「……何故そう思う?」
クイズを出した老婆はしばしの沈黙の後そう聞いてきた。
なんだ、この問題は理由も聞かれるのか? 曖昧な回答は失格と言っていたくせに、おかしなことだ。
だが、その理由は決まっている。
「何よりも妹が大事だからだ。私はそう決めている」
そのためには人も殺す。
必要とあらば自分の命もくれてやる。
だから、こんな問題で迷う筈が無い。
老婆はしばし私を見つめると、マスクをかぶった者たちと合議を始めた。
私の合否がこれで決められているのだろうか……?
そんなもの、試験官の気分一つで正解が変えられるじゃないか。いや、そもそもこの問題に万人に共通する正解などないが……
「……通りな」
だが、私の答えはどうやら正解と見なされたようだった。
これでいいのかと首を傾げてしまうが、まぁ構うまい。
開けられた道を通り、貧民街を抜けて山に入った。
「さて、ハルカたちはどの辺に……」
しかし、その時眼に入った光景を見て、私は口を噤んだ。
足もとに転がる、妙に丸い鼻の男の首。
口から漏れたのは、深い深い溜息だった。
獣、獣、獣、獣、獣……!
オオニクハミコウモリ、アシナガコング、ダイオウシカ、サーベルリス、イッピキウサギ、etc……
私でさえ知っている危険な動物たちが勢ぞろいだ。
「……これもハンター試験の一環か? ずいぶんと厳しい審査だな」
まぁ、それだけ厳選された者たちが集まるということだが。
ハルカたちは大丈夫だろうか?
この獣たちに襲われてないか心配だ。急いで一本杉まで行くことにしよう。
「さて、出来れば襲いかかってくれるなよ」
痛い目を見るのはおまえたちなのだから。
「合格にしてもよかったんじゃないのか?」
遠ざかる少女の背中を見送っていた老婆は、後ろから聞こえてきたくぐもった声に振りかえった。
仮面を被った者たちの一人が、表情こそ見えない者の、どこか不満げな声で言う。
「不満かい?」
「ま、多少不満だね。あの子、どんな事情があるのか知らんが、本気で迷わず妹を選んだように見えたが?」
「だろうねぇ。アタシもそう思うよ」
口には出さないが、ならば何故、と仮面の男は態度で問いかけていた。
老婆はしばし考え込み、理由を口にする。
「だけど……アタシが知りたかったのは、もしもその質問が現実となったときどちらかを選べるかどうかじゃない。どちらを選んでも正解ではないと理解した上で、それでもその時までに覚悟を決められそうな人間か否かということさ。アタシにはあの子が思考停止しているように見えたからね」
なるほど、と仮面の男は頷く。
あの少女は迷わずに答えを選んだ。
それは決意と言えば聞こえはいい。だが、その本質は思考の放棄ではないのか。悩み、苦しみ、それでも尚選択することのできる「強さ」には至らないのではないか、と老婆は言っているのだ。
これがもし妹でなく、母親と恋人だったならば?
あるいは、親友と父親だったならば?
