私の家は、それなりに裕福だったと思う。何故「思う」かというと、私はその時まだ幼くて家計の実態をよく知らなかったからだ。
お父さんはヨークシンであまり大きいとは言えないが会社を経営していた。部下の人からは社長と呼ばれて親しまれていたし、月に一回は外で美味しいものを食べに私とヴィオレッタを連れていってくれた。
お母さんはとてもきれいで優しくて、でも悪いことをしたときは厳しくなる人だった。私とヴィオレッタが喧嘩をしたときも、ちゃんと二人の言い分を聞いて仲直りをさせようとしていた。お姉ちゃんなんだから我慢しなさい、なんて言われたことは一度もない。
私とヴィオレッタはお父さんとお母さんが大好きだった。お母さんは私たちの理想だったし、将来はお父さんのお嫁さんになると言って喧嘩をしたこともある。だからきっと、私の家族は幸せだったのだろう。
ある日のことだった。私が七歳になってすぐのことだったと思う。
私は学校の友達に誘われて遊園地に行くことになった。その前日は楽しみで眠れなかったし、数日前からずっとパンフレットを見て回るコースを考えていた。
それを見たヴィオレッタが、お姉ちゃんズルイ、と言ったのが始まりだった。
しばらく言い争いの喧嘩になって、お母さんが、それじゃあヴィオレッタはお父さんとお母さんと美味しいもの食べにいこうか、って言ったんだった。
私はそれを聞くとヴィオレッタの方がうらやましくなってしまったんだけど、遊園地も楽しそうだったし、それに私はお姉ちゃんだったから、我慢しようと思った。
それで、その日がやってきた。
私は友達と一緒に遊園地へ、ヴィオレッタはお父さんとお母さんと食事へ。
―――このとき、もしも私が遊園地に行かなかったなら、運命は違ったんじゃないかと何度も思った。
楽しい一日だった。天気は良かったし、ソフトクリームは冷たくて美味しいし、ジェットコースターはとても速くて気持ちよかった。お化け屋敷で怖くて泣きだしたのは、友達よりも私の方が先だったらしいが。
それで遊園地から帰るとき、ヴィオレッタのお土産に、貯めておいたお小遣いでぬいぐるみを買ったんだ。その遊園地のマスコットキャラのクマのぬいぐるみだった。
遊び疲れて、帰りの車の中では友達と一緒に寝てしまった。私の家の前に着いた時には、もう夜になっていたと思う。
家の中に入ろうとしたら、知らないおじさんに声をかけられた。
―――アゼリア・クエンティちゃんだね? お父さんとお母さんが事故に逢って、病院にいるんだ。急いでおじさんと一緒に来てくれるかな?
それからのことはよく覚えていない。
病院について、お父さんとお母さんの顔の上に白い布が掛けられているのを見たとき、力が全部抜けてしまったような気がする。
後で聞いた話だが、二人は即死だったらしい。
交差点を曲がろうとしたとき、正面から居眠り運転のトラックが突っ込んできた。
それで病院に着く前にもう息を引き取っていたという。
ヴィオレッタに私が会ったのはその翌日だった。
パッと見たとき、ヴィオレッタに怪我があるようには見えなかった。細い手足も、可愛らしい顔も、家を出る時に見たままで、ただ眠っているように見えた。
だが、違った。
医者が言うには―――その時の私には全然理解できなかったのだが―――脳に大きなダメージを負ってしまったらしい。
難しい単語ばかりが並べられてよく判らなかったのだが、一つだけ、はっきりと告げられたことがあった。
―――ヴィオレッタは、もう目を覚まさないかもしれない。
目の前が、真っ暗になったようだった。
それからしばらくの間、私はヴィオレッタの病室で何もせずに蹲っていた。
他に親類はいなかったし、何もする気が起きなかったからだ。あのクマのぬいぐるみだけを、ただギュッと抱きしめていたと思う。
だが悪いことは続くもので、数日後、お父さんの会社が倒産したという報せが入った。
お父さんはなかなかにやり手だったそうで、企業経営者としての手腕は勿論、様々な方面へのコネクションを有していて、それが会社を支えていたといっても過言ではなかったらしい。
そんなお父さんの、事故死。ショッキングな事件だっただけにマスコミは大々的に取り上げ、そんな中で部下の一人の不祥事が明るみに出てしまった。
話題の相乗効果でマスコミに大きく取り上げられたこの事実はかつてのコネクションを頼みにしても消すことはできないほどの大火事になったそうで、進行中だったプロジェクトはご破算、契約も白紙に戻り、膨大な借金を残して会社は倒産した。
