―――― * * * ――――
「…なん……なんだ……コイツらは…!?」
目の前に現れた異形の軍団に、思わず言葉を漏らす。
首が無いだけならまだいい。四肢がもがれ、剥き出しのコードをだらしなく垂れ下げて、擬似体液をそこら中に撒き散らしながら、スクラップ同然のレプリロイド達がこちらに向かってその歩を進めてくる。それも一体、二体という数ではない。数十体以上の群れが、その状態で動いているのだ。
そのグロテスクな光景に、レプリロイドでありながら吐き気すら感じてしまう。
そうこうしている内に、そんな敵かどうかも分からない屍の兵が、奇声と共に勢いよくゼロたちへと飛びかかってきた。
「黙ってろ!」
そう吐き捨てながらゼットセイバーを振るい、はねのける。しかし、どのように斬りつけられようと、彼らがその歩みを止める様子は無い。
「一旦、引き返せ!別の道を使う!」
ダスティンとティナに呼びかける。
あまりのショックからか、放心状態となってしまったティナをダスティンは引きずるようにして、今来た道を指示通りに引き返し始めた。
やがて霧を抜け出し、先ほどとは別の――――少しばかり遠回りになる――――道へと入った。無論、いつあの軍団と同様の輩に出会うか分かったものでは無いため、可能な限り用心し、慎重に進む。
談話室らしき部屋にたどり着く。ゼロは自分含めこの場にいる全員の精神的な疲労がピークにあることを感じとり、一度そこで休息をとることにした。
「早く抜け出す方がいいんじゃ……」
ダスティンがかろうじて声を絞り出し、尋ねる。
「できることならそうしたいが…な。そのお嬢さんがそこのポンコツみたいになっちまうのは避けたい」
ティナとチャーリーを順に示す。
「そのためにも、まずは状況の整理だ」
精神的な混乱を鎮めるためにも、この異常な状況を冷静に分析する必要がある。
ゼロは転がっていた椅子に腰掛け、一息つく。ふと気づけばこの部屋にも、何一つとしてレプリロイドの残骸がない。
じわりとこみ上げてくる言いようのない気味悪さに、ゼロは思わず椅子の肘掛けを強く叩いた。
5th STAGE
死屍軍団
―――― 1 ――――
「まず…“ヤツら”は全員余すこと無く“スクラップ”…なんだな?」
確かめるように視線をやるとデルクルは小さく頷いた。
破損の程度に差はあれど、そのどれもが致命傷を受けたレプリロイドの“残骸”であることに変わりはない。少なくとも、逃亡直前にデルクルが確認した者は皆そう言う状態だった。そして、“そう言う状態”であるにも関わらず、“ヤツら”はゼロ達へと襲いかかってきた。
「つまり…『死んだハズのレプリロイドが動いてる』ってことですか…」
ダスティンが簡潔に整理する。ゼロは「認めたくないことだがな」と奥歯を噛み締める。
「差し詰め、“コレ”がこうなったのは“ヤツら”を見て、“精神的に耐えきれなくなった”ってとこか」
ゼロはチャーリーを示した。レプリロイドでありながら――――いや、心あるレプリロイド故にこのようなトラブルが起こったのだろう。
背にダスティンやティナがいたからこそ正常を保っていられたが、一人だったならゼロ自身でさえ――――チャーリー程とはいかなくとも――――正気を保っていられたかどうか定かではない。それ程までにショッキングな光景だった。
「何が……起きているのでしょうか…いったい…」
ダスティンが唸るように呟く。この場にいる誰もが同じことを思っていた。
動くはずのない、死んだはずのレプリロイドが、さも生きているかのように動く。普通ならば有り得るはずのない異常現象。いったい何がどうなっているのか。どうしてこうなったのか。いくら頭を働かせようとも答えは出てこない。ただひとつ分かったことは、おそらく白の団の監視用メカニロイドが捉えた人影の正体は“ヤツら”だったのだということだけだ。
しばらくして、部屋中を包む重い沈黙を裂くように「クク…」と不気味な笑いが聞こえてきた。その声の方に目をやると、虚ろな目をしたまま、チャーリーが口の端を歪めて笑っていた。そして頻りにブツブツと呟いている。
「……んだ…。…どうせ…死ぬんだ…。ここで…みんなみんな……あいつらと同じように……」
「クソッ」とゼロは悪態をつく。不快な気分に苛まれるが、気が狂ってしまったこの男に怒りをぶつけたところで、無駄な労力となるのは眼に見えている。――――いや、実際にはチャーリーの無意味な呟きなどはどうでもよかった。
どうにもならない、何も打開策を見いだせない事への歯痒さともどかしさ――――それらの狭間に陥り、抜けだせないでいる自分の非力に苛立っているのだ。
「……呪い…でしょうか……」
ダスティンが思わずそう言葉を漏らすと、ゼロは「馬鹿を言うな!」と即座に否定する。
「俺達はレプリロイドだぞ! ……だいたい“呪い”なんてふざけたもんが、この科学全盛の時代に通じると思ってるのか!?」
「けど、それならどう説明するんですか!? あんな動くはずもないレプリロイドの体が、しかも集団で動いているんですよ!?」
「それにはなにかトリックが………っ!」
自らの言葉に「ハッ」となる。――――そうだ、トリックだ。この異常な現象にも、きっと裏で何らかの科学的な力が作用しているに違いない。そしてそれを扱う何者かが存在しているのだ。
ゼロは、深く息を付く。「落ち着け」と自分に言い聞かせる。ダスティンの言葉に過剰に反応してしまったのも、どこかで自分自身も超常の力が働いているのではないかと思っていたからに他ならない。そう気づき、微かに自嘲する。
「……トリックだ。トリックなんだ……」
それがどういう類のものかは分からないが、絶対に“何者か”が、何か道具を使って裏で糸を引いているはずだ。そういう観点で考えるべきだ。
――――そういえば……何か…
“ヤツら”に気を取られすっかり忘れてしまったが、あの瞬間、他に奇妙なことが確かにあったはずだ。もう一つ、有り得るはずのない何かが……――――
「……霧…」
そう呟く声の方を見る。その主は、先程まで呆然と我を失っていたティナだった。
ティナは自分の言葉に頷くと、ゼロの方を向き尋ねるように言う。
「あの時……どうしてあんな霧が…出たんでしょう…」
視界を覆うほどに、ひどく濃い霧が廊下に充満していた。基地の中だというのに、何故あんなことになっていたのか。
