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No.34283の一覧
[0] [Z-E-R-O] (原作:ロックマンゼロ、ロックマンX)[村岡凡斎](2013/09/18 15:00)
[1] はじめに[村岡凡斎](2012/07/18 16:08)
[2] Prologue[村岡凡斎](2012/07/18 16:24)
[3] Waffle for Chapter[村岡凡斎](2012/11/07 01:25)
[4] OPENING STAGE 「涙の少女と寝起きのマルス」[村岡凡斎](2012/10/29 15:54)
[5] 1st STAGE 「剣」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[6] 2nd STAGE 「星に願いを 夜空に問いを」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[7] 3rd STAGE 「包囲戦線」[村岡凡斎](2013/11/25 19:59)
[8] 4th STAGE 「亡霊の影」[村岡凡斎](2012/10/29 15:59)
[9] 5th STAGE 「死屍軍団」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[10] 6th STAGE 「キズダラケ」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[11] 7th STAGE 「渇望/葛藤」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[12] 8th STAGE 「未来」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[13] 9th STAGE 「理想郷の詩」[村岡凡斎](2012/10/29 16:02)
[14] COMMENTARY 1[村岡凡斎](2012/09/18 18:22)
[15] 10th STAGE 「紅いイレギュラー」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[16] 11th STAGE 「救い」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[17] 12th STAGE 「ウラギリ」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[18] 13th STAGE 「闘将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:27)
[19] 14th STAGE 「証明」[村岡凡斎](2012/10/30 23:28)
[20] 15th STAGE 「レスキューコール」[村岡凡斎](2012/10/30 23:29)
[21] 16th STAGE 「世界を覆う白雪の上で」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[22] 17th STAGE 「理想の表裏」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[23] 18th STAGE 「color of mine/d」[村岡凡斎](2012/10/30 23:31)
[24] 19th STAGE 「妖将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:32)
[25] 20th STAGE 「届かぬ想い、その結末。」[村岡凡斎](2012/10/30 23:33)
[26] 21st STAGE 「デンジャラス・デイ」[村岡凡斎](2013/05/07 21:37)
[27] COMMENTARY 2[村岡凡斎](2012/10/30 23:37)
[52] 22nd STAGE 「レプリロイドは ぜんまいねずみの夢を見るか?」[村岡凡斎](2012/11/07 01:09)
[53] 23rd STAGE 「殺戮舞台」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[54] 24th STAGE 「罪 と 罰」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[55] 25th STAGE 「Raging River」[村岡凡斎](2013/11/19 00:54)
[56] 26th STAGE 「ABSOLUTE - JUSTICE」[村岡凡斎](2012/12/17 00:06)
[57] 27th STAGE 「隠将」[村岡凡斎](2013/01/28 22:27)
[58] 28th STAGE 「再会」[村岡凡斎](2013/05/07 21:39)
[59] 29th STAGE 「暗躍の調」[村岡凡斎](2013/05/25 23:30)
[60] 30th STAGE 「死者の国」[村岡凡斎](2013/06/23 01:04)
[61] 31st STAGE 「乱戦四重奏」[村岡凡斎](2013/08/03 00:49)
[62] 32nd STAGE 「Red, White and Bullet Blues」[村岡凡斎](2013/09/18 14:58)
[63] 33rd STAGE 「    」[村岡凡斎](2013/09/28 16:02)
[64] 34th STAGE 「月と影、そして太陽」[村岡凡斎](2013/10/06 09:36)
[65] 35th STAGE 「残光の行方」[村岡凡斎](2013/11/02 15:37)
[66] 36th STAGE 「救世主」(前)[村岡凡斎](2013/12/24 14:36)
[67]          「救世主」(後)[村岡凡斎](2013/12/25 11:54)
[68] FINAL STAGE 「Message from...」[村岡凡斎](2014/01/25 17:09)
[69] LAST COMMENTARY[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
[70] おわりに[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
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[34283] 32nd STAGE 「Red, White and Bullet Blues」
Name: 村岡凡斎◆45ff140f ID:e5a820fd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/09/18 14:58



  ――――  1  ――――


静寂の理由が分かった。
全ては“彼”の戦いに巻き込まれる者が出てこないようにするための措置。きっと、自分たちが隠れ潜んでいる間に、周囲の住民だけでなく、作戦に参加していた戦闘員のほとんどもこの場所から離れていったのだろう。
それ程までに、“彼”――――ロックマンエックスが放つ威圧感とエネルギー量は凄まじいものだった。

「哀しいよ、ゼロ。君が……そんな目で僕を見るなんて」

ゼロの腕を掴みあげたまま、エックスは無機質なリズムでそう囁くように言う。
そして頬を伝う一筋の滴。

「ご覧よ。哀しすぎて、僕は――――……」

皆、唖然として言葉を失う。
その瞳から流れているものは――――紛れも無い“涙”だった。
だが、それにも構わず、ゼロは雄叫びを上げながらエックスの腕をそのまま押し上げ、ゼットセイバーで斬りかかる。エックスはすかさず腕を離すと、セイバーの軌跡に合わせて体を回転させて躱し、正面に戻った所で躊躇いなくバスターを放つ。
ゼロはそれをセイバーで弾く――――つもりが、バスターショットの威力に押され、後方へ飛ばされる。
「ゼロッ!」と名を叫び駆け寄るシエルだったが、「退いてろ!」とだけ怒鳴り返される。

「あいつは俺が止める! ここで、絶対に!」

「待って、ゼロ! 落ち着いて!」

まるで話を聞こうとしないゼロ。その腕にしがみつくようにして引き止める。
だが、ゼロの瞳はシエルなど全く視界に入れず、ただ前だけを見ている。――――前に立ちはだかるロックマンエックスだけを。
そんな二人を眺め、エックスはポツリと零す。

「その様子…………やっぱり、何も聞いてないみたいだね」

顔を強張らせるシエルを一瞥し、「いいよ、その通りにするから」と不敵に笑う。
そんな不穏な様子を気に留めること無く、ゼロはまたしても斬りかかろうと構える。しかし、彼の動きを察知したシエルが眼前に飛び出る。

「ゼロ、お願いだから! 剣を収めて!」

「小娘! そこをどけ!」

両手を広げ、まるでエックスを庇うように立ちはだかるシエル。その光景に、皆驚きを隠せない。エックスですらも驚いたような顔をして「へえ」と声を漏らす。
ゼロは再三に渡ってその場を退くよう呼びかけるが、シエルは頑として動かない。それどころか、エックスに対しても声をかける。

「お願い、エックス! あなたもそのバスターを下ろして!」

「駄目だ、小娘! そいつに近寄るな!」

ゼロは一際声を荒げて言う。
己の記憶以上に、今現在の自分の直感を信じていた。――――エックスと呼ばれる男が放つ殺気と狂気は、尋常では決してない。
これまでに出逢ったどんな敵とも違う、何か大きなものを背負った男が放つ“オーラ”とでも言おうか。そういうものを放てる者は、並大抵のことで折れはしない。己の命の一片まで、如何なる手段を用いようとも、その行動を貫くに違いない。
そんなことを考えるゼロの意識の合間を縫って、エックスはシエルに近づき、肩に触れる。そして、屈託のない微笑みで、まるで極当たり前の挨拶を交わすような軽さで、爽やかに告げる。

「いいよ。その代わり、貴女には僕のもとに戻ってもらうけれどね」

シエルが息を呑み、言葉に詰まった瞬間――――黒い影が光速で駆け抜ける。
振りぬいた刃を、エックスは僅かに笑みを消して華麗に躱す。ゼロはそのまま追撃をかけること無く、シエルの体を抱き上げ、後方へと跳んで戻る。その様子を見て、エックスは「あーあ」と、まるでおもちゃを取り上げられた子供のような声を上げた。
そうこうしているうちに、五分間のタイムリミットが訪れる。何一つ有効打を与えることも出来ぬまま紅へと戻り、ゼロは思わず舌打ちする。それを見て「ハハッ」と面白いものを見たように笑いを零すエックス。

