『そこまでじゃ』
響き渡る声に、メンチとヒソカは同時に距離を取った。
上空に現れた飛行船を見て、誰もが表情を強張らせる。
ハンター協会のマークがついたそれは、審査委員会。
飛行船から飛び降りた老人は、ネテロ会長。
審査委員会の会長にして、ハンター試験の最高責任者。
そして―――最強の念使いと呼ばれた男。
ヒソカが不吉に舌舐めずりをした。
「44番、名前を聞いてもいいかの?」
「―――ヒソカ❤」
「ふむ、それではヒソカ君。しばらく矛を収めてくれないかの? ワシはメンチ君と話さねばならないことがあるんじゃ」
「……いいよ♣ ここは退くとしようか♦」
熱の籠った視線をネテロにぶつけながらも、ヒソカは外から見ると意外なほどあっさりと引き下がった。
それは気まぐれ故ではない。
ヒソカは悟っていた。たとえ今この場でネテロに襲いかかったとしても、自らの望む「死合」は出来ない、と。
いくら殺気をぶつけても飄々と受け流し、それに応えようとはしないネテロ。
極上の使い手を相手に半端に戦うなどと、勿体ない愉しみ方をする気にはなれなかった。
そこから先は、ハルカの知る光景と変わらなかった。
ネテロがメンチに問いかけ、メンチが審査の不十分を認める。
試験を無効とし、審査員を降りようとするメンチに対し、ネテロが実演し参加するという形で審査員を続行してもらおうとする。
だが、難しい顔をして悩んでいたハルカはそのことを殆ど憶えていなかった。
自分の行動がどのような結果に結びつくのかを考えるのに必死だったのだ。
飛行船に乗り、連れて行かれた山頂。
谷間に糸で吊るされたクモワシの卵を取りに行く試験。
苦手な高所から飛び降りたことさえ意識の外。
そして四十四名の合格者を乗せて飛行船が飛び立ち、一時解散を告げられても、ハルカは頭を抱え続けているのだった。
元気が無くなったように見えたのだろう。心配してくるアゼリアたちを置いて、ハルカは人気のない一角に来ていた。
窓の外に煌く夜景は宝石のようだ。だが、それとは対照的にハルカの心は重く暗い。
―――トードーが死んだ
その一事がハルカの心に暗い影を落としていた。
少し考えれば判ることだ。
本来居なかった要素が入り込めば、導かれる解は異なる。
ハルカとアゼリア。この二人が参加した試験は、原作とは異なる流れをたどるだろう。
その程度のことはハルカも理解していた。
そしてその上で、原作から出来るだけ乖離しないように。自分の知識を参考に出来るような状況を保とうと考えていた。
だが、ハルカは思慮が足りなかったと言えるだろう。
流れが変わった結果、死ぬ運命に無かった人間が死ぬかもしれない。
そのことまで考えが回らなかったのだ。
いや、心の中でこう考えていたのかもしれない。
世界の大きな流れがそうそう変わりはしない、と。
そんなこと、神でもなければ保障できないというのに。
原作において、一次試験の時ヒソカはレオリオとゴンに眼をつけた。
その輝かしい才能を見込み、今後の成長を見守ろうと考えた。
だが、この世界では違った。
ハルカが原作シーンを見たいと考えていたが故に、アゼリアはヒソカの殺戮現場に居合わせた。
アゼリアというこの時点ですでに実力のあった使い手がいたことで、ヒソカは退屈凌ぎに戦闘行為に移行。それが中途半端に終わったせいで、ヒソカは欲求不満な状態に。
原作でも試験官に殺気をぶつけ続けていたヒソカは、欲求不満も合わさり、この世界では我慢が出来なかった。試験の終了を告げられ、ならばもう我慢する必要はないと襲いかかったのだ。
その過程に落ちていた石が、トードー。
故に彼は殺された。
「…………………」
ハルカは苦悩する。
トードーが死んだのは、原作と違うこと。
ならばその原因は、自分ではないのかと。
「違う……違う違う! 私が悪いんじゃない……!」
その考えを必死で否定する。
自分にはトードーに死んでもらうつもりなんかなかった。
それに自分がやったことといえば、ただヒソカを見ようとした。それだけだ。
原作を知っているから、その流れの差異故に自分のせいだと感じてしまっているだけだ。もしも原作を知らなければ、トードーの死に責任を感じることなどなかっただろう。
だから、自分は悪くない……
「そうよ……殺したのは、ヒソカ……彼は運が悪かっただけ……」
何度も何度も、自分に言い聞かせる。心を平静に保とうと、眼をしっかりと瞑って。
けれど、次に浮かんだ考えに恐怖した。
自分の介入の結果が、責任の所在を問うことすら無意味なほど恐ろしい結果に至ったら?