その時、彼女は「正解」に至ることが出来ただろうか。そう考えたとき、老婆は否と判断したのだった。
「だから不合格に?」
「いや……アタシは不合格とも言ってないさ。ナビゲーターのところまで、魔獣の巣窟を通っていけるかどうか。もしも辿り着けるようなら、合格でもいいよ」
「……審査会に文句言われるぞ?」
「かまいやしないよ。あそこは堅物ばっかだけど、あのじじいは話が判るからね。それに、アタシは報告をちょいと忘れてただけさ」
「このタヌキ婆」
「ぬかしな、若造」
もういくつめか判らない魔獣注意の看板を見つけ、本当にこの道で合っているのかと一抹の不安を抱く。
空には夜の帳が下りはじめ、森の陰影は視界を遮る。もっともこの程度で困るほどやわな鍛え方はしていないが。
「なあ、何か食うもんもってねーか?」
「なあ、ちょっと休憩してこうぜ」
「なあ、そろそろ三時間くらい経つんじゃね?」
「―――うるさいぞ、レオリオ」
すでに話も途切れた山中の行脚の中、幾度となく響くレオリオの不満の声に私はいい加減黙るよう声を上げた。
道を間違っていた場合を考え、私も多少精神的に疲れている。
前を歩き先導するゴンは山野で育ったという経験からか確信をもって進んでいるようなのだが―――そうした感覚も鍛えたつもりでいたが、まだまだ修行が足りないらしい。
しかしレオリオも情けない。女性のハルカが不満を口にすることなく歩いているのに、いい歳した大人が……
そんな呆れを込めてレオリオを見やる。その時、ハルカがポツリと呟くのが聞こえた。
「……遅いね」
「だよなぁ。おい、ハルカも言ってくれよ。ぜってーあの婆さん、年のせいでボケてやがるぜ」
「そっちじゃないわよ」
船の中で知り合ったハルカは、まだゴンより少し年上程度にしか見えないが、実際はもう十六歳。私より一つ年下なだけらしい。
フリルやリボンのたくさんついた、黒を基調とした装飾過多の服を着て、大きなヴァイオリンケースを手にしている。
お嬢様然としたその姿からは戦闘者の気配は感じられないが、意外と鍛えられているらしい。少なくとも、あの荒れた海を越え、ここまでの山道に音を上げない程度には。
「私が言ってるのはアゼリアのこと。すぐ追いつくって言ってたのに……」
「先程のクイズでつまずいたという可能性もあるな……ハルカ、メールは送ったのか?」
「うん……あのあとすぐ送ったけど、見てないかも。アゼリア、基本的に電源切ってるから」
携帯のストラップをぼんやりといじくりながら、ハルカは空を仰いだ。
遠くの山間は薄紫に染まっていた。
「教えておくのをすっかり忘れてたわ……まずったわね……」
「? 何の話だ?」
「え、ううん! 気にしないで!!」
慌てたように手を振るハルカに、まあいいかと私はそれ以上のことを聞こうとはしなかった。
山に入ってから既に三時間が経つことを確認し、先ほど話題にでた女性のことをぼんやりと思い出す。
アゼリアというのは、ハルカとともに船で出会った女性だ。
スーツに身を包み、どこか陰のある怜悧な表情を崩さない。どこか人を拒絶するような雰囲気があるが、船の上で船員を救おうとしたところから、ただ人づきあいが下手なだけなのだと思われた。
ハルカとは試験以前からの知り合いらしい。顔立ちが似ているから姉妹かと思ったが、ハルカというのはエイジアン系の名だし、アゼリアはヨルビアン大陸系の名前だ。姉妹という可能性は少ないか。
その彼女が、クイズの試験を受けさせられた地点の手前で一時別れてから、未だに追いつかない。
あのクイズを思い出すと、不合格を懸念してしまうのも無理はなかった。私とて受験生の悲鳴が聞こえなければ、「沈黙」という選択肢を確実に選べたという自信はない。
「でもさ、あのおばあさん、不正解とも言ってなかったよ? ナビゲーターのところまで行けたら合格なんじゃないかな?」
「希望的観測だが……その可能性はあるな」
ゴンの言葉に私とハルカは頷いた。
確かに考えてみれば、不合格の場合の処置が魔獣たちの巣窟に突っ込ませるとは悪辣に過ぎる。
間違えたら即失格というのは嘘で、実際は追試としてあの道が用意されていたのだろうか……?
とはいえ、こんなものは憶測に過ぎない。ただの気休めでしかないが。
「……まぁ、少なくともアゼリアが魔獣なんかにやられるとは思えないから、無事なのは間違いないだろうけど」
確かに、彼女は見たところ相当の手練だ。
物腰に、足運びに、視線の配り方に、あまりにも隙が無い。どういう経歴なのかは知らないが、警戒慣れしすぎている。
魔獣などにやられないというハルカの言葉も決して誇張されたものなどではないだろう。
そういえば、彼女たちについて私たちはまだ全然知らないな。
「なあ、ハルカたちは何故ハンターになりたいんだ?」
「え、私たち?」
「ああ。私やレオリオ、ゴンの志望動機は船の中で話したが、君たちのはそういえば聞いていなかったからな。無論、強制はしないが……」
「ううん、いいわよ」
特に気負う様子もなく、ハルカは自分の志望動機を語り始めた。
「私がハンターになりたい理由は……二つかな。一つ目は、まああんまり重要じゃないんだけど―――ゲームを探してるの」
「ゲーム?」
「そ。ジョイステーションのゲーム。グリードアイランドってやつ」
「おいおい、ゲームだあ? そんなもん、ハンターにならなくても手に入るだろうがよ」
レオリオが「なんだそりゃ」と呆れた声を出す。失礼なやつだ。人の志望動機にケチをつけるとは。
とはいえ、私とて少し意外だった。ハンターにならなければ手に入らないようなゲームなのか……?
