インターミッション4 ルージュ・エッペンドルフの場合
夏の夕暮れ。
鉛色の雲の中を稲妻が駆け抜けると、一拍遅れて雷鳴が轟いた。
雨の匂いのする湿った風が祝福の街道を吹き抜け、ほんの一瞬のうちに空気が冷たくなる。
「……これはものすごい景色だねぇ」
顔を上げたルージュが、もう笑うしかない、と言わんばかりに唇を歪めた。
この景色を何と表現すればいいのだろう? ひときわ黒々とした雲の下、嵐の壁が猛スピードで迫ってくる。
ここから手前は晴れ、ここから向こうは豪雨、とはっきり引ける線があって、嵐の領域がこちらに迫ってくるのが見えるのだ。
空気の色さえ違う。あの中に入ると悲惨なことになる。それは分かりきっているのに、人の身ではどうしようもない。
ルージュが『自然の猛威』という言葉の意味をしみじみと噛みしめていると、横からレイリアが声をかけた。
「ルージュさん、今のうちに皮袋をきつく縛っておいた方がいいですよ。着替えが濡れると大変ですから」
ふと見れば、レイリアは背負い袋を旅用マントの内側にしまい、フードを出して頭からかぶっている。
なるほど。ほんの1分ほどでも、時間があれば準備はできるということか。
ルージュがレイリアを見習って皮袋をしまい、フードを引っ張り出したところで、一行は豪雨の結界に取り込まれた。
ザクソンを出て3日目の夕方。
行程はターバの村まであと半刻というところだった。
最後の最後でチャ・ザに見放された4人と1匹は、頭のてっぺんから靴の中までずぶ濡れになって〈栄光のはじまり〉亭の扉をくぐった。
全身を覆うマントから盛大に水滴をしたたらせ、まるで幽鬼か亡霊のようにぞろぞろと入ってくる冒険者に、先客たちがいささか怯えた視線を向けてくる。
「相変わらず新婚さんばっかりだな」
フードを取って濡れた髪をかき上げ、ライオットが店内を見渡した。貴公子然とした端整な容貌に、新妻たちの視線が集中する。
一緒に食事をしていた男たちはむっとした様子だが、それもルージュが顔を見せるまでだった。不機嫌を隠そうともしないルージュだが、造形の美しさにごまかされて、男たちには『物憂げな表情の美女』にしか見えていないらしい。
続いて店に入ってきたシンとレイリアも濡れたマントを脱ぐと、巡礼の新婚夫婦たちに諦めにも似た空気が流れた。
いる所にはいるんだね、という声がちらほらと聞こえてくる。シンとレイリア、ライオットとルージュ。容姿・実力ともにそこいらの一般大衆とは隔絶している。4人あわせて36という冒険者レベルが、オーラとなって問答無用の存在感を漂わせるのだ。
「おやおやおや、早かったじゃないか。仕事は無事に終わったのかい? 怪我なんかしてないだろうね?」
前掛けで手を拭きながら、厨房から女将が顔をのぞかせた。裏表のないねぎらいに、レイリアがにこりと会釈を返す。
「もちろんです。ゴブリンと一緒に上位魔神が出たんですけど、シンがあっという間に倒しちゃいました」
さらりとしたレイリアの言葉に、店内が軽くどよめいた。
魔神にロードス全土を蹂躙された悪夢のような戦争から、まだ30年と経っていない。その恐ろしさは未だ風化することなく、住民たちに語り継がれている。
「レイリア。その言い方だと、俺がひとりで倒したように聞こえる」
シンがたしなめたが、女将はにこりと笑って口を挟んだ。
「でも倒したことは否定しないんだね。いやいや、あたしはあんたを一目見たときから分かってたよ。あんたには英雄になる素質があるってね」
「私もです。何しろ、シン・イスマイールはニース最高司祭も認めた勇者なんですから」
我が事のように誇らしげな2人に、シンが困って視線をさまよわせた。
すると客たちの視線の集中砲火を浴びていることに気づき、居心地悪そうに身じろぎする。
「あのさリーダー。もう“魔神殺し”の称号はリーダーのものでいいから、とりあえず着替えようよ」
ずぶ濡れのマントを脱いだルージュが、疲れた視線をシンに向けた。
黒地に真銀で刺繍を施したローブは、強力な防護の魔法で守られた逸品だ。だが古代王国の魔法も、大自然の前には何の役にも立たなかった。
濡れて肌に張りつく感触は不愉快きわまりなく、一瞬ごとに体温を削り取られていく。早く乾いた服を着なければ風邪を引いてしまいそうだ。
「雨も上がりそうにないし、レイリアさんも今夜はここで泊まっていくでしょ? 私の部屋にベッドがひとつ余ってるから一緒に寝よう。ああ女将さん、私たちの部屋は残ってるよね?」