そもそもこのような建物内で、あんな霧が発生すること自体がおかしい。そしてそのあり得ないはずの不可思議な霧の中から、あのあり得ないはずの軍団は現れたのだ。
その瞬間、二つのあり得ない事象が、ゼロの頭の中でうまく結びついた。
「…あの霧が何か作用して……あの軍団が動いていたと考えれば合点がいく」
「霧が…ですか…?」
訝しむダスティンに、ゼロは軽く笑いながら答える。
「ただの霧がこんな場所に発生するわけがない。とすれば、あれは“ただの霧”じゃない――――詳しくは分からないが、霧の様に見える“そういう”何かだ」
まだ繋がってる駆動系とか神経系とかに作用して、あたかも生きているかのように動かすことが可能な、そういう霧だったのではないだろうか。
「…ナノマシン技術の応用……でしょうか…」
ティナの発言に、すかさず「それだ」と声を上げる。
「ここにいる、もしくはどこか別の場所にいる何者かが、“ナノマシンの霧”を操作し、レプリロイドの残骸を操っていたと考えれば全て理解できる」
落ち着いて考えれば、その答えは単純だった。
そのようなナノマシンの開発、及びその操作に関して言えば、技術的には高度である。だが、ネオ・アルカディアの技術力を考えれば不可能な範囲のものではないだろう。
「死んだものが動く」という“言葉”によって思考が閉ざされてしまったことが、一番の問題だった。まんまと思考の穴に陥った自身を、ゼロは深く反省する。
「……でも、ゼロさんの考えが当たっていたとしたら………」
ティナが思わず濁した言葉の先を、ゼロが付け加える。
「その“何者か”がこの基地の内部、または周辺にいるはずだ…――――そしてそいつはおそらくネオ・アルカディアの側だろう」
先程の軍団の動きからして、その“何者か”がこちらの様子を伺える状態であるということは、言わずもがなだ。
「とりあえず……ここまで状況が掴めてきた以上、次は今後の行動について話し合おう」
「『今後の行動』……というと…?」
首を傾げるダスティンとティナに「おいおい」と呆れたように答える。
「脱出の方法、経路についての確認さ。……ずっとこの場所に隠れ続けていたいってんなら別だけどな」
それから室内の端末にコアユニットを接続し、再びデルクルを送り出す。今度は実体化し、基地内の様子を探索するためだ。無論、単純な脱出経路はマップデータで確認できるわけだが……――――
「できれば…あの軍団にまた出会すのは避けたい…ですね」
ティナがポツリと呟くと、他の二人も賛同する。
「全くだ。たとえ仕組みが分かったと言っても、“ヤツら”と顔を合わせるのは精神的によろしくない」
ゼロはそう言うと苦虫を噛み潰したような顔をした。
しばらく経って、デルクルが戻ってくる。ゼロのインターフェースを通して三人それぞれのマップデータに、現在の“ヤツら”の位置、予測進路、想定される最適脱出経路を示す。「上出来だ」とゼロが言うと、デルクルは微かにはにかんでみせた。
談話室を出て、暗い廊下を用心して進む。デルクルの情報が正しいとしても、例の“何者か”にこちらの動きを捕捉されれば、状況は再び一変する。
いくつか設置されている非常用の出入口にたどり着く。システムが完全にダウンしているので、手動で扉を押し開く。
開いた扉の外へと一歩踏み出してから、ゼロは「ちっ」と舌打ちして不機嫌そうに呟く。
「こんな状況にぴったりの“いい天気”だ。心底気分が悪くなるよ……」
どす黒い雨雲が空一面を覆い、大粒の雨がまるで機関銃のように荒れた大地を叩き続けている。
ぬかるんだ足元に注意しながら、一行は少しだけ急ぎ足で基地を後にした。
―――― * * * ――――
気象観測データによれば、ゼロが向かった「黄金の鷲」本拠地周辺は今晩から明日にかけて大雨に見舞われるということだった。
小さなため息をつき、シエルは背もたれに体を預ける。
「ゼロ……」
出撃前の様子が脳裏に焼き付いて離れない。おかげで不安が尽きることはない。
どんなに信じようと努めても、赦されないと分かっていても、心配せずにはいられなかった。
「おねえちゃん……だいじょうぶ?」
椅子の横からひょっこりと顔を出してアルエットが気遣う声をかけてくれる。
シエルは「大丈夫よ、アルエット」と笑顔を見せる。できるだけ不安な胸中を悟られまいと努めた。
それから「おいで」と両手を伸ばす。アルエットはそれに従い、シエルに抱きかかえられるようにして、膝の上に座った。
心安らかにさせる優しい温もりと重さが、シエルの両膝にかかる。
「ゼロは……だいじょうぶかな…?」
シエルの気持ちを知ってか知らずか、アルエットがポツリと不安な声で呟いた。
それに対し、できる限りの優しい落ち着いた声で答える。
「大丈夫だよ。きっとすぐに帰ってくるから」
膝の上で「そうだね」と微笑みながら返すアルエットを見つめながら、まるで自分に言い聞かせているみたいだと、シエルは我ながら思った。
―――― 2 ――――
一時間以上は歩き続けている気がするが、実際に体内時計で時間を確認すれば、基地を離れてから三十分ほどしか経過していない。こんなにも時間感覚が狂うのも、仕方ないことだとゼロは思った。あの光景からようやく立ち直れたとは言え、未だ、いつ同じような軍団に出会すかも分からない状況にあり、精神的疲労感は次第に高まっている。振り続く土砂降りの雨がそのプレッシャーに拍車をかけているのも明らかだ。だが、足を止めて休息をとろうにも、具合の良い岩場も、廃墟ですらも全く見当たらない。となれば、とにかく歩を進めるしか無いのだ。
足場はぐちゃぐちゃになり、まともな状態ではない。加えて、相当な雨量に小さな川までもができてしまっている。
「ダスティン、ちゃんと付いて来れてるか?」
「ええ、自分は大丈夫です。ティナさんの方を心配してあげてください」
チャーリーの体を支えながら歩いているというのに、ダスティンは弱音も吐かず、それどころかティナを気遣う言葉をかけるなど、非常に頼もしく感じられた。
しかしティナの方はというと、ダスティンの心配する通り、疲労はピークに達しているらしかった。
そうこうしていると、不意にティナがよろける。ゼロはすかさずその体を支えた。
「大丈夫か?」
「ええ…すいません…。ちょっと足元が…」
こんな状態ではこの先が思いやられる。「仕方ない」とゼロは腰をおろし、背中を向けた。
「なんですか……?」
「背負ってく。早く負ぶされ」