だが、ハルカは特に気にした風もなく続けた。
「ところがそのゲーム、ハンター専用ゲームなのよ。限定百本しか制作されてないしね。それに、値段聞いたらレオリオ驚くわよー」
「いくらだよ」
「五十八億ジェニー」
レオリオの馬鹿面にさらに磨きがかかった。
「~~~っ!! なんだそりゃ!! ゲームの値段じゃねーだろ!!」
「だから伝説のゲームなんて呼ばれてるのよ。これが欲しいってのが第一の理由」
「それ面白いの、ハルカ? なんか曰くつきとか、そう言う感じ?」
「んー、そうね、ゴン。多少曰くつきかもしれないわね。ああ、ただ……面白い噂を聞いたことがあるわ。その製作者の話」
「なになに?」
「うん。製作者のリーダーが、結構な有名人らしいの。ジン=フリークスっていう―――」
「えっ!? オレの親父!!?」
ゴンの驚愕の叫びが夜の森に木霊した。
「そういえば、ゴンとファミリーネームが一緒ね。もしかしたらって思ってたけど、本当にお父さんだったんだ……」
「うん! きっとそれはオレの親父だよ!」
「ゴンはそういえばお父さんを探してるんだったわね。それじゃあ、もしも判ったことがあったら伝えるわ」
「ありがとう、ハルカ!!」
思わぬ手がかりを得たことでゴンは喜色満面の様子だ。
元気いっぱいにスキップしながら山道を進んでいく。
その様子についつい頬が緩みながら、話を進めた。
「二つ目の理由は?」
「うん。友達作り。いろんな人との出会いを楽しみたいの。ハンター試験では面白い人もたくさんいるでしょうし。だから、あなた達と友達になれてとっても嬉しいわ」
飾らないハルカの言葉に、なんかちょっといい雰囲気が流れた。
こそばゆい気恥かしさが流れる。
なんとなく、ハルカはゴンと同じタイプだと思った。
「ま、まぁ! それはいいとしてだ!!」
殊更大きな声をレオリオが張り上げる。その顔はむずむずするのを堪える顔だ。
こういう雰囲気が苦手なのは私もレオリオも同じらしい。
「ハルカの理由は判ったとして、アゼリアの理由は?」
「……普通、本人に聞かない?」
「そ、それもそうだな、わりぃ」
話題を無理やり変えようとして、見事に失敗しているレオリオだった。
「ま、いいわ。アゼリアは多分、ハンターになりたいって思ってるわけじゃないのよね。試験に来たのだって、私が心配だから付いていくって言ってたし」
「君と彼女はどういう関係なんだ?」
「同居人、かな? 私が居候だけど。訳あって彼女にお世話になってるの」
なるほど、そういう繋がりか。
その事情まで詮索するほど厚顔無恥ではないが、彼女たちが似ているのは関係あるのだろうか、と想像するくらいはいいだろう。
「そうね、他に何か質問ある? 軽い質問なら答えるけど」
「んじゃ、スリーサイズは?」
「アゼリアは、87・58・85よ」
「ハルカは?」
「……聞くなっ!!」
華奢な(貧相な、とは言わない)体を両手で抱え込むように隠して、ハルカはレオリオを睨みつける。
その様子を、レオリオは完全にスケベ親父の顔になってからかいだした。
セクハラだ。
というか、失礼なやつだ……
あ、殴られた。
許可なく立ち入る者のいない私室で、ヴァレリーは頭を抱えていた。
しきりに机を指で叩き続けるその様子からは、隠しようのない苛立ちと焦りが見て取れる。傍らの灰皿にはタバコの吸い殻が山となっていた。
なんとか落ち着こうとするが、先日のことを思い出すと、平静を保つことは難しい。ガシガシと頭を掻いて、纏らない思考を続けた。
義弟の存在が知られていたのは、完全に予想外だった。
父サンジの愛人の子、クヌート。
組織の内部崩壊を引き起こしかねないその存在は秘せられていた筈だ。
火種があれば、火事は起こりうる。
クヌートの存在を幹部たちが知れば、そちらを支持することで旨味を得ようと考える者は必ず出てくる。そうして内部抗争に繋がるだろう。
