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No.35430の一覧
[0] SWORD WORLD RPG CAMPAIGN 異郷への帰還[すいか](2012/10/08 23:38)
[1] PRE-PLAY[すいか](2012/10/08 22:31)
[2] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:32)
[3] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:33)
[4] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:34)
[5] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:35)
[6] インターミッション1 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 22:40)
[7] インターミッション1 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 22:41)
[8] インターミッション1 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 22:42)
[9] キャラクターシート(シナリオ1終了後)[すいか](2012/10/08 22:43)
[10] シナリオ2 『魂の檻』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:44)
[11] シナリオ2 『魂の檻』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:45)
[12] シナリオ2 『魂の檻』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:46)
[13] シナリオ2 『魂の檻』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:46)
[14] シナリオ2 『魂の檻』 シーン5[すいか](2012/10/08 22:47)
[15] シナリオ2 『魂の檻』 シーン6[すいか](2012/10/08 22:48)
[16] シナリオ2 『魂の檻』 シーン7[すいか](2012/10/08 22:49)
[17] シナリオ2 『魂の檻』 シーン8[すいか](2012/10/08 22:50)
[18] インターミッション2 ルーィエの場合[すいか](2012/10/08 22:51)
[19] インターミッション2 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 22:51)
[20] インターミッション2 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 22:52)
[21] インターミッション2 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 22:53)
[22] キャラクターシート(シナリオ2終了後)[すいか](2012/10/08 22:54)
[23] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:55)
[24] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:56)
[25] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:57)
[26] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:57)
[27] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン5[すいか](2012/10/08 22:58)
[28] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン6[すいか](2012/10/08 22:59)
[29] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン7[すいか](2012/10/08 23:00)
[30] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン8[すいか](2012/10/08 23:01)
[31] インターミッション3 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 23:02)
[32] インターミッション3 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 23:02)
[33] インターミッション3 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 23:03)
[34] キャラクターシート(シナリオ3終了後)[すいか](2012/10/08 23:04)
[35] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン1[すいか](2012/10/08 23:05)
[36] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン2[すいか](2012/10/08 23:06)
[37] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン3[すいか](2012/10/08 23:07)
[38] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン4[すいか](2012/10/08 23:07)
[39] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン5[すいか](2012/10/08 23:08)
[40] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン6[すいか](2012/10/08 23:09)
[41] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン7[すいか](2012/10/08 23:10)
[42] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン8[すいか](2012/10/08 23:11)
[43] インターミッション4 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 23:12)
[44] インターミッション4 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 23:14)
[45] インターミッション4 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 23:14)
[46] キャラクターシート(シナリオ4終了後)[すいか](2012/10/08 23:15)
[47] シナリオ5 『決断』 シーン1[すいか](2013/12/21 17:59)
[48] シナリオ5 『決断』 シーン2[すいか](2013/12/21 20:32)
[49] シナリオ5 『決断』 シーン3[すいか](2013/12/22 22:01)
[50] シナリオ5 『決断』 シーン4[すいか](2013/12/22 22:02)
[51] シナリオ5 『決断』 シーン5[すいか](2013/12/22 22:03)
[52] シナリオ5 『決断』 シーン6[すいか](2013/12/22 22:03)
[53] シナリオ5 『決断』 シーン7[すいか](2013/12/22 22:04)
[54] シナリオ5 『決断』 シーン8[すいか](2013/12/22 22:04)
[55] シナリオ5 『決断』 シーン9[すいか](2014/01/02 23:12)
[56] シナリオ5 『決断』 シーン10[すいか](2014/01/19 18:01)
[57] インターミッション5 ライオットの場合[すいか](2014/02/19 22:19)
[58] インターミッション5 シン・イスマイールの場合[すいか](2014/02/19 22:13)
[59] インターミッション5 ルージュの場合[すいか](2014/04/26 00:49)
[60] キャラクターシート(シナリオ5終了後)[すいか](2015/02/02 23:46)
[61] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン1[すいか](2019/07/08 00:02)
[62] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン2[すいか](2019/07/11 22:05)
[63] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン3[すいか](2019/07/16 00:38)
[64] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン4[すいか](2019/07/19 15:29)
[65] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン5[すいか](2019/07/24 21:07)
[66] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン6[すいか](2019/08/12 00:00)
[67] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン7[すいか](2019/08/24 23:54)
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[35430] シナリオ5 『決断』 シーン9
Name: すいか◆1bcafb2e ID:e6cbffdd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/01/02 23:12
シーン9 鎮魂の隧道

 岩を擦りあわせるような咆吼が隧道を震わせ、巨大な前脚があたりを薙ぎ払った。
 鉤爪は1本1本が死神の鎌のように大きく鋭く、重量級のドワーフ戦士を路傍の小石のごとく斬り裂き、弾き飛ばしていく。
 魔神によって負の生命を与えられ、数百年の眠りから覚めた化石竜。
 隧道を悠然と進む巨体に、精強なドワーフ戦士団は為すすべもなく蹂躙され、後退に次ぐ後退を重ねていた。
「おのれ、魔神めが……!」
 真銀の戦戟を構えたまま、ボイルが憎々しげに吐き捨てる。
 化石竜の後方には屍兵の大群が続き、倒すべき魔神は姿すら見えない。
 戦いの切り札たる“砂漠の黒獅子”は戻らず、後方では戦いに倒れた戦士たちも屍兵として操られ、戦線は魔神の登場すら待たずに崩壊の一歩手前という惨状だった。
「王よ、こうなれば敵わぬまでも突撃し、せめて一矢報いましょうぞ」
 焦れた戦士頭が進言する。
 化石竜は魔法を使ってこない。得意の戦斧の距離まで詰めれば、思いきり刃を振り下ろすことができるのだ。
 だがボイルは考慮だにしなかった。
「たわけ。無駄に戦士を失って何とする。あの野良猫に死に様まで罵られたくなくば、死ぬ方法ではなく倒す方法を考えよ」
 全軍で突撃して、戦士の大部分を犠牲にして、仮に化石竜を倒せたとする。
 だが、その後の魔神はどうするのか?