促すゼロにこれ以上「迷惑を掛けたくない」とティナは頑なに拒んだが、「そんな状態で歩かれたほうが迷惑だ」と言われ、渋々ゼロの背中に負ぶさった。
「すいません…本当に」
「別に気にするなよ。こんな美人を背負って歩けるんだから俺としても儲けもんさ」
冗談混じりに笑いながら返すと、ティナも少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「ゼロさんって、お優しいんですね」
「ん? ……まあレディに対してはな。“野郎”の場合は別さ」
ティナはまたも「クスクス」と笑いを零す。そんな軽い態度で話すのも、精神的に弱っているティナの事を気遣ってのことだろうと思えば、素直に受け入れることができる。
「本当にお優しい……というか、凄いです」
「『凄い』?」
「はい。――――百年間眠り続けていたというのは本当なのでしょう?」
イレギュラー戦争より百年間、一度も目覚めること無く、そして誰にも目覚めさせられることもなく、秘密研究所で眠り続けていた。
何もかもが変わってしまった世界を突如として突きつけられた上、圧倒的弱者といえるレプリロイド達のレジスタンスに加わり、剣を振るう覚悟を決めた。
「そして今、こうして窮地に立たされていたあたし達を救ってくれている。――――凄いことだと思います」
「なんだか……ストレートにそう言われると、くすぐったいな」
今度はゼロが、恥ずかしそうに笑う。
「どうして…ですか?」
ティナの口を不意に衝いて出てきた問いに対し「『どうして』…?」と、ゼロは思わず問い返した。ティナの方も漠然と引っかかりを覚え、反射的にそれを言葉にしてしまっただけだったらしく、自分の問いについて自ら考え直していた。
やがて、その引っかかりの正体を掴めたらしく、改めて問いを投げかけた。
「どうして、戦うことを決意したんですか?」
「え…?」
それはゼロにとって不意打ちに等しかった。
「すいません」と詫びてから、ティナは質問の補足をする。
「ゼロさんの“英雄”という立場なら、きっとネオ・アルカディアにも悪い扱いを受けなかったと思うんです。私たちのように迫害されることなく、それこそ“救世主”と同格に扱われてもおかしくはない。けど、ゼロさんは私たち――――レジスタンスの側についてくださった。その理由が、少しだけ気になったんです」
その言葉を聞き終えた後、「またしても同じ問いが立ちはだかるのか」と、ゼロは心の中で苦笑した。
先日から何度も彼の前に浮かび上がっては、頭を悩ませていた問い。――――“戦いの理由”についての問いは、先日からしばらく彼の頭の隅に静かに居座り続けていた。
「戦う理由…か…そうだな…」
そう言って考え込む。即答されると予想していただけにティナは「不味いことを聞いてしまったか」と戸惑っているが、その様子を余所にゼロはただ黙って考え続けた。
ガネシャリフとの戦いの時も、セルヴォに問われた時も、遂に答えを出せなかった。――――だが、今回こそは無理にでも答えを出してみようと、努めることにした。たとえそれが真の正解でないとしても、手がかり位にはなるかも知れない。
ゼロは時を遡り、眠りから目覚めたあの日のことを思い出す。
――――目覚めてすぐ……
ネオ・アルカディアとの戦いに協力するよう頼まれた。しかし、すぐに快諾したわけではない。自分の記憶データの混乱に困惑し、それどころではなかった。
――――ゴーレムと遺跡警備隊の指揮官が現れて……
シエルが捕まった。それを助けようとは思った。けれど、その時は有無を言わさず戦いに巻き込まれたと言って良かった。
それからゴーレムの攻撃を食らい、瓦礫に埋められ…――――
――――“あの声”が聞こえて……
ゼットセイバーを引きぬき、戦いに勝利した。そう言えば“あの声”の正体についても保留してしまっていた。だが、あれから“あの声”はしばらく聞こえてこないし、害どころか窮地を救われたとあって、特に追及する必要もないように思えた。
それからまた、あの時の時系列を追っていく。
――――小娘を救い出し…
指揮官レプリロイド達を斬り伏せ、シエルを救い出した。そしてそのシエルは、瀕死の仲間と最期の別れを交わし……‥‥
「………泣いていた」
突然の呟きに、ティナは首を傾げる。
ゼロの中で、何かが繋がった。依然、漠然とはしているが。
「泣いていたんだ…小娘が」
「『小娘』…ですか?」
「ああ、そうさ。――――ただの“小娘”が…泣いていたんだよ」
自分の為に体を張って、挙句、命を落とした仲間のために涙をボロボロと零していた。直接それが“理由”に繋がるわけではない。けれどその時、確かに何かを感じた。その感じた何かのために、戦うことを決意した。
「その“小娘”が泣いていたから……ですか?」
「まあ、そういう事かな。――――すまない。実は自分でも上手く言えなくてな…」
そう言ってゼロは苦笑する。
小娘がシエルを指しているのかどうか、もちろんティナは分かっていなかったが、聞き出そうとはしなかった。それからその曖昧な答えにも、優しく微笑みかける。
「…いえ、いいと思います。『女の子の涙のために戦う』――――いかにも“英雄”って感じがして、素敵です」
なんの嫌味も含まずにティナがそう言ってくれたおかげで、ゼロもそれが今出せる答えとして十分に思えた。
次の瞬間、突如としてゼロはその足を止めた。
――――……まさか…
背筋に悪寒が走る。込み上げてくるのは、黄金の鷲基地内部で味わったものとは比べようのない、また別の気持ち悪さだった。降り続ける雨の中にゼロが見たモノ――――それは、間違いなく“彼女”の背中だった。
こんな時にまで現れるというのか、この幻覚は。……いや、果たして本当にただの幻覚なのだろうか。それすらも自信がない。だが、構っている余裕などは無い。先に進まねばならない。しかし――――…
――――足が…
動かない。石のように固まって、ピクリとも動いてはくれない。今度は近づくことすら敵わないのか。
戸惑うゼロ。そしてそれはさらに激しい動揺へと形を変える。驚くべきことに“彼女”の方から、こちらへと近づいてきたのだ。毎夜、頭を悩ます夢と同様に。
「……な…」
一歩ずつ、しっかりと地面を踏みしめ、ゼロのもとへと向かってくる。
「…来るな…」
やがて、目と鼻の先に“彼女”は立ちはだかる。依然として、顔は真っ白に抜け落ちたままだ。