まさしく、今の状況だ。
だからこそ父はその存在を隠そうとした。
アレッサンドロという実力者の養子とすることで、迂闊な詮索を出来なくする。同時に父が接触を持つことも不自然ではなくなる。
そして情報を規制しておけば、いずれ事実はひっそりと消えていく。その筈だった。
一体どこから情報が漏れたか。それを知ることが重要だ。
本来、この事実を知っている者は数少ない。サンジと、アレッサンドロ、そして自分。三人しか知らないはずだった。
父がこの情報を洩らすとは考えづらい。自分が隠したものを、自分から曝したりはしないだろう。
自分から洩れた筈もない。誰にも話したことはないのだから。
ならば……アレッサンドロ?
その可能性は、否定できない。
アレッサンドロは父と旧知の仲だ。父が最も信頼している人間でもある。
だからこそ相談役という立場を任されているのだし、クヌートの存在を隠す大役を担ってもいる。
その彼が、父の意向を無視する……?
あり得る。
実力もあり、多くの支持も得ているアレッサンドロだ。更なる権力を欲したとしても不思議ではない。
父は自分を愛してはいなかった。
母親は、現在のボルフィード組のシマの東部にあたる地域を治めていたマフィアの一人娘だった。
ボルフィード組とは同じ老頭の系列であり、組の間の仲も良好。そのため、後継ぎのいないそのファミリーはボルフィード組とともに歩むことになった。
そうして両親は結婚した。だが、甘やかされて育った母はただの我儘な女だったらしく、父はその存在を疎ましく思っていたらしい。
相手方のファミリーへの関係上、一人の子を生したが、それだけ。夫婦仲は冷えていた。
自分が副首領という立場にあるのも、その相手方ファミリーへの義理でしかない。
もしもクヌートが、次期首領の候補として担ぎ出されたならば、そしてそれをアレッサンドロまでもが支持していたならば……
自分はきっと、切り捨てられる。
自分の約束されたはずの未来が崩れてしまう。
それは耐えられない。
許せない。
何とかしないと……
だが、どうする?
幹部たちの支持を得ようにも、派閥の勢力すら拮抗した状況ではそれすらも難しい。
アレッサンドロや父の支持を得る? どうやって?
ああ、糞……いっそのこと、あいつを消してしまおうか……?
そんな、一瞬頭をよぎっただけの考えが、妙に頭にこびりついた。
……それは、案外悪くない考えかもしれない。
ボルフィード組には後継ぎとなり得るのは自分とクヌートしかいないのだ。
クヌートを消したとき、自分を処断すれば、組の存続自体が危ぶまれる。
無論、如何に取り繕おうともお咎めなしというわけにはいかないだろう。
だが最終的には、候補が一人しかいないのならば自分は次の首領だ。
それはこのまま手を拱いているよりも、遥かに良いのではないか……?
「……そうだな。いっそのこと……」
殺るか……
私をからかって遊んだ―――乙女にする仕打ちではなかったため、股間を蹴りあげておいた―――レオリオはしばらくの間不平を言うことなく進んでいたが、やがてそれにも飽きがきたらしい。
さらに一時間ほど歩く頃には、三歩歩くたびに腹へったー、と言い続けていた。
「こんな調子で本当にオレ達会場につけるのかなァ……うんこしたいぜ」
「レオリオ、置いておくよー」
ゴンの方がと時折レオリオよりも落ち着いて見えるから不思議だ。
しかし、そうこうしているうちに一本杉がすぐそこに見えた。
「着いたぞ」
「や~~~っと着いたぜ!」
「静かだな。我々以外に受験生は来ていないのか?」
ノックをしても返事はない。
だが、この先の展開を知っている私は少しわくわくしながら、部屋を覗きこめる位置を取った。
「入るぜ~」
―――キルキルキルキルキルキルキルキル、キール
でかっ!
