シーン2 ターバ郊外 マーファ大神殿
視線を上げれば、初夏だというのに白く色づいた白竜山脈の霊峰が見える。
ここに棲むという氷竜ブラムドの魔力の故か。それとも、この山の主とされている氷の精霊王フェンリルの影響か。村人たちの話では、真夏でも山から雪が消えることはないという。
針葉樹の林を抜けると、そこには白大理石で作られた巨大な神殿が見えてきた。
数百年の歳月を閲し、全ロードスのマーファ教団の中心として活動してきた大神殿。
ここが今日の目的地である。
「なんかこう、想像以上に豪勢だな」
白亜の宮殿と見まごうばかりの壮麗な建築物に、ライオットが少々嫌みっぽく評する。
彼は宗教法人が金儲けをするのが大嫌いなのだ。
教団の運営に金がかかるのは理解できるが、宗教者は清貧であるべきという、一種原理主義的な思い込みもまた捨てられない。
「まるで、ダライ・ラマの宮殿みたいだよね」
ルージュが言う。
確かにチベット仏教の総本山は、規模といい外見といい、住民の信仰を集めすぎて中央政府に睨まれている点まで、ターバのマーファ大神殿にそっくりだ。
「ダライ・ラマの宮殿って、こんな感じなのか?」
名前くらいしか聞いたことのないシンが、首を傾げて親友に尋ねた。
「あれだ、逆襲のシャアのオープニングで、フィフス・ルナが落ちて吹っとばされた建物のモデル」
「ああなるほど。確かに似てる」
ライオットの説明に、シンが大きくうなずく。
「……どんな説明ですか。リーダーもそれで分かるの?」
呆れたルージュがジト目で見やると、シンは大きく胸を張った。
「ガノタ舐めんな。今ので十分」
「ガノタっても、宇宙世紀限定だろ。それじゃ半分だぞ」
「コズミック・イラなんて飾りです。女・子供にはそれが分からんのですよ」
「はっきりと言う。気に入らんな」
他人の台詞を盗用して喜んでいる2人に、先頭を歩いていた双尾猫がうんざりと声をかける。
「おいお前ら。人前でそういう会話をしてると、魔神認定されて誅殺されるぞ。ちょっとはその乏しい頭を働かせて、ここがどこだか思い出してみろ」
魔神戦争は終わったとはいえ、ロードス中に張り巡らされた地下隧道には、生き残った魔神がちらほらと出没している。
しかもこの大神殿は、魔神戦争の英雄ニースのお膝元。
ルーィエの言うとおり、魔神認定されてはろくなことにならない。
魔神も自分たちも、異界から来たという点では同一の存在なのだ。人目のあるところでネタは慎むべきだった。
「そうだな、陛下の言うとおりだ。悪かった。気をつけるよ」
素直にライオットが謝る。
「ふん、分かればいい」
満足そうに髭をふるわせると、ルーィエは尻尾をぴんと伸ばした。
白亜の大門をくぐると、そこはちょっとした広場になっていた。
縁結びの神様にふさわしく、参詣者の大部分は若いカップル。あとは豊饒の神に豊作祈願にきた農民がちらほらいるくらいか。
「神官たちの宿坊はあっちだ」
唯一ここに来たことのあるシンが、人混みとは逆の方を指さして先導する。
祈祷の受付所や護符の販売所を横目に見ながら歩いていると、ルージュがふと言った。
「ねぇ、戦乙女ってさ、精霊魔法のバルキリーのことだよね?」
「なにを今さら」
ライオットが不思議そうに妻を見る。
自他ともに認めるヘビーゲーマーの妻が、北欧神話をモチーフにした勇気の精霊を知らないはずはない。
「じゃあ、なんでマーファ神殿で戦乙女の護符なんて売ってるんだろ?」
ほら、とルージュが販売所を指さす。
「本当だ。戦乙女の護符って書いてあるな」
シンが首をひねった。
戦う男の勇気を守護する精霊なのだから、どちらかというとマイリー神殿で売っていそうなものだが。
「あれだ、豊饒の女神だけに、夜の戦いでも男を守護しちゃうよ系の護符かね? 装備すると弾数+1とか」
「昼間からシモネタ禁止」
ライオットの冗句に、ルージュが冷たく応じる。
「っていうかさ、ライくんってどんな時でもすぐそっちに繋げるよね。ある意味才能だよ」
「いや、それほどでも」
「恐縮しないで。私は皮肉を言っているの」
マーファの聖域でわいのわいのと騒ぎながら歩いていくと、やがて3人と1匹は通りすがりの神官に見とがめられた。
完全武装の冒険者が、誰の案内もなく関係者以外立ち入り禁止ゾーンに近づけば、職務質問されて当然だ。
