インターミッション ルージュ・エッペンドルフの場合
「……この呪文はソーサラーが自分の使い魔となるべき動物を召還し、支配する効果があります。使い魔となるべき動物は、ある程度限られています。たとえば蛙や鳥などです。また猫やフクロウなども有名な使い魔で、これらの動物が術者の召還に応じて姿を現し、術者に仕えます」
オーガー騒ぎの翌日。
魔術師ルージュ・エッペンドルフは、〈栄光のはじまり〉亭の自室で、難しい顔をして呪文書を読みふけっていた。
革で装丁され、豪華な金文字で飾られた呪文書。そこには古代語で、アルトルージュの呪文の書、と記載されているらしい。
もっとも、あまりにも達筆でルージュにも読めないため、真偽のほどは定かではないが。
「魔術師は使い魔を1匹しか持つことができません。すでに使い魔を持っている魔術師が2匹目を召還しようとしても、いかなる効果も発揮しません・・・そりゃそうだよね」
ライオットは朝から、ギムに相談があると言って出かけている。
シンも退屈を持て余したらしく、観光と称して散歩に行った。
ひとりだけの静かな部屋。
ルージュはぱたりと呪文書を閉じると、天井を見上げてため息をついた。
使い魔。
器用度敏捷度の低い魔術師に代わって、偵察からNPCの護衛まで何でもこなす万能選手。
ソーサラーが3レベルになったら、まずは使い魔と契約というのがこの世界の真理だろう。
実際、ルージュも3レベルで契約した使い魔がいる。
それもただの動物ではない。
アザーン諸島にしか生息しないという猫族の王、ツインテールキャットのオスで、名前はルーィエという。
人間並の知能を持ち、複数の言語をペラペラ話す。古代語魔法と精霊魔法を5レベルで修得済み。精神的な魔法は無効。毒・病気に冒されない。おまけに暗視、闇視の特殊能力つき。
はっきり言って、契約当時は主人よりもはるかに強かった。
もっとも、ルージュの命令を無視して単独行動を繰り返すわ、口が悪くて問題ばかり起こすわ、従順な使い魔とはとても呼べない奴だったのだが。
長くつきあっているうちにキャラも立っており、ルージュの相棒としてパーティーの一員に数えられていた。
シャーマン・シーフのキースがいないのは仕方ないが、ルーィエまでいないのは少し寂しい。
何とか呼び出せないものかと思い、ルージュは朝から試行錯誤を繰り返していた。
ルール上、魔術師と使い魔との距離が1キロ以内であれば、テレパシーのようなもので思考を共有できるはずだ。
「それができないってことは、1キロ以上離れてるか、そもそも契約自体が無効になってるのか・・・」
椅子から立ち上がり、窓の外の景色を見下ろす。
ここターバの村は、マーファ大神殿の門前町だ。今月はニース最高司祭が祝福をくれるということで、訪れる巡礼者も数多い。
村の大通りには土産物や食事の屋台が軒を連ね、かなりの賑わいを見せていた。
その中から銀色の双尾猫を見つけようとしている自分に気づいて、ルージュは苦笑した。
「少し気分転換でもするか」
流れような銀髪をかきあげると、新品のローブの裾をさばいて、階下の食堂に降りる。
ちなみに昨日着ていたローブは捨てた。
鹿の死体で血まみれ生肉まみれになった服では、衛生上の問題がありすぎる。
臨床検査技師をしていたルージュは、血液の持っている危険性を十分すぎるほど認識していた。
ルージュが階下に降りると、店の女将が手を挙げて呼びかけてきた。
「魔術師のお嬢さん。あんたに客が来てるよ」
「客?」
朝食には遅く、昼食には早すぎるという時間帯。
店内を見渡すが、自分の他に人の姿はない。
「誰もいないみたいですけど?」
けげんそうに問い返すルージュに、女将がカウンターを示す。
「客は人間じゃない。さすが魔術師は交友関係が広いね」
女将の視線の先。
カウンターの隅には、テーブルに上ってスープ皿のミルクを舐める銀色の猫の姿があった。
ご満悦らしく、2本の尻尾がパタパタと揺れている。
「よう、やっと起きたのか寝ぼすけ。人よりちょっと頭が回るだけが取り柄なんだから、さっさと回転させないとただの穀潰しだぜ」
スープ皿から顔を上げて、双尾猫が言う。
「ルーィエ! どうしてここに」
呆然として見つめるルージュに、双尾猫は器用に肩をすくめて見せた。