そして“彼女”は手を伸ばす。ゼロの頬に触れようとする。
「来るな!」
叫び、拒絶する。
「来るな!来るな!近寄るな!!」
頼むから。俺に近寄るな。これ以上近づけば、剣を抜く。
「嫌だ…!嫌なんだ!!」
もう二度と
もう決して
「…失いたく…ない…」
掠れる声を絞り出し、懇願する。
「失いたくないのに…」
それなのに、どうして
どうしてお前は
「俺の…前に…」
――――ねえ……
不意に“彼女”の声が聞こえる。頭の中に、響く。
――――……私…待ってるから……
その言葉に、ゼロは奥歯を噛み締める。そして胸を締め付けられるような息苦しさを堪えながら、声を絞り出して問いかける。
「……俺に…どうしろと言うんだ……?」
俺には斬ることしかできない。
壊すことしかできない。
殺すことしかできない。
そんな俺にお前はどうしろというんだ。
そんな姿になってまで、何を願うと言うんだ。
それでも、“彼女”はただ言葉を続ける。
――――…ずっと…ずっと…待ってるから…
「……………ぁぁ…」
そういうことなのか
斬ればいいのか
目の前から消すためには
斬り捨てて、壊し尽くせばいいのか
立ちはだかる、いくつもの仇敵たちと同じように
斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って――――…
殺せばいいのか。
「……斬って…壊して…殺して…」
大切な君を
「斬って…壊して…殺して…」
誰よりも守りたかった君を
「斬って壊して殺して斬って壊して殺して…」
誰よりも
何よりも
想っていた君を
もう一度――――…
斬って壊して殺して斬って壊して殺して斬って壊して殺して斬って壊して殺して――――…
斬っ壊し殺し斬っ壊し殺し斬っ壊し殺し斬っ壊し殺し斬っ壊し殺し斬っ壊し殺し斬っ壊し殺し斬っ壊し殺し――――…
斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺――――…
斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊恋殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊慕殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬好壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬辱壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊護殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬愛壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊抱殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬撫壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬触壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺斬壊殺――――……
「ゼロさん!」
耳元で大声が響き、ゼロは「はっ」と我に返った。と、同時にこのような状況ですら幻覚に惑わされてしまった己を恥じ、小さく舌打ちをする。
だが、一瞬にして思考が切り替わる。我が身に起こったトラブルを二の次にし、今現在起こっているこの“異常な状況”に対して考察する。
「これは……!?」
気づけば辺り一面が霧に覆われてしまっていた。ゼロが幻覚に囚われている間に。いったいどれくらいの時間が経ってしまったのかは分からないが、そんなことを今悩んでも意味が無い。問題は既に起こってしまっているのだ。
幸いにして、“ヤツら”の影は見えない。このまま全速力で突っ切れば逃げおおせられるかもしれない。心を決め、後方にいるはずのダスティンに呼びかける。
「ダスティン! いるな!?」
「すぐ後ろに!」
「この霧を抜ける! 真っ直ぐはし……ッ!」
「走り抜けろ」と言いかけて、もうひとつの違和感に気づく。
走れない。左足になにかある。何かが触れている。いや、それどころか、何かが掴んでいる。間違いなく、この感触は――――…
「手……?」
自分の足元を見る。左足に注視する。――――確かに何かの手が見える。地中から突き出すようにして、ゼロの足を掴んでいる。
「しまった!!」
地中からレプリロイドが勢い良く飛び出て、襲いかかってきた。ところどころ生々しい傷が残る見慣れた青いボディ。それは正しく、“死んでいるはずの”パンテオンだった。
体にしがみつこうとして来た所を、足を蹴り上げて弾き返す。そのまま倒れたパンテオンの身体は泥の飛沫を上げた。
「ゼロさん! 大丈夫ですか!?」
ダスティンがゼロの方に駆け寄って来る。
「ああ、大丈夫だ…。それより、とっとと“これ”を抜けるぞ! “ヤツら”に囲まれる前に!」
そう言った矢先、またしてもパンテオンが飛び掛ってくる。今度は一体ではない。それどころか既に、周囲には別の影が見える。
ゼロはティナを優しく下ろし、ゼットセイバーを引きぬく。そして襲い来るパンテオンたちを跳ね除けた。
「ティナ、すまない。そのまま自分で歩いてくれ」
そう詫びるゼロにティナは黙って頷く。「道を開けるぞ」とゼロは片手でゼットセイバーを振り、もう片方の手でティナの身を守るように寄せながら前進する。次々に飛び掛ってくるパンテオンたちを鮮やかに斬り伏せ、足元で動く残骸を蹴散らしてゆく。
順調に進んでいる。これならすぐに霧を抜けられる――――かと思いきや、後方から耳をつんざくような叫び声が聞こえた。
「ダスティン!?」
声の主はダスティンだ。霧が濃くて姿が見えない。それ程までに離れてしまった。無理もない、疲労が溜まっている上に、チャーリーを支えながら歩いていたのだから。ゼロは自分の失態を呪う。
「ダスティン! もういい! チャーリーを棄てろ! 早く!!」
チャーリーのためにダスティンまでもが命を落としてしまっては本末転倒だ。しかし、時既に遅い。
「助けて! 助けてぇ! 助け…ぇっ!!」
