第百三話 おっしゃあ、殴らず勝ったで千草姉ちゃん! 夏休み中旬に比べれば、随分と日の入りが早くなったことが感じられる夕暮れ時である。 本日は始業式ということもあって半ドンであり、部活動も殆どがミーティング程度。 教師は夏休みの宿題の評価があるとはいえ、とある集団に所属する教師と生徒が一堂に会するのには都合が良い。 茜色に染まりつつある世界樹広場からは、人の姿が途切れ始め、それからぽつぽつとまた集まりだす。 高畑から瀬流彦、ガンドルフィーニやシャークティと学校の枠を超えて学園長派と言われる面々だ。 他に各学校の生徒、先日むつきと邂逅を果たしたグッドマンや、女子中等部の生徒の姿もあった。 刹那や龍宮などは生徒の中でも色々と異彩を放ち、教師並みの存在感を見せていた。 広場にて適度な距離を取って集まった彼らの視線の先にいるのは、豊かなあごひげを蓄えた学園長である。 そのそばには普段、しずなや刀子といった女教師の姿があるわけだが今日は少し違った。 どちらの姿もなく、代わりにそばに立っていたのは関西からやってきたばかりの千草と小太郎だった。 二人の姿を見ての反応は様々、高畑のようににこやかに軽く頭を下げるのは当たり障りのない反応である。 酷い者であればあからさまに睨んだり、胡散臭そうに見たりと決して居心地の良いものではないだろう。 ただ眼中にないとばかりににこやかに千草が受け流したり、挑戦的に鼻で笑う小太郎が彼らを逆なでしている面がないとも言えなかったが。「うむ、おおよそ集まっておるな」 諸事情で集まれない者に関しては連絡を受けている為、ざっと周囲を見渡し学園長がそう呟いた。 この場に集まったのは、学園長を筆頭に麻帆良学園都市を守り支配しているとも言える集団だ。「学園長、刀子お姉ち……刀子さんがまだ」「刀子君は、ちょっと事情がのう。刹那君にもいずれ話があるだろう、その時は力になってやりなさい」「あっ、はい」 刀子の姿が見えず刹那が指摘するも、既に連絡は受けているようであった。 本人から聞いたわけではないが、ひかげ荘にて一部その事情は耳に入れていた。 あとで電話してみようと、刹那はその場はとりあえず頷いて引き下がる。「ではまずは、我々の新たな仲間を紹介しておこうかのう。ほれ、天ヶ崎君と犬上君や」「関西呪術教会所属の天ヶ崎千草どすえ。好みの男性は、乙姫むつきはん。ぶっちゃけ、うちは関西も関東もどうでも良くて、むつきはんを追ってこっちに来たんどすえ」 千草の惚気るような自己紹介に、ざわりと周囲がどよめいた。 ここが関東であり集団の名が関東魔法協会であることから、千草が別の組織所属といったこともある。 古くから関東魔法協会と関西呪術教会が不仲どころか、一部では憎み合っていた。 だがざわめきの主な部分は、それよりも彼女の言葉の別の部分にあった。 彼女が口にした名の男は、関東魔法協会の中でも最強最悪の人種の恋人として名が知れているからだ。 慌てて彼らはエヴァンジェリンを探すが、その姿は見つからずいつもの遅刻かさぼりだろう。 普段はその行為を憤慨するものだが、今日ばかりは少し安心してしまった。「おう、俺は犬上小太郎や。千草姉ちゃんが色ボケになって連れて来られたけど。関東にもできる奴がいるみたいやし、楽しみやわ。よう、神多羅木のおっちゃん。それに龍宮の姉ちゃんに桜咲の姉ちゃんも」「相変わらずの腕白坊主だな。聞いたぞ今朝と午後の騒ぎは。古に懲りずに最後の言葉を破って再選を申し込んだ人たちを根こそぎ殴り倒したそうだな」「約束を破った人が悪いとはいえ、八歳の子に負けて心が折れてましたよ」「良いじゃないか、腕白でも良いを地でいっていて。子供はそれぐらい、向こう見ずな位で良い。