世の中にはさまざまな個性を持った人間がいる。
世界人口は約68億人。その一人一人がそれぞれ個性と魅力を持っているのだ。
同様に、自分が身を投じているアイドル界にも、さまざまな個性と魅力を持ったアイドルたちがいる。
むしろアイドルを目指す女性たちは、普通の人以上に強い個性と魅力が求められるといっていい。
だからこそ多くの人をひきつけ虜にし、同様の素質を持つ女性たちにこの世界へ飛び込むためのきっかけを与えられる。
そしてそのきっかけを与える先駆者こそ、このプロデューサーである自分なのだ。
そんな自分がきっかけを与えたある一人の少女がいる。
「プロデューサーおはようございまーす」
「おはよう杏、今何時だか分かるか?」
「……あ、ドラマの再放送の時間だね。もしかしてプロデューサーも見てるの?」
「うん、嘘はいけないな嘘は」
「そうだね、ドラマ見ている暇があったらだらだらしているもん」
「そっちじゃねぇよ。予定の出発時刻を過ぎているのになんなのその余裕は」
世の中にやる気が満ち溢れるアイドルは山ほどいるだろうが、彼女の場合はむしろその逆である。
仕事に対しての熱意が全くない。予定の時間になっても来ない。最近は事務所にも来ないので、俺が迎えに行くのが当たり前。
「……杏、一つ質問していいか」
「嫌がる人間を無理やりライブに引っ張り出したプロデューサーは、私になんの質問があるの?あ、もしかして帰っていいの?」
「百歩間違えてもそれはないから安心していい」
「ちぇっ。それじゃそろそろ行ってくるよ。まったく人使いが荒いんだから」
「ああ、その前にだ。その手に持っている人形、そこから出ているイヤホンはなんだ?ちょっと貸してみろ」
「ちょ」
世の中に歌を必死に歌って自分をアピールし、歌を観客に届けようとするアイドルは山ほどというか、当たり前なのだが。彼女はそうではない。
むしろ人形にマイクとレコーダーを仕込んで替え玉にしようとしていた。それも一度だけではなく、ライブのたびに毎回人形に仕込むのだ。
最近はそれだけでは見つかると学習したのか、マイクを服に隠したり帽子に隠したりスカートの中に隠したりと、歌うことではなく歌わないことにさらなる力を入れてきているような気がするのは気のせいだろうか?
「最近、プロデューサー頑張りすぎじゃない?私、なんだか心配だよ」
「俺はお前が頑張らなさすぎて心配だよ」
「杏のことは気にしなくていいから、今週は仕事をお休みにしよう?うんうん、それがいいと思うよ。だって私が休めばプロデューサーも休めるからね」
「どちらかというとお前が休み過ぎて俺が疲れてるんだけど」
うちの事務所は今日も平和です
第2話「杏、週休八日を希望しま~す」
うちの事務所が『色物事務所』や『アイドル界の魔窟』と呼ばれ始めたのは何時の頃からだろうか。
個性が強いどころか、個性で人が殺せるのではないだろうかとすら思えるアイドルが集結したうちの事務所。
そんなアイドルをスカウトしたのは他ならぬ自分自身であるが、最初からそんな連中を集めようとしたわけでは決してない。
むしろどうしてこうなったのか自分ですらわからない。
そんな連中のなかでも特に異彩を放つアイドルがここに一人。
「仕事と杏、どっちが大事なの?」
「仕事、お金がもらえるから」
「うわ。それってプロデューサーにあるまじき発言だよね?もっとアイドルを大事にしないといけないよ」
「仕事とアイドルだったらアイドルが大事だと答えていたよ」
「あれ、私アイドルじゃないの?……ってことは働かなくていいんだ!よし、帰って新作のゲームをしよう!」
「よし、そろそろ仕事に行くぞ杏(ニート)」
「なんか名前の横にものっすごい失礼な言葉並べてない?」
「冗談だ、行くぞ自宅警備員」
「最近プロデューサーのおかげでその仕事させてもらってないんだけど」
「お前の仕事はアイドルだろ?何を言っているんだ?」
「ねぇ、私は今プロデューサーにかなり理不尽なこと言われていない?」
「気のせいだ」
双葉杏。年齢は17歳。
身長139cmの北海道生まれだ。