鈍い音と共に声が途切れる。間違いない。ダスティンは惨たらしく殺された。
すかさず「いやぁぁぁっぁっぁあぁ……!!」とティナが叫ぶ。最後に残った僅かな仲間の死に、心は今にも折れそうだった。だが、それをゼロは叱咤する。
「喚いている暇があるなら、とっとと走れ!!」
またしても襲いかかってくる数体のパンテオンを、一撃で破壊する。そして硬直しかけていたティナの体を左腕で無理矢理抱き上げ、駆け抜けた。
止めどなく現れるパンテオンたちの軍団をやり過ごしながら、やがて、霧を抜ける。とにかくその場から離れようと、速度を落とさずにしばらく走り続けた。
ようやく霧から距離を取り、小高い土地で息を落ち着けた。そして、霧の方を眺める。
――――なんてこった……
その霧の範囲に、驚きを隠せなかった。間違いなく一キロ以上先まで続いている。その霧の中を、先程の軍団が蠢いていると思えば吐き気すら催す。
ゼロは覚悟を決め、腕に付いていたコアユニットを取り外し、ティナに手渡す。
「走れるな?」
ティナは泥に手をつき、震えながら弱々しく頷く。
「近くに空間転移装置がある。デルクルのデータを頼って、そこに向かえ。デルクルに従っていれば白の団本拠地周辺まで飛べる。そして白の団に匿ってもらうんだ」
「……ゼロ…さんは…?」
「俺は“ヤツら”を操ってる野郎をぶちのめして来る」
そう言って泥まみれの顔で小さく笑うゼロ。しかし、ティナは「無茶です!」とゼロの案を頑なに拒否する。
「“ヤツら”とやり合うってことでしょう! ゼロさん一人で! あれだけの数と!!――――それに…あたしだって……ひとりで逃げ切れるかどうか……」
次第に俯いてしまうティナの肩を強く掴み、「しっかりしろ」と励ます。
「“ヤツら”を野放しにしておけば、白の団―――いや、他の幾つものレジスタンスチームまでもが黄金の鷲のようにされてしまう。それだけは防がなきゃならないんだよ」
冷静に言い聞かす。それから「心配するな」と微笑みかけ、頭を優しく撫でる。
「俺は英雄だぜ? あの程度の連中に遅れを取るほどヤワじゃない。必ず後から追いかけるさ」
ティナの手を引き、立ち上がらせる。それから一旦強く手を包むように握った後、それを離し「さあ、行け」と促す。
決して振り返らずに。とにかく走れ。生き残るために。
「……ご武運を…」
無理やり言葉を振り絞り、ティナは背を向けて駆け出した。その背中が小さくなるまで、雨粒に霞んで見えなくなるまで、ゼロは見つめていた。
「……さてと」
ティナがこの場から去ったのを確認し、再度、霧の方へと向き直る。
デルクルが本拠地へと戻れば、万が一、自分の身に何か起きても、あの軍団の情報は白の団へと届けられる。そうすればエルピス、または優秀なオペレーター陣が打開策を見出してくれるだろう。
「なんて、弱気になってる場合じゃないよな」
しかし、それはあくまで“万が一”の場合だ。――――“そうなるべきではない”場合なのだ。
「必ず生きて帰る……なにがあろうともな」
ゼットセイバーを再び握り締め、雨でグチョグチョに泥濘んだ大地を蹴る。ずぶ濡れになった紅いコートは重みを増していたが、戦場へと向かう足は驚くほど軽い。
それでも、振り続く雨は更に激しさを増していった。
―――― * * * ――――
ゴリンッ…と言う鈍い音とともに捩じ切られた首が、虚しく地面に落ちる。
「…ぅ……あ…」
ドシャッ…と胴体が泥の中に呆気無く崩れ落ちた――――かと思いきや、腕がその体を支える。間違いなく、その体の主は死んだはずだ。それなのに、“まるで生きているかのように”それは再び立ち上がった。
「ああ……ああああ…」
それから死んだ筈の“それ”はズシャッ、ズシャッ…とぬかるんだ地面を踏みしめ、一歩ずつ確実にこちらへ近づいて来た。
「ああぁぁぁあぁ……は…」
“死”
脳裏に浮かんだのはその一文字。
そう、自分は死ぬのだ。この訳の分からない集団の中で。生ける屍達の手によって。そうしてまた、自分もこの軍団の一員となり、生き続けるのだろう。
「ハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハ」
笑いが溢れる。止めどなく。しかしそれは決して喜びからではない。
呪い――――無力な自分を、自分の境遇を、この世を、己も含めた全てを呪うように、ただひたすら笑い転げる。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――…グェッ!!」
チャーリーの首もまた、強引に捩じ切られ、泥の中に虚しく落下した。
―――― 3 ――――
雨粒は弾け、飛沫に変わる。雲の合間から光が差し込むようならば、その飛沫に閃光が反射し、キラキラと特別綺麗に輝いたことだろう。その細かい粒の一つ一つに映る世界は、汚れのない、理想的で、幻想的なものに見えていたかもしれない。
しかし残念ながら、今この時、その飛沫に映る世界は、凄惨で、血にまみれた、さながらこの世の地獄とも言うべき舞台の一幕だった。
「ガラクタはガラクタらしく……眠ってろぉ!!」
斬って、斬って、斬って、斬って――――……また斬り伏せる。だが、どれだけ斬り刻もうとも、部位ごとに捌こうとも、何者かに操られたそれらは黙りこむこと無く、何度となくゼロに向かい襲いかかってくる。
ゼロもまたそれら全てを相手にはせず、できるだけやり過ごしながら、操り続けている“何者か”を探すべく霧の中を突き進む。
宛があるわけではない。だが、こちらの動向を伺っているのは確かだ。となれば、この軍団の何処かか、もしくはこれらを見渡せる、それ程遠くはない何処か。どちらにしろ、こうして戦い続ける者がいるとなれば、その“何者か”もいつまでも黙っているわけがないだろう。この状況は、おそらく相手にとっても予想外のはずだ。
「――――つっても……キリがなさすぎる…」
跳ねる泥に、紅いコートも、美しい金髪もすっかり汚されてしまった。
自分の考えが少々甘かったのかもしれない。ティナと別れてからしばらく経つが、一向に事態が好転する気配はない。苛立ちが焦りを生む。焦りが疲労に変わる。疲労は彼の心を蝕んでゆく。
不意に、視界にあの少女の影がちらつく。
「何処にいる!?」
声を張り上げ、叫ぶ。足をとめること無く。剣を止めることなく。けれど大声で叫び散らす。
「何処にいやがる!? 出てこい!!」