「勿体無いことしたね。それ、連続では使えないんでしょ?」

「ああ、その通りさ」と内心で毒づく。
ロックマンエックスが現在纏っているのはアルティメットアーマー――――その名の通り、彼が所持するアーマーの中でも“究極”と呼ぶに相応しい代物だ。その情報自体はゼロの頭には入っていなかったが、それでも僅かな遣り取りのうちに、その実力の程はしっかりと理解できた。
勝算は遥かに薄いが、ある程度の遣り取りはできるだろう。この場にいるのがゼロ一人であったならば。それくらいの自信はある。
だが、ここにはコルボーたちもいれば、シエルやアルエットもいる。いくらヴォルクやカルトが戦闘可能だとはいえ――――おまけに一人は殆ど丸腰の状態で――――どう考えてもゼロほどの戦闘能力を持っているとは思えない。それでは無論、ここにいる皆をカバーするのは不可能だ。
「どうする……?」と自問自答を繰り返すゼロ。その横に、一人の男がズイと進み出てくる。



「……キサマ……本当に“ロックマンエックス”か……?」



一瞬誰もが耳を疑った。ゼロの横に立つ男――――隻眼スコープのレプリロイド、ヴォルクの唐突な問いに。
当の本人であるエックスでさえも、質問の意味が取れなかったのか、呆けたように口を開け、まじまじとヴォルクを見つめている。やがて、問いの意味がわかったのか、エックスは「ああ」と声を漏らし、それから再び口元に笑みを浮かべる。

「誰、君?」

「……俺の質問に答えろ」

「誰…って聞いてるんだけど」

「……キサマこそ何者だ」

質問の応酬。ゼロたちは未だに理解できずに呆けたような顔でヴォルクを見ている。
やがて、呆れたようにエックスはため息を吐き、「仕方ないな」と呟く。

「無関係な人たちは逃がしてあげてもいいと思ってたんだけど……残念、君は殺そう」

そう、軽く言ってのけると、バスターを装備した左腕を自然な動きでまっすぐに向ける。そして、瞬間的にエネルギーを充填し――――……‥‥


「 伏 せ ろ ! 」


ゼロの合図で一斉に皆倒れこむようにしてその場に伏せる。その直後――――まさに間一髪のタイミングで――――エックスの向けたバスターの銃口から閃光が溢れたかと思うと、極大のエネルギー弾が一直線に放たれた。
衝撃波は突風を巻き起こし、周囲の建造物を幾つか瓦解させ、ゼロたちの背後にあった家屋が二、三件ほど消滅した。

「クソッ! 何が『逃がしてあげてもいい』だ!」

巻き起こる砂埃の中、咳き込みながらヘルマンが怒鳴る。
エックスの口ぶりではまるでヴォルクだけを殺そうとしたようだったが、彼のバスターの威力は漏らさず周囲に被害をもたらした。一瞬でも動作が遅ければ、ヘルマンたちもバスターの輝きに呆気無く命を散らしていただろう。

「……ヴォルクはッ!?」

ゼロが「ハッ」と顔を上げる――――と、砂埃に紛れてエックスの傍に飛び込み、その眼前に拳を振るう姿が見える。だが、その腕をエックスは軽々と見切って掴み上げる。
「ざんねん」と笑いながら銃口をヴォルクの胸部に突きつける。と、ほぼ同時に、エックスの頭上に影が落ちる。
咄嗟にヴォルクから体を離し、ゼロが放つ氷烈斬の軌道を読んで躱す。そうして丁度、氷柱と化したゼットセイバーが大地に突き刺さるタイミングで、ヴォルクはゼロの身体を避け、エックスの後方へと瞬時に回り込み、後ろ回し蹴りを放つ。が、ギリギリのところでエックスは身を屈めて躱し、次いで振り切られるゼットセイバーの刃を横へ飛び退くようにして躱す。
それから瞬時に放たれる二撃のバスターショットを、ゼロとヴォルクは辛うじて躱し、やむを得ず後方へと引き下がる。

「何をやってる! 丸腰じゃ無茶だ!」

「……俺に指図をするな」

見事なコンビネーション攻撃の後に交わされる二人の刺々しい遣り取りに、「この状況で仲間割れ?」とエックスは呆れたように笑う。

「お願い、やめてゼロ!」

引き止めるティナの腕を振りほどこうと藻掻きながら、シエルは尚も叫ぶ。

「私、言ったはずよ! エックスのことも――――……」

「分かってる! しかし、“だからこそ”だ!」

少女と交わした一つの約束――――道を違えた救世主も救うという、使命。それを忘れたつもりはない。
しかしだからこそ、それを達成するためには今ここでロックマンエックスの“牙”を折らなければならない。
でなければ、どうやって言い聞かせるというのだ。どうやって道を正すのか。ともすればここにいる全てを灰に変えかねない程の狂気を纏ったこの救世主を。
引けない、絶対に。ここで終わらせることが出来るのならば、尚更だ。

「それに……俺は――――お前に聞きたいことが山ほどある!」

エックスに向けて怒鳴るように声を放つ。
砂漠の砂を苦渋とともに噛み締めながら、胸の奥に渦巻き続けた“この世界”への憤り。その“答え”が欲しかった。
それだけじゃない。言葉で言い表せないほどの、多くの問いが心の底から溢れ続けて……正気でいられない程だった。
だが、エックスはそんなゼロの言葉を嘲笑と共に切って捨てた。


「僕には無いよ。さよなら、ゼロ」


無情な一言と共にかつての友へバスターの銃口を向け、再びエネルギーを充填する。
そして、先ほどと何ら変わらず、ただ笑みを浮かべたまま、その破滅的な力を放った――――……‥‥















――――刹那、建造物の瓦礫と共に、砂塵を伴い現れた巨大な拳が、エックスの頬を捉える。そしてチャージショットを放つ暇なくエックスの身体は宙を舞い、反対側の家屋へとまるでロケットのように勢い良く突っ込んでいった。
行き場をなくしたバスターのエネルギーは天に向けて放たれた。まるで打ち上げ花火のように。

「な……ッ」

突然の出来事に思考が追いつかない者達の中、ゼロは驚きとともに言葉を漏らす。そして同時に放たれた煙幕の中、黒い影がゆらりと揺れているのを視界に捉えた。
二メートルは軽くあるだろう熊のような巨体に、狼のような頭部――――漆黒に包まれたその身体は、とても只者とは思えない、歴戦の猛者に特有の殺気と闘気を適度に含んでいた。
そして、ネオ・アルカディアの救世主たるロックマンエックスをたった一度の殴打で退けたその男が何者であるか、その場にいた一部の者には直ぐに分かった。

「間一髪というところでしたね……。行きましょう!」

一同を先導しようと、カルトが声を上げる。未だ事態の把握ができていないコルボー達は有無を言うこと無くカルトの後に着いて行こうとする。だが――――……

「待て! エックス!」

ゼロが声を張り上げ駆け出そうとする。気づいたヘルマンとジョナスが両側から腕を掴み、取り押さえる。しかし、ゼロはそれでも頑としてその場を動こうとしない。

「何やってんだ! 行くぞ、英雄! こんなところで無駄に命削る必要ねえだろう!」

「邪魔をするな! どいてくれ! 俺は……あいつに……!」

まだ何も答えてもらっていない。まだ何も聞いていない。まだ何も、“言葉”を交わしていない。
百年も離れ離れになっていた友に、まだ何一つとして、まともな挨拶の一つも交わせていないのだ。だというのに、どうしてこの場から離れることができようか。
斬り伏せる以外に方法はないのかもしれない。どちらかがその場に倒れることになるまで、落ち着いて向き合うことは出来ないのかもしれない。しかし、それでも構わない。
どんな状況に陥ろうと、どうか“あいつ”と話をさせてくれ――――そう、ゼロは全身から訴える。

だが、暴れ続けていたゼロの項に、黒い腕が素早く何かを取り付ける。途端にゼロは意識を失い、その場に倒れ込んだ。その身体を、ヴォルクが支える。
呆気にとられるヘルマンたちに、先ほどエックスを殴り飛ばし、ゼロを電子麻酔で眠らせた漆黒のレプリロイド(?)は「行くぞ」と顎で合図する。
分からないことだらけであったが、ゼロが大人しくなった以上、ここに留まる理由もない。エックスが追撃をかけて来ないうちに、一行は煙幕に紛れて逃げることにした。

