「凜さん、その、お聞きしたい事が……」
今日も一日終わった。
渋谷凜は事務所に戻って、買い置きしてあるうまい棒を食べようと考えていた。
しかし何やら目の前でやたらもじもじしている女の子のせいで、そのうまい棒タイムという神聖な時間が危ぶまれていた。
自分は彼女のことは知らない。だが同業の匂いがするような気がしてならない。
この世界に入ってから、妬みや恨みを同業者からよく味あわされた。
こういうのは無視して帰るのに限る。下手に言い返そうとすればますます穴にはまるだけだ。
「……ごめん。ちょっと用事があるから」
「その、少しだけでいいんです」
その少しが長いのが女の子の面倒くさいところだ。
時間が無い、既に三時間前に食べた『からあげ君』は収録中に消化しきってしまっている。
今の渋谷凜はカラータイマーが鳴っているウルトラマンに等しいのだ。
「ごめんなさい、今の私には時間が無いの」
「そ、そんな」
「このままだと私の、ひいては全人類の危機なの 」
「え!?そ、そんな大変な事が」
慌てる少女をよそに、凜は悲観するかの如く天を仰いだ。
今の彼女にとって世界かうまい棒か。どちらかを選べといったら、しばらく躊躇った後にうまい棒を選択するだろう。竜王も真っ青な思考状態である。
ちなみにうまい棒かプロデューサーなら、話を途中で遮ってでもうまい棒を選んでいただろう。
「うん、お願いだからそこをどいてくれない?そろそろ私の仏の顔も四度目辺りに……」
「お、お願いです!その、一応今日差し入れの『赤福』のおもちも用意して」
「え?赤福ってあの赤福?」
「は、はい」
「……」
「あ、あの凛さん?どうかなされたんで」
「何か困った事でもあった?もし良ければ私に何かできることはある?」
「へ、あ、え?」
コンマ一秒の速さで阿修羅の如き無表情から営業スマイルに変わった。
あまりの早業に目の前の少女は処理落ち気味である。
「うん、やっぱりこういう時はアイドル同士助け合わないとね」
「は、はぁ」
「さぁ、行こっか。赤福が私を待っているから」
「……は、はい」
うちの事務所は今日も平和です
第八話「……まぁ、悪くはないかな」
渋谷凛。15歳。
僅か半年にしてCランクに到達、さらにその四か月後にはBランクへ至った。まさに今、最もアイドル界で注目されている新人である。
半年でCランクアイドルに到達、それはあの765プロダクションの伝説的なアイドルである星井美希と同じ偉業である。
早い話が、デビュー僅か半年でCDを100万枚を売り上げるアイドルに成長。さらにその三か月後には武道館でライブをやってのけたということだ。
普通のアイドルであればどれだけ早くとも1、2年をかけてやっとCランクにたどり着くのが通例だ。
Cランクになることができず、この業界から去っていくアイドルが何百人いることか。
その上、Bランクともなれば年に十数人……。
Aランクに至っては年に2、3人でるかどうか。1人出ればその年は当たり年である。
そしてそのAランクアイドルの領域に到達することが確実と呼ばれるアイドルこそ、彼女渋谷凛なのである。
このアイドルひしめくアイドル戦国時代にそこへたどり着けば、それはもはや偶然という言葉では片づけられない。
それだけの実力があったといえるだろう。
そして恐ろしいことがもう一つ。この業界に身を置く者であれば、誰もが口をあけて呆けてしまう話が存在する。
なんとこの一年、Cランクに十数人を到達させた恐るべき事務所が存在する。
それこそが渋谷凛が在籍している事務所なのだ。
選考基準が甘い?いや、厳しくしてもなお彼女達はそこを乗り越えてきたのだ。
おかげでその年のレベルが上がってしまい、他のアイドル事務所が悲鳴を上げる事態になったほどだ。
それでも彼女の事務所のアイドル達は悠々とその高いレベルを突破していったのだが。
