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No.35430の一覧
[0] SWORD WORLD RPG CAMPAIGN 異郷への帰還[すいか](2012/10/08 23:38)
[1] PRE-PLAY[すいか](2012/10/08 22:31)
[2] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:32)
[3] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:33)
[4] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:34)
[5] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:35)
[6] インターミッション1 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 22:40)
[7] インターミッション1 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 22:41)
[8] インターミッション1 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 22:42)
[9] キャラクターシート(シナリオ1終了後)[すいか](2012/10/08 22:43)
[10] シナリオ2 『魂の檻』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:44)
[11] シナリオ2 『魂の檻』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:45)
[12] シナリオ2 『魂の檻』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:46)
[13] シナリオ2 『魂の檻』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:46)
[14] シナリオ2 『魂の檻』 シーン5[すいか](2012/10/08 22:47)
[15] シナリオ2 『魂の檻』 シーン6[すいか](2012/10/08 22:48)
[16] シナリオ2 『魂の檻』 シーン7[すいか](2012/10/08 22:49)
[17] シナリオ2 『魂の檻』 シーン8[すいか](2012/10/08 22:50)
[18] インターミッション2 ルーィエの場合[すいか](2012/10/08 22:51)
[19] インターミッション2 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 22:51)
[20] インターミッション2 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 22:52)
[21] インターミッション2 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 22:53)
[22] キャラクターシート(シナリオ2終了後)[すいか](2012/10/08 22:54)
[23] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:55)
[24] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:56)
[25] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:57)
[26] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:57)
[27] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン5[すいか](2012/10/08 22:58)
[28] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン6[すいか](2012/10/08 22:59)
[29] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン7[すいか](2012/10/08 23:00)
[30] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン8[すいか](2012/10/08 23:01)
[31] インターミッション3 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 23:02)
[32] インターミッション3 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 23:02)
[33] インターミッション3 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 23:03)
[34] キャラクターシート(シナリオ3終了後)[すいか](2012/10/08 23:04)
[35] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン1[すいか](2012/10/08 23:05)
[36] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン2[すいか](2012/10/08 23:06)
[37] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン3[すいか](2012/10/08 23:07)