 この化け物は前座なのだ。後方に控える魔神を倒せなければ、そもそもこの戦いに意味がない。
 言葉を失った戦士頭に一瞥をくれたとき、化石竜が真っ赤な双眸を不吉に光らせた。
 天を仰いで牙の並んだ口を開き、ひときわ大きな咆吼を上げる。
 その口腔内に漆黒の炎が燃えるのを見て、ボイルは総毛立った。
「竜が闇を吐くぞ! 退避!」
 まるで魂を削られるような闇を思い出して、背に悪寒が走る。
 あれ一度で、いったい何十人の戦士が犠牲になるのだろう。
 しかも、ただ死ぬだけではない。
 救いのないことに、犠牲者は屍兵となって蘇るのだ。味方は減り、敵は増え、またしても友に戦斧を振り下ろさねばならぬ。
「冗談ではないわ!」
 ボイルは歯を食いしばって仁王立ち、正面から竜を睨みつけた。
 深紅の目と視線が交錯した。
 来る。
 ボイルは腹を決めて身構えたが、竜はついと視線を外し、遠く大隧道へと目を細めた。
 見えない何かを見通すかのように。
 見えない何かに引き付けられるかのように。
 そして目当てのものを見定めると、竜は大きく口を開き、闇の奔流を吐き出した。
 大気を震わせる無音の衝撃。
 死のブレスはドワーフたちのはるか頭上を通り抜け、大隧道の入り口を直撃する。
 振り向けば、戦士団はほとんどが退避に成功したようだ。巻き込まれた不運な数名を除けば、大きな被害は出ていない様子。
 そして、頼もしい者たちが視界に入った。
「ボイル王! 突撃します!」
 白く輝く曲刀を下げたまま、シン・イスマイールが駆け寄ってきた。
「後方の混乱と化石竜はライオットが引き付けます。俺たちは突撃して魔神の首を」
「よいのか?」
 思わず問い返す。
 たった独りにあの化石竜の相手をさせるなど、見殺しにするも同然ではないか。
 すると、黒獅子に続いてきた、銀髪の魔術師が苛立たしげにボイルを睨んだ。
「良いも悪いもないの! さっさと魔神を倒して、一刻も早くライくんを助けに行くの! 時間との勝負なんだから、手抜きしたら許さないからね!」
 先ほどまで猛威を振るっていた化石竜は、もはやドワーフたちに見向きもしない。ライオットという戦士が持っていた、魔法の盾に吸い寄せられているのだろう。
 隧道いっぱいを埋めるような巨体だが、足下を駆け抜けることは可能だろうと思われた。
「陛下、失礼します」
 黒獅子に従ってきたターバの女性司祭が、そっとボイルの肩に手を触れた。
 その手を通して流れ込んできた暖かな力は、ささくれ立っていた精神を癒し、焦燥をきれいに消し去っていく。
 視界のどこかを赤く染めていた疲労が無くなると、驚くほどに余裕ができた。
 今まで見えなかった部下たちの顔色が見える。
 心境が手に取るように分かる。
 そして、今ボイルが為すべきことも。
「おい脳筋樽。お前らの堅い頭を使うときが来たんだ。頭突きでも斧でも、好きなものを使って敵をこじ開けろ。出し惜しみはなしだ。何も考えないで前進するだけなら得意分野だろ」
 ルーィエの台詞は、暴言と言うべきか、発破と言うべきか。