しかもそのほとんどが何かしらのアイドル養成事務所に在籍していたわけではなく、街中でスカウトされた素人アイドルだというのだから驚愕である。
それも北は北海道から南は沖縄まで、まさに日本中からスカウトしているという話だから驚きだ。
最初は都市伝説だろうと思ったがどうやら本当らしい。
あの事務所に所属するアイドルは一癖も二癖もあるらしいが、それは『アイドル界の魔窟』と呼ばれる理由にはならない。
一切の常識が通用しない、非常識なことをやり遂げてみせるからこそあの事務所は異常視されているのだ。
おかげであそこのプロデューサーには様々な噂がたっている。
・全員のアイドルを一人で管理している。
・栄養ドリンク一本で一週間寝ないで仕事していた。
・裸の少女をクリスマスにお持ち帰りした。
など実に幅広い。
最後は聞かなかった事にした。
だがそんな噂が立つほどに、目の前の渋谷凜が在籍する事務所は『ありえない』のだ。
その事務所から生まれたミラクルガールが、たった今。自分の目の前で……。
「あ、私と卯月ちゃんが出たから未央ちゃんも出るかと思ったかもしれないけれど、あの子は登場予定は無いから」
「凜さん突然どうかしたんですか!?」
思いっきりぶっちゃけていた。
美味しそうに赤福の餅をほおばりながら、お茶も楽しんでいる余裕ぶりである。
「あの子不遇キャラで売ってたのに、突然SR化するんだもん。ダメだよ、ダメだよ未央。もうそこまでいったら最後まで茨を突き進まないと」
「凜さんは何か未央さんに恨みでもあるんですか!?」
「いや、もしかしたら希望を持っている人もいるかも知れないと思って。だってほら、希望なんて在って無いようなものだし」
「それアイドルがいったらダメですよ!?」
「アイドルに希望を持たれてもなぁ。アイドルだって月の日はヤバイよ?うちのみくもこの前はギーガボンビーが限界突破したみたいな顔していたもん」
「どんな顔ですかそれ!?」
ちなみにみくとは彼女の同期である。
悪意もなく月の日のアイドルの姿をばらす凜に、思わずこれが今一番波に乗っているアイドルの貫禄なのかと戦慄する。
「まぁそんなことよりも、どうしたの?何か相談事があるとは聞いたけれども」
「あ、あの、こんな話を聞いてもらってもいいのでしょうか。今話題の凜さんに私みたいな底辺新人アイドルの相談なんて」
「じゃぁ帰ってもいいかな?」
「あ、あの、芋ヨウカンが」
「何でも言って、私達ってソウルメイト(魂の友)じゃない!」
値段にして600円のソウルメイトである。
思わず頬が引き攣ったが、このままだと話が進まない。
話題を切り出すべく、引き攣った頬を何とか整えた。
「あ、あの。私って一生懸命練習しているんです。けれども凜さんみたいに上手くなれなくて」
「ふ~ん、あ、これ粒入りなんだ。いいね」
「オーディションにも何回も落ちてしまって」
「はぐはぐ、うん」
「事務所でも最近居場所が無いっていうか」
「あ、お茶のおかわりが欲しいかも。ちょっと自販機に」
「話聞いてますか?」
「へ?あ、うん。あれだよね」
何度も意味深げに頷く凜に、心強さを覚える。
少し変わってはいるが、やはりBランクアイドルである。人を惹き付ける魅力というものが……。
「ハードゲイさんとか波田陽区さんとかの一発屋の芸ってさ、なんか虚しさを感じるよね。 わかるわ」
「まったく解ってないです凜さん!?」
「え、でもあれって凄い見ていて悲しくならない?なんていうかさ、芸能界の世知辛さを垣間見た気がして」
「いや、解りますけど凜さんは解ってないんですって!?」
まったく自分の方を確認せず、口に付いたあんこを幸せそうに指ですくって口へ運ぶ稟。
確かに上に行けるアイドルほど我がとても強いという話は聞いていたが、流石にここまで行かなくちゃならないならもう諦めたらいいじゃね?と思わず考えてしまうが、必死の思いで振り払った。