「マーファ神殿にどのようなご用でしょう?」
声をかけたのは30代半ばの男性神官だった。
遠巻きにして数名の女性神官が様子をうかがっているから、おそらく代表して誰何に来たのだろう。
「ああ、俺たちは怪しいものじゃない。ニース最高司祭に会いに来たんだ」
いつものように、シンが代表して答える。
「失礼ですが、お約束はおありですか?」
「約束はしてない」
「ニース様はご多忙です。代わりに別の者がご用件をうかがう形でよろしいですか?」
「それじゃ来た意味がない。ニース様に取り次いでくれないか?」
私たちは不審者ですと言わんばかりの回答である。
男性神官の視線が胡乱げなものになっていく。
見かねてルージュが口を出そうとしたとき、聞き覚えのある声がした。
「シン、それに皆さん!」
白い神官衣を着た黒髪の美少女が、嬉しそうに小走りで駆け寄ってくる。
まるで主人を見つけた子犬みたいだな、とライオットは思った。尻尾がついていれば勢いよく振られていただろう。
「俺様をその他大勢扱いか? 何なんだ、この無礼な小娘は」
ルーィエのつぶやきが、男性神官の耳に入らなかったのは幸運だった。もし聞き咎められていたら、いつものような大騒ぎになっていただろう。
「レイリア司祭。お知り合いですか?」
「彼らはニース様の客人です。先日のオーガー退治の功労者ですよ」
「なるほど、それで。これは失礼致しました」
男性神官は納得した様子でシンたちに一礼すると、後はお願いします、とレイリアに応対を丸投げして歩み去っていった。
「皆さん、先日はお世話になりました。今日はわざわざご足労いただいて、ありがとうございます」
黒髪の女性司祭は、礼儀正しく挨拶すると、深々と頭を下げた。
ニースの躾の良さが如実に現れている。英雄の娘として、どこに出しても恥ずかしくないお嬢さまぶりだ。
「あら、こちらは?」
視線が下がったことで、ルージュの足下にいた銀色の双尾猫に気付いたのだろう。レイリアは目を輝かせると、しゃがみ込んでルーィエの顔をのぞき込んだ。
「私の使い魔で、ルーィエといいます。双尾猫という幻獣で、猫族の王様なんですよ」
ルーィエが変なことを口走るより早く、ルージュが口を挟む。
レイリアはにっこりと笑って会釈した。
「そうですか。私はレイリアといいます。よろしくお願いしますね、ルーィエさん」
「ん、今後は見知りおいてやる。ゆめゆめ俺様に対する敬意は忘れずにな」
努めて尊大そうに胸を張り、ルーィエが応じた。
猫がしゃべったことにレイリアは驚いたようだが、シンが苦笑して肩をすくめるのを見て、だいたいの事情は察したらしい。
気をつけます、と律儀に答えると、再び立ち上がってシンに向き直った。
「本来ならば母が直接うかがうべきなのですが、あいにくと多忙な身ですので、どうかご容赦ください」
「分かってる。それにニース様が冒険者の店なんかに来たら、村は大騒ぎになるよ」
「そう言ってもらえると助かります。ではどうぞ、こちらへ」
レイリアに先導されて、3人と1匹は宿坊の中へと入っていった。
長方形の細長い建物は、中央に長い廊下があり、その左右に部屋が並ぶという単純な構造だ。
基本的には1階に厨房や食堂といった施設が集まり、2階に神官たちの私室がある。
レイリアに案内されるままに進むと、2階の突き当たりに最高司祭ニースの部屋はあった。
「こちらです。お母さま、冒険者の皆さんがお見えになりました」
重厚な樫の扉をノックしながら、レイリアが声をかける。返事はすぐにあった。
「どうぞ、お入りいただいて」
「はい」
重々しく軋みながら、分厚いドアが開く。
その向こうには、清潔感と暖かさを感じさせる、上品な居室が広がっていた。
床にはベージュの絨毯が敷かれ、置いてある家具はすべて木目調。
採光の良さそうな大きな窓を背にして、壮年の女性が立ち上がって来客を迎えている。
最高司祭ニース。
マーファの愛娘、竜を手懐けし者など、およそ最高級の雅称をいくつも背負っている伝説の英雄が、そこにいた。
年齢は47歳。身長もさほど高くない。
だが気品と神々しさに溢れた存在感は、まるでマーファそのものと対面しているかと錯覚しそうなほど。
「これが本当のカリスマってやつか」
思わずライオットがつぶやく。
好意とか愛とか、そういう暖かいもので世界を包もうとする人間は、それができると信じられるような何かを、周囲に発散するものらしい。
「私がニースです。話はこの子から聞いています。その節は面倒をおかけしましたね」
ニースが微笑み、応接用のソファーに座るよう促す。
「あ、いえ。それほどでも」
完全に気圧されているシンは、言われるままにソファーに腰掛けた。
ニースの視線はどこまでも柔らかく暖かいが、心の奥底まで見透かされているような深さがある。
「シン・イスマイールです。初めまして」
ようやく我に返ったシンが、何とか自己紹介らしきものを口にする。
その様子をレイリアが心配そうに見つめているのに気付いて、ライオットは小さく笑みを浮かべた。
つまり、これは面接試験というわけだ。
「あなたがシンね。レイリアから話は聞いています。たいそうな腕前だとか」
「あ、いえ。それほどでも」
設定年齢21歳。まだまだ少年の面影を残すシンの浅黒い頬に、緊張のためか、うっすらと朱がさしているようだ。
実直そうな青年が、緊張してこわばっている様子というのは、見ていて決して不愉快ではない。
余裕がなくなって本性が露呈している状態だから、その人物を見極めるのも簡単だろう。
こいつに悪いことはできそうもないな、とライオットですら思うほどだ。ニースにはもっと明瞭に把握されたに違いない。
「そう緊張せずに。これからも、レイリアと仲良くしてやって下さいね」
「あ、はい。それはぜひ」
まるっきり脊椎反射の回答。
たぶん自分でも、何を言ったか理解していないだろう。
その様子にニースは頬を綻ばせて、ちらりとレイリアに視線を向ける。
いい人ね、合格よ、という無言の承認に、レイリアがちょっと誇らしげに微笑んだ。
「あなたは、マイリーの司祭の方ですね?」
「ライオットと申します。お会いできて光栄です」
ニースの問いに、ライオットは小さく会釈した。
そして、どうぞ心の底までご覧下さいと言わんばかりに、正面からニースの瞳を見つめ返す。
しばらく無言の時間が過ぎたが、やがてニースが感心したように言った。
「あなたは、他の方とは少し違うようですね」
ニースの存在感を前にして、ずいぶん余裕があるということか。
ライオットは少し考えた後、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「人は、他人を騙すことはできても、己の良心を騙すことはできません。この良心に従って行動し、何ら恥じる所がないのであれば。人は何者の面前にあろうとも、己の誇りを失うことはないと、私は信じます」
要するに。
魔神戦争の英雄、最高司祭ニースを前にして。
あんたがどれほど偉かろうが、俺はビビらないもんね、と言い放ったのである。
よく言えば剛胆だが、偉そうな人を見ると逆らいたくなるという、ライオットの悪い病気だった。
しかしニースは、やんちゃな子供を見るような、微笑ましげな顔でうなずいた。
「人はそれぞれが小さな神である、と教える司祭もいます。どうかあなたの生が、あなたの誇りとともにあらんことを」
背伸びをしよう、対等であろうとする思惑や、言葉に含まれる棘まで全部まとめて肯定し、祝福してしまうニース。
その巨大な包容力の前では、ライオットなど井戸の中で粋がっているだけの蛙にすぎなかった。
人としての器が違いすぎるのだ。
ほんの一言でそれを思い知らされ、ライオットは大人しく頭を下げた。
「ありがとうございます。肝に銘じて」
この人に生意気な口をきいても、自分の値打ちが下がるだけだ。素直に尊敬しよう。
ライオットは即座に態度を翻し、慇懃に畏まったが、それが恥だとは思わなかった。
「すると、あなたがルージュさんね?」
最後に銀髪の美女に顔を向けて、ニースは言った。
「はい。こっちは使い魔のルーィエです」
「お初にお目にかかる。天と地と精霊たちに祝福されし猫族の王のひとり、“銀月の王”ルーィエだ。あなたの武勲はこの島の猫たちから聞いている」
その場の全員が驚いてルーィエを見た。
ニースは猫がしゃべったことに。ほかの面々は、ルーィエが殊勝な態度をとれたことに。
「これはご丁寧に。私はニース。大地母神マーファに仕える司祭のひとりです」
さすがと言うべきか。ニースは一瞬で驚愕を収めると、居住まいを正した。
「あなたの行いは、ロードス全土の猫族の知るところだ。故に、すべての猫族を代表して申し上げよう。あなたに心からの感謝を」
ルーィエがぺこりと頭を下げる。
「そのお気持ちは嬉しく思いますが、私だけの功績ではありませんよ?」
「知っている。だが、功を為した者が多かったからと言って、評価まで等分されることはない。全員が相応に評価されるべきだ。違うか?」
「……違いませんね」
「であれば、我らの感謝を容れてもらいたい。我ら猫族には、人語を話せる者がほとんどいない。このような機会、二度はないだろうから」
どうやら、猫だと思って甘く見ていたらしい。
この双尾猫の気高い魂を見て、ニースは素直に謝罪した。
「失礼しました。猫族の気持ちは嬉しく承りました。これからも期待に添えるよう努力すると、皆さんにお伝え下さい」
「確かに伝えよう。口を挟んで済まなかった。この魔術師は半人前だが、見込みがないわけではない。納得いくまで見極めてくれ」
それだけ言うと、ルーィエはソファの下に跳び降り、ルージュの足の下で丸くなった。
もう口を出す気はない、という意思表示だろう。
「素晴らしい王様ね」
感心したニースの言葉に、ルージュは呆然としたままうなずいた。
「私も知らなかったんですが。どうやら最高の相棒みたいです」
今この瞬間まで、ただの生意気な猫だと思っていたのに。どうやら、自分たちの中で一番大人なのは、この双尾猫らしい。
「ところでルージュさん、あなたはとても綺麗な髪をしているけれど」
ニースは話題を一変させると、どこか身構えるように目を細めた。
その口調も、どこか探るよう。その様子に、ルージュも緊張して言葉の続きを待った。
「やっぱりお手入れには時間をかけているの?」
この場面で、どうしてそんなことを聞くのだろう。
ルージュには全く理解不能だったが、聞かれたからには答えないわけにはいかない。
「ええと、椿の花油のシャンプーで毎日洗うくらいですね。これは主人が作ってくれたんですけど、髪に潤いが出る感じで、とてもいいです」
「髪の手入れをしないのに、誰よりも美しい髪を持っている女性がいたら、どう思う?」
「ずるい、というか、許せないですね」
「そうよね、やっぱり」
我が意を得たりとニースがうなずく。
「では、相手によってころころと偽名を使い分けるのは、どう思う?」
「ええと、その人は詐欺師ですか?」
「そういう一面がなくもないわ。けど、どちらかと言うと英雄なの」
ニースが残念そうに答える。
なかなかに具象化しずらい質問だが、他ならぬニースの質問とあって、ルージュは懸命に考えた。
「例えば、英雄ですごく有名な人であれば、身分を隠して町で過ごすために偽名を使う、というのは理解できますね」
「そうね。では、英雄と称えられる人物が、正々堂々と強敵を討ち果たして、最後に名前を聞かれたときに偽名を使ったら、どう思う?」
「さすがにそれはちょっと。いろいろと台無しにしちゃいますから」
仮定の話とはいえ、相手が気の毒ですよね、とルージュは答えた。
気をよくしたニースは、さらに言いつのる。
「これも仮定の話だけれど。その英雄が、もっとも深き迷宮の最奥部で、魔神王と対面したとき、また違う偽名を名乗ったとしたら、どうかしら?」
「その人はきっと、残念な子なんだと思います。むしろ名無しさんとでも名乗ればいいんじゃないかと」
ルージュの答えに、ニースは満足そうにうなずいた。
探るような警戒感が嘘のように消え去り、先ほどまでと同じような、暖かい雰囲気がルージュを包む。
「あなたとは気が合いそうだわ。ごめんなさいね、変な質問ばかりで。私ちょっと、綺麗な女の人にトラウマがあるらしくて」
こほんと咳払いして、ソファーに座り直すニース。
「ニース様、それはもしかして、“名も無き魔法戦士”のことですか?」
偽名ばかり、名乗らない、最も深き迷宮とキーワードが揃えば、どうしてもその存在が思い出される。
そう尋ねたルージュに、ニースは首を振った。
「いいえ。その人には、きちんと別の名前があります。相手を見て真名を名乗る分別もあったわ」
ニースは、とても微妙な笑みを浮かべたが、何も言わずに首を振った。
「その話はまたの機会に。今は、もう少し大切な用事があります」
そして、迎えた客人たちの顔を順番に見つめる。
全員が自分に注目しているのを確認して、ニースは言った。
「あなたたちに護衛を頼みたいの。報酬はそちらの言い値で構わない。私が個人的にお支払いするわ。期間は明日から3日間。受けていただけるかしら?」
予想外の言葉に、3人は目を見合わせた。
その表情には困惑を隠せない。ニースほどの人物なら、神官戦士団をはじめとして、護衛には事欠かないはずだ。
なぜわざわざ、得体の知れない冒険者を使う必要があるのだろうか。
「ニース様、いくつか質問してもよろしいですか?」
先ほどの生意気な態度はどこへやら。まるで恩師を前にしたように、ライオットが丁寧に尋ねる。
「どうぞ」
「護衛対象はニース様でよろしいのですか?」
「そうです」
「護衛する場所はどちらでしょう?」
その質問に、初めてニースの表情が揺らいだ。
言って良いものか、悪いものか。どこまで話すべきか。その迷いが見て取れる。
短い沈黙の後、ニースは苦笑を浮かべて答えた。
「今はまだ、とある人物の墓所に、としか言えません。受けていただければ場所まで案内しますが、仕事が終わっても他言無用に願います。そういう仕事です」
ライオットはさらに追及しようとしたが、ニースは片手をあげて遮ると、申し訳なさそうに言った。
「不安でしょうが、これ以上は話せません。ごめんなさいね」
「分かりました。最後にひとつだけ。襲ってくるのは……」
カーラですか?
ライオットはそう聞きたかったのだが、その名前を今の段階で口に出すわけにはいかない。
迷った末に、選んだ言葉は。
「襲ってくるのは、人間ですか?」
だが、ニースは明確に否定した。
「いいえ。今までの例だと、墓所に吸い寄せられるアンデッド・モンスターがほとんどでしたね。時には、盗掘にきた墓荒らしもいましたけど」
マーファ教団の最高司祭ともあろう者が、護衛を引き連れてまで赴かねばならない墓所とは。
盗掘、という単語が出たということは、墓所には財宝が眠っていることになる。ならば王族のものか、大貴族か、それとも……?
ライオットの脳裏にはいくつかの仮説が浮かんだが、断片的な情報だけでは確証が持てなかった。いずれにせよ、自分たちは行くしかないのだ。
レイリアにまつわる戦いに身を投じる以上、ニースの信頼を得ることは絶対に必要なのだから。
「俺は断る理由はないと思うけど、どうかな?」
シンの提案に、ライオットとルージュは異議なし、と応じた。
シンが決断して、それに従う。いつものこのパーティーの流儀だ。
「というわけでニース様。依頼はお受けします。報酬は……そうですね、ひとり1000ガメルでお願いします」
シンの提示した金額は、このレベルの冒険者にとって相場の10分の1以下だ。
だが前回の件では、3人で5万ガメルもの報酬をもらったばかり。
おまけに当初の所持金も膨大な額にのぼるため、正直金には困っていなかった。
「墓所の宝物は、持ち帰るわけにはいきませんよ?」
あまりに低い金額を提示されて、ニースが困惑気味に念を押す。
「安心してください。今、俺たちは金に困ってないんです。これ以上もらっても、ターバでは使い道がありませんし」
事も無げにシンが笑う。
これをライオットがやっても、言葉どおりには信じてもらえないだろう。
だが、シンにはできる。
それは彼の誠実な人柄の賜物であり、外見や技能レベルとは関係のない、魂の持つ性能だ。
「分かりました。では3000ガメル、明日の朝までに揃えておきます。差し支えなければ、今夜はこちらに泊まっていただけるかしら。食事と部屋は用意しますから」
突然の提案だったが、宿に置いてきた荷物は野営道具や保存食くらい。
戦闘に必要な装備はすべて身につけているし、とりたてて不都合はない。
「はい、構いません」
シンがうなずくと、ニースはにこりと笑って立ち上がった。
「レイリア、皆さんを部屋にご案内して」
「はい、お母さま」
部屋の隅で控えていたレイリアが、再び樫の扉を開く。
今日の面接は終わり、というわけだ。
二次試験に進んだという事は、とりあえずは合格点をもらえたのだろうか。
ライオットは内心で考えながら、ニースに軽く一礼し、立ち上がる。
ふと目が合った。
次も楽しみにしていますよ、と言わんばかりのいたずらっぽい瞳が、ライオットを見た。
完全に見透かされている。
ライオットは苦笑すると、もう一度深々と一礼して、最高司祭の部屋を辞した。