機動戦士ガンダム00 統合戦争緒戦記
第1話 GN-XIII無人型
得体の知れない恐怖というのは、一度感じればそれをすぐに拭えないものである。
人がこの世に生を受けて存在し朽ち果てる過程で、多くの恐怖を感じる。
苦痛、不安がほとんどだが、細かく分けると本が出来る程の内容に仕上がるだろう。
遥か昔、木から草原に移り、世界中に広がり、そして宇宙に飛び立っても、
人の身体に刻み込まれた感情から恐怖はなくならない。
恐怖は思考と行動を阻む足かせであると共に、己の身を守る為の心なのだ。
黒一色の宇宙空間に幾束のビームが何度も飛んだ。
それらは、その先より突き進む物質の塊を、圧縮されたGN粒子の凄まじい熱で瞬時に蒸発させる。
「こちらフェイロンリーダー。デブリ粉砕を完了。」
「フェイロンチームよりこちらアマゾンタワー基地司令部。状況を確認した。
四散した破片の3%はオービタルリングに直撃するが、質量共に粉砕の必要はない。引き続き哨戒を継続せよ。」
「フェイロンリーダー、了解」
報告を済ませるとモニターより司令部とのテレビ通信を切った。
Eセンサーに異常な反応は見られない。あるのは部下達の乗る2機のGN-XIVのみだ。
これで12度目のデブリ粉砕となる。スクランブルも、となると17度も増える。
最初の4度目までの哨戒では、絶え間なくデブリが地球の重力に引き寄せられ、
うんざりするほどビームで撃ち落し、時には薙ぎ払ったものだった。
3回もあったスクランブル出撃は全てこの頃に行ってきた。
大抵のデブリはMSや艦艇の破片でビームで落とせる程度の大きさだが、
時には艦船まるごとの残骸やその一部、果てはGNミサイルやらまで降って来た。
そうした突如出現したデブリは、1ヶ月前の金属生命体ELSとの戦いのせいだ。
「てめぇらのせいで・・・・・・」
正面モニターに視線を戻した先に浮かぶ、巨大な花びらに俺は睨みつけた。
忌々しいそいつに毒づく。
木星探査船エウロパの地球圏接近から始まった人類未曾有の危機。それがELS戦だ。
そいつらは地球に降り立ち次第あちこちで市民に被害を与え、
続けさまに木星から何万何億もの凄まじい大群がこの地球に押し寄せてきた。
あの時、オレはオービタルリング上に展開した最終防衛線に配属された。
L2のソレスタルビーイング号を中核に、宇宙艦隊からなる絶対防衛線とは別で、
こっちは地球からかき集めた連邦軍、それも予備役とかPMCの連中までもそこに送り込んだ。
地上や予備の3大国の旧式MSと数少ないGN-X系、新造の戦闘艦にありとあらゆる試作兵器と、
持てる限りの、集められる限りの大戦力は、MSだけでも1500機を超える大規模なものだ。
だがいざ迎え撃った連邦軍は壊滅状態になり果てた。
たった30分足らずで50%も戦力を失い、絶対防衛線の方じゃ80%以上という凄惨な有様だった。
無論俺達は手を抜いた訳ではない。ましてや棒立ちでいたなんて馬鹿はやっちゃいない。
地球を、市民の命を、彼らの生活を支える軌道エレベーターを守るため、
俺達は敵を道連れにするつもりで、粉骨砕身の覚悟で、侵略者に立ち向かった。
そんなこっちの死に物狂いの思いを嘲笑うように、奴らは必死の攻撃をものとせずに押し寄せた。
撃ち落しても焼き払っても後から次々押し寄せ、俺達を飲み込もうとしたのだ。
その怪物は俺達のMSや兵器を真似て触れれば取り込まれるという反則ものだ。
これ以上行かせまいと阻む同胞達を、
奴らは次々四方八方からビームで撃ち落し、あるいは突進で取り込む。