ゴンが、キルアが、レオリオが、クラピカが、ヒソカが……
あるいは、アゼリアが死んでしまったら?
その時、自分で自分を許せるのだろうか……?
だが、既に賽は投げられてしまった。
その賽がどのような意味を持つのか、きちんと理解せぬままに振ってしまった。
運命はもう変わってしまった。
それがその後どのような結果をもたらすのかなど、誰にも予測できないままに。
ハルカは今、悟った。
実感として思い知らされた。
この世界には、運命の流れも神の意志もない。
これは容易く変化し移りゆく、冷徹で無慈悲な現実なのだ、と。
通路の向こうへハルカが消えていくのを見送って、クラピカとレオリオは壁に背を預けて一息ついた。
二次試験の途中から、何故か意気消沈していたハルカ。だが、彼女にもいろいろと考えることはあるのだろう。もしも自分たちに相談したくなったならば、その時は心から応じてやればいい。そう考え、特に引き留めることもなく見送った。
何より、彼らはとても疲れていた。ハンター試験の重圧と負担は大きく、鍛えられた彼らにとってもそれはハードなものだった。
ちなみにゴンとキルアはまだまだ元気いっぱいといった様子で船内の探検に出かけた。
レオリオもクラピカもまだ二十歳にもなっていないのだが、それを見ると若いなぁ、と思ってしまう。
「オレはとにかくぐっすりねてーぜ」
「私もだ。おそろしく長い一日だった」
一日の間にいろいろなことがありすぎた。
こんなに密度の濃い試験では、ヒソカのような異端児がいなくとも再起不能になる受験生がいるというのは納得だ。
「……しかし一つ気になるのだが……試験は一体あといくつあるのだろう」
「あ、そういや聞かされてねーな」
「その年によって違うよ」
その会話に割り込んでくる、何度か聞いた声一つ。
「試験の数は審査委員会がその年の試験官と試験内容を考慮して加減する。だが大体平均して試験は五つか六つくらいだ」
「あと三つか四つくらいってわけだ」
「尚のこと今は休んでおいた方がいいな」
そう感想を漏らす二人に、トンパは訳知り顔で忠告した。
「だが気をつけた方がいい。さっき進行係は「次の目的地」と言っただけだから、もしかしたら飛行船が第三次試験会場かもしれないし、連絡があるのも「朝八時」とは限らないわけだ。寝てる間に試験が終わっちまった、なんてことにもなりかねない。次の試験受かりたけりゃ、飛行船でも気を抜かない方がいいってことだ」
黙りこんで視線をかわす二人。
トンパはじゃあな、と背を向けて去っていく。
二人には見えないように、口元を歪ませて。
残された二人は、トンパの消えた先を見て、言った。
「……どう思うよ?」
「……別に、休んでいいだろう」
飛行船が試験会場であれ、連絡が来ないのであれ、この飛行船の中には何十人もの人が乗っているのだ。
何か動きがあれば自然と目を覚ます。
トンパの目論見は、何の効果もあげそうになかった。
飛行船の中には受験生用にブランケットがいくつも用意されていた。
レオリオとクラピカはそれに身を包み、眠る用意をする。
そして眼を閉じようとしたところで、服がべっとりと体に張り付く不快さにレオリオは顔をしかめた。
一次試験の時、滝のように汗を流していたのだ。このままでは明日の朝酷い臭いを発してそうだった。
「……汗が気持ちわりぃ」
「確かシャワールームがあった筈だ。浴びてきたらどうだ?」
「そうするぜ」
一刻も早く寝たいが、このままではそもそも眠れそうにない。
ブランケットを置いて、通路を進む。
そしてさして時間を置かずにシャワールームが見つかった。
更衣室の前にはランドリーも置かれている。
発酵食品さながらの匂いを発することは避けられそうだった。
「助かったぜ……クラピカがなんて言ってくるかわからねーからな」
更衣室は扉一枚隔てた向こう側なのだが、別に誰が見ているわけでもない。
別にいいか、とレオリオは服を脱いでランドリーにぶち込んだ。
素っ裸になると、なんとなく開放感に満たされるものだ。
かなり疲れていたレオリオは、そのまま股間のモノを隠すこともなく意気揚揚と更衣室を開けて―――
「―――ん?」
―――凍りついた。
象牙のように白い、二本の足が見える。
