インターミッション ライオットの場合
冒険者の店〈栄光の始まり〉亭。
その裏庭の片隅に、店の女将とライオットがいた。
「こんな感じでいいのかい?」
女将が、ライオットが描いた図面を不思議そうに眺めながら言った。
そこは、新しい木の香りの漂う、居心地の良さそうな小さな小屋だった。
透き間をあけて白木を敷きつめた室内には、直径1メートルほどの大きな樽が2つと、ちょっとした荷物が置けそうな棚が作られている。
壁には出入り口のほかに窓はないが、屋根がかかっているのは小屋の広さの半分程度なので、採光に不自由はない。
屋根を支える柱にはランプを吊してあるので、夜になればまた違った風情になるだろう。
「完璧な仕事だ。さすがドワーフの建築家だな」
水の張られた樽を見ながら、ライオットがうれしそうに言う。
ギムに紹介してもらったドワーフの建築家と相談を繰り返し、発注から1週間。
わざと半分しかない屋根や、床全体を隙間だらけにして水を抜き、床下から樋で排水する構造など、ロードスの概念にはないものを、ドワーフは想像以上の完成度で実現してのけた。
そう。
風呂のない生活は耐えられないと、マーファ神殿からもらった報酬を投資して、裏庭に個室露天風呂を作ってもらったのだ。
脱衣スペースに敷いてある簀の子や脱衣かごは、村中を探し回って似たような品を買ってきた。
ほかにも椿の花油と塩を釜で炊いて精製した石鹸、麻の古布を裂いた垢すりタオルなど、必要最低限の備品も苦労して調達した。
「よく分からないねぇ。身を清めるなら、川で水浴びでもしたらどうだい?」
女将が風呂場を見渡しながら、首をひねった。
「それじゃ駄目なんだよ。風呂は身を清める場所であると同時に、心を癒す場所なんだ。肩までお湯につかって夜空を見上げて、その日の出来事を反省したりしてさ」
ライオットの言葉は心からの本音だったが、女将にはまるで理解できないようだった。
「ま、あんたの金で作ったんだから、好きにすればいいさ。どうせ他の客は使わないし、専用でいいよ」
庭先に意味不明な施設を作ったことに関しては、文句を言う気はないらしい。
この程度で腕利き冒険者を確保できるなら安いもの、と計算しているのだろう。
「それはありがたい」
ライオットが律儀に頭を下げる。
「けど、お湯はどうやって沸かすんだい? ここにはまだ釜がないみたいだけど」
「こうする」
女将の疑問に答えて、ライオットが携えていた剣を抜いた。
必要筋力17のバスタードソード。よく手入れされてはいるが、もちろん湯を沸かす役には立たない。
このままでは。
ライオットは、魔法の指輪をはめた手を剣にかざすと、下位古代語のコマンドワードを口の中でつぶやいた。
『万能なるマナよ、炎の刃となって宿れ』
詠唱の終了とともに、刀身を魔法の炎が取り巻いた。
周囲の気温が一気に上がる。
古代語魔法《ファイア・ウェポン》である。
ルール的には打撃力+10で、両手持ちにすれば打撃力は32に到達。シンが持つ精霊殺しの魔剣”ズー・アル・フィカール”を軽く凌駕することになる。
「こりゃ、とんでもない魔法だね・・・その指輪ひとつで、村が丸ごと買えるんじゃないかい?」
女将が目を丸くしている前で。
「んじゃいくぞ」
ライオットは言うなり、その剣を樽の中に突き入れた。
急激に沸騰した水が泡立つ音とともに、室内に白い湯気が広がっていく。
そのまま剣で水をぐるぐるかき混ぜ、時々手を入れては温度を確かめる。
そんな作業を3回ほど繰り返すと、そこには適温に沸いた風呂が完成していた。
「こっちの樽は湯船に使う。もうひとつはかけ湯。いずれは川から水を引いて、直接貯められるようにしたいな」
得意そうに計画を語るライオット。
女将はあきれ果ててため息をついた。
「あんたが金も魔力も無駄遣いをしてるってことは、よく分かったよ」
そして女将が首を振りながら帰っていった後。
一番風呂を心ゆくまで楽しんだライオットは、汚れの浮いた湯船を見て。
「こりゃ、どう考えても精霊使いが必要だな……」
1レベル精霊魔法《ピュリフィケーション》のありがたみを、生まれて初めて実感していた。
シナリオ1『異郷への旅立ち』
獲得経験点 2500点
今回の成長
技能、能力値の成長はなし。
冒険者の店〈栄光の始まり〉亭に、専用露天風呂を建設した。
経験点残り 12500点。