シーン3 〈栄光のはじまり〉亭
「女将さん! 大変なんです!」
血相を変えて店に飛び込んできたのは、長い黒髪の美少女だった。
勢いよく開かれたドアで盛大にベルが鳴り、店中の客の視線が集中するが、少女は気にするそぶりも見せずにカウンターに駆け寄る。
着ているのは、マーファ神殿の制服とでも言うべき白い神官衣。
マーファの司祭にはお淑やかなイメージがあるが、この少女も例に漏れずお嬢様タイプだった。
年齢は16~17くらい。艶やかな黒髪はよく手入れされ、少女の動きにあわせて優雅に波打っている。
大きな声を出しても楚々とした印象を失わないのは、持って生まれたキャラクターと言うべきだろう。色白の肌、卵形の顔、切れ長の目元など、どこを見ても育ちの良さがにじみ出ている。
「いかにもシナリオの導入に出てきそうなヒロインだな。これで村長の娘じゃなきゃ嘘だね」
「村長には美人の孫娘が必須だからな」
シンの言葉に、ライオットが同意する。
古来、キャンペーンの1話目は村長の孫娘に妖魔退治を依頼されるものというのが、TRPGの様式美であり伝統だ。
満足そうにうなずき合っていると、閉まりかかったドアが再び開き、今度はずんぐりした人影が店に入ってきた。
身長140センチくらい。酒樽のような体格。豊かな口髭。年季の入ったプレートメイルを着て、背中には巨大な戦斧を背負っている。
やれやれと言いたそうな表情だが、目つきは鋭い。誰の目にも、彼は歴戦の戦士に映るだろう。
「ドワーフだ。実物を見ると、結構強そうだな」
果汁の入ったジョッキで表情を隠しながら、ライオットが視線を向ける。
その視線に反応したのか。3人のいるテーブルを一瞥したドワーフと、視線が絡み合った。
3人を値踏みするような深い眼差し。その迫力に気圧されて、目を外すこともできない。
だが、緊張はほんの一瞬だった。
ドワーフの戦士はすぐに視線をはずし、黒髪の娘に歩み寄る。
シンはほっと吐息をもらした。
「勝てないな、あのオッサンには」
純粋な戦闘で、ということではない。
人としての年季が違いすぎるということだ。それは全員に共通した認識だった。
「おやまあ、大神殿のお嬢さんじゃないですか。どうしたんです、こんな時間に」
カウンターから顔をのぞかせた女将が、エプロンで手を拭きながら出てくる。
後ろにいるドワーフに気付き、にこりと会釈。どうやら、この2人は店の顔なじみらしい。
「大変なんです! 村はずれの炭焼き小屋で、オーガーを見たって!」
黒髪の娘はよく通る声で叫んだ。
本人に悪気はないのだろう。大声を出したつもりもないに違いない。ただ余裕がなくて、周りが見えないだけ。
しかし、その一言で酒場は静まり返った。
オーガーは食人鬼とも呼ばれる妖魔で、その名のとおり人肉を好んで食べる、凶暴な巨人だ。
身長は2メートルを軽く超え、肉体は強靭そのもの。野生の灰色熊が相手でも、1分あれば素手で殴り殺してしまうような膂力を誇る。
一般人はもちろん、冒険者たちでさえうかつに彼らの相手はできない。オーガーが1匹出ただけで、対応できずに村が丸ごと1つ滅ぼされた例もあるほどだ。
「早く何とかしないと犠牲者が出るわ! けど、神官戦士団は出払ってて帰ってくるのは3日後だし、私たちだけじゃ相手にできないし、それで冒険者を探しに来たんです!」
少女のまくしたてる言葉に、巡礼の新婚夫婦たちが青ざめていく。
新婚旅行で飛行機に乗ったら、「当機はハイジャックされました」とアナウンスされたようなものだ。
「これ、少し落ち着かんか。巡礼のみなさんが不安がっておる」
ため息をつきながら、ドワーフが少女をたしなめる。