長く、細く、健康的で、それ自体が輝いているかのように眩しい。
生足だった。
スラリと伸びたその足を辿って視線を上に上げると、際どく隠された神秘の領域がある。
キュッと締まり魅力的な曲線を描く腰は、白いワイシャツの裾で覆われている。隠されていることで想像が掻き立てられ、逆に危険な魅力を放つ。
裸ワイシャツだ―――レオリオの脳内に変な電波が送られた。
さらに視線を上げる。
くびれた腰の描く流線型から、さらに上へ。
そこには小高い山が二つある。
確かな存在感を放つそれは、重力に逆らうようにシャツを押し上げている。
山が二つ並べば、当然その間は谷になる訳で。
脱ぎかけている途中だったのだろう。第二ボタンまでが外されたワイシャツの隙間からは、白いふくよかな谷間が見えていた。
今にもこぼれそうだ。
ボインボインである。
そして―――
「ああ、レオリオ、君も来たのか?」
―――その言葉で、レオリオの世界は動きだした。
「わ、わりぃッ!!!!」
慌てて眼を逸らし、更衣室から飛び出す。
呼吸をすることも忘れていたようで、脳が酸素を求めて呼吸を繰り返させる。
心臓がドクドクと喧しく脈打っていた。
眼を閉じれば、今見た情景がはっきりと浮かんでくる。
そして自分は今全裸だったことを思い出した。
ブランブランである。
レオリオ、はいてない。
大蛇が鎌首を擡げそうになっていた。
普段はどこか悪ぶっているが、レオリオは基本的に善人である。
グラビア雑誌などは愛読しているが、それは元からそういうものだからで。
知人の少女の裸体を見てしまうというイベントは、彼には刺激が強すぎた。
茹った頭を冷やそうと、深く息を吸おうとして―――
「どうしたんだ、いきなり?」
「おわあぁぁぁあああああ!?」
ドアを開けてアゼリアが追ってきた。
谷間が間近に見える。心臓が跳ね上がる。蛇がむくむくと起き上がる。
「ちょ、ちょっ、おまっ!! こ、こっち向くな! てか、見える見える!! 服! 服ッ!!」
「み、見えるって、何がだ?」
とりあえず、アゼリアは言われた通りに視線を逸らした。
背中を向け、しかし生足が覗いたその姿を隠そうとはしない。
先ほどの言葉も、本当に何を指しているのか判っていないようなので、レオリオは頭が痛くなった。
「おまえ、いい歳して……恥じらいとかねーのかよ」
「何を言いたいのかよく判らないな……大体、何故君はそんな慌てて逃げ出そうとしているんだ? シャワーを浴びに来たのだろう?」
「そ、そうだけどよ……おまえが入ってるじゃねーか」
「シャワーはいくつかある」
暗に、一緒に入ればいいだろうと言われて、レオリオは本当に頭が痛くなってきた。
狼に変身してしまいそうだ。
レオリオは最後に残った理性を振りしぼって、言った。
「オレは後で入る……」
「その格好で待つのか?」
全裸のレオリオの服は、ランドリーの中で回っていた。
レオリオは頭を抱えて天を仰いだ。
何故こんなことになっているんだろう。
レオリオは十九年間の人生の中でも初めての事態に遭遇し、同じ疑問がぐるぐると頭の中をめぐっていた。
サーッと細かい音を立てて、温かいシャワーが汗ばんだ肌を流していく。
本来は気持ちいいはずのそれも、今のレオリオには判らない。
カーテンで仕切られた背後から聞こえてくるもう一つのシャワーの音が気になって、それどころではないのだ。
くらくらしてきた。
「……はぁ」
「さっきから溜息ばかりだな。どうしたんだ? 何かあったのか?」
おまえのせいだよ、と声を大にして言ってやりたいが、何とか堪えた。
というか、シャワー室くらい男女別に作ってほしかった。ハンター協会に抗議するべきだろうか。
……絶対に墓穴を掘るだけになりそうだ。止めておこう。
「……なんでもねぇ」
「そうか。ま、疲れてるなら早く休むことだな。ああ、ところでシャンプーを取ってくれ」
「……ほらよ」
差し出された手に、備え付けのシャンプーを押しつける。
意識しないようにすると余計に意識してしまうもので、それだけで心臓がドクドクと脈打った。
そして今度は腹が立ってきた。何故かって、アゼリアは自分のことをまるで気にした様子でもないからだ。
自分一人が動揺してて馬鹿みたいだし、何より男としてのプライドの問題だった。