何が最悪だったかって、お父さんはその会社の無限責任社員というものだったのだ。
無限責任社員とは、その社員の出資額を超えて会社の負債に対する返済義務を負うというもの……要するに、会社の借金がそのまま個人の借金になるようなものだ。
企業の借金など、一個人でどうにかできる額ではない。お父さんとかつて親交の厚かった政財界の人々は様々な方面に掛け合って金を工面してくれ、また借金の減額に尽力してくれたが、どうしても一億五千万ジェニーほどの借金が残ってしまった。
身寄りもなく、両親もいない子供にとって、その金額は絶望するに十分なものだった。
借金を返す手段のない私の前に、彼が現れたのはそんなときだった。
「ふむ、君がアゼリアですか?」
いきなり病室に入ってきたまだ二十歳くらいの男は、無遠慮に私を眺めた。
「少々痩せすぎな気もしますが、まぁあの方の好みには当てはまるでしょうね。これならばそれなりに高値で売れそうです」
「……おじさん、だれ?」
「ああ、しかし口のきき方を知らない馬鹿で礼儀知らずの糞餓鬼だったようですね。こんな小娘をあの方にお売りして、組のイメージが下がりやしないかと心配ですが、まぁそれは調教次第でどうにかなるでしょう。いいですか、私はまだ十九歳。おじさんなどと呼ばれる年ではありません。呼ぶならお兄さん、です。次に間違えたらその指の爪を剥がしますよ?」
「あ……お、おにいさん……」
本能的に、この人は怖い人だと判った。
「よろしい。私はカーティス、ボルフィード組の未来の幹部です。今日はあなた方のお父さん、アルフォンス・クエンティさんの残した借金について相談……というか回収に来たんですよ」
「かいしゅう……?」
「そうです。私たちはあなた方のお父さんの残した資産……すなわち銀行預金、土地と家の権利書、生命保険などは既に回収させていただきましたが、未だ一億五千万ジェニーほどの借金が残されています。そこで、今日は残された最後の資産を回収しに来たわけです」
カーティスと名乗った男は、にんまりと笑った。
頬が裂けてしまいそうな、不吉で不気味な笑みだった。
「すなわち、彼の娘であるあなたたちです。幸い私たちにはあなた方を金にするちょうどいい宛てがありましてね。幼児性愛……おっと、高尚な趣味をお持ちの富豪の方とのコネがありまして、ちょうどあなたくらいの年の少女を召使にほしいと仰っているのですよ。ああ、別に心配しなくていいですよ。仕事といえば料理、洗濯などの家事一般、それとこちらの方がメインかもしれませんが、夜のご奉仕だけですから……まだ意味が判らないですかね、くくくくく……」
背中がぞわぞわと、総毛だった。
この人、怖い……
「しかしこちらの妹さんは……残念ながらあの方には売れないですね。彼は動きのある活きのいい子どもが好きですから。まぁ、それでも構いません。子供用の臓器は少ないので高く売れますからね。それに、取れるものを取ったら剥製にしてしまえば、買い取る人がいるかもしれません。なんでしたら今度のオークションにでも出してみますかね……とりあえず、そんな感じで、概算では借金返済にギリギリ届くと言ったところでしょうか。まぁ少し足りなくなるかもしれませんが、ボスも多少は仕方がないと仰っています。寛大なボスでよかったですねぇ、お嬢さん?」
けれどその話を聞いた時、怖いという感情すら、吹き飛んでしまった。
「ま、待って……!! そんなことしたら、ヴィオレッタ、死んじゃう……!!」
「あたりまえでしょう? 残されたものがその命しかないのなら、命を金に換える。それが世の常識です。大体彼女は回復の見込みはないのでしょう? でしたら、生かしておいても無駄じゃないですか。入院代がかさむだけですよ」
「そんなことない……! そんなことないよ!! ヴィオレッタは、きっといつか起きてくれる!!」
「まあ、そういう可能性もあるかもしれませんがね。重要なのは、私たちに彼女が起きるいつかを待たねばならない義理はないということです。大丈夫、あなたは死ぬわけじゃないのですから。生きていれば、いいこともありますよ、くくくくく……」
頭を巨大なハンマーで殴られたようだった。
ヴィオレッタが、死ぬ? 殺される? いなくなる? 私の、最後の家族が……私に最後に残された、宝物が……
「そんなわけで、あなたは私と来てください。あの方にお会いして、お眼鏡に叶うかどうか見ていただかねばなりませんからね」
