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No.3597の一覧
[0] アゼリアの溜息 (H×H)[EL](2008/07/24 23:16)
[1] アゼリアの頭痛[EL](2008/07/30 15:23)
[2] アゼリアの寝不足[EL](2008/07/27 20:00)
[3] アゼリアの回想[EL](2008/07/30 18:52)
[4] アゼリアの激怒[EL](2008/07/31 18:47)
[5] ハルカの放浪[EL](2008/08/01 18:04)
[6] 閑話 思い出のガーネット[EL](2008/08/03 19:35)
[7] アゼリアと重要任務[EL](2008/08/04 23:12)
[8] 閑話 ハルカの念能力考案[EL](2008/08/05 15:25)
[9] 憧憬[EL](2008/08/24 22:05)
[10] 揺らぎ[EL](2008/08/27 13:07)
[11] 壊れだした人形[EL](2008/08/28 12:04)
[12] 『敵意』[EL](2008/09/12 22:08)
[13] 飼い犬[EL](2008/09/20 14:59)
[14] 陽の世界の人々[EL](2008/10/07 23:42)
[15] 絡み合う蛇たち[EL](2008/10/20 23:41)
[16] 合格? 不合格?[EL](2008/11/04 21:41)
[17] それぞれの理由[EL](2008/11/13 22:52)
[18] ファーストコンタクト[EL](2008/11/17 00:28)
[19] ズレ[EL](2008/11/22 13:47)
[20] 小さな救い[EL](2008/11/24 20:54)
[21] 次の一手[EL](2009/01/03 01:23)
[22] 怖れるモノ[EL](2009/01/25 02:22)
[23] 四次試験 一日目[EL](2009/02/08 00:28)
[24] 四次試験 二日目[EL](2009/02/13 12:16)
[25] 四次試験 二日目 ②[EL](2009/02/16 13:32)
[26] 四次試験終了 最終試験へ[EL](2009/02/19 10:16)
[27] 試験終了[EL](2009/02/23 13:34)
[28] 首狩り公爵[EL](2009/05/16 22:26)
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[3597] アゼリアの激怒
Name: EL◆8dda00b7 ID:cbded637 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/07/31 18:47
 ヨークシンシティは世界に名だたる大都市だが、郊外に行くと驚くほど開発が進んでいない地域に出る。
 この地域はもともと土地の痩せた岩石地帯であったので、町から出れば今も舗装された道路がある以外はその姿を保っている。
 私は変わり映えのない景色から視線を戻し、隣でそわそわと落ち着かない様子のハルカを見て苦笑した。

「今日は朝からすまなかったな、スミス。頼めそうなのが君しかいなくてね」
「いやー、自分なんかで良ければいつでも呼び出してくれて構わないっすよ、クエンティさん。ちょうど今日は仕事もなかったですしね。そちらのお嬢さんはお友達っすか?」
「ああ、まぁそんなところだ」

 今私たちは組の構成員であるスミスの運転する車に乗って移動中だ。
 ハルカはいかにもといった強面のスミスを最初怖がっていたが、口を開けばやたらと気さくなスミスにもう慣れたようだった。最初に小声で「マトリックスのスミスだわ……」と言っていたが、マトリックスとは何だろう。
 ちなみに私は運転が出来ない。金がなくて教習所に行ったこともないからだ。

「そういえばこないだの持ち逃げ事件のその後の話、もう聞いたっすか? なんかボスは機嫌がやたら悪かったらしくて……ほら、あの、最近勢力を伸ばしてきた、ノストラード(ファミリー)ってあるじゃないすか。あそこのボスととにかく仲が悪くって、オークションのあとずっと怒鳴ってたらしいっす。そんなところにあの事件だから、なんとか金を取り戻せたけど、カーティスさんも凄い怒られたみたいで、結局今謹慎させられているらしいっすよ」
「いつもいつも、ずいぶんと耳が良いな。感心するよ」
「いやー、そうでもないっすよ~」

