機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第9話 バイカル改級航宙巡洋艦
軌道エレベーター完成以前から続いた宇宙開発は、大型スペースコロニーによって遂に宇宙移民を可能にした。
ELS戦より一年後より始まった移民ラッシュから二年間、その数は瞬く間に五千万人を突破。
地球上では成し得ない金属精製から資源運送、人類の生命線である太陽光発電の拡大・・・、どれも大いなる経済成長を可能にする活動ばかりである。
だが急激な経済成長には必ず暗部が付きまとう。
大量に移動する物資や移民団、資産を狙う宇宙海賊が出没し始め、更には反イノベイター派のテロが各地で破壊活動を行うようになった。
対する連邦政府は、警戒を強め正規軍の戦力の大半を宇宙に傾け再編成、治安維持の為に鎮圧に乗り出し始めた。
そして三年後、軍縮を続ける地球連邦は新たな岐路を突き付けられる事になる。
西暦2317年、コロニー「プリームムポリス」の反乱から始まる旧人類軍の決起。
ただでさえ頻発していた世界各地のテロや暴動の頻度を更に上げさせ、中には公然と反乱を仕掛ける地域まで出てきた。
地球連邦は軍による鎮圧を試みるが、ただでさえ縮小した軍隊では全て対応し切れなかった。
日に日に増す攻撃に、各地の流通は圧迫され経済は締め上げられ市民の不満はそのまま連邦政府に向けられる。
この超大国を構成する州や参加国、コロニーは警備隊を増強、一部では再軍備でこの混乱の収拾を図った。
連邦が黙っていないだろうが、自らの治める地域を、市民の安全を守るために。
L4方面に位置する工業コロニー「カルト・ハダシュト」。
2315年に完成したこの大型のスペースコロニーは総人口600万人程で、重工業が主要産業の宇宙開発の重要拠点である。
近年出没するテロに対して、警備隊を拡充して連邦軍払い下げのMSと艦船を配備する事で対応を取った。
だが2317年に起きたL4のプリームムポリス反乱と旧人類軍決起をきっかけに、市長が防衛軍結成を決意。戦力の確保が急務となった。
編成され次第訓練を重ね来る戦いに備え、毎日のようにコロニー周辺で急造艦隊が訓練に明け暮れていた。
「こちらティべりス、戦闘配置完了しました!」
「2分32秒か。遅いぞ貴様ら!」
艦橋内、モニター越しでのやりとり。報告を行う艦長に艦隊司令兼務の玉木艦長が叱責を飛ばす。
「もっ申し訳ありません!」
「謝っている暇があるならさっさと命令を聞け!」
軍の設立に併せて増強される機動戦力には、MSはもちろん艦船も含まれている。
といっても多くは正規軍から払い下げの旧式機で、主力にGN-XIIIを20機で配備がやっとだった。
一方、艦船はバージニア級やラオホゥ級などの輸送艦と武装強化型を中心に、バイカル級航宙巡洋艦4隻を調達する。
その上巡洋艦4隻をコロニー内の軍事産業支社に改修させてもらった。
主砲はレーザー砲から粒子砲に換装させ、それに併せて機関の擬似GNドライヴを最新型に変更し戦闘力を向上。
防空艦ドニエプル級や主力艦ヴォルガ級程の改修コストを抑えつつ、最低限の変更で強化した。
宇宙海賊やテロリストにはこれらで十分な装備である。だが最新鋭機を揃える旧人類軍には歯が立たない。
それでも防衛に少しでも力を注がなければならないのが現状である。
その内4分の1は従来の警備隊やからの異動と元連邦軍駐留部隊からなる精鋭だが、残りは新規に募った志願兵が大半である。
だが彼らは新たに住む、カルト・ハダシュト防衛の志に燃える彼らは、未熟であっても決して無能ではない。
毎日の訓練で必死に学び、頭と体に叩き込み鍛え続ける新兵は将来優秀な将兵になるだろう。
玉木大佐は未来ある若人を厳しくも、しかし密かに将来に期待した。
「全艦に告ぐ!・・・横隊一列!間隔800メートル開けよ!」
玉木の号令の下、旗艦オロンデスからなるバイカル級4隻からなるコロニー艦隊が陣形を変化させる。
「微速前進!五秒後にサイドスラスター逆噴射、並びに側面スラスターで僚艦との間隔を均一に調整しろ!」
「左舷、ピナロスと200メートル近い!右舷に噴射するんだ!」
艦隊司令の命令が伝わった艦長が細かい艦の機動を、操舵手の手で艦船の進路方向を調整していく。
それは脳から指令が電流となって神経を通じて、身体四肢を動かす生物のように、乱れていた列を正していった。
「900メートルも横にずれた!」
「こちらハルハ移動完了!」
上手く隊列変更に対応できた艦の報告、できなかった艦の悲鳴が錯綜する。
多くの知識をどれ程取り込んでも多くの軍人達は、三ヶ月程度の速成訓練で一応仕上がっただけでしかなかった。
何年もかけて訓練してやっと一人前に仕上がる宇宙の軍人だが、事態は切羽詰っており最低限の機能を防衛軍に与えたいのだ。
クルーは元民間船乗組員なので最低限の機動はできるが、戦闘にはまだ駆り出す事などできない。
「これは学校の集会ではない!敵は待ってくれんぞ!!」
ほとんどが未熟であっても渇を常に飛ばさなければならないのが、鞭を振るい続けなければならない自分が全く腹立たしい。
元警備隊の玉木はそんな状況と厳しすぎる自分を自覚していたが、
それをこらえて一刻も早く彼らを一人前に仕上げて戦力にしなければならなかった。
艦隊訓練の最中、敵の襲撃に怠り無く警戒していた観測士が、
「Eセンサーに反応!3時方向に機影を確認、数は1つ、4つ・・・・・・!」
モニターに反応した機影に目を見開く。
数を数得るだけでサイズや種類を把握できないのは、光学カメラの有効視界内にそれらが入り込んでいないのだから。
今やテロや反乱が頻発するこのご時勢、いつどこで攻撃を受けるのかわからないのだ。
乗組員の報告に艦長以下艦橋にいる全員が神経を張り詰めた。
「視認できるか?」
「先頭はドニエプル級です。番号から一番艦ドニエプルと判明後続も同サイズ、同級もう一隻、ヴォルガ級二隻、最後はウラル級1隻。
ナンバーから連邦宇宙軍第一軌道防衛艦隊を中核とする任務部隊の模様!」
「連邦艦隊か!どちらにせよ、全艦訓練中止だ!ヨドは本艦と共に警戒に当たれ!