[38] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン4[すいか](2012/10/08 23:07)
[39] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン5[すいか](2012/10/08 23:08)
[40] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン6[すいか](2012/10/08 23:09)
[41] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン7[すいか](2012/10/08 23:10)
[42] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン8[すいか](2012/10/08 23:11)
[43] インターミッション4 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 23:12)
[44] インターミッション4 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 23:14)
[45] インターミッション4 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 23:14)
[46] キャラクターシート(シナリオ4終了後)[すいか](2012/10/08 23:15)
[47] シナリオ5 『決断』 シーン1[すいか](2013/12/21 17:59)
[48] シナリオ5 『決断』 シーン2[すいか](2013/12/21 20:32)
[49] シナリオ5 『決断』 シーン3[すいか](2013/12/22 22:01)
[50] シナリオ5 『決断』 シーン4[すいか](2013/12/22 22:02)
[51] シナリオ5 『決断』 シーン5[すいか](2013/12/22 22:03)
[52] シナリオ5 『決断』 シーン6[すいか](2013/12/22 22:03)
[53] シナリオ5 『決断』 シーン7[すいか](2013/12/22 22:04)
[54] シナリオ5 『決断』 シーン8[すいか](2013/12/22 22:04)
[55] シナリオ5 『決断』 シーン9[すいか](2014/01/02 23:12)
[56] シナリオ5 『決断』 シーン10[すいか](2014/01/19 18:01)
[57] インターミッション5 ライオットの場合[すいか](2014/02/19 22:19)
[58] インターミッション5 シン・イスマイールの場合[すいか](2014/02/19 22:13)
[59] インターミッション5 ルージュの場合[すいか](2014/04/26 00:49)
[60] キャラクターシート(シナリオ5終了後)[すいか](2015/02/02 23:46)
[61] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン1[すいか](2019/07/08 00:02)
[62] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン2[すいか](2019/07/11 22:05)
[63] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン3[すいか](2019/07/16 00:38)
[64] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン4[すいか](2019/07/19 15:29)
[65] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン5[すいか](2019/07/24 21:07)
[66] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン6[すいか](2019/08/12 00:00)
[67] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン7[すいか](2019/08/24 23:54)
[68] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン8[すいか](2025/10/23 22:51)
[69] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン9[すいか](2025/11/19 15:39)
[70] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン10[すいか](2025/11/29 23:24)
[71] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン11[すいか](2025/12/13 14:03)
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[35430] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン8
Name: すいか◆0ccb92c1 ID:24b63179 前を表示する / 次を表示する
Date: 2025/10/23 22:51
シーン8 ターバ神殿

 王都のきらびやかな夜を見慣れたラフィットにとって、ターバ神殿の夜は物寂しく感じるほどに静かなものだった。