歓迎するよ、小太郎」 千草よりも気心が知れた感じで小太郎が、神多羅木たちに話しかけたのは直前のインパクトもあってスルー気味である。「うむ、彼らは関西呪術教会に所属のままうちで色々と働いて貰うことになる。刀子君や刹那君とは違い、出向という形じゃな。いずれ人を選んで、こちらからも誰かを出向させ技術交流を」「待ってください、学園長!」 組織の枠を超えてと話を続けようとした学園長を遮り、意義ありとばかりに一人の男が手を上げた。「そんなこと簡単にできるわけ、そもそも彼らを信じられません。何度彼らに煮え湯を飲まされたことか」「その通りです、そもそも。乙姫先生なんて破廉恥な人が好みだなんて言う女性を信じられません!」「高音君、君は少し黙っていようか」 先日の一件は周知の事実であり、グッドマンのやれ続けとばかりの主張は目頭を押さえたガンドルフィーニにばっさりであった。 本人は何故とばかりに口惜しげであったが、その勢いはしっかりと周囲に伝番してしまっていた。 犬猿の仲である組織が仲良くなるなど、懐疑的なそれこそスパイではなんて声も出る。 刀子や刹那のように関西呪術協会出身者が皆無というわけではないが、彼らはちゃんと組織を抜けていた。 その点、千草や小太郎はあくまで関西呪術協会所属と、疑われても仕方がない。「ううむ、困ったのう思ったより反対意見が多そうじゃ」「うちの組織で頭が硬いのは、お年寄りですけど。こっちは、若くてもおるんどすな」「なにを関西呪術協会のスパイが。こっちは年中、そちらの組織のせいで迷惑をこうむっているんだ。あの人間として人格を疑うしかないような夜襲部隊を止めてからモノを言って貰おうか!」「ふふ、お子ちゃまどすえ」 学園長の困り顔と千草の言い草に今が期と思ったのか、また別の男が弾劾するように声を張った。 しかしそんな声を前にしても、千草は態度を変えずむしろ、ちょっと小馬鹿にしたように笑う。「はねっかえりは何処の組織にもいますえ。まさか、うちだけにそんな馬鹿がいると? 勘違いも甚だしい、正義の味方はん。関西の神社仏閣が、年間いくつ関東魔法協会に襲撃されているかご存じどすえ?」「我々が、立派な魔法使いを目指す我々がそんなことするはずがない。言いがかりだ」「と、被疑者はこのようにおっしゃってはりますが。学園長?」「彼女の言う通り、公にされてはいないが関東魔法協会に席を置く者がそういうことをした事実はあるのう。もちろん、末端も末端。席に名がある程度ではあるが」 若干言い訳めいたセリフ付きだが、千草の言葉を当の学園長、関東魔法協会の長が肯定した。 そんな馬鹿なと真っ向から否定する者、そうだろうなと納得する者、反応は様々だが。 いかにも平行線に終わりそうな問答の中に一石を投じたのは、小太郎であった。 いつの間にかしゃがみ込んでは膝に肘をついて頬杖をつき、待ちくたびれた子供の格好である。 実際、彼は八歳の子供でしかないわけだが。「なあ、そんな詰まらん話さっさと終わらせてえな。俺この後、古の姉ちゃんと楓の姉ちゃんと修行する約束してんやから。本当、大人はアホやで」「話の重要性もわからん子供が、なにを!」「だってそうやろ。夏の間、小等部編入の為にいろいろ千草姉ちゃんに勉強させられたんや。国語とか社会、あといらんと思うけど道徳?」 周囲の憤りや侮りを無視して、小太郎は構わず話を続けた。「戦争は止めましょう、人を労わりましょう。子供にそう教えといてなんやねんな。憲法でも、もう戦争しません言うとるやんか。俺から言わせりゃ、全員犯罪者やで。戦争したがりの」「まあ、この場での言い合いが子供の教育に良くないのは明らかだね」「気にせんといて、ぶしょうひげのおっちゃん。俺も元々は手癖の悪い子供のなれの果てやったし。