マスターシーン ピート卿の館
館の中庭には、小さいながらも手入れの行き届いた菜園が作られていた。
「これは全部、イメーラ夫人が?」
レイリアは驚いて夫人を見た。
トマトやキュウリ、レタスなどが整然と並び、朝露に濡れて瑞々しく輝いている。
「そうよ。あの人は土いじりに興味などありませんからね。暇さえあれば剣の稽古をするか、川に魚釣りに行っているわ」
鮎やイワナでも釣ってきてくれれば、夕食の材料になるのだけど、と夫人が笑う。
「そんなことより、今夜のメニューを決めましょう。レイリア司祭、彼はどんな料理がお好きなのかしら?」
「そうですね、一緒に食事するときは、串焼きとか蒸し饅頭とか、気軽に食べられるものが多いです」
「あらあら。いつもそんな調子なの?」
「私のお勤めが忙しいので、なかなか時間がとれなくて。本当はもっとお話をして、もっとよく知りたいんですが」
レイリアが残念そうに言う。
「じゃあ、今知っている彼のこと、教えてくれる?」
「そうですね……」
唇に指を当てて考え込むと、黒髪の女性司祭はぽつりと言った。
「私も彼のことをよく知っているわけじゃないんですが、彼自身、自分のことを分かってない気がします」
イメーラ夫人が無言で先を促す。
レイリアは言葉を選ぶようにして、ゆっくりと続けた。
「彼は強い。そして勇気もある。けれど、自分では自分に勇気がないと思って、小さく閉じこもっているんです。まるで種みたいに」
「じゃあ、芽が出て花が咲いたら、大輪になるかしら?」
「もちろんです」
イメーラ夫人の言葉に、レイリアは誇らしげに言う。
「彼はきっと誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも誇り高く咲きます。私はそれを見てみたいんです」
「誰よりも近くで?」
「はい」
さりげない、ごくさりげない問いに、レイリアは間髪入れずにうなずく。
イメーラ夫人はにこりと微笑んだ。
レイリアの中で育ち始めた想いに、名前をつけて枠に填
めてしまう気はなかった。
若い今の2人にとって、それは道を誤らせる害悪でしかないから。
ただひとつだけ言えることは、レイリアが男を見る目に間違いはなかったということ。
あの黒い戦士と添い遂げようと、別の男性に恋して結ばれようと、この子なら自分を不幸にするような相手は選ばないだろう。
それを確信して満足すると、イメーラ夫人は悪戯っぽく目を細めた。
「ところでレイリア司祭。『彼』っていうのは、誰のことか聞いていいかしら?」
引っかけられた。
それに気付いたレイリアが、耳まで赤くなる。
「夫人……」
上目遣いににらむレイリアに、鈴が転がるような笑い声を返したとき。
表の通りの方から、馬車が近づく音が聞こえてきた。
「あら、お客様かしら」
手早く身だしなみを整えると、イメーラ夫人は建物を回りこんで玄関へと向かった。
捲っていた袖を戻し、エプロンを外すと、レイリアもその後を追う。
2人が玄関に着くと、ちょうどピート卿が門前に出てくるところだった。
「ここ数日は千客万来だな。誰だろう?」
妻に言いながら、ピート卿が首を傾げる。
3人が見守る中、やってきた馬車が屋敷の前に止まった。扉が開き、2人の男性が降りてくる。
ひとりは白銀の鎧を着た騎士だった。胸にはアラニア銀蹄騎士団の紋章が刻まれ、高価そうな緋色のマントを羽織っている。
年の頃は30前後か。その肌は抜けるように白く、唇は血のように赤い。
非の打ち所のない美貌に妖艶な笑みを浮かべ、騎士はピート卿に恭しく声をかけた。
「何度も押しかけて申し訳ない。3日ぶりですかな」
「これはこれは、ラスカーズ卿ではありませんか。本日は何用でしょう?」
「実は、導師様がどうしてもニース様にお話があると仰いまして。無礼を承知でお訪ねした次第」
聞く者を陶然とさせる声音。宮廷では女官たちを虜にしてやまない凄艶な微笑で、ラスカーズと呼ばれた騎士は一礼した。
騎士に続いて降りてきたのは、黒いローブを着た壮年の魔術師。こちらもピート卿にとっては馴染みの深い人物だ。
17年前には半壊した魔法の扉の修復に当たり、つい先日も墓所の掃除に来たばかり。きわめて優秀な魔術師で、賢者の学院きっての俊英だと聞いている。
秀でた額、思慮深そうな瞳、魔術師とは思えない長身など、誰でも一度見たら忘れられないだろう。
「ようこそ、バグナード導師。しかし残念ながら、ニース様は墓所に行っておいでですぞ」
「左様ですか。では仕方がない、お戻りになるまで、馬車で待たせていただきましょう」
こともなげに言って踵を返し、馬車に戻ろうとする。
「馬車などと仰らずに。妻に茶の準備をさせますから、どうぞ中へお入りください。昼過ぎにはニース様もお戻りになりましょう」
ピート卿の言葉に、騎士と魔術師は顔を見合わせた。
バグナードが小さくうなずくと、騎士ラスカーズはピート卿に向き直り、改めて頭を下げる。
「では、お言葉に甘えさせていただく。奥様も、お手数をおかけして申し訳ない……おや、こちらのお嬢さんは?」
そこでラスカーズの闇色の瞳が、初めてレイリアに向けられた。
動作の一つ一つが芝居がかっていて、これでは騎士というより男娼だ。内心でそう酷評しながら、レイリアは頭を下げた。
「レイリアと申します。ターバ神殿で司祭を勤めております」
「ほう、あなたが」
深紅の唇が、濡れた笑みを浮かべた。
これほどの美貌を持ちながら、欠片ほどの好感も与えないのは何故なのか。
内心で眉をひそめるレイリアに、ラスカーズは言った。
「お美しい。貴族の令嬢たちの中にも、あなたのような美女はおりませんよ。まさに至高の座にふさわしいと言えましょう」
「お戯れを……」
騎士の舐めるような視線に背すじを震わせながら、レイリアは再び頭を垂れて、その表情を隠した。
シーン5 墓所
回廊の『首』。
小冠の間へ続く扉の前で、ニースは足を止めた。
扉に背を向け、壁に向かって松明を掲げる。
「ここの壁も17年前に崩れてしまってね。修復には苦労したと聞いているわ」
言われてみれば、というレベルで、この一画だけ石材が新しいのが分かる。聞けば、修復した後でわざと汚し、判別できないように配慮したのだという。
「隠し扉ですね。これは見事な隠蔽です。私でも1人では見破れなかったでしょう」
石材の継ぎ目を眺めたアウスレーゼが、感心してつぶやく。
「回廊の広さに比べて、胴体の部屋が小さいことには気がついた? この先にある玄室は文字通り墓所の『心臓』。厳重に秘匿され、ナニールを封印してから一度たりとも開かれることはなかったの。17年前の、あの夜までは」
昔語りは、いよいよ墓所の核心に迫っていく。
ニースの操作で石材が大きく動き、幅2メートルほどの隠し通路が姿を現した。
その瞬間。
緊張が電撃のように走り抜けた。
アウスレーゼがニースを抱いて跳びすさり、盾を構えたライオットが立ちはだかる。
一拍遅れてシンが松明を投げ捨てると、その炎に照らされて、黒金色の人影が見えた。
全高2メートルほど。
甲冑姿の衛兵をかたどった鋼鉄の像が2体、槍を交差させて隠し通路を塞いでいた。
「気をつけて! これアイアンゴーレムよ!」
頬をひきつらせてルージュが叫ぶ。
アイアンゴーレムはモンスターレベル9。
動きは鈍いが、打撃力はシャレにならない。装甲の薄いシンやルージュが攻撃を受ければ、致命的なダメージとなってしまう。
「やっかいな場所でやっかいな奴が!」
舌打ちしながらライオットが身構えた。
武器攻撃はクリティカルしない。
冷却系、電撃系、つぶて系、毒ガス系、かまいたち系の魔法は無効。
精神的な攻撃は無効。
炎系の魔法は有効だがクリティカルしない。
数々の嫌らしい特殊能力が脳裏をよぎった。
アイアンゴーレムの本領は、文字どおり鋼鉄の防御力と、無尽蔵とも言える生命点にある。
クリティカルしないという条件を課されると、素の打撃力が低いシンとライオットでは、ゴーレムに対して有効なダメージを与えられないのだ。
「どうする?!」
盾越しに鋼の衛兵を睨みながら、ライオットが自問自答する。
戦うなら、鋼の剣で鋼の衛兵が壊れるまで殴り続けるという、気の遠くなるような消耗戦しかない。
ふつうに考えれば、剣の方が先に折れそうなものだ。
この通路の先にあるものは、それほどのリスクを犯してでも見なければならないのか?
得るものが少ないなら、ここは撤退でもいいのではないか?
焦燥に身を焼きながらちらりとニースを見ると。
ニースはあっさりと言った。
「大丈夫よ。このゴーレムはまだ動かないわ」
アウスレーゼの腕を腰から引き剥がすと、無造作にゴーレムに近づこうとする。
「ニース様、危険です!」
肩をつかんで引き留めるアウスレーゼに、ニースはため息をついた。
「少し落ち着きなさい。私は、このゴーレムはまだ動かないと、そう言ったのよ?」
「う、動かない?」
予想外の言葉に、普段冷静なアウスレーゼも声がうわずっている。
言われてみれば、鋼鉄の衛兵たちは依然として、槍を交差させて立ったままだ。
襲いかかる様子も、動く気配もなかった。
慌てふためいて臨戦態勢をとった冒険者たちを、ただ無表情に見下ろすだけ。
「嘘だろ……この状況でそのオチか普通?」
なけなしの勇気を振り絞って戦おうとしていたシンが、脱力してしゃがみこむ。
「だって、まだ玄室の中はからっぽですからね。守るものがないのに、守護者を起動させても仕方ないでしょう?」
あっさりと言うニース。
「からっぽ?! 封印した“亡者の女王”はどうしたんです?!」
ゆゆしき台詞を聞いて、ルージュが思わず大声を上げる。
「出て行っちゃったわ」
「行っちゃったわ……って」
あまりのことに二の句が継げず、銀髪の魔術師はむなしく口を開閉させると、ぐったりして杖にもたれかかった。
戦闘態勢を維持したままのライオットが、隠し通路に踏み込んで、剣で衛兵をつついてみる。
反応はない。
ニースの言うとおり、このゴーレムはまだ中立状態のようだ。
「どうやら、本当に大丈夫みたいだな」
アウスレーゼと同様に貴族の罠を疑っていたライオットだが、やっと緊張を解いて盾を下ろした。
ゴーレムは、一定の条件を満たせば起動するように設定できるが、個人識別をするほどのフレキシビリティはない。
通路に入っても大丈夫なら、今襲われる心配はないと言うことだ。
「この衛兵たちは、17年前に墓所を修復したとき、賢者の学院から運び込んだのよ。いつか“亡者の女王”を再封印する日が来たら、その時は命令を与えて、この通路の守護者とするために」
だから、今はまだ出番待ちというわけ。そう言うと、ニースは交差された槍をくぐって通路の先へ向かった。
アウスレーゼ、ライオットとそれに続く。
ランタンを掲げて後を追ったルージュは、黒金色に輝く衛兵を見上げると、ふと首をかしげた。
足下の相棒に、小声でささやく。
「出番待ちだって。ルーィエ、本当にそう思う?」
呼び止められた双尾猫は、意外そうにルージュを見上げた。
「墓所の雰囲気にビビって脳味噌まで固まってるかと思ったけど、案外鋭いじゃないか。その発想は、もしかしたら殊勲賞ものかもな」
「えへへ。もっと誉めていいよ」
「調子に乗るな」
ルージュはランタンを双尾猫の横に置き、魔法樹の杖を構えると小声で呪文を唱えた。
『万能なるマナよ、与えられし命令を解除せよ』
右の衛兵に杖を、左の衛兵に手のひらを当てながら魔法を発動させると、淡い光が衛兵たちを包み、そして消える。
彼らは依然として動かず、《ディスペル・オーダー》の呪文が効いたのか、それとも命令など最初から無かったのか、それは分からない。
「ま、保険だからこれで充分だよね」
自分を納得させるようにつぶやくと、ルージュはランタンを拾い上げ、衛兵の槍をくぐった。
隠し通路の長さは5メートルほど。
それで再び行き止まりになっている。ただし突き当たりの壁は石材ではなく、御影石を磨きあげた、まるで鏡のような黒い壁だった。
全員がそろうのを待って、ニースが口を開く。
「足の部屋の碑文を覚えている? 『黒き壁破れ、五つの封印奪われしとき、亡者の女王は蘇る』。黒き壁というのがこれ。そして今までの例に洩れず、この壁も17年前の地震で崩れてしまったの」
地震で破壊された黒き壁。
盗掘者に奪われた4つの封印。
17年前、ナニールはまさに復活寸前だったのだ。
「この壁が崩れたことで、ナニールの魔力は玄室から溢れだし、墓所全体に届くようになっていた。盗掘者から封印の品を取り返したピート卿に、召還した魔物を差し向けることができたのも、そのせい」
「ということは、この黒い壁は、魔力を遮断するための結界なんですね」
ルージュの言葉に、ニースはうなずいた。
「この壁の内と外は、魔術的には別世界と言っていいわ。直接・間接を問わず、いかなる魔法もこの壁を越えることはできない。ナニールの《リーンカーネーション》を封じ込めるために創られたのだから、当然よね」
そしてニースは魔法の鍵を取り出すと、黒き壁に押し当てた。
墓所の入口と同じ黄金の輝きが走り、壁がスライドするように開いていく。
墓所の心臓部、玄室。
そこは、全面を漆黒の鏡で囲まれた、厳粛きわまる空間だった。
「17年前、ピート卿が屋敷にたどり着いた時、そこに旧知の冒険者たちが訪ねてきた。瀕死のピート卿は、彼らに宝物を託したわ。それで安心してしまったのでしょうね、墓所の秘密を語ることなく昏倒してしまった」
塵ひとつなく清められた玄室に入ると、かつん、と硬い足音が響いた。
松明が天井に、壁に、そして床にまで乱反射して、まるで宇宙に浮いているような幻想的な空間を作る。
「ピート卿の依頼を受けて、冒険者たちは墓所にやってくると、ナニールが召還した魔物を片端から倒していった。そして最後にナニール本人と対峙したの。最後の戦いが行われたのが、今私たちがいる、この場所」
玄室の中央には、水晶を削りだして創った棺が安置されている。
よく見れば、中は淡い燐光を発する緑色の液体で満たされているようだ。
ニースは水晶の棺に片手を乗せると、くるりと振り向いて冒険者たちを見た。
「シン。あなたならどうする? 墓所の主、強大な魔法を行使する亡者の女王と対峙したら」
「倒します。全力で」
「それは殺すという意味でいいのかしら?」
血なまぐさい言葉を返すニースに、ためらいながらもシンは肯く。
「ライオット。あなたなら?」
「殺します」
他に手段がない、と顔をしかめるライオット。
ニースはそれを責めるでもなく、ただ静かに言葉を続けた。
「そうね。17年前の冒険者たちも同じだったわ。手加減をする余裕などなかった。激闘の末、何人かの生命を代償として、彼らはナニールの胴を両断し、首をはねて殺すことができた。ナニールはきちんと死んだわ。その結果、何が起きたと思う?」
ナニールの加護は《輪廻転生》。
首をはねて済むなら、こんな大仰な墓所など必要ない。
「崩れた壁を抜けて、魂は外へ……」
ルージュがうめく。
「誰が悪いわけでもない。当時の人々は皆、最善を尽くした。けれど結果として、ナニールの魂はこの墓所から解放されることとなった」
そしてニースは、水晶の棺をそっと撫でた。
言うべきか、言わざるべきか。
決めたはずの自分に再度問いかけて、揺れる心を見つめ直す。
天井を仰いできゅっと瞳を閉じたニースは、しばらく沈黙した後、目を開いてまっすぐにシンを見た。
「その夜。ザクソンの村の郊外で、ひとりの赤ん坊が生まれたの。父親の名はピート。母親の名はイメーラ」
シンの表情に動揺が走った。
ニースは何を言っている?
何を聞かせようとしている?
「可愛い女の子だったわ。ただね、その赤ん坊の腹と首には、不思議な傷がついていたの。まるで胴を両断されたように。まるで首をはねられたように」
まさか。
そんなバカな。
聞きたくない。その先は聞きたくない。
訳も分からずそう思ったシンに、ニースは、とどめの言葉を突き刺した。
「赤ん坊の名は、レイリア」
マスターシーン ピート卿の館
さぞかし居心地の悪いお茶会になるのだろうという予想は、良い方に裏切られた。
ラスカーズという美貌の騎士は、如才のない会話でピート卿を立て、イメーラ夫人を褒め、レイリアには礼儀正しく接してくる。
それはほとんど口をきかない魔術師の分を差し引いても、充分に評価できる態度だった。
人数分のカップからアプリコットティーの香りが漂う中、人を外見で判断したのは間違いだったかしら、とレイリアが反省していると。
「なるほど、アウスレーゼ殿は、我々を疑っておいででしたか」
雪白の頬に苦笑を浮かべて、ラスカーズは言った。
「無理もありませんな。王都の貴族の中には、ニース様を目の敵にする者も少なくありませんから」
「私は、墓所の中も確認したと申したのですがね」
ピート卿がやれやれと首を振る。
それまで黙っていた魔術師が口を開いたのは、その時だった。
「ラスカーズ殿。守護者が1体、無力化された。どうやら相当優秀な魔術師がついておるようだな」
「残りの1体は?」
「問題ない。支配している」
「ならば充分でしょう。魔法の援護なしで、衛兵に勝てる戦士などいるはずがない」
寡黙な魔術師に言うと、ラスカーズは立ち上がって一同を見下ろした。
その闇色の瞳には、今までとはまるで違う光が浮かんでいた。
「とはいえ、これ以上の茶番も時間の無駄というもの。そろそろ本題にはいるとしましょうか」
虫けらでも見るような酷薄な視線。
「ラスカーズ卿?」
さすがに異変を感じて、ピート卿が立ち上がる。
それをせせら笑うように、美貌の騎士は鼻を鳴らした。
「実はピート卿。ニース様にお話があるというのは嘘なのですよ。用があるのはニース様でもあなたでもない。レイリア様だけなのです」
「私?」
虚を突かれて、思わずレイリアが声を上げる。
ラスカーズは恭しく肯いた。
「然り。我々は、あなたをお迎えに参上したのです、我が主君」
「主君? 私はただの司祭です。貴族じゃありません」
爬虫類めいた視線におびえを隠しきれず、レイリアが後ずさる。
「今はそうでしょう。ですが400年前は違ったのです。あなたは誰よりも美しく、残忍で、魅力に満ちた女性だった」
美貌の騎士は、ほとんど狂気に近い笑みを浮かべてレイリアに近づいた。
「あなた! レイリアを早く!」
騎士の正体を悟ったイメーラ夫人が、レイリアを庇うようにラスカーズとの間に割って入る。
瞬間。
目にも留まらぬ抜き打ちで、ラスカーズが腰の剣を一閃させた。
袈裟がけに斬られたイメーラ夫人から血煙が上がり、悲鳴を上げることすらできずに、その場に崩れ落ちる。
呆然と立ち尽くすレイリアの頬を、噴出した熱い液体が濡らした。
いったい何が起こっているのか。
見開かれた目に映る光景が、理解できない。
「ゴミが。用があるのはレイリア様だけだと言ったはずだぞ」
美貌の騎士は吐き捨てると、改めてレイリアに向き直り、恭しく一礼する。
「参りましょう、我らが至高の王よ。ロードス全土を血に染めて、黄昏の王国を献上いたしましょうほどに」
ラスカーズのぬらりとした視線が、恐怖でレイリアを縛り上げ。
震える頬から滴り落ちた返り血が、純白の神官衣に深紅の染みを広げていった。