少女はようやく周りを見渡して、自分たちに向けられる視線に気づいたようだ。
一瞬で耳まで赤くなって咳払いし、とってつけたように言う。
「ええと、皆さんご安心ください。皆さんの安全はマーファ神殿が責任を持って保障しますから」
「いやいや、保障できないから冒険者を探してるんだろ」
ぼそりとライオットがツッコミを入れる。
だが、女将はにこやかに応じた。
「お嬢さん、あなたは運がいい。ちょうど凄腕の冒険者が逗留してましてね」
当然のようにシンたちのテーブルを指さす。
それにつられて、黒髪の美少女とドワーフ、それに客たち全員の視線が吸い寄せられた。
その視線の先には、凄腕の冒険者たちがいる。
ひとりは戦士。黒髪に浅黒い肌。180センチの長身はしなやかに鍛えられ、精悍な顔つきは実直で頼りになりそうな印象を受ける。
ひとりは神官戦士。磨きあげられた白銀の鎧には、戦神マイリーの紋章が刻まれている。金髪碧眼の貴公子で、どこかの王国に仕える騎士だと言われても納得できそうだ。
ひとりは女性の魔術師。肩まで伸びた銀髪に象牙色の肌。紫色の瞳は深い知性を感じさせるが、薄桃色の唇には不思議な笑みを浮かべており、動物に例えるなら猫のようなイメージの持ち主。
3人ともまだ20代の若さだろう。
しかし、彼らが漂わせる雰囲気は、ただならぬ迫力にあふれていた。
「オーガーだとさ。どうする?」
黒髪の戦士が言う。
「モンスターレベル5だし、最初としては手頃なんじゃない?」
銀髪の女性魔術師が応じる。
「義を見て為さざるは、勇無きなりって言うしな」
金髪の神官戦士がうなずく。
3人の冒険者は顔を見合わせると、代表して黒髪の戦士が言った。
「俺たちが何とかしよう。詳しい話を聞かせてもらおうか」
それを聞いて、全員がどよめく。
黒髪の娘はほっとしたように微笑んで、テーブルに駆け寄ってきた。
「本当ですか?! 助かりました、ニース最高司祭に代わってお礼を言います!」
掛け値なしの感謝が、その笑顔をさらに際立たせる。
清楚な美少女が胸の前で手を合わせ、きらきら輝く瞳で見つめると、男どもはあっさりと骨抜きになった。
すっかりゆるんだ表情のライオットを見て、ルージュが不機嫌そうに頬を膨らませる。
しかし。
「私はレイリア。こっちはドワーフのギム。依頼料は神殿に掛け合って、なるべく多く出してもらいます!」
その自己紹介を聞いて、格好つけて立ち上がった3人は盛大に頬をひきつらせた。
「さっきは悪かったね。ああでも言わないと、巡礼さんたちがパニックになりそうだったからさ」
女将が済まなそうに言って、罪滅ぼしとばかりに新しいジョッキを差し出した。
3人の意思を確認しないで、レイリアに紹介したことを言っているのだろう。
遠慮なくジョッキを受け取りながら、ルージュが首を振った。
「お気になさらず。でも、次は相談してからにして下さいね」
「済まなかったね。詫びと言ってはなんだが、今回の仲介料は無しにさせとくれ。お嬢さん、依頼料は全額彼らに頼みますよ」
人数分の飲み物と、新しい大皿の料理をテーブルに並べ終えると、女将はまたカウンターの奥へ戻っていく。
それを見送ると、黒髪の美少女レイリアは3人に向き直った。
「よろしくお願いします。ええと……」
「シン・イスマイール。シンと呼び捨てで構わないよ」
「ライオットだ」
「ルージュ・エッペンドルフ。魔術師です」
苦笑混じりに名乗る3人。
原作キャラ、しかもカーラフラグが確定しているレイリアの登場に、もはや為す術なしいう雰囲気だ。
「まさか、いきなり君が出てくるとは思わなかった」
収まりの悪い黒髪をかき回しながら、シンが言った。