 ボイルはこの自称猫王の非礼に、獰猛な笑顔で応えた。
「よかろう。本当の戦いが始まるというわけだ。我らドワーフ族の真価を見るがよい」
 状況は最悪。前後から挟撃され、ドワーフ戦士団は背水の陣と言える。
 だが、それでいい。無駄なことは考えず、よけいな色気は出さず、ただひたすらに魔神の首を目指すだけのこと。
 ボイルは傲然と顔を上げると、配下の戦士たちに進むべき道を指し示した。
「者ども! ついに同胞の仇を討つときが来た! 我らはこれより魔神へ突撃する!」
 ボイルの声は竜の咆吼を圧倒して轟きわたり、それに倍する歓声が隧道にこだました。
「犠牲となった英霊たちの無念を晴らすは今ぞ! 王国の興廃はこの一戦にあり! 我らの底力を見せてやれ!」
 ルーィエの見るところ、それは自暴自棄と紙一重の精神状態だ。
 それでも我慢に我慢を重ねてきた戦士団は、旺盛な士気で前を向いていた。
「今はそれでいい。今の脳筋樽どもに必要なのは、冷静よりも熱狂だからな。行くぞ半人前。俺たちは露払いだ」
 ルーィエの紫水晶の瞳が薄く輝き、周囲のマナが凝縮していく。
 猫の王族たるツインテールキャットは、人間に例えれば導師級の古代語魔法を使いこなす。ルージュには及ばないものの、それでも強力な破壊を内包した炎が現れた。
「分かった」
 時間に追い立てられる焦りを押し殺して、ルージュも破壊の炎を練っていく。
 杖の先に浮かぶ《ファイアボール》は、いつもの達成値上昇型とはまるでちがう。屍兵の布陣を一気に焼き払うことを狙って、範囲拡大型のアレンジが加えてあった。
「ボイル王、魔神が見えたら屍兵は戦士団に任せて、俺たちだけ即座に《テレポート》します。いいですね?」
「望むところよ」
 ボイルは鼻息も荒く応じる。
 弓弦が引き絞られるように、ドワーフ戦士団の戦意は臨界に達していた。
 あとは敵を目指して放つだけだ。
『万能なるマナよ、破壊の炎となれ!』
 魔術師たちの声がきれいに重なり、二条の炎が絡み合うように飛翔した。
 ルーィエの《ファイアボール》は化石竜を無視して横をすり抜け、隧道の中央に着弾。熱波とともに紅蓮の大輪を咲かせる。
 薄闇に開いた灼熱の華は、抵抗すら許さずに屍兵の集団を焼き払った。黒焦げになった屍兵たちが宙に舞い、四肢がちぎれて飛び散る。
 散乱した腐肉が燃えたまま落ちてくる様は、さながら炎の雨のよう。
 この世の終わりのような光景にボイルが喉を鳴らしたが、これはまだ前座でしかなかった。
 ルーィエに一瞬遅れて炸裂したルージュの魔法は、災厄そのものとなって隧道全体を蹂躙した。
 上方に向かう爆圧を強制的に遮断し、水平方向にだけ解放された破壊の炎は、同心円状に広がる津波となって屍兵に襲いかかる。
 問答無用で屍兵を飲み込んでそのまま壁に到達すると、跳ね返って互いにぶつかり合い、隧道のあちこちに灼熱の渦が発生した。
 熱量も速度もケタ違い。存在するもの全てを食らい尽くす炎の顎から、いったい誰が逃れられよう?