千草姉ちゃんに会うまでは、食ってく為に一杯殴って張り倒してきたからな」「お、おっちゃん……」 小太郎の発言で、神多羅木とは違い高畑が若干傷ついていたが。 主に千草や関西呪術協会を弾劾していた面々は、完全に小太郎に言い負かされてしまっていた。 それに学園長が最初に宣言した通り、千草や小太郎はあくまで技術交流の為の出向だ。 例え出先が敵対的な組織であろうと、手を取り合う為の一つの手段に過ぎない。 その手を振り払ってしまえば、その敵対をこれからも辞めるつもりもないという宣言になる。 お互いに変に武力を持っているので、その先に待っているのは戦争に他ならないだろう。 次にいつ手を取り合うチャンスが来るか分からない以上、手を払えば確かに戦争したがりだ。「ふぉっふぉ、子供の方が案外世の理を正しく理解しとるのう。それとも、下手に個々の利益に拘る大人が世の理を無視しておるのか。弟子に教わるではないが、子供に教わったのう」「小太郎、ええこと言っとるけど。もうちょい、勉強もしておくれやす。編入試験、ギリギリやったやん。あんな勉強みたったのに」「一芸入学とかの方が良かったんちゃう? こう、変身仮面ライダー的な。擬獣化で、あたっ」 変身ポーズを決めてまで馬鹿なことを言った小太郎に、千草が拳骨を落とす。 その姿を見て、反対意見を言っていた者の幾人かは肩の力を抜いていた。 言葉を投げつけあうよりもよっぽどわかりやすい、千草と小太郎は正しく姉弟の姿だ。 それに子供に世の理、正道を教える大人が、他人の悪癖にばかり目を向けていてはいけない。 もちろんそれを指摘し修正するのも大事だが、良い面もしっかりとこの場合は技術交流か。「今すぐに何十人も受け入れるわけではない、彼らはテストケースじゃ」「し、しかし学園長。彼らはまだ若い、そう。交流できるほどの技術が……」「小金君か、君もしつこいのう」 非常に嫌そうにまだこだわるかと学園長も、まだ引き下がる一部の人に飽きれていたが。 膿を出すのは早い方が良いかと、軽くあごひげを撫でつけながら一考する。 下手なちょっかいを裏でこそこそされるよりは、抑止力という意味でもそれなりに力を示す必要も。 そんなことでしか組織を纏められない自分に、多少の力不足を感じえないが仕方がない。 普段娘婿にしっかりせいと叱咤する自分がこの体たらくである。「天ヶ崎君か、犬上君や。どちらか、誰かと軽く手合せしてみるかのう?」「なら小太郎、あんた行きや」「ええの?!」「うちはぎょうさん式神召喚して、数で押すタイプどすえ。そんなことしたら、この広場が目も当てられへんくなってしまいますえ」 かといって、適当に式神を一体だけ召喚し、軽々と蹴散らされても学園長の意図を壊すことになる。 ならば印象第一、インパクト的な意味でも小さな子供でしかない小太郎の方が適任だ。 別組織の人間の方が、学園長の意図を理解してるなと呆れもしたが。 小太郎が目をキラキラさせてやる気なので、これはこれで良いだろう。「おっしゃ、どうせならいっちゃん強い奴。ちまちま中途半端な奴より、その方が分かりやすいやん?」 ここまで無邪気だと返って好ましいかと、一番は誰だと周囲を見渡す小太郎に周りの大人は苦笑いだ。 年齢的な意味ではなく、性格的な意味で大人は。「高畑先生がお相手するまでもありませんは。ここは歳は違えど、同じ魔法生徒同士。清く正しい技術交流を果たすべきです!」「えー……」「なんです、失礼な。この貴音・D・グッドマン、魔法生徒の中でも上位に位置する実力者と自負しています。魔法をかじって数年のお子様など、軽くあしらって差し上げます」「いや、俺は千草姉ちゃんと違って殴るのが基本やから。女はほら、困るやん」 高校生と言えどまだまだ大人と言えない精神のグッドマンが、気勢を上げて立候補したが反応はいまいち。 