―――― 1 ――――
「…俺のことは…棄てて行ってくれ」
トムスが肩越しに弱音を吐く。
敵のレーザーに被弾した彼の脚部は、今や片方しかなく、コルボーが肩を貸してくれていなければ自力で立つこともできない状態だった。
しかしコルボーの体はトムスに比べ一回りも小さく、レプリロイドとは言え、重荷となっていることは明らかだった。
だが、それでもコルボーはトムスの肩を支えて歩き続けた。――――たとえ自らの命と引き換えにしても、仲間を捨てることなどどうしてもできなかったのだ。
体に疲労が溜まっているのは明らか。足元はふらつき、今にも倒れ込んでしまいそうであった。が、それでも気力だけで彼は――――いや、彼らは歩き続けていた。
ネオ・アルカディア四軍団の一つ、塵炎軍団の前線部隊にゲリラ戦を仕掛けるべく派遣された彼らは、僅かな連携ミスのせいで敵と正面からぶつかり合ってしまい、そして今ようやく追撃を振り切り帰路に着いたところだった。
とは言うものの、当初六十名程度いたメンバーも今では半数以下に減ってしまい、残った者達もほとんどが負傷していた。
しばらく歩き続けた後、手頃な岩場で休息をとることにした。隠れるように身を寄せ合い、腰を落とし、息を落ち着ける。
「…増援は来ないのでしょうか…?」
ふと、メンバーの一人が弱々しく問いかける。しかし皆、口を噤み、誰一人として答えようとしない。――――いや、答えるまでもないと分かっていたのだ。問いかけた本人までも。
増援は来ない。既にこの部隊は切り捨てられた。
当然だ。それも理解している。
「白の団」が行うのは、ゲリラ戦と言えどいつだって捨て身覚悟の博打に他ならない。元から天地程にかけ離れている戦力差。それを埋めるのは容易いことではないのだ。
もちろん、負け戦ばかりかと言えばそうではない。実際、マークが率いるこのチームも、既に幾つかのミッションを成功させてきた。
だが、どんなに優秀なチームでも、幕切れはいつだって呆気ないものだ。ほんのちょっとしたミスから、チームは一気に崩壊へと加速した。
そして、そんなチームにわざわざ救援を送るものはいない。
下手を打ったチームは速やかに切り捨てる。そんな一見冷酷にも見える方法こそが、「白の団」が今日まで体制を保ってきた秘訣でもあった。
敵の追撃を受けたチームを救援することはつまり、殆どの場合、敵部隊とほぼ真っ正面から対峙することを意味する。そんな無謀な戦いを、本来は非戦闘型であり、その上、戦闘のイロハも知らない素人である彼らがどうして行うことができようか。
それを理解しているからこそ誰も答えず、けれどそれが分かっていて尚、少しでも希望がほしいという気持ちがあるから、問いかけた。ただそれだけのことだった。
しばらくの重い沈黙の後、また別のメンバーが苦笑まじりに口を開く。
「…あの“英雄さん”は来てくれたりしないんでしょうかね」
その皮肉めいた発言に、ある者は同じく苦笑をこぼし、またある者は憤りの色を浮かべた。
『あの英雄さん』とは、作戦前、進行中に特別回線を通じて流された「演説」の中心人物を指していた。流れる金髪をなびかせる「伝説の英雄」。――――しかし、その口から発せられたのは、およそ英雄と呼べるには程遠い、傲慢で下衆な言葉だった。
「『たった一人でネオ・アルカディアを潰す』なんて言ってやがったが、どうだかな…」
嘲笑とともに、誰かが言う。そしてまた誰かが「やれるもんならやってみろ」と吐き捨てるように呟く。
今だからこそ身に染みて分かる。ネオ・アルカディアは強固にして強大だ。
とても正面から立ち向かってどうにかなる相手では無い。が、策を弄したとしても、五分に持ってゆけるとは到底思えない。
そう、今だから分かる――――
「………………」
それ以上、誰も“英雄”をなじることは出来なかった。
自分たちもまた、数時間前まではネオ・アルカディアと言う存在を有り得ないほどに軽視していたのだと、思い知ってしまったから。
この状況に陥るまで、彼らは信じていた。
どれほど脆弱であろうと、結束し、協力しあえば、レジスタンス側はネオ・アルカディアと五分に渡りあえると。いつか勝利を掴むことができると。レプリロイドの自由と権利を勝ち取る日が必ずや訪れるのだと。一寸の疑いもせずに信じていた。
そしてそれが全て間違いであったのだと、現実に打ちのめされた。
信じ続けたそれは、どこまでも激しく愚かな妄想だった。――――そんな妄想を声高らかに叫んでいた自分たちが、あの“英雄”の大言壮語をなじることがどうしてできようか。
そして皆、それまでの思考を全て中断し、即座に息を潜めた。
風とともに、どこからともなく冷徹な機械音が聞こえたからだ。
「ガシャリ、ガシャリ…」とゆったりとしたリズムで刻まれる独特の歩行音は、間違いなくパンテオンのそれである。
――――数は五……いや、十機…か…?
おそらく先程振り切った部隊の一部だろう。散開し、残党の捜索をしているらしく、足並みは揃っているとは言えない。
しかしやがて、それらの歩行音はひとつの場所に狙いを定め、直進し始める。如何にも“何者かが隠れていそうな”岩場を見つけたのだ。――――そう、マークチームが息を潜め身を隠している岩場を。
近づく足音。高まる緊張。迫り来る恐怖。
「ザッ…ザッ…」と砂を踏み締める音が、敵が直ぐそこにいる事を知らせる。
――――どうする…!? どうすればいい!?
リーダーであるマークも、この状況では普段の冷静な思考を発揮できずにいた。ただひたすら絶望の中、有りもしない希望を求め悶え続けるだけ。
負傷者ばかりのこの状況で、パンテオン達とまともにやり合えるわけがない。たった十機。されど十機。彼らの力では、結末が目に見えている。だがこのままここに隠れ続けて、やり過ごすことができるだろうか?打って出てみるべきではないだろうか?――――いや、このままやり過ごせるのではないか?
無駄に犠牲を払うよりも、おとなしく隠れ続けた方が生存率は上げられるのではないか?