 バグナードが見れば理性を疑うほどの広範囲に拡大されたルージュの魔術は、文字どおり灼熱の海となって屍兵を焼き払った。
 今、化石竜の後方には、ぽっかりと戦力の空白地帯が生じている。
 その間隙を、ボイルは無駄にしなかった。
「征くぞ! わしに続け! 敵は“鎮魂の間”にあり!」
 王が吼えるや、ドワーフたちが鋼鉄の怒濤となって突撃していく。
 隧道を揺るがすほどの地響きの中、化石竜の闇ブレスが、再びルージュたちの頭上を駆け抜けた。
 都合4度目。ターバの司祭たちの《トランスファー》やルージュの《カウンターマジック》で強化したとはいえ、ライオットの精神点は15。冒険者としては並でしかないのだ。
「行こう。今はあいつを信じて」
 揺れる瞳で闇の精霊の乱舞を見送ったルージュに、シンが力強く言う。
 場違いなほど穏やかなシンの目に、ルージュは唇を噛んでうなずいた。
 そうだ。今は前に進むしかない。
 ライオットの生命を勝ち取る鍵は、魔神を倒さねば手に入らないのだから。



 敵味方が入り乱れて混迷を極める大隧道を、純白の光が鮮烈に切り裂く。
 それはターバの司祭たちが使う《ホーリーライト》の輝き。
 カザルフェロの指揮で統制を取り戻した神官戦士団が、後方の混乱収拾に乗り出した証左だった。
「剣は使うな。素手で取り押さえて魔法で無力化しろ。こいつはドワーフたちの弔いなんだ。そこんところを忘れるなよ」
 カザルフェロの厳しい命令にも、神官戦士団は素直に従う。
 同胞の亡骸に傷を付けたくないというドワーフ族の心情は、ターバの戦士や司祭たちにも共感できるものだったから。
 多少効率は落ちるが、聖なる光はさほど難易度の高い魔法ではない。一人前の司祭ならば当たり前に使える程度。
 随伴の司祭だけでも10名あまりの使い手がいるから、カザルフェロの命令は厳しくはあっても、無茶なものではない。
「マーファよ、自然ならざる生命に慈悲の光を!」
 司祭たちから繰り返し放たれる純白の輝きは、闇ブレスの犠牲となったドワーフ戦士たちを次々に浄化していった。
 彼らの赤く濁った瞳から色が抜けると、戦士たちは力を失い、穏やかな顔で永遠の眠りに戻っていく。
 邪な生から解放されたことに。
 もうこれ以上、同朋を傷つけずに済むことに。
 彼らが感謝して逝ったことは、誰の目にも明らかだった。
 カザルフェロの指揮で、大隧道の戦いは収束に向かっている。
 魔神はシンとルージュに任せておけば問題ない。
 ボイル王とドワーフ戦士団は、化石竜相手に押されっぱなし。
 ライオットが戦況をそう評価していると、ラスカーズが嘲弄とともに唇をつり上げた。 
「よそ見をするほどの余裕が、あなたにあるとは思えないのですがね。まさか本気で、私たち2人を倒せると考えているのではないでしょうね?」
「別に倒す必要はないだろ。俺は負けなきゃそれでいいんだから」
 気負う様子もなく、ライオットはさらりと答える。
 そう、別にふたりを倒す必要はない。
 シンたちが戻ってくるまで立っていれば、ライオットの勝ち。
 シンたちが戻ってくる前に倒れれば、ライオットの負け。
 これはそういう戦いなのだ。
「詭弁ですね。戦いは生きるか死ぬか、勝つか負けるかの二者択一です。言葉遊びをするのも結構ですが、我らを甘く見た代償は、あなたの生命で購っていただきますよ」
 爬虫類めいた笑みを浮かべ、美貌の騎士がこれ見よがしにレイピアを抜剣する。
「いつ死んだかも分からないほどあっさりと殺して差し上げましょう。シン・イスマイールを誅殺し、レイリア様をお連れすることが私の使命。あなたごときと遊んでいる暇などないのですから」
「ごとき、ね」
 シン以外は眼中にないということか。
 ふたりの感情的な対立を考慮すれば、理解できない態度ではない。
 だが、笑わせてくれるではないか。根拠もないのに自信だけが過剰な性格は、某半島の住民にそっくりだ。
 ライオットはもちろん遠慮せず、こみ上げた笑いを思いきり挑発的に叩きつけた。
「そもそもお前、俺と戦って勝てるつもりでいるのか? 登場するときはいつもいつもバグナードに守ってもらってる分際で、どんだけ偉そうなんだよ」
 ルージュの目がないのをいいことに、ルーィエも顔負けの罵詈雑言をまき散らす。
 盾の魔力を信じるなら、彼らがライオットを放置してシンを追うことはないのだろう。
 だが、念には念を入れて。ついでにストレスの発散を兼ねて。
 ライオットは思いきりヘイトを稼いだ。