 太陽が西の白竜山脈に沈み、あたりに夕闇が降りてくると、神殿を賑わせた巡礼者たちは潮が引くように姿を消す。
 人気の絶えた境内にはろくな明かりもなく、わずかに正門や城壁の戦士団詰所で篝火が焚かれる程度。
 ここには仕事を終えた人々が夕食を楽しむ喧噪も、酔っ払いたちが喧嘩する怒鳴り声もない。
 開け放った客間の窓から入ってくるのは、秋を告げる虫たちの合唱と、風が木の葉を揺らす森の囁きだけだ。
 ターバ神殿に来て迎える夜も、今日で5回目。
 ラフィットは窓辺に手をつき、涼やかな風に前髪を揺らしながら、空いっぱいに広がる星々を見上げた。
 王都よりも涼しく乾燥した空気は肌に心地よく、ゆったりと流れる時間が波打つ心を穏やかに慰めてくれる。
 ソファの前に置かれたローテーブルにミルクの皿を並べ、楽しそうにテイスティングをしていたルーィエとランシュが、申し合わせたように口を閉ざした。
 いつからだろう。
 ラフィットが窓辺に立ったら沈黙を守る、というのが部屋のルールになっていて、こちらから言葉をかけるまで、ふたりから話しかけてくることはなくなっていた。
 おかげでラフィットは些事に気を取られることなく、心に伝えられる声と会話することができる。
『ご無沙汰しております、導師様。お話しするのは王都以来ですね』
『司祭長殿もご壮健そうで何よりだ。平穏なる日々を楽しんでおられれば良いのだが』
 ラフィットの脳裏に直接響くのは、黒の導師バグナードの沈着な声だ。
 相手がどれほど離れていても術者と直接《念話》できるという魔法だが、感情や内心は隠すことができるというあたり、使い勝手もよくできている。
 だが、いくら便利でもバグナードは《禁呪》に縛られた身だ。魔法を使うだけで生じる激痛に消耗するし、ラフィットの方も神殿に気取られるわけにはいかない。
 無駄話に時間を費やすのは愚かというものだろう。
 ラフィットはすぐに本題に入った。
『して、そちらの首尾は如何ですか?』
『すべて予定どおりに。ドワーフどもの根城の件も2日前、滞りなく処理いたした』
『“ボーカイユ”は?』
『ラスカーズ卿が接触した。あやつらが卿の指揮下に入るはずもないが、情報を与えて操ることはできよう。司祭長殿の御命令があれば、いかようにも動かしてご覧に入れる』
『それは重畳。ですが神殿側の対応がまだ決まっておりません。ラスカーズにはもうしばらく待つようにお伝え下さい』
『承知した』
 ラフィットの頬に満足そうな笑みが浮かぶ。
 ルーィエはこちらに注意を払っているようだが、声さえ出さなければ夜風を楽しんでいるようにしか見えないはずだ。
『アンティヤルはどうしていますか?』
『あの男は目立つゆえ、森にひとりで野営させている。血を求めて暴れ出すかと思ったが、狩りをしたり器用に木片で細工物を彫ったり、思いのほか楽しんでおるようだ』
 アンティヤルの姿が目に浮かぶようだ。
 暗黒の島マーモ、その闇の森で生まれ育った蛮族の戦士にとって、森は故郷も同然だ。
 このあたりには危険な魔獣もいない。きっと穏やかな暮らしで心を静めながら、奥底に沈む殺意を研ぎ澄ませているのだろう。
『司祭長殿は暮らしに不自由はないか? ラスカーズ卿が気にしておったのでな。欲しい物があれば、いかようにも調達してお届けできるが』
『無用に願います。ニース様にもレイリア様にも親切にしていただいて、日々楽しく過ごしておりますよ。最後の日が来るのが残念なくらいです』
 冗談めかした口調だが、これはこれで本心だった。
 レイリアと料理をしたり、神殿の清掃をしたり、まるでぬるま湯に浸かったような無為な日々。
 このように何も生み出さず、何も奪われず、ただ時間だけを重ねるような生き方をしていたなら、もしかしたらラフィットは終末の女神の使徒として覚醒しなかったかもしれない。
 だが現実は違う。
 ラフィットはこの王国に純潔を奪われ、家族を奪われ、自由を奪われ、未来を奪われた。
 400年前の前世では、世界にたったひとりと慕った姉ナニールを幾度も殺された。
 大切だと思うもの全てを理不尽に蹂躙され、心を折られたラフィットに残されたのは、この世界そのものに対する憎悪と破滅への渇望だけだ。
 くだらない復讐だと嘲うなら、嘲えばいい。
 その代わり自分はターバ神殿を焼き払い、宮廷貴族を皆殺しにし、王国を屍山血河に沈めてでも姉を取り戻してみせよう。
『では、他に御用命はおありだろうか?』
 バグナードの声を聞いて、ふと我に返る。
 昔を思い出し、悲憤に身を委ねすぎたらしい。
 ルーィエに背中を向けていたのは実に幸運だった。ラフィットは浮かびかかっていた獰猛な笑みを瞬時に消し去り、国王の愛妾にふさわしい優雅な仮面をかぶり直す。
 客間の扉が控えめにノックされたのは、その時だった。
 ラフィットは振り向くと、ランシュに頷いてみせる。
 夕食直後、まだ体を拭く前だったので、着ているものはマーファの神官衣だ。着替えや化粧直しのために時間を稼ぐ必要はない。
 主人の合図を受けて、黒髪の侍女がドアを開けた。
「お待たせいたしました」
「夜分にごめんなさいね。緊急の要件で男爵夫人にお目通りしたいのだけれど」
 廊下から聞こえてきたのは最高司祭ニースの声だ。
 穏やかな口調だが、声ににじむ緊迫感までは隠せていない。
 ようやく待ちに待った時が来たらしい。
『導師様、動きがありそうですよ』
『ではこのまま待たせてもらうとしよう。呪文をかけ直すのは骨が折れるのでな』
 バグナードの冗談めかした弱音に笑いの波動を返す。
 事態はラフィットの期待通りに推移し、盤上には駒がそろいつつある。
 自分を殺そうとする者、守ろうとする者、利用しようとする者、尽くそうとする者。
 その全てを思いのままに操って、ロードス北辺の大地は今、ラフィットの掌の上にあった。

「ドワーフ族の“鉄の王国”で落盤事故、ギムが重傷、か」
 宿坊に与えられた私室に戻るなり、ライオットが諦め半分に天を仰いだ。
 乱暴な動作で椅子に腰を下ろすと、重量級の鎧に耐えかねて樫材が悲鳴を上げる。