「もちろん。この先半年分の宿代はもらってるからね。いつでも使えるようにしてあるよ」
女将がうなずくと、ルージュはライオットに右手を差し出した。
「じゃ、剣貸して」
「剣? 何に使うんだ?」
護身用なら魔法樹の杖で充分だろうに。レイリアにでも使わせる気だろうか。
ライオットが怪訝そうな顔で見返すと、ルージュは苛々と答えた。
「お風呂沸かすに決まってるでしょ。女の子に冷えは大敵なの。リーダー、ライくんと2人で湯船に水張っておいてね。レイリアさんが風邪引いたらかわいそうでしょ?」
やっと休めると思ったのに、いきなり重労働か。
シンとライオットは無言で視線を交わしたが、ルージュに逆らえる道理などない。ライオットが素直に腰の剣を手渡すと、ルージュはレイリアの手を引いて2階へと上がっていった。
申し訳なさそうに目で謝るレイリアを見送ると、女将が気の毒そうにシンの肩を叩いた。
「女のワガママを聞いてやるのも、いい男の甲斐性ってもんだよ。頑張りな」
「ルージュは俺の女じゃない」
シンが恨みがましい目をライオットに向ける。だが金髪碧眼の貴公子は、すでにマントをかぶり直していた。
「行くぞシン。遅くなると、機嫌がもっと悪くなる」
きりりとした表情で情けない台詞を吐くライオット。
深々と吐息をもらし、シンも濡れたマントに手をかける。
男どもが重い足取りで裏庭に出ていくと、それまで事態を静観していたルーィエがカウンターに跳び乗った。
「女将、いつものミルクを頼む。蜂蜜をたっぷり垂らして」
「……あんたはゆっくりしてていいのかい?」
「俺様の仕事は、あいつらの風呂が終わってからだからな。肉体労働しか芸のない無学な輩と違って、教養のある高貴な王には、王にしかできない役目というものがある」
女将の視線の先で、ルーィエは勝ち誇った様子で胸を張る。
このしゃべる猫は、どうやら重労働のない自分が勝ち組だと思っているらしい。いいように使われていることに気づかないあたり、人がいいと言うべきか、使う方が巧いと言うべきか。
注文どおりに蜂蜜入りミルクを用意すると、ルーィエはご機嫌そうに2本の尻尾を揺らしながら深皿に顔をうめる。
女将はそんな猫から視線をそらすと、鎧戸の隙間から外の様子をうかがった。
風上の雲が切れ、所々に星空が見える。遅からず雨はやむだろう。
暗い裏庭で井戸から水をくみ始めた若者たちに、女将は心からのエールを送った。
屋根を支える柱にはランプが吊され、淡いオレンジ色の光が露天風呂をうっすらと照らしている。
雨が上がるとそこかしこで虫が鳴き始め、合唱は澄んだ空気をにぎやかに震わせた。
半分だけの屋根と壁に切り取られた夜空には、色とりどりの星々が折り重なるように犇めいている。
「私のいた国にね、夏でいちばん風情があるのは夜だって言った人がいるの」
ライオットの剣で湯船の温度を調節しながら、ルージュはレイリアに話しかけた。
「風情、ですか」
脱いだ神官衣を丁寧にたたみ、長い髪をアップにまとめると、レイリアが興味深そうにルージュを見た。
「そう。『月の美しさは言うまでもないけど、月のない闇夜もいい。たくさんのホタルが乱舞する光景はとても素敵。ほんの1匹2匹がほのかに光って飛んでいるのも幻想的だわ。そんな夜は、雨が降ったりしても風情があるのよね』だってさ」
「おもしろいことを言う人ですね。女性ですか?」
「昔の宮廷で、皇妃に仕えた女官なの。当時は大貴族同士の権力争いの最中でね。文学的な素養のある女官を後宮に送り込んで、娘のサロンの品格を上げようとしたらしいよ」
もう入れるよ、とレイリアを湯船に差し招く。
レイリアは礼を言うと、おそるおそる湯船に足先をつけた。体温よりもずいぶん高いが、熱いと言うほどではない。
こんなお湯に全身でつかったら、さぞや気持ちのいいことだろう。だが準備に手間も時間もかかる。よほどの貴族でない限り、日常的に使うという風習はないはずだ。
後宮の逸話を知っている点といい、やはりルージュは名のある貴族の令嬢だったのだろう。
どうして冒険者をしているのか不思議で仕方ないが、彼女はそれを話したがらない。レイリアから尋ねるのは礼を失していると言うべきだった。
「ん? ちょっと熱かった?」
足先だけをつけたまま、もの言いたげな表情で見つめてくるレイリアに、ルージュが小首を傾げる。
均整のとれた身体。象牙色の肌は最高級の天鵞絨のよう。以前からきれいな人だとは思っていたが、全裸になったルージュはまるで芸術品だ。ヴェーナーの恩寵をどれだけ独占すれば、こんな容姿ができあがるのだろうか?