「そういえばシンに聞いたぞ。ピート卿の屋敷でレイリアに前歯を折られた時は、相当愉快な顔だったらしいな。今のそれは真珠を砕いて練り固めたとかいう義歯か? 興味あるからちょっと外して見せてくれよ」
 この台詞はかなり癪に障ったのだろう。
 ラスカーズは軽く頬をひきつらせると、抜く手も見せずにライオットに突きかかった。研ぎ澄まされたレイピアが毒蛇の牙となって喉元に襲いかかる。
 だが。
 無造作に掲げた盾でレイピアを弾くと、ライオットはわざとらしく肩をすくめた。
「お前さ、俺の装備が見えてるのか? プレートメイルにカイトシールドで武装した戦士相手に、そんなしょぼいレイピアでダメージが通るわけないだろ。脳味噌ついてるなら少しは考えろよ」
「下郎が……殺してやるぞ!」
 あまりの屈辱に秀麗な眉目を醜く歪め、髪を振り乱したラスカーズが、怒濤のごとく襲いかかった。
 アラニア宮廷で負け知らずという技量は伊達ではない。正統派の剣術と、殺人を繰り返して磨いた実戦剣法は極めて高いレベルで融合している。
 相手の視覚の限界をかすめ、急所を正確に狙ってくる剣技は、並の騎士では手も足も出ないだろう。決して弱くはないレイリアが、この騎士に一方的にいたぶられたという話も納得できる。
「だけどさ。相性悪すぎるだろ、俺とは」
 雷光のように襲いかかる刺突を盾で受け、剣で流し、鎧で弾きながら、ライオットの頬に冷笑が浮かぶ。
 ラスカーズの剣は“技”に特化しすぎているのだ。
 速度と正確さ、そこに変幻自在なフェイントをからめた駆け引き。
 シンは苦手とする分野だから、同じ土俵に乗せればある程度は互角に戦えたのだろう。それがこの男の奇妙な自信に繋がった。
 だが“技”はライオットの独壇場だ。
 わざと隙を見せ、自分が望む場所を相手に打たせ、待ちかまえて弾く。ラスカーズの剣筋は正確なこと極まりないから、予測も対応も楽なもの。
 おまけに武器はレイピアときた。城壁級の防御力を誇るミスリルプレートの前に、こんな華奢な刃では全く脅威にならない。
「おのれ! おのれおのれおのれ!」
 怒りにまかせ、際限なく上がっていく速度には脱帽するしかないが、いつまでも手間取ってはいられない。
 この男の背後にはバグナードが、そしてライオットの背後には化石竜が迫っているのだ。
 ラスカーズの呼吸が限界に達した瞬間を狙いすまして、ライオットは炎の魔剣を振り抜いた。
 レイピアには不可能な重量を乗せた斬撃が、地面と水平な弧を描いて隻腕の騎士に襲いかかる。
「く……ッ!」
 受ければ折れる。巻き落とすのは不可能。
 一瞬で不利を悟ったラスカーズは、反射的に間合いの外まで跳びのいていた。
 肩を上下させて荒い息をつきながら、望まぬ後退を強制されたという現実を認識して、ぎりりと奥歯を噛みしめる。
 自分が繰り出した数十の刺突は、ひとつ残らず捌かれたのに。
 この男の斬撃は、ただの一度で自分を追い払ったのか。
 あまりの屈辱で目もくらむ思いだが、ラスカーズは認めざるを得なかった。
 シン・イスマイールの付属物としか考えていなかったこの男に、自分の剣技がまるで通用しないという事実を。
「さて。では次は、私の魔術でお相手を勤めるとしよう」
 戦士たちが言葉もなく睨み合っていると、それまで黙って剣撃を眺めていたバグナードが割って入った。
「そもそもラスカーズ卿は、私が司祭長殿に頼んで借り受けた助勢だ。であれば、本来は私自身が相手をするのが筋であろう?」
「いいのか、魔法なんか使って?」
 幾分腰を落としながら応じるライオットの声に、慎重な響きが混ざる。
 ラスカーズは片手で相手をしても釣りが来る程度の小者だが、バグナードは違う。
 対応を誤れば、即座に負けが確定する強敵なのだ。
「懸念には及ばぬ。行使する魔術は1度で済むゆえ、私でも痛みには耐えられよう」
「違う、そうじゃない」
 ライオットは頭上に高々と“勇気ある者の盾”を掲げた。
 隻腕の騎士のレイピアに備えるのとは、まるで異なる構え。
 バグナードが怪訝そうに目を細めるのを見ると、腹の底に気合いを溜めながら続ける。 
「魔法なんか使って精神力を減らす余裕があるのかって聞いてるんだ」
 その構えを隙と見たのか。
「死ね!」
 ラスカーズが再び踏み込み、神速の突きを入れた。
 人格は最悪でも、磨き上げられた戦いのセンスは本物だ。ほんの一瞬の好機を捉え、剣尖は正確に鎧の継ぎ目を狙っている。
 場所は右肩か。
 盾を頭上に掲げたまま、ライオットは冷めた思考でダメージを測った。
 このまま肩を貫かれれば、右腕で剣を振るのに甚大な支障をきたすだろう。
 だが、生死に関わるダメージにはならない。
 ならば無視だ。