「……お前が……ゼロ…なのか……?」

ゼロを肩に抱えて歩き出しながら、ふとヴォルクが呟く。
しかし、まるで眠りに落ちたような横顔は、その問いに答えることはなかった。
























  ―――― * * * ――――


半壊した家屋から「イタタ」と声を漏らしながら上体を起こし、あたりを見渡す。
先程追い詰めた筈の連中はもうその場には見えず、代わりに立っていたのは漆黒の忠臣だった。
気づけば空を覆っていた雲は去り、今ではすっかり青空が見えている。

「いやあ……まさか彼が来るとは……ね」

苦笑交じりに言う。
予想外の展開だった。あの場で何かが起きるだろうとは思っていたが、これまで息を潜めてきたあの男がしゃしゃり出てきたというのだから。

「……『どうするつもりだったのか』……って?」

戸惑いを隠せないでいるのを表情から読み取り、確認する。それから「フフッ」と軽く笑い、立ち上がりながら答える。

「ちょっと会いたくなってね。……うん、会っておくべきだと思ったんだ、やっぱり」

そんな気まぐれに振り回されたのかと肩を落とすのを見て「ああ、申し訳ないことをしたね」と平謝りをする。
実際、真に予想外の展開は、自分がこの場に現れたことだろう。ともすれば、全てが終わっていたかもしれない状況だったのだから。
本当に、もしもあそこで彼が現れなかったら、どうしたのだろうか。

「でも、『彼は来た』。そして、“英雄”は助かったんだ」

偶然と切り捨てても良いだろう。しかし、事実であることは変わらない。絶体絶命の窮地においても、彼は間一髪のところで命を掴みとったのだ。
そして生き延びた彼と、いつか必ず再び相まみえるだろう。その時はきっと――――……




「泣いているのかい?」

不意に投げかけられた問いに、ようやく口を開く。

「……レプリロイドは、涙を流せませぬ」

その答えに、無言で微笑み返す。


――――分かっているよ、痛いほど


皮肉なものだ。こんな時でも空はどこまでも青く広がって、太陽は眩しく世界を照らしているのだから。
ふと、鼻筋に触れる白い“それ”に意識がいく。天候がほぼ完璧に管理されているネオ・アルカディアではなんとも珍しい光景だ。余程動揺が広がっているのだろう。
なんだか可怪しく思えて、思わず笑みを零す。先程までと打って変わった、屈託のない笑顔。――――それに釣られて、笑う。いつぶりだろうか、互いに何気ない笑いを交わし合うことが出来たのは。いや、生まれ出てからこの方、一度もなかっただろう。
こんな時に――――いや、こんな時だからこそ、笑い合えてよかった。きっとこれが最後になるだろうから。

「さあ、もうすぐだ」

そう言って、自身の根城の方角へと振り返る。
舞い散る風花に優しく撫でられて、心が少しだけ安らいだ気がした。







































  ――――  2  ――――


目を開けると、土の天井が視界に映った。
それから、「痛ッ」と声を漏らして頭を抱える。記憶を辿り、原因に思い当たる。

「気付いたか、紅いイレギュラー」

ゼロは声の主を確認しようと上体を起こす。見知らぬレプリロイドが腕組みしながら壁に寄りかかり、こちらを睨んでいた。少年のような顔をしているが、その目は確かに威圧感を放っており、只者ではないだろうことが容易に見て取れた。
ふと周囲を見回すと、そこはどうやら洞窟のようだった。とは言え、今自分が寝そべっていたのはレプリロイド用のメンテナンスベッドで、手の届く距離にいくつかの電子機器が目につくことから、電気は通っているらしい。

「起きたのなら、すぐに来い」

少年レプリロイドは高飛車な口調で促す。ゼロはそれを然程気にしないまま「どこへ」と尋ねる。
すると少年レプリロイドは「フッ」と嘲笑にも似た不敵な笑みを浮かべる。

「勿論、我らが“首領”の元へ……さ」



道中で本人の口から聞いたところによると、少年レプリロイドの名前はネーヴェ・レビンと言うらしい。だが、そんな自己紹介よりも、ゼロにはその洞窟内の構造の方が大変興味深かった。
今、ゼロとネーヴェが歩いている太い通路の端に、また幾つかの洞窟が続いているのが見える。その先にはまるでアリの巣のように小さな居住空間が設置されており、一つのコミュニティとして成立していた。いや、単なるコミュニティではない。中には武器庫と思しき部屋や、メンテナンスルーム、解析室など、基地としての役割もきちんと果たしているのが分かる。

――――間違いない、ここは……

思い当たる場所がある……が、それはなんとも奇妙な話だ。なにせ、今現在の自身の位置座標を確認すると、示されるのはかの唯一国家――――ネオ・アルカディアの中心地、その地下だったのだ。
裏を返せば、何故この七年間、彼らがその拠点を発見されなかったかの理由が、そこにあるように思えた。
しばらく通路を真っ直ぐ歩いていると、一つの扉に辿り着く。そして、ネーヴェは一つ深く息をつくと、ノックを二回した。

「ネーヴェ・レビン。紅いイレギュラーを連れて参りました」

すると、扉の奥から「入れ」と男の声が聞こえる。それに従い、ネーヴェは扉を開き、ゼロに中へと踏み入れるよう促す。
慎重に部屋の中へと入ると、そこにはシエル達が既に集まっていた。そして部屋の奥、中央の椅子に細身の男が座っている。その横には、先程の黒い巨躯が見えた――――が、それはピクリとも動かない。まるで意思のない人形のように。
そして、ゼロは理解する。その男の正体を――――……

「初めまして……ってところか、紅いイレギュラーさんよ」

男はニヤリと笑って軽い口調で挨拶をする。そして、ゼロの表情を見て「そうだ」と少しも隠すこと無く己の名を口にする。

「俺が、あんたと同じSランクイレギュラーの一人――――黒狼軍首領、エボニー・ベルサルクさ」

ベルサルクの唐突な自己紹介には驚くこと無く、代わりにゼロは、俄には信じられないという顔で、一つの問いを投げる。



「お前…………“人間”か?」




三度――――思わず三度も人機判別を行なってしまった。だが、その答えはどれも、なんら変わること無く、目の前にいる彼が“人間”であるという結論だった。
言葉を失っているゼロに対し、ベルサルクはまたしてもニヤリと笑みを浮かべる。

「ああ、そうさ。機械化された部分もあるが、俺は確かに人間だ。そこのお嬢さんと同じ――――な」

そう言ってシエルの方を顎で示す。
シエルも、コルボーも、皆、ゼロが来る前にそれを明かされたのか、自分と同じような驚きは見えない。だが、未だ信じられないというような戸惑いの表情を浮かべ続けている。
その場で平静を保っているのはヴォルクと、ネーヴェの二人だけだった。
















“ネオ・アルカディアの守護者として相応の力量と高潔さを併せ持つ戦士の生産”――――七年前、ネオ・アルカディア戦略研究所のとある研究室において掲げられたその計画は、言葉通り、“人類の国家”を守るに相応しい戦士を“生産”することを目的とした一大プロジェクトであった。
つまり、戦闘用に改造手術を施された“人間”こそが、レプリロイド以上にネオ・アルカディアの番兵として相応しいというのが、その研究チームの思想だったのだ。
とは言え、“人間”に手を加えるというその計画について、その内容は倫理的な観点から問題視されるのはある意味当然であり、そのため極秘裏に進められる事となった。

彼らは、“掃き溜め”と揶揄されるミズガルズ十三番区より複数人の人間を“保護”し、被験体として用いた。
機械化の度合いについては、あくまでも“人間”の領分を守った状態でなければコンセプトに外れてしまうとして、ある程度のラインが決められることとなった。しかしその結果、当然ながら単に機械化した人間では戦闘用レプリロイドのスペックに到底及ばなかった。
計画に詰まった研究チームは、苦心の末、ナノマシンを介した神経接続により自在に操作が可能な“バトルスーツ”を考案する。
そうして出来上がった試作品は、確かに人間としての領分を保ったまま、ミュートスレプリロイドとも対等以上に、ともすれば四天王とも渡り合える戦闘能力を有する戦士となった。