「それが起きることは歴史の必然だろうし、ニース様が救援に向かうのも当然なんだろうけど、よりにもよって今かよ」
「私たちにとっては不都合だけどさ。今だから、なのかもね?」
 荒れた様子のライオットにルージュが苦笑いを向ける。
 ドワーフの坑道で落盤事故が起こり、ギムが重傷を負ったからニースが駆けつける。
 それはロードス島の歴史年表に明記されたイベントだから、ルージュに言わせれば、現在の状況は単に正史をなぞっているだけだ。
「ニース様がターバ神殿を留守にするのは、“灰色の魔女”がレイリアさんを連れ去るイベントのトリガーだからね。これが起きなきゃ今回のキャンペーンは成り立たないし」
「……これは現実だ。キャンペーンとか何とか、今さら関係ないだろ」
 低く唸るようなライオットに、ルージュはあっさりと首を振る。
「関係あるよ。ないわけないでしょ。ここは悠樹くんの創った世界で、原作とは違う。悠樹くんが創ったシナリオである以上、年表に矛盾することは絶対にない。そんなことはライくんもリーダーも嫌というほど知ってるでしょうに」
 シン・イスマイールに同化していると言ってもいい伸之や、こっちの世界を現実と“決めた”一彦と違い、ルージュ・エッペンドルフであるところの喜子は、いささか俯瞰する視点でこの世界を見ている。
「それにさ、ここにPCがいるんだから、NPCが活躍したらシナリオが台無しでしょ? 私はこうなるのが必然だったと思うよ」
 ニースに率いられて、アウスレーゼやカザルフェロ戦士長、それに神官戦士団の大部分も“鉄の王国”へ向かうことになった。
 ターバ神殿にとっては、お忍びで遊びに来た寵姫の相手よりも、ドワーフ族の救援の方が優先度が高いという判断だ。
 その結果ターバ神殿の防衛戦力は激減し、シンたちはほとんど独力で事態に当たらねばならない。
 現実的に考えるなら、まさしく逆境と呼ぶしかないのだろう。
 だがルージュは思うのだ。
 ここで必要なのは現実基調の状況分析ではなく、御都合主義でもいいからシナリオを攻略しようとするプレイヤー視点なのではないか?
 物語は起承転結。盛り上がりと苦境は予定調和で、それを乗り越える爽快感までがセットになってTRPGのはずだ。
 少なくとも、悠樹の創ったロードス島はそういう風にできている。
「なるほど、シナリオの攻略か」
 意表を突かれたシンが、ぽつりと零した。
 ずいぶん前に通り過ぎた道に、とんでもない落とし物をしていたらしい。
 学生時代は演劇部で芝居漬けだった“伸之”にとって、役を演じるときはその人物に成りきるのが当たり前のこと。
 だから警察官であることをいつまでも捨てなかったライオットとは逆に、シンは日本人である自分を真っ先に捨てた。
 単なるTRPGプレイヤーから“砂漠の黒獅子”シン・イスマイールへ。
 ファイター10レベルという圧倒的な強さによって、その自己暗示は驚くほど素直に自分自身にかかってしまい、今ではもう元のSEには戻れそうにない。
 シン・イスマイールは風と炎の砂漠で生まれ育った英雄だから。
 レイリアと共に過ごす時間は、ターバ神殿に流れているから。
 いつからだろう。シンは、日本のことが脳裏に浮かばなくなっていた。
 だが今は、前に進むために過去へ逆戻りしなければならないらしい。
 シンは苛立ちの収まらない様子のライオットに視線を向けた。
「俺もお前も、なんて言うか、視野が固定されて前のめりになってたみたいだ。俺は前を見すぎて足下が見えてなかったし、お前は実力と寄せられる期待に酔って、何もかも完璧に成し遂げなきゃいけないと思ってるだろ?」
「おいシン。失敗してもいいってのはナシだぞ」
 ため息混じりに見返してくる親友に、シンは小さく肩をすくめた。
「そういうことじゃない。俺さ、今回の件ではずっと仲間はずれの気分を味わってたんだ。俺にできることは剣を振り回すことだけで、政治とか謀略とか、そういうのはお前の領分だと思ってた。だからお前がリュイナールを相手に政治交渉したり、カザルフェロ戦士長に要人警護を教えたり、俺の苦手分野で活躍してるのを見て、疎外感を感じるんだと思ってた。だけどルージュの話を聞いて思ったよ。今の今まで、俺だけシナリオに参加してなかったんだな」
 その吹っ切れた口調は、見えない不安でじわじわと包まれるような焦燥感を、一言ごとに切り開いていく。
「俺は今回ホントに何もしてない。護衛っていう名目で神殿内をブラブラ歩いてただけだ。これがTRPGなら、ただ卓を囲んでるだけで何もしゃべらない空気プレイヤーだよ。俺は政治とか謀略は門外漢だけど、シナリオ攻略なら専門分野だ。だからとりあえず、情報収集から始めようと思う」
 TRPGとかプレイヤーとか、今のシンでは違和感しかない単語を躊躇なく使いながら、シンの主張には一本筋が通っていてブレがない。
 動物的としか言いようがない直感で、今日までパーティーを導いてきたシンの言葉だ。
 また新たに示された道を、ライオットは苦笑いと共に受け入れた。
「確かにごもっとも。だけどな、情報収集ったってもう夜だぞ。ニース様に黙って外に出るわけにはいかないし、どうする気だ?」
 シンは悪戯を成功させた子供のように笑った。
「外に行かなくても、敵の情報に精通してるヤツがいるじゃないか。ターバの誰よりも宮廷貴族に詳しい人間が。本当なら、一番最初に話を聞かなきゃいけなかった相手がさ」


 夜の訪問にもかかわらず、ロートシルト男爵夫人は快く冒険者たちを迎え入れた。
「このような時間に急な訪問、本当に申し訳ありません」
 さすがに鎧と盾は置いてきたが、ライオットとシンは帯剣したままだし、ルージュも魔法樹の杖を携えている。
 おそらく宮廷貴族の世界では、女性だけの部屋に武装した冒険者が3人も押しかけるのは、非常識に分類される行為のはずだ。
 だが、まったく申し訳ないと思っていないライオットの社交辞令を、ラフィットは気にしたそぶりもなく受け流した。
「何を仰いますか。皆様は妾とランシュの命の恩人です。夜中だろうと明け方だろうと閉ざす扉はございませんわ。いつでもお越し下さいませ」