一言文句言ってやらないと気がすまなかった。
「おまえ、いつか襲われるぞ? オレは紳士だからいいけどよ、普通の男はそんなの我慢しねーの。男はみんな狼なんだよ。判るか? 大体よ―――?」
クラピカあたりに聞かれたら全力で否定されそうなことを言っていたレオリオだったが、言葉を唐突に詰まらせた。
背後で人が倒れこむような音が聞こえたからだ。
「お、おい、アゼリア?」
返事はない。
カーテン越しに透けて見えるシルエットは床に倒れ伏していた。
医学の心得のあるレオリオは、これはマズイかもしれないと瞬時に判断した。
原因が何かは見てみないことには判らないが、少なくとも意識を失っているんだ。全くの無事と考えるのは虫が良すぎるだろう。
三度、大きく呼びかける。
返事はない。
一瞬迷った。
カーテンの向こうの彼女がどんな格好をしているか、そんなことは考えるまでもない。
いいのか、と一瞬思う。
だがそんな迷いを振り払って、レオリオはカーテンを開けた。
非常時故に、レオリオの心の中に不純な気持ちは一切なかった。無いったら無かった。
「おい! しっかりしろ!!」
倒れ伏したアゼリアは、脇腹を押えて苦しげに顔を歪めている。
未だ拙い知識を総動員し、処置をしようとして、気付いた。
背中を横切る、大きな傷痕に。
「ッ……? これか?」
だが、その傷は既に治っているようだ。
先ほどはシャツに隠されていて気付かなかったが、彼女の体には無数の傷痕がある。
銃創。切創。鞭で打たれたような跡。
いずれも既に治っているようだが、その数にレオリオは息を呑んだ。
「ん……ぐ……」
レオリオが驚きに固まっている間に、アゼリアが目を覚ました。
脇腹を抑えたまま、しかし意識を確かにレオリオを見据える。
「大丈夫か?」
「ああ、すまない……ただの貧血だ。ヒソカに肋骨を数本やられてな。様子を見ようとしたら、血が回らなくなった」
そういえば、アゼリアはあのヒソカと一度やり合っているのだった。
あれほどの強敵だ。その程度で済んだことはむしろ凄いと賞賛するべきかもしれない。
ひとまず、病気などの類ではないことに安堵して、レオリオは今の状況に気がついた。
レオリオ、全裸。
アゼリア、全裸。
場所、シャワールーム。
「わ、わりぃ」
いろいろと不味かった。
慌ててそこから出て、カーテンを閉める。
そしてそのまま座り込んだ。
また倒れないかと心配だったし、このまま出ていく気はしなかった。
シャワーの音だけが聞こえる。
なんとなく気まずくて、気がついたら口を開いていた。
「なぁ……その傷、どうしたんだ?」
聞いてから、馬鹿な質問をしたと後悔した。
女性に傷の由来を聞くなんて、デリカシーのないレオリオでも馬鹿だと判る。
だがアゼリアは特に気にした様子もなく声を返した。
「どれだ?」
「どれって……じゃあ、その背中の切り傷は」
「ああ……これは確か、十歳くらいの時にしくじって受けた傷だな。標的を一瞬逃がしてしまい、その隙に護衛にやられた」
随分と不穏な内容だった。
訝しみ、尋ねる。
「……今まで何をしてきたんだ?」
「殺し屋」
淡々と、何でもないことのように語るアゼリア。
しかし、その内容はあっさりと聞き流せるものではなかった。
「何でそんなことしてやがる?」
「……金のため、だ。妹の治療代が莫大だというのは、話しただろう?」
「そんな―――ッ!!」
そんなことをして稼いだ金で助かっても、妹さんは喜ばないぞ。
一瞬、そう喉を突いて出そうになったが、奥歯が割れそうなほど強く歯を噛みしめて、その言葉を呑みこんだ。
命の価値は、平等じゃない。
それはきっと、「人は皆平等」なんていう綺麗事よりも、よっぽど真理なのだろう。
誰にだって大切な人はいる。
他の何を犠牲にしても助けたい。そんな思いを否定できない。
そして何より―――同じ病気で親友を亡くしたレオリオは、同じ苦しみを味わっている彼女を否定出来なかったのだ。
けど、それでも。
何か一言、言ってやらなければいけない気がした。
「後悔してるのか?」
彼女の声が、自分を責めてほしいというかのように辛そうだったから。
「……きっと、してる。けれど、してない」
アゼリアはその問いかけを受けて、考えた。
人を殺してきたことを思うと、辛い。