「いえ、ちょうどいいです。ただちょっと、その、ルージュさんはいろいろ知ってるなぁと思って」
「あはは、そりゃ、これでも魔術師の端くれだからね」
ふくらはぎから太股、腰、胸と湯船に沈んでいくレイリアを見ながら、ルージュが照れたように笑う。
「でもその宮廷では、『夏は夜が好き』っていうのがサロンの品格が上がるような文学だったんですか? 詩とかじゃなくて?」
「随筆っていうの。現代語訳しちゃうと雰囲気出ないかもね。何しろ元ネタは大昔の人だから」
ルージュは少し考え、やがて咳払いをすると、表情を引き締め、芝居がかった動作で一礼した。
それだけで雰囲気が一変する。親しみのある、飾らないルージュはどこかに消え去り、氷の女王だったときの近寄りがたいオーラが漂いだした。
ランプと星明かり。
淡い光の下、すらりとした肢体と硬質の美貌が冴えわたり、どこか現実感すら稀薄になる。
レイリアが圧倒されて息をのむと、ルージュの澄んだ声が紡ぎ出された。
「夏は夜。月の頃はさらなり。闇もなお」
まるで呪文のように謳いながら、ルージュがライオットの剣を鞘から抜いた。
魔剣の炎が揺らめき、しなやかな身体にオレンジ色の陰影をつける。
「螢のおおく飛びちがいたる。また、ただひとつふたつなど、ほのかにうち光りていくもをかし」
まるで剣舞のようにひと振りすると、深紅の刀身から火の粉が舞い散った。
螢に見立てたオレンジ色の光は、瞬くように漂うと、ひとつ、またひとつと消えていく。
片膝を落としたルージュが、捧げ持つようにして剣を鞘に収めると、あたりに薄闇が戻ってきた。
濡れた屋根から水滴がこぼれ、湯船に落ちて静かな波紋を広げる。
「雨など降るも、をかし」
ごく短い演舞と、幻想的な余韻。
レイリアは呼吸すら忘れて見入っていた。
何が起こったのか分からない。
だが、今自分が見たのはとんでもないものだ。
「なんてね」
ルージュは再び芝居がかった一礼をすると、照れたように笑った。
「す……」
固まっていたレイリアの表情が、驚愕から絶賛へと変化していく。
「す?」
「凄いです! 凄いですルージュさん!」
「ちょっとは文学っぽかった?」
「そんな簡単なものじゃありません! 芸術です! ヴェーナー神が見たら啓示をくれそうです!」
興奮して立ち上がったレイリアを、ルージュは苦笑してなだめた。
「そんな大層なものじゃないよ。少し落ち着いて。私も冷えちゃったから一緒に入れてくれる? ちょっと狭いけど大丈夫だよね」
湯船に流用しているのは、本来は葡萄酒を作るための大樽だ。男ふたりは無理だろうが、小柄なルージュとレイリアなら何とかなる。
肩を寄せ合ってお湯につかると、ルージュはほぅっと吐息をもらした。
「やっぱりお風呂は癒されるなぁ」
樽の縁に頭を乗せて、切り取られた夜空に白い湯気が上っていくのを眺める。
こうしていると、ロードス島に来たというのが嘘のようだ。どこか空気のいい高原のペンションで、貸切露天風呂につかっているのではないか?