 宮廷貴族にふさわしい典雅な微笑と、見惚れるような美しい一礼。
 だが他人行儀な対応はそこまでだった。
 ラフィットは一瞬で雰囲気と表情を切り替え、シンを上目づかいで見上げた。
「それに、皆様ときちんとお話しするのは、ターバに来て初めてですもの。ザクソンの村で上位魔神を討伐した英雄たちの勲、ぜひ詳しくお聞かせ願いたいですわ」
 胸の前で両手を組み、目を輝かせてねだるラフィットの姿は、恋と冒険に憧れる思春期の少女そのものだ。
 レイリアに対するよりはずっと礼儀の壁が高いが、それでも子供っぽい好奇心を隠しきれない様子。
「特にシン様が一刀で魔神を斬り伏せ、レイリア様をお救いした場面などは念入りにお願いします。『ごめん、また遅くなった』は外せませんわ」
 シンの声真似までして場面を演じるラフィット。
 王国随一の女優の演技だ。当時を思い出して紅潮したシンが、わざとらしく咳払いする。
「あの、男爵夫人。その話はどこで?」
「もちろんレイリア様からです。そこで初めてシン様に抱きしめられたとかで、それはそれは幸せそうな笑顔でお話しいただきました」
 本当に恋愛話を楽しんでいるのか、それともシンをからかっているのか。
 たぶん両方なんだろうな、と思いつつ、ルージュは口をはさんだ。
「男爵夫人。もう時間も時間ですから、そのお話はいずれまた。リーダー、夜中に女性の部屋にいるんだから、早く用事を済ませて退出しないと」
 強引な軌道修正は失礼かも知れないが、ここは冒険者の酒場ではない。
 無駄話に花を咲かせるのは場違いというものだ。
「そうだな。男爵夫人、俺たちはちょっと聞きたいことがあってお邪魔したんです」
「妾にお話しできることであればいいのですけれど」
 話題を誘導しようという意図を真正面から粉砕されて、ラフィットの口調に他人行儀がほんの一滴だけ追加される。
 可憐な微笑で警戒心を覆い隠すラフィットに、シンは大上段から斬り込んだ。
「今、男爵夫人を害そうとして、南で動いている集団は何者ですか? 正体は? 人数は? 知っていることを教えて下さい」
 前振りも社交辞令も何もなく、いきなり突かれる核心。
 迂遠で婉曲な言い回しと腹の探り合いに慣れているラフィットだからこそ、それは予想を超えた奇襲攻撃となった。
 ほんのわずかに表情が揺れ、その事実に動揺して、さらに仮面にひびが入った。
 何かを話そうとして口を開きかけるが、結局言葉を選ぶことができずに再び閉ざす。
 可憐な表情からぎこちない微笑へ、そして諦めへ。
 14歳の少女なら当たり前の反応を見せてから、ラフィットは細く吐息をもらした。
「どうぞ皆様、中へお入り下さい。扉を開けたままで立ち話できる内容ではございませんから」
 背後でランシュが茶の準備を始めるのを感じながら、内心で気を引き締め直す。
 ドワーフの王国での策謀の結果、ニースと神官戦士団の主力を神殿から離すことには成功した。
 状況としては悪くない。
 ラフィットにとってはおおむね計画通りの展開なのだが、やはり最後の障害となるのはこの冒険者たちらしい。
 ニースに上位魔神が出現したという話が伝わっておらず、この冒険者たちを引きずり出すことには失敗してしまった。
 本当に。
 客間に居すわる“猫王”といい“砂漠の黒獅子”といい、厄介なことこの上ない。
 嘘をつけば確実に露見する。
 それだけは確実なことと気を引き締めながら、ラフィットは来客を室内に招いた。


 湯を沸かしてティーポットに注ぐと、その中で茶葉が踊りはじめる。
 質も保存状態もよい茶葉、沸かしたてで空気をたっぷり含んだ熱湯、ポットの形など、いくつもの条件を満たして初めて起こるジャンピングという現象だ。
 乾燥して丸まった茶葉が湯の中で開き、味や香りが引き出されるのを待つ間に、ランシュは3人掛けのソファを占領しているルーィエに声をかけた。
「ルーィエ様、こちらでお話に参加なさいますか? 御希望でしたら裏でミルクを用意いたしますが」
 尻尾に顔をうめて丸くなっていたルーィエは、面倒そうに周囲を見回す。
 どうやら不出来な弟子たちの訪問によって寝床を奪われるらしい。
 先ほど来た最高司祭の話から察するに、これからの打ち合わせでもするのだろう。
 ルーィエは一度前足を伸ばすと、音もなく床に跳び降りた。
「裏でミルクをもらおう。余計なものは入れなくていい。蜂蜜だけで」
「承知いたしました」
 黒髪の侍女と銀毛の猫王が衝立の向こう側に姿を消すと、ラフィットは冒険者たちを空いたソファに招いた。
「男爵夫人、ルーィエはご迷惑をおかけしていませんか?」
「ルージュ様、お許しがいただけるなら、今すぐ妾の離宮に連れて行きたいくらいですわ。ランシュなどは朝から晩まで美しい毛皮を堪能させていただいて。昨夜は私も御一緒したのです。最高の撫で心地でした」
「お気持ちは有難く思いますが、ルーィエが貴族社会に適応するのは無理だと思いますよ。何しろ口が悪すぎて」
 渋い顔のルージュに、ラフィットが軽やかな笑い声を返す。
 そんな挨拶代わりの雑談を交わしているうちに、紅茶の準備を終えたランシュがトレイに乗せて運んできた。
 陶器のカップが音もなくテーブルに並べられ、王室御用達の高級茶葉が馥郁たる香りを漂わせる。
 侍女が再び奥に下がるのを待つ間、ラフィットは目を閉じてカップを傾けた。
 何をどこまで話すか。
 慎重に考えながら、少し唇を湿らせただけで、そっとカップをソーサーに戻す。
「皆様は、“ボーカイユ”という言葉を聞いたことはおありですか?」
「ボーカイユ……古い詩やなんかに出てくる言葉で、玉砂利とか美しい石とか、そんな感じの意味ですよね」
 いわゆる雅称というやつだ。
「はい。長い年月をかけて川底を転がるうちに、すっかり角が取れて滑らかになった河原の丸石。最初は角張った武骨な岩だったのでしょう。ですが悠久の時の中、連綿と続く流れにさらされるうちに少しずつ磨かれ、今ではアラニア王宮の庭園さえも飾るようになった美しい石のことです。表向きは」
 少しだけ皮肉っぽい笑みを浮かべ、ラフィットは目を上げた。