むしろ困ると言いたげな小太郎に、張った胸に手を当て誇らしげにかつ小太郎を宥めるようにグッドマンが言った。 それでも、拳的な意味でグッドマンではやり辛いと、小太郎も主張を止めない。「小太郎、あんたこれからも女は殴れんとか困るやろ。良い機会やから、殴らず相手を制する練習させてもろたらええどすえ。きっちりエスコートしたり」「んー、そういう考え方もあるか。そもそも、古の姉ちゃんとはガチ殴り合いする予定やし。女でも相手によって対応かえてみようか」「若干納得いかない部分もありますが、ここは年上である私が引きましょう。この私を、拳も使わず仕留められるとは思わないことです」 不承不承ではあったが小太郎も納得し、グッドマンは元よりやる気であるようである。 ならば止める理由はないとばかりに、学園長が瀬流彦や明石教授といった魔法先生に目配せした。 簡単な防護結界を周囲に張って、広場を壊させるなという意図であった。 折角人払いをして遠ざけても、広場が壊れてしまっては修繕費も馬鹿にならない。 他の先生や生徒も、巻き添えはごめんだと広場の中央を明けるように周囲に並んでいく。 中央に進み出たのはやる気十分のグッドマンと、さてどうするかとややお悩み気味の小太郎だ。「では技術交流ですので、まず私から。私の魔法は影に特化していまして、このように人形を作って関西でいう式神のような扱いをしたり、影そのものを刃に変えたり用途は多岐に渡ります」「おっ、なんや俺と似たような感じやな。見ての通り、俺は狗族とのハーフや。影の狗神を操ったり、後は基本的に気で強化して殴るやな」 グッドマンが人型の白い仮面をした影人形を自分の影から出したのに対し、小太郎もまた自分の影から狗神という文字通り影の獣を出して見せた。 西洋の魔法と関西の呪術、というか土地の妖怪の血の技だが同系統の力に興味深げな視線が集まる。 グッドマンや小太郎も、自分の特性だけに周囲よりも興味深げに互いを見つめ合った。 精密に人型をとってちょっと身長の高い仮装人間に見えるグッドマンの影人形に対し、小太郎の狗神は輪郭が揺らぎ荒々しい感じを受ける。「私の影人形の方が、優美さにおいて勝っていますね」「んなもん、殴り合いにいらんやん。ぶつけた時に、相手が派手にぶっとべば」 誇らしげなグッドマンに対し、ちょっとむっとしたように小太郎が言い返した。「では実際に、ぶつけあってみましょうか。影だけでなく、お互いの力を」「古の姉ちゃんに続いて、女に負けられんからな。いっちょ、やったるか」「ふぉっふぉ、何時でも初めて構わんよ」 二人の視線を受けた学園長がにこやかに許可をだし、改めて小太郎とグッドマンが向かい合う。 先に動いたのは、小太郎であった。 お互い見合っているだけでは何も始まらないと、真正面から狗神を走らせグッドマンに向かわせる。「お行きなさい!」 グッドマンもそれを受けて影人形を迎撃に向かわせた。 素早さは狗神の方が上であり、かつ背の低い狗神と長身の影人形である。 捕まえようとしたのか殴ろうとしたのか伸ばされた腕をかいくぐり、狗神がその腹に体当たりした。 ぐらりと後ろに大きくよろめいた狗神が、背後に回り込み首へとかみつきぐるんと投げて地面にたたき落とす。 これで周囲を結界で強化していなければ、石畳の地面は砕けていたことだろう。 影人形がもし普通の人間であったならば背骨に甚大なダメージを負っていてもおかしくはないほどだ。「くっ、やりますわね。でもこの程度」 投げ飛ばされ叩きつけられても、所詮は影人形、物理的なダメージなど殆ど意味がない。 それこそ圧倒的なパワーで消し飛ばさない限り、影はそこにあり続ける。 うつぶせに倒れていた影人形は、すかさず目の前に着地した狗神の足を掴んでいた。 