 スミスは照れたような声を出した。
 彼は念能力者以外の武闘派構成員の中では上に位置するが、それでも組の上層部の情報をいつも仕入れてこれるような立場ではない。どういうコネを持っているのだろうか。実は結構な人脈を持っているのかもしれない。
 だが部外者も一緒にいる時にそんな話をペラペラするか、普通……口の軽さも一級品らしかった。
 それにしても、あの男が謹慎させられているか。いい気味だ。それにその分ならしばらくは仕事が回ってくることもないかもしれない。ありがたい限りだった。

「ま、ちょっとした休暇だとでも思うかな」
「休暇ですか? いいっすね、自分もどこか旅行でも行きたいっす……と、ところでクエンティさんっ! もしよろしければ、今度食事でもいかがっすか!?」
「ん、そうだな。奢りなら考えておこう」
「ほ、本当っすか!? そ、それじゃあ、おいしいイタリアンが新しくオープンするっていう話なんで、そこへ―――」
「――-ああ、着いたようだな。すまない、スミス。ちょっと待っててくれ。その話はまた後で」

 話を中断されたからか、スミスは妙にガッカリしていた。
 しばらく車で待っていてくれるように告げて、ハルカと共に降りる。
 降り際に何故かハルカが呆れたような、非難するような視線を向けてきた。何故だろう。





 ロームタウンというこの町は、さして大きくもなく、しかし寂れているわけでもない、どこにでもあるような町だった。
 スミスには車で待っていてもらって、私とハルカは町のほうへ歩き出す。郊外があまり開発されていないのはどこも変わらず、岩石地帯との境目も少し曖昧なくらいだ。
 町の入口と思われる、タイル敷きの道路が始まったあたりで立ち止まった。

「さて、ハルカ。君に修行をつけてやるということだったな」
「待ってましたー!! 何からやるの、アゼリア!? 「練」? 「絶」? それとも「凝」かしら!?」
「いや、どれでもない」

 私は持ってきた小さな袋をハルカに手渡した。
 ハルカは中を見て、顔中にはてなマークを浮かべている。まぁ、そういう訓練を期待してきたなら無理もないだろう。
 中に入れておいたのは、カロリーメイト二食分と、スポーツ飲料の入ったペットボトルが二本だけだ。

「……? これ、どうしろっていうの、アゼリア?」
「なに、単純な話だ。ここからヨークシンシティまでは大体五十キロくらいだな。だから頑張って走って帰って来い。それは食事と飲み物」
「は……」

 その時のハルカの表情は、ちょっと面白かった。
 タイトルを付けるなら、唖然茫然と言ったところだろうか。それ以外に表現しようのない表情で固まっていたハルカは、次第に状況が飲み込めてきたのか、ふつふつとその顔に怒りの色を混ぜていった。
 ……まぁ、ハルカの期待していた修行とは違うだろうからな。

「だ、騙したわね、アゼリア!! 何よ、これのどこが修行よ!!」
「言っただろう、ハルカ。私の指示には従ってもらう、と。はっきり言って、今の君に念の修行なんか必要ない。まずは体力をつけろ。話はそれからだ」

 もともとの体力がないのでは、念の修行なんていくらやったところでタカが知れている。というよりも非効率だ。
 ハンター試験に受かりたいというのなら―――与えた課題を全部こなしても一発で受かるとは全く思っていないのだが―――五十キロくらいはあっさりと走ってもらわなければお話しにならない。

「まぁ、どんなゆっくり来ても半日あればヨークシンまで着くだろう。目標タイムはとりあえず五時間だ。じゃあ頑張れ。待ってても迎えにはいかないからな。ああ、それと「纏」はなるべく解かないように」
「アゼリアの馬鹿―! 鬼教官!! こんな死の行進(デスマーチ)をどうやってうら若き乙女にやれっていうのよ!! 変態!! シスコン!!」

