔が脳量子波を通じてこちらに伝わっても、そんな事は彼の知った事ではない。
もっとも今着込んでいるパイロットスーツは、イノベイター用に外部の脳量子波を遮断できるので男に彼らの声が届く事はないが。
後方より粒子ビームが飛来、装甲表面に直撃した。だがそのまま貫く事なく周囲に拡散し焦げ目を付ける事にしかならなかった。
撃ってきたのは連邦軍のGN-XIVコアファイター搭載型。ほかにも五機ほど残っている。
ガデラーザはGNフィールドを展開できないが、装甲は厚い上にGNフィールドでコーティングされている。
「鬱陶しい。蹴散らす」
三基連結型擬似GNドライヴを全開させ急加速。
だが、機体を翻す事無くこの宙域を、旅客船と護衛部隊を放置してそのまま去っていった。
・・・・・・・・・もっとも機体だけは。
本機で直接大打撃を与えれば後は散開中のファング群で片付ければ良いのだ。
間もなく駆け付けたファング群による何十もの火線と火球が広がる。
あそこにいた連邦軍部隊と護衛の旅客船は残さず殲滅を一分足らずで完遂した。
この一方的な攻撃に直接意味はないし、連邦軍には戦術的打撃を与えたに過ぎない。
それでも宇宙の流通に打撃を与え、市民に破壊活動の恐怖を染み込ませればこの作戦は成功だ。
小型GNファングは大型機に、そして機体ファングコンテナにと収納する。
「こちらカストラ・アレクサンドリエンシス。グレートソード1、作戦行動を中止せよ。
僚機との合流ポイントをそちらに転送する」
本部からの通信からもたらされたのは作戦中止だった。
単機の通商破壊を中止するとは何かあったのか、パイロットは疑問に思わなかった。
ただ命令を遂行するのみ。作戦は上層部が決める事なのだ。
湧き上がるだろう疑念と不安はナノマシンにすぐにかき消されていく。
兵器の生体コンピューターであるからには、余計な感情は邪魔で作戦遂行を阻むからである。
「合流後はアフリカタワーの連邦艦隊に攻撃をかけよ」
「こちらグレートソード1、了解」
感情はなく無機質に答えた。
合流ポイントはL5、L1中間点。戦いは続くとの事だがこれは上官命令である。
彼は進路方向を左に変更させ合流ポイントに向かった。