「まぁ、あれでしょ。ようするに思うようにいかないから、どうしたらいいか解らないってことだよね」
「話を聞いてくれていたのなら、最初からそう言ってくださいよ……」
「諦めたら?」
「凄い良い笑顔で言っちゃいましたこの人!?」
「人生ってさ、諦めと妥協なんじゃないかって時々思うんだ。ほら恋人とか学校とか就職先とかも、最初は高い理想持ってるけど、段々打ちのめされていくにつれて現実知ってくるよね?その理想を諦めて現実を受け入れる事ってさ。残酷だけど大事な事だと思うんだ」
「だからそれアイドルが言って良いセリフじゃないですよ!?」
「大丈夫だよ、人間って不思議な事に『もうこれしかないんだ』って思っちゃう生き物なだけ。一旦離れてみると、案外他の道も見つかるから」
「そして自然に引退勧めてきた!?」
微笑みながら再び芋ヨウカンに手を伸ばし始める凜。
ちなみに彼女はもちろん最初はこんな子ではなかったのだ。目を惹かれる魅力はありながらも、普通の女学生であったのだ。
しかしプロデューサーという名のサタンに見込まれ、例のアイドル事務所を生き抜くために慣れていった結果。
本当、どうしてこうなった。
「で、でも……私。引退なんてしたくないんです」
「う~ん、そうだよね。私もそう言われたってアイドルを辞めたくないから」
ついには涙ぐみ始めた新人アイドルに凜は困ったように頬を軽くかく。
凜は本音を言えば、どう言ったらいいのかまったく解らなかったのだ。
自分が彼女のように新人アイドルで売り出した時期は、そんなこと言ってられる余裕はまったくなかった。それこそこんな風に相談できる力など欠片ほども存在しなかったのだ。
スカウトされて案内されたのはオンボロ事務所。
アイドルは自分一人、しかも新人プロデューサーに新人アイドル。おまけに事務所初のアイドルという肩書きであった。
はっきり言って地獄も生ぬるい環境であった。
毎日残業三昧で変な笑いを溢しながらモバコインと呟き続けるちひろ。
ただでさえぼやけた顔が更にぼやけ始めた社長。
そしてそんな中でポケモンの個体値選別をやって社長とちひろにクロスボンバーされるプロデューサー。
若干一名はおかしかったが、本当に酷い毎日だった。
おかげで度胸は事務所で人一倍あると自負している。
トラブルなんて毎日あって(主にプロデューサーが原因で)ない日がなかったぐらいだ。
そのおかげでとっさのアクシデントやフリの対応なんて軽々と出来るようになっていった。
そして握手会の後はファブリーズを使用するようになった。
いろいろ大事なものを失った気がするが、多分気のせいだ。そうに違いない。
彼女が知るのは恐らくそんな自分だ。
それを乗り越えて今ここにある自分なのだ。だから……。
「う~ん……ねぇ、もしよければうちの事務所で軽くレッスンしてみる?」
「え?」
早い話が実際体験すればいいだろう。
取り合えず、自分は相談を受けても答えられないのだ。
今まで実践と行動で彼女が欲するものを得てきた自分には、その答えは口で言い表せるようなものでは無い。
口で言葉と成る前にあった、言いようのない心の温かさ。それが彼女には必要なんだと思うから。
「い、いいんですか?」
「うん」
「そ、その。みなさんのお邪魔になるんじゃ……?」
「いいよ、そんなこと気にする子なんてうちにはいないから安心して。それに」
「それに?」
「むしろうちのプロデューサーが事務所最大の邪魔かもしれない」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
まったく躊躇いもなくきっぱりと言い切った凜は携帯を取り出すと、電話帳からお目当ての名前を見つける。
そのまま二言、三言何かを伝えると、『ありがとう』と電話の向こうに伝えて電話を切った。