追記するなら徹底的な無気力。
町で見かけてスカウトしようとしたら、面倒くさいと断られた。
印税入ってくるよと言ったらついてきたというトンでもアイドルである。
我ながらあの時は頭がおかしかったんじゃないだろうかと最近よく思う。主にこいつを眺めているとき。
確かにあの時は切羽詰まっていて、とりあえずアイドルを集めなければと四苦八苦はしていたが……。
それでもこいつをプロデュースしようと嬉々としてスケジュールを組んだ自分は、いろいろと限界に達していたと思う。
いや、こいつ才能はあるのだ。こんなニートでも才能はあるのだ。
ダンスの実力も歌唱力もある。にも関わらず彼女はやる気を出さない。
何故なんだと一回聞いたことがあったが。
『寝て起きて寝る。それが私の生きざまだっ!』
とドヤ顔で宣言された。
彼女にはそもそも『やる気』が備わっていないのではないかと、『やる気』の存在が疑わしくなってきた。
「私からすればさ、みんなずいぶんと生き急いでいるように見えるんだよね」
「そりゃお前からすれば誰でも生き急いでいるように見えるだろうよ」
「ふふん、羨ましいでしょ」
そのおかげで俺が毎日お前を送り迎えしたり、お前を引きずって仕事に行ったり、お前のライブのたびに隠し持っているレコーダーを服を引っぺがして探し当ててるんだけど。
おかげで変態プロデューサー呼ばわりされてるんだけど。
ちなみに俺の部屋のエロ本はすべて金髪ダイナマイトボディの美女で統一されている。
杏は守備範囲外だ。
「幼稚園って、入るじゃない?プロデューサーも入園したでしょ?」
「俺は保育園だったな」
「そっか」
「そうだ」
杏の幼稚園時代か……間違いなくかわいくなかったな。
先生にお遊戯をしましょうねと言われたら、寝ていますと答えただろう。絶対そうだ。
「あれってかなり残酷なことだと私は思うんだよね」
そう言って何気なく窓に顔を向ける杏。
一応こいつも美少女の域に入る顔を持っているのだが、その幼児体型と相まってまったくその気の特殊な感情が湧かない。
というかこいつにその気の感情を起こしたら捕まると思う。容姿的考えて。
「今まで一人で気ままに生きてきて、自分のしたいように出来る世界で生きていたのに、突然沢山の他人がいる世界に放り込まれるんだよ。人間関係を学ぶための一歩って話だけれどさ、早い話が自分に『責任』っていう枷を嵌められる儀式だと思うんだよね」
「……『責任』か」
それがあるからお前のプロデュースを俺は止められないのだ。
一回止めようとしたが社長から違約金の話を持ち出されて踏みとどまったのはここだけの秘密だ。
「そう、『責任』。迷惑っていう自分がしたい行動には責任が伴っちゃう。例えば私は今だらだらしたいって今思ってるんだけれど、実際休んだら多くの人に迷惑かけちゃうよね」
「あれ?お前自覚あったの?」
「……どや」
「何故にしてやった顔」
「それでそんな責任が付きまとう幼稚園生活に、やっとのこと慣れてきたとする」
「人間は慣れる生き物だからなぁ」
「そしたら小学校到来」
「OH……」
あ、このバラエティの仕事は杏に入れてあげよう。
なんか『熱湯風呂』とか『アツアツおでん』とかの単語が見えるけど大丈夫だよね。杏だからな。
「それでやっとこさ小学校に慣れてきたら中学校に。中学校で死にも狂いで乗り越えたと思ったら高校生に。もうゴールしてもいいよねと思ったら大学生に。大学生もクリアしたとおもったら社会人に」
「怒涛のごとく押し寄せてくるよな」
クイズ番組か……入れてしまえ。杏だからな。
「それで社会人としての自分も終えて、ようやくやりたいことがやれるんだ。自分を見直せるんだって思ったその時には、糖尿病なり腰痛なり自分の体がぼろぼろな状態」
い○との代わりにヒマラヤ登山か……まぁ大丈夫だろう。杏だからな。
「その時に初めて自分が今どうなのか理解できるんだ。そして自分の立ち位置に悩むことになっちゃう」
「『ああ、俺の人生に意味はあるのか』ってか?」
アマゾンで巨大人食いワニを探せか、受けてみるか。杏だからな。