 無言で続きを促すルージュを正面から見返す。
「ですが貴族がその言葉を使う時、多少は傲慢なニュアンスが含まれるのですわ。“路傍の石”。そのあたりに落ちている単なる石ころ。どれほど長期間の献身があろうとも、蒼い血の貴族にはなれない存在。つまり“平民”の隠喩です」
 表向きは美しい意味を与え、褒め言葉としての体裁を整える。
 だがいざ口に出す時には、明白な侮蔑が込められているというわけだ。
「とはいえ、単なる民衆とも違うのです。何しろ数百年の歴史を持ち、磨かれて特別な価値を持つに至ったのですから。平民ではあるものの、王国の歴史の一部を共有する者たち。そういったニュアンスも持ち合わせています」
「……つまり、平民の中では“使える”存在、ということですか?」
 ルージュを挟んでシンとは反対側に腰かけたライオットが、探るように言う。
 ラフィットは小さく首を振った。
「少しだけ違います。能力の優劣ではございません。歴史を共有したか否か。そういう違いです」
 そしてラフィットは、自分の言葉が冒険者たちに染みこむのを待つかのように、もう一度ティーカップに手を伸ばし、ゆっくりと紅茶を味わう。
 暖かな湯気に乗って、リラックス効果があるというベルガモットが香った。
 ああ、本当に。
 ランシュが煎れてくれた紅茶は、緊張でこわばった心を慰めてくれる。
 一言でも間違えれば破滅を招くこの場において、それはたったひとりの味方がくれた、この上ない援護だった。
「そこまで御理解いただいた上で、先ほどのシン様の問いにお答えいたします。ですがここから先は、国王陛下にベッドで教えていただいた王家の秘密です。どうか誰にも、ニース様にもレイリア様にも他言なさいませんよう、くれぐれもお願いいたします。確約いただけますか?」
 ここからが本番だ。
 3人の冒険者たちが頷くのを見て、ラフィットは居住まいを正した。
 14歳の少女としての柔らかな雰囲気はすっかり消え去り、年齢不相応に大人びた顔で、淡々と語り始める。
「400年前、英雄王カドモス1世陛下がカーディス教団を打ち破り、アラニア王国を建国した時代。付き従った仲間が宮廷貴族の祖となり、剣を振るって戦った戦士が騎士たちの祖となりました。そして農村から集い彼らに従った兵は、報償を受け、たったひとつの約束を交わして、それぞれの故郷へと戻っていきました。交わした約束――それは、いずれ王国に危機が迫った時、再び集って王国を助けとなること」
 アラニアの建国はカーディス教団の敗亡と同義であり、心から愛する姉を奪われた、ラフィットにとって屈辱と悲憤の記憶だ。
 それを敵の立場から語らされるなど、何たる嫌がらせだろうか。
「王国の危機、それは言うまでもなく“亡者の女王”の復活です。カドモス1世陛下はマーファ教団の協力を得て女王の魂を封印しました。ですがそれは封印であって、消滅ではありません。いつか復活してしまうかもしれない。もしもその日が訪れたなら、また互いに手を取って共に戦おう。そう約束したのです」
 英雄王が、肩を並べて戦った兵たちと対等な立場で交わした約束。
 それは契約書も何もない、ただの口約束だ。
 だからこそ。
 時が流れても忘れ去られないように。
 約束を交わした個人が亡くなっても子孫に引き継がれるように、英雄王は兵たちに特別な名を与えた。
「カドモス1世陛下は、約束を交わした兵たちに“ボーカイユ”の称号を与えました」
 名を与えられた兵たちはその名を胸に刻み、故郷の村へと戻っていった。
 ある者は農夫として、またある者は狩人として。
 鍛冶屋として。
 雑貨屋として。
 酒場の店主として。
 降った雨が大地に染みわたるように、戦場を離れた彼らはアラニアの隅々に散り、平和な日常の中へ埋没していく。
「戦の記憶が薄れても、ボーカイユの称号は親から子へ、子から孫へと引き継がれていきます。それはアラニアの建国戦争から続く家の“誇り”そのものなのですから」
 ボーカイユとは、先祖が王家と交わした誓約の証。
 英雄王と共に戦い抜き、建国の歴史に立ち会ったという栄誉そのものだ。
「ここまでお話しすればお分かりでしょう? ボーカイユとは、アラニアの歴史に磨かれてきた無数の玉石。王国の隅々まで広がり、平民として王国を支えている柱石。王家との契約により“亡者の女王”と戦うための剣となる者たちですわ。そして今、妾を殺すために集められたのが、彼らボーカイユなのです」


 突拍子もない話だ。
 納得がいかない。
 ライオットは右手で前髪をかき上げると、困惑と不満を乗せて短いため息をついた。
 400年も前の口約束が、今この時代まで有効に残るか?
 もし約束が残っていたとしても、彼らに命令して集めるなどナンセンスだ。
 どこに何人いるかも分からない末裔を、誰がどうやったら見つけ出せる?
 仮に見つけ出したところで、そこにいるのは昔の戦争とは何の関係もない単なる民衆だ。
 その彼らが、ただ先祖が口約束を交わしたからという理由だけで、平和な日常を投げ出してターバ神殿を襲うか?
 仮定に仮定を重ねて、彼らを百人規模で集め、ターバを攻撃する気にさせたとしよう。
 それでも所詮は素人で、しかも烏合の衆だ。
 そんな苦労をするくらいなら、最初から兵士なり騎士なりを動員した方が楽で早いし、何よりも戦闘力としてずっと強いに決まっている。
 だが、しかし。
 ライオットは内心で頭を抱えた。
 ラフィットの話には、一切の噓がないのだ。
 客間に入る前に、ライオットは《噓感知》のコモンルーンを発動させてある。
 その魔法は今も有効に働いており、ラフィットの話には一言も虚偽が混ざっていないことが分かっていた。
「男爵夫人。あなたは彼らを“亡者の女王”と戦うための剣、と仰いましたが、どうして彼らがあなたを襲うと?」
 ライオットの問いに、ラフィットは可笑しそうに目を細めた。
「彼らに命令を下したのが王家だからですわ。ラスター公爵様とノービス伯爵様、あの方々は妾を殺すためにボーカイユを動かしたのですもの」
「だけど、貴女は“亡者の女王”じゃない」