やりたいとは思わない。投げ出したくなったこともある。
けど、それを認めてしまったら、二度と元に戻れない気がするから。
もう人を殺すことなんて出来ないだろうから。
もう妹を助けられない気がするから。
だから言わない。
後悔してるなんて、認めない。
認め、られない。
レオリオはそんなアゼリアの心の揺れを、なんとなく悟ってしまった。
そして腹が立った。とんでもなくムカついた。
アゼリアは強い。
ヒソカと闘って無事なことを考えても、多分自分よりもずっとずっと強いのだろう。
だけど、弱い。
どんなに戦いが強くても、その心はまだ弱く幼い少女のままなのだと判った。
肌を見られても恥ずかしがらないのだって、きっとそんなこととは無縁だったからだ。
精神的には、恥じらうことすら知らない幼いときのまま成長してないんだ。
彼女がそうしなければならなかったことに。そう強要した、運命とでもいうものに、腹が立った。
だから、言った。
「おまえ、もう殺しなんて止めろ」
「……そうしたら、妹が―――」
「オレが治してやる」
アゼリアが眼を見開いたのが、気配で判った。
レオリオは勢いに任せて言葉を紡ぐ。
「オレの夢は、医者になることなんだ。昔、親友を妹さんと同じ病気で亡くして、同じ病気の人を救ってやりたかった」
「……………」
「金なんかいらねぇ。そう言ってやるのが夢だった。その病気に苦しんでる子や、その家族の喜ぶ顔が見たかった」
「……………」
「今はまだ、ムリだ。オレは医者の卵にもなれてねぇ。だけど、必ず……オレが治してやる。だから―――」
レオリオは、細く息をついた。
重い、誓いの言葉を口にするために。
「だから、もう泣くな」
シャワーの流れる音が、静かに聞こえた。
他には何の音もしない。
それでよかった、と思った。
シャワーから流れるお湯が、髪を伝い、頬を伝い、地面に落ちる。
それはただのお湯だと思った。
けど、涙でもいいと思った。
だって、嬉しかったから。
胸がぎゅーっとなるほど嬉しくて、いつの間にか視界が歪んでいたから。
苦しくて、でも暖かくなるような、不思議な気持ちだったから。
レオリオがいくら誓ってくれても、アゼリアは殺しを止めることはできないだろう。
ヴィオレッタを救うには、ただ治療費が稼げればいいというものではない。
あの子は言うならば人質だ。
アゼリアを組に縛りつけ、仕事をさせ続けるための楔。
それはレオリオには話していないこと。
アゼリアが殺し屋としての仕事を拒否したならば、妹が無事で済むとは思えない。
だからレオリオが誓ったからと言って、アゼリアは殺しをもうしなくて済むわけではない。
だけど、アゼリアは救われたと思った。
自分たちのために、こんなにも力を尽くしてくれようとする人の存在に。
ただそれだけで、救われた気がした。
辛かった。
重かった。
寂しかった。
そんな長年の思いが、流されていくようだった。
「ありがとう……」
「ん? 何か言った―――!?」
カーテンを、開けて。
振り向いたレオリオの唇に、啄ばむようにキスをした。
多分、すっごい下手なキス。
一秒もしないで、すぐに離す。
レオリオのびっくりした顔が、アゼリアの眼いっぱいに映る。
それがなんとなく面白くて、自然に笑いが零れていた。
「なんでもない」
急いでカーテンを閉めて、ドキドキしている胸を抑えた。
顔が風邪でもひいたように熱い。
それに、何だか恥ずかしかった。
さっきまでは何とも思わなかったのに、今は何だかレオリオに裸を見られるのが恥ずかしかった。
だけど、胸がとっても暖かくて。
悪い気分では、無かった。
〈後書き〉
はい、石を投げてください。
こんな甘いモノを読みに来たんじゃねー! って人は、ドMな作者に罵声を浴びせてください。悶えます。
書いてて思った。
これどこの夢小説だよ。
けど後悔はしてない。
ちなみに更衣室でのシーンは、ラノベ風サービスカットを書いてみたいと思いたって書いた。後悔はしてない。全く。
レオリオはグラビアとか読んでエロ親父キャラっぽいけど、本質的に奥手な感じがする。
このレオリオはあくまでELのイメージですので、原作とはちげー!って人もいるかもしれませんが、お目こぼしを。
それでは、次の更新の時に。