だが、その計画は完成したばかりの試作品第一号の反逆により頓挫する。
彼はどうやったのか、封印カプセルを自ら破壊して飛び出し、研究所内をバトルスーツを纏ったまま駆け回った。その戦闘力は圧倒的で、“人間”である彼はなんら躊躇うこと無く研究員たちを殺害していき、研究所内を破壊して回り、そしてその姿を何処かに暗ました。


そう、その彼――――逃げ出した試作品第一号こそ、黒狼軍首領“エボニー・ベルサルク”であったのだ。










「そんな研究が……ネオ・アルカディアで行われていたなんて……」

一通り説明を聞いた後、シエルがそう零した。
あの――――ネオ・アルカディアで未だに権力を握り続けている――――“おじいさま”の傍にいたシエルですら知り得なかったという事実が、どれだけ極秘に進められていたかを如実に物語っていた。
しかし、驚くべきことはそれだけではない。

「あんた達は、いつからこの場所に拠点を構えていた?」

ネオ・アルカディアの中央メガロポリス――――その地下にこの、黒狼軍本拠地は設置されている。
盲点といえば盲点だが、あの斬影軍団ですらこの七年間まるで見つけることが出来なかったというのは、どうにも信じられない話だった。
だが、ベルサルクは不敵に笑って斬り捨てる。

「“交渉”と“計略”――――それが駆け引きってもんだ。悪いが、俺達はあんたたちほど馬鹿正直に戦ってるつもりはねえのさ」

「まさか……」

ベルサルクの口振りから、容易に理解できる。
そう、斬影軍団は彼らを発見“できなかった”わけではなかったのだ。

「ああ、そうさ。まあ、ちょいと考えてみてくれれば分かるはずさ。なにせ今回の件だって、“あちらさん”からの要求だったんだからよ」

確かに言われてみれば、それ以外の筋書きは見当たらなかった。
コルボー達がレヴィアタンによって処理施設に“投棄”され、黒狼軍のカルトと出会った。ゼロはヘルヘイムを脱出し、それに合流した。そしてエックスと遭遇した街角に、ベルサルク本人が現れ窮地を免れた。
斬影軍団とベルサルクとの繋がりを想定すれば、全て納得ができる。

「……何故なんだ」

心の奥で膨らんだ疑問が遂にゼロの口から溢れ出る。
これまでにも斬影軍団――――ファントムが裏で糸を引いているような事が何度もあった。そして、そのどれもがゼロ達の命を、まるで守っているような動きばかりだった。
今回のことで全てが確信に変わる。ファントムは間違いなく、ゼロ達を救おうと動いている。
しかし、何のために? ――――ここまでの経緯を振り返れば、とてもヴィルヘルムのためとは思えなかった。

「俺もそこまでは知らんし、話すつもりもない。“あちらさん”との契約は、あんた達を無事にネオ・アルカディアの外へと逃がすことだからな」

そう言ってから、ネーヴェの名を呼び、指示をする。

「万が一のこともある。手ぶらで返すのも忍びねえ。お客人を武器庫の方に案内してやんな」

「ハッ」とネーヴェは敬礼で答え、身を翻して「着いて来い」と目でゼロたちに促す。
コルボー達は戸惑いながらも渋々とその後に続く。信じがたいことばかりで、これ以上この場にいても頭がパンクするような気がした。
だが、ゼロはその場に立ち、「待て」とベルサルクを睨む。

「その“契約”とやらで、お前たちが手にしたメリットは……なんだ?」

ゼロの言葉に、シエルは「ハッ」とする。
ベルサルクが口にする“契約”という言葉が事実であれば、これは一方的な脅迫ではなく、互いのメリットが確約されているに違いない。
今回の一件については、これまでの関係の上に、更に加えられた難題だったはずだ。それならば――――無論、斬影軍団のメリットも不明確ではあるが――――黒狼軍側のメリットが何一つ見当たらない。
“紅いイレギュラー”の身柄を出汁に白の団を脅迫するわけでもなければ、この機に乗じてネオ・アルカディア中枢を掌握するわけでもなかった。
下部組織ばかりとはいえ、その多大な損失に見合うだけのメリットを、彼らは何処で得ようというのだろうか。

だが、ゼロの問いをベルサルクは不敵な嘲笑と共に切って捨てる。

「言っただろう。『俺達はあんたたちほど馬鹿正直に戦ってるつもりはねえ』――――これも駆け引きだ。こっから先が知りたいってんなら、それ相応の見返りはいただくぜ?」

一瞬、シエルはその身を震わせる。ベルサルクの瞳は、鋭利な刃物にも似た確かな殺気を静かに放っていた。
ゼロは何かを感じ取ったのか、ベルサルクを睨みながらシエルの肩をそっと抱く。そして、その場に流れる不穏な空気を「フッ」と言う自嘲とともに消し去る。

「……命あっての物種――――か。せいぜい勝手に勘ぐらせてもらうさ」

「ククッ……そうしな、紅いイレギュラー」

今はシエルやコルボー達がいるからなのだろうが――――もしも勝算が見えていたら、ゼロは斬りかかっていたのだろうか。
「行くぞ」とゼロに背中を押されながら、シエルはふと考えずにはいられなかった。








黒狼軍の武器庫には、イレギュラー戦争以来の様々な武器が貯蔵されていた。
古いと言えど、どれもネオ・アルカディアの戦略研究所で研究品、試験品として扱われていたものであり、最新のものと遜色ない性能を持っていた。

「つっても、逃げるだけだし、あまり変な武器はいらねえな」

目を輝かせながら武器を手に取るジョナスの横で、まるで嫌味のようにヘルマンが手近にあったライフルを持ち上げて独り言つ。「私たちは自衛用の武器さえ手に入ればいいですもんね」というティナの声が更に追い打ちをかける。
実際、万が一のことを考えての措置であるし、戦闘になった時、どれだけ特別な装備をしようとも、自分たち程度の戦闘性能ではゼロの邪魔になるだけだと、彼らは既に理解していた。
しかし――――だ。では、それ以上の戦闘能力を持つものであるならば、どうか。


「…………………………」


ヴォルクは無言で、一つの巨大な“箱”のような物体に手を伸ばす。
二メートル近い彼の身の丈に近い大きさをした、その形はまるで――――――――

「“棺桶”……ですね」

気づけばヴォルクの横で、ジョナスが物珍しそうな目で“それ”を見ている。

「イレギュラー戦争の頃、優秀な戦闘用レプリロイドが扱う特殊兵装として開発された多目的武装コンテナ――――通称“棺桶”」

近接戦から目視距離ギリギリの射撃戦まで、攻防一体をたった一器で担うことをコンセプトとして開発されたそれは、その通称通り、上手く扱えたならば敵を確実に葬るに申し分ない戦闘力を約束していた。

「ただ、これは遠近両用武器として開発されましたが、結局それらを効率よく運用出来る者が僅かだったためにほんの数器で生産ストップされたそうです」

説明を聞きながら、ヴォルクはその無機質なボディをスッと一撫でする。

「…………“棺桶”……か。良い名だ。“鬼”には丁度いい」

そう言うと、呆気にとられるジョナスを他所に、中央より若干下部に取り付けられたグリップを握り、ヒョイと持ち上げる。

「……これを貰おう」

慌てて「使えるんですか?」と不安気に聞くジョナスに、ヴォルクは無表情のまま答える。

「問題ない。――――“昔取った杵柄”……とでも言っておこう」

心なしか、微笑んでいるようにさえ見えるヴォルクに、ジョナスは何故だか畏怖にも似た感情を一人抱いていた。







「紅いイレギュラーが行方を暗ましたのを、元老院は“撃退した”と報じ、記念パレードを続行している」

ネーヴェが地上での出来事を簡潔に説明する。

「明日――――これより数時間後には予定通り記念式典が行われる見通しだ。それに合わせて、貴様らを逃がす」

式典最中は式典会場に強固な警戒態勢が敷かれるだろう。となれば、国外の出来事に関しては、一旦視線が向けられなくなる。
この基地内から臨時通路を行けば、数時間後には外に出れるらしい。シエルの体力も考慮して、車両の手配までしてくれたのはありがたい事だった。その間、黒狼軍が白の団に要請し、旧敵基地の空間転移装置を介したある地点で合流する手筈だ。

「もうすぐ……帰れるんだね」

複雑な想いを抱えながらも、ふと心を包む安心感に、シエルはそう呟く。だが、横にいたゼロはどこか上の空で、まるで話を聞いていないようだった。
「どうかした?」と下から覗きこむと、「あ、いや……」と要領を得ない返事をするだけだった。

「……エックスのこと、考えているの?」

その名に、ゼロは思わずシエルを見つめる。
図星といった表情に、シエルはどこか不安気な顔をする。

「無茶…しないでよ」

ゼロの考えていることを悟ったのか、シエルは祈るような目でそう口にする。
「分かってる」と微笑んだつもりが、上手くごまかせなかったらしい。少女の目は不安気なままだった。




『君でも殺すよ』






先程のエックスの言葉が脳裏に反響し続けている。
いつだったか、一度だけ、同じようなセリフを彼から聞いた覚えがある。

――――しかし、何だ……?