普通の人間では足首を砕かれそうな力で、立ち上がりざまに狗神を持ち上げお返しとばかりに叩きつける。 そしてすかさず、狗神を砕こうと拳を振り上げたわけだが、小太郎は既に最初の位置にいない。 全員の視線が影人形と狗神に向かっている間に、素早くグッドマンの背後に回り込んだのだ。 歳こそグッドマンの半分に過ぎないが、こういう抜け目ない所は小太郎の方が実践慣れしている。 しかし、小太郎の頭の中にはまだグッドマンを殴らずに勝つ方法が見つかってはいない。「ふふ、見えてますわよ」「そら、背後に回り込んでから数秒考え込んでたしな」 さすがにグッドマンに気付かれ、彼女の影から近接用の影の刃が数本伸びて来た。 影程に薄い切れ味抜群の槍を間一髪、髪一重で避けていく。 既にこの時、影人形と狗神の対決は両者相内の形で互いに互いを砕け散らせてしまっていた。「さあ、私の影の刃で切られては痛いではすみません。降参なさい、犬上さん。お子様にしては、なかなかの実力だと、この貴音・D・グッドマンが賞賛し、認めて差し上げますわ」「冗談、まだ俺はちっとも実力だしてへんで」「せめて割合か、半分とかで言いなさい。私の方が出してないって言い辛いでしょう!」「そんなん俺の方が出してへんから、比べるまでもあらへんて。よ、ほっは。どや!」 口喧嘩を拒否した小太郎が、グッドマンの影の刃を一つ一つ摘まんでは束ねていく。 これで全てとは限らないが彼女が出していた五本の刃は、小太郎の手で全て束ねられてしまった。 下手に触れれば、小太郎の細い腕や指なんて切断しかねないのにである。 もちろん、そんな事にならないようグッドマンも気を付けてはいたが、摘ままれ束ねられたのは想定外。 慌てて一歩下がると、距離を取るように大きく跳び退った。 その時、自分が聖ウルスラの制服姿であることを思いだし、周囲の視線も合って舞いそうなスカートを抑えていた。 その姿を見て、ピーンと小太郎には思いつくものがあった。「おっしゃ、一個。姉ちゃんに勝てる方法めっけたで。さっさと降参した方が身のためやで」「絶対にしません、貴方こそ。次は影の人形五体に刃は十本、全部相手にできますか」「余裕余裕、倍でもいけるで」 走り出した小太郎を前に、グッドマンが迎撃に三体、護衛に二体の影人形を作りだした。 対する小太郎は、一気に相手の数が増えたのに並べた狗神は二体だけ、しかも明らかに先ほどの個体より小さく半分程度の大きさしかない。 グッドマンの影人形は、先ほどの一体と際なく動きも申し分なかった。 これが積み上げた練習と経験の差かと、思わず緩みそうになった口元をグッドマンは引き締めた。「え?」 しかし、次に小太郎がとった行動に一瞬あっけにとられた。 グッドマンが迎撃に向かわせたのは三体、てっきり小太郎と二体の狗神で迎え撃つかとおもいきや。 迎え撃ったのは小太郎一人、残りの二体は影人形を避けてすり抜けグッドマンに向かってきた。 同時に三体を迎え撃った小太郎も楽ではなさそうだが、討つのには時間がかかるだろう。 一気に本体を討つ賭けに出たのか、子供の浅知恵と護衛用の二体に自分を守らせる。 この程度の小さな狗神と思ったところで、またしても虚を突かれてしまった。 なんと半分程度の大きさだった二体が分裂、一回二回と別れるにつれ大きくなっていく。 体つきこそ小型犬並みに小さくなったがその数は十に届こうかというものだ。「それだけ強度も落ちて、迎撃なさい」 グッドマンも影人形と影の刃で迎撃を試みるのだが、狗神がとにかく小さい。 しかもパワーこそ格段に落ちているものの、スピードだけは元と変わらなかった。 ちょろちょろと足元をや目の前を跳んではうろつかれ、とても影人形では追いつけない。「ああ、もうしっかりしなさい!」 