その時、その言葉が出たのは天啓だったのだろうか。悪魔の奸智だったのだろうか。
私は咄嗟に思いついた言葉を、迷うことなく口にしていた。
「私が稼ぐ!!」
「……はい? なんですって?」
「私が、ヴィオレッタの分まで、お金を稼ぐ! だから、殺さないで!! ヴィオレッタを殺さないで!!」
カーティスは呆気にとられた顔をしていたが、すぐに皮肉気で、陰湿で、不吉な笑みを浮かべた。
「くっくっく……何も持たず、何もできない、ただの小娘のあなたに何ができるというのですか?」
「わ、判らないけど……頑張るから! なんでもやるから!!」
「はっ……馬鹿な小娘のたわごとでしかないですね。あなたが考えているよりも、金を稼ぐというのはずっとずっと難しいのですよ。何気なく食べているパンを一斤買うこともできない人々がどれほどいるか、あなたに判りますか?」
その言葉は、一言一言が毒のように私の胸に染みわたっていく。
胸が締め付けられるように痛くって、鼻の先が熱くなるようで、目から涙が零れそうだったけど、必死に目の前の男を睨みつけた。そうすることしか出来なかった。
カーティスは嘲りの表情を崩さずに私を眺めていたが、決して目を逸らそうとしない私を、いつしか面白い物を見る目で見ていた。
「……ですが、そのあなたの意志は買いましょう。ちょうど、私が上を目指すのに駒は必要だったのですよ。いいでしょう、ボスには私から言ってみましょう。ですが、ルールがありますよ……」
組織に逆らうな。
私の命令に逆らうな。
命に代えても仕事を成し遂げろ。
―――さもなければ、お前は売り飛ばして、妹は死ぬぞ。
否という気はなかった。
そうして私はボルフィード組に引き取られた。殺し屋となるために。
引き取られたその日に、念を無理やり覚えさせられた。
「纏」が出来ず、倒れ、半日の間生死を彷徨って、ようやく覚えた。
いろいろな訓練をさせられた。ナイフの使い方、銃器の使い方、毒物への耐性、自分を弱く見せる方法。尾行術、格闘術、拷問術。罠の作り方、見分け方。
そして、八歳の誕生日。
私は初めて人を殺し、ただの少女に戻ることは出来なくなった……
任務に失敗すれば、ヴィオレッタが死ぬ。
けど、私が死んでも、ヴィオレッタを守ってくれる人はいない。
死ねないという恐怖はあまりに大きく、私は死に物狂いで修行を続け、生き延びてきた。
権力に固執したカーティスは手柄を上げるために難しい任務をいくつも引き受けてきて、私はそれに耐えられるだけの強さが必要だった。
そうして、いつしか私は組の武闘派のトップと讃えられるようになっていた。
「だけど、それだけならまだ何とかなったんだよね……」
そう、それだけならばどうにかなった。私が金を返済し終われば、組に従わなければならない理由はない。
簡単に足抜け出来るとも思わないが、飼い主に吠えることも出来ない飼い犬ではなくなっていたはずだ。
しかし、そうはいかなかった。
私が十五歳のある日―――もうすぐ借金を返しきる、そんな時に、ヴィオレッタが病気にかかった。死に至る重い病気だった。
決して治らない病気ではない。
ただ、問題はその法外な治療費だった。
最新の設備と優れた医者を集めて手術を行えば完治の見込みがあるが、そこにかかる金は目が回るような大金だ。私にはそんな金を出す術はなかった。
ある程度の病院でもそれなりの設備と投薬治療で病気の進行を抑えることは出来る。
手術代に比べれば安価だが、それもまた大金がかかる。
そこへ、どこからその話を聞きつけたのかカーティスが話を持ちかけてきた。
妹の投薬治療の資金をファミリーが貸してやるから、組に一層の忠誠を誓え。
要するに、もうすぐ借金を返し終える私が、さらに金が必要となったことを知って、また逆らうことの出来ないように首輪を嵌めにきたということだろう。
私に提示された条件は、三つ。
ヴィオレッタはボルフィード組の管理下に入る。無許可での面会も禁じる。
組への一層の貢献が求められる。いかなる理不尽な命令でも従うこと。
これらの条件を破ったならば、組はヴィオレッタの治療費負担を止め、さらに今までの治療費をいかなる手段を使っても即時返済してもらう。
それが意味するところは明白だったが、私に選択肢はなかった。
出口のない檻の中で、私は飼い殺されるしかないのだ。
私はきっと、いずれ死ぬだろう。
こんな仕事だ。人の恨みなんて掃いて捨てるほど買っているし、仕事自体が命がけだ。
