狩りにおいて重要なのは、状況だ。
地形、天候、風の向き、獲物の体調、自身の体調、彼我の実力差、一瞬の隙とそれをモノにするだけの実力。
これら全てが複雑に絡み合い、場が作られるのだ。
ならば、私が今挑む「場」はどのようなものか。
四次試験の舞台となったのはゼビル島。緑に溢れた無人島だ。
一週間の間に六点のプレートを集めることがこの試験の合格条件。
これはたとえ一度プレートを奪われても、奪い返す余地があることを意味している。
であるならば、ターゲットを焦って狙う必要などない。情報を集め、時を待つ。安全かつ確実。暗殺と同じだ。
島へ降り立つのは、三次試験をクリアした順だ。
三次試験を一位で合格した私は真っ先に島へ入り、森の中で気配を消した。
二番目にヒソカがやってくることは判っていることなので、彼に気付かれることのないように、多少森を奥へ進んだ大木の上で「絶」をした。
まずはターゲットが誰かを知らなければならない。
私のターゲットは301番。正直誰だったか覚えていない。
姿を隠して見張ったところで、プレートを隠されてしまっていては特定は困難だが……それならそれで、誰か隙を見せた者を尾ければ良い。
そいつを狩って、情報を聞き出す。同時にプレートもゲット。悪くてもそれを三回繰り返せば私は合格だ。
そう思い、島へ入ってきた受験生たちを観察していたのだが……
「―――301番、だよな……?」
視線の先、五十メートルほど前方にいる男の胸に付いてるのは、見間違えでもなんでもなく―――301番のプレートだ。
プレートを奪い合うこの試験に置いて、ターゲットそのものであるプレートを目に見える場所に付けておくなんて愚行としか言いようがない。
よほど己の技量に自信があるのか。
ともあれ、相手が判明したのはこの上ない収穫だ。
決して気付かれることのないように細心の注意を払って、一定の距離を保ち追跡した。
ターゲット本人はもちろんのこと、その周囲のありとあらゆる情報を逃さないように観察する。
だからこそ真っ先に気付くことが出来たのだろう。
私と同じく木の上に登り、腹ばいになって銃を構える男の姿に。
「狙いは301番か……」
銃口の向けられた先にいるのは私のターゲットである301番。
恐らく銃の男も私と同じ考えに至ったのだろう。
隙のある者、弱い者を狩って、プレートと情報をゲットする。
単純だが、狙う相手さえ間違えなければ実に効果的な戦略だ。
まして彼の武器はスナイパーライフル。腕に自信のある狙撃主ならば、一撃で相手を無力化しうる以上、この戦略を取ることはなんの不思議もない。
好都合だ、と思った。
銃の男は私に気付いていない。そして私のターゲットを狙っている。
もしも彼がターゲットを無力化出来たならば、銃の男を奇襲して両方のプレートを手に入れてしまえばいい。残る時間プレートを守り切るだけならば至って簡単なことだ。
たとえ301番が狙撃を回避したとしても、そこから私は彼の技量を見て取れる。狙撃主との戦闘で彼に隙が出来るようならば、その場で仕掛けるという選択肢もありだ。どのみち私に損はない。
果たして、その時は来た。
狙撃主が息を潜め、その引き金を引く一瞬。
私もまた気配を殺し、その瞬間を見た。
大気を震わせて、音速を超える弾丸が飛び出す様を。
だが―――終わった、と思ったその時だった。
釘を鉄の板に打ち込むような硬い音が聞こえたと思ったら、狙撃を行ったはずの男が逆に肩を抑えて地面に落ちたのだ。
慌てて301番に視線を向けると、彼は振り向きもせずに、後ろ手に何かを投擲したかのような姿勢のまま止まっていた。
「ぐぁっ―――!!」
完全に気配を消して、状況の変化を見守る。
木から落ちた男は攻撃を受けたらしい右肩を抑えて悶絶し、それでも漏れ出る悲鳴を出来る限り抑えようと無駄な努力をしていた。
狙撃をどうやってか迎撃し、しかも相手に反撃するという神業をやってのけた301番がゆっくりと振り返り、男を見据えていた。
「うざいなぁ……」
301番は男に近づくと、左手を力いっぱい踏みぬいた。
乾いた枝が折れるような音と、男の苦悶の声が響く。取りだそうとしていたベレッタが落ちた。
その際に露わになった右肩を見て、私は絶句した。
そこにあったのは、錐のような針だった。銀色の光が男の右肩から覗いている。
男の右肩を貫いたその針の根本には、なんと銃弾が串刺しになっていた。
あの男は投擲した針で発射された銃弾を空中で撃ち落とし、その勢いのまま狙撃主を迎撃したというのか……!
