インターミッション3 ライオットの場合
焚き火にくべられた薪が弾ぜると、オレンジ色の火の粉が夜空へと舞い上がった。
何となく目で追うと、視界には信じられない光景が広がっている。
空に向かって落ちていくような錯覚を覚えながら、ライオットは天を仰いだ。
夜空が星だけで明るいのだ。
赤、青、白、黄。黒い背景を圧倒し、全天にひしめき合う無数の星々は、互いに重なり合い、そこが奥行きを持った空間なのだということさえ感じさせる。
星空は平面に描かれた絵ではない。
その当たり前の事実は、何度見上げても飽きることがなかった。神秘的とさえ言える光景は、人間のささいな活動など悠久の時の中で飲み込んでしまいそうな深さを想起させる。
王都アランを出発して10日。4台の馬車を連ね、12名の兵士たちに護衛された一行は、野営を繰り返しながら
北の大地を目指している。
馬車のうち2台には莫大な財宝が満載されているため、宿場町で宿を取れば、どんな不心得者が現れるか分からない。
護衛兵の隊長も交えて相談した結果、野営した方が安全だろうという結論に達し、今夜も祝福の街道から少し外れた河原に宿営地を設置したのだが。
「おい、聞いてるのか小僧! さっさと剣を捨てて両手を上げろ!」
ひとり焚き火の番をしていたライオットを取り囲んで、10名ほどの男たちが武器を構えていた。
くたびれた皮鎧に、伸び放題の無精ひげ。まともに風呂にも入っていないだろう、顔や腕はうす汚れており、風に乗って浮浪者のような臭いまで漂ってくる。
「大声出さなくても聞こえてるよ」
現実逃避から帰ってきたライオットは、実に分かりやすい状況にため息をついた。
4台の馬車を並べて停め、うち1台を兵士たちが、もう1台をシンたちが寝場所に使っている。馬車をはさんで反対側でも焚き火を起こし、兵士たちが交代で起番をしていたはずなのだが。
「兵士たちはどうした?」
ライオットの質問に、盗賊の頭らしい男は胸を張った。
「こっちには魔術師の先生がいるんだ。先生の魔法で気持ちよく寝てやがるぜ。小僧、おまえも魔法の餌食になりたくなければ、おとなしく剣を捨てな」
見れば、男たちの後方では、目つきの悪い痩せた男が杖を構えている。《スリープクラウド》で眠らせたというのは嘘ではないらしい。
だが悲しいかな、バグナードやカーラを相手にしてきたライオットから見れば、雑魚と評するのもバカバカしいレベル。距離の取り方も中途半端だし、《フォース》一発で撃墜できそうだ。
起き番の兵士たちを簡単に無力化して調子に乗っているのだろう。魔法魔法と連呼する頭に、ライオットはうんざりと視線を向けた。
「なあ、この馬車は国王陛下からマーファ教団への寄進を運んでいるんだ。襲えば王国とマーファ教団、両方を敵に回すぞ。今からでも遅くはない、アジトに帰って酒でも飲んで寝ろよ。兵士たちにはうまく言っておくからさ」
心からの忠告だったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。声に怒気をはらませて、頭は剣を振りかざした。
「やかましい! いいからさっさと武器を捨てやがれ! 小僧、自分の立場が分かってんのか!」
「分かった。悪かった。頼むから大声はもうやめてくれ。ルージュが起きる」
この状況はまずい。起き番をしていながらボーッと星空を眺めていて、盗賊の襲撃に気づかなかった。
兵士たちが無力化され、完全に包囲されて脅迫されたなどとルージュにバレたら、どれほど怒られるか想像もできない。
おとなしく帰ってくれれば何もなかったことにして誤魔化せるのだが、頭にその気はないらしい。
ルージュとの交代時間まであと30分。
その間に、何としても事態を鎮静化させねばならなかった。
大きな物音をたてるような戦闘は不可だ。戦闘中にルージュが起きるというのが最悪のシナリオである。
同じ理由で、盗賊たちに大声を出されるのも困る。声を出す前に殺すことができても、現場に血が残るので結局はバレてしまう。
八方塞がりの状況にライオットが頭を抱えていると、盗賊のひとりが頭に何やら耳打ちした。
小さくうなずきながら聞いていた頭の顔が、いきなり好色そうに歪む。それだけで会話の内容が分かった。
「小僧、どうやら別嬪さんがふたりもいるらしいじゃねえか。俺様は気分がいい。今なら見逃してやるから、剣を捨ててさっさと消えろ」