その時が明日か、十年後かは判らない。判っているのは、それが必ず来るということ。
妹の命が失われるのがいやで、代わりに数えきれないほどの人の命を奪ってきた私が、今さら死にたくないと考えるのは傲慢というものだろう。
だけど、ヴィオレッタには幸せになってほしい。
私がいなくなっても生きていけるように。眠っていた時間を埋められるくらい、楽しい人生を送ってほしい。そして出来るならば、もう一度だけでいいから私に微笑んでほしい。「お姉ちゃん」って、呼んでほしい。
それだけが、私の望みなんだから。それが叶うなら神の奇跡でも悪魔の契約でもなんでもかまわないから。
だから―――
「ねえ……目を覚ましてよ、ヴィオレッタ……」
面会禁止の時間まで、私はずっと病室でヴィオレッタの髪を梳いたり体を拭いたりして過ごしていた。
看護師さんたちも私のことは知っているので多少は融通を利かせてくれるのだが、私がヴィオレッタに出来ることは悲しくなるほど少ない。
また来るからね、と言って部屋を出るしかなかった。
「ん? おや、アゼリアちゃん、今帰りかね?」
「あ……こんにちは、パスカル先生」
パスカル先生はヴィオレッタの主治医だ。
口ひげが特徴的な年配の先生で、各地の病院にいろいろな知り合いがいるらしい。
「おお、ちょうどよかった。話したいことがあってね。いい知らせだよ」
「え、何でしょうか?」
「うん、こないだ話した梵林医大の李くんのこと、憶えているかな? 彼に掛け合って、ヴィオレッタちゃんの手術を打診してみたんだけどね。医大側は、手術費用の半額を出せれば、残りは後払いで構わないって言ってくれたよ」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、うん。アゼリアちゃんはちっちゃいときからずーっと頑張ってきたからね。先生も何とか応援したいんだ。どうかな、お金は貯まってきた?」
「いえ……まだ二千万ジェニーくらいしか……」
私がボルフィード組から貰っているお金は月に六十万ジェニー。
そこから三十万ジェニーは借金の返済に引かれて、二十五万ジェニーを手術費用のための貯金に充てている。残りの五万ジェニーが生活費だ。
ボーナスも臨時収入も全部貯金して、三年間でなんとか二千万ジェニーまで来た。
手術費用は……八千万ジェニー。半額までも、まだ遠い。
「そっか……うん、それじゃあもう一回知り合いに頼んでみるよ。早くヴィオレッタちゃんが手術を受けられるようにね。大丈夫、先生の友達には結構偉くなってる人がたくさんいるから! だから先生に任せておきなさい」
「ありがとうございます……パスカル先生……」
彼の優しさに、涙が出そうだった。
この病院の人たちは、みんな優しい。
思わず、どこまでも甘えてしまいたくなる。私が死んでも、この人たちならヴィオレッタを助けてくれるんじゃないかと思ってしまう。
けれど、それはよくない。その甘えは私を弱くする。私の心が、弱くなってしまう。
だから涙を流すことだけは堪えて、お辞儀をして背を向けた。
「また来なさいね」
まだまだ陽が暮れるのが早い季節で、病院を出てロフトに着いたときはもうあたりは暗かった。
いつものように「円」で警戒したあと、部屋に入る。以前と違うのは、そこに人が一人いて当然になったということだ。
「あ、おかえりー」
ハルカは起きていた。その身を纏うオーラは、不安定ながらも何とか「纏」が出来ている。
だが、もしかしたらまだ目覚めていないかもという心配があっただけに、ソファーで横になりながらポッキーを頬張っている姿は、ホッとする反面むかついた、なんとなく。
とりあえず、ハルカを叩いておく。丸めた新聞紙で。
「このバカ」
「い、いったーい!! な、殴ったね!? 親父にも殴られたことないのに!!」
「うるさい! 人に散々心配させておいてそれか! なんていうか、私の心配を返せ!」
「だからって頭叩くなんて! この野蛮人!! この新世界の神レベルの天才頭脳が馬鹿になったらどうしてくれるのよ!!」
「これ以上馬鹿になられてたまるか!! だが、今回のことで少しは懲りただろう?」
多少の自覚というか気まずさはあったのか、ハルカはそっぽを向いてぼそぼそと喋りだした。
「べ、べつに……今回はちょっと失敗しただけで、私が悪いっていうよりは運が悪かったっていうべきだし……」
こ、こいつ、全然懲りてない……!!