なんという技量だろう。おまけに本人にとってはあの程度、無意識の反応に過ぎないらしい。
常日頃から狙撃などの危険に曝されてきた者の力。僅かな殺気も鋭敏に察する能力。
おそらくは……闇社会の人間。
そして何より恐ろしいのは、今の一瞬の攻防を見るまでその実力を見抜けなかったということだ。
あれほどの技量の持ち主ならば、普通は見ただけでそうと察することが出来る。それは挙動に現れる隙のなさであったり、警戒しなれている様子であったり、様々な面から判る。
言うならば臭いが違うのだ。
だというのに、あの男にはそれが無い。
恐るべき実力を有しながらも、それを読み取らせない。
その事実に背中が総毛立つ。
301番は冷徹に男の頬を蹴り飛ばして、何の感情も読み取れない声で尋ねた。
「プレートは?」
「う、ぐ……」
「言わないと死ぬよ?」
「……そこの木の、リスの巣穴の中だ……」
301番が男の言った通りの場所を探すと、80番のプレートが見つかった。
何の感慨もなさそうにそれをポケットにしまうと、再び男の前に立った。
80番の男は301番を見上げ、苦しげな声で懇願する。
「た、頼む……プレートは渡したんだ……見逃してくれ……」
「オレさ、銃で狙われんの嫌いなんだよね。ムカついたから、やっぱ殺す」
「そ、そんな……! 止め……!!」
80番の声が恐怖に染まったものになったとき。
場の空気が、変わった。
「―――ッ!」
どろりと粘つくように重く、冷たい空気。
その発生源は301番の男。
その身から立ち上るオーラ。
―――念能力者!
「あ、あああ……」
ビキッ、ビキッとここまで音を響かせて、80番の男の顔が不気味に変形していく。
それはまるで子供が粘土をこねるように、奇妙なオブジェへと変わっていき―――80番はピクリとも動かなくなった。
「さ、て……次行くか」
死体をそこに放置し、301番は去る。
場の空気は、すでに先ほどまでの平和な島の空気に戻っている。
だがそのすぐ下に、化け物が暗闇から舌を覗かせるような冷たい空気が流れているのかと思うと、まるで現実味がなく感じられた。
301番が動くのを見ても、私はすぐに動こうという気になれない。
彼を視認し続けられる限界の距離に来てから、私はようやく息を吐いた。
「……最悪だな」
自分の運の無さは知っていたが、まさかこれほどの実力者がターゲットとは……
おそらく、ヒソカ級の能力者。私より数段上の戦闘者……正面から行ってはまず勝ち目はない。
あの301番……ギタラクルは。
島に入ったあと、私はまず水場を探すことにした。
一週間の滞在。そもそもサバイバル訓練なんてしたことない私には、その間単純に生き残ることが第一の関門だ。
もともと四次試験がサバイバルということは判っていたので、バッグ変わりのヴァイオリンケースに食糧は入れてある。カロリーメイトだけど……
水は一週間分も確保しようとしたら、重すぎて入らなかったのだ。だから水だけは現地調達することに決めた。
ちなみにヴァイオリンケースにした理由は趣味だ。ゴシックドレスに合わせるならばヴァイオリンケース。これは譲れない。
少女に与えられたのは大きな銃。イタリアの社会福祉公社とて採用している正式な偽装だ。
しかし……水場を探すと言っても、そもそもどこをどう探せば水場があるのか判らない。
川のせせらぎを聞き取るとか、空気の湿り気から判断するとか、あるいは地形の特徴から見分けるとか……出来るかそんなこと!