終いには、グッドマン自身も加わっては待ちなさいと狗神ならぬ影の子犬を追いかける始末。 おかげで危うく影人形同士がぶつかりかけたり、影の刃があやまって影人形を切ったりと処理しきれなくなってきた。 つまりは、小太郎の狙い通り。「コントロールが甘くなっとるで、姉ちゃん」「しまった、彼のことを忘れて」 パンっと破裂音が三つ聞こえた時には、小太郎が迎撃用の影人形を殴り砕いていた。 最初から小さい狗神は攪乱用、そう思ってグッドマンが小太郎に意識を向けた時である。 ぴょんと小さく跳ねた狗神が、ぺろんとグッドマンのスカートをめくりあげた。「へっ、いやぁ!」 先日の件もあり若干トラウマだったのか、グッドマンの反応には素晴らしいものがあった。 その可愛らしい悲鳴ではなく、舞い上がるスカートを押さえつけるその手の速さである。 そのおかげもあって、今日はちゃんと履いている下着を周囲に晒すことはなかったのだが。 一度隙を見つければ、次から次へと狗神がスカートをめくりにくるのである。 小憎たらしい狗神は、大胆にもスカートの裾にかみつきぐいぐい引っ張る個体すらあった。「おお!」 その光景に一部の魔法生徒が、半ば我を忘れて拳を握りながら喜びの声を上げていた。 周囲の女性人から冷たい視線を受けているとも思わず、これが若さであろう。 グッドマンもそんな男の魔法生徒、一部魔法先生の気配を敏感に察していた。 二度も、しかも同僚に見られては今後肩身の狭い思いをとグッドマンも必死だ。 例えこの技術交流で不利になろうと両手で必死にスカートをおさえ堅守も堅守である。「や、やだ。この、そうだ。こうしてしまえば。黒衣の夜想曲!」 そして解決策として、彼女の奥の手である影を身に纏う魔法を使ったのだ。 制服ごと影に取り込み、影だけに漆黒のドレス姿となりどや顔であった。 古めかしいゴシックドレスにしか見えないが、防御力もさることながらスカートの内部も鉄壁である。 なにしろ普段は素肌の上からだが、今回ばかりは下着の上に影を纏わせ取り込んだからだ。 これで例え卑怯にもスカートをめくられようが、見えてしまうのはブルマにも似た影のズボン。 さあ反撃はこれからだとエロガキに天誅をくらわそうと一歩を踏み出した高音は、その一歩で足を止めた。 もぞもぞと奇妙な、柔らかい感触が背中辺りにあり、やがて気づいてビクッと体を震わせた。「何時の間に、服の中に?!」 一匹の狗神が肌にフィットしていく影の隙間に、一瞬早く飛び込んでのである。 もぞもぞと文字通り薄皮一枚の隙間で、もふもふした狗神が動きまわたから大変だ。 影に圧迫され苦しそうにしながらも、高音の敏感な背中の上を微速移動するのであった。「ゃぅ、あん」 下手に解除すれば再びスカート捲りの餌食であるし、肌の上を這いずる感触がくすぐったい。 反撃の為に踏み出したはずの一歩、その膝がかくかくと震え、立っているのがやっとの様である。 しかし、懸命に耐えれば耐える程、小太郎の狗神はいけないところに侵入していってしまう。 背中はまだ生易しく、もぞもぞと脇を通っては胸の上に。 しかもまだ着衣があったかとばかりに、狗神が鼻先でブラジャーを押し上げ潜り込んできた。 圧迫された胸の上を狗神が這いずり、本能というものがあるかは不明だが本能にしたがいそれを舐める。「だめ、そんなところぺろぺろ。はぁ、ブラの隙間に……ぅ、そんなところ甘噛みしないで。降参、降参しますから。はやくこの子を。そこはだめぇ!」「おっしゃあ、殴らず勝ったで千草姉ちゃん!」 ブラジャーと胸の隙間に落ちた狗神がとあるぽっちを甘噛みしたところでグッドマンがついに降参した。 膝は完全に笑っており、はあはあと息を乱しては女の子座りしてしまっている。 