あまり歓迎されていないようだと感じて、レイリアは不安に顔を曇らせる。
「あの、私のことをご存じなんですか?」
「有名人だからね。ニース最高司祭の令嬢にして、ご自身も7レベルのプリーストでいらっしゃる。おまけに……」
「シン。それくらいにしておけ」
ライオットが首を振った。
レイリアには設定が多すぎる。しかも、この時代に口に出してはいけない類のものばかり。それを知っているのだということは、可能な限り秘密にするべきだ。
それに。
「きっと、もともとこういうシナリオだったんだから、仕方ないよ」
私はもう諦めた、と言わんばかりに、ルージュが肩をすくめた。
そもそも、ここにいるのはレイリアとカーラにまつわる物語を体験するためなのだ。その彼女たちと関わらないという選択自体、矛盾したものだったのかもしれない。
「……そうだよな。シナリオの導入は強引な方がやりやすいってGMに注文したのは、俺たちだもんな」
シンの中の人は33歳。レイリアは17歳。
自分の半分しか生きていない少女に皮肉を言うのは、あまり美しい行為ではない。
シンは深呼吸をして気分を切り替えると、レイリアに向き直って頭を下げた。
「悪かった。ちょっとこっちの予定が狂っただけなんだ。君に他意はないから勘弁してくれ」
「いいえ、こちらこそ一方的ですみません。でも、どうしても力を貸していただきたいんです」
本気で申し訳なさそうにレイリアも頭を下げる。
お互いに頭を下げたまま、これでは話が始まらない、と気づいたのはどっちが先だっただろうか。
顔を見合わせて頭を上げると、シンが言った。
「じゃあ、お互い様ということで、この件は終わりにしよう」
「はい」
不安が解けるようにほころび、レイリアの美貌に安堵の微笑が浮かぶ。
まるで春の残雪を溶かす陽光のよう。その破壊力たるや天使級だ。
一撃で心臓を撃ち抜かれ、萌え殺されそうになったシンは、あわててジョッキをあおり表情を隠す。
思わず見とれたライオットは、机の下でルージュに臑を蹴られて咳払いした。
「さて、仕事の話をしようか。相手はオーガーだって言ってたけど」
「はい。炭焼きのベック爺が、森の奥でオーガーを見つけて、神殿に通報してきたんです。見つけたのは今日の昼過ぎだそうです」
レイリアはテーブルに地図を広げて発見場所を指さす。
マーファ大神殿とターバの村をつなぐ祝福の街道から、西に外れて1時間ほど歩いたあたり。白竜山脈の尾根にはさまれた沢にいたらしい。
「ベック爺が言うには、大ぶりな鹿を仕留めていたそうなので。今夜のところはお腹いっぱいになって寝てると思うのですが……」
明日になったら獲物を求めて街道にさまよい出てくるかも、とレイリアは続けた。
「それなら、これからすぐに急襲するか?」
シンの言葉に、ライオットが首を振る。
「レンジャー技能があるのはシンだけだから、俺たちがついていったら奇襲にならないって。それとも1人で行くか?」
「いや、さすがにそれはちょっと」
シンが決まり悪そうに視線をそらす。
キャラクターは歴戦の猛者だし、スペック的にはシン1人で十分なのだが、中の人は初陣である。
何があるか分からないし、ぶっちゃけ単独行動する勇気など無かった。
「オーガーの身長が2メートル50センチとして、この天井くらいでしょ? その巨人が丸太か何かを振りまわして、唸りながら襲ってくるんだよね?」
ルージュにつられて、全員が食堂の天井を眺めた。
目を細めて、そこに架空の巨人を想像する。
赤茶色に焼けた、筋骨隆々とした肌。原始人のように獰猛な顔。血に濡れた犬歯がむき出しになり、自分を殴り殺そうとして襲いかかってくる……!