怖っ!!
リアルで見ると予想以上の大迫力。
魔獣、凶狸狐。猫背でガニ股ながら二メートル近い巨体を持つ、見ようによってはラブリーな……いや、無理だ。リアルで見ると怖い。
「魔獣っ!!」
私以外の三人が、女性を片手に抱えた凶狸狐に身構える。しかしその瞬間、凶狸狐は勢いよく飛び出し、窓を破り森の中に消えていった。
「助けないと!」
「レオリオ、ハルカ、怪我人を頼む!」
「任せろ!」
「ええ!」
飛び出していくクラピカとゴン。
私とレオリオは部屋に残された男性の傍に駆け寄った。
「つ、妻を……」
「今仲間が助けにいった! 大丈夫だ!! 今あんたも手当をする。どこか酷く痛むところは!?」
「わ、私は大丈夫……」
男を力強く励ましながら、レオリオは素人眼に見ても早く的確に傷の処置をしていく。
私は周囲の警戒をする振りをしながら、部屋の中を眺めた。
解答を知っている私から見ると、この家は不自然なところがいくつも目につく。
レオリオが応急処置を終えたことを見て、私は彼の横に並んだ。
「レオリオ、彼の様子はどう?」
「ああ、深い傷は特になかった。応急処置は終えたし、あとは大人しくしておけば大丈夫だ」
「そう。それじゃあ、ちょっとどいて」
私は手にしたヴァイオリンケースを開き、短機関銃を取り出した。
「な、なんつーもん入れてんだお前は!?」
「銃器を楽器ケースに入れた少女ってのは、ロボにドリルくらい浪漫なのよ。それよりほら、どいてどいて」
短機関銃の照準を男に向ける。
念能力を使えない者にとって、銃器は見た目的にも大きな脅威となる。
男は驚きと恐怖に目を見張り、レオリオは怪訝に眉を顰めた。
「な、なにを―――」
「おい、ハルカ―――」
「貴方は何者かしら? この部屋、酷く壊されているけど、不審な点がたくさんあるわ。そこら辺の焼け跡なんて、もう何日も経っているんじゃない? それに今貴方達が襲われたにしては、私たちが着いたときにあまりに気配が無かった。突然というなら、いつあの魔獣は来たというの?」
つらつらと並べられる不自然な点にレオリオも気付いたようだ。
彼はナイフを取り出し、警戒するように男を睨む。
私としては回答を知った上で式を組み立てるという、カンニングそのもののチートっぷりなのだから、無論それに間違いがあるわけもなく―――
「―――いやー、参りました! 申し訳ない! あなたたちを試させてもらいました!!」
男はすぐに凶狸狐に変化し、謝罪したのだった。
―――計算通り……!!