 そう結論したとき、盾の秘められた魔力が発動し、緑柱石が強く輝くのが視界の隅に入った。
 ライオットは物理防御を放棄し、改めて抵抗専念の体勢をとる。
 刃が肉に食い込む感触を味わうのは、ロードス島に来て2度目だった。
 最初に感じるのは肩を突き飛ばされるような衝撃。続いて燃えるような熱さ。
 痛みが来るまで二呼吸の間がある。
 至近距離にあるラスカーズの顔が愉悦にゆがみ、勝ち誇った言葉を紡ごうと、濡れた唇が開いていたとき。
 漆黒の波濤が戦場に殺到した。
 かすれた闇が視界を塗りつぶし、魂にヤスリを掛けられるような感覚がライオットを揺さぶる。
 化石竜のブレスだ。
 負の精霊力を宿した虚無の奔流は、音もなく、色もなく、ただ静寂の暴風となって生者の精神を浸食する。
 ルージュの残した対抗魔法が闇を防いでくれるのを実感しながら、ライオットはじっと耐え続けた。
 皮肉なことに、翻弄される精神を現実に縫い止めてくれたのは、右肩を貫くレイピアの痛みだった。
 自分の心臓に合わせて脈動する熱く鋭い痛みが、まるで闇夜を照らす灯台のように、体はここにあるのだと、自分は確かに生きているのだと教えてくれる。
 やがて、細い刃がずるりと抜け落ちた。ラスカーズが崩れたらしい。
「おいおい、気合が足りないんじゃないか?」
 傷口をえぐる痛みに顔をしかめながら、自身を鼓舞するようにつぶやく。
 すると、その言葉が合図となったかのように、視界を覆っていた闇が晴れていった。
 大隧道の薄明かりがゆっくりと目に入ってくる。
 化石竜のブレスがライオットを狙うことは、周囲の戦士たちにも伝えてあった。
 魔法の盾が緑色に光ったら、可能な限りライオットから離れること。
 それが唯一とれる対策だったのだが、屍兵と戦いながらでは即応できなかったのだろう。闇ブレスを避けきれなかった十数人の戦士たちが、大隧道に力なくうずくまっている。
 そしてライオットの正面では、青白い顔をしたバグナードが、由緒ありそうな魔法の杖にすがって体を支えていた。
「今のを浴びて立ってられるのか。さすが“黒の導師”だな。そこの自意識過剰は耐えられなかったみたいだけど」
 そう感心してみせるライオットには、さほどのダメージはない。
 ルージュの防御魔法や抵抗専念によるボーナスなどで、今のライオットは基本値18、期待値25という鉄壁の精神抵抗力を誇る。
 これは“老竜”や“古竜”のブレスでさえ耐えられるほどの数値だ。劣化再生版でしかない化石竜のブレスなど通るはずもない。
「貴様はなぜ立っていられる……?」
 顔をしかめ、地面に膝をついたまま、ラスカーズがうめく。
 剣で及ばず、精神力で及ばず、挙げ句の果てにこのざまだ。何一つライオットに勝てないのでは、プライドも傷だらけになろうというもの。
 ちらりと隻腕の騎士を見下ろしたライオットは、容赦なくその傷口に塩を塗った。
「そんなこと言われてもな。来るって分かってれば耐えられるだろ、この程度。お前には根性が足りないんだよ」
 力なく膝をつくラスカーズは、完全にライオットの間合いの中にいる。右肩の負傷を勘案してもなお、瞬時に斬り伏せることができる距離だ。
 それを察し、ふらつきながら後退する騎士を、ライオットは黙って見逃した。
 バグナードが《テレポート》で撤退するにせよ、《カウンターマジック》で戦いに備えるにせよ、ラスカーズがいれば魔法を拡大せざるを得ない。
 つまり、この男は生きているだけでバグナードの負担になってくれるのだ。強敵の行動を縛る重石を、わざわざ軽くしてやることない。
「あれは何かと尋ねたら、教えてもらえるのかな?」
 平静を装ったバグナードの問い。
 もちろんライオットは素直に教えてやった。
「ドラゴンゾンビのブレスだよ。負の精霊力の塊だから、こいつで精神力を削られて死ぬと、屍兵となって蘇るぞ。その辺で暴れてたドワーフみたいにな」
 これは、ライオットがバグナード相手に切れる唯一のカードなのだ。
 あらかじめ準備のできたライオットと、闇ブレスの存在すら知らなかったバグナードでは、受けたダメージにも差があるだろう。
 多少なりと精神点にダメージを受けていれば。
 そして、これからも同様の攻撃があるのだと認識してくれれば。
 無駄に魔法を使って精神点を減らすような真似はできまい。
「最初に言っただろ? シンたちが帰ってくるまで立っていれば、俺の勝ち。帰ってくる前に倒れれば、俺の負け。これはそういう種類の戦いだって」
 盾を掲げ直して、ライオットはにやりと笑った。
「さあ、続けようぜ。とりあえずもう一度だ」