一晩寝て目が覚めたら、東京の古い官舎で朝を迎えられるのではないか?
ほんの一瞬だけ、そんな期待を抱いてしまった。
唐突に湧きあがった郷愁と、非情な現実。ちくりと胸を刺した痛みに蓋をするように、ルージュはそっと瞳を閉じた。
左腕には、寄り添うようにして湯船につかっているレイリアの感触。張りのある若々しい肌はさわり心地満点だが、ここがロードスだという現実を何よりも痛烈に教えてくれる存在でもある。
「……どうかしたの?」
何やら落ちつかなげに身じろぎするレイリアに、ルージュは瞑目したまま問いかけた。
「いえ。何だかルージュさん、ちょっと辛そうだったので。もしかして悩み事でも?」
表情には出していないはずの内心をずばりと言い当てられ、ルージュは少なからず驚いたが、すぐに口元に笑みを刻んでレイリアを流し見た。
「悩みなんて別にないよ。毎日やりたいようにやってるし、私ってストレスとは縁遠い性格だから。そうは見えない?」
「もちろんそう見えますけど」
そこは形だけでも否定してほしかった。軽く凹むルージュに、レイリアは言葉を続けた。
「私はルージュさんみたいに大人じゃないし、まだまだ未熟者ですが、大切な人が辛そうにしていても気づかないほど愚かではないつもりです。悩みはライオットさんのことですね?」
きっぱりと断言。
「……はい?」
きょとんとして問い返すルージュに、レイリアは迷いのない口調でたたみかけた。
「マーファは結婚の守護神です。ですが不幸なことに、結婚した男女が皆うまくやっていけるわけではありません。中にはマーファの御心が届かず、途中で別れてしまうご夫婦もいますし、私も実際にそういう人たちを見てきました。私は、ルージュさんとライオットさんにはそうなってほしくないんです」
おかしい。
ちょっと話がずれてる。
自分の両手を取ってにじり寄ってくるレイリアに、ルージュはいささかひきつった声をかけた。
「あのさ、私とライくんは結構うまくいってるよ?」
「ルージュさん、私はこう見えても口は堅いんです。絶対に他言しませんから、どうか今だけは本当の気持ちを教えてください」
真摯な表情、といえば聞こえはいいが、どうやらルージュの言い分に耳を貸すつもりはないらしい。
そういえばこの娘は宗教関係者だった、と今さらのように思い出して、ルージュの顔に生ぬるい苦笑が浮かぶ。
「あのねレイリアさん。ライくんは浮気なんかしないし、よその女に色目を使ったりもしてないでしょ? 心配しなくても大丈夫だって」
噛んで含めるように言い聞かせるルージュに、レイリアは首を振った。
「私たち、王都に出発したときから、1ヶ月以上も一緒に旅をしてきましたよね。確かにライオットさんが浮気をするそぶりはありませんでした。けれど、ルージュさんと寝室を共にしたことも、1度もないんです」
「それは……」
痛いところを突かれて、思わずルージュが口ごもった。
思いこみと誤解の森を突き抜けた結果だが、レイリアが到達したのはルージュの急所だ。
「旅の間は、私やシンに気を遣っているんだと思ってました。けど、この宿でも別々の部屋だなんておかしいです」
ルージュがライオットと関係を持たない理由。
それを一言で表現すれば、井上喜子は今のルージュの体を“借り物”だと思っているからだ。
井上喜子と井上一彦は夫婦だし、互いを愛し、慈しみ合っている。
だが、ゲーム内のルージュ・エッペンドルフとライオットは、夫婦でもなければ恋仲でもなかった。ルージュは亡国の皇族。ライオットはその国の騎士。設定上、ふたりの関係は単なる主従でしかない。
いずれ日本に帰る日が来れば、この体は本来の持ち主に返すことになるだろう。その時、無用の傷がついていては申し訳ないではないか。男を知らない体なのは、何もレイリアだけではないのだから。
複雑きわまる心境で黙り込んだルージュに、レイリアは真剣な表情で言う。
「マーファは、男女が愛を確かめ合う行為はとても貴いものだと教えています。恥ずかしがることも、私たちに気を遣うこともありません。私は別の部屋を用意してもらいますから、ライオットさんに本当の気持ちをぶつけてみてはいかがですか?」
相手の誠実な気持ちが伝わるから、適当な受け答えはしたくない。