 ハルカの子供のような罵詈雑言を背に受けながら、私は車に乗り込んだ。
 車の中では何故かスミスが人差し指を突き合わせていじけていた。キモい。

「おい、スミス」
「いいんすいいんす、自分なんか……ってあれ、クエンティさん? もう終わったんすか? さっきのお友達は?」
「いや、用事はとりあえず終わった。ヨークシンに戻ってくれるか?」
「あ、了解っす。シートベルトしてくださいね、クエンティさん」
「……スミス、そのクエンティさんというのは止めないか? 私の方がずっと年下なんだし。私のことはアゼリアで構わないぞ」
「ほ、本当っすか!? ア、アゼ、アゼリアさんっ!!」
「……まあ、それでかまわないか」

 本当はさん付けも止めてほしいんだが、とりあえず今はこれでいいかと思う。
 しかしさっきまでいじけていたのに、何故か今は凄い嬉しそうだ。鼻歌でも歌いださんばかりの陽気さだ。躁病の気でもひょっとしてあるのだろうか。それとも単純に疲れているのか?
 心の中でそんな心配をしているうちに、車は発進した。
 バックミラーには、今も怒鳴り続けているハルカの姿が映っていた。





「おーい、てめえら、さっさと運んじまうぞ! 昼前にここを片付けちまうからな!」
『うっす!!』
「野郎ども、そこの姉ちゃんを見習えよ! さっきから一番手際いいじゃねーか! こんな細っこい体で、女ながらすげー奴だ!」
『姐さん、学ばせていただきやす!!』
「……好きにしてくれ」

 なんていうか、労働現場っていうのはこんな感じなのだろうか? ずいぶん前に知り合いに見せられた、ジパングのマフィアの『極道』を描いた映画がこんな感じだった気がする。
 マフィアのボディーガードでもやっていそうな、顔が傷だらけで筋骨隆々の作業監督の下、男たちが作業を始める。私もそれに倣い労働を開始した。土嚢を担いで移動させていく。労働の汗が心地いい。殺し屋なんかやってると心の底からそう感じた。今、私は、間違いなく健全な市民の生活をしている!!
 何故私がこんなことをしているのかというと、アルバイトだ。エンゲル係数とか雑費が跳ね上がりそうな家計の現状を鑑みて、急遽アルバイトを入れてもらったのである。
 私はいつ本業の方が入るかわからないので、定期的なバイトを入れるわけにはいかない。しかもお金はすぐに必要になるので、日雇いのバイトを探すしかない。そうなると必然的に力仕事というか、作業現場のようなところでのバイトを取るしかなくなってしまうのだった。ちなみに日給は安い。まぁ、体を鍛えることも出来て一石二鳥なので不満はないが。
 実際の力はどうあれ、見た目がまだ小娘の私を飛び入りで雇ってくれる作業現場などあまりなく、仕事を見つけるのも一苦労だ。ちなみに今日はヨークシン郊外のビル建設現場である。

 以前はウェイトレスなどのバイトをしたこともあり、その時はすんなりと仕事に就くことが出来たのだが、すぐにクビになってしまった。
 カプチーノだのフラペチーノだのエスプレッソだの、種類が多すぎて判らなくなった。そもそもどんな違いがあるのだろう。
 注文を受けたときに何を頼まれたか覚えきれず、とりあえずコーラを持って行ったら客に怒鳴られたことがあった。「俺が頼んだのはダージリンだ!」と言われたので、「飲めればなんでも構わないだろう」とつい漏らしてしまい、その日のうちにクビになった。失態だ。

 まぁ、正直周りに気を使わないでいいこういう仕事のほうが私としてはやりやすい。作業に打ち込めばいいのだから煩わしい人間関係もないし、一度打ち解けてしまえばみんないい人たちばかりだ。
 平和だなぁ、とか考えながら土嚢を黙々と運び続けた。