叫び散らす間も、あの少女の背中は何度も視界をよぎる。
「失せろっ!!」
そう吐き捨てるように言っては、またパンテオンの胴を断つ――――いや、パンテオンではない。別のレプリロイドの胴だ。軍団の中には黄金の鷲や、それ以外のレジスタンス組織のメンバーだったと思われるレプリロイドのボディーも確認できる。とは言え、そんなモノをいちいち気にしている余裕など無い。
「……自分は陰に隠れて人形遊びか、この陰険野郎!! 姿を現せと…………言ってるだろう!!」
ガムシャラに剣を振るい続ける。しかし、その声に答えるものは現れない。
そうしてしばらくもがき続ける内に、一つの不吉な予感が胸を貫く。「まさか」と思わず言葉にしてしまう。必死でそれを考え無いよう努め、声を上げては呼びかけるが、その予感はゼロの精神を蝕み、ブクブクと肥え太るように膨らんでいく。
「本当に呪いだったのでは?」という、極非科学的な予感。――――決して認めたくない予感ではあるが、それでは今の状況を他にどう捉えれば良いのだ。ゼロは次第に叫ぶことすら諦め、ただ我武者羅に刃を振り続ける。
その瞬間だった。
「クックックッ…」
不意に聞こえる笑い声が、迷走している思考を掻き消した。ゼロはゼットセイバーを強く振り、剣風で霧を裂く。そして声の方に視線をやる。
そこに、確かにいた。屍の軍団とは違う、傷にも泥にも何一つ怪我されることのないボディーを持った、全く形の違うレプリロイドがそこに仁王立ちしていた。
犬のような頭部を持ったレプリロイド。間違いない、ミュートスレプリロイドだ。
ゼロは足に力を込め、一気に飛び上がる。そして、そのミュートスレプリロイド目がけてゼットセイバーで斬りかかる。
「愚かな」
ミュートスレプリロイドはそう言って、不敵に嘲笑い、かろやかにゼロの一撃を躱すと、片手に持ったステッキでゼロの体を殴りつける。ゼロはその攻撃を片腕で防ぎ、力を受けた方向に身を翻すことで、ダメージを抑えた。
「テメエがこの人形ショーのプロデューサーってワケか……」
一旦距離をおいた後、ゼロはそう言って敵を睨みつける。だが、相手は相変わらず不敵な笑みを浮かべ、こちらに見下すような視線を向けている。
それから、対峙した二体目のミュートスレプリロイドは「その通り」と、己の正体を何の躊躇も見せずに明かしてしまった。
「我輩の名は“アヌビステップ・ネクロマンセス三世”。死を司るアヌビス神の具現よ!」
「死を司る……ね」
なるほど、レプリロイドの屍を自在に操るこの能力は、確かにその具現とでも言うべきものなのだろう。しかし、ゼロはそれを花で笑って返す。
「笑わせるなよ、ワンコちゃん。“よいこの人形劇”の間違いだろう?」
「それなら貴様は我輩の劇を盛り上げる“ゲスト”と言うべきかな?」
ゼロの挑発も意に介さず、アヌビステップは余裕の笑みを浮かべ続ける。
「そういうキサマは何者だ? 紅いコートの愚か者よ。――――我輩の軍団と対峙し、臆せずに闘い続ける男には、生まれて初めて出会った。そんな貴様の名前を覚えておいてやっても良いぞ?」
杖をゼロに向け、上から目線で問いかける。
「なんだ、知らないのか? ――――噂に聞いたことくらいあるだろう。百年前の“紅い英雄”の噂を…さ」
「成程。つまり貴様がガネシャリフの一号機を倒したと噂の“紅いイレギュラー”か」
「ふむ」と感心したような声を漏らす。その言葉から察するに、一体目のミュートスレプリロイドを倒した話はネオ・アルカディア側には既に知れ渡っているらしい。
アヌビステップのセリフ中で“一号機”という言葉が引っかかったが、ゼロはそれを思考の隅に追いやった。既に場の雰囲気が一変したことに気づいたのだ。
「よろしい、古き時代のものよ。ならば、手加減は一切なしだ!」
そう言ってアヌビステップは杖を強く振るう。それに従うように軍団が一気にゼロへと跳びかかった。
「永久の旅路へ向かう貴様の為に、我輩が祝詞をあげてやろう!」
「チィッ!」
舌打ちと共に素早く身を躱し、ゼットセイバーを振り回す。だが、次々と襲い来る敵は休む間を与えてはくれない。
「クックックッ。素晴らしいだろう? 死をも操る我輩の術。これぞ神の所業!」
「御託のうるさい野郎だ……」
神の所業? 科学の力を借りておきながら、平然とそのように宣うことができるのか。
だが言い返そうにも、その余裕すら生まれない。
しかし、その余裕は自分で切り開く以外方法は無い。ゼロは力を振り絞り、もう一度ゼットセイバーを強く振るうと、襲い来る軍団を跳ね除ける。そしてまた強く地面を蹴り、アヌビステップの頭頂部目掛けてセイバーを振り下ろす。
「ワンコはワンコらしく地べたを這いずり回ってろ!」
「後ろだ、紅いイレギュラー」
雨で視界がぼやけた一瞬が災いした。素早く後方へと回り込んだアヌビステップは忠告と同時に、ステッキでゼロの背を激しく殴りつける。
今度は受身を取る暇もなく、ゼロは直にダメージを食らい、泥の中に倒れこむ。
「地べたを這いずり回るのは貴様の方だ! 我輩の兵から逃れられると思うなよ!」
ぞろぞろと迫り来る骸の兵。ゼロは慌てて飛び起き、身体を掴もうと伸ばしてきた幾つもの腕を切り捨てる。だが、どれだけ剣を振ろうと、果ては見えない。
圧倒的優勢に、アヌビステップは「百年前の英雄とてこの程度!」と高笑いを上げた。
「今は塵炎軍団に身を置いてはいるが、いずれこの“死屍軍団”を率いて四天王共を駆逐し、やがてはネオ・アルカディアすら我輩のものとしてくれるわ!」
壮大な野望を語りながら、ステッキをまたしても大きく振るう。
ゼロは疲労により上手く回らない頭で打開策を練るが、防戦一方の状況から抜け出せない。振り続ける腕にも負荷がかかり、動きが鈍くなる。しかしそれでも、手を止めることはできない。休む間もなく襲いかかってくる屍の軍団。
「く…っそぉ…!!」
一筋の光明も見いだせぬまま、敵を斬り続ける。首を斬り落とし、胴を絶ち、頭頂部を切り開き、胸部を貫く。そうして斬って、斬って、斬って、斬り続け――――…
不意に、ノイズが走る。
「何だ」と自身に起き始めたトラブルに反応する。だが、敵を斬る手は止めることはなかった。というより、止まることはなかった。
そしてまた、ノイズが走る。聴覚に、視覚に、ひたすら走る。目の前の軍団の姿も、アヌビステップの笑い声も次第に掠れてゆく。
――――なにが……どうなっている!?