マークの思考が堂々巡りを続けているうちにとうとう一機のパンテオンが、マーク達が身を隠している岩に手をかけた。その瞬間――――……‥‥
「うぁああぁぁあぁぁぁああぁぁ…っ!!」
「…っ!?……コルボー!!」
大声で叫びながら、コルボーは傍らにあったエネルギー銃を手に、岩場から飛び出し、パンテオンの側面に回った。
岩に手をかけたパンテオンの頭部に銃口を向け、引き金を引く。フルオートの銃から撃ち出された無数の光弾により、パンテオンの頭部は破片と擬似体液を撒き散らしながら数秒と経たず粉々に吹き飛ばされた。
そのまま崩れ落ちたパンテオンのボディ。コルボーは肩で息を切らしながら見つめる。
――――なんとか…一機……
しかし、そんな小さな勝利の余韻に浸る間などあるはずも無い。
「コルボー! 戻れ!! 早く!!」
既に他のパンテオン達がコルボーに狙いを定め、バスターの銃口を淡い光と共に向けていた。チャージショットの一斉射撃により、一度で仕留めるつもりらしい。咄嗟に状況を理解したコルボーだったが、それはあまりにも遅すぎた。
「うぁ……ああぁ……」
死への恐怖で顔が歪む。そしてまた、二度と戻れないであろう場所、会えないであろう仲間達に思いを馳せ、悲痛な声を漏らす。
だが、冷徹な兵隊達はそんなことを微塵足りとも気にかけず、ただ与えられた任務を遂げようとする。
「い…嫌だぁぁぁぁぁぁっ!!」
拒絶の叫びも虚しく、審判は冷酷に下された。
視界を遮る鮮烈な光。
飛び散る擬似体液。
諸々の破片――――
――――だが、それらはコルボーの物では無かった。
「…………あ…れ……?」
自分の体はなんとも無い。意識はあるし、思考もできている。強いて挙げるならば、尻餅をついた時の痛みが僅かに響いているくらいだ。
咄嗟に眼前を覆った両腕を、恐る恐る下ろしてみる。するとそこには信じ難い光景が広がっていた。
辺りに転がるはパンテオンの残がい。首と胴を離されたもの。腰で上下を分かたれたもの。頭のてっぺんから股間までを見事に両断されたもの。――――そして最後の二機がちょうど今、鮮烈な光を放つ剣により目の前で瞬時に切り裂かれる。突如として現れた謎の男の剣によって。
その剣の軌跡は芸術と形容しても差し支えないほどに美しく、その場にいた者たちは彼の剣技にひたすら見とれてしまった。
圧倒的な戦闘――――というより殺戮に一段落ついた後、コルボーも、身を隠していたマーク達も皆、その場に現れた男に視線を集中させる。
「………あれは…」
そこに立っていたのは長髪の男。紅いコートに流れる金髪。
「…やれやれ……っと――――」
パンテオン達の残がいの中、ため息混じりに呟く。そしてこちらを振り返り、爽やかに問いかけてくる。
「――――無事か坊主?」
たった今、一人で十機ものパンテオンを、しかもほんの一瞬にして薙ぎ払ったとは決して思えないほど軽い調子で尋ねてくる。
「そっちに隠れているので全員か? …思っていた以上に残っているな」
皆、その男に見覚えがあった。彼こそ正しく、特別回線を通じ、一度だけ映像で見た――――「白の団」メンバー全員に暴言を吐き、このチーム内でも話題に上がった例の男。
「あなたは……」
思わず声に出したコルボーに男はまたも軽い調子で、得意げに答える。
「『伝説の英雄』様さ。……助けに来てやったぜ、坊主」
人呼んで「紅の破壊神」――――「ゼロ」。現れたのはその男で間違いなかった。
3rd STAGE
包囲戦線
―――― 出撃二時間前 ――――
「……道を開けてくれないか…?」
とうとう堪えきれず呼びかけたゼロだったが、目の前の男たちは聞き入れる素振りを見せようとしない。それどころか、ただ険しい表情で睨みつけてくるだけである。
――――…どうしたもんかな……
ため息と共に髪をかきあげる。
半分は自分でけしかけたようなものだが、このような反応が返ってくると少々呆れてしまう。
夜明け頃、遺跡から帰ってきたゼロを出迎えたのは、当然のことながら温かい眼差しではなかった。
前日の演説での宣言は、白の団に属するほぼ全てのメンバーが耳にしており、皆一様に憤りや怒りを感じていた。
そしてもちろん、ライドチェイサーの格納庫を取り仕切っている整備班のメンバーも例外ではなかった。彼らはゼロが帰ってくると、自分たちの憤慨を思い知らせるべく、直ぐ様周りを取り囲んだ。
無言のまま睨みつける整備員達。その眼差しはどれも、一方的な侮辱への謝罪を要求していた。
「……道を開けてくれ」
もう一度、わずかに苛立の色を含めて要求する。しかし、誰も答えようとしない。ゼロの口から望みどおりの言葉が出るまでこの状況を継続するつもりらしい。
自分に非があることは認めよう。何かしらの意図はあったにせよ、あれだけの侮辱をしておいて見逃してもらおうと言うつもりはない。怒るなら怒ればいいし、罵りたければ好きなだけすればいい。そういった反応の殆どを受け止めるつもりでいたのだから。
だがそれも、レジスタンス活動に対する信念故と理解できる範囲であればの話だ。
――――こんなことに時間を潰す暇があるってのか?
名誉を傷つけられたことに対し怒っているのだとしても、真に目指すべき大望があるのならば、それに少しでも差し障るような行動をとるべきではないだろう。彼らが立ち向かおうとしているのは、今や世界の中心となっている強大な国家のハズだ。嘘か真かも分からない英雄一人の戯言に付き合う時間も惜しむべきではないのか。
自分の言動のすべてを肯定できるつもりはないが、彼らの行動もまた、容易に認めてはいけないものだと感じた。だからこそゼロは、ただ道を開けるよう要求するだけだった。
もっとも、そうした思案の結果がこのような一触即発の状態を招いてしまったわけだが。
「……仕事を一つ片付けてきたんで、ゆっくり休ませてほしいんだが?」
再三の要求を無視し、整備員達は睨み続ける。しかしそろそろ耐え続けるのも限界だ。
――――このまま突っ切ってくれようか…
ゼロ自身、実際のところあまり気の長い方ではない。そのことについては本人にも多少の自覚はある。
このまま時間を潰していても仕方がない。ならば前進あるのみ。
たとえそれがどれだけ周りとの間の溝を深める行為になろうとも、自らにとってもっとも必要な事は急な戦闘に備えた十分な休息であり、それに向かって迅速に行動するべきだと判断した。
ライドチェイサーのハンドルに手をかける。それを目にした整備員達は、一戦やり合うつもりらしく、臆す事なく身構える。と、その瞬間――――
「なぁにをやっとるかぁっ!!」
場の緊張を一気に引き裂くように、怒号が飛ぶ。突然のことに、ゼロも、整備員達も身を震え上がらせる。
皆、恐る恐る声の方に目をやると、そこには豊かな口髭が目立つ、作業着を着た一人の老人型レプリロイドが立っていた。
「バカなことに時間を裂く暇があるなら、マシンの調整をしっかり仕上げんか!」
「待ってくれよ、ドワさん! 俺達はコイツを……」
整備員の一人が老人レプリロイドに訴えようとするが、それを全て言い切らないうちに、またも怒号に遮られる。
「ワシの言うことが聞けんのならそう言え! それなら構わん! まともに仕事ができんヤツはこの場から立ち去れ!!」
そう一喝されると、ゼロを取り囲んでいた整備員達は渋々その場から退き、それぞれの持場へと戻っていった。
一人取り残されたまま呆気にとられているゼロの元へ、老人レプリロイドが何事もなかったかのように近づいてきた。
「さて。ゼロ君と言ったかな?」
「ああ、そうだ。そう言うあんたは……『ドワ』…って呼ばれてたかな」
「如何にも、ワシがここの荒くれ者共をまとめている、班長のドワだ」
ドワは誇らしげに胸を叩く。
「ささ。挨拶も済ませたことだし、そろそろそいつから降りてくれないかね? 君同様、彼もお疲れだと思うからね」
「『彼』…?」
ドワの指差す方を見て、「ああ、こいつのことか」と呟き、腰をどける。