軽く想像しただけでも、非常に怖かった。
実物と現場で向き合った時、スペック通りの性能を発揮する自信などあろうはずもない。
むしろ、恐怖で硬直して身体が動かなそうだ。
「まあ、普通に考えて魔法だよな」
背筋の寒気を払うように、シンが咳払いして言った。
接敵する前に、圧倒的な火力で殲滅するしかない。白兵戦はヤバい。
冒険者としてのリアル経験値は貯まらないが、そういうのは次の機会に、所定方針どおりゴブリンか何かでやればいいことだ。
「となると、夜襲は却下だな。夜明けを待って沢に入ろう。レイリアとギムは……」
「もちろん、わしらも一緒に行かせてもらう。準備は万端じゃ」
ライオットが視線を向けると、プレートメイルをじゃらりと鳴らして、今まで黙っていたドワーフの戦士がうなずく。
「だがその前に、一手、手合わせを願えんかな? お互いどの程度できるのかを知っておいて損はないと思うが」
ギムのファイターレベルは5。オーガー相手ならちょうど噛み合うレベルだ。
華奢な体格のレイリアも、設定上はファイターレベル5である。破壊力は期待できないが、自衛程度なら十分にこなせるだろう。
ここにいる自称“凄腕冒険者”たちが、彼らと同程度に使えるなら、オーガーと戦っても勝算はある。逆に初心者レベルであれば、全滅の危険がある。
技量に関心があるのは当然だった。
「分かった。ギムの相手は俺がしよう。ライオットはレイリアの相手を頼む」
さっそく剣に手を伸ばして、シンが言う。
自分たちがどこまで戦えるのか。
興味があるのは、彼も同じだった。
「正直、おぬしらを見くびっておったよ。済まなかった」
〈栄光のはじまり〉亭の裏庭。
激戦の末、シンに一方的に打ちのめされたギムは、全身を汗まみれにして、荒い息をつきながらシンに頭を下げた。
戦士として最大級の賛辞に、シンはあわてて手を振る。
「いや、これは模擬戦だから。実戦なら違う結果が出たかもしれない」
「何を言うか。あの体さばき、剣技、どれをとってもわしとは比較にならん。よほどの修練を積んだのじゃろう? その修錬は、おぬしを裏切りはせぬ」
実直なドワーフの言葉に、シンは小さく笑った。
「そううまくいけばいいけどな」
キャラクター時間で3年間、リアル時間では15年以上にわたる冒険を繰り返し、強敵と戦い続けて身につけた実力ではある。それは事実だ。
だが経験を積んだのはシン・イスマイールであって、中の人ではない。
中の人は実戦経験のない、ただのシステムエンジニアにすぎないのだ。
どれほどハードウェアのスペックが優れていても、ソフトウェアが伴わなければ宝の持ち腐れ。ソフトが持っている以上の性能は発揮できない。
言ってみれば今のシンは、世界最高のスーパーコンピュータがウィンドウズ95で動いているようなものだ。
SEとしての認識が、今の自分をそう評価していた。
目の前では、ライオットとレイリアの模擬戦が繰り広げられている。
レイリアは片手持ちの小剣で、思いのほか大胆に打ち込んでいた。上段、中段、下段と基本通りの型を披露したかと思えば、フェイントから鋭い突きを繰り出すなど、あらん限りの技を尽くしてライオットに攻めかかっていく。
ライオットは盾を持たず、手にするのは長剣1本のみ。それを両手持ちにしてレイリアの果敢な攻めを受けているが、今のところは防戦一方だ。
レベル差の割には、レイリアが健闘しているように見えた。
「随分と謙虚じゃの。おぬしほどの使い手なら、もっと自信を持ってもよいのではないか?」
その様子を眺めながら、ギムがもの問いたげな視線を向けてくる。
シンは肩をすくめた。
「いや、オーガーなんて相手にしたことないから。自分がどれほど戦えるのか正直不安だ」
「そうか」
ギムは納得した様子でうなずいた。
「それを言われれば、わしらも同じじゃな。わしもオーガーと戦うのは初めてじゃし、レイリアに至っては妖魔退治自体が未経験じゃ。どれほど役に立つかなど、やってみなければ分からんぞ」
やってみなければ分からない。
シンは、その言葉がすとんと腑に落ちたのを感じた。
要するにプログラムのバグ取りのようなものか。
仕様書どおり完璧に仕上げたプログラムでも、バグは必ず発生するし、どこに出るかは走らせてみないと分からない。
まさしく、今のシンは未検査の新作そのものなのだ。
これからのミッションがバグ取りの作業であり、それを繰り返して“使える”プログラムに成長していけばいいこと。
「確かに、やってみなけりゃ分からないよな」