「それはささいなことです。たまたまレイリア様の近くにいただけの、身元も分からない神官見習いの娘がひとり、戦火に巻き込まれて死ぬだけではありませんか」 
 なるほど、亡者の女王は口実に使えれば充分で、周囲の邪魔者ごと皆殺しにしてしまえば目的は達せられる、ということか。
 理屈は通っているし、大筋は理解できるのだが。
 何よりも非効率、という点で納得いかないライオットを、ラフィットは微笑ましげに眺めた。
 師匠が見どころのある弟子を評価するような、そんな眼差しだ。
「ライオット様。ここはターバ神殿です。どこの誰だか明らかな者が襲撃してしまっては、後々大問題になってしまいますわ」
 それが宮廷のルール。
 黒幕が誰だか分かるのは、別に構わない。
 だが、神殿を襲ったのは自分ではないと強弁できる“形”は必要だというわけか。
「……なるほど。理解できました」
 非効率を上回るだけのメリットを提示されて、ライオットはようやく矛を納めた。
 ボーカイユとやらが民衆に溶け込んだ一般人であるなら、ラスター公やノービス伯の部下だという繋がりはない。
 彼らがターバ神殿を襲っても“民衆が激発しただけ”という論理が成り立つし、うまくいったら子飼いの部下を追加で派遣して“正規の騎士団が暴徒を蹴散らし”“奪われた亡者の女王の転生体を奪還し”“墓所に護送して封印した”というストーリーまで美しく描けるではないか。
 ラフィットを葬り、レイリアを封印し、宮廷からターバの勢力を一掃できる。
 うまくいけば一石三鳥の妙手だ。
 よしんば全てが失敗したところで、宮廷から遠く離れた場所で、どこの誰かも知らぬ平民がいくらか死ぬだけ。
 仮に全滅したところで、ラスター公爵たちは痛くも痒くもない。
「ライオット様は、やはりこういったお話が得意でいらっしゃいますね」
 一を説明すれば十を理解してくる相手とは話がしやすい。
 そんな顔でラフィットが頷くと、今度はシンが口を開く。
「それで、そのボーカイユの数は? 今どこにいるか分かりますか?」
「数は、そうですね……妾の推測になりますが、多くても百を超えることはないと思います。いかに王族といえども、今回は充分な時間がなかったはずですから。今の居場所についてはさすがに存じ上げませんわ。最終的には妾がいる場所を襲うつもりなのでしょうけれど」
 それはそうだ。
 ラフィットは転移魔法でターバ神殿に来てから一歩も外に出ていないし、ひとりの来客もなかった。
 外からの新しい情報を入手する機会はなかったはず。
「そういえば、そいつらはどうしてターバを襲うんでしょうね?」
 シンの問いに、ラフィットは初めて虚を突かれたような表情を見せた。
 聞かれている意味が分からない、という様子だ。
「妾がここにいるからですわ。レイリア様もいらっしゃいますし、ボーカイユを動かすには都合のいい条件がそろっています」
「いや、そうじゃなくて。俺たちはリュイナールに言われたんですよ。男爵夫人が《転移》の魔法でここに来るのを知っているのは、男爵夫人とリュイナールだけで、国王にすら秘密にしてるって。それなのにボーカイユがここを狙えるのはおかしいでしょう?」
 公式には、ロートシルト男爵夫人は馬車で移動中ということになっている。
 普通に考えれば襲われるのはそっちのはずで、だからこそリュイナールは馬車と一緒に行動し、敵を迎撃して一網打尽にするつもりでいる。
 そんなシンの疑問を、ラフィットはあっさりと切り捨てた。
「それはリュイナール様が甘すぎますわ。あの王族方を侮っておいでです。少なくとも、私が聞いた次の日にはノービス伯爵様の耳に入っておりましたよ」
 それが当たり前だと言わんばかりの口調。
「妾の離宮にいる騎士のひとりがノービス伯爵様に密告したのですから、間違いありません」
「そんな! どうしてそんな奴が離宮にいるんですか!」
 密告する方もする方だが、裏切り者がいると知っているなら追い出せばいいではないか。
 そういきり立つシンに、ラフィットは平然と答えた。
「シン様、それは今のアラニア宮廷では当たり前のことなのです。妾の事情を外に漏らす者もいれば、ノービス伯爵様がラスター公爵様と語らってボーカイユを動かしたと、妾に教えてくれた者もいます。穴がどこに開いているか知っているなら、そのままにしておいた方が有益です。なぜなら、彼を使って妾の望む情報を流し、ノービス伯爵様の動きを操ることもできるからです」
 かつて王都の路上で襲撃から救われた時、ルージュに向けたのと同じ視線をシンに返す。
 武器を振り回すだけが戦いではない、と。
 自分には違った力とやり方があるのだ、と。
 その目は、宮廷に渦巻く悪意の海を自分の力で泳ぎ切ってきたロートシルト男爵夫人の自負を感じさせるものだった。 
「……男爵夫人の言うことも、分かります」
 不承不承、シンが追及を止める。
「御理解いただいて恐縮ですわ」
 少しばかり険のある空気になってしまったが、ラフィットは小さく咳払いして続けた。
「ともかく、そういった事情がございますので、王都の御両名は妾が今ここにいることをご存じのはずです。ターバ神殿は何しろ特別な場所ですので、いつものように子飼いの暗殺者を向けるわけにもいかず、ボーカイユを動かしたというのは自然な話に思えます」
 その言葉にも噓はなかった。
 ライオットがシンに小さく頷いてそれを伝えると、その答えでシンは納得したようだ。
 これ以上の質問はないらしいと察して、最後にルージュが辞去の挨拶を口にする。
「男爵夫人、長々と失礼しました。まるで尋問しに来たみたいになっちゃいましたけど、敵がどこの誰かというのは護衛として最低限必要な情報ですので。どうか御容赦下さい」
「いいえ、どうかお気になさらず。守っていただくのは妾の方なのですから」
 ラフィットはことさらに柔らかく、ふわりと微笑む。
 少しばかり険しくなった雰囲気を柔らかくしようという意図があったのだろう。
 だがその妖精のように可憐な微笑にライオットが固まり、視線が釘付けになった瞬間、脇腹にルージュの容赦ない肘打ちが食い込んだ。