見つめる瞳。紡がれる言葉。笑顔。そして、頬を伝う涙――――……‥‥
言いようのない違和感が胸の内でグルグルと渦巻いていた。











































  ――――  3  ――――


通路を抜けると、そこは既にネオ・アルカディアの外だった。ミズガルズの町並みがまるでミニチュアのように見える。
だが、ネオ・アルカディアにおける天候操作の影響か、周囲には雪が降り注いでいたらしく、地面には白化粧が施されていた。


シエル、そして救出部隊全員の無事を伝えると、黒狼軍の通信機越しに本部での喜びが伝わってきた。
黒狼軍が立案した作戦通り、ゼロたちはこの後、とある壊滅した敵基地まで向かい、そこの空間転移装置を使って白の団本部周辺まで飛び、合流する。
隠し通路を使ったこと、また、本国で記念式典が開催されている事が幸いし、予想通り、敵の追手が現れる気配は今のところない。

「――――とは言え、敵の警備メカニロイドにでも見つかれば厄介です。急ぎましょう」

冷静にそう言ってコルボーはアクセルを踏む――――が、「待ってくれ」とゼロが静止をかける。

「悪いが、お前たちだけで行ってくれ」

突然そう言うと、車両の荷台から飛び降り、歩き出す。ネオ・アルカディアの方へと向かって。
「な……何言ってんだ英雄!」とヘルマンも慌てて飛び降り、ゼロの肩を掴む。

「テメエ! この期に及んでまだ……――――」

「そうだ、エックスに会いに行く」

迷いのない目でそう簡潔に答える。
その表情に、ヘルマンは圧倒される。それは確かに覚悟を決めた男の表情だった。

「まだ俺は、何もアイツと話しちゃいない」

何も聞いていない。剣を交わすのも、状況的に全力では出来なかった。
しかし今度こそ、死力を尽くして立ち向かい、そして問いたい――――この世界のこと。自分が眠りについてからのこと。話したい――――何を思い、何を目指し、何を描いているのか。互いに見てきたものの価値を互いの言葉で語り合いたい。
そして、本当の答えを出すべきだ。救世主として、英雄として、この世界でどのようにしていくべきなのか。今のような道を辿り続ける必要がどこにあるのか。
このまま、引き下がるわけにはいかない。この機会を逃せば、次にいつ巡ってくるかも分からないのだ。

気持ちはわかる。だが、「しかし」とジョナスも異を唱えようと口を開きかける。
丁度その時、唖然としていた一同の中から、シエルが飛び出す。

「待って、ゼロ!」

「止めてくれるな。俺は――――」


「私も行く!」


「――――ッ!?」


シエルが放った一言に、思わずヘルマンとメナートが「ハァア!?」と声を上げる。コルボーは理解ができていないのか、呆然とし、ジョナスは絶句したまま硬直。ティナは口を抑えて声を押し殺す。
アルエットはヴォルクが羽織っているボロボロのマントの裾を掴みながら、真剣な表情でシエルを見つめ、ヴォルクもまた、探るような目で状況を傍観していた。
流石に無茶を言っていたゼロも、シエルの同行には全身から拒絶を示す。

「馬鹿言うな……お前は白の団に……」

「それならゼロも一緒じゃなきゃイヤ! ――――あなたがエックスと戦うのなら、私も一緒に行きたい!」

「おいおい! 誰のためにここまで来たと思ってんだよぉ!」とヘルマンが不満気に叫ぶ。
実際、シエルのために――――想定外のトラブルもあったが――――命がけの行動を強いられ、ようやくここまで辿り着いたのだ。
それなのに、シエルを連れて帰れないというのはどうにも許容しがたい話だ。

「ゼロさんも! そんなこと言ってないで、今は一旦帰りましょう!」

運転席から降りて駆け寄ると、コルボーもゼロの裾を掴んでそう説得する。だが、ゼロは首を横に振る。

「俺なら大丈夫だ。必ず生きて帰ってみせる」

「そういう問題じゃ……!」

「なら、どういう問題なんだ?」

語気を強めて問い返す。ゼロの凄みに圧倒され、思わず後ずさる。

「このままエックスを放って、ここから離れて――――勝算が上る見込みでもあるってのか? どちらにしろ変わらないのなら、このまま奴と戦って、サッサと白黒つけてやったほうがいい」

「だが」と、シエルを見つめる。――――いや、その目は“睨んだ”と言ってもいい。

「お前は帰れ。みんながお前の帰りを待ってる」

「イヤよ! あなたがエックスと戦うのなら、私も傍にいるわ!」

「ワガママを言うなッ」

「ゼロだって!」

思わぬ反撃に、ゼロは口端を歪める。ああ、確かにワガママかもしれない。単なる意地と言ってもいい。だが、言ってることに一理はある――――筈だと思いたい。いや、それほどおかしなことは言ってないはずだ。
だが、シエルは一体なんのために来るというのだ。非力で、正直戦いの中では枷になってしまう彼女を、おいそれと連れて行くことは容易にできない。
何故、何のために――――不意にゼロの脳裏に、セルヴォの言葉が浮かび上がる。そして、ようやく答えにたどり着く。その答えが、彼女が抱いていた想いの真実だった。


「……お前、エックスと話すために自分で戻ったんだろう?」


核心を突かれ、シエルは黙りこむ。ゼロの問いと、それに対するシエルの反応に、他の一同は今回の騒動の真相を理解する。
ゼロの言う通り、シエルは救世主エックスと話し合うためだけに、ハルピュイアに一芝居打たせてまでネオ・アルカディアに帰ったのだ。
しばらくの沈黙の後、「そうよ」と口を開く。だが、その顔はまるで動じていないようだった。いや、それどころか、自身の行いに誇りさえ抱いているような――――そんな表情に、ゼロは言い知れぬ怒りを覚える。

「それで……アイツの考えは変わったのか?」

「それは……」

エックスの考えは変わらなかった。だからこそシエルはヘルヘイムに送られたし、あの場でエックスはゼロたちを殺そうとしてきた。シエルの決死の特攻は、無駄に終わったのだ。
しかし、しばし口ごもった後、「あなたの見たとおりよ」と開き直ったような表情で見つめる。そして、その目は確かに訴えている。「だからこそもう一度行く」のだと。
もう一度行き、もう一度彼と話し合うのだと――――いや、それでもダメなら二度でも、三度でも、何度でも向かおう……と、そう言う顔をしている。
そんな悪びれないシエルの様子に、とうとうゼロは堪え切れず、思わず彼女の腕をぐっと掴みあげる。

「後にするつもりだったが……今言ってやる――――どれだけみんなに心配かけたと思ってる! どれだけセルヴォが悔やんでいたか!」

エルピスも、ここにいるコルボー達も、本当に気に病んでいた。他のみんなも、まるで白の団全ての希望が失われたかのような沈みようだった。
無理もない、中心人物であるシエルを失うことは、彼らの“根底”が失われることを意味しているのだから。
今回はなんとか無事に切り抜けられたかもしれない。だが、もう一度行って、無事に済むわけがない。今度こそ本当にシエルを失ってしまう。その時の白の団の様子は想像に難くない。