「うおおお、姐さん、土嚢を一気に十袋も運んでやがる!」
「すげえ、あの細い体になんつーパワーだ!!」
「ゴリラに育てられたんじゃねーのか!?」
「俺、感動しちまった! あの人に一生ついて行くよ」
「てめえ、抜け駆けするんじゃねーぞ!!」
「……」

 ……まぁ、念能力者ですから。





「よーし、休憩だてめーら!」
『押忍!! お疲れ様でしたー!!』

 時刻は午後の三時過ぎ。作業に一区切りがついた私たちは遅めの昼ごはんとなった。
 アルバイトのいいところは、まかないが出ることだ。ご飯付き。食費が浮く。ああ、なんて素晴らしい響きだろうか。
 作業を始めるときは、なんでこんな小娘が、といった視線を向けてきた男性方も、今ではすっかり好意的だ。あちらこちらから食事を一緒にしようというお誘いを受けて、適当なグループに混ぜてもらいまかないの弁当を突っついた。

 そういえばハルカは今どうしているだろうか。話に適当に相槌を打ちながら、意識をそちらに傾けた。
 今回の修行に当たってハルカに渡した袋の中には、少しだけオーラを通した空気を入れておいた。「大気の精霊(スカイハイ)」で操作できる大気は「円」の効果も持つ。だからハルカのいる位置は手に取るように判った。どうしても帰ってこれないようなら迎えに行くつもりである。
 ……なんだ、まだ二十キロも進んでないのか。舗装された道路沿いにまっすぐ進んでくるだけだから、迷う筈はないのだが。

「……このままじゃ夜になってもつかないぞ?」
「ん? なんか言ったかねーちゃん」
「あー、いえ、なんでもないです監督」

 二メートル近い大男の監督は本当にムキムキで威圧感のある人だった。もともとはどこかのマフィアにいたのかもしれない。冗談じゃなく。まぁどうでもいい話だが。

 私が今回ハルカにランニングをさせている目的は二つある。
 一つは単純に体力・筋力をつけること。生命エネルギーであるオーラはその者の肉体的な強さに大きく影響される。いくらオーラの扱いに習熟したところで、根本的にオーラの量の成長が遅いのでは非効率な訓練にしかならない。さらには元々の肉体が脆弱では、いくらオーラで強化したところで大したレベルにはならないのだ。
 二つ目は「纏」に慣れさせること。ハルカの「纏」は決してうまいとは言えず、ところどころ揺らぐような不安定さがある。ちょっと気を抜けば「纏」が解けてしまうこともあるだろう。それでは念の使い手としてお話にならない。まずは意識せずとも「纏」を維持出来るようになること。「纏」こそが念能力の全ての基礎となっていくのだから。ランニングで体力が削られた状態でも「纏」が出来るようになれば、ひとまずは第一段階突破といえるだろう。
 まぁ、それはあくまで最低条件だ。そこまで辿り着くのにハルカはどれくらいの時間がかかるのか判らないが、ハンター試験合格を目指すのならば、その後もやるべきことは数多い。
 そもそもまだハルカの言うことが嘘や妄想ではないと証明されたわけではないのだが、少なくともハンター試験という目標があればそれまでの間は馬鹿なことは言わないだろう。旅団とかゾルディックとか。そういう意味でも安心だ。

「おーし、てめーら、作業を再開するぞー!!」

 監督の野太い声で意識が戻された。
 バイト終了まであと二時間。さて、もうひと頑張りしますか。





「それじゃあ、お先に失礼します」
「おお、また来いよ!! ねーちゃんならいつでも雇ってやるぜ!! うちの野郎どももいつもより働きやがったしな!!」
『姐さん、お疲れさまでした!! 一同で見送らせていただきやす!!』
「あ、ああ、ありがとう」