その異常事態に、困惑する。
しかし、驚くべきことにゼットセイバーを降り続ける腕は止まる気配が一向に無い。それどころか右腕は酷くふわふわと、まるで自分の物ではないような感覚さえ感じる。
気づけば、視界は染まっていた。“全て”を塗りつぶすように。まるで血の海を泳でいるかのように。辺りは紅く染まり切っていた。
――――これじゃあ、まるであの夢の……
相変わらずアヌビステップは、己の軍団の中でもがき苦しむゼロの姿に高笑いをし続けていた。けれど、最早ゼロの耳にその声は届いていない。
代わりに、ひどくノイズが走る。
それから唐突に、頭の中で声が響き始める。
《俺ニ身ヲ委ネロヨ》
夢の中同様、その声は強く要求を突きつける。
ゼロはそれを心の中で拒絶する。だがどれだけ拒もうと、“声”はそれを受け付けない。
《俺ニ全テ任セロヨ》
そう、要求する。加えて、声は命じる。
《モット殺セ》
気づけば体中が血塗れだった。泥にまみれた紅いコートはさらに紅黒く変色し、ゼットセイバーを握る掌はぬるぬるとしたおぞましい感触に侵食され、決して振り払うことができない。
《モット壊セ》
――――…黙れ
《モット破壊シロ!》
――――黙れっ!
《破壊シロ!》
――――消えてくれっ!!!
《破壊シロ! 破壊シロ!》
――――嫌だっ!
拒絶の声を上げる。繰り返す。しかし、その声が収まることはない。
《破壊シロ! 破壊シロ! 破壊シロ!》
――――嫌だ…! ……嫌だぁっ!!
いつの間にか“彼女”が、目と鼻の先に立っていた。
悶え苦しむ彼に向け、“彼女”が言葉を紡ぎ出す。
――――ねえ……
少しずつ近付き、彼女は手を伸ばす。
――――……私…待ってるから……
頬に触れる白い手。優しい手。
「…あぁ…」
――――…ずっと…ずっと…待ってるから…
けれど、彼女の手もまた血に染まる。
「あぁ…ぁあぁ……」
分かっている。その手を。その肌を。その心を。
紅く。血のように染め上げてしまったのは、他の誰でもない。
「――――…俺だ」
頭が割れるような痛みと共に一際大きなノイズが走る。
「あ あ ぁ ぁ あ ぁ あ ぁ ……」
破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ――――…‥
「あぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁああぁあぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁああぁ!!!!」
「なんだ!?」
叫びを上げたかと思うと、次の瞬間、“紅いイレギュラー”は周りの兵たちを大きく跳ね除け、高く宙へと舞い上がった。
アヌビステップはまたしても自分の方へと向かってくるのだろうと身構えたが、予想は外れる。“紅いイレギュラー”は逆に大きく距離をとった場所に着地した。
――――何をするつもりだ?
“紅いイレギュラー”はそれまで振るっていた剣を左腕に収納する。とほぼ同時に、彼の両腕に強大なエネルギーが高速で蓄積されてゆく。そのエネルギーの大きさはこれまで絶対的な優位を保っていたアヌビステップを、一瞬にして恐怖させるほど異常なものだった。
「待て……そのエネルギーを…どうするつもりだ……」
嫌な予感がする。そのエネルギーは明らかに、ここら一帯を吹き飛ばしても余るほどのものだ。
そのアヌビステップの問いに答えるように、“紅いイレギュラー”の腕部アーマーは一際激しい光を放ち、輝き出す。
「や…やめろ……貴様の体も…無事じゃ済まんぞぉっ!!」
恐怖に駆られ警告する。
しかしその声はまるで聞こえていないというように、“紅いイレギュラー”は少しも躊躇うこと無く、攻撃態勢に入る。そうして振り上げた両腕は唸りを上げた。
「頼む! やめてくれぇっ!!」
どれだけ喚き散らそうとも、意に介さない。飛びかかる骸の軍団に、臆す様子も見せない。
そして、アヌビステップの「助けてくれぇえぇぇっ!!」という絶叫が響くと同時に、ゼロはその両手を一気に振り下ろす。
解き放たれた破滅の光。
全てを塵に変えて膨らみ続けるその光に、雨雲を突き破ろうかという程大きな絶叫諸共、その場の文字通り“全て”が飲み込まれてしまった。
―――― 4 ――――
砂漠にいた屍の軍団は一瞬にして霧ごと姿を消し、大言壮語を吐いていたアヌビステップも塵となったようだ。僅かに残る残骸がちらほらと転がっている。
解き放ったエネルギーの反動は大きく、体中に激痛が走った。節々から疑似血液が吹き出し、両腕のアーマーにヒビが入る。
ゼロは両の膝をつき、そして泥の中へと俯せに倒れ込む。
力が入らない。音も聴こえない。世界は歪んだまま――――けれど色は消え、暗闇の中。
泥に顔を埋めている内に息苦しくなって、首を横に向ける。それが精一杯の動作だった。
――――…足…?