「そうそう。その年齢で退社した時って、もう責任がまったくないからだと思うな。その頃には親も死んでしまっているし、上司やら部下に会社の人間関係利益関係の責任から解放される……もとい放逐されちゃうからね」
俺は放逐されたかったけれど逃げられなかったけどな。
というか逃げようとしたけど社長にしめ縄で捕られ、ちひろさんに六甲縛りされたあげく、写真を撮られて脅されて逃げられなかったけどな。
「責任って重要だと思うよ?だってわかりやすい目標で指標だもんね、あれ」
「責任があると頑張れるものだよ、俺だって自分のアイドルを持っている、こいつらの命運は俺にかかっている思っているからこそ頑張れるんだからな」
「私に関してはやる気出さなくていいのに……」
「杏には他のアイドルの三倍は力入れているぞ?」
「もしかして気があるとか?」
「杏がやる気ださないから倍以上に俺ががんばらなくちゃいけないんだよ……」
最近は杏の送り迎えをするたびに、杏のお母さんから何か期待されるような目で見られているような気がするが気のせいだろう。
夕飯とかご同伴させてもらった時に『もううちの娘も結婚できるのよね』とか、『こんなんだから生き遅れにならないか心配で……』とかちらちら見て言われているが、たぶん気のせいだろう。
「ありがとう、これからもよろしく。私の印税生活のために。まぁ私はさっきの話を踏まえて、だらだらし続けるけどね」
「へいへい、誠心誠意がんばりますよっと。というかお前も頑張れよ?」
「うえ~まぁほどほどに」
「飴、3個やるぞ?」
「……4個で手を打とう」
「甘いの4個欲しいのか? 4個……イヤしんぼめ!!」
「私、ジョジョは三部以外知らないから」
「お前は俺を怒らせた!」
まぁなんだかんだでこいつはやれるやつだ。
いざって時に人間は踏み出せないものだが、こいつに関しては心配がない。
ただこいつはそこで踏みとどまるのではなく、だらけるだけなのだ。
そこさえわかれば自然と扱いが慣れてくる。
ようするにだらけられない環境に身を投げ出させればいい。
激流に投げ捨てれば、いやでも人間はもがかざるをえないからな。
「よっし、そんじゃ仕事に行きますか」
「はぁ、だるい。帰りたい。休みたい。……ねぇ、車まで歩くの面倒くさいんだけど」
「しょうがないなぁ。ほれ」
そう言ってお姫様抱っこで杏を持ち上げた。……こいつ30kgしかないから全然重くないんだよなぁ。
これで頬を赤く染めればまだかわいいものを、それを当たり前のように杏は流しやがる。
そんな様子を『あらあら』と微笑ましげに見つめて笑うちひろさん。
そこはかとなくおばさんくさい。
「もうこうなったらしょうがない、仕事に行くしかないんだからね。いやいやだよ、ほんと」
「そうですね~」
「……っちぇ」
何故か拗ねるように自分の腕を握りしめてくる。
二の腕の肉がつねりあげられて悲鳴をあげているぞ、おい。
そんなに仕事に行きたくないのかこいつ。
「それで、今日の仕事は何?」
「動物と触れ合う某どうぶつ園の番組だ。なんと看板人気猿であるチンパンジーのポン君と触れ合えるらしいぞ?」
「なんかそこはかとなく危険を感じるんだけど」
冷や汗を流しながら頬を引きつらせる杏。
それを車にポイする自分。
……うちの事務所は今日も平和です。
■ ■ ■
朝の電車で杏を見ていたら思いつきました。
自分はクールPですが、無課金故にフロントにしている杏ちゃん。作中での扱いがなんかあれですが、自分は大好きです。
感想でやっぱりちひろさんがハートフルボッコにされてます。まぁあれだけ高級和菓子勧められたらさすがに怒りの四つ角が額に発生しますよね。
そしてフロントを公開してほしいとありましたが……した方がいいのかな?
Paの子もいるし、杏のようなCuの子もいます。そして漫画でもSSでもいっこうに脚色を浴びそうにない子がいるのがうちの無課金フロントなので、まぁそこは気長にまっていただければなぁと思います。
杏のようにスローライフでのんびり生きたいものです。