他ハルハ、タリムは港前まで後退し、コロニー最終防衛ラインに配置しろ!」
口ではそう言った玉木だったものの、必ずしもその通りとは限らない。
これ程整った戦力なら連邦軍の他に旧人類軍も持っているのだ。
連邦艦隊に偽装している可能性がある以上、安易な判断を下せなかった。
「こちらオロンデス、所属を明かされたし。応答せよ」
応答があれば相手がわかる。逆に何も返って来ずわからなければ旧人類軍の可能性がある。
しかしまずは手順通りに艦隊にオープンチャンネルで応答を試みる。
「応答が来ない。いや、あれは・・・・・・?解読しろ」
モニターの中でドニエプル級の表面より光の点滅が走ってきた。それも発光時間の伸縮を微妙に変えて。
「光通信です。ワレ、レンポウグン。ハナシアリ、コロニー二イカレタリ」
「しかもモールス信号とは・・・!?一体何を考えているのですか・・・・・・?!」
「普通に通信をせずにした辺り、何か裏が可能性がある・・・」
「連邦軍の鎮圧部隊かもしれん。戦って勝てる相手ではないぞ」
「だが今の連邦の姿勢にはもうこれ以上ついて来れない。退去を願うべきだ」
「艦長、これは敵性勢力と認定すべきです!」
「どうなさいますか艦長?」
直属の参謀達の憶測が飛び交う中、オペレーターが訊いて来る。
「通せばコロニーでの軍事行動が起きる可能性がある。それは国際条約違反だ。
光信号で応対!キカンノネガイキケズ。ホンカン二マイラレタシ、だ」
こちらに連邦艦隊はどう応えるか。
戦っても一方的に蹴散らされるはずだ。追い払いもできなければ諦めて帰ってくれると思えない。
玉木は賭けた。戦いも相手に乗ろうとはせずに、まずお互い話し合ってでの解決を。
20分後経った。
コロニー艦隊は連邦艦隊の侵入を押さえ、
連邦指揮官を旗艦オロンデス内に交渉の席に着かせる事に成功した。
席に着くなりその指揮官ジョシュア・A・ジョンソン大佐は
「我々の反乱勢力鎮圧の為に協力を求めます」
前置きも自己紹介もなくぶっきらぼうに言い放った。
「正規軍がですか?遂に鎮圧に本腰を入れるというのですか」
テロと反乱で混乱しているのだ。鎮圧しようにも軍縮で戦力不足なら、各地の私設軍を取り込んで増強するのが狙いだろう。
だが連邦政府は鎮圧に乗り出すとまだ報じていないし情報が支持者達から届いていない。そこが気がかりだ。
地方の動きが分離主義と見なしたか、これ以上放置できないと判断したか。
性急な地方鎮圧の可能性があるからには警戒を続るべきだった。
「残念ながら連邦政府は宥和政策に固執し続けています。
混乱状態の今、未だに動けぬ連邦軍から離れ、私は独自に反乱勢力を洗い出してきました。
奴らの詳細は全てわかりました。鎮圧の為に君達コロニーの手が必要なのです」
「正規軍の貴官が・・・ですか」
「連邦が保有するヴェーダの目は、どんな通信も見逃さない。
動きが知られぬよう、通信を最低限に、光通信で行った事は申し訳ありません」
「・・・・・・とはいえ連邦のフェイントの可能性がある以上、貴官の要求にはまだ受け入れられません。
どうか、ここでお引取り願えますか?」
ジョンソンの鋭い眼は玉木の背後に向ける。その先には完全武装の警備兵二名が扉の両脇を固めるように立っている。
「カルト・ハダシュトが軍備を持ったのは、あくまで自衛の為であって叛意から来るものではありません。
それに反連邦勢力についてヴェーダでも完全に把握できない状況。
貴官の証言だけでは何の証拠にもなりません。
外交官ではなく軍人である貴官が、大部隊を率いている辺り、敵意が感じられると言わざる得ません。
どうかお引取りを――――――――――」
「その証拠がこちらです」
それは一台の携帯端末だ。玉木は目を身開き、無意識に唾を飲み込む。
彼ジョンソンの言う事は本気なのかもしれないようだ。
こちらの拒絶も無言の圧力も動じぬジョンソンという男は只者ではないと密かに悟った。