「……正座っ!!!」
「は、はいっ!!!」
流石のハルカも私の声に怒気が含まれているのを察したのか、機敏に反応した。
「いいか、今回君はあのままだとまず死んでいたんだぞ!? 念能力は、君が思ってるほど簡単なものじゃないし、危険なものだ! 気軽にやってみようなんて考えるんじゃない!! ハンター試験にしてもそうだ。星の数ほどいる受験生の中で、受かるのはほんの一握り。それがハンター試験だぞ! 落ちるだけならまだいい。だが君みたいな一般人が受けたら、下手をすれば死ぬんだ! 判ったら、もう念能力だのハンター試験だのに関わろうと考えるな!」
「う……で、でも……」
「まだ判らないか!? それじゃあ、なんでハンター試験を受けたいんだ!」
「え、だってその、やっぱ見てみたいし……そ、それに! そうよ、必要なのよ!! 私が元の世界に帰るためには、ハンターにならなきゃならないの!!」
「……なに? ちょっと、詳しく話してみろ」
その後のハルカの要領を得ない説明を纏めると、つまりこういうことらしい。
グリード・アイランドという念能力者の作ったゲームがあり、そのゲームの中で手に入るアイテムに「離脱」というものがある。
そのアイテムを使うことで元の世界に帰ることが出来ると思うのだが、このゲームはハンター専用ゲームで、プレイするためには大富豪のバッテラ氏の審査に通らなければならない。
その時にはハンターであった方が有利な筈だし、念能力の実力も必要になるから、ここで鍛えておく必要があるとのこと。
「……別に、たかがゲームだろう? その審査とやらなんて受けなくても、その辺で買ってくればいいじゃないか。いくらだ? 確かサロマデパートはまだ開いてたはずだが……」
「無理よ。一本五十八億ジェニー、販売数百本。とっくに完売」
一生かけても払える気がしなかった。
「……それは、私がクリアするってことじゃダメなのか? 一週間くらいなら、頑張れば時間を取れると思うんだが……」
「まず無理。発売されたのは十三年前だけど、未だにクリアした人は一人もいないわ」
なんだその滅茶苦茶なゲームは……
あまりの条件の厳しさに頭が痛くなってきた。
「ね? だから、私が念を覚えて、ハンター試験に通って、ゲームをクリアしないといけないのよ。私が帰るのに協力してくれるんでしょ? だから、ね。念を教えて!」
「いや、だが、しかし……」
「それとも、あの言葉は嘘だったの? ひどい!! 私との関係は遊びだったのね!!」
「……ああ、もう、判ったよ」
まぁ、もう「纏」は教えてしまったし。
知識だけは持ってるハルカのことだから、勝手に修行して下手な自信をつけて危険に飛び込んでいきそうな気がする。
生兵法は大怪我の元とも言うし、と自分を納得させた。
帰るため、と言われるとどうにも弱い。
「やったー!! さっすがアゼリア!」
「ただし、条件がある! ひとつ、私の指示にはちゃんと従うこと。ふたつ、お金は無駄遣いしないこと!」
「そのくらい全然オッケーよ! ああ、これで私の夢にまた一歩近づくのね……!!」
本当に判ってくれたのかな……と不安にならざるを得なかった。
返事だけはいつもいいハルカは、右から左に言葉が抜けていくことがしょっちゅうなのだから……
〈後書き〉
オリキャラの過去を掘り下げて書くのって、チラシの裏っぽくなっちゃわないかなー、とビクビクしながら書きました。ELです。
でも書かないことにはアゼリアの行動理由が判らないので、やっぱり入れてしまいました。ああ、早く本編まで辿り着きたい……
パスカル先生は11巻に出てきた、ネオンを診たお医者さん。名前は勝手につけてしまいました。初の原作キャラがこんな端にも程があるキャラでごめんなさい(笑)
ちなみにエル病院もネオンが運ばれていった病院です。あまり重要でない設定。
p.s.
二話で季節を「もうすぐ春」としていましたが、オークションの後だからまだ秋だったということに気づき修正しました。
オークションは秋に行われるということだけ決まっており、毎回若干開催時期が異なるというオリ設定、としておきます。まぁ、コミュニティーや開催者側にも出店の調整とかいろいろとあると思うので、お目こぼしください。