「それでもお前はまたネオ・アルカディアに戻るってのか!?」

「ゼロには分からないわよ!」

怒鳴るように言いながらゼロの腕を振り払おうとする。だが、ゼロはその腕をしっかりと握りしめたまま「何!?」と問い返す。
するとシエルはまるで全身で叫ぶかのように、声を張り上げる。


「ゼロには……“戦うことができる”ゼロには! 分かるわけない! “戦うことができない”私の気持ちなんか!」

「……ッ!?」


腕が、振り払われる。


「あなたが……――――あなた達が傷つくのを、これ以上ただ見ているだけなんて……私にはもう耐えられないのよ!」

向き合うことに耐えられなくなって、逃れてきた。それはきっと間違いだったのだと気づいた。
戦う力がない自分は、ただ仲間たちが命を張っているのを見守ることしかできない。それは真実か。
『自分なりの戦いを』と言い聞かせて、研究に没頭した。それは言い訳ではなかったか。

「私は無力で! どうしようもなく子供で! そんなこと分かってる! だけど! だからこそ、もう逃げたくないのよ!」

本拠地が敵の襲撃を受け、壊滅状態となり、多くの仲間たちが命を落とした。
その中で、何をすべきか考え、悩み――――その答えがこれだった。

「だから! だからお願い、ゼロ! 私も……エックスの所へ一緒に連れて行って!」

エックスと真っ直ぐに向き合い、そして、彼の過ちを正したい。
一度は退けられたが、これで諦めるわけにはいかない。これまで命を懸けてきた仲間たちのためにも。
少女の目は、強く輝いていた。決して折れぬ志が、瞳の奥で燃え盛っていた。

――――しかし、だからこそ……

ぐっと強く、ゼロの両手がシエルの両肩を掴む。そして、ゼロは俯き、一度深く息を吐くとそのまま徐に口を開く。


「それなら……お前に俺の気持ちが分かるのかよ。“戦うことしかできない”俺の気持ちが」


シエルは「ハッ」と、息を呑む。
低く威圧的な声で、しかしその表情はまるで懺悔をしているようだった。

「戦うことしかできなくて……誰も救えないまま、ただ壊すだけしかできなかった俺の気持ちが、お前に分かるのかよッ!!」

悲痛な叫びが、響く。
友と思えた者も、心を通わせられた者も、仲間となった者も、相棒と信頼した者も、皆、逝ってしまった。
白の団でさえ、今の状態を“救った”などとはとても言えたものではない。多くの仲間達が命を落とし、もはやレジスタンス組織としての機能は殆ど失われてしまった。この先に、本当に希望などあるだろうか。
屍の山を作るだけだ。まるで悪夢に見た光景のように。失うだけだ。かつて愛した“彼女”のように。
どれだけ憧れようと、力を凝らしても、自分には誰も救えなかった。自分には誰も守れなかった。
だが、だからこそ――――

「俺には、誰も救えなかったから……俺にはできなかったから……だから……」

肩を握る手に、更に力が加わる。それから顔を上げ、シエルを見つめる。その瞳は少しも揺らぐこと無く、真っ直ぐに彼女を捉えている。
過去も、今も、そしてきっと未来も――――自分は誰も救えない。
だとしても、それでも傍にいてくれた。“あいつ”が。そして、“君”が…………





「頼む、シエル。俺は……お前を失いたくないんだ」






確かな根拠はどこにもない。たった十四歳の、か弱い少女に何ができるかと、誰もが侮るだろう。
しかし、どうしてか。懸けたいと思ったのだ。彼女が目指す理想の世界に。彼女が内に秘めた想いの強さに。誰かのために流した涙の一滴に。

ゼロの言葉に、シエルは一瞬言葉を失う。
そして潤んだ瞳を向けて、震える声で答える。


「……狡いよ。どうして、こんな時に…………名前で呼ぶのよ…」


初めて、彼の口から響いた自身の名前は――――どうしてだろう、何よりも温かく、そして何よりも苦しく、胸に沁み込んできた。




















「……茶番は終わりだ」

ヴォルクはそう言うと、“棺桶”を手に、突然荷台から飛び降りる。それとほぼ同時に、ゼロ達はセンサーの異常に気づく。

「高速移動物体接近!」

ジョナスが慌てて声を張り上げる。

「エネルギー量的に……ミュートスレプリロイド!? しかもニ体!?」

二体のミュートスレプリロイドがネオ・アルカディアの方向から高速で近づいている。
いったいどうやってこの場所を突き止めたのか。わかったものではないが、それを考えているヒマはない。

「ティナ! 小娘を!」

ゼロの指示を予測していたのか、ティナはシエルの体を無理やり抱き上げ荷台に戻る。
シエルは手を伸ばし、ゼロの名を叫んでいるが、それに取り合っている時間はない。コルボーも車両の運転席へと戻り、直ぐ様移動準備にかかる。
だが、ヘルマンがストップを掛ける。

「英雄! テメエ、絶対にネオ・アルカディアに行くんじゃねえぞ! なあ! 約束しやがれ!」

「ヘルマン。それは……」

「それを聞くまではここを動くんじゃねえ、コルボー!」

「無茶言うな! もう敵が直ぐそこまで来てるんだ!」

「けど」と、コルボーも歯を食いしばる。ヘルマンの気持ちも痛いほど分かる。
そして、窓から頭を出して叫ぶ。

「絶対に帰ってきてくださいよ、ゼロさん!」

だが、ゼロは答えない。
グッとこらえて、コルボーは遂にアクセルを踏む。一度大きく揺れたかと思うと、車両は雪の上をまっすぐに走りだす。
まだ荷台でヘルマンが喚いているが、それをジョナスとメナートが押さえつけている。

「待って、ゼロ!」

荷台からシエルが乗り出し、叫ぶ。
「危ないですよ!」とティナがその身を抑えようとする。
ゼロの背中がどんどん離れていく。――――それを見つめながら、シエルは考える。そして、決断する。
彼を引き止めるため。いや、今日初めて、己が抱えていた苦悩の一端を吐き出してくれた彼に答えるため。“真実”を叫ぶ覚悟を決めたのだ。
「大丈夫だから」とティナに目で言い聞かせ、それからズイと身を乗り出し、風に揺れる邪魔な髪を掻き上げながら、声を張り上げる。


「 違 う の ! 」


振り向こうとしないゼロの背中に向けて、精一杯に叫ぶ。




「――――――――! ――――――――――――――――――――!!」




ゼロは一瞬、言葉の意味が取れず、硬直する。そして、理解するとともに振り返る。
だがその時には、既に車両は遥か遠くに走り去っていった後だった。
代わりに、残されたゼロとヴォルクの元に現れたのは、紅と蒼のカラーリングが印象的な二体のミュートスレプリロイドだった。











































  ―――― * * * ――――


『これより、俺がお前の“兄”だ』

目覚めて直ぐ、技術者たちといくつか言葉をかわした後。現れたレプリロイドは不敵な笑みを浮かべながら突然そう言った。
理解はしていた。“兄弟機”として設計された以上、彼を“兄”と認識するのはプログラムとして植え付けられており、そのような自己紹介がなくとも、そう識別していただろう。
だが、しかし――――何故だろう。その時差し出された、一般生活用のハンドパーツを、俺はあろうことか跳ね除けたのだ。

そして、言ってやった。



『キサマ如き、兄とは思わぬ』



その時、周りの技術者達は、予想外の俺の反応に、目を丸くし、驚いていた。何故なら――――いや、実際のところ、感情を持ったレプリロイドがしばしば想定外の行動をとることはあり得たが――――プログラムに反した言動を、生まれて直ぐに発するというのは、非常に稀な事例だったからだ。
だが、その時、目の前にいた“兄”は、どこか嬉々とした表情を浮かべていた。
当時の俺は、自分を舐めているのだと腹立たしく思ったのだろう、怒りを顕にしたままその場を飛び出していった。
今思えば、その笑顔はきっと、初めて“俺”という存在を認めてくれた“兄”の表情だったのだろう。