鼻の下をのばした下品な笑み。きっと酒池肉林の宴と、二次会に18禁のイベントを妄想しているのだろう。
ライオットは胸の底から盛大なため息をついた。
男がエロに情熱を向けた以上、それを思いとどまらせるのは不可能に近い。これで大人しく帰ってもらうという作戦もパー。事ここに至れば、もう諦めてやるしかない。
ライオットは怒られる覚悟を決めて、足下の大盾を拾い上げ、新しい魔剣を抜いた。
「炎よ」
ため息混じりに、下位古代語のコマンドワード。
真紅に染まった刀身が魔法の炎に包まれ、驚いた盗賊たちの顔を照らし出す。
「何だてめえ、逆らいやがるのか?!」
頭の怒声に、手下たちが一斉に色めきたった。
刀槍が炎をはじいてオレンジ色に煌めき、宿営地に戦いの気配が満ちる。
「俺は忠告したぞ。帰って酒飲んで寝ろってな」
うんざりと宣言した直後、ライオットの目が剣呑に光る。
次の瞬間、魔剣の平が頭の側頭部を横薙ぎに打ち払っていた。
重く、だが鋭く空気をかき分ける音。魔法の炎が肌を焦がし、溶けた髪が火の粉になって夜空に舞い散る。
頭は立ったままで意識を刈り取られ、壊れた人形のように力を失った。
「さあ、次は誰だ?」
その言葉の意味が分からなかったのだろう。盗賊たちはきょとんとした表情で聞いていたが、頭がゆっくりと傾いて顔面から転がるに及んで、ようやく事態を理解したらしい。
「お……お頭!」
「てめえ!」
「たたんじまえ!」
怒りの喚声を上げ、山賊たちが四方から襲いかかってくる。
突き込まれる槍。打ち下ろされる剣。髭面の男たちが殺到してくる様子は確かに迫力満点だったが、残念ながら、あるのは迫力だけだった。
炎が一閃して音が鳴る度に、ひとり、またひとりと盗賊たちが昏倒していく。
「どうする? 全滅するまでやるか?」
ライオットが盗賊たちを睥睨した時、立っているのは半分ほどにまで減っていた。
圧倒的な実力差。殺す必要すらない。鎧袖一触とはまさにこのこと。
格の違いを思い知らされて盗賊たちが後込みしたとき、ささやかな戦場に、不機嫌そうな声が降りてきた。
「うるさい。眠れないでしょ」
決して大きな声ではない。だがそれは一瞬で喧噪を制圧し、静寂を呼び込んだ。
それだけの力を持つ声だった。
盗賊たちの視線がライオットを通り越し、背後の馬車に向けられる。
ライオットは……怖くて振り向けない。
盗賊たちの顔が恐怖にひきつるのを見て、自分の想像が間違っていないことだけを確信する。
「ライくん」
冷厳とした声が降ってきた。
「はい」
「この件に関しては、後で話があるから」
「分かりました」
ライオットの背中を、冷たい汗が流れ落ちる。
暗い未来に軽く目眩を感じたとき、ルージュの魔法が雨のように降り注ぎ、戦いは終わっていた。
「……とまぁ、これで終われば笑い話だけどさ」
寝ていた全員を叩き起こし、護衛の兵士たちが盗賊をひとり残らず縛り上げると、全員の前でライオットが言った。
ルージュが皮肉っぽく顔を向ける。
「言い訳でも始まるわけ?」
「結論としてはそうなる。けどさ、いくら俺が気を抜いてたからって、すぐ近くで魔法を使われても気づかないなんて変だ」
兵士たちが念入りに縛り上げた自称魔術師の襟首をつかむと、ライオットは顔を近づけた。
「お前、兵士たちを魔法で眠らせたんだってな。じゃあどうして、俺には同じ魔法をかけなかったんだ? それに戦闘中もそうだ。どうして魔法で俺を攻撃しなかった?」
寝起きで事情をうまく飲み込めず、シンとレイリアが顔を見合わせる。
ライオットはさらに追及した。
「本当は魔法なんて使えないんだろ? その格好はただのはったりで、あの杖も単なる木の枝だ。違うか?」
夫の言葉。その仮定が正しいとすれば、ちょっと洒落にならない事態だ。
ルージュは表情を堅くして《センス・ライ》の呪文を唱えると、夫に並んで自称魔術師を見下ろした。
「この質問には、はいかイエスで答えてね。盗賊さん、あなたは魔術師なの?」
痩せた盗賊の答え、そして真偽判定。
想像どおりの結果にライオットは目を光らせ、今度は護衛の兵士に向き直った。
「次は全員に質問だ。ひとりずつ順番に答えてくれ。今夜盗賊どもが襲撃してくることを、知っていたか?」
「お待ちいただこう。ライオット殿、それでは我々が盗賊を手引きしたように聞こえる。ここまで護衛してきた我々に対し、その態度は無礼ではないか」
隊長が心外だと声を荒げる。