ルージュはしばらく考え込んだが、やがてぽつりと言った。
「私にはね、覚悟がないの」
無言で見つめるレイリアに、難しい内心をできる限り正直に吐露する。
「いつまでいるかも分からないこの国で、ライくんの子供を産んで育てる人生を、自分のものとして生きる覚悟がないの。だから、今はまだ、ライくんとそういう事はできない」
後先考えずに愛情の所在だけを見ていたレイリアが、虚を突かれて口をつぐんだ。
レイリアとルージュでは、愛を確かめ合うという行為に見ているものが全然違うのだ。
もしシンが自分を求めてきたらどうしよう、と妄想することはあっても、レイリアにとってその関係は、自分とシンのふたりだけで完結していた。
今という時間に愛を感じることが全てで、将来に対する明確なビジョンなど何もなかった。
だがルージュは違う。見ている時間が現在ではなく未来で、おまけに新しい命の誕生が前提条件に入っている。
これが夫婦の絆というものなのだろう。レイリアが求めて止まないものはあるのが当然。それをどう育てていくかというステージに立っているのだ。
「……すみません、余計なことを言いました」
きっとルージュの目には、自分が賢しげな子供に見えたに違いない。それが急に気恥ずかしくなって、レイリアは肩を丸めて俯いた。
「ううん、そんなことないよ。ありがとう。私たちを心配してくれたのは凄く伝わってきた」
にこりと微笑んで、ルージュがレイリアに手を伸ばす。
そして背中から両肩を抱くように腕を回すと、悪戯たっぷりに耳元にささやいた。
「それにさ、男の人は定期的に抜いておかないと飢えた野獣になっちゃうらしいから。レイリアさんの心配も正鵠を射てるかも」
「抜っ…野獣……って」
意味ありげな口調で生々しい単語を聴かされ、レイリアが一瞬で茹であがった。
イメージ先行で経験のないレイリアには、現実を超えた破壊力で理性を揺さぶられてしまうのだ。
「リーダーだって例外じゃないんだよ。それなのにレイリアさんは、私の部屋を出て、誰の部屋に行く気だったのかな?」
「……ッ!」
ルージュはささやかな仕返しを続けながら、朱に染まったうなじを見下ろす。
暗くなった雰囲気を誤魔化すためとはいえ、少しやりすぎてしまっただろうか?
硬直してふるふると震えるレイリアは、まるで肉食獣に供された獲物のようだ。細い肩を背中から抱いていると、その気のないルージュでさえ妙な気分になってくる。
「何なら、男を手玉に取る技術のひとつふたつ、実地で教えてあげようか?」
「い、いえ、結構です! そういうのは間に合ってますから!」
「ああそうか。ロートシルト男爵夫人はプロだもんね。彼女から習った技の方がリーダーも喜ぶかもしれないな」
「習ってません!」
半分開いた屋根から、レイリアの悲鳴が星空に吸い込まれていく。
遊び半分でレイリアをからかいながら、ルージュは内心でため息をついた。
本当に魅力的な少女だ。清楚で純情。シンにぴったりの娘だと言える。
もしこのふたりが結ばれて、子供が産まれるようなことになったら、シンは日本に帰ることを選択するだろうか?
その時ライオットは?
そして自分は?
悲観的な答えしか出てこない想定だ。今までは故意に目を逸らせてきたが、シンとレイリアの気持ちが定まった以上、決断の日はそう遠くない。
「ライくんと一度話しておいた方がいいかな?」
この世界で経験を積み、日本への《ゲート》が近づくにつれて、日本への道が遠のいていく。
そして遠のくにつれて、ルージュの郷愁は強まるばかりだ。
春は桜並木の下、舞い散る花びらを見上げ。
夏は浴衣に下駄をひっかけ、湾岸の花火大会へ。
秋は気のおけない友人たちと、河原でバーベキューを楽しみ。
冬はコタツにお菓子を用意してTRPG三昧の日々を。
そんな何でもない日常が、何者にも代え難い宝物だったのだと、今さらながらに痛感する。
名前をつけようもない感情が湧きあがってきて、胸を暗く染めそうになり、ルージュはそれを誤魔化すようにレイリアの肌に手を伸ばした。
シナリオ4『守るべきもの』
獲得経験点 5500点
今回の成長
技能・能力値の成長はなし
経験点残り 20000点