  ――――  4  ――――


雷鳴のような衝撃とともに、二体のミュートスレプリロイドがゼロとヴォルクの目の前に颯爽と降り立った。
紅と蒼――――まるでかの“救世主”と“英雄”にあやかったかのような二体のカラーリングに、ゼロは運命めいた皮肉を感じてしまう。
そして、紅のミュートスレプリロイドは前に進み出ると、堂々と名乗りを上げる。

「我が名はヘラクリウス・アンカトゥス。ネオ・アルカディア剣闘団が長」

「同じく、ネオ・アルカディア剣闘団所属。クワガスト・アンカトゥスだ」

蒼のミュートスレプリロイドも続いて名乗りをあげる。それからすぐに、ヴォルクを睨みつける。

「……久しぶりだな、隻眼スコープのイレギュラー」

忘れもしない、あの屈辱の敗戦。
おかげで“堕ちた英雄”などと不名誉な二つ名を付けられ、兄の顔にも泥を塗ってしまった。その借りを返すことだけを夢見て今日まで生きてきたと言っても過言ではない。
「落ち着け、クワガスト」とヘラクリウスが宥めようと声をかけるが、クワガストの武者震いは止まらない。それを見て、「やれやれ」と肩をすくめる。

「……どうしてここへ?」

ゼロは問いかける。
黒狼軍本部直通の脱出ルートを使ったのだ。そう簡単に居場所を特定されるとは思えない。――――いや、いくつか思い当たることがないわけではない。行動理念が不可解な男が確かに一人いるのだから。
しかしクワガストは「フン」と鼻で嘲笑い、問いを跳ね除ける。

「言う必要などない。ただ、我々の前には戦う道があるだけだ」

そう言って前へ前へと進み出てゆく。ヴォルクは“棺桶”をぐっと構え、ゼロは左腕からゼットセイバーを抜き出す。
それでも躊躇う素振りを微塵も見せないクワガスト――――しかし、それをヘラクリウスが引き止める。

「待て、クワガスト。不用意に出るな」

「兄者、俺は我慢ができん。頼む、“あの男”は俺にやらせてくれ」

ヴォルクを睨んだまま、クワガストはそう言う。
少しだけ迷った後、「仕方がない」とヘラクリウスも前に出る。

「クワガスト、2on2だ。それなら構うまい?」

「兄者……すまない、感謝する」

二人の遣り取りを聞きながら、「勝手に話を進めてくれるなよ」とゼロは言い知れぬ焦りをひた隠しながら僅かに笑みを浮かべる。
コロシアムの英雄、ヘラクリウス・アンカトゥスの名は、無論、白の団のデータで知っていた。
初期型のミュートスレプリロイドにして、四天王計画により生まれたハルピュイアたちよりも以前から、ネオ・アルカディアを守り抜いてきた守護神。四軍団の設立に際し、前線から身を引き、コロシアムの剣闘団を結成。国防と娯楽提供という二つの職務を負ってはいたが、ここ数年については前者の需要はまるで無かった。
脆弱なレプリロイドばかりを相手にしてきたため、戦いの勘が鈍っているなら好都合――――だが、その雰囲気はゼロの期待を大きく裏切り、戦士としての強大な威圧感を醸し出していた。
それを兄と慕う兄弟機、クワガスト・アンカトゥス。前線での戦闘経験は皆無に等しい彼であるが、その頭脳にはヘラクリウスの戦闘経験値がフィードバックされており、決して油断ならない相手と言っていい。加えて、マニュアルスペックで言うなら彼のほうが強力である。
方や、こちらは“ア・ヴォルク・エイヴァイラー”という不安要因がある。
これまでの遣り取りで、彼が只者でないことは既に承知の上だが、それでも、ここまで強力な敵に真っ向勝負を挑んで、無事に済む確証はない。もしかしたらここで彼は命を落とすこととなるかもしれない。

ジリッと、ゼロの足が後ろにズレる。
それを、ヘラクリウスは見逃さなかった。

「臆すか、英雄? いや、紅いイレギュラー」

悔しいことに、ゼロが算段を付ける暇もなく、戦いの火蓋は切って落とされる。




「――――ならば、今すぐ 我 ら が 剣 の 錆 と な れ ッ ! 」




ヘラクリウスが吠えると同時に、クワガストと二人で地を蹴り、互いに反対方向へと飛び立つ。そのままヴォルクとゼロを中心に、円を描くようにして高速で飛び回る。ゼロとヴォルクは互いに視線で合図を交わすと、背中合わせに素早く構えた。
高速で飛び回る二体の影は、次第に速度を増していく。ゼロは視覚センサーのみならず、体中の感覚センサーを研ぎ澄ませ、彼らの初撃に備える――――と、紅い影から複数の雷撃弾が連続で放たれる。ヘラクリウスの軌道に合わせ、角度を変えて放たれるそれを、ゼロとヴォルクは地を蹴り、躱す。しかし、そのタイミングを予期していたかのように、ヘラクリウスとクワガストが真逆の方向から一気に突撃をかけてきた。クワガストは頭部の鋏で、ヘラクリウスは角で、二人に襲いかかる。
ゼロとヴォルクは目配せ一つせず、互いに横へ飛び退く。クワガスト、ヘラクリウスもまた、なんの合図も無しにそれぞれを追撃する。

「ッなろ!!」

クワガストに対し、ゼロはゼットセイバーを振り切る。が、クワガストは眼前で急上昇し、セイバーの切っ先をスレスレのところで躱す。同時に、両腕のアンカーを体の周囲へ伸ばし、その矛先をゼロへ向ける。

「砕けろッ!」

掛け声とともに放たれるレーザー。ゼロはその空撃を掻い潜りながら、距離を詰めていく。
一方、ヴォルクを追撃したヘラクリウスもまた、上昇し、クワガスト同様にアンカーを四方へ伸ばし、集中砲火を浴びせる。
ヴォルクは逆に、躱しながら距離を取ると、“棺桶”を持ち上げ、その先端に取り付けられた二門の銃口をヘラクリウスへと向け、トリガーを引き絞る。

「実体弾か!?」

自身へ放たれた銃弾を瞬時に識別すると、アンカーからのレーザー攻撃を即座に中止し、回避行動に移る。
イレギュラー戦争の頃から既に、資源やエネルギー効率の観点から、戦闘用レプリロイドの兵装が光学兵器主体に移行したため、実体弾への対応力はそれほど重要視されていない。つまり、いくらボディに上質のビームコーティングを施していようと、装甲そのものの特別な強化は施されておらず、実体弾が相手では分が悪いのだ。

「だが、これしき!」

回避行動を取りながら、ヘラクリウスは角にエネルギーを充填し、雷撃弾を放つ。ヴォルクは銃撃の手を休ませること無く、それを躱す。まさに一進一退の攻防。
その背後で、跳び上がりながら斬りかかってきたゼロのゼットセイバーを、クワガストが二本のアンカーで受け止めている。そして瞬時に残りの二本をゼロの背後へと伸ばす。

「馬鹿な!?」

ゼロは殺気を感じ取り、レーザーが放たれるとほぼ同じタイミングでクワガストの体を蹴り飛ばすと、その反動で回避するとともに、一気に地上へと降り立った。
クワガストの放ったレーザーは僅かに彼自身の体を焦がし、逸れていった。
ゼロは思わず心の内で称賛する。自分自身すら巻き込みかねない、無謀とも取れる攻撃を、少しの躊躇いもなく実行したのだ。それも偶然ではなく、計算の上で。

――――こいつの戦闘センスは……

今まで戦った中では闘将の“それ”に近い。敵として、最も危険な部類だ。
ほんの少しの躊躇から、迷いから、鈍りからくる隙を、この敵は必ずモノにするだろうとゼロは確信する。
実際、こうして分析をするゼロの、一瞬の隙を突いて、クワガストは身を翻し、スラスターを最大出力で吹かす。

