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No.35430の一覧
[0] SWORD WORLD RPG CAMPAIGN 異郷への帰還[すいか](2012/10/08 23:38)
[1] PRE-PLAY[すいか](2012/10/08 22:31)
[2] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:32)
[3] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:33)
[4] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:34)
[5] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:35)
[6] インターミッション1 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 22:40)
[7] インターミッション1 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 22:41)
[8] インターミッション1 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 22:42)
[9] キャラクターシート(シナリオ1終了後)[すいか](2012/10/08 22:43)
[10] シナリオ2 『魂の檻』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:44)
[11] シナリオ2 『魂の檻』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:45)
[12] シナリオ2 『魂の檻』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:46)
[13] シナリオ2 『魂の檻』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:46)
[14] シナリオ2 『魂の檻』 シーン5[すいか](2012/10/08 22:47)
[15] シナリオ2 『魂の檻』 シーン6[すいか](2012/10/08 22:48)
[16] シナリオ2 『魂の檻』 シーン7[すいか](2012/10/08 22:49)
[17] シナリオ2 『魂の檻』 シーン8[すいか](2012/10/08 22:50)
[18] インターミッション2 ルーィエの場合[すいか](2012/10/08 22:51)
[19] インターミッション2 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 22:51)
[20] インターミッション2 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 22:52)
[21] インターミッション2 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 22:53)
[22] キャラクターシート(シナリオ2終了後)[すいか](2012/10/08 22:54)
[23] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:55)
[24] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:56)
[25] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:57)
[26] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:57)
[27] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン5[すいか](2012/10/08 22:58)
[28] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン6[すいか](2012/10/08 22:59)
[29] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン7[すいか](2012/10/08 23:00)
[30] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン8[すいか](2012/10/08 23:01)
[31] インターミッション3 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 23:02)
[32] インターミッション3 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 23:02)
[33] インターミッション3 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 23:03)
[34] キャラクターシート(シナリオ3終了後)[すいか](2012/10/08 23:04)
[35] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン1[すいか](2012/10/08 23:05)
[36] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン2[すいか](2012/10/08 23:06)
[37] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン3[すいか](2012/10/08 23:07)
[38] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン4[すいか](2012/10/08 23:07)
[39] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン5[すいか](2012/10/08 23:08)
[40] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン6[すいか](2012/10/08 23:09)
[41] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン7[すいか](2012/10/08 23:10)
[42] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン8[すいか](2012/10/08 23:11)
[43] インターミッション4 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 23:12)
[44] インターミッション4 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 23:14)
[45] インターミッション4 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 23:14)
[46] キャラクターシート(シナリオ4終了後)[すいか](2012/10/08 23:15)
[47] シナリオ5 『決断』 シーン1[すいか](2013/12/21 17:59)
[48] シナリオ5 『決断』 シーン2[すいか](2013/12/21 20:32)
[49] シナリオ5 『決断』 シーン3[すいか](2013/12/22 22:01)
[50] シナリオ5 『決断』 シーン4[すいか](2013/12/22 22:02)
[51] シナリオ5 『決断』 シーン5[すいか](2013/12/22 22:03)
[52] シナリオ5 『決断』 シーン6[すいか](2013/12/22 22:03)
[53] シナリオ5 『決断』 シーン7[すいか](2013/12/22 22:04)
[54] シナリオ5 『決断』 シーン8[すいか](2013/12/22 22:04)
[55] シナリオ5 『決断』 シーン9[すいか](2014/01/02 23:12)
[56] シナリオ5 『決断』 シーン10[すいか](2014/01/19 18:01)
[57] インターミッション5 ライオットの場合[すいか](2014/02/19 22:19)
[58] インターミッション5 シン・イスマイールの場合[すいか](2014/02/19 22:13)
[59] インターミッション5 ルージュの場合[すいか](2014/04/26 00:49)
[60] キャラクターシート(シナリオ5終了後)[すいか](2015/02/02 23:46)
[61] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン1[すいか](2019/07/08 00:02)
[62] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン2[すいか](2019/07/11 22:05)
[63] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン3[すいか](2019/07/16 00:38)
[64] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン4[すいか](2019/07/19 15:29)
[65] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン5[すいか](2019/07/24 21:07)
[66] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン6[すいか](2019/08/12 00:00)
[67] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン7[すいか](2019/08/24 23:54)
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[35430] シナリオ2 『魂の檻』 シーン7
Name: すいか◆1bcafb2e ID:e6cbffdd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/08 22:49
シーン7ー1 玄室

 全員が配置につくと、ライオットの目配せでニースが隔壁を開いた。
 音もなくスライドする黒い壁。
 予想通り、幅2メートルの狭い通路には甲冑姿の衛兵が立ちはだかっている。
「通路には1歩も入れないという構え。しかし、自分から玄室に入ろうとはしないわけだ」
 衛兵から少し距離をおいて対峙したライオットが、推論の正しさを再確認する。
 鋼鉄の槍から滴る赤い液体が何なのか、あえて考えないようにして、ライオットは盾を握りなおした。
 《プロテクション》《シールド》《フル・ポテンシャル》など、ルージュがこれでもかと支援魔法をとばしてドーピングした戦闘力。今のライオットは器用度20、敏捷度24、筋力27という人間離れしたスペックを保持している。
 今できる準備は全てやった。
 あとは、それぞれが役目を果たすのみ。
「行くぞ!」
 鉄靴が鏡張りの床を削り、充分な助走をつけてライオットが突撃する。
 盾は正面、中段の構え。
 警視庁機動隊直伝、暴徒鎮圧に使用する大盾操法のひとつだ。
 深紅に濡れた槍が信じられないパワーで振るわれ、魔法の盾と激突して火花を散らした。両手で握っていなければ、盾ごと持っていかれたかもしれない。
 だが絶妙な角度で保持された盾は、まるで魔法のように打撃を殺し、槍を側方に受け流す。
 ライオットは両手で盾を構えたまま、勢いに任せて衛兵の懐に飛び込んだ。
 全高2メートルの鋼鉄の塊。重量は300キロを軽く超えるだろう。その巨体を渾身の力で吹き飛ばそうとする。
 持ち上げる必要はない。いかに重量があろうと、二足歩行する物体である限り、重心さえ崩してやれば必ずよろめく。
 充分な助走もあり、9レベル戦士のシールドアタックは抜群の威力を発揮した。
 派手な衝突音とともに衛兵の上体が仰け反り、勢いに圧されて足が下がっていく。
「どおおおおおりゃああああああっ!」
 腹の底から吼えた。
 右手、左手に加え、左肩と頭まで盾に押しつけるようにして、渾身の力で守護者を押し続ける。
 1歩。
 2歩。
 3歩。
 ここで限界。衛兵の両足が地面で並ぶ。
「まだまだあああ!」
 上体がのけぞったままの姿勢はまだ安定していない。ライオットは左足を出して衛兵の右かかとを引っかけると、さらに踏ん張って押し続けた。
 再びバランスを失って鋼の衛兵がよろめき、やがて耐えきれなくなって後方に倒れる。
 重い振動とともに衛兵が崩れ落ちると、ライオットはすかさず馬乗りになって、盾で衛兵の上半身を押さえつけた。
 ほんの3歩。
 2メートルにも満たないわずかな空間が、ライオットの後方に確保されている。
 だがその2メートルこそが、今は何よりも貴重な存在なのだ。
「行け!」
 暴れる衛兵と全力で戦いながら、ライオットが怒鳴る。
 どうあがいてもパワーでは衛兵が上。長くは保たない。
 親友が稼いだわずかな空間にシンが飛び込むと、すかさずルージュが続いた。シンの背中に手を当て、心の中で何度も練習した呪文を、必死に詠唱する。
『導け万能なるマナよ! 彼の双脚は時空を超える!』
 魔法が完成すると同時に、シンの姿がかき消えた。
 《テレポート》。この魔法を使うためだけに、この空間がどうしても必要だったのだ。
 理想を言えば、全員が同時に転移したかった。そのためには、全員が入れるだけのスペースを確保しなければならない。
 だが、衛兵がいる限りそれは不可能。1人跳ばすのが、今の彼らにできる精いっぱいだった。
「行ったか?!」
 暴れる衛兵を必死に押さえつけながら、ライオットが叫ぶ。
「行ったよ!」
 再び玄室に下がったルージュが答えた時。
 プレートメイルごとライオットが弾きとばされた。
 今までとは逆の体勢。背中から通路に落ちたライオットに、今度は衛兵が襲いかかる。
 反射的に傾けた顔のすぐ横に、鋼鉄の槍が突き立った。
 首筋をかすめた死の気配に、心臓を鷲掴みにされる。
 転がりながら槍をかわし、死にものぐるいで後ろに下がった。必死の形相を浮かべ、四つん這いで逃げてくる姿はお世辞にも格好いいとは言えない。
 だが玄室にまろび出てきたライオットは、衛兵がそれ以上追ってこないのを確認すると、荒い息をつきながら会心の笑みを浮かべた。
「ざまぁ見ろバグナードめ。台無しにしてやったぜ!」
 アイアンゴーレムが2体とも起動していれば、こんな無謀な力技は通用しなかっただろう。ルージュの機転があったからこそ、無理やり押し通ることができたのだ。
「ですが、問題はここからです」
 不安げなアウスレーゼ。
 パーティーの最大戦力であるシンを跳ばしたために、このアイアンゴーレムを倒せるのは、今やライオットだけになってしまったのだ。
 もう失敗は許されない。1対1で戦って勝たないと、ニースを含めて全員が帰れなくなる。
「ライくん、大丈夫?」
 一度は夫を殺しかけた相手との戦いに、ルージュも不安を隠せない。
「まったく、あなたには恐怖心ってものがないのかしら。その勇気には感心するわ」
 これが若さね、とニースが慨嘆する。
 わざわざ不利な立場に自分を追い込むなど、ニースに言わせれば蛮勇でしかない。
 1秒でも早くシンをレイリアのもとに送り届けたい、とライオットが強硬に主張したため、ニースが渋々折れた形だった。
「勇気ね……」
 すると、快歳を叫んでいたライオットが、苦笑してニースを見た。
「ニース様にとって、勇気とは恐怖心を消す特効薬ですか?」
 思いもかけない問いを返されて、ニースが言葉に詰まる。
 答えを期待したわけではないらしく、ライオットはすぐに言葉を続けた。
「俺は、ここに来る前も色々と怖い目にあってきましたからね。恐怖とか勇気とか、そういうものの正体を人よりはよく知ってると思うんですよ」
 立ち上がって盾を拾いなおすと、振り向いて女性陣の顔を順番に見ていく。
 まったく、奇しくもここにいるのは女性ばかり。
 全員が一芸に秀でた逸材だが、鋼鉄の衛兵を正面から撃破できる者はいない。
 それを助けたければ男の自分が頑張るしかないという、極めて分かりやすい状況が出来上がっていた。
「勇気ってのは極論すれば、自分より強い相手と戦おうとする心です。自分より弱い相手と戦うのに、勇気なんか要りませんからね。で、敵が自分より強いなら、怖いのが当たり前です。じゃあ勇気があれば、その恐怖はなくなると思いますか?」
 警察官として勤務する中で。
 交番勤務の時代は、刃物を振り回す麻薬中毒者を制圧したこともある。
 機動隊に来てからは、鉄パイプを持って暴れる極左過激派集団と戦ったこともある。
 そういった経験の全てが、ライオットにとっては恐怖との戦いだった。
「俺は、そうは思いません。自分より強い敵がそこにいる以上、恐怖は絶対に無くならない。じゃあ勇気って何だ?」
 再び女性陣に背を向け、鋼鉄の甲冑をまとった衛兵に向き直る。
 今現在の脅威。
 実際に戦ったからこそ分かる、圧倒的な破壊力。
 ライオットにとっては紛れもない恐怖の対象だ。
「勇気ってのは、俺に言わせれば虚勢とやせ我慢なんですよ。どんだけ怖くても『怖くないもんね』って顔をして、何とかその場に踏ん張ろうとする心。弱い人間が、弱さを隠して頑張ろうとする心。それこそが、俺にとっての勇気です」
 万人にとってそうなのかは、分からない。
 もしかしたら、勇者と呼ばれる人の中には、恐怖を忘れて戦う術を得た人がいるかもしれない。
 ベルドや、ファーンや、それにニースも。歴史に名を刻むような究極の英雄たちなら、もっと違う勇気を持っているのかもしれない。
 だがこれだけは断言できる。
 そんな奴らは例外だ。
「猛き戦神、マイリーよ……」
 自分自身を含めて、大多数の凡人にとって、戦いとは恐怖そのもの。
 怖くないはずがない。
 それでも。
 勇者でも何でもない普通の人々が、恐怖で足を震わせながらも、大切な何かを守るために戦うから。
 だからこそ勇気というのは尊いのだ。
 その想いを込めて、ライオットは初めて、マイリーに心から呼びかけた。
「このささやかな勇気を承認されるなら、我に光の加護を与えたまえ」
 高々と天に差し上げたライオットの右手を、光の粒子が取り巻いた。
 光は螺旋を描きながら寄り集まり、どんどんその輝きを増していく。


  『汝の勇気を承認しよう』


 脳裏に響いたその圧倒的な声を、どう形容すればいいのだろう。大地が、空が、全体として意思を持って押し包んでくるような、世界そのものに引きずり込まれるような錯覚に、ライオットは目眩を覚えた。
 ライオットは、この世界にマイリーが実在するということは「知っていた」。
 原作者が世界を創り、神を創り、この世界ではその神が人を創ったのだと定めた以上、今ここに戦神マイリーが存在することは自明の理だ。人が創ったものであるが故に、ライオットはマイリーの実在を疑ったことはない。
 だが、しかし。
 初めて実感した“神”は、筆舌に尽くしがたい存在感をもって、ライオットに語りかけてきた。
 今、自分はとてつもなく大きなものと同じステージで対話している。
 そう自覚すると、どうしようもない高揚感が抑えられなかった。
 あまりの興奮に魂が震え、全身に鳥肌が立つ。
「……マイリーよ、感謝します」
 光が凝縮したマイリーの加護は、直視するのも困難なほどの輝きを放ちながら、厳然としてライオットの頭上に浮かんでいた。
 その形は剣ではない。
 鋼の人形を粉砕するのであれば、もっと適した形がある。
「《ディバイン・ハンマー》!」
 気合いを込めて、右手をぎゅっと握りしめる。
 巨大な光の戦鎚は、ライオットの意思を感知して、その輝きをさらに強めた。
 マイリーの威光を示すかのように、溢れた光が雨のように降り注ぐ。
 黄金の驟雨は鏡張りの玄室に乱反射して、この世のものとも思えない、神々しい姿を浮かび上がらせていた。
 その光の中心で、ライオットの視線が、強烈な意思を込めて鋼鉄の衛兵を射抜く。
 なるほど、おまえは強い。
 だが強いだけだ。力だけで想いを持たぬただの彫像に、俺は負けない。
「ひ・か・り・に・なぁぁぁれぇぇぇぇぇぇッ!」
 戦神の加護を受けたライオットが、渾身の力を込めて聖なる戦鎚を振りおろす。
 それを受け止めた守護者の腕は。
 ただの一撃で、光の中に砕け散った。


シーン7ー2 ピート卿の館

 胸に深々と埋め込んだ細剣を引き抜くと、壮年の騎士は血溜まりの中に崩れ落ちた。
「残念でしたな、ピート卿。あなたの技量では私には勝てません」
 白銀の鎧に飛ぶ返り血を避けようともせず、美貌の騎士が冷笑を浮かべる。
「レイリア……逃げろ……」
 血の泡を吹きながら、ピート卿がうわごとのように繰り返す。
 血糊を飛ばすように剣を一閃すると、ラスカーズは瀕死でうずくまる騎士を蹴り飛ばし、満足そうに見下ろした。
 いつ、どんな時であろうと、剣に血を吸わせるのはたまらない快感だった。
 カーディスの信徒としての自我に目覚めて以来、上級騎士の身分を最大限利用し、有力貴族の邪魔者たちを闇から闇へと葬ってきた。
 それは自身の地位を固めることになり、宮廷に人脈を築くことにもなるゆえ、教団も推奨してきた行為。
 だがラスカーズにとっては、殺人それ自体が何物にも換えがたい快楽だったのだ。
 剣が肉を断ち斬る感触。
 裂かれた喉笛から、血が噴き出すときの音と臭い。
 無念そうにラスカーズに向けられる、犠牲者の眼差し。
 そのすべてがたまらない愉悦を生み、彼の心を桃源郷へと誘う。
 そして思うのだ。
 この世の全ての人間を血の海に沈めたなら、どれほどの悦楽が得られるのだろうか、と。
 ラスカーズはレイリアに向き直り、膝を折って恭しく頭を垂れた。
「改めて申し上げます、我が主君よ。私と共においでください。女神カーディスの名の下に、世界に最後の恩寵をもたらしましょう」
 そのためには、この女性を再び王として迎えねばならない。そして400年前と同じ、すべてを滅びへと向かわせる黄昏の王国を築くのだ。
「あなたは……!」
 イメーラ夫人に続き、ピート卿までが目の前で血泥に沈められ、レイリアは唇を噛んで美貌の悪魔を睨みつけた。
 あまりの怒りに、腹の底が冷たく凍っていくのを感じる。
 昨夜、この食堂は、あれほど暖かい光で満たされていたのに。
 ピート卿はあんなに楽しそうに笑っていたのに。
 イメーラ夫人からは、まだ料理を習っていないのに。
「あなたという人は……!」
 そのすべてを理不尽な暴力で奪い去っておいて。
 この食堂を土足で汚すのか。
「許しません!」
 ピート卿の傍らに跪き、握ったままの剣をもぎ取る。
 まだ息のあるピート卿は逃げろと繰り返していたが、そんな気はさらさらなかった。
 神官戦士団に混ざって鍛練を重ねた剣は、女の身でありながら三指に入る腕前だ。その天性のセンスは、神官戦士長をして、あと5年あればターバ随一の剣士になると言わしめたほど。
 ライオットという戦士には及ばなかったが、そこいらの騎士が相手なら後れを取るつもりはない。
 青眼に構えた長剣。
 剣先をまっすぐに向けられた美貌の騎士は、わがままな姫君をなだめる侍従のように苦笑した。
「そのようなものはお捨て下さい。我らが斬り合って何になりますか」
「私は、このような非道を絶対に許しません! どうしても私を同道させたければ、首をはねて死体を持って行きなさい!」
 イメーラ夫人の血に濡れた頬を引きむすび、ピート卿の剣を手にして立つレイリア。
 その凛とした姿は、むせかえる血臭の中にあってさえ、凄絶な美しさを誇っていた。
 ラスカーズが闇色の瞳に危険な光を浮かべて、わざとらしく嘆息する。
「レイリア様。あまり聞き分けのないことですと、少々痛い目を見ていただきますぞ?」
 主君とはいえ、この美しい少女が血にまみれて苦悶する姿は、さぞかし甘美なことだろう。
 そのさまを見たいという欲求もまた、ラスカーズの本能を強く刺激する。
 穢れなき少女を苦痛の中で矯正し、魂を陵辱してやるというのもまた一興。すぐに壊れてしまう肉体を犯すより、よほど官能的ではないか。
 膨れ上がる欲望を抑えきれず、口許をつり上げるラスカーズ。
 その表情に嫌悪感を隠そうともせず、レイリアは言い放った。
「痛い目を見るのはあなたの方です。もう謝っても許してあげません」
「まことに残念です。やむを得ませんな」
 言葉とは裏腹に、内心で舌なめずりしながらラスカーズが唇を歪める。
 理性を手放しているとしか思えない騎士の様子に、それまで静観していた魔術師が、ようやく口を開いた。
「ラスカーズ卿。舌でも噛まれたらどうなるか、分かっているのだろうな?」
「分かっておりますとも。ですが致し方ありますまい? レイリア様は同行が嫌だとおっしゃる。多少の説得は、司祭長も許して下さるでしょう」
 獲物を嬲り殺しにする獣のような、獰猛な笑顔。
 もはや他人の意見など聞く耳を持っていない。
 それを理解して、バグナードは助言を放棄した。
 どうせ他人事だ。娘が死んで魂が輪廻したところで、バグナード自身は何ら痛痒を感じない。
 あの司祭長とやらに恩を売ることさえできれば、亡者の女王がどうなろうと知ったことではないのだ。
「……好きにするがいい」
 魔法で眠らせてしまえば、簡単に終わるものを。これだから阿呆は御しがたい。
 騎士に内心で侮蔑の言葉をかけ、すぐに思い直す。
 魔法は確かに万能の力だが、忌々しい呪縛のせいで壮絶な苦痛をもたらす。手を煩わさずに終わるのならば、それはそれで可としようか。
「娘。せいぜい殺されぬうちに降伏することだな」
「それはこっちの台詞です!」
 冷然としたバグナードの声を合図として、レイリアの剣が動いた。
 清流にきらめく陽光の如く、目にもとまらぬ速さで剣尖がラスカーズの喉元を襲う。
 鋭さ、速さ、どこを見ても一流と呼べる剣捌き。相手が並の戦士であれば、一撃で喉を貫かれて死んでいただろう。
「……ほぅ」
 しかし、絡みつくようなラスカーズの細剣に巻き落とされ、レイリアの突きは大きく軌道を逸らされた。
 すぐに剣を引いて間合いを取り直したレイリアに、ラスカーズが感嘆の声を上げる。
「なるほど、ただの小娘ではなさそうですね。これは楽しめそうだ」
 一方のレイリアも、唇を噛んで相手をにらんだ。
 決して甘く見ていたわけではない。
 確かに相手は自分より強いが、勝負をひっくり返せないほど隔絶した差があるわけでもないのだ。
 だが。
 相手の油断につけ込んで繰り出したはずの切り札が、いとも簡単に防がれてしまった。
 その衝撃は迷いとなって、レイリアの心を揺らめかせる。
「次は私から参りましょうか。私も突きにはいささか自信がありましてね」
 ラスカーズの細剣は『斬る』ことではなく『突く』ことを主眼にした武器だ。
 とぐろを巻いた大蛇が獲物に跳びかかるように、その剣は毒牙となってレイリアを襲った。
 肩を狙うと見せて、脇腹を突き。
 顔を狙うと見せて、肩を突き。
 胸を狙うと見せて、腕を突き。
 正統派の剣術に加え、幾多の人命を糧にして鍛えられたラスカーズの剣技は、まさしく変幻自在。
 ほんの二呼吸ほどの間に10を超える刺突が殺到し、レイリアが防げたのはその半数にも満たなかった。
「く……ッ」
 わざと浅くつけられていく、無数の傷。
 耐え難いほどの痛みはない。
 だが、いいように切り刻まれた神官衣から白い肌がのぞき、その肌も鮮やかな紅に染められていく。
 戦いの最中にありながら、淫美で扇情的な光景。
 それを相手が楽しんでいるという羞恥と屈辱が、レイリアの心から余裕を削り取っていった。
「美しい! レイリア様、あなたはやはり最高だ! その顔をいつまでも拝見していたい気分ですよ!」
 心と体、双方の苦痛にゆがむレイリアの表情を見て、ラスカーズが哄笑する。
 宮廷の貴婦人を虜にしてやまないという美貌や気品は、もはや見る影もなかった。
 そこにいるのは、血に酔い痴れて欲望のままに剣を振り回す、闇色の危険な獣だ。
「このままでは……!」
 軽さを最大の武器にして繰り返される、嵐のような連続攻撃。
 見たこともない剣捌きに翻弄されながら、レイリアは歯噛みした。
 認めないわけにはいかない。
 このままでは一方的に嬲られるだけだ。ピート卿の無念を晴らせず、イメーラ夫人の仇も討てず、夫妻の犠牲は無駄になってしまう。
 レイリア自身も無事には済まないだろう。この状況で敵に捕らえられれば、若い女の身がどう処遇されるか、想像できないほど子供ではない。
 そんなおぞましい未来を受け入れるくらいなら。
 黒い瞳が、すっと細められた。
「あなたの思いどおりにされるくらいなら!」
 防御を放棄して長剣を上段に振りかぶり、血に飢えた獣を正面から見据える。
 どこでも好きなところを刺せばいい。それで死んだって構わない。
 その代わり、この一撃は必ず当てる!
「死んだ方がマシです!」
 薄笑いを浮かべて待ち受けるラスカーズに、渾身の一撃を叩きつける。
 突くことに特化した細剣では、これは受け止められない。下手に受けようとすれば、剣ごとへし折るだけのこと。それだけの威力はあるはずだ。
 だが。
「甘いですな」
 電光石火。
 ラスカーズの細剣はレイリアの頭上で長剣を弾きとばし、右掌を深々と貫き通していた。
 まるで磔刑に処された罪人のように、銀色の刃で右手を吊り上げられる。
「レイリア様、言われたことはありませんか? 確かにあなたは強い。ですが、あなたの剣は見え見えなんですよ。妖魔相手の田舎剣術では、剣技を修めた人間には勝てません」
 ぐい、と手首をひねってレイリアを引き寄せると、ラスカーズが顔を近づける。
 暴れた剣で右手をえぐられ、つま先立つほどに身体を吊り上げられて、レイリアが苦痛のうめきを漏らした。
 銀色の刃を伝って、新しい血が滴り落ちてくる。
「是非思い出していただきたい、あの400年前の無慈悲な剣捌きを。真紅の刃をさらに赤く染めた戦い方を。そしてあの御姿を、もう一度私に見せていただきたい」
 息がかかるほど近くに顔を寄せると、ラスカーズはレイリアの細い顎に手をかけ、持ち上げた。
 この状況でも絶望しようとしない少女の瞳。それに魂が震えるほどの歓喜を感じる。
 まったく、なんと汚し甲斐のある少女だろうか。
 これほど清楚で純粋な心を、魂が歪むほどの恥辱で汚し尽くしたら、どれほど美しい人形が出来上がることか。
 欲望の赴くまま、レイリアの頬についた血をぺろりと舐めとる。
 少女の顔が、汚辱感にゆがんだ。
「顔を……」
「何かおっしゃいましたか?」
 武器を奪い、自由を奪い、あとは獲物をいたぶるのみとなったラスカーズが、わざとらしく問い返す。
 返答は明快だった。
 燃えるような視線とともに、レイリアは唯一自由だった左手を、騎士の顔に押しつけた。
「顔を近づけないでと言ったのです、汚らわしい! Falts!」
 同時に。
 強烈な衝撃波が炸裂し、有無をいわせず騎士の身体を吹き飛ばした。
 優に3メートルは宙を舞っただろうか。
 テーブルの反対側まで飛ばされたラスカーズは、数脚の椅子を下敷きにして床に叩きつけられた。
 あまりのことに、傍観していたバグナードが失笑を漏らす。
「汚らわしい、か。確かに淑女に対して礼を欠いていたな、ラスカーズ卿」
 愉快そうに肩を揺らす黒の導師。
 だが、この期に及んでも行動を起こす様子はない。
 解放の衝撃でざっくりと切り裂かれた右手を押さえながら、レイリアはじりじりと後ずさった。
 もう右手で剣は握れない。
 左手で握ったところで、あの騎士を相手に戦えるはずもない。
 もはや万事休す。《リターン・ホーム》の魔法でターバに逃げ帰るしか策はないのか。
 目の前でピート卿とイメーラ夫人を斬られながら、手も足も出ず、彼らの傷を癒すことすらできず、尻尾を巻いて自分だけ逃げるのか。
 陶器の破片が散らばるダイニングテーブルに、昨夜の暖かい情景が幻視された。
 ニースは何も言わないが、もしかしたら自分の本当の両親かもしれない、と考えていた人たち。
 贅沢ではないが、心を尽くした幸せな食卓。
 今ここで逃げれば、それらは本当に、二度と手に入らないものになってしまう。
 それでいいのか。
 ほんの一瞬の逡巡。
 血の海の中で倒れ伏すピート卿。
 すでに虫の息のイメーラ夫人。
 その姿が視界に入り、ほんの一瞬だけ浪費した時間が、レイリアに残された最後のチャンスを奪い去った。
「Falts!」
 その声が聞こえたとき、お返しとばかりに殺到した衝撃波によって、レイリアは反対側の壁に叩きつけられていた。
 不可視の拳で殴られた腹部が猛烈に痛み、まともな呼吸すらできない。
 体力を根こそぎ奪い取られ、全身を苛む痛みに喘いでいると。
 涙でかすむ視界の向こう、魔術師の横で、ゆらりと立ち上がる騎士の姿が見えた。
「まったく、無駄なあがきは程々にしていただきたいものですな、レイリア様」
 鼻梁は砕け、頬骨は陥没し、数本の前歯を血とともに吐き捨てるラスカーズ。
 少なからぬダメージを受けたようだが、それを補って余りある殺気が、ほとんど物理力となってレイリアを圧倒した。
「私もさほどできた人間ではありませんのでね。顔を殴られれば、倍にして殴り返したくなる」
 悠然とした動きで細剣を拾い上げると、ラスカーズはゆっくりとレイリアに歩み寄った。
 自分に近づいてくる絶望の足音。
 もう立ち上がる余力もない。
 壁に上体を預けたまま、レイリアはじっとその姿を見上げていた。
「ご安心ください。殺したりはしませんよ。あなたは大切な私の主君だ。ただし、死んだ方がマシだったという思いは、存分に味わっていただきます」
 怖気をふるう宣言。
 その言葉とラスカーズの表情に、初めてレイリアの心に恐怖が浮かんだ。
 今まで怒りと使命感で鎧われていた心が、絶望によってひび割れ、年齢相応の少女が現れる。
 あまりにも邪々しい笑みを見て、少女は悲鳴を上げていた。
 怖い。
 こっちに来ないで。
 誰か。
 誰か助けて。
 シン……
 恐怖と絶望にすくむ少女が、心の中でその名前を呼んだとき。
 感情に火がついた。
「シン、助けて……」
 涙があふれ、弱々しい呟きがこぼれた。
 傷ついた我が身を抱きながら、もはや逃げることもかなわず、ただ首を振って助けを求める。
「無駄なことです。あなたのナイトは墓所の中。ニースとともに、永遠の闇の中で朽ち果てていく運命なのですから」
 泣きながら助けを求める少女の、なんと美しいことか。
 だが、本当のお楽しみはこれからだ。
 心を折られたレイリアを残酷に見下ろし、悦楽への期待に声が揺れた。
「よしんば鋼の衛兵を倒したところで、全ては遅い。墓所からここまで1時間はかかります。つまり、あなたのナイトに、あなたを助けることはできません」
「そうかな!」
 風が吹いた。
 完全な不意打ち。
 強烈きわまる拳がラスカーズの顔面をまともに捉え、再び魔術師の足下まで吹きとばす。
「ほぅ」
 ひとり、状況を正確に把握していたバグナードが、思わず感嘆の声を漏らした。
 《テレポート》の魔法を使ったのだろう。
 マナの乱れとともに突然中空に出現した人影が、着地するなりレイリアとラスカーズの間に割り込み、いともたやすく騎士を殴りとばしたのだ。
 ラスカーズは決して弱い男ではない。純粋な剣技ならアラニアでも屈指の腕前だろう。
 その剣士に一切の反応をさせず、重い金属鎧もろとも簡単に薙ぎ払うとは。
 この男、いったいどれほどの技量の持ち主なのか。
 バグナードは興味を覚えて、乱入してきた人影を見た。
 収まりの悪い、黒の短髪。
 浅黒い肌。
 全身の筋肉はしなやかに鍛えられ、まるで猫科の猛獣のような印象を受ける。
 年の頃は20歳前後か。端整な顔を痛ましげに歪めたその青年は、そっとレイリアに屈みこんだ。
「ごめん。遅くなった」
「シン……」
 シンはためらいがちに、涙と血で濡れた頬に手を伸ばす。
 いっぱいに目を見開いたレイリアの顔には、ただ真っ白な驚きだけが浮かんでいた。
 まるで、絶望の淵で神を見たように。
 その空白をシンの存在が埋めていくと、ようやくレイリアは手を動かし、頬の上でシンの手に重ねた。
「痛かっただろ? ごめん、もっと早く来なきゃいけなかった」
 その優しい声が、レイリアの傷ついた心を癒していく。
 これでもう大丈夫。
 暖かい、本当に暖かい手の感触に、今までとは違う涙がこぼれていった。
「シン、来てくれたんですね……」
「君を泣かせたのは、あいつか?」
 肩越しに振り返り、まだ尻をついたままの騎士を一瞥する。
「はい。あいつにピート卿も、イメーラ夫人も」
 悔しそうにレイリアがうなずく。
「分かった。あとは俺がやる。任せて」
 レイリアを背中にかばって立ち上がると、シンは食堂の中をゆっくりと見渡した。
「これをやったのは、お前でいいんだな?」
 清冽な気迫が周囲を圧倒する。
 ラスカーズのそれとはまるで違う。どこまでも澄み切った気迫は、シンの怒りを乗せて空気すら震わせた。
「お前に聞いてるんだ、そこの歯抜け。答えろ」
 精霊殺しの魔剣“ズー・アル・フィカール”が鞘走り、白い燐光を発する片刃の刀身が、まっすぐラスカーズに突きつけられる。
「いかにも。私が斬った」
 あまりの暴言に頬をひきつらせながら、ラスカーズは細剣を手にして立ち上がった。
「オーケー、それだけ分かれば充分だ。覚悟はいいな?」
 初めてオーガーと戦ったときに、ライオットが「相手を殺すことに躊躇はなかった」と言った理由が、今やっと分かった。
 昨夜はあれほど暖かかった食堂で、レイリアが血まみれになって泣いているのだ。
 その姿を見てしまったら、他の理由など、もう何もいらない。
 シン・イスマイールは本気で怒っていた。
「小僧、誰に向かって口を利いている! その無礼、貴様の首で償……ッ!」
 もはや言葉を交わす気もなかった。
 無造作に踏み込んで間合いを詰め、大上段から精霊殺しの魔剣を振りぬく。
 何の飾りもないシンプルな動き。
 だがそれは、小手先の剣術など通用するはずもない、10レベルファイターの剛剣だ。
 魔剣はラスカーズの右前腕に食らいつくと、驚異的な切れ味を発揮し、鋼鉄製の手甲ごとあっさり両断してのけた。
 剣を握ったままの腕が血の尾を引いて飛び、テーブルの上に転がる。
 わずか一挙動。
 ただそれだけで、この場で一番強いのは誰なのか、それを全員に思い知らせた。
 つい先刻まで場を支配していた血染めの騎士が、今や狩られる側の存在であるのだと、誰もが理解した。
 理解せざるを得なかった。
「これまでだな。今日は退くとしよう」
 真っ先にバグナードが動く。
 杖を握って防御の魔法を唱え、不可視の障壁を展開させる。呪文の詠唱とともに全身を激痛が駆け巡ったが、バグナードは脂汗を浮かべてそれに耐えた。
「しかし導師様!」
「ラスカーズ卿。腕を失い、剣を失い、それでもこの戦士に勝てるというなら止めはせぬ。ここに残るか?」
「ぐ……ッ、この屈辱、二度と忘れぬ!」
 血の噴き出す右腕を押さえて、ラスカーズが歯噛みしながら後退する。
「今日のところは貴様の勝ちだ。誰の入れ知恵か、聞いてもよいかな?」
 転移の魔術を用意しながら、バグナードが尋ねる。
 長身の魔術師に不敵な視線を向けると、シンは誇らしげに応じた。
「頼りになる親友がいてね。1ラウンドをケチって真っ先に跳ばしてくれたおかげで、どうにか間に合った。悪かったなバグナード。せっかくの策略を台無しにしてさ」
 その言葉に、黒の導師が軽く目を見開く。
「驚いたな。私を知っておるのか」
「こんな陰険な罠をはれる魔術師なんて、お前とカーラくらいしかいないだろ」
 シンの言葉を聞いて、バグナードは愉快そうに笑みを浮かべる。
「まさか、灰色の魔女の存在まで知っておるとはな。貴様の名は?」
 単純な好奇心。
 自分の名は知られているのだから、相手の名も知ってみようという、他愛もない質問だった。
 だが。
「シン・イスマイール」
 その名を聞いて、バグナードが押し黙った。
 聞いたことがある。
 脳裏でその名を検索し、やがて思い当たると、深く納得してうなずく。
「なるほど、貴様があの“砂漠の黒獅子”であったか。ニースも存外、優秀な手駒をそろえておるものよ」
 あの程度の罠が破られるのも道理、とつぶやいて、今度こそ《テレポート》の呪文を詠唱する。
 その背後で、屈辱に身を焦がす騎士が、血を吐くように呪いを紡いだ。
「覚えておけ、シン・イスマイール。貴様は必ず私が殺す。貴様の近しい人間をことごとく血の海に沈めた後、絶望の中で終末の門に送ってくれようぞ」
 闇色の瞳から人間離れした邪悪を漂わせ、怨嗟にみちた言葉を残して。
 ふたつの人影は、魔法の完成とともにかき消えた。
 逃がした、とは思わなかった。
 騎士だけならともかく、バグナードまでシン1人で相手をすることはできない。
 この場を引いてくれるというなら、それを邪魔するべきではなかった。
 今は、それより他にすべきことがある。
 大きな息と一緒に緊張を吐きだすと、シンはスイッチを入れ替えてレイリアに向き直った。
 どこか焦点の合わない微笑で、じっとシンを見つめる美少女。
 その肩に手をかけ、力を込めて揺する。
「目を覚ませレイリア。ピート卿とイメーラ夫人に癒しの魔法をかけるんだ。時間がない、早く!」
 その言葉がレイリアの中に染み込み、黒い瞳に輝きが戻るまで、まだしばらくの時間が必要だった。 




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