仕方がないから、とりあえず適当に歩き回ることにした。原作でゴンが竿を振って訓練していたのは森の中にある湖のようだし、受験生たちが皆同じ水源を使わなければいけないのでは、すぐに戦いになってしまう。
この島には多分、それなりの数の水源があるのだろう、と考えて森の中を探索した。
それにしても―――
「森の中を歩くのって、疲れるわ……」
足元の不安定さや、地面の起伏。木の枝や茂みが肌を掻き、ところどころに小さな切り傷が出来る。
マラソンはそれなりに訓練したが、森の中での疲労はまったく別種のものだった。
加えて、他の受験生と遭遇しないように注意しなければならない。
島に入って以降、私はずっと「凝」をしていた。
木々に隠されようとも、立ち上るオーラは誤魔化せない。
少なくとも視界に入っている限りでは、他の人間はいないようだった。
「しっかし……どうしたものかな」
四次試験はターゲットが誰になるかくじを引くまで判らないので、事前に試験内容をしっているとはいえ、対策が立てられなかったのだ。
名前もあやふやなモブキャラ相手ならば、そいつを狙っても念能力補正で何とかなると思ったのだが……
「まさかハンゾーがターゲットとはね……」
そう、私のターゲットはNO294、霧隠流上忍ことハンゾーだったのだ。
原作のキルアですら、ハンター試験終了時に自分よりも強いと認めていたのだから、念能力補正があっても勝ち目は薄い。
しかも舞台は深い森。NINJAに絶好のフィールドではないか。
「うーん……モブを三人くらい狩ろうかなー……いや、というかキルアに余ったプレートくれるように言っとくんだった……うっかりしてたなぁ」
ぶつぶつと呟くが、答える人はいない。
だが自分で頑張ってやろうと決めたんだ。この程度の試験、自分だけで乗り越えてやる。
物語の流れにも、もう沿ってなんかやらない。
私は私のやりたいようにやる。
私は私の望む未来を掴む。
ならば、それくらい出来なきゃ、この世界に来た意味なんてないでしょう?
そう考えて、手伝ってやるとアゼリアが言ったのも断った。
僅かに射しこむ夕暮れに目を細めながら、私はようやく見つけた泉で顔を洗った。
もうすぐ陽が暮れる。
命すら賭けられた試験の、たった一人の夜が。
私は一人で命をかけたことなんて、無い。
この世界に来てからは、いつも彼女の姿があった。
それが無い。
どこにも、彼女の姿はない。
ゆっくりと忍び寄る夜の闇が重みを増したように感じる。
どこか遠くでガサガサと音がして、ビクっと振り返った。
羽ばたく音が遠ざかり、二羽のカラスが夕焼けに消えて行った。
「……大丈夫かな」
木の幹に背を預けて、じっと小さくなり気配を消す。
明日の朝は遠そうだった。
〈後書き〉
今回は短い。けどここで区切りたいので投稿してみる。どうも、ELです。
四次試験、ターゲットはそれぞれあの二人。イルミ描きづらいよイルミ。性格がいまいち捉え切れない……
最近メイン掲示板をよく読んでるんですが、「最近のSSの動向」とか「魅力的なオリキャラって」みたいなスレを見ると、耳が痛いと同時に、なるほどなぁ、と思うことがよくあります。
その中で、「魅力的なオリキャラって」のところに「原作に馴染んでいること」とか「そのオリキャラを客観視出来ていること」が魅力的なオリキャラの条件として挙げられていて、自分の作品はそれが出来ているのか……と自分では判断できない疑問があったり。
もしもこの作品を読んでくださってる方の中に、「ここはねーよ」とか「これは説明不足だろ」といった、数えきれないダメなポイントが目につく方いらっしゃいましたら、よければ辛口コメでも指摘してやってください。真剣に文章力を伸ばしたい、と考えていますので、批評などをしていただけるととてもありがたいです。
とまあ、手前勝手な「お願い」を書かせていただきました。
それでは、次回の更新の時に。