極寒と灼熱の宇宙空間に耐えられるパイロットスーツを纏っているのに寒気がする。
鳥肌が立つ。汗が滲み出て肌と下着、スーツとの着心地を悪くしていく。
オレはあの悪夢を思い出す。
金属でできたオブジェはとても生き物とは思えない。
絶対防衛線は突破され、最終防衛線の突破は寸前の時、
ELSは侵略をやめて惑星サイズの本体に全部集まっていった。
その際に形を変えたのが、今オレが睨んでるでかい宇宙の花びらなのだ。
次々思い浮かんでくる押し寄せるELSの大群で、オレはもうひとつ思い出した。
スクランブルで出た時にも同じ恐怖を感じたんだった。
あれはGNX-607T/NP GN-XIII無人型の部隊を始めてお目にかかった時の事だ。
オレは愛機のGN-XIVで降り注ぐデブリを落としながら、部下にあれこれ「避けろ」だの指示していた。
あの時の部下達はMS操縦に慣れただけの、20歳前後の新人パイロットだった。
ELS戦で大半が失われ今や貴重になった熟練パイロットの一員にあたるオレだが、
あの戦いの時は訓練を終えたばかりのひよっこだった。こいつらと同じく・・・・・・。
厳しくも導いてくれた隊長の大尉はオレを庇ってビームに焼かれた。
少尉は戦ってる内に誤って小型ELSの群れに飛び込み、そのまま金属に塊にされた。
一人だけ生き残っただけで熟練兵扱いされ、すぐ隊長にされたオレが指揮に苦労している横で、
あの無人のGN-XIII達は無駄なく破砕に回る姿が奴らと重なって見えた。
一秒の狂いもなく揃いに揃ってGNロングビームライフルを横隊で一斉発射する姿・・・、
彼我の物量差が10倍多いデブリを全て一機で正確に撃ち落す姿・・・・・・。
決して死を恐れず迷うこと無く、状況に対応できる姿は、ほとんど駒そのものである。
人間のように長い年月をかけて大切に育てる必要はなく、
作って稼動テストに合格すればすぐに戦いに出せて、
しかもエースパイロットと同じくらいの強さを誇る即席の兵士がそれらだ。
これだけ立ち回れるのなら俺達がいらなくなるのではないか?
オレ達はこの先どうやって戦っていけば良いのか?
どこでどう食い扶持を得て生きていけば良いのか?
もしそうなったら戦争はどうなるのか?
パイロットがいらなくなったとしても、良い未来が来るようには思えない。
良い方に思いたくない事はないが、一瞬の悪い予想が希望を楽観に錯覚させる。
全く良い気分しない。不快でそうなってほしくないが、冷徹な予測はそうなるかもしれないと下す。
不測の事態に備えるのが軍人の義務であるオレ達にとって、希望的観測など気を弛ませる邪魔者なのだ。
冷徹な思考から導き出された答えは、どれも自分達の存在意義が揺らぐものばかり。
脳裏での動揺はやがて本能的に防衛の感情が湧き上がった。
こちらを一日足らずで滅ぼせる金属のエイリアンが目の前に、己の立場を脅かす存在が隣にいる。
どっちも恐怖を感じさせるそいつらと隣り合わせのオレは、
ただひたすら後ろにいる市民の為に地球防衛の志でどうにか存在意義を保つ。
おっと考え事をまたしちまった。
上官としてオレはまだ未熟だなこりゃ。
「あと3時間で帰還だ!気の緩みなく警戒に尽力しろ!
デブリの回収は進んでるとはいえ、まだ残ってるんだからな!」
毎度だが軍人に必要な喝を飛ばし、部隊全員の引き締めを図る。
「了解!」
「了解!」
オレとそう変わらない若者達の元気な声が返ってくる。
ELS戦を見て地球防衛に燃える若き鷲達の、可能性のあるそんな声だ。