霞んだ視界に足の踵が見える。目線を上へと泳がせる。くびれた腰、小さな背中。
――――…あれ……は……‥‥
見紛う事無き“彼女”の背中。幾度と無く視界にちらついては、消えていった“彼女”の背中。
そしてその背中は、今にもその場から立ち去ろうと歩き出す。
――――……行く…な…‥‥
自分でも理解ができなかった。
あんなにも恐れていた“彼女”の姿だというのに、今は心の底から「引き止めたい」と願っている。
側にいて欲しいと、その手に触れたいと、その身を抱き寄せたいと、ゼロは願っている。
しかし、あまりのダメージに声を出すことすらできない。
――――行かないで………くれ…‥
どれだけ願っても、強く祈っても、“彼女”の背中は遠ざかる。
――――……たくない…
その背中はだんだんと、闇に向かって進んでゆく。二度と手の届かない、闇の向こう側へと。
それでも想うのだ。願い、祈るのだ。
――――…失い…たくない……
失いたくないんだ
ただ一人
俺を
包んでくれた人
最愛の人――――……‥‥
――――…駄…目……か…‥
届かぬ想いを保ち続ける気力すら今はない。
それでも雨は激しく降り続く。視界はさらに歪み、次第に黒く染まり、意識は遠のいてゆく。
やがて全てが闇に閉ざされる。
――――……なのに
それなのに
全てが消えたはずなのに
何故だろう……
いつまでも
ノイズが
消えない
―――― * * * ――――
「報告致します!」
「ああん?」
指揮官室へと訪れたオペレーターの声色に、眉をひそめる。察するに何かトラブルが起きたらしい。
まったく面倒くさいことだと彼は思った。
軍団を率いている自分の立場を思えば、確かに仕方が無いことだが、“闘い”にしか興味のない彼にとっては、それ以外の“雑事”は全て部下に押し付けてしまいたい邪魔な存在なのだ。そしておそらく、たった今舞い込んできた新たなトラブルもそう言った“雑事”に決まっている。
そう思い込んでいたが、事態は彼の予想を良い意味で裏切ってくれた。
「戦略研究所より発案されていた“アンデッド計画”、実験機第三号の反応消失を確認しました!」
「なにぃ!?」
「アンデッド計画」――――死んだはずのレプリロイドやメカニロイドの体を、統制用レプリロイドが専用の特殊ナノマシンによってあたかも生きているかのように操作し、それらを前線で部隊として活用することで、資源の削減を図るというもの。
彼はこの計画に不服だった。
闘いとは生者同士によるものだからこそ、血が滾り、心踊るものとなるのだ。だというのに、その舞台となるべき戦場に、屍共が死に切れずに彷徨うとあっては気分が悪い。だが、本国の戦略研究所はその計画を推進し、彼もまた立場上、それに協力せざるをえなかったのだ。
しかし、その計画において実験されていた統制用レプリロイドの反応が突如として消えた。
彼は考える。
たかが統制用レプリロイドと言えど、特殊部隊の長として活用するという理由から、それはミュートスレプリロイドとして開発されていた。
しかし、そのレプリロイドが死んだ。どこかの何者かによって破壊されたのだ。
いや、そう考えるのは早計かもしれない。もしかしたら、単純に通信機器が故障しただけかも知れない。
だが、彼はそこまで考えた後、「そんな面白くねえ話のはずがねえよなぁ」と呟き、ニタリとほくそ笑む。
そうだ、そのミュートスレプリロイド――――アヌビステップ・ネクロマンセスは死んだのだ。いや、殺された。何者かの手によって。何者かと闘って。
ふと、ガネシャリフが倒されたという話を思い出す。
「……面白くなってきたじゃねえか」
笑いが込み上げてくる。
ここ最近、いや、生まれて以来自分と対等に戦える者と出会ったことはない。もちろん仲間の中にはいるかもしれない。けれど、真に命を懸けたやりとりなどはできるハズがない。
しかし今はどうだ。ミュートスレプリロイドを二体も倒したという者が現れた。なかなかに骨のある者が、姿は見えずとも彼の前に現れたのだ。
無論、それが「一人である」かどうかは彼には分かる由もないが、それでも彼は「一人である」と決めつけていた。
「いかが致しますか……?」
「そうだな、とりあえずは……放っておけ」
本国に知らせろというわけでもなく、彼はただ放っておけと指示する。
思わず部下は「いいのですか!?」と素っ頓狂な声で問いただす。だが、彼は「構わねえよ」とあくまでも余裕を持って切り返した。
「もう少し様子見しようや」
彼は片手をひらひらと振りながら、そう答える。
そうだ、もう少し様子見が必要だ。対等にやり合える強者だと信じて飛びかかった挙句、ハズレくじという可能性も否めない。その者の強さが真であるかどうか、それをもう少し見極めたい。
「了解…しました。……烈空軍団、冥海軍団には…?」
「“ハル”と“レヴィ”? …言うな言うな! 面倒くせえ話になるに決まってやがる。何処にも漏らすんじゃねえぞ。勿論、元老院の連中にもな」
「ハッ」と威勢よく敬礼をして、オペレーターは指揮官室を去っていった。扉が閉まってから彼は呟く。
「さぁて…楽しみにさせてもらうぜ。“紅いイレギュラー”よぉ……」
抑えきれぬ高揚感に、“闘将”はしばらく一人で笑い続けていた。
NEXT STAGE
キズダラケ