「ライドチェイサーと言えど整備を怠ってしまえば、どんな障害が起こるかも分からんからね。長く使いたいならそれなりに面倒を見てやる必要があるのさ」
ドワはそう言うとライドチェイサーを押して格納庫の奥に向かって歩き出した。と、呆然と突立ているゼロに向かって「君も来たまえ」と付いて来るように促した。
工具箱を開け、いくつかの工具を取り出すと、ドワはライドチェイサーの各部の点検を始めた。ゼロは壁に寄りかかり、その鮮やかな仕事ぶりを見物する。
「ここにあるマシンは、どれもワシらが管理することになっていてな」
徐ろにドワが語りかけてくる。
「突然、一台でも姿を消せば、そのことが気になっておちおちゆっくり眠りもできん」
苦笑交じりに冗談めかしてはいるが、何を言おうとしているのかすぐに分かった。
「…すまない、勝手に使わせてもらっていた。……足が必要になってな」
「まあ、マシンは使われるためにあるからのう。――――とは言うものの、これからは一言くらい声をかけてくれたまえよ」
そう言って快活に笑う。先程までの厳しそうなイメージとは打って変わって、言葉の端々からは親しみを感じられる。
「さっきはすまなかったね」
一転して出された謝罪の言葉に、ゼロは反応するまで少しかかった。
「ここには基地の中でも、ちょいと血の気の多い連中が集まっておってな。あんなやり方しか思いつかんかったのだろう」
先程の部下達の行動について、謝罪しているらしい。だが却ってその態度はゼロにとって疑問の種となり、そしてそれは直ぐに口を衝いて出た。
「…いいのか?」
「ん? なにがじゃ?」
作業を続けながらドワはゼロに問い返す。少し間をおいてから、ゼロは問い直した。
「あんたは……俺に対して何も思わないのか?」
怒りはしないのか?――――仲間を侮辱した、その当人を前にして、この老人レプリロイドは何故こんなにも平然としているのか。
ゼロにはそれが少し不気味に思えたのだ。だがドワは、少しぽかんとしたあと、またも快活に笑い出した。
「なにか、おかしかったか」
「いやいや、別にそういうわけではないがね」
尚も溢れそうな笑いを押し殺しながら、ドワは答える。
「つまり君は、ワシも彼らと同じように君を取り囲むものだと思っているのかな」
「…まあ……そういうことになるかな」
なんだかバツが悪い。ゼロは顔をそむける。
「そうさな。確かに、ワシにも君を怒る権利があるんだろうね。…だが、それはそれ。ワシに怒るつもりがなければ、その権利も使う必要がないわけだ」
「………」
「まあもちろん、君の言葉の全てを許せるわけではない。君は結局、ここに居る者達の想いの全てを理解しているわけではないし、それを知ろうとしているようにも見えない。だがね――――」
一通りライドチェイサーを弄り終えたドワは、立ち上がり、ゼロに向き直る。
「君の真意が何処にあるかは別にしても、“あの子”を無事にここまで連れ帰って来てくれたと言うだけで、ワシらは感謝こそすれ、怒ることはできんのだよ」
そう語ったドワの表情は、とても優しく温かいものだった。
「ゼロ! 帰っていたのか!」
そう声をあげながら、セルヴォが慌てた様子で駆け寄ってくる。と、ゼロの格好を見て、目を見開く。
「そのコートは……?」
「ん? ああ、これか」
遺跡で回収した真紅のコート。「紅の破壊神」の異名をとる伝説の英雄に相応しいそれを、ゼロは見事に着こなしていた。
「ちょっとした拾いもんさ。で、あんたは何をそんなに慌ててるんだい?」
「ああ、そうだった」と何かを思い出すと共に、ゼロの腕を掴み、強引に引っ張る。
「さあ、こっちへ来るんだ!」
「おいおい、なんだってんだ急に!?」
ゼロはセルヴォの腕を慌てて振り払う。慌ただしい状況に、ドワも心配そうに様子を伺う。
「メンテナンスだ! 百年も眠っていたボディにガタが来ていないか診させてもらうよ!」
「んな!? それこそ急すぎるぜ!! どこも悪いところなんか無いっての!」
「無くても診るんだ! 診ておくんだ!!」
「まあまあ落ち着け、セルヴォ。何をそんなに焦っているんだ? 君ほどの者がそこまで言うのは、何か理由があるのだろう? ゼロ君とてそれを話してくれれば、君の言う事を聞いてくれるだろうて」
とうとう痺れを切らしたドワが間に割って入る。なだめられたセルヴォは、一度息を落ち着け、理由を簡潔に話す。
「エルピスが君にこなしてもらう作戦を立案した。準備ができ次第、出撃してもらう」
「作戦?」
「そうだ。……敵陣に取り残されたメンバーの救出に向かってもらう。おそらく君一人でメカニロイドやパンテオン、ゴーレム併せて数十機以上とやり合うことになるだろう」
それを聞いたゼロは、それ以上何も言わず、ただ黙ってセルヴォの後について格納庫から出て行った。セルヴォの深刻な面持ちから、決して容易な作戦ではないと言うことが直ぐに理解できたのだ。
一人残されたドワは、小さなため息をつく。
「……無茶だけはせんでくれよ、ゼロ君。――――誰であろうと、何人だろうと、仲間に死なれるのは些か以上に応えるからの」
そう呟くと、そばに置かれたライドチェイサーのハンドルを寂しげに撫でた。
―――― 2 ――――
「あな…たが………」
目の前に颯爽と現れた伝説の英雄に、コルボーはまともに対応できずにいた。
そんなコルボーに手を差し出し、ゼロは立つように促す。
「ほら、坊主。早く立ち上がれよ。――――もたもたしてる暇はないぜ。いつ敵の援軍が来るとも分からないからな」
「…だ…大丈夫です! 自分で立てます」
ようやく我に返ったコルボーは、差し出された手を払いのけ、慌てて立ち上がる。そして、目の前の男をジッと見つめる。
――――この人が……
二人は並んで、他のメンバーが隠れている岩場へと戻る。未だ呆気に取られている者たちを無視して、ゼロは簡単にあいさつを済ませる。
「司令官殿の命令を受け、救援に来たゼロだ。まあ、よろしく」
だが、誰からの返事も無い。皆、ゼロへの対応に戸惑っている様子だった。
無理も無い。先日の演説を見たというだけでなく、これだけ切迫した状況に送られてきた援軍が一人だけとあっては、冷静でいられるハズも無い。となれば、挨拶など呑気に交わしている心の余裕も無いのだろう。
そういった精神的な事情についてはゼロも覚悟していた。仕方あるまいと飲み込む。
――――とりあえずは俺が指示を出すべきか……
そう考えていると、一人の男が前に進み出てきた。
「このチームのリーダー、マークです。救援に来て頂き、心より感謝します」
「よろしく」と握手を求め、手を差し出してくる。
ゼロは正直、驚いた。この状況において、こんなにも落ち着いた物腰でいられる者がこの組織の中にいたとは。
――――…いや、違う……か
実際には、必死で自らを落ち着かせようと努めているのだと、ゼロはその瞳から読み取った。
なるほど、チームのリーダーを任されるだけあって、その責任感は大したものだ。チーム内の動揺をこれ以上大きく広げないために、気を張っているのだろう。――――こういった男をチームのリーダーに選び出すあたり、あのエルピスという男もそうそう無能ではないのだなと、少しだけ関心した。
マークの心意気に敬意を評し、ゼロは握手に答える。
「伝説の英雄様に、救援に来ていただけるとは光栄です」
「まあ、それほど大したもんじゃないけどな」
皮肉とも取れそうな言い回しではあったが、そういった類のものを感じさせないマークに、ゼロは少なからず好感を持てた。
「とりあえず、ここから離れるぞ。俺が先導する。ある程度動けるヤツらは後方に回って、負傷者達を挟むような形で動こう。何か異変があればすぐに報告――――そうすれば、高速で駆けつけてやる」
「了解しました。――――よし、それじゃあ皆。速やかに……‥‥」
「待ってくれよ、リーダー」
順調に運びつつある話を遮るように、メンバーの一人が声を上げる。その顔は明らかに不満の色を帯びていた。
「そいつの言いなりになっていいのかよ。そいつは…俺達を……」
そこで言葉を濁らせたが、はっきり口にせずとも、言いたいことは容易に想像が付く。「まあ、あってしかるべき反応だな」とゼロは心の中で呟く。