 最後まで変わった作業現場だった。ひょっとすると監督だけじゃなく作業員たちまでマフィア崩れなのかもしれない。まぁいい人たちだから一向に構わないが。
 懐にしまった七千ジェニーが暖かい。朝の十時から午後六時まで、一時間の休憩を挟んでまかない付きでこの給料は悪くない。飛び入りのバイトにしては結構当たりだった。監督が色をつけてくれたということもあるが。
 これで何とかハルカが使った分は埋められそうだ。頑張って節約すれば貯金にも少しは回せるかもしれない。あの現場は次からも雇ってくれそうだし、今日はいい一日で終わりそうだった。
 ちなみに家までは歩きである。さすがにこんなことにまでスミスを呼び出すのは悪いし、タクシーなんて論外だ。倹約万歳。

「そういえば、ハルカはどの辺まで来たかな?」

 ハルカを置いてきてからもう九時間くらい経つ。
 たとえずっと歩いてきてもそろそろヨークシンの近くくらいまでは来ていておかしく無い筈だが、ハルカのことだからどこかで疲れて座り込んでいるかもしれない。
 別れた時はああ言ったが、流石に本当に放置するのはかわいそうだし、あんまり遅いようだったら迎えに行こうと思っている。
 さて、どのくらい頑張ったかなと意識を「円」の方に傾けた。

「……なんだ、これは?」

 ハルカはもうヨークシンシティに入っていた。
 私の家までも残り三キロくらいしかない。
 だが、おかしい。
 ハルカが走っているにしては、移動が速すぎる。

「……まさか、あいつ……!!」

 ロフトまでは残り五キロほど。
 本気を出して走れば間に合うかもしれない。
 私は周りに人影があまりないことを確認すると、足にオーラを込めて飛び上がった。





「はい、それじゃあ七千ジェニーだよ、お譲ちゃん」
「あ、ちょっと待ってくれますか? 今お金持ってきますから」

 車から降りて、私はロフトの中に入っていった。
 ロフトの鍵は複製をアゼリアから貰っている。部屋の電気が消されたままなことを確認して、アゼリアはまだ帰ってきてないと知りほっとした。

 今日一日、本当にひどい目にあった。
 アゼリアは修行をつけてくれると言っていたのに、遠く離れたところで食事―――しかもカロリーメイト!!――-と飲み物だけ渡してさっさと帰ってしまった。岩石地帯に行くから、てっきりゴンやキルアがやったような穴掘りとか石割りとか、そういう修行をやらせてくれるのかとも思って期待していたのに……!! こんな女の子にいきなり五十キロ走って帰ってこいだなんて頭がおかしいんじゃないだろうか。アゼリアの前世はきっと鬼の軍曹とかで、新兵に向かって「口を開く前と後にSirと言え!」とか命令して恐れられていたに違いない。そういえば化粧もしなけりゃ食事も適当だし、髪も適当に縛ってるだけだし、アゼリアが女っぽいところなんて全然見ない。あのやたらと立派な胸がなければ女だって判らないんじゃないだろうか……少し話がずれた。
 ともかく私はそんな苛めかと思うような試練を健気にもこなそうとしたが、やはりいきなりそんなこと出来るわけがないのだ。無理だ無理。そもそもこんな訓練をやっても効率悪いに決まっている。「練」の修行でもした方が絶対に強くなれる筈だ。早く「堅」を三時間くらい軽くできるようになりたいものだ。
 そんな訳で、冷静な判断と的確な思考でこの修行の無意味さを悟った私は、歩き始めて六時間くらい経った頃考えた。もう足は棒のようだ。持たされたスポーツドリンクはもうとっくに空っぽだし、結局お昼にカロリーメイトを食べたけど、あんな食事でお腹がいっぱいになるわけがない。お腹減った。ああ、この間のストロベリーパフェを食べたい!! しかしこのままでは陽が暮れて野宿することになってしまう。それは嫌だ。最近は結構冷え込むみたいだし、そもそも不潔だ。汗もたっぷりかいているから、シャワーを浴びてさっぱりしたい。けれどアゼリアは迎えには来ないなんてとんでもないことを言い残していったから、このままでは路上生活者の仲間入りすることは請け合いだ。
 そんなとき、神はやはり私を見捨てていなかった。
 街道の向こうから走ってくる一つの影。それは文明が生み出した鉄の馬。金次第で仕事をこなす仕事人。そう、タクシー!!
 もう迷わずに手を挙げてタクシーを止めたね。
 アゼリアは朝来るとき、あのエージェントスミスそっくりの男と食事に行く約束をしていたみたいだから、今日は帰るのが遅いだろう。私がこんなに辛いのにイタリアンで優雅にお食事だなんて、タクシー代を持ってもらうくらいは許されるはずだ。アゼリアは殺し屋らしいからお金を結構持ってるだろうし。