凶狸狐夫妻はナビゲーターだった。
彼らは私の知識力、レオリオの医術と優しさ、ゴンの運動力と観察力、ハルカの推理力とそれぞれの特性をいい、試験会場へのナビゲートを約束してくれた。
早速出発しようとする凶狸狐たちに、私はしばし待ってくれるように告げた。
もう一人、きっと来るはずなのだ。
「うーん、もう一人ねぇ……」
「クイズをやっていた麓のおばばからは、他に正解者の連絡は受けてないからねぇ」
「そりゃ、君たちの友達なら、この家まで来れたら連れていくのは構わないけど、どうだろうねぇ」
「君たちの来た順路以外は、魔獣たちの巣だらけだからねぇ」
「無事に来れるかどうか……」
夫妻の言葉に、沈黙が流れる。
確かに、魔獣の巣などプロのハンターでも進んで入ろうとはしないだろう。求めるモノがそこにあるというのならば話は別だが……
私とて、危険を考えれば魔獣の巣に入ろうとは思わない。
アゼリアはかなりの実力者のようで、そう簡単にやられはしないだろうが、魔獣が群れで襲ってきたりしたら、果たして……
そんな重くなった場の空気を払拭しようと、凶狸狐―――ゴン曰く夫の方―――が言った。
「ま、会場に連れていくのは明日でも間に合う。なんなら、今晩はうちで休んで―――」
その言葉が終わらないうちに、小屋が揺れた。
大きな塊がぶつかった音がして、窓から見える一本杉がミシミシと音を立てている。その揺れが伝わってきたらしい。
明らかに尋常ではない事態。
私たちは顔を見合わせると、警戒を怠らずに窓から飛び出した。
「な、なんだよ、一体……」
「気をつけろ。何が来るか判らないぞ……」
ぶつかった何かは、一本杉の裏でのびているようだった。
家が入りそうな太い木の幹を回り込み、ソレが何かを見る。
「なっ!?」
「こいつ……アシナガコングだ」
「は、八頭身モナー?」
木の幹を大きく凹ませて、白眼を向いて倒れていたのは巨大な魔獣だった。
巨大なゴリラの手足を引きのばした、とでもいえばいいだろうか。
足回りだけでも私たちの胴ほどありそうな巨体が、立ち上がれば八頭身に至るスタイルを持つのは、ちぐはぐで奇妙な感じをうける。
だが、ある種滑稽な姿とは裏腹に、高い知性と強靭な肉体で魔獣の中でも難敵とされる奴だ。
一体誰が……?
「あ、アゼリア!」
疑問の答えはあっさりと出てきた。
夜の森の陰影の中、浮かび上がるように一人の女性が現れる。
ダークスーツにはところどころ木の葉が付き、黒髪は乱れているが、見たところ傷一つない。
確かな足取りで彼女は進み出て、私たちと再会した。
「すまない、遅れた」
「全くよ!」
ぷんぷんと腰に手を当てて怒りを露わにするハルカ。
その気持ちは判るが、アゼリアは困り顔だ。
「そうは言ってもな……魔獣たちがやけにしつこくて。ハルカたちこそ、よくこんな早く着いたな」
「……アゼリア、下のクイズ正解って言われた?」
「通れ、とは言われたから、正解だろう?」
「やっぱり……」
あちゃー、と頭を抱えてハルカは下のクイズの答えを解説しだす。
それを横目で見ながら、私たちは気絶したままのアシナガコングを見ていた。
「おやおや……」
「まさか、本当に違う道からここまで来るとはね……」
いつの間にか出てきていた凶狸狐夫妻が、感心したような呆れたような溜息を吐いた。
「こいつら、群れでいるはずなんだけどねぇ」
「さっき息子が見に行ったら、ココまでの道に気絶したコングが何体もいたってさ」
「しかも一体も死んでないっていうから、驚きだねぇ」
大したもんだ、と語られるその内容に、私は戦慄を覚えずにはいられなかった。
どうやら彼女の戦闘力は私の見立てよりも遥に上のようだった。
敵とならなければ、頼もしい限りだ……
「ま、こんなもの見せられちゃ、不合格なんて言えるはずもないわな」
「これで全員揃ったんだろ? じゃ、行こうか、ザバン市へ」
腕の部分を翼に変化させる凶狸狐たち。
私たちは全員が無事本試験に挑めることを喜びあいながら、束の間の夜の空中遊泳を楽しむのだった。
ハンター試験、前日のことだった。
〈後書き〉
原作を読んでいて思ったんだけど、あのクイズって悪辣過ぎません?
答えは出せないって考えても、だから「答えない」が正解であると気付いて、そう答えられる人っていないんじゃないかなー。
クラピカだって受験生の悲鳴を聞いたからその答えにたどり着いたようなものだし。
さらにそれを間違えたら、魔獣の巣にご招待。
船旅では死ぬ前に引き返す道が与えられていたんだから、不合格者への仕打ちにしても酷すぎる。
だから、あの魔獣の巣コースは追試みたいなものじゃないかなー、と考えているんですが、どうでしょう?
だってほら、不合格とは言われてないし。
さて、次回からはハンター試験本番。
いろいろ出していきます。キルアとか、ヒソカとか、トンパとか(笑)
それでは、次回更新の時に。