ちょっと涙目で、頬を赤く染めては先ほどまで艶っぽい声をあげていたのであった。 一部魔法生徒のみならず、先生にとっても色々と刺激的な光景であり、すかさず女性とが駆け寄っては視線から守り始める。 小太郎は彼女たちからの剣呑な視線にも気づかず、殴らず勝ったと単純に喜んでいたが。「はっはー、結局たいしたことあらへんかったな。俺の勝ちやで」「あんたは、なにしてんのや。馬鹿ちんが!」「いでぇ、なんでや。殴らず勝ったやんか!」「もっと他に、方法なかったんかいな!」 当たり前のように、セクハラするなエロガキとばかりに拳骨を貰うことになる。 おかげで良くやったと千草は女性から好意的に受け止められ、小太郎もある意味で同様であった。 教師はうまく隠していたが、青臭い男の魔法生徒は神と尊敬のまなざしさえ小太郎に向けていた。 金髪碧眼の外国人留学生、名前通り高嶺の花であるグッドマンの艶姿をみせてくれたのだ。 頭にでっかいたんこぶを貰った小太郎に対し、英霊に敬礼とばかりに背筋を伸ばしている者も。 以後に続く、関西と関東の技術交流にて伝説ともなる第一回技術交流であった。 麻帆良学園都市の裏などまるで知らないむつきはというと。 明日の授業で宿題を返すクラス分だけ評価を終えてからの帰宅であった。 それでも四クラス分はあった為、秋の虫の声がリンリンと聞こえ始める日暮れ時の十九時過ぎである。 薄暗いひかげ荘に続く百階段をえっちらおっちらと登り、見えて来たひかげ荘。 見慣れた光景であるにも関わらず、少しばかり寂しく見えたのは明かりの数であろうか。 夏休み中であればきゃっきゃと黄色い声の数と同じだけの明かりが各々の部屋にあったわけだが。 階段の終わりに立って見上げたひかげ荘の明かりはごく一部、遊戯室と食堂、あと玄関先ぐらい。 それでも真っ暗であるよりはましかと、ぜいたくになったもんだと笑いながら玄関の引き戸を開けた。「たっだいまぁ」 玄関の表の電気を消しながら、そう声を上げると奥からぱらぱたとスリッパでの足音が聞こえた。 ご主人が返って来たことを察した子犬が駆け寄るようにやって来たのはさよであった。 浴衣にエプロン姿であるのは、夕飯の支度をしていたからであろう。 彼女がやって来た食堂の奥からは、暖かであろう夕飯の空腹が染みる良い匂いが漂ってきている。「お帰りなさいませ、あなた様。お鞄、お持ちしますね」 夕飯の支度もそうだが、甲斐甲斐しくも鞄を預かってくれたその姿は古き時代の妻そのもの。 最近はどうだかしらないが、むつきの妻(予定)に他ならない。 ちょっと感動してさよを見下ろしていると、可愛らしくどうしたのかと小首を傾げられる。 そのままじっと見つめていると、はっとしたようにさよがあたふたとしながら言った。「これはまさか、皆さんがおっしゃってた様式美ですね。あなた様、ご飯にしますか? それともお風呂ですか?」「さよが食べたい」「分かりました、なら早速食堂……あれ? え?」 聞き間違えたかと鞄を胸に抱きながら振り返ったさよを、しっかりとむつきは抱きしめた。 愛おし過ぎて張り裂けそうなこの胸をなんとかしてくださいとばかりに。 いつも通りの柔らかくも甘いさよの匂いに交じり、夕食の匂いがついているのが両方の食欲をそそる。「俺の嫁が可愛すぎる。早く結婚したい、さよの赤ちゃん欲しい。今すぐに赤ちゃん作りたい」「あなた様、それは……あの、お食事とお風呂のあとで、ゆっくりと」「そうか、ゆっくりじっとり、執拗にちょっと陰湿に可愛がってやるから。その前に、我慢できないからキスだけでも!」「げ、玄関でですか。誰かに見られたら……」 駄目ですと物凄く弱弱しく止められたため、OKのサインですね分かりますとばかりに顔を近づける。 本気でさよが嫌がるはずもなく、きゅっと目を閉じたまま顔は全く逃げようとしない。 