 そんな訳でロフトまで何とか帰ってこれた私は部屋の中でお金を探しているというわけだ。
 アゼリアはとにかく無頓着な性格みたいなので、部屋の中には驚くほど物が少ない。探すところは少ないのだからすぐに見つかるだろう。
 タンスの中―――アゼリアは服も全然持ってない。パンツタイプのスーツが一着、着替えのワイシャツが三着と、色気もなにもない下着がいくつか。
 本棚―――本も全然ない。仕事関係だろうか? ファイルに纏められた書類が置かれているだけで、探すほどのスペースすらなかった。
 厨房―――あるものといえば、買いこまれたカロリーメイトとカップラーメン。先日私の諫言で少しだけまともな食材を買ったようだが、他には何もない。

「……あるぇ~?」

 おかしいな、見つからないぞ?
 他にも寝室やバスルームも見てみたが、お金を見つけることは出来なかった。
 それに比例して私の焦りも募っていった。
 ま、まずい……! アゼリアはまだしばらく帰ってこないと思うけど、いつまでもロフトの前にタクシーがいるのはマズイ。それにこれ以上待たせて、運転手さんに文句を言われても困る。
 ひとまずちょっと言いくるめて待って貰うべきだと思い、ロフトを出てタクシーに駆け寄った。

「あ、あの、すいません……今帰ってみたら部屋の中が荒らされていて、泥棒が入ったみたいでお金がなくなっていたんです……後日きっと払いに行きますので、今日のところは待っていただけないでしょうか……」
「……ほう、泥棒が、ねえ。私もその話を詳しく聞きたいな……」

 さーっと、血の気が引いていくようだった。
 静かな通りに凛と力強いその声はよく響く。
 思わず振り返ると、風を纏いながら空を駆けたアゼリアが軽やかに着地するところだった。

「で、これはどういうことだ、ハルカ」

 アゼリアの視線は、始めてみるほど冷たいものだった……





 私は今、リビングの地面に正坐させられている。
 部屋の内装なんか無頓着なアゼリアが上等なカーペットなど敷いているはずがなく、薄くて硬いカーペットが申し訳程度に敷かれているだけだ。疲れ切った足にはとても辛い。ていうか早くシャワー浴びたいな……
 しかし、空気の読める女な私は今この状況でシャワー室に行こうだなんて思えなかった。なんせ目の前にはアゼリアがいるのだから。
 ソファーがまるで玉座であるかのように悠然と座っている。その姿に気圧されてしまうのはこちらに負い目があるからだろうか。
 アゼリアは何も言わない。ただコップの水を傾けながら、こちらを眺めている。その視線は冷たくて、無表情に近い。何も言わないからこそ余計に彼女が怒っていると判る。精孔が開かれて見えるようになったアゼリアのオーラは歪に揺らいで、私怒っていますと主張しているようだった。ああ、コップの水がどんどん黒く変色していく。アゼリアって放出系だったんだ……大雑把な所は確かに放出系っぽいけど。