 “勇気ある者の盾”の中央で、緑柱石が魔法の輝きを放つ。
 厳しい表情で黙り込んだバグナードを、再び闇の嵐が覆い隠した。


 
 あらゆる枷から解き放たれたドワーフ戦士団は、鋼鉄の奔流となって鎮魂の隧道になだれ込んだ。
 残っていた屍兵を鎧袖一触に蹴散らしながら、彼らの勢いはとどまるところを知らない。
「足を止めるな! 我らの狙いは魔神の首ひとつ! 生ける屍と戯れている暇はないぞ!」
 立ちはだかる屍兵を数体まとめて薙ぎ払いつつ、ボイルはひたすらに奥を目指した。
 ボイルが転がした屍兵には、後続の戦士が駆け抜けざまに戦斧を振り下ろし、さらに続く戦士たちが鉄靴で踏みにじっていく。
 数十人の戦士たちが通り過ぎた後には、もはや原形をとどめた屍兵など存在しない。血と肉に彩られた汚泥が腐臭を放つのみだ。
「……絶対あとで荼毘に付してあげるから、今だけは我慢して」
 ドワーフたちに続いて走りながら、ルージュは祖霊たちに祈った。
 死者への弔いに失礼があってはならない。だが、それは生者が今を生き抜く道を確保した後の話だ。
 ライオットを助けるため、ボイルをけしかけて魔神を討つと決めた今、為すべきことは鎮魂の儀式ではない。
「見えたぞ! 魔神めがおる!」
 戦闘を走るボイルが、歓喜に震える叫びをあげた。
 姿を見ることすら叶わなかった仇敵を認めて、ドワーフたちの戦意も最高潮に達する。
 残った屍兵は両手で数えきれる程度。もはや障害は何もない。
『ウィル・オー・ウィスプ、あいつの姿を照らし出せ』
 音もなく疾駆する銀毛の猫王が語りかけると、現れた光の精霊が魔神に吸い寄せられるように漂っていった。暖色の輝きの下、上位魔神ギグリブーツがついに姿を現す。
 身の丈はオーガーと同じくらいか。ザクソンで戦った双頭の竜神ラグアドログに比べれば、ずっと小柄で人間に近い体格をしている。
 遠目にも鮮やかなのは、まるで蝙蝠の皮膜のような2対4枚の翼だ。光の精霊の輝きに邪々しく反射する翼は、悪魔の象徴としてこの上ない存在感があった。
 右手には長大な魔剣。強力な魔法が付与されているのだろう。カーラの指輪を通した世界では、剣それ自体が強い光を放っている。
 だが、そんなものは問題ではなかった。
 魔神が左手に握っている小さな小枝は、世界そのものをかすませてしまうほどの代物だ。
 なんと表現すればいいのだろう。真夏、天頂から照りつける太陽のように、直視することすら難しい圧倒的な輝き。
 ただそこに“在る”だけなのに。
 この場の主役は魔神でもドワーフたちでもない。あの小さな枝なのだ。
「黄金樹の枝だ……」
 ルージュが呟く。
 かつてフォーセリア世界と神々を創造したという、始源の巨人。 
 その巨人から直接産み出されたのが世界樹。世界樹の直系の若木が黄金樹だ。
 その本質は樹木ではない。精霊力、あるいはマナといった“存在するための力”である。
 故に、実体で“在る”ためだけに力を消費し続ける物質界では、黄金樹の存在そのものが矛盾する。世界樹の子孫たちがこの物質界に存在しないのはこのためだ。
 黄金樹とて、精霊界への扉であるエルフ族の隠れ里に、わずかな末裔が生き残っているだけのはずなのに。
 今、自分はフォーセリアの神話を目撃している。
 存在の本質を直視させるカーラの指輪の力に、ルージュが震えながら黄金樹の枝を見つめていると、隣にいたシンが小さく笑った。
「なるほど、あれが無限の魔力の正体ってわけか」
 百を優に越える数の屍兵を作り出し、拡大千倍消費などという狂った魔法を使ってドラゴンの亡骸に命を吹き込んだ手妻の正体。
 この世界の人間にとっては神話級の存在なのかもしれないが、シンに言わせればそんな物、しょせん無限魔晶石でしかない。
 そしてどんなに強力だろうと、アイテムである以上は使わせなければいいだけのこと。
「ボイル王!」
「者ども、ここまでだ!」
 シンの叫びに呼応するように、ボイルが足を止めた。
 魔神までの距離、約40メートル。通常の攻撃魔法の射程の4倍あまり。
 これが、ドワーフ戦士団が幾多の犠牲を払って見極めたぎりぎりの間合いだった。これ以上距離を詰めれば、また魔法の雨が降ってくる。
 ドワーフたちの進軍停止を怯えと解釈したのか。有翼の上位魔神は怜悧な瞳を光らせ、勝ち誇った声を上げた。
「それ以上一歩でも進めば、強酸の雲で臓腑を焼き尽くしてやったのだがな」
 余裕の笑みを浮かべる魔神。
 調子に乗っているのは業腹だが、理解できなくはない。今までのドワーフ戦士団には、ここからの距離を詰める術が何もなかったのだから。
 だが今は違う。