むしろ心なしか唇を向けられたようで、頂きますと可愛いそれを奪いに行ったのだが。「やっと帰ったのか、遅いぞむつき」「ひゃっ!」 階段の上から降りて来たエヴァの声に、抱きしめていたさよをむつきが無理やり離れさせる。 さよもエヴァの登場に、慌ててむつきの手から逃れ鞄を胸に深く抱いて背中を向けていた。 二人して背中合わせで、なにもしていませんよと無意味なアピールであった。 実はさりげに人の心が読めるエヴァに、表面的な態度など無意味である。 案の定、にやにやと笑ったエヴァが、階段をとんとん降りてきてはいじりに来た。「なんだ、姉に見せられないような淫猥な行為をしていたかのような態度だな」「と、突然何を言うのかねエヴァンジェリン君。さよはアタナシア公認だし、一緒に三人でって何を言わせる!」「そうです、そんなはしたなくなんて。玄関でしたけど、エヴァンジェリンさん!」「さよは兎も角、なぜむつきまで純情のふりだ。男が照れても、若干きもいぞ。ほら、はやく食堂に連れて行け。お腹が空いた、お前が帰ってくるのをわざわざ待ってやっていたんだぞ」 この言葉遣いの悪い義妹はと、抱っこをせがんできたエヴァを抱いて軽くお尻をぺんと叩く。 相変わらずお人形さんのような黒のゴスロリ姿だが、また千雨に新しいのを作ってもらったのか。 小憎らしいのだが悔しいことに可愛いと、さよへ向かっていたリビドーを別の形で発散である。 長いふわふわの金髪を撫で繰り回し、生えて来た無精ひげで頬ずりしたらさすがに軽く殴られた。「痛って、んじゃ飯にするか。絡繰は?」「お台所でお味噌汁を温めてます。その前に、あなた様もエヴァンジェリンさんも手を洗ってください」 はーいとさよの言葉に二人で返事をして、席に座る前に洗い場で手を洗う。 届かないのでまずむつきに腰を抱えられたエヴァが手を洗い、次にむつきである。 タオルは気を利かせた絡繰が、手渡してくれたのだが、エヴァがなにかを思い出したらしい。「茶々丸、夕方ぐらいに何か用があったんじゃなかったか? ネット碁が忙しくて、呼びに来たお前に後でと言ってしまったが」「いえ、私ではなくマスターが。例の集会が」「例の集会?」 とぼけたエヴァに、絡繰が魔法関係者の集会ですとこっそり伝えた。 ああそう言えばと、エヴァが見上げた時計はそろそろ二十時に差し掛かろうというところだ。 どう考えても十八時開始のそれは、終わってしまっているだろう。 携帯電話も部屋に放り込んだままなので、学園長からの連絡も無視したまま。 だが別にどうでも良いかと、エヴァは直ぐに忘れることにした。「どうせ、あの女とガキのことで揉める程度の集まりだ。ネット碁の方が大事だ。今日の相手は、sai@kaworaだったしな」「マスターがそう言われるのなら、構いませんが……」 ちょっとだけ、絡繰はスケジュール管理の意味がないとでも言いたげであった。「おい、むつき。ご飯を食べたら、一緒に風呂だぞ。私の髪の毛を洗え、それからさよと一緒に指導碁だ」「はいはい、わかったわかった。このわがままお姫様め。ふんぞり返ってないで、席に着け」「はい、あなた様は大盛りご飯です。最近、私も十回に一回ぐらいはネット碁で勝てるようになったんですよ。あなた様も一緒に頑張りましょう」 平和ぼけした闇の福音は、もとより反省なんて言葉をその辞書に持ち合わせてなどいなかった。 -後書き-ども、えなりんです。今回のお話の主役は小太郎です。原作ではガチバトル要員ですけど、このお話では小賢しく成長中。あと対女性は割と駄目な方に成長しましたwたぶん、むつきの影響ではないはず。高音は、まあ強く生きてください。エヴァは普通にさぼり、もはや魔法関係完全にやる気なし。それでは次回は来週の土曜日です。