だが、内輪で揉めていられるほどの余裕がないことも確かであった。
「その話は後だ、ヘルマン。……今は一刻も早くこの場を離れよう。――――さあ、皆。俺達のホームへ帰るぞ。急いで動け」
マークの掛け声と共に、メンバーが一斉に動き出す。ある者は銃器を手に。ある者は傷ついた者に肩を貸し。不満も、戸惑いも決して無くなったわけではないが、リーダーであるマークの指示に従い、手早く支度を済ませる。ヘルマンも舌打ちをし、小声で文句を垂れてはいたが、マークの指示に従って動いている。――――マークのリーダーシップの高さを、ゼロは理解した。
旧世紀の遺産とも呼べる、砂に埋もれた廃墟群がたまに目の端に映るくらいで、他にこれといった物は見えてこない。一面、見渡すかぎりの荒地で、追手の気配すら感じられない。
まるで葬式の参列者のように、重々しい空気を漂わせ、ゼロ達の一行は重たい足を基地に向け動かしていた。
目の前を行く紅いコートの背中を睨みつけながら、それでも離されないよう、皆できるだけ急ぎ足で歩く。
「……コルボーよう、お前はどう思う?」
突然尋ねられ、コルボーは「何が?」と問い返す。
「あの英雄様だよ。……噂をしてたら本当に来やがったけど……」
そこで言葉を切るが、言いたいことはすぐに伝わった。
「…そりゃ、いい気分はしないよ」
多くの仲間達の犠牲の下、白の団は百年前の英雄を復活させた。しかし、その英雄は白の団のメンバー全員を役立たずと罵ったのだ。
そんな彼をここにいる誰ひとりとして、心から歓迎できはしなかった。
――――それは、マークさんだって同じはずだ……。けど…
確かにリーダーであるマークも、その不満を感じていないわけではない。だが彼は自分の「リーダー」としての立場をわきまえ、救援として死地へと送られてきた英雄を温かく迎え入れた。そして、その対応を見て、もちろん多少の小言を漏らす者もいたが、ほとんどの者は「自分も不満を抑えよう」と務めることにしたのだ。そうした気遣いの重なりから、チームはまともに機能し、行動することができた。
「マークさんが黙ってるうちは……俺達も我慢するしかないだろ……」
コルボーの横でトムスがそう呟くと、尋ねてきた者は顔をしかめ、口を噤んだ。
そうしたやりとりがチームのあちらこちらであったのか、ついに愚痴をこぼす者は一人もいなくなった。
―――― 出撃一時間前 ――――
「ロシニョル、後は私がやるよ。ご苦労様」
セルヴォが労いの言葉をかけると、ロシニョルと呼ばれた女性レプリロイドはさっさと部屋から出ていった。
メンテナンスカプセルの制御用コンピューターを操作し、メディカルチェックと各部のケアを始める。
「この中身を覗かれてる感覚……気に入らないな」
カプセルの中に横たわったまま、ゼロは少し不快そうに顔を歪ませた。
「ほんの少しの辛抱だよ。……君には健康でいてもらわなきゃ困るからね」
苦笑混じりに返すセルヴォを見て、「…こいつもか……」とゼロは心の中で呟く。
先程話したドワもこのセルヴォという男も、決して心を許すべきでは無い相手の前で、何故こんなにも柔和で温かな空気を纏っていられるのだろう。
「さっきのジジイ同様、アンタもおかしなヤツだな」
「ん? ……というと?」
「先日のこと。忘れたワケじゃないだろう?」
セルヴォの態度を――――また、もちろんドワの態度も――――理解し切れずにいたゼロは、先程と同様の問いをセルヴォに向けて発した。
「あれだけ言ってやったってのに、他に思うことは無いのか?」
その言葉に反応し、作業をしていたセルヴォの手が止まる。そして、ゼロの方を見つめる。ほんの数秒。
それから、途中まで仕上がっていた作業を一気に終わらせると、カプセルの側の椅子に腰かけた。カプセルの方はと言うと、セルヴォの打ち込んだデータを元に、ゼロの体を解析し、ナノマシンを利用した修復作業を始めていた。
「『他に思うことは無いか』と聞かれれば、もちろん無いわけじゃない。私たちは“レプリロイド”。“考えるロボット”だからね」
他の団員やドワもそうであるように、セルヴォもまた、ゼロの発言を全て許すつもりは無い。仲間への侮辱には怒りを感じたし、その舐めきった態度には嫌気が差した。
「“それでも”だ。……あの子――――シエルが君を信じると言ったからには、私たちが信じないワケにはいかないんだよ」
「また同じようなことを言う……」
態度だけでなく質問への解答まで、まるで口裏を合わせたように、重なっていた。
「お前たちにとって、あの小娘は何だって言うんだ?」
確かに「レプリロイドのために」とたった十四歳の少女が、人間の中でただ一人立ち上がったことは、とても勇敢な決断だったと認めよう。
だが、やはりシエルは“少女”なのだ。どんなに崇高な理想を持っていようと、どんなに優秀な頭脳を持っていようと、シエル自身が認めるように、非力であることは変わらない。
それなのに、このセルヴォや先程のドワのような者たちにとっては、怒りや憤りの感情を抑え込み、寛容な心を持たせるだけの大きな存在として、その精神の中に根付いているらしい。
「あの小娘の何がお前たちをそうさせる?」
そう問われ、セルヴォは少し考え込む。だが、そう長くかからない内に、セルヴォは何か思いついたように言葉を返す。しかし、それは質問への解答ではなく、新たな質問であった。
「『システマ・シエル』の話は聞いたかい?」
「システマ・シエル」――――シエルがネオ・アルカディアとの交渉に利用しようと設計した「準無限エネルギー循環システム」のことだ。
ゼロは「ああ」と頷く。遺跡に向かう前、彼女の決意と共に知らされていた。
「それを交渉の道具として最大限に活用するために、お前たちは命を懸けて戦っている。そうだろ?」
「その通り。――――それじゃあ何故、あの子がそんな物を作ろうと考えたか…分かるかい?」
「それは、レプリロイドの権利を………」
答えかけて、口を噤んだ。
違う。レプリロイドの権利を獲得するための道具――――などと言う易い物ではない。この惑星の存亡を左右しかねない代物を作る理由が、ただそれだけであるハズが無いのだ。
危うく短絡的な解答をしてしまいかけた己を恥じる。
“レプリロイドの権利の獲得”を目的とするならば、例え「システマ・シエル」がどんなに有効な手段と成り得ようと、わざわざそんな大それた物を作る必要は無い。更に言えば、「システマ・シエル」には交渉が済んだ後も役目があり、それはレプリロイドのためだけのものとは決して言えない。――――ゼロは先日の会話を思い返す。
『本当は、誰にも傷ついて欲しくなんかない。白の団の仲間にも。ネオ・アルカディアの人達にも…』
そう言った少女の目指すもの。レプリロイドも人間も平等に慈しむ少女が掲げる理想。それは――――……‥‥
「シエルはね、未来を作ろうとしているんだよ」
セルヴォが聞かせた答えに、ゼロは思わず「未来……?」と聞き返す。するとセルヴォは「そうさ」としっかりと頷いた。
セルヴォが今口にした“未来”――――それは、レプリロイドと人間が共に支え合い生きてゆく未来。「システマ・シエル」は、そんな優しい未来を作るための道具なのだ。
「ここにいる連中が、いったいどれだけの仕打ちを受けてきたか……君には想像つかないだろう?」
一般的な虐待から、“死ぬことすら許されない”地獄を味わった者まで、程度で言えば様々な者たちがいる。だが、皆共通して言えることがある。
「誰も“未来”に希望なんか持っていなかったし、“未来”というもの自体、その存在すら描いていなかった。…シエルに出会うまでは、ね」
シエルという人間に出会ったことで、“未来”を知り、いつしか“未来”への希望を抱くようになった。
もちろん、全員がシエル本人に救われてきたワケではない。だから、シエルという人間の存在に疑問を抱く者もいる。だが、その優しさはまるで波紋のように周囲へと渡り、いつしか輪となり、多くの者達を繋げ、包んできた。