「ふん、増上漫もそこまでだ。貴様ごときが喜びの野に行けるとは思わぬが、もし冥界で我が戦士たちに会ったら言うがよい。魔法だけではドワーフ族には勝てませんでした、とな!」
 雷霆のごとく轟いたボイルの声からは、もはや勝利以外の未来が感じられない。
 まさに指揮官とはかくあるべきだろう。魔神の姿を見て昨日の苦境を思い出した戦士たちから、ただの一言で不安を拭い去ってしまった。
「威勢がいいのは結構だが、ドワーフ族の王よ。その場でいくら吠えたところで、汝の刃は我には届かぬぞ」
「ほざけ。貴様が数で頼む屍兵も、苦労して作った化石竜も、もはやここにはおらぬ。我が刃から、いったい誰が貴様を守るというのだ? 虚勢を張る前に現実を見るのだな」
 4枚の翼をばさりと広げ、魔神の双眸が深紅に光る。
「よかろう。虚勢かどうか、我が炎を味わってから再度申すがよい」
 舌戦ではボイルに勝ちを譲った魔神が、実力行使を決めたらしい。
 魔神の周囲で音を立ててマナが凝縮し、風が渦巻くと、頭上にいくつかの光点が現れた。
 それはシンにも見慣れた魔法、《ファイアボール》の発動だ。
「おいおい、《アシッドクラウド》宣言じゃなかったのかよ」
 思わず苦笑したシンに、ルーィエがつまらなそうに応じた。
「クラウド系の魔法は見た目が地味だからな。威嚇するなら炎が一番都合がいい。術者への負担も少ないから拡大も容易だ。とはいえ」
 背後で強力な魔法が準備されているのを感じながら、銀毛の猫王は鼻を鳴らす。
「この期に及んで示威行動という時点で、まるで戦況が読めていない。おまえの負けだ、バカ魔神」
『導け万能なるマナよ! 彼の双脚は時空を越える!』
 ルージュの高らかな詠唱とともに、シンの姿がかき消えた。
 同時に現れた場所は魔神の真横。低く身構えた戦士の姿を皆が目に留めるより早く、精霊殺しの魔剣が鋭く振り抜かれる。
 黄金樹を握っていた魔神の左腕に線が走り、赤黒い血液が滲むと、シンはすかさずその腕を蹴りとばした。血と強力な魔力の尾を引いて、魔神の腕は戦場のド真ん中に落ちる。
 有翼の魔神が準備していた炎の魔術が、必要なマナの供給を絶たれ、小さな破裂音だけを残して霧散した。
「な……?」
 整った顔に驚愕の表情を浮かべ、魔神がシンを見下ろす。おそらくまだ、何が起こったのか理解していないのだろう。
「いいのかよ、よそ見なんかしてて?」
 唇の端で笑い、シンは魔神を見上げた。
 こいつは弱い。ザクソンで戦った双頭の竜神とは格が違う。
 自分たちが苦戦したのは、魔神の用意した土俵に乗って、魔神の望む戦いをしたからだ。こちらがイニシアチブを握ってしまえば、この程度の相手など敵ではない。
「汝は―」
 魔神が何かを言いかけたとき。
「申したぞ! 我が刃を遮るものなどないとな!」
 ボイルの快哉の叫びが魔神の横面を打ち据えた。“永久の炉”で鍛えたドワーフ族の至宝、ミスリル・ハルバードが真正面から魔神に襲いかかる。
 魔法特化型のギグリブーツとボイルでは、戦士としての技量に天地ほどの差があった。
 犠牲になった戦士たちの無念と。
 父祖の遺体を弄ばれた憎悪と。
 王国を滅亡寸前まで追い込まれた屈辱を込めて、ボイルは渾身の一撃を見舞う。
 反射的に振り向いた魔神には、右腕に握った魔剣を構える余裕すらなく。
 ただ自分の胸に食い込んでいく刃を見つめることしかできなかった。
「行け、脳筋樽ども! 魔神をギッタギタにするチャンスだぞ!」
 ルーィエがよく通る声で使嗾すると、足を止めていたドワーフ戦士たちが魔神に殺到した。
 シンに左腕を切断され、ボイルに半身を両断された魔神に、もはや満足な抵抗ができようはずもない。
 先頭の戦士が足を斬りつけ、魔神がバランスを失って地面に倒れると、周囲を完全に囲んだ戦士たちは雨あられと戦斧を打ち下ろした。
 苦悶の呻きとともに、オーガーに伍するほどの巨体が切り刻まれ、細切れにされていく。生命が最後の一滴まで尽き果てるのも時間の問題だろう。
「さて、本番はここからだ」
 復讐の宴に酔うドワーフたちに背中を向け、シンは後方に視線を戻した。
 再び転移の魔術を準備するルージュの隣で、レイリアが手を振ってシンを呼んでいる。
 うなずいて駆け寄りながら、シンは勝利で浮かれた心を引き締めた。
 まだ大仕事が残っている。
 ラスカーズと、バグナードと、化石竜と。
 自分たちを送り出すため、強敵をたったひとりで引き受けた親友の信頼に、応えるのだ。




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