「……で」

 居たたまれない空気が作られて既に何分経っただろうか。個人的にはもう一時間くらい経ったような気がしたけど、本当はまだ数分しか経っていないのかもしれない。

「私は、走って帰って来いと指示した筈だな? だというのに、何故君はタクシーなんか使っているんだ?」

 ちなみにタクシーの金はアゼリアが払ってくれた。

「ぅ……だ、だって、五十キロよ、五十キロ! 女の子がマラソンする距離じゃないでしょ!! 帰ってくるのに何日もかかっちゃうわよ!」
「五十キロくらい走れないでハンター試験に受かると思ったのか?」
「ぅ……」

 それを言われると辛い。原作のハンター試験の一次試験はマラソンで、八十キロの段階でようやく脱落者一名というレベルの高さだったのだ。

「それに私は言ったな? お金を無駄使いするなと。タクシーを使ってくるなんてどういうつもりだ?」
「な、なによ、アゼリアって殺し屋なんだからお金たくさん貰ってるはずでしょ! 七千ジェニーくらい、どうってことないじゃない!!」
「……なんだと?」

 ぴくっとアゼリアの眉が釣り上った。オーラは先ほどよりもさらに猛り、そのくせ無表情なのが怖い。怖すぎる。
 がたっと音を立てて立ち上がったアゼリアにびくっと竦んでしまったが、アゼリアは本棚の先ほど見たファイルを掴むと、中から封筒を持ってきた。

「これが、いまうちにある全財産だ!」

 開かれた封筒。机の上にばら撒かれる中身。合計四百二十ジェニー。
 むしろ私の方が唖然としてしまった。

「ぇ……なに、冗談?」
「冗談でもなければ金を隠している訳でもない! うちは今、本当に金がないんだ!! だから今日私はアルバイトに行っていたというのに、その給料も君がタクシーなんか使ったせいでパーだ!! いいか、金を稼ぐっていうのは君が考えているほど簡単なことじゃないんだぞ!! 金っていうのは人の命くらい重いんだ!!それを、考えなしに君は……!!」
「な、なによ! アゼリア何にそんなお金を使っているっていうのよ!! 食事は適当、服は持ってない、家具も何も無い!」
「私には私の事情がある!! それに今私にお金があるかどうかはとりあえずいい! 問題は、何故君は私の言ったことを一つも守らず、修行も途中でさぼっているのかということだ!! 本当にやる気があるのか!? ハンターになろうなんて口先だけだろう!! そんな程度の覚悟なら時間の無駄だっ! 今すぐ止めてしまえ、半端者め!!」

 流石に、言われっぱなしでちょっとカチンと来た。
 確かにお金を勝手に使っちゃったのは悪かったかもしれないが、なんでこんなことを言われなきゃいけないんだろう。
 そもそも私がハンター試験を受けるかどうかなんて、アゼリアには本来関係ないことだろうに、偉そうに……!!

「なんであんたにそんなこと言われなきゃならないのよ!! 私がハンター試験を受けようと受けまいと私の勝手でしょ!! あんたに許可貰う必要なんかないわ!!」
「大いに関係ある!! 私は君をちゃんと家に帰すって誓ったんだ! そんなむざむざ死にに行かせるわけにはいかない!!」
「死なないわよ! ハンター試験、私が受けるときはきっと受かるって判っているのよ!!」

 なんせ試験の内容から参加者の情報までほとんど知っているのだ。
 ちゃんと対策を練れば落ちる筈がない。

「いい加減目を覚ませ!! 君は自分の言っていることがどれほど滑稽なのか判っているのか! 根拠のない自信はただの妄想だ! そんなもの捨ててしまえ!!」

 だというのに、もの判りの悪いアゼリアはこんなことを言ってくる。
 なんだっていうのか! 偉そうに、人の保護者面して……!! 私のことを妹の代わりとでも見ているくせに……!!