職務の遂行に誇りを持った男の言葉に、ライオットは素直に頭を下げた。
「申し訳ない。だけど、これは必要なことなんだ。理解してほしい。全員がそうだと言ってるわけじゃないが、たとえば君」
起き番の責任者だった若い兵士を指さす。
すると、兵士は目に見えてたじろいだ。視線が泳ぎ、顔中に汗をかき、手が小刻みに震えだす。
どこまでも分かりやすい態度。ライオットでなくても不審に見える。
隊長が厳しい表情で見つめると、兵士はじりじりと後ずさり始めた。
「君はさっき、魔法で眠らされて、盗賊の襲撃に気づかなかったと言ったな。だが聞いてのとおり、あの盗賊は魔術師なんかじゃない。じゃあ誰の魔法で眠らされたんだろうな?」
一緒にいた他の兵士にも視線を向ける。
「君もだ。魔法で眠らされた。なるほど、ならば仕方ない。じゃあどうして、その眠気が魔法によるものだと分かったのか、説明してもらえるか?」
ライオットと同じ時間に起き番をしていた兵士は3名。
その全員が返答に窮していると、隊長が厳しい表情で詰め寄った。
「貴様ら! まさか本当に?!」
襲撃事件の裏事情を飲み込んで、シンがさりげなく後ろに回り込む。レイリアとルーィエも逃げ道を塞ぎ、兵士たちを完全に包囲する形になった。
周りを見回して逃げられないと知り、破れかぶれになったのか。
「ええい! こうなったらやっちまえ!」
3名の兵士たちは唐突に剣を抜き、ルージュに襲いかかった。
シンやライオットならともかく、ルージュはただの魔術師。うまく人質にすれば逃げられると踏んだのだろう。
その判断は間違いではない。
しかし。
「馬鹿者が!!!! いい加減にせんか!!!!」
隊長の怒声とともに、兵士のひとりが剣を叩き落とされた。隊長はもうひとりを殴りとばし、残ったひとりを眼光だけで威圧して金縛りにする。
「この馬鹿どもを捕らえろ! 我が隊の面汚しだ!」
鬼のような形相。
隊長は盾を持って立ちふさがったライオットに何もさせず、他の部下たちに号令した。
部下たちは弾かれたように行動し、残った縄で3名をぐるぐる巻きにしてしまう。
盗賊たちと一緒に並べられ、がっくりとうなだれた元部下たちを睨みつけると、隊長はようやくライオットに頭を下げた。
「どうやら、謝るのはこちらのようだ。済まなかった。この者たちはいかようにも処罰しよう。首が必要なら差し出す」
盾を下ろし、戦闘態勢を解いたライオットは首を振った。
「事はそう単純じゃない。とりあえず共犯者の洗い出しを。イヤだろうけど、全員さっきの質問に答えてくれ」
そしてルージュに尋問を任せると、レイリアに小声で尋ねる。
「護衛の兵士をつけてくれたのはリュイナールだったかな?」
「そうですね。つけるように命令したのは国王陛下ですけど、人選したのはリュイナールさんだと思います」
「そうか」
ルージュの尋問の様子を眺めながら、顎に手を当てて考え込む。
国王の勅命で護衛につけられた兵士たちが、盗賊を手引きして教団の馬車を襲ったとなれば、これは政治問題だ。この場で収められる事件ではない。
「じゃあ帰ったらニース様とリュイナールに相談して、しかるべく手打ちをしないとな」
これは大きな貸しだ。具体的に言えば、馬車がもう1台増えるくらいの金品に相当する。
にやりと口許をゆがめたライオットに、レイリアは呆れて言った。
「ライオットさん、まだ財宝をむしり取る気ですか?」
「違う。リュイナールの心配事を取り除いてやろうってことさ。ニース様が声高にこの事件を糾弾したら、王国をゆるがす内戦になりかねないだろ? 金品で済むなら安いもんだよ」
口ではそれらしい理屈をこねながら、ライオットの目は笑っている。
シンとは違い、どこまでも利害重視の現実路線。宮廷や権力を相手にする時、政治や謀略を視点にできる彼の存在は頼もしいとさえ言えよう。
予算不足で頭を悩ませている、財務担当のマッキオーレ司祭も喜ぶに違いない。
けれど、どうして素直に褒める気になれないのだろう?
悪戯を考える子供のようなライオットの表情を眺めながら、レイリアは首を傾げていた。
シナリオ3『鳥籠で見る夢』
獲得経験点 5000点
獲得アイテム
フレイムブリンガー
バスタードソード+1。
コマンドワードで《ファイア・ウェポン》が発動する。
必要筋力15
打撃力 片手15(25) 両手20(30)
攻撃力 +1
追加ダメージ +1
今回の成長
技能・能力値の成長はなし
経験点残り 6500点