そして、白の団という組織ができたのだ。
「だから、少なくとも私やドワやアルエットのように、直接あの子と関わってきた者達は、あの子が作ろうとしている未来を信じ、命を懸けている。そしてだからこそ、その未来のためにあの子が信じる戦士のことも、疑うつもりは毛頭無いんだよ」
それがどんなに勘に障る相手だったとしても。
シエルが信じる者を疑うのならば、彼女が作ろうとしている未来を疑うも同然だ。
皆、あの幼い少女の理想に懸けたからこそ、ここで命を張っているのだ。それならば、彼女の想いを最大限に尊重し、信頼することこそ重要だろう。
それらの信念は言葉にするまでもなく、セルヴォ達は皆そのようにしてきた。そしてそれはこれからも変わらない。
そうセルヴォは満足そうに語り終えた。
シエルという存在が、自分たちにとってどれだけ大きな存在であるのか、きっと彼にも伝わっただろう。
どうか彼もまた、それを理解し、想いを重ねてくれればと、願わずにはいられなかった。そうすることこそが、彼がこの場所と、メンバー達に受け入れられる為の道となるのだから。
しかしそこで返された言葉は、セルヴォの予想と期待を呆気無く裏切るものであった。
―――― 3 ――――
日が暮れる頃、一行は手頃な廃墟に身を隠し、休むことにした。まだすべて終わったわけではないが、ここまで敵に遭遇すること無く、無事に来れたことに安堵する。皆それぞれ腰をおろし、休息をとる。
「B-37Tにある旧塵炎軍団基地の空間転移装置を経由して本拠地周辺まで一気に飛ぶ」
ゼロがマークに今後の予定を語る。ここから数キロと離れていない旧塵炎軍団基地にある空間転移装置を使い、白の団本拠地周辺にある、別の旧ネオ・アルカディア軍基地へと飛ぶわけだ。無論、足がつかないように、サイバーエルフ達が空間転移装置のネットワークを管理し、情報を消去する手筈にもなっている。
「問題は、そこまで向かう途中で塵炎軍団とかち合うかどうか……ですね」
負傷者ばかりを抱えるこの状況では、通常よりも時間がかかってしまう。追手にはおそらく追いつかれるだろうし、また、行動を予測されれば先回りされることも有り得る。そうなればゼロが一人で時間を稼ぐことになるわけだが、決して無事に済むとは到底思えない。敵の数によっては、全滅の可能性も否定はできないのだ。
「……まあ、諦めるか腹括るかは各人に任せるさ。俺は、俺の仕事を済ませるだけだからな」
避けられない事態ならば仕方ない。それに備え、今は体を休ませるだけだ。だが、きっぱりと言い放つゼロの言葉に、またしても横で聞いていたヘルマンが突っかかる。
「何が『俺の仕事』だよ…」
苦笑とも、嘲笑とも取れる笑いを浮かべ、吐き捨てる。
「あんたにとっちゃ、本当は俺達の命なんざどうだっていいんだろ?」
「やめろ、ヘルマン」
「言わせてくれよ、リーダー!」
マークの制止も意に介さず、ヘルマンは不満をひたすら吐露する。険悪な状況に、誰もが狼狽える。
「いや、あんただけじゃねえ。エルピスさんにとっても、俺達個人の生死なんざどうでも良かったんだ。――――分かってんだろ? あんただって結局は切り捨てられたんだよ。『白の団にお前みたいのはいらねえ』って、エルピスさんが判断したんだ。へっ、『伝説の英雄』とか言われて天狗になってたんだろうが、それもお終いさ。残念だったな、英雄さんよぉ」
「いい加減にしないか!」
業を煮やしたマークがついに大声で怒鳴りつける。普段とは全く違う様子に、その場にいたメンバーは皆驚いた。しかし、ヘルマンは臆せず食い下がる。
「リーダー、あんたはこれでいいのかよ! こんな終わり方で、納得出来るのかよ!?」
そう問われ、言葉を返すことができない。――――実際マークにも、ヘルマンの言うことはよく理解出来ていたのだ。
この切羽詰った状況に救援が来ないことは、頭では理解していた。だが、どこかで可能性を棄てきれないでいた。希望を抱いていた。だが、送り込まれてきたのは実力の程も知れない件の英雄、ただ一人。この事実こそ、マークのチームが切り捨てられたというなによりの証であり、現実を否が応にも受け入れざるを得ない十分な材料となった。
納得出来るか?――――できるわけがない。
「レプリロイドの自由のために」という志のもと、白の団に尽くしてきた。危険も顧みず、任務をこなしてきたつもりだ。その終わりがこんなにも呆気ないものであっていいのか。そんなに簡単に切り捨てられるほど、自分たちの存在は組織にとって不必要なものだったのか。
マークチームのメンバー全員が、同じことを考えていた。
重くのしかかる空気。皆、ヘルマンの言葉が頭にもたれかかり、俯き、黙りこんでしまった。その瞬間だった――――……‥‥
「いいわけがないだろう!」
突然、マークがヘルマンの襟を掴み上げ、吠えるように言った。皆言葉を失い、彼に視線を集める。
そう、『いいわけがない』――――ヘルマンの悲痛な叫びに誰もが同じ思いを抱いていた。抑えるべき立場であるリーダーのマークですら。
「だけど」と言葉を続ける。その顔は苦悩に満ちていた。
「じゃあ……どうすればいいって言うんだ?」
逆にマークが問いかける。襟を掴んでいた手から力が抜けていく。次第にヘルマンは呆気にとられた表情のまま、地面に腰を落とした。
「納得しないで……できないで……それでどうすればいいんだ? 俺は…俺達は…?」
この状況を何とか打開したいという思いは、誰もが持っていた。生きることを、誰もが諦めきれずにいた。どれだけ切り捨てられようと、認められないものは認められない。
だが、だからと言ってどんな手があるというのだ。ここから生きて帰るだけの策も、力も持ってはいない。この終わりを納得出来ないからといって、どんな道があるというのだ。――――その問いにすら、誰も答えることが出来なかった。
「確かに、お前らが生きようが死のうが、俺には関係ないな」
重い静寂を裂くように、ゼロが唐突に呟く。
「そいつが言うように、あのお坊ちゃんは俺をとっとと捨てたいんだろうさ。“ガン”は早めに取り除いたほうがいいもんな」
言葉通り、ゼロという存在が白の団という組織を脅かす可能性も確かに否定出来ない。
「結局、奴は自分が天辺に居られる猿山を大事にしておきたいだけで、お前らみたいな“役立たず”が何人死のうが、正直どうでもいいんだろうよ」
「…あんた、いい加減にしろよ!」
「やめろ」というトムスを振りきり、コルボーが声を荒げる。
「演説の時からずっと役立たずだとか、勝手に決めつけやがって! 馬鹿にして!」
今まで抑えてきた感情が一気に溢れ出す。
「あんたなんかずっと眠っていただけじゃないか! シエルさんが……ミランたちが命がけで目覚めさせたから、あんたは此処にいるんだろ! 『役立たず』なんて言える立場かよ!!」
ゼロを目覚めさせるためにどれだけの命が消えていったのか。それを思うと、彼の言葉を決して認めるわけにはいかなかった。だが、怒鳴りつけるコルボーを、ゼロは「フン」と鼻で嘲笑う。
「勝手に利用しようとして、『命がけで目覚めさせたから』? 片腹痛いぜ。お前らの都合でやったことを恩着せがましく言ってくれるなよ。分かるだろ?――――言いたか無いがな、そういうのは『自業自得』ってんだよ」
言葉を返せない。認めたくないが、それは正論だった。
コルボーが自身で言ったように、ゼロはずっと眠っていた。この時代の戦争とは決して関係ない領域に身を置いていた。
それをこちら側に引きずり込んだのは、紛れもなく白の団のエゴであり、皆が胸に抱いていた“ゼロ”という英雄への幻想だ。
彼の発言を非難するのなら、彼を無関係の争いごとに巻き込んだ自分たちの行為もまた悔い改めるべきなのだ。
ヘルマンも、コルボーも、マークも、黙りこんでしまった。重い沈黙が、一同を包む。
その静寂を破ったのは、またしてもゼロだった。
「さっきも言ったように、俺にはお前らの命がどうなろうとどうだっていい。諦めるなら諦めろ。死にたい奴は死ねばいい。他人を気にするだけの広い心を、俺は持ち合わせちゃいない。――――けどな」