「一昨日の昼過ぎにいきなり精神感応が切れたから、何事かと思って来てやったんだ。まさか、ただ寝ぼけてたってオチじゃないだろうな?」
「切れた・・・やっぱり繋がってなかったんだ」
「今さら何を言ってるんだ。俺様の美声が聞こえない時点で少しはあわてろ。お前の人生でもっとも価値のある宝物を失うところだったんだぞ」
ルーィエはぴんと尻尾を伸ばして、流れるような足運びでカウンターを歩き、ルージュのそばに寄ってきた。
その動きは優美そのもの。およそこの世界の生き物の中で、猫ほど美しい動きをする動物はいない、とルージュは思う。
「いいか、使い魔契約が切れるなんてあり得ない。どっちかが死なない限りはな。それが切れた。何か普通じゃない要因がなきゃ、あり得ないんだ」
「それなら心当たりがあるな」
難しい顔をしたルーィエが、視線だけで続きを促す。
それを制すると、ルージュは興味津々で眺めている女将に向き直った。
「すいません、この子のミルク代は私にツケといて下さい」
「金はいらないよ。あたしからこの猫へのサービスだからさ。しかし世の中ってのは広いね。まさか、しゃべる猫がいるとはねぇ」
女将はそう言って笑いながら、ごゆっくり、とカウンターの奥へと戻っていった。
「ええと、話は少し長くなるの。上の部屋に行こうか。どこまで理解してもらえるかは分からないけどね」
「舐めてんのか。この世界の事象で、俺様に理解できないことなんてないに決まってるだろ。誰に口利いてんだ」
「はいはい。とりあえず部屋に行ってからね」
「うっわ、その子供扱いムカつくんだけど! 猫族の王に対して礼を失してると思わないのか?!」
初めて会う相棒と、いつも通りの会話。
軽やかに階段を上るルーィエを見ながら、ルージュは頬が緩んでいくのを押さえられなかった。
「・・・各々然々、そういう事情なの」
「分かった。要するに、ただでさえダメダメな魔術師の精神が、さらにダメダメな異世界の同一人格と入れ替わったと理解すればいいわけだ」
長い長いルージュの話を、ルーィエがわずか5秒に要約してみせた。
入れ替わった。
考えもしなかった仮説を提示されて、ルージュは思わず唸る。
「なるほど、そういう考え方もあるんだ。でもそれは難しいと思うよ。何しろ向こうの私は、コンクリートに潰されて死んでるはずだから」
「なら上書きでも何でもいい。それより問題は、俺とお前の関係だ」
尻尾で窓枠をぴしりと叩いて、ルーィエが言った。
「お前がルージュと全くの別人なら、もう知らんって言うところだけどな。異世界で育ったヘタレにせよ、お前もルージュ・エッペンドルフであることは認めてやる。このまま見捨てるのは忍びないが、お前はどうなんだ?」
「どうするもこうするも、私がルーィエなしでやっていけるわけないじゃない。これからも助けてくれると嬉しいな」
一も二もなく、ルーィエに飛びつく。
このロードスという世界で生きていくに当たり、これほど心強い相棒は考えられなかった。
「実は、こっちに来てからずっとルーィエを探してたんだよ。なかなか見つからないし、精神感応は通じないし、本当に困ってたんだから」
「まぁ、そうだろうな。だが身の程を弁えているというのは、お前の数少ない美徳の一つだぞ。これからも俺様を見習って精進しろ」
手放しで頼られて、ヒゲがぴくぴくと動いている。
彼が自尊心をくすぐられているときの癖だった。口は悪いし唯我独尊なところはあるが、ルーィエは単純だし性格は素直である。
付き合い方さえ間違えなければ、非常に頼りになる相棒なのだ。
「分かった。これからも頼むね。じゃあさっそくだけど、使い魔契約の儀式を進めていいかな?」
「気は進まないけど、仕方ないな。半人前の面倒を見るのも猫族の王としての責務だ。これからも指導してやる。ありがたく思え」
ヒゲを盛大に震わせながら、ルーィエがもったいつけて応じる。
この銀毛の双尾猫との契約こそ、ルージュ・エッペンドルフがロードス島につけた足跡の第一歩となり、これからの激闘の中で大きな支えとなっていくのだが。
今のルージュは、ただ再会の喜びだけを噛みしめていた。
シナリオ1『異郷への旅立ち』
獲得経験点 2500点
今回の成長
技能、能力値の成長はなし。
使い魔との契約を行った。
経験点残り 5000点。