そうつぶやいたシンの顔は、少しだけ晴れやかになっていた。
2人の会話が落ち着くのを待っていたかのように、レイリアとライオットの試合も終わりを告げた。
攻勢に転じたライオットが、息もつかせぬ連続攻撃でレイリアを追いつめていく。
レイリアが一瞬の隙をつき、反撃しようとした刹那。
雷光のような一撃が手元を襲い、レイリアの手から小剣を弾きとばしていた。
小剣は回転しながら高く舞い上がり、きらりと残光をひとつ残してから、湿った音をたてて地面に突き立つ。
すでにレイリアの喉もとには長剣が突きつけられ、身動きひとつできなくなっていた。
「……参りました」
レイリアが悔しそうに両手を上げる。
戦士として鍛錬した自分に、かなりの自信があったのだろう。
ライオットは長剣を鞘に納めると、地面に突き立っていた小剣を取り、レイリアに差し出した。
「強かったな。正直、ここまでやるとは思わなかった」
「とんでもない。遊ばれていただけです」
剣を受け取りながら、レイリアが唇を噛む。
曲がりなりにもファイター5レベル。圧倒的な実力差は嫌というほど認識できてしまう。
「これでも、ギムから2本に1本は取れるんですよ。もっと戦えるかと思ってました」
「なるほど」
ライオットはうなずくと、まっすぐにレイリアを見つめた。
漆黒の瞳が、悔しそうに揺らめいている。
負けん気の強いお嬢さまだな、と内心で苦笑しながら、ライオットは言った。
「相手に勝ちたいなら、自分から打ち込むのは下策だ。それでは手の内を晒すだけ。自分の間合いで相手の攻撃を誘い出して、その出端をくじくんだ。相手に『打たされる』と感じたら、間合いを切って離れるべき」
ライオットの中の人は、日頃から剣道で六段七段の師範にしごかれている。
リアルでは『理屈は分かるが身体がついていかない』という状況だったのが、ファイター9レベルというハイスペックな身体能力を手に入れて、知識と経験を存分に活かせるようになっていた。
「繰り返すが君は十分に強い。だが強いということと、勝負に勝てるということは、似ているようでも少し違うんだ。勝つためには、もっと違う種類の訓練もしないとな」
「…………」
今まで考えもしなかったことを指摘されて、レイリアは黙り込んだ。
同じように剣を持って向き合っていたのに、見ていたものが全然違うことに気づいたのだ。
今になって思い返してみれば、一方的にレイリアが打ち込んでいた状況さえ、ライオットが望んだから作られていたのだと理解できた。
ライオットは最初から、レイリアの剣を弾こうとしてタイミングを測っていたのだ。
測るために必要だったから、あらゆる技の速度が見たかった。
速度を覚えたから、自分の望むタイミングで攻撃させ、待ちかまえていて剣を弾いた。
それだけのこと。最初から最後まで計算通りに戦いを運んだだけ。
レイリアは肩から力が抜けるのを感じて、小さく笑った。
「凄腕の冒険者っていうのは、掛け値なしに本当でしたね、ギム」
「そのようじゃの」
ギムがうなずく。
「明日は夜明けとともに出発じゃ。今夜は早めに休むとしよう。余計な手間をとらせてすまなかった」
疲労を隠しようもない様子で立ち上がると、ギムはレイリアと連れだって宿の中に戻っていく。今夜はここに泊まるつもりらしい。
彼らを見送ると、それまで黙って見ていたルージュが初めて口を開いた。
「で、どうだった?」
「模擬戦なら負けないよ。怖くないからな」
シンが淡々とした口調で応じる。
その言葉の意味を正確に察して、ルージュはため息をついた。
「オーガーか。実物を見たら、さぞかし怖いんだろうね」
「全力の咆哮でも聞いたら、俺、ちびるかも」
まじめな表情で弱音をはくシンに、ライオットは思わず苦笑した。
「変な怪我をしてもつまらないし。今回は魔法攻撃メインで遠距離から倒すのがいいだろうな。ギムは戦士が主役だと思ってるみたいだが、今回は出番なし。ルージュ、頼むぞ」
「そんな。私も不安なんですけど」
「大丈夫だ。もし近づいてきたら俺が支えるから、後ろから《ライトニング・バインド》を1回かければいい。あの呪文なら移動を封じる上に効果が持続するから、3ラウンドも放っておけば勝手に死ぬだろ」
「まぁ、それくらいなら頑張るけど」
ルージュが渋々とうなずく。
どんなに凶悪なモンスターでも、しょせんは5レベル。魔法さえ使えれば何ほどのこともない。
接敵するまでもなく片がつく。
この時は全員がそう思っていた。
その甘さを思い知らされるのは、もう少し先のことだった。