最近俺の苦労もあってか、少しづつ知名度が社会に増してきたうちのアイドル事務所。
最近どころか売り込み四日目ぐらいからテレビ局の中でブラックリスト入りしていたが、お茶の間の皆さんには親しまれるようになってきたらしい。
そしてうちの事務所の知名度が高まってくると、一つのある現象が発生してくる。
「あ、あの、私はアイドルになりたくてっ!」
しげしげと目の前の少女を観察する。
つまり自らが足を引きずってアイドルの勧誘を行わずとも、向こうから勝手にやってきてくれるわけだ。
確かにそのほうがこちらとしては楽な作業であるが、アイドルの採用というのは中々にギャンブル性が高いということも、頭の中心に据えておいていただきたい。
ぶっちゃけアイドルは金がかかる。
ある程度仕上がる前のレッスンやら指導料やらがかなりかかる。
そのため明らかにアイドルに向かない子には、大変申し訳ないが、お断り宣言を行わなければならない。
こっちだって慈善事業をやっているわけじゃないのだ。
目の前の少女の名前は『島村卯月』。
年齢は17で、趣味は友達と長電話と。
歌と踊りは……うん、減点方式だったら100点で加点方式だったら0点?
「え~と、島村卯月ちゃん?」
「は、はい」
目の前の少女はやや緊張気味な様子でこちらを見つめている。
「悪いけれど、不採用で」
「な、何故ですか!?歌もしっかりと歌えていました!だ、ダンスだって……」
絶望に顔の色を染めた卯月、突如突きつけられた現実に思わず悲鳴のような声を上げた。
目の前の少女はどうやら他の事務所に落ち続け、最後にとこの事務所を頼ってきたようだ。
そうか、うちの事務所は最後なのか。ああそうですか、とかそんなことで彼は憤ってたりはしない。
むしろこの事務所を選択しただけで、その勇気に免じて50点はくれてやってもいいとさえ思っていた。
「理由が……聞きたいかね?」
完全な仕事モードに入ったプロデューサーに卯月は落ち着きを取り戻したのか、神妙な表情でわずかに顎を引いた。
「……そうか。君の頭は悪くはない方だと思う、だから俺がいうことの意味は君自身よくわかってくれるはずだろう」
「……お願いします。私、どうして自分が駄目だったか、私に何が足りないのか、本当に知りたいんです!」
現実を受け止め、それでもなお食いすがろうとするその意思は、とても美しく見えた。
しかしプロデューサーはそれを憐れに思った。
これはその程度で解決できるような問題ではない。あってはならないのだ、と。
組んでいた足を解き、彼自身も真摯に彼女を見つめなおす。
「君の名前をもう一度言ってほしい」
「し、島村卯月です。それが、何かあるんですか?」
「ある、大有りだ」
混乱気味な卯月をよそに、プロデューサーは神は死んだとばかりに天を仰いだ。
「うちの事務所、ユニクロ派なんだ」
「……は?」
うちの事務所は今日も平和です。
第五話「アイドル島村卯月、絶好調です!プロデューサー!」
世の中には相反するもの同士が存在する。
天使と悪魔。上と下。闇と光。天と地などといったように。
そして人が生まれしその時から、それぞれ決して分かち合うことなく、反目し続けてきた二つの存在。
それが……。
「いいか、今はどこも連携をとっている時代なんだよ。うちのとこのアイドルも魔法業界とか、なんとかするRPGとかとコラボってんだ。わかる?」
「は、はぁ」
「あの765プロだって、元アイドル現プロデューサーの一人がローソン店員やってたんだから。つまりそれぐらい重要なんだ。ここまでOK?」
「え、ええ」
「そして次に俺たちが狙っているのがさ、衣服業界なわけよ。お友達のモンハンだってコラボってるわけだからね、それでうちらに理解があるフレンドリーなところがユニクロなわけ。ドゥーユーアンダスターン?」
「い、イエスアイドゥー」
「うん、だからしまむら派の君は悪いけれどうちの事務所じゃ採れないんだ。ごめんね」
「すいません、急に意味が解らなくなりました」
困惑気味に卯月がそういうと、プロデューサーはお前は何を言っているんだとばかりに頭を抱えた。
「うちに凛って子がいることは知っているかい?」
「知ってます。今人気急上昇のアイドルで、この事務所の看板アイドルですよね!」
「その通りだ」
うんうん、と頷くプロデューサーに気をよくした卯月であったが、話の意図が見えないのか首をわずかばかり傾げる。
「その、その凛さんがどうかしたんですか?」
「うちは実はつい最近までローソンと共同でキャンペーンを行っていたんだ」
全国のローソンからマグネットが消えたあれである。
俺自身は普通に小岩井が飲みたかったのに、得点欲しさに買い占めやがって。ちなみにメッツは別にどうでもいい。
「そのキャンペーンで彼女は代表的な存在だったわけだが……悲劇が起きたんだ」
「悲劇……ですか?」
「そうだ」
ああ、あれは神が嫌がらせをしたとしか思えない出来事だった。
例えるならロミオとジュリエット、マクベスと同じように、これを聞けば大衆は涙するに違いない。
今度監督に打診してみるべきか。
「それは……いったい」
「彼女はファミチキが好きだったんだ」
「へ?」
「いや、気持ちは解らないでもない。俺でもどちらかといえばファミチキ派だ。しかし事務所の都合上それを許すわけにはいかなかった……」
愛する者を引きはがされることは、半身が捥がれることに等しいという。
ならば彼女が身に受けた苦痛はいかほどのことか、その心を測り知ることが俺にはできない!
「あいつは言ったよ、『私はファミチキが好きなんです。Lチキなんて認めることができません!』と」
「いや、あの、別にどっちでもいいんじゃ」
「俺は彼女に何も言うことができなかった。その震える背中になんて声をかければいいのか解らなかったよ」
卯月の中で大人気アイドルの株が急降下し、投資家たちが首を吊り始めた。
一方プロデューサーは熱が入り始めたのか、目じりに涙を浮かべながらも熱弁を繰り広げる。
「俺は言ったんだ、『ローソンにはからあげ君があるじゃないか』と。しかし凛は『それが、ファミチキをあきらめるという理由にはなりません。ええ、からあげ君は確かにおいしいですけど』と」
「ちょっと揺らいでませんか?もうからあげ君でも良かったんじゃないんですか?」
「あいつの一途さに俺は涙した。しかし仕事は仕事だ、私情を持ち込むことは許されない。凛は結局、キャンペーンが終わるまでファミチキを食べることができなかった。ずっとからあげくんを食べていたよ……」
「それ問題解決しているように聞こえるんですけど……」
「仕事の終わり、車で帰路に着いたとき。あいつは通り過ぎたファミマを目で追いながら言った。『もう、戻れない。私はからあげくんしかないんだ……』とな」
「気に入っちゃった!?それもう完全にからあげくんでいいんじゃないですか!?」
「いや、だってファミチキって食い続けていると飽きるぞ?からあげくんはバリエーションあるし」
「あれ?私、結局なんで落ちたのか全くわからないんですけど。なんでそんなやりきった顔をしているんですか。いや、額をハンカチで拭ってないですね、説明を」
「お前、あれだけ言ってもわからないのか」
「これ怒っていいですよね?」
本当にこの事務所を受けてよかったのか。むしろ落ちて正解だったのではないかとすら思えてきた。
しかしそれでもアイドルになりたいという心は本物なのだろう、他のアイドルだったら「はいはいワロスワロス」で済ませるところを真面目に最後まで聞いていた。
はっきりいって損な性格であった。
「ようするに提携しているところ以外と関わっちゃまずいんだよ。ほら、この前スポーツ選手がコカ・コーラと提携してるのにペプシ飲んで解約されただろ?」
「あ……」
「あれだけで六千万、そうだ。六千万の契約が消し飛んだんだ。特にうちみたいな吹けば飛ぶような事務所が、そんな有名どころと問題起こしたら本当に吹き飛んじまうんだよ」
それ故の悲劇であった。
あれ以降、凛はファミチキではなくからあげくんを食べるようになってしまった。
女は男以上に割り切りが早い、もう彼女の中にファミチキは存在してはいないのだ……。
「それと同じだよ。お前さんも」
「わ、私は我慢できます!アイドルになれるのなら、毎日三食Lチキだってかまいません!」
「いや、それはさすがに健康に悪いし……その、ぶっちゃけひくわ」
耐えろ、耐えるんだ卯月!今ここで目の前の男を殴ったら全てが台無しになる!
いや、もうすでにこの事務所はやめたほうがいいじゃとか考えているけど、あきらめちゃダメ!
ファイトだ卯月!
「いや、お前さんの場合はあれだ」
「ど、どれですか」
「苗字がさ、『しまむら』だろ?」
「……あれです。ユニクロと提携したいからしまむらはまずいんだとか、そんな理由じゃないですよね。いや、サムズアップしないでくださいよ。うざいです」
「いや、ネットで絶対に書かれるからね。『しまむらなのにユニクロとかwww』みたいな感じで書かれるからね。さすがにそれはちょっと不味いかなぁって」
たったそれだけのために約四千字もこの問答を繰り広げたことに卯月は頭が痛くなった。
ダンスがダメだったら納得できる。歌が下手だったら納得できる。この事務所には合わないでも構わない。
でも苗字が『しまむら』だからで納得できるわけがない。
「……いいです。帰ります。やっぱり、私にはアイドルなんて無理だったんですよ」
涙が込み上げてきた。
今まで努力を続けてきた。何度も何度もくじけそうになった。それでも諦めることはなかった。
「私にはアイドルとして魅力なないからって、個性がないからって。私よりダンスが下手だったり、歌が音痴だったりした人のほうが採用されて」
どうしろというのだろうか。
歌が下手だと言われたら何度でも歌おう、ダンスが下手だと言われたら何度でもうまくなるまで踊ろう。
ただ個性、個性とはなんなのだろうか。魅力がない?その魅力はどうすれば手に入るのだ。
悲しくて、悔しくて、涙が込み上げてきた。
「努力しても、化粧をがんばっても、雑誌を読んで勉強していくら服をコーディネートしても、『個性がない』のただ一言だけで……っ!」
この人は優しい人なのだろう。
本当は魅力がないと、個性がないというのが本当の落ちた理由なのだ。今までだってそう言われて落ちてきたのだから。
こんなバカな話をして、落ち込むことがないように、去っていく人に向けてまでそのような気遣いをしてくれたのだろう。
諦めたくなかった。テレビで見た輝いている、夢にまで見たアイドルになりたかった。
そして血の吐くような練習の果てに待っていたのは。
声を殺して泣く卯月。
今まで心の中に押しとどめてきた思いが濁流のように流れ出てくる。抑えようとしても抑えられない思いに、彼女は目の前にプロデューサーがいるということを忘れて涙した。
「……まぁ、君のダンスは特に言うべきところもない。歌も同じ、問題は無いよ。それは特に見るべきところが無いってところは他の事務所と同じかもなぁ」
「……」
「でも個性が無いとか魅力が無いってのは意味がわからないわな」
「……え?」
顔を上げ、潤んだ瞳で見つめた先にいたプロデューサーの顔は、ちひろでさえ見たことが無い『真のプロデューサー』としての顔であった。
「個性とか魅力ってものは引き出すものだよ。全部最初から備わっているもんさ。それを大きく広げていき、社会の人々に浸透させていくのがうちらの仕事なわけだ。それが無いって言っているのは『うちにその実力が無い』っていっているようなもんだ」
うちの事務所だと元々個性が強すぎる連中ばかりだから、強めた結果悲劇が数多の数生まれたけどね、とプロデューサーは軽く笑った。
「まぁほかの理由としては投資したお金と稼いでくるお金が見合わないってのもあるな。というか大部分はその理由だろ。というわけで、島村ちゃんにちょっと質問」
「な、なんですか?」
意地が悪いような笑みを浮かべると、再び足と腕を組みなおして椅子に深く腰かけた。
「君、うちがユニクロから儲ける以上に稼げる自信はあるかい?」
「……それは」
「さっきの話持ち出すけど、六千万持ってかれようが、それ以上に稼いでうちの事務所を盛り立てる自信はあるかい?」
六千万。
その具体的に示された金額は、一少女の自分には果てしなく重かった。
「失敗したらうちの事務所のアイドルを全て路頭に迷わせるようなものだ。君と同じような夢を持って成功した人間が何人も絶望する。それでも、君はこの事務所でこの賭けに乗るかい?」
人を道連れにするという責任、今までのアイドルが積んできたお金をその身に受けて修練するという恐怖。
それでも、それでも自分は、自分は!
「……はい」
「ん?」
「なります、私は、島村卯月はそれでもアイドルになりたいです!」
この想いは本物なのだ。
諦められない、ここで諦めたら絶対に後悔してしまう。だからっ!
「その言葉が聞きたかった」
プロデューサーは笑う。
このシンデレラプロジェクトはまさに彼女のような人間のためにあるようなもの。
しかしただ少女のような思いで飛び込んでこられても困る。
彼女は杏などの天才型では無い、しかしその覚悟は彼女が持つ魅力以上の力を引きずり出すと信じている。
「早速だが打ち合わせに入ろっか。時間もったいないし」
「ほ、本当に、本当に私がアイドルに?」
「ああ」
叶った。やっと、やっと今までの積年の想いが実った。
思わず再び泣きそうになるが、手で涙を拭い取り、太陽のような満面の笑みをプロデューサーに見せた。
「はい!島村卯月、17歳です。私、精一杯頑張りますから、一緒に夢叶えましょうね♪よろしくお願いしますっ!」
「ああ、よろしく頼むよ」
朗らかに笑うプロデューサーに、卯月の頬はわずかに赤く染まった。
この人に出会えてよかった。この人が自分のプロデューサーになってよかった。
自分の、自分の魅力を認めてなお押し上げてくれようとこの人はしている。それは、なんて。
「それでな、考えていることが一つあるんだが……」
「はい!」
「まず芸名を『ユニクロ卯月』にしよっか」
「はい!……はい?」
パーフェクトフリーズした卯月に向けて、超営業フェイスでプロデューサーは笑いかける。
おかしい、先ほどと同じ笑顔なのに某魔法少女のインキュベーターと同じ笑みに見える。
「あ、あのあれって冗談じゃなかったんですか?」
「俺はいつでも全力だ。ご飯食べる時も寝るときも、サボる時でさえもな」
「最後……ってそうじゃなくて、何ですかそれ!?」
「いや~うちってさ。夢を与えるっていうじゃん?でもあれ正確には夢を買わせているのよね」
「知りたくなかった新事実!?」
「夢が欲しけりゃ金払ってね、みたいな」
「そうですね。アイドルとの親睦を深めるためのハッピーギフトが、なんと三つで150モバコインですよ!いかがですかプロデューサーさん!」
「あれギフトの中身と同じじゃないですか、ちょっと包装豪華にしただけですよね?」
「女の子は見た目を気にするんですよ~」
「誰ですかこの人!?」
ニコニコあなたの隣に這いよる混沌。
作品が違うのにもかかわらず、なぜかこの言葉が違和感の無い女。
ちひろの登場に卯月の頭は既にバースト寸前であった。
「あ、事務員をしています千川ちひろです♪」
「……あの、もしかしてこの事務所ってずっとこんな感じですか」
「いや、他のメンツがいない分これで20%ぐらいかな」
肌が痛くなるほどの静寂。
「ちょ、ちょっと用事を思い出しました」
「ちひろさん、確保」
「はい、任せてください」
「ちょ、あの、やっぱやめま」
「大丈夫、一週間で嫌ほど慣れるから。ほら凛だって最初は君みたいだったけれどすぐに慣れたしね」
ああ、あなたも犠牲者だったんですか。
と頭の中で株を落としていた人気アイドルに涙ながらに土下座した卯月。
ある晴れた日のこと、アイドル事務所から悲しげな悲鳴が聞こえたという。
うちの事務所は……今日も平和です。
■ ■ ■
①後は一人書いてフロント終わりだな。
②おかしい、全く書けない……。
③ほ、ほかのクール勢を……。
④(´・ω・`)
となっていたところ、友人からお前しまむらを忘れんなと言われました。
素で『それって新アイドル?』と聞きました。いや、何かその時は島村さんの存在忘れていました。
でも島村さん効果か、次のアイドルも書ける書ける。スランプの時にはやっぱり見方を変えなければなりませんね。
ちなみにうちの事務所ではレッスンもせずに、島村さんは移籍していく子です。いや、レッスン代が……。