「けど?」と、皆、顔を上げゼロの方を見る。ゼロはただ言葉を続ける。
「俺はあいつに、お前らの命を託された。『必ず無事に帰ること』を約束した。――――約束した以上、それを違えるつもりはない。俺は生きて帰る。そして、今ここにいる連中も、全員、生きたまま連れて帰る。――――それだけだ」
それからは誰も、何も言えなかった。非難も、不満も、それ以上口にされることはなかった。
そしてその静寂は、とうとう夜明け頃まで続いた。
―――― 出撃四十分前 ――――
「バカを言うなよ」
予想だにしなかったゼロの言葉にセルヴォは一瞬、身を強ばらせた。
正直、想定しきれなかったその言葉の意味が、初めは取れなかった。ようやく理解して彼を見つめると、今までに無い程に険しい表情で、セルヴォを睨み付けていた。
「あいつは、ただの“小娘”だぞ……」
ゼロはそのまま、上体を起こしてきた。止めようにも真っ直ぐ睨み付けられ、それどころではなかった。
そして、僅かながら怒りの色が滲み出す。
「“未来”だって…? お前らはそんな大層なもんを、あんな小さなガキに背負わせようって言うのか」
「…な……そんな…!」
ゼロに気圧されながらも、セルヴォは咄嗟に反論する。
「さっきも説明したように、あの子は自分で未来を作ろうと決意した。そしてその理想に私たちは救われ、共感して……」
「『…共感して』、自分たちの“未来”を託し、理想を重ねて、あの“小さな肩”に命を懸けているワケか。それが重荷になるとも考えずに!」
セルヴォはそのゼロの言葉に息を飲む。そのような在り方に、今まで自分たちは気づきもしなかった。
「本当にお前らはおめでたいヤツらだよ。そうやって他人を勝手に神聖化し、自分たちが一方的に理想を押し付けていることにすら気づかない。……よく分かったぜ。お前らにとってあの小娘が何なのか。どういう存在なのか…」
若干十四歳の少女にレプリロイド達は夢を見た。“未来”という名の夢を。そして命を懸ける。その理想が遂げられるようにと。端からは、少女の理想のために戦う美談にも映るだろう。
しかし、実際は若干違う。少女の理想に、レプリロイド達はそれぞれの理想を重ねていた。そして“それ”が遂げられることを願い、命を懸けているのだ。「彼女がきっと叶えてくれる」と信じ、自分たちの死すら理想の糧にすると信じ…――――まるで、解かれることの無い呪いのように信じ続けている。
そしてその呪いに、誰よりも他者を慈しむ幼い少女は囚われ続けるだろう。その理想を遂げなければという使命感に苛まれ続けるだろう。「仲間たちに託された理想のため」に、彼女は自由も幸福も省みず、進み続けるだろう。
それがいったい、どういう意味か――――……‥‥
「要するに、あいつはお前らの“理想の犠牲”だろう!」
ゼロの言葉に激しく打ちのめされ、セルヴォはぐうの音も出せない。
ようやく顔を上げても、真っ直ぐゼロの方を見ることができなかった。
「……返す言葉も無いよ」
なんとか搾り出した言葉。認めざるを得なかった。
「確かにその通りだ。全員とは言わないが…確かに私たちはたった十四歳の人間の少女に、自分たちの理想を背負わせている。――――けどね…」
「けど……なんだ?」
「…………君にも、直に分かるだろう」
弱々しく見つめてくる瞳。だが、その中にはある種の確信のようなものが見えた。
「シエルという少女に、私たちが理想を託してしまうワケを。――――言い訳がましいかもしれないが、あの子にはそれだけの器が確かにあるんだよ……残酷なことに」
思わず「バカな」と零す。怒りを通り越して、呆れすら感じた。たった十四歳の少女に、そこまでの幻想を抱いているというのか。
だが、それ以上は言えなかった。何故ならゼロは、確かに彼らよりもあの少女について知らなさすぎたのだ。
納得できてはいなかったが、とりあえずは気を落ち着かせ、カプセルに再び横たわる。作業中のエラーに戸惑っていたコンピューターも、対象を見つけ、なんとか作業に入り直すことができた。
「……それじゃあ、私からも聞かせてもらうよ」
気を取り直し、今度はセルヴォがゼロに尋ねる。
「君は何故戦う?」
「何故…?」
思いもよらない問いだった。
「君の戦う理由が、私たちにはどうしても分からないんだ」
自ら罵倒し、侮辱した連中の中に身を置いてまで、また、かつての親友を敵に回してまで戦う理由。
「ネオ・アルカディアの連中が気に食わない…ってだけじゃダメなのか?」
あの少女に涙を流させる、ネオ・アルカディアという存在が気に食わない。ガネシャリフ戦で見つけた一応の答えでもあった。
「あの小娘の力になりたいってだけじゃ、いけないのか?」
「『シエルの力になりたい』というなら、君は――――」
少し言葉を選ぶように迷う。そして、問いを続ける。
「――――君は、シエルの何に惹かれたんだ?」
「彼女の力になりたい」と思えるほどの何かを感じたのではないか。白の団のメンバー同様、ゼロもまた、彼女の何かに惹かれたのではないか。セルヴォの中にはそんな問いが生まれていた。
「『何に惹かれた』……か…」
ゼロは確かめるように問われた言葉を呟く。
それは偶然にも、先日、自分の中で保留していた問いとも一致していた。
ネオ・アルカディアという国が気に入らない。だが、この白の団というチームも好きにはなれない。だが、シエルの力にはなりたいと思う。
――――何故だ?
戦う理由は確かにそこにある。だが、その理由の根源は見つけられないままだった。
しかしこの時も、遂に答えを出すことは出来なかった。セルヴォもまた、無理に答えさせようと急かしはしなかった。
「ゼロ!」
勢い良く扉が開き、シエルとアルエットが駆け込んでくる。
「どうした小娘?」
血相を変えて飛び込んできた少女にゼロは驚く。何か悪いことでも起きたのだろうか。
だが、そんな心配は必要なかった。ゼロの顔を見て、シエルはほっと胸をなでおろしていた。
「すぐにメンテナンスルームへ連れて行かれたって聞いたから……」
「心配してくれたわけか…はは」
少し馬鹿にしたような笑いをこぼす。
「問題ないぜ。俺はこの通り、ピンピンしてる。ここのおっさんがちょこっと心配性だっただけさ」
そう言ってセルヴォの方に視線を送る。
「おっさん」という冗談めかしたゼロの発言に、セルヴォは不満気に言葉を返す。
「百年前のレプリロイドに言われたくはないよ」
ゼロもシエルも「確かに」と声を合わせて納得してしまった。
「エルピスから、次の作戦のことは聞いた?」
セルヴォが座っていた椅子に腰掛けるやいなや、シエルは不安気な声色で尋ねた。膝の上にはアルエットを乗せている。
「いいや。……まあ、一応セルヴォから軽くは聞いたが…。何でも“大層な歓迎パーティ”があるそうで」
冗談交じりに答えるゼロ。だが、シエルの目は相変わらず不安と心配が入り交じっていた。そしてまた――――
「…なにをそんなに申し訳なさそうな面してるんだよ」
ゼロを見るシエルの表情には、明らかに謝罪の色が浮かんでいた。
「ごめんなさい、ゼロ」
「なにが?」
「……私も、詳しく知らされてたわけじゃないんだけど……スゴく大変な任務なんでしょ?」
「『でしょ?』って言われてもな…。俺も詳しく知らされた訳じゃないし」
ゼロの言葉に「そうよね」と笑ってはみるものの、やはりシエルの表情は硬い。
エルピスが計画した作戦は明らかに過酷なものだった。メカニロイドやパンテオン、ゴーレム併せて数十機以上とやり合うことが予測された。また、シエルには「僅か」としか知らされていなかったが、オペレーターが出した推定生還率はたったの15パーセント。その確率が導きだす答えは単純明快、「帰れない可能性の方が圧倒的に高い」ということだった。
「初めての任務なのに……目覚めたばかりなのに……」
白の団としての初任務がこのような無理難題となるとは。たとえ「伝説の英雄」と言えど、決して無事に済むとは思えない。
そもそも、何故このような事態に巻き込まれることになったか。理由はよく分かっていた。だが――――……‥‥
「それ以上は言うな、小娘」
先を予知したように、ゼロが制止する。
言いたいことは分かる。けれど、それを言わせる訳にはいかなかった。何故ならそれは、彼女の行動の否定であり、そしてまたゼロにとっても心地の良いものではなかったから。
気持ちのやりどころをなくし、戸惑うシエルを見て、「やれやれ」と溜息をつく。
「『初めて』も糞もないだろ。俺が眠りに就く前、どれだけの戦いをこなしてきたか。……もちろん、覚えてるわけじゃないけどな」
しかし、経験として蓄積されている。「イレギュラー戦争」――――いや、それ以前から戦いの中に身を投じて生きてきた彼にとっては、この過酷な作戦も数百、数千の戦いの内の一つでしか無い。記憶がなくなろうと、それは変わりないことだった。
「それでも……」
「心配する必要なんか無い。お前はあの時みたいに、迷わず俺に頼み込めばいいのさ。『ネオ・アルカディアと戦ってくれ』ってな」
「ゼロ……」
無用な心配だと微笑むゼロに、シエルはようやく表情を緩めた。
「見ろよ、あのコート」
ゼロが目配せする。シエルはその視線の先を見る。
そこには壁にかけられた真紅のコートが、存在感を強く放っていた。
「……あれが…『カプセル以外にあった』物…?」
「そ。――――俺が“何者”であるかの確かな証拠さ」
しばらくしてメンテナンスが済み、カプセルから起き上がる。
かけてあったコートを、セルヴォが手渡す。そして、ゼロはそれを羽織る。その姿は、白の団の戦闘服を纏っていた時よりも、遥かに“らしい”格好だった。
「分かるだろ? 心配なんかいらないんだよ」
この真紅のコートが証明してくれている。
「なんたって俺は……」
「『でんせつのえいゆう』だもんね」
咄嗟にアルエットが決め台詞を掠め取る。
おかげでバツが悪くなったゼロは、仕方なく「その通り」と苦笑いを浮かべながら頭を撫でる。
その光景にシエルもセルヴォも、心が静かに安らぐのだった。
―――― 4 ――――
「嘘…だろ…」
その光景を、その場にいる誰もが疑った。
休息をとった廃墟から歩き出し、ようやく目的地であるポイントB-37Tの旧塵炎軍団基地までもう一息と言ったところで、彼らの目の端に最悪の光景が飛び込んできた。
ライドチェイサーに跨るパンテオン。その支援用に配備されたメカニロイド達。併せて百は超えているであろうネオ・アルカディアの軍勢。そして、その後方で強い存在感を放つ五機のゴーレム。
マークチームのメンバーは、僅かに胸に抱き始めていた希望を一瞬で掻き消され、逃れようの無い絶望に再び飲み込まれた。
「はは…ははは……」
ある者は乾いた笑いをこぼし
「終わりだ…全部おしまいだ……」
ある者は気が狂ったように絶望の言葉を何度も口にする
「マーク……分かってるな?」
ゼロが確認する。
「俺がヤツらを引き止める。お前らは全力で逃げろ」
「ふざけんな! 無理に決まってんだろ!」
横で聞いていたヘルマンが、狂ったように喚きだす。
「どうせ死ぬんだ! 俺も! あんたも! みんな死ぬんだ!!」
ヘルマンが吐く諦めの言葉に、皆、頭を抱える。ゼロはそれを無視して、マークに促す。
「早く指示を出せ。……こんなヤツがこれ以上増えれば、取り返しがつかないことになる」
「けど無茶だ! いくらあんたでも、あんな数を抑えられるワケ無い!」
今度はコルボーが食ってかかる。ゼロはまたも無言であしらい、マークを急かす。
「早くしろ! マーク!」
しかし、マークから返って来た言葉は意外なものだった。
「ゼロさん、申し訳ないがあなたの指示には従えない」
「なにを……」
「“俺たち”が足止めをする。あなたは逃げてくれ」
その言葉に、誰もが絶句した。ゼロですら、その真意を理解し切ることは出来なかった。
何を口にしたのかマーク自身、ちゃんと理解しているのだろうか。
そのような策を取れば、間違いなくゼロ以外は全滅する。だというのに、彼は確信に満ちたような声でそう指示を出したのだ。
「ふざけんな……! ふざけんなよ、マーク!!」
マークの胸ぐらを掴み、ヘルマンがまたも喚きちらす。
「馬鹿言ってんじゃねえ! なんで俺たちがこんな野郎のために命張らなきゃ……」
「黙れ!!」
マークが一喝し、ヘルマンを突き飛ばす。前日以上の迫力に、ヘルマンを含め、皆嘆くことをやめた。ただ呆然とマークに注目する。
「…………ずっと考えていた。俺たちが生き残ることに意味があるのか…」
この先、ネオ・アルカディアとの戦いはさらに激しさを増してゆくだろう。死者は大勢出るだろうし、白の団の拠点も今のまま平穏無事でいられるとは限らない。しかしその時、果たして自分たちはどのような活躍ができるだろうか。
「ゼロさん、あなたの言う通りだ。……俺たちは非力で、なんの役にも立たない…………ただの役立たずだ」
たった十機のパンテオンとも、正面からまともに戦うことができない。その程度の力で、ネオ・アルカディアに勝てるハズも無い。
「けれどあなたは……俺たちよりも遥かに強いあなたは、この先の戦いで絶対に必要とされる」
“伝説の英雄”と呼ばれるレプリロイド。その実力は確かに、名に恥じぬモノだった。
だからこそ、その力はこんな場所で失われるべきでは無い。ここにいる二十名程度の“役立たず”たちの命に代えても、守りきられるべき尊い存在なのだ。
「……分かるだろ、みんな。俺たちとゼロさん、どちらがどれだけ必要とされるか。…俺たちの……シエルさんの理想のために誰が力になれるのか」
周りのメンバーに問いかける。誰も言葉にして答えようとはしない。だが、その静寂こそが答えだった。
「ゼロさん、お願いだ。あなたは生きてくれ。そして、シエルさんの力になってくれ。必ず」
それは文字通り、決死の覚悟だった。
マークのその言葉に、皆ようやく意を決した。ヘルマンも不満気ではあったが、マークの言うことにほぼ同意していた。
ゼロの道を守る。それは何よりも、シエルの目指す理想のために。寸分違わぬ覚悟を持って、チームは団結した。
「俺たちは命がけでヤツらを足止めする。……どんなに役立たずでも、最後くらいは役に立って――――」
「……却下だ」
しかしゼロは、首を縦に振りはしなかった。
「……ゼロさん! しかし…」
「『命懸ける』のと『命捨てる』のは……違うだろ」
静かに怒気を含ませる。ゼロの目はマークチームのメンバー全員を睨みつけていた。
「お前らは生きたいんじゃないのか? ……『理想が遂げられるなら死んでもいい』なんてそんな馬鹿げたセリフを本気で吐けるのかよ!」
ゼロの言う通りだった。誰もこんな辺境で命を落としたくはない。基地へと生還し、帰りを待ってくれている同胞たちと共に、また笑い合いたい。
「なら、生きるために足掻くんだよ! 足掻いて…足掻いて…足掻き続けるんだ!」
理想も、誇りも、命あってこその存在であり、決して命を捨ててまで貫くべき物ではないのだ。そう唱えるゼロの声は、チーム全員の胸に真っ直ぐ突き刺さった。
だが、覚悟を決めた矢先、その叱咤に従うべきか、誰もが迷う。マークの言う通り、白の団の――――シエルの理想には、おそらくゼロという戦士の存在こそ求められるのだろう。決して非力な自分たちなどではなく。
だが、そのゼロは「生きるために足掻け」と言う。
できるならばそうしたい。生きられるのならば、生きるために足掻きたい。けれど、その行為の結果が、この戦いの終りにいったいどんな形となるのか。自分たちが生き残り、ゼロが命を落としてしまえば、それは「シエルの理想のために」と戦う同胞たちに対する裏切りではないのか。そもそも、全員が命を落とす可能性は依然として薄れはしない……――――
あらゆる思考の下、マークたちは決断に二の足を踏み続ける。
しかし、こちらの様子を伺っているパンテオンたちも、「動かないのならばこちらから」と向かってくる空気を醸し始めている。実際、猶予など僅かもないのだ。
とうとうメンバーの煮え切らない態度にゼロは声を荒らげて怒鳴りつけた。短く、簡潔に――――……‥‥
「 走 れ っ ! !」
瞬間、皆一斉に地を蹴る。ゼロの迫力に気圧されたかのように、マークチームは全力でその場に背を向け、走り始めた。
同時に、ネオ・アルカディアの軍団も動き始める。こちらが逃亡を選択したことを確認し、追撃戦を行うことにしたのだ。
ふとコルボーが足を止め、振り返る。ビームサーベルを左腕から抜き出す紅いコートの背中が目に留まる。
「コルボー…どうした…?」
肩越しにトムスが尋ねる。
「なにしてる!? 早く走れ!!」
異変に気づいたマークも、コルボーに促す。
「いいんですか…? これで…」
敵の大軍へと向かう金髪の戦士。その姿を見送り、ただ情けなく震える声で問う。
「本当にこれで、いいんですか!?」
自分たちの非力を呪いながら、屈辱にこらえながら、マークが答える。
「そんなこと……分かるワケないだろう!!」
この行動が正しかったのかどうかなど、今考えることではない。
「とにかく走るんだ、コルボー。言いたいことは分かるけど……あの人がそう言ったんだ。今更迷っても仕方ないだろ…」
トムスがなだめる。コルボーは悔しさに唇を噛み締める。
「『生きるために足掻け』って……」
『命を捨てるな』と、そう彼は伝えてくれた、けれど――――
「あの人は、どうなんだよ!?」
そう一人叫び、力強く地を蹴り駆け出した。
メンバーの誰かが落としていったエネルギー銃を拾い上げ、遠方を走るパンテオンの頭部を正確に撃ち抜く。二機、三機と破壊した後、投げ捨て、目の前に迫るパンテオンに跳びかかり、首をはね、ライドチェイサーを奪う。ライドチェイサーに搭載されているビーム砲を撃ち、片腕でゼットセイバーを振り回し、敵を次々に破壊してゆく。
刹那、一気に飛び降りる。ゴーレムの剛腕により、乗り捨てたライドチェイサーが粉々に砕け散る。地を焼き、走るレーザーをかい潜りながら、飛び掛ってくるパンテオンやメカニロイドたちを斬り捨ててゆく。
一瞬の隙に息を整え、周りを見渡す。
――――囲まれた……か
マークチームの追撃を一旦中断し、行く手を阻もうとするイレギュラー――――ゼロを破壊せんと方針を切り替えたようだ。
――――約束したからな
必ずこの場を切り抜ける。でなければ、“約束”を守れない。
「“ヒーロー”がお子様との約束を破るわけにはいかないんだよな……。……分かるだろ?」
不敵に笑い、駆ける。握られた閃光が、宙に弧を描く。
火花が飛び、擬似体液が噴出し、鋼の部品が舞う。
そしてまた、斬り捨てた。
―――― 出撃五分前 ――――
「作戦開始時刻まで、あと五分です」
オペレーターのルージュが冷静に知らせる。
ライドチェイサーに跨り、発進口の前で待機するゼロ。見送りにはシエル、アルエット、セルヴォの三人だけが現れた。
「ゼロ……無事を祈っているよ」
「そんな辛気臭い面で見送ってくれるなよ。……祈られなくても、無事に帰ってきてやるさ」
不安そうに言葉をかけるセルヴォに、自信満々に言って返す。すると、そこにシエルが言葉を付け足す。
「“絶対”よ。……約束して、ゼロ」
「おいおい小娘。……まだ“初出勤”だぜ? これから先、こんな重たい見送りを何度も繰り返すつもりかよ」
直前になって、セルヴォ以上に不安がるシエルの様子を見て、ゼロは呆れたように頭を掻く。
「でも……」
「約束するよ。絶対、無事に帰る。……そして、俺が着いた時に生き残っていたヤツらは、必ず生きたまま連れて帰る」
引き下がらないシエルの約束を渋々受け入れ、そこからまた、さらに自ら条件を付加した。
シエルは思わず口を開く。それは、この作戦の難度を考えれば、シエルからは言いたくとも切り出せなかった要望と、ちょうど一致していたのだ。
他人の、それも大勢の命を守りながら戦うことは決して容易ではない。ともすればゼロの命も、想定以上の危険に晒されるだろう。しかし、ゼロはシエルという少女の考えをよく理解し、彼女の言い出せなかった願いにすら応えるつもりだった。――――「誰にも傷ついてほしくない」という幼稚で、儚い願い。
「いいだろ? それで。――――まあ残念ながら、既に死んでるヤツらはどうやっても助けられないけどな…」
苦笑と共にそう言うゼロに、シエルは申し訳なさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ゼロ。……でも、無理だけはしないで」
彼女の願いは「“誰にも”傷ついてほしくない」こと――――それはもちろん、ゼロという存在に対しても当てはまった。
「任せな。約束は守る主義なのさ。その代わり――――」
そう言って小指を差し出す。
「帰ってきたら基地の設備を案内してもらうぜ。データでも見たが、一応、生で見ておきたいんだ」
「もちろん。約束するわ」
ゼロの小指に、自分の小指を合わせ、指切りをする。
「うそついたら、はり千本だからね」
アルエットが忠告する。「そいつは厳しいな」と笑って、ゼロはアルエットの頭を撫でた。
「時間です。作戦、スタート」
程なくして、作戦開始を告げるルージュの声と共に、ゼロはアクセルを絞る。走りだすライドチェイサー。
「行ってらっしゃい、ゼロ!」
小さな体が精一杯大きく手を振る。ゼロはそれに少しだけ視線をやり、片手で応えた。
―――― * * * ――――
「おい、あれ……」
監視カメラで周囲の警戒をしていたオペレーター達の目に、複数の人影が見えた。その人影はゆっくりとこちらに向かい、歩いている。
ネオ・アルカディアのレプリロイドであるならば、基地の所在が知られてしまった可能性がある。となれば、ここは間違いなく戦場となるだろう。この一大事をエルピスへ報告しなければと、一人のオペレーターが駆け出そうとした。
「待って! ……違う」
別の一人がそれを引き止める。
そう、それらの人影はネオ・アルカディアの軍勢のものではなかった。
先頭を歩くのは見慣れた男。いや、先頭だけではない。よく見れば全員見知った連中ばかりではないか。
「マーク……チーム…!?」
ふらふらと覚束ない足取りで歩く者。肩を借りてようやく立っている者。背負ってもらっている者。
状態は様々ではあったが、二十名以上のメンバーが生きて帰ってきたのだ。
「至急、司令に報告! 技術局長にも! それから負傷者搬入の準備を!」
指示が飛び、一気に慌しく動き出す。その場は驚きと、そして歓喜に包まれていた。
「ゼロさん、もうすぐです! 本部に……本部に帰って来れましたよ!」
肩越しにコルボーが叫ぶ。「ん」と疲労困憊した顔を上げ、ゼロが前を見る。
結局、旧塵炎軍団基地へ辿り着くと同時に、コルボーはトムスを下ろし、マークの制止も振りきってゼロの下へと駆け戻った。その頃には、戦いは既に決着しており、辺りには擬似体液と残がいだけが荒れた大地を覆っていた。
中心で倒れ込んでいたゼロを見つけた時、「時既に遅かったか」と、コルボーは絶望と共に膝を付いた。しかし、ゼロの腕がピクリと動いたことを確認するやいなや、彼の名を叫び、脇目もふらずに駆け寄っていた。
心配してあとから追ってきたマーク達数名と、ゼロを担いで旧塵炎軍団基地まで戻り、意識が回復したことを確認した後、空間転移装置を使って、予定通りのポイントまで移動した。
幸い、ゼロの体に致命傷はなく、自己修復機能もつつが無く機能し、大事には至らなかった。
「……ありがとよ。…もう…結構だ……」
ゼロはコルボーの腕を払い、借りていた肩から離れる。しかし、その足取りは明らかにふらついていた。チーム全員が不安気に目をやる。
「これ以上無茶しないでください!」
引き止めようと手を出すコルボーを、ゼロは片手で制止する。そして、ニヤリと笑って答える。
「英雄が…庶民の肩を借りてご帰還するんじゃ……カッコがつかないだろ…?」
それに、約束したのだ――――絶対、“無事に”帰ると。
マークチームの生還を祝うように、大型ハッチが駆動音と共に開いた。
NEXT STAGE
亡霊の影