「うん、プロデューサーにOKもらったから大丈夫」
「ず、ずいぶんとあっさり」
「それじゃ、いこっか」
約三時間後。
タクシーに乗せられて到着した事務所は、想像したよりも小さな事務所であった。
いや、通常よりは大きめなのだが、それでもアイドルが60人以上も在籍している事務所にしては小さい。
「ただいま」
観察していると、凜が扉を躊躇いもなく開けて事務所に入っていく。
自分もお邪魔しますといって入ろうとしたその瞬間。
彼女を例えようがない悪寒が襲った。
それは本能的な恐怖であった。
人が自然の理から外れて久しく、生まれてからここまで体験する事の無かった恐怖。理性では、頭では解っていても体がそれを拒絶している。
恐怖。そう、それは恐怖であった。進んではいけない、戻れ、戻らないともう二度と戻れなくなる。
昨日までの自分に、今まで生きてきた自分に戻れなくなる。
そんな思考の溢れんばかりの濁流が、一刹那の間に彼女の脳裏を駆け巡った。
「……どうしたの?」
気が付けば目の前に不思議そうな表情を浮かべた、女の自分から見ても可愛らしい凜の顔があった。
「そ、その。凜さんは何も感じませんか?」
「何が?」
「た、例えるならまるでライオンの巣の中に入っていくような感覚というか……」
「ライオンなら居ないけれど、うちのアイドルの小春ちゃんが持ち込んだコモドオオトカゲなら放し飼いにしているよ」
「それOUTです」
「大丈夫、あの子は人間に慣れてるから可愛いよ。あ、でもこの時間は散歩の時間だったから今はいないかな」
古賀小春、爬虫類大好き系の12才アイドルである。
ちなみに凜は慣れれば可愛いといったが、爬虫類が人間に慣れるのではなく人間が爬虫類に慣れるのが基本である。
つまりまったく安心できない。
ちなみにコモドオオトカゲは口内に失血によるショック死を起こす毒を持っている。
まったく安心出来ない。
もう帰りたいと涙目になりながらも上がってみると、中は普通の事務所であった。
事務処理用のデスクに若い少女が好みそうな雑誌が並べられた本立て。ファイルがいくつも納められた業務用本棚に隙間無しと書き込まれた仕事のホワイトボードなど。
一通り見える範囲の物見まわして『よ、よかった。案外、普通の事務所だ……』と安心したその瞬間。
彼女は強烈な視線を感じた。それも人のような温かさが無い、まるで人形のような生きた心地のしない視線を。
視線をゆっくりと動かすと、そこには一体の人形があった。
陶器製の人形、ビスクドールだろう。
フリルが多用された中世の貴婦人を摸したゴシックロリータ服を着んでいる。カールがかった美しい金髪に、翡翠の色をした透き通るような目。
ただ人形独特の能面のような顔には、まったく喜怒哀楽の表情がない。はっきり言って怖い。
「あ、それ小梅ちゃんが拾ってきた人形なんだ。ゴミ捨て場に捨てられていた人形らしくてさ、気になったから拾ってきたんだって」
「へ、へぇ~そうなんですか」
「あ、触ってみる?意外と軽いんだよね、この人形」
もう逃げ出したかったが、何とか笑顔を保ちつつ凜から人形を受け取った。
確か自分の記憶では、小梅とは今話題のホラー系アイドル『白坂小梅』のことだろう。この時点で良い予感が微塵もしない。というかこの事務所に入ってからそんなものは無い。
この人形。気のせいか人肌のようにように温かいし、生きていないのに目が生きているように感じる矛盾。
「たまにいつもの場所から移動したりしてるんだよね、なのに誰も動かしてないって言うの。視線感じる事もあるし、何かあるのかなとは思うんだけれども。小梅ちゃんがその人形とお話ししている事もあるからさ」
「そ、そうなんですかぁ」
「うちっていろんな職業からプロデューサーが引っこ抜いてくるけれど、まだ寺系とか巫女系はいないんだよね。もしそんな子が来たら、軽くお祓いして貰おうかなとは考えてる」