「しまった!」

敵は一人ではない。そしてまた味方も自分だけではない。


「スゥピニングゥッ! ブレェェエエェドォオォォォオオォ――――――――――――ッ!!」


クワガストが誇る必殺技。コロシアムではほとんど使用する機会がなかったが、ここで出し惜しむ必要はない。
咆哮とともに体に回転を加えながら、クワガストがヴォルクへと突撃していく。それを止めようと駆け出すゼロを、ヘラクリウスのレーザー攻撃が阻む。
しかし、ヴォルクはあくまでも冷静に“棺桶”の背面をクワガストへと向ける。するとカバーが開き、そこから数発のマイクロミサイルが放たれる。飛び立つそれらを見送りながら、ヴォルクは再び銃口を向け、クワガストへ銃撃を続ける。

「その程度でぇッ!」

七、八発ほどのミサイルを右翼に受けるが、高速回転から生じる衝撃波と周囲を包むプラズマエネルギーが、爆発から身を守る。――――が、間一髪のところでクワガストの体はヴォルクを逸れてしまう。地面に突き刺さる前に、クワガストはブレーキを掛け、その場に制止する。
ミサイルと銃弾の衝撃が、彼の軌道を逸し、同時にその修正を妨げた。だが、必殺の技を破られようと、クワガストはまるで意気消沈すること無く、逆にその興奮は高まる。「それでこそッ!」と叫びながら、レーザーを連射する。
ヴォルクもまた、それを掻い潜りながら、銃撃を浴びせる。その上空から、ヘラクリウスが一直線に突撃をかけてくる。

「ヴォルクッ!」

ゼロの言葉と同時に、ヴォルクは上空のヘラクリウスを睨み、“棺桶”の側面ハッチを開くと、そこから煙幕を発生させる。また、その場から飛び退き、ヘラクリウスの攻撃を躱す。
クワガストの放ったレーザーをゼロのゼットセイバーが防ぎきり、そのままゼロも煙幕に紛れる。
おそらく二人がかりで、煙幕に紛れながらヘラクリウスを捉えるつもりだろう。だが――――

「浅はかなことよ!!」

クワガストが頭部を回転させると、鋏から直線上に竜巻が巻き起こる。その風が煙幕を蹴散らし、三人の姿を晒す。
風に押され、ゼロとヴォルクは体勢を崩す。それを狙って、ヘラクリウスは加速してその場を離脱。そしてアンカーをゼロたちの四方へと放ち、オールレンジ攻撃をかける。
クワガストもまた、風を止め、アンカーからレーザーを連続で撃ち込む。
無数の光の矢が放たれ続け、やがて後には砂埃だけが舞い上がった。
「……他愛もない」と嘲笑を浮かべるクワガスト。それをヘラクリウスは「馬鹿者」と突然叱咤する。

「あの程度の攻撃でどうこうなる者に、キサマはやられたのか?」

クワガストが思わず息を呑むと、砂塵に紛れながら、二つの影が確かに立っているの見える。
あれだけの攻撃を浴びせたというのに――――英雄と謳われる紅いイレギュラーだけでなく――――隻眼スコープの男ですら五体満足にやり過ごしていた。



「気を引き締めてゆけ、クワガスト。……今回の敵は最高の獲物だ」



そう言うヘラクリウスが、クワガストには心なしか微笑んでいるように思えた。
無理もない。生まれてこの方望んでやまなかった強敵との、全身全霊をかけた真剣勝負。喜ぶなという方が難しいだろう。
それはクワガストも同じだ。

ここまでくれば英雄の肩書も、誹謗中傷の類も、名誉をかけた復讐も、どうでもよい。
今はただ、戦いに没頭し、勝利を掴むだけだ。――――きっとこの瞬間のために、自分たちは生まれたのだ。

「……兄者、俺は嬉しい」

クワガストの声は震えていた。
たった今、存在の所以を見つけられたのだ。戦闘用レプリロイドとしてこの世に生を受けてからというもの、渇望し続けてきた好敵手を。
だがヘラクリウスは微笑んだまま「早いぞ、クワガスト」と宥める。

「それを言うのは……――――勝利をもぎ取った後だ!」

「応ッ!」

掛け声とともに、再び飛び込んでいく二人。クワガストはゼロへ、ヘラクリウスはヴォルクへ。
臨戦態勢を再び取り直すゼロとヴォルク。それぞれに向かってくる敵のタイミングに合わせてそれぞれの得物を構える――――が、それこそがブラフ。

「な…ッ!?」

眼前で飛行進路が突然切り替わる。何一つ合図を交わした様子なく、互いの標的を一瞬でスイッチしたのだ。
クワガストに対して振りぬいたゼットセイバーは当然、僅かなタイムラグの後に迫ってきたヘラクリウスを捉えられず、虚空を切る。咄嗟に身を躱したおかげで角の一撃を回避できたが、ゼロの腹部にはヘラクリウスの肩部が衝突し、横へ弾き飛ばされる。
メリッという鈍い音が脇腹から聞こえると、地面を転がりながらゼロはその部分の痛覚を遮断する。そして即座に起き上がり、ゼットセイバーを構える――――が、そこに再び光弾が放たれ始める。
ヴォルクはと言うと、向かってくるクワガストに対し、ヘラクリウスに合わせて構えた“棺桶”を咄嗟に横向きにして、殴りつけようと振りぬいた。しかしクワガストは急停止をかけ、頭部の鋏で“棺桶”を挟み上げる。
ギリギリっと軋む音を鳴らす“棺桶”を引き抜くため、ヴォルクはクワガストの腹部に足の裏側で蹴りこむ。だが、クワガストは微動だにせず、そのままアンカーの矛先をヴォルクに向け、光弾を放つ。
ヴォルクは瞬時に飛び上がって回避すると、宙に舞いながら、挟まれたままの“棺桶”の向きを鋏ごと無理やりに修正しながら引き金を引き絞る。放たれ続ける銃弾が頭部へと次第に近づいていくと、“棺桶”を破壊するよりも先に頭頂部を撃ち抜かれることを予期し、クワガストは力づくでヴォルクの体を投げ飛ばした。
しかし、その流れこそ、ヴォルクの狙い目。

「ッ……兄者ぁ!!」

クワガストの叫びに気づいたヘラクリウスは、ゼロへと向けていた攻撃を直ちに中止する。
二門の銃口が確かにヘラクリウスの方向へと向いてるではないか。

「ぬぅおッ!」

呻き声とともに急速上昇。――――紙一重というところで、どうにかヴォルクの弾丸を避けきる。
上空へと上がりながら、ヘラクリウスは己を狙った隻眼スコープの男を称賛する。クワガストとの遣り取りの中、正確にこちらの位置を把握し、この戦術へ至ったのだ。

「やってくれる! しかし、これは…… ど う だ !?」

歓喜を重ねた声色でヘラクリウスはそう叫ぶと、三本の角それぞれにエネルギーを充填し、それを融合。そして一気に解き放った。
極大のプラズマ弾がヴォルクを狙って空を駆け抜ける。
だが、ヘラクリウスの予備動作から予測したのか、一歩早く動いていたヴォルクは辛うじてそれを躱す。だが、その体を狙って、今度はクワガストが突撃をかける。
即座に割って入ったゼロが、ゼットセイバーを振りぬいた。クワガストはその直前で、ほぼ直角に曲がって回避するとそのまま身を翻し、アンカーをゼロに向けて放つ。

「邪魔ッ!」

払い除けようとセイバーを振り回すが、アンカーはそれを待っていたかのようにゼロから離れる。
「しまった」と顔を歪めるのとほぼ同時に、無防備なゼロへ向けてアンカーからレーザーが放たれる。咄嗟に右足で地を蹴り、空中で身を回転させながら第一陣のレーザー攻撃を躱し切った。
だが、バランスが取れぬまま地に着くと、当然ながら体勢を崩し、その場に倒れこむ。それを狙って、クワガストは再びレーザーを撃ちこむ。――――しかし、そのアンカーを、ヴォルクの正確な銃撃が弾く。
安堵するのも束の間、ヴォルクの後方で、先ほどの雷撃弾の倍近いエネルギーをヘラクリウスが充填しているではないか。

それを見た瞬間、ゼロは左腕のジェネレーターを急速稼働させる。そのエネルギー量の変化を見て取ったクワガストは「いかん!」と空中で体勢を変え鋏をゼロへと向けて加速する。だが、それに対し“棺桶”の背面をまるで盾のようにしてヴォルクが飛び込み、クワガストの一撃を防ぐ。
その攻防を他所に