「うるさいっ!! どうせあんたたちなんてマンガの中のキャラクターなんでしょ!! 偉そうなこと言うなっ!!!」





 世界が、凍りついたようだった。
 物音一つしない。通りの方から僅かに届く音がなければ、時間が止まったのだと錯覚するほどの静寂。
 アゼリアは動かない。俯いたまま言葉一つ発しない。表情も見えない。あれほど猛っていたオーラが、今はまるで風一つない湖面のように静かだった。

 言ってからしまったと思った。売り言葉に買い言葉とはいえ、流石に言いすぎたかもしれない。
 一秒でも早く逃げ出したくなるこの空気を壊そうと、私はなんとか笑い顔を作ろうとした。

「な、なーんてね、あは、あはははは……」

 笑い声は空しく虚空に消えていった。

 部屋は再び静寂に包まれる。
 だからこそ、小さなその一言ははっきりと私の耳まで届いた。

「ふざけるな……」

 地獄の底から響くような、暗い怒りに包まれた声を聞いて、私はひゅっと短く息を呑んだ。
 怒鳴られているわけでもないのに、今まで聞いたどんな声よりも、怖い。

「ふざけるなぁっ!!! お前は私のことを、私たちのことを、そんな風に考えていたわけかっ!! この世界はマンガの世界だから何をしても許されると!? 私たちはマンガのキャラクターだから、迷惑をかけても構わないと!? 冗談じゃない!! 私たちはこの世界で、必死に生きているんだ!! それを、お前はっ……!!」
「あ、あの、べ、別に私はそんなわけじゃなくて……!!」

 アゼリアは本気で怒っていた。
 最初に出会った日、あのときは我を忘れて怒っているという感じだったが、今は理性で、心の底から怒っていると判った。

「きゃっ!!」

 突然、アゼリアは「何か」をこちらに向けて投げつけた。
 咄嗟に身を竦めてしまうが、体に当たったそれは驚くほど軽い。
 床に落ちたそれを恐る恐る見てみると、通帳だった。

「もういいっ!! お前の妄言なんてもう聞き飽きた!! それは手切れ金だっ! 五万ジェニーある!! それを持って出て行け!! 勝手に一人で、旅団でもゾルディック家でも好きな所へ行くがいい!!」

 アゼリアがそう言い捨てると、部屋の中だというのに急に突風が吹きだした。
 立っていることはおろか、その場に留まることすらできないような暴風。
 そのまま吹き飛ばされるような感じで、ロフトのドアを破って飛び出した。

「い、いったぁ……」

 コンクリートの地面が痛い。
 派手に尻もちついた私の上に、先日買ってもらった服が追い打ちをかけるように降ってくる。
 そして大きな音を立てて、乱暴にドアは閉じられた。

「う……」

 がちゃっと、乱暴な音を立てて鍵が下される。
 窓もカーテンが閉められて部屋の中をうかがうことは出来ない。
 こうして、通りは再び静けさを取り戻した。
 
「……なによ」

 服と通帳を乱暴に引っ掴んで立ち上がる。
 意匠の凝った黒のゴシックロリータがなんとなく惨めだった。

「なによ!! こっちこそあんたのことなんかもううんざりよ!! 私はクロロ君たちに会いに行くわ!! 二度とこんなところに来るもんか!!」

 言いすぎたかもしれない、なんていう後悔はもうなかった。
 冷え込んできた秋風も、怒りに火照った体にはちょうどいい。
 私は一度も振り返ることなく、夜の街へと消えていった。










〈後書き〉

……ハルカはダメな子にするつもりはあっても、ここまで嫌な奴にするつもりはなかったのに……不思議だなぁ。
でもアゼリアがブチ切れる回は絶対に入れようと考えていたので、書いてて楽しかったです。
空想と現実を混ぜてしまうことの危険性。まぁハルカは基本その場の感情で動く面があるので、いつもアゼリアのことを「マンガのキャラだし」なんて考えていたわけではありません。どっちかっていうと売り言葉に買い言葉。その場で勢いに任せて言った言葉です。言っていいことと悪いことの区別がついてないっていう点でダメなことは変わりませんが。
それではまた次の更新の時に。


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