いや、待たずにお祓いしろよ。それも軽くじゃなくて念入りに。
思わずそう突っ込みたくなったその時、自分の右手の人差し指に軽い違和感を感じた。
固まる。背中に凍るように激しい寒気。明らかに何かに握られている自分の人差し指。ほのかに感じるのは、まるで赤子に握られているかのような小さな手。それどそれは堅い。
「その人形ね、稼働箇所が凄い凝ってるんだ。指も気持ち悪いぐらいに動くんだよね。たまに掴んでくるんだけれど……よくできているよね、それ」
いや、もうそんな次元じゃないからこれ。
掴んでくる時点でそんな次元は天元突破してますから。
というかおかしいと思ってくださいお願いだから。どう考えてもおかしいから。
何でそんな冷静に分析してお茶飲んでるんですか?そして嬉しそうに冷蔵庫にあった『かな子』って書かれた人のプリン食べているんですか。
もうなんていうか助けてください。
「あ、もしかして幽霊とか心霊とか信じるタイプだった?大丈夫だよ、そんな非常識なものいないから」
いやいや、目の前で起きてるんですけれど。めっちゃ手元から視線感じてるんですけれど。
もう自分の指が痛いぐらい握りしめられているんですけれど。
そんな徐々に握りしめられていくギミックとか聞いた事無いんですけれど。
というかもう貴方が一番非常識なんですけど。
「あ」
「へ?」
「あと、この飾られたキノコも最近入って来たアイドルのものなんだよね」
「き、キノコですか?」
「よくそのキノコに話しかけてトリップしてるけど、まぁ多分1UPしたようなものだから気にしなくて良いと思うよ?本人曰くキノコは友達らしいから」
「へぇ~キノコは友達ですかぁ~。へぇ~」
それ間違いなく上がっちゃいけないものが1UPしてます。
も、もう帰るしかない。
この事務所は『魔窟』とかいう次元じゃないのだ。もうこれ『異界』になっている。
人間が訪れて良い場所じゃない、間違いなく汚染される。ナ○シカの腐海よりも酷い事になってるもん。
そう思いこりゃダメだと話題を切って帰ろうとした。しかし。
「お、お邪魔し……」
「おっす、帰ったぞ」
「あ、プロデューサーだ。お帰りなさい」
ここに来て、彼女は本当の意味で恐怖を覚えた。
今まで生きてきた中で一度もない体験。この事務所で感じて来た恐怖以上の、言葉に言い表せないどころか頭が真っ白になる恐怖。
「どうかしたの、プロデューサー」
「いや、お前は真面目だな」
「……まぁ、やるからにはとことんやるつもりだよ」
「うん、その、それはいいんだが……」
戸惑うような素振りを見せた男に凛はやきもきしたのか、顔を歪める。
「何か言いたいことがあるならはっきり言っていいよ。いまさら隠すような仲でもないと思うから」
「そうか、それなら言わせてもらいたい」
「お前がセブンアンドアイに入っていったという話が真しやかにネットに流れているんだが」
「……えっと、だめだった?そろそろからあげくんも飽きちゃったから気分を変えようと」
「凛、お前はローソンだけにしなさい」
「え?」
やばい、やばい。
逃げないとやばい。もう一刻も、いや一秒も早く逃げないと。
「その、な?解るだろ?お前がローソンに入らないとな、大人の事情とかあるんだよ。あの765の律子プロデューサーだってローソンからは逃れられない運命だったんだ」
「あ、うん」
「よ~く見てみるんだ、彼女はエビフライみたいな髪型してるだろ?彼女はファミリーマートに行ったばかりにあんな髪型になったしまったんだ。おかげで自然系に戻してもノンフライ呼ばわりされる始末。どっちにしろ加工済み扱いだ」
「ええと、律子プロデューサーがエビフライヘアなのと私がセブンアンドアイに入ることが何か関係があるの?」
「大ありだ凛」
男は悲観するように天を仰ぎ見た。
さながらそれは終末を嘆く神父のようである。
ただどっちかというと十三課の匂いがする神父だ。匂いが香ばし過ぎて近寄りたくない。
「お前はあんな髪型になりたいのか。エビフライが好きなのか?俺はどちらかというとカキフライ派だ」
「……私は、かき揚げの方が好きだけれど」
「まじか、最近の若者は渋いな」
扉を開けて現れたやたら大きいトカゲを引き連れた男性。身なりが整い、まだ年若く格好いい。
だが、問題はそこでは無い。
「まぁそれはともかく。彼女はファミリーマートに入ったばっかりにあの髪型になってしまったんだ。凛、お前はエビフライになりたいのか?俺はいやだぞ、自分のアイドルがカリッとさくっと香ばしくなることは許せない。俺、最近油ものとりすぎて医者に注意されたしな」
「最後に力入れてない?」
中心はこの人だ。
ここまでの様々な危機で人間という種の本能に目覚めた彼女は、一瞬でそれを見破ってしまった。
人形も、コモドオオトカゲも、何か変な空気出しているキノコも、目の前の非常識な凜さんも。
全部この人が原因なのだと理解できた。
「あ。この子が例の子かぁ」
「うん、ほら○○事務所の」
「俺が新米の頃にお世話になったところじゃないか。何かこの前に入禁されたけど」
「何でだろうね?」
「いや、自分自身もよく解らん。ああ、自分がここのプロデューサーだ。話も凜から聞いたし、事務所からも許可を貰っているから安心してくれ」
「大丈夫だよ、最初は大変かもしれないけれど慣れるから」
「っひ、あ、え」
自分は、もしかして踏み込んではいけないところに来てしまったのかもしれない。
妙に良い笑顔の凜と、プロデューサーに思わずソファーから立ち上がって一歩後ずさる。
その際、見ないようにしていた手元の人形に目が行ってしまった。そこには自分を見て明らかに哀れんで同情している顔になっているあの人形の顔があったのだ。
あ、貴方も被害者だったんですね。
一瞬、十代の少女の激しい叫びが聞こえた後。その事務所は再び静寂に包まれたのであった。
▲▲▲▲
後日、そこにはレッスンに励む彼女の姿があった。
その姿には一切の迷いが無く、かつて悩み苦しんでいた少女の姿は無かった。
彼女は縛られていた鎖から解き放たれたのだろう。彼女の歌は自由と喜びに溢れ、その姿は魅力に満ち溢れていた。
僅か数日でよくそこまで変われたものだと、事務所の先輩や同期は感心しているようであった。
何人かの同期がどうしてそこまで変わる事が出来たのか、成長できたのかと尋ねたが彼女は何も言わずただその時ばかりは遠い目をしていたという。
そしてテレビに出るようになり、ある司会者にそう尋ねられた時の話だ。
彼女は困ったように笑ってこう答えたらしい。
『毎日コモドオオトカゲを散歩に連れて行って、人形さんの愚痴を聞いて、キノコ様と友達になればいいですよ』
と。
それを事務所で栗饅頭を食べながら見ていた凜は、思わず『うわ、この子本物だったんだ』と恐れおののいたらしい。
渋谷凜の事務所は今日も平和です。
■ ■ ■
みんな大好き渋谷凛ちゃん、なのにどうしてこうなった。
一応ここ凜ちゃんもプロデューサーを信用はしています。ただツンのベクトルが変な方向にいってるだけです。
取り合えず、これを見て凜ちゃんはこんな子なんだ思った人は、間違いなく間違ってますから安心してください。普通に良い子で可愛い子ですから。こんなハジケリストじゃないですから。
一回はいつものようにプロデューサーとの掛け合いを書いたのですが、データがルーラしたためにこんな感じに。
友人のクールPにこれ見せたら、うわって言われました。
多分感嘆の言葉が漏れたんだと思います(小並感
追記、ちゃんみおはちゃんと書きますから安心してください、あんな美味しい人を書かないわけがないので。