「ぐ……ちょっ」
「見過ぎ」
 ルージュは短く断罪し、ラフィットにも冷たい視線で釘を刺す。
「男爵夫人。申し訳ないのですが、うちの男どもにそういう笑顔を向けるのは御遠慮願えますか? 男はすぐ勘違いする生き物なので。しかも男爵夫人のは、レイリアさんのとはレベルが違いすぎます。危険です」
「ええとその、ごめんなさい?」
 貴族が社交辞令として微笑を浮かべるのは、息をするように自然なことなのに。
 なぜか謝罪に追い込まれ、ラフィットは曖昧な表情で紅茶に手を伸ばした。
 脇腹をさすりながら恨みがましい目のライオットと、完全にそれを無視するルージュ。
 色々と乱れてしまい、場の空気は混沌としてよく分からないことになっている。
「それでは私たちはこれで失礼します。ルーィエ、遊んでないでちゃんと仕事してよね」
 その雰囲気を全く意に介さず、衝立の向こうにいる相棒に声をかけると、ルージュは澄ました顔で立ち上がった。
「やかましい。今回俺様ほど働いてる奴はいないぞ。少しはこの侍女を見習って俺様をねぎらってみせろ」
 尻尾を左右に揺らしながら、ルーィエが見送りに出てくる。
 ちらりと視線を交わしたが、それ以上の言葉は必要なかった。
 ルージュは小さく笑うと、ローブの裾を捌いて客間から出て行く。
「では男爵夫人、夜中に失礼しました。陛下、あとはよろしくな。ランシュさんも紅茶ごちそうさま。美味かったよ」
 地味に痛むのか、脇腹を押さえながらライオットもルージュに続く。
 遅れて立ち上がろうとしたシンは、ティーカップを持ったまま固まっていたラフィットと目が合った。
 視線が絡み合い、最後の最後で滅茶苦茶にされた空気にお互い苦笑が浮かぶ。
「なんかすいませんでした。ルージュはライオットが絡むと、ちょっと凶暴になる習性があるもので」
 本人に聞かれたら《ブリザード》が吹き荒れそうなセリフに、ラフィットはくすりと笑った。
「お気持ちは分かりますわ。シン様だって、宮廷の若手貴族がレイリア様に言い寄ったら、きっと嫌な気分になりますでしょう?」
「なるほど、それは確かに」
 レイリアがその男に靡くかもしれない、という不安ではない。
 他の男がそういう目を向けること自体に腹が立つのだ。
「妾も、シン様やライオット様に向ける顔には気をつけなければいけませんね」
「そう願います。あなたは美人すぎる。冗談半分でも俺たち男は被害甚大ですから」
「まあ、お上手ですこと」
 銀の鈴が転がるようにくすりと笑い、ラフィットはティーカップを降ろした。
 それを合図にシンも立ち上がり、退出の挨拶をする。
「それでは俺もこれで。夜遅くに済みませんでした」
「どうかお気になさらず。最初にも申しましたが、夜中だろうと明け方だろうと歓迎いたしますわ。妾、技術には自信がありますし、何ならランシュをお使いになっても結構です」
「……そういうところですよ」
 最後までからかおうとする言葉に、シンは肩をすくめた。


 遅れて廊下に出たシンを待っていたのは、厳しい表情で黙り込むライオットとルージュだった。
 ふたりはシンが出てきたのを見るなり、無言でついてくるよう合図して先を進む。
 宿坊から神殿の中庭に出てくると、頭上に満天の星空が広がった。
 短い夏が終わりを迎え、夜ともなれば涼しすぎるくらいだ。
 中庭に新しく設置された休憩所に着くと、ライオットは慎重に周囲をうかがい、見える範囲に人影がないことを確認する。
 腰までしかない低い壁のおかげで、辺りの視界は良好だ。
 どこに耳があるか分からない室内より、よほど密談向きと言えるだろう。
「それで、何があった?」
 明らかに重苦しい雰囲気のふたりに、真正面から尋ねる。
 ほんの一瞬だけ視線を交わした後、応じたのはライオットだった。
「シン、ロートシルト男爵夫人の話だけどな。彼女は最後の最後にたったひとつだけ噓をついたんだ」
 夜の帳の向こう側に届かないよう、低く抑えた声。
「彼女は言っただろ。『守っていただくのは妾の方なのですから』。あれだけは噓だ」
「……何だそりゃ?」
 理解しがたい内容に、思わずシンがこぼす。
「意味が分からないよな」
 ライオットが深く頷く。
 ロートシルト男爵夫人には敵が多いから、宮廷魔術師リュイナールから、ターバに滞在している間の護衛を依頼された。
 護衛対象はラフィットひとりで、彼女を護衛するのがシンたち。
 誰がどう考えたって噓になるはずがない言葉なのに。
「あまりにも意味が分からなすぎて、驚きが顔に出るところだった。ルージュにフォローしてもらわなければ危なかったよ」
「いや、ちゃんと顔に出てたからね。もうちょっとしっかりして」
 ルージュがため息をつく。
 それを聞いて、シンはなるほどと苦笑した。
 ルージュの肘打ちから始まった一連の茶番も、空気を滅茶苦茶にしてそそくさと部屋を出て行ったのも、男爵夫人の噓に気付いたことを隠すためだったのか。
「だとすると色々考えないといけないな。守られる側じゃないってのが前提なら、可能性としては何がある?」
 シンの問いに、ルージュが即座に応じた。
「ぱっと思いつくところだと、あそこにいた彼女が実は影武者で、ロートシルト男爵夫人じゃないとかね」
「リュイナールが何か企んでるってのも考えられる。何しろあいつは“灰色の魔女”だ。何をしでかしても納得できる」
「実は男爵夫人が超強くて、俺たちの助けなんか必要としてないとかな」
 その後も3人は荒唐無稽な与太話から現実的な可能性まで、思いつく限りに話し合った。
 明日になればニース最高司祭に率いられ、カザルフェロ戦士長以下の神官戦士団主力は“鉄の王国”へ向かう。
 残されたターバ神殿を、レイリアを、そしてロートシルト男爵夫人を守れるのは自分たちだけだ。
 ターバに何が迫っているのか。
 これから何が起きようとしているのか。
 3人の議論は、夜更けまで尽きることがなかった。


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