流星が空を駆ける。複雑な曲線を描いて連鎖的な爆発を起こし続ける光弾の一つに直撃されて、銀髪の剣士は眼下へと落下を始めた。
爆煙を引いて落ちる背中を、星の巫女が容赦なく追っている。
「『星(アステル)』よ」
距離を詰めながら錫杖を翻すと、先端から数多の光弾が連射された。散弾のような流星の雨がガラ空きの背中に迫り………
「ハッ!」
一閃した虹の斬撃によって纏めて払われた。閃いた光輝の剣は、“虹の翼”の真名を体現したような攻撃系自在法『虹天剣』。
「……悠二を殺せば、貴方も力の供給源を失うのですよ」
「確かにな。……で? それがどうした」
冷たく睨むヘカテーの錫杖と、厭味ったらしく笑うメリヒムのサーベルがぶつかり合う。
「君こそ、ミステス一つに随分と拘るな。あの『零時迷子』、一徒を利するだけの宝具じゃないのか?」
「っ……貴方には関係ない事です」
剣呑な声を交わす間にも、嵐のような連撃が両者の間で吹き荒れている。
やがて石畳の大地が迫り、着地と同時に二人は互いに距離を取った。
「そら!」
すかさずサーベルが横薙ぎに空を裂く。その軌跡に沿って七色の光が伸び……咄嗟に身を伏せたヘカテーの背後で、幾つものビルが雑草のように斬り落とされた。
必然的に、雪崩を打って倒壊を始める建物の林。
「お返しです」
ヘカテーはそれに構わず、再び光弾を流星群に変えて放った。狙いはメリヒム……ではない。メリヒムの周囲に在る幾つもの建物だ。
「む……っ!」
ビルの倒壊が、連鎖的な爆発が、粉塵と轟音で一帯を呑み込んだ。
視覚と聴覚を阻害されながらも、メリヒムは意識を鋭く集中させる。
「(さて、どこから来る)」
目眩ましに紛れて、ヘカテーは顕現の規模を一気に下げた。居るかどうかくらいなら解るが、居場所の特定は難しい。
不意打ちに備えて、自在法の発現する気配を逃さぬよう構えるメリヒムは―――ふと気付く。
「しまった……!」
ヘカテーの狙いは、最初からメリヒムではないという事に。
腕を、伸ばす。
これだけの傷を負っても手放さなかった愛刀を杖代わりに突き立てて、めり込んでいたコンクリートから身体を引き抜いて立ち上がった。
「…………………」
そんな少女の姿を、悠二は目を見開いて見ている。未だ煌めく炎髪と灼眼が、彼女の闘志が衰えていない事を証明していた。
「……どう、して」
喋り辛かったのか、少女は口の中に溜まっていた血の塊を吐き出す。混ざっていた奥歯が、軽い音を立てて路面に跳ねた。
灼眼を燃やす少女に、悠二は制服の下に隠していた宝具を見せる。
「これは『アズュール』、火除けの指輪だ。あんたの爆発が起きなかったのは、この宝具の―――」
「違う。そんな事は訊いてない」
見当違いの説明を遮って、少女は続ける。その灼眼が、戦意以上の困惑に揺れていた。
「お前はさっきの一撃で私を壊す事も出来た。……どうしてそうしなかったの」
「だから、こっちにはアンタを殺さなきゃいけない理由が無いんだって」
その今更な問い掛けに、悠二は平然と……呆れさえ混ぜて返した。
普通の人間としては不思議というほどでもない応えだが、この少女には………解らない。
「……変な奴」
ミステスの真意は掴めぬままに、杖代わりにしていた大太刀を再び構え直す。
「まさか、まだ戦うつも――――」
引きつった顔で何事か言おうとした少年は、突然顔色を変えて………
「!?」
大剣片手に飛び掛かって来た。跳び下がろうと少女は思って……しかし身体が付いて来ない。思い切り鍔迫り合いの形となってしまった。
「(やられる……!)」
全身を斬り刻まれた激痛が再び襲って来ると覚悟して歯を食い縛る少女。………の足下が、
「うあっ!?」
眼下からの砲撃を受けて、木っ端微塵に吹き飛んだ。
煉獄の如く溢れ返る水色の炎は……しかし少女を焼く事は無い。今も鍔迫り合う少年が張った火除けの結界が、二人を包んで護っていた。
「痛ぅ……ッ」
崩れる瓦礫を蹴る反動に耐えながら、少女は隣のマンションの屋根に着地する。悠二と鍔迫り合いを続けたまま、水色の炎を払いながら。
「……どういうつもり」
「だから、殺す理由が無いんだよ。解ったら、そっちも刃物しまってくれ」
悠二は必死に自分の無害をアピールし続けているが、説得力はあまり無い。
「……悠二、そいつから離れて下さい」
今もこうして、水色の炎を撒き散らす巫女様が殺る気満々で降臨しているのだから。
「……いや、もう決着ついてるから」
「私が仕留めます」
「だ〜か〜ら〜! そこまでしなくて良いって前も言っただろ!」
悠二が近くにいるせいでヘカテーがフレイムヘイズに攻撃できずにいると、遠方からの閃虹がマンションの三階辺りを貫いた。
それに遅れて、銀髪の剣士が飛んで来る。
「くぅ……!」
激痛を堪えて、何とか道路への着地に成功する少女。
「はあっ!!」
その頭上からヘカテーが、悠二が離れたタイミングを見計らって火球を放り投げ………
「だからダメだって!」
それを悠二が炎弾で撃ち落とし、
「消し飛べ」
飛んで来たメリヒムが『虹天剣』で悠二を狙い、悠二はそれをギリギリで避ける。
「まだ決着はついてない……!」
「“虹の翼”! コレあんたの差し金か!?」
「………酷い有様だな」
「『炎髪灼眼』、破壊します」
それぞれの思惑と敵意を絡ませながら、四人の異能者が一同に会する。正に混戦、一触即発の空気が場を支配する。
―――まさに、寸前。
『……………?』
全員が全く同時に、気付いた。
因果を隔離された封絶の中で、彼ら以外の何者かが動いているのを。
即ち、彼らが対する通りの物陰から現れた、白キツネの着ぐるみを。
『………………』
封絶の中で人間が動ける筈が無い。なのに、目の前にいる今でも全く気配を感じない………という事実以上に、まず外見がシュールだ。
思わず首を揃えて視線を向ける先で、着ぐるみがノロノロと近付いて来る。……何やら、出来の悪いラジコンのようなギクシャクとぎこちない歩き方である。
「そ、そそそ、双方、剣を引くのであります……ここ、このの場は私が預かるのでありますからして……」
「錯乱状態」
着ぐるみの奥から、必死に取り繕うとしているのに欠片も取り繕えていない震え声が漏れ出る。
「この声……!?」
その声に、
「……って言うか、今まで何してたんだよ」
或いは姿に、
「きつね………」
それぞれがそれぞれの感情で、
「ッッ……!?」
反応を示す中、白いキツネは歩き続ける。既に会話に充分な距離まで近寄っているのに、挙動不審な足を止めない。
「ヴィルヘルミナ!!」
その足が、喜色に満ちた呼び掛けを受けて止まった。声を上げたのは、さっきまで悠二に敵意を剥き出しにしていた少女。
「何だ、あんたも知り合いだったのか」
その反応から察して、何気なく確認しようとする悠二に……白キツネは応えない。今度は石のように固まったまま動かない。
「…………………」
悠二にも少女にも返事せぬまま、微妙な沈黙が続く。それを見兼ねたのか、少女の胸元の神器『コキュートス』から、遠雷のような声が轟いた。
「………『万条の仕手』よ。場を治めるつもりならば、まずは姿を現したらどうだ?」
のだが、こちらも弱冠気まずそうな色が混じっている。この辺りで悠二も、何だか『ワケありっぽい』空気を感じ取る。
そもそも、明らかにヴィルヘルミナの様子がおかしい。
「……………………………………………………………………………了解、であります」
超が付くほどの躊躇を経てから、白の装束を解くキツネ……ではなくヴィルヘルミナ。漸く姿を現した………と言えるのだろうか。装束の下から現れたのは、妖狐の仮面から万条の鬣を伸ばすメイド。未だに顔は出していない。
「(顔を見せたくないワケでもあるのか……?)」
鉄面皮のフレイムヘイズのあまりにもらしくない様子に、悠二とヘカテーと少女は互いの立場も忘れて顔を見合わせる。
一方で、背中を向けて我関せずを貫いているメリヒム。その足がそそくさと前に出ようかというタイミングで、ヘカテーがマントを引っ張った。
「…………放せ」
「ヤです」
「このまま帰すわけないだろ。ちゃんと説明して貰うぞ」
悠二やヘカテーからすれば、味方とは言わずとも敵ではないと思っていたメリヒムが、良く解らない理由で強襲を掛けて来たのだ。納得のいく説明を所望して止まない。
このタイミングで去ろうとするメリヒムに、少女の方も言葉にせずとも怪訝な顔を作る。
それら、事情を知らぬが故の混乱に見舞われる子供たちの耳に――――
(ポツッ)
水滴の路面に跳ねる音が、届いた。
雨さえ止まる封絶の中でのそれに、三人は揃って振り返り………凍り付いた。
「決壊」
顔を隠した仮面の顎から、水滴が止めどなく零れ落ちている。
「うっ……ふぅっ……うぅ〜〜………」
『戦技無双の舞踏姫』が、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルが――――身を震わせて泣いていた。