「うう……負けてしまいました」
目の前でうちの事務所のアイドルが、目に涙を浮かべながらプルプルと震えていた。
うちの事務所は確かに色物事務所ではあるが、その変人ぶりに比例して実力はかなり高い。
個性で人が殺せるような変人60%越えの事務所ではあるものの、一人一人のレベルや能力は他のアイドル事務所の平均に比べてみれば、かなり上に位置しているように思える。
実際にうちの事務所のアイドルたちは、他のアイドル事務所が驚くほどに躍進を続けている。
かの765プロに引けを取らない勢いがある事務所として、最近はやたらにライバル視されたり世間から注目をあびているのだ。
おかげで出番も増えるしオーディションも増えるが……もちろん他の事務所もそのオーディションに期待のホープを送り込んでくるわけで。
「お前は割と恐らくたぶんというか、まぁ頑張ったと思うよ?」
「……うう、これも自分の実力不足のせいです」
「まぁ俺も今回はいい勉強になったわ。まぁ次は負けないようにやるっきゃないっしょ」
まぁ早い話がそのオーディションで競り負けることもあるわけだ。
相手側の意向によって行われるのがオーディションなわけだから、気に食わないアイドルであれば落とされることも当たり前である。
そこで落とされたのが自分のアイドルだった場合、アフターケアが大変なわけだ。。
なんせ仮にも自信を持って受けたオーディションで落とされるのだから、半端ないショックを受けてしまう。
そしてそれが後を引いてしまい、何度も何度も落ちた結果。この業界からもけり落とされてしまうのだ。
よって俺たちプロデューサーはそんなことがないよう、心のアフターケアを全力で行わなければならない。
自信を持たせ、再び彼女たちを戦争へ突き出す非情の心が必要なのだ。
そうしないとご飯が食べられないからな。
自分が担当したアイドルが何度も止めてしまったらお払い箱である。
この業界で就職したら、ぶっちゃけ再就職は難しいというか不可能といえる。
アイドルたちも必死だが俺も必死なのだ。
wiiUの資金繰りためにも俺はこんなところで負けてはいられない。
必ずやwiiUのためにこのアイドルを立ち直らせてみせる!
「珠美、お前は悪くないさ」
手を肩の上に乗せると、涙目になりながら珠美は俺を見上げる。
今にも壊れてしまいそうに華奢な体だ。その心もひび割れて悲鳴を上げているのだろう。
こちらを頼るような脆く弱弱しい視線。
そんな彼女をいたわるように、言葉を一つ一つ選びながら口をあける。
「受かった奴はスタイルが良くてエロティックな感じだったからな。たぶん向こうは今回その趣向を求めていたんだと思う。出るとこが出ていないお前では無理だ」
「……プロデューサーは私を慰めたいのか乏しめたいのかどちらなんですか」
おかしい、視線の温度がマイナス273度になった。
つまりもう下がりようがない。
「大丈夫、お前のほうが良いって言ってくれる人たちもたくさんいる」
「何でしょう、まったくその言葉がうれしくありません」
よし、何とか立ち直ったようだ。
目に闘志を浮かべ、体から立ち上る気炎は天を焦がす勢いだ。
ただ問題は何故かその気炎が自分へと向けられている。
何故だ。
「わ、私は大器晩成型なんですよっ!きっとあと数年もすれば高橋さんみたいなナイスバディに!」
「……」
「何か言ってくださいよ!」
「いや、その、うん。まぁ夢を持つのはいいかなって。でも人の夢と書いて儚い(はかない)って言うんだぞ?」
「それアイドルのプロデューサーが言ったらおしまいですよね?」
「いや、俺の夢はお前らがほどほどに大成すれば叶えられるから……ね?」
「妙に現実的な話は止めてください」
うちの事務所は今日も平和です。
第四話「おっきいヤツにも負けない!」
脇山珠美。16歳。
身長145cm。体重は38kg。
ちっちゃくてかわいらしい容姿から、若い女性や男性はおろか、孫みたいに微笑ましいと老人方にも人気があるアイドルである。
本人は身長が小さいことを気にしており、毎日牛乳を飲んでいる。
ただ希望はかなり薄いだろう。
趣味は剣道、そして時代小説を読むこと。
女子高生としてはやたらと爺くさ……もとい渋い趣味であるが、最近歴女とかいうマニアックな女性もいるのでそこまで珍しいことではない。
ただもう一つ付け加えるのならば……。
「珠美、なにしてんの?」
「剣道の素振り片手1000回です!やっぱり今回の敗因は私の実力不足が原因だと思ったので」
「じゃあせめてダンスとか歌とかの練習しようぜ。というか素振りはアイドルの審査項目にないからね?」
「剣士の心お見せします!」
「いや、アイドルの心を見せてくれない?」
熱血系である。
いや、武士系である。
一応アイドルとしての志はあるらしいが、本人は剣の道とアイドルの道が通じていると真剣に信じている。
まぁ確かに剣道の儀礼と志は、アイドルの道に通じているところはあるかもしれない。
「珠美は決めたのです!強く可憐な女子になるため、剣の道もアイドルの道も、両方とも極めてみせると!」
一つ聞きたい。
お前の中の可憐な女子は竹刀を片手で千回振り切って笑顔を見せるような、「無双乱舞後の魏延」みたいな威圧感を放つ人間なのだろうか。
「女剣士に憧れて……誰かを守れる人間ってカッコいいと思いません?」
うん、カッコいいとはおもうけれど。
アイドルに求められているカッコよさとはちょっとというかかなりずれているよね?
普段は冷静で常識も見識もある、俺と同じ突っ込み側の人間である。
ただ剣がからむとかなり人格が豹変する。
『とりあえず切ってから考えます』みたいな人間になる。一昔前の妖夢みたいな感じになる。
最初スカウトした時は、剣道少女としての誠実さとスポーツマンシップを持っているアイドルだと考えていた。
ただ時が経つにつれ、スポーツマンシップではなく修造論を持ち出すアイドルに変わっていった。
ぶっちゃけ自分でも意味が分からない。
思い出せば、アイドル候補生時代からその頭角を表していたような気がする。
トレーナーさんたちに教えられたものの、よくわからなかったのか首をかしげていた珠美。
まぁこれはしょうがあるまい。
ダンスのポイントやキレなどは何度も練習して身に着けるものである。そんな一日や二日そこらでできやしない。
そこでくじけてもらっては困ると声をかけたが、彼女はその時笑顔で私に言った。
『よくわかりませんけど、気合で何とかします!』
『え?』
何とかしやがったよあの娘。
なんと一週間で振り付けや、動きのポイントを押さえてマスターしていた。
もう彼女のいう気合は気合というかフォースにまで至っているんじゃないかと思えるぐらい出鱈目である。
まぁなんだかんだでそれで乗り越えられるのだから、彼女もアイドルとしての実力は十分兼ね備えているのだろう。
ここまで来れたのは運だけではなく、彼女のその高い能力が現れたとみる。
握力×体重×スピードみたいな感じでアイドルとして超絶強化でもしたんだろう。
というかそんなキン肉マン理論やぐらっぷらー理論出されて真面目に考えたら負けである。
この前に珠美は『鍛えてください!もっと強く美しくなります!』と俺に言っていたが、もしかしてあの子は強さイコール美しさとでも考えているのだろうか。
その理論で行くとヤワラちゃんが絶世の美女になるんですけど。
そんな美女嫌ですからね。そんな美女プロデュースしたくないからね。
あれと結婚した旦那さんは俺の中では勇者様だからね。竜王倒すよりもレベル高いからね。
「あの、どうしたんですかプロデューサー。額にたくさん汗が浮かんでいるんですけど」
「珠美、俺はお前を決してヤワラちゃんにはしないからな」
「私がやっているのは柔道じゃなくて剣道ですよ?」
そういう問題じゃねぇよ。
そう思わず突っ込みそうになったが、なんとかこらえる。
そんな自分を知ってか知らずか、珠美は俺の手がけている書類を軽く覗き込んできた。
「……驚きました。プロデューサーも真剣に仕事しておられるのですね」
「いつも仕事していないみたいな言い方やめてくれ。この事務所のプロデューサーは常に清廉潔白で勤勉実直な人間だと評判なんだぞ?」
「新しいプロデューサーを雇われたのですか?」
「何でそんな純粋な目でそんなこと言えるの?お前の目の前にいるだろうが」
「私の知っている清廉潔白と勤勉実直の意味は間違えているようです」
「おっしゃ表でろや」
三秒で負けた。
というか気が付いたら地面に倒れ伏していたんだけど。
何?お前なんかスタンドでも持ってんの?矢じりでどっか傷つけられたの?軽くポルナレフ状態なんだけど。
「……その、プロデューサー。あの、なんか、その。……すいません」
まじで謝らないでください。
泣きそうだから。そしてお前はもしかしてまじで無双乱舞打てるの?自分、軽く宙を舞ったんだけど?
「乙女のたしなみです」
そんな乙女がいるか。
いや、いた。俺がスカウトしてた。まじでありえねぇ、こいつ肉まんでHP回復する仕様じゃないよな。
というかあの油虫の生まれ変わりじゃないですよね?
「……よっしゃ、お前に杏へ渡すはずだったバラエティの仕事くれてやる。タイで仏僧の修業な?」
「それアイドルがやる仕事じゃないですよね?嫌がらせは止めてくださいよ、というか杏先輩に何をさせているんですか……」
「うるさい、俺がプロデューサーだ。つまりこの世で神にも等しいのだ」
「世も末ですね」
あまりのあれな言動に頬を引きつらせる。
ぶっちゃけこの男が何でいまだにプロデューサーをやれているのか不思議でならない。
もしかしてスタドリのやり過ぎで頭がいかれたのかと思ったが、ちひろさんが怖かったのでその考えは消した。
未だ足を生まれたてのバンビのように震わせながら壁に寄り掛かるプロデューサーに、珠美はため息を溢しながら竹刀を担ぎ上げて近寄っていく。
一瞬さらなる追撃を受けるのかと身構えたが、珠美はそれを意に介さずに彼の体に寄り添って支えた。
「……もう、しっかりしてください。せっかくプロデューサーのご指導のおかげでアイドルの神髄、掴みかけてきた気がするのですから」
「お前がどこを目指しているか、割とマジで恐怖を覚えてるんだけど」
自分の肩に寄りかかるプロデューサーの熱に、思わず珠美は頬を赤く染めた。
よくよく考えて今の自分を姿を周りから見てみると、男が女に寄り添うという時代小説でも見る展開。
そして自分が理想とする、『殿方を守り抜く乙女』に近いものではないのだろうか。
そう考えるとプロデューサーは……。
「おーい、珠美。帰ってこい」
「っは!?や、な、何でもないですよ?」
もしかして、これって周りから見たらうらやましがられる展開だったり?
そう思った瞬間なんかいろいろと乙女のリビドーが溢れてきた。
いや、プロデューサーは、その、いい人だし?何気ない気遣いをしてくれるし落ち込んでいた時は励ましてくれるし。
馬鹿げた振りをして緊張をほぐしたりこうやって事務所にいやすい空間を作ってくれている。それに私は別に面食いというわけではないけれどもプロデューサーはよく見ればカッコいいような……。
良くも悪くも脇山珠美は純粋であった。
その純粋さこそがアイドルや剣道で頭角を現した素晴らしい要因であるが、この場においてはそれが災いした。
早い話が、今までこんな感じで男性と触れ合ったことは一度もなかった。
そして今は高校一年生であり、そういう出来事に周りの友達も盛り上がる時期。
嫌でもその手の話は舞い込んでくるものである。
いろいろとおかたーい珠美ではあったが、その手の話題には年相応な興味を示していた。
そして……。
「……その、プロデューサーって。どんな女の子が好きなんですか?」
もしかしたら、もしかしたら大正ロマン活劇のような。
そんな彼女ですら自覚できない心の奥底に眠っていたプロデューサーへの想いが、思わず彼女の口を知らず知らずのうちに動かす。
そしてその言葉に間髪入れずにプロデューサーは答えた。
「美人で身長があって、巨乳」
珠美の無双乱舞により、再びプロデューサーは宙を舞った。
後日、彼女が牛乳を飲む理由に身長以外の理由が加わったらしいというが、それを知っているのはちひろさん以外いなかったという。
……うちの事務所は今日も平和です。
■ ■ ■
友人が「お前ってモバマスキャラでラブコメ書かないの?」と言っていたので、珠美ちゃんでちょっと恋愛要素を入れてみた。
友人に見せたら頬を引きつらせていた。
……あれ?
前回に比べてはっちゃけどが上がりました。基本はこんな感じです。前回のお姉さまが異常だったのです。基本はこんな欲望にとらわれています。
そして一応アイドルたちはモバマスのセリフを使ってお話を作っているのですが……友人に「いや、お前のはいろいろとおかしい」と言われました。
きっとてれているんだと思います。
珠美ことたまちゃんは、レアでも攻撃力が高いのでいい子です。
でも自分のせいでこんな子になりました。たまちゃんはかわいいです。
そういえばたまちゃん用のSSって見たことないですよね。中二病とかヤンデレとか杏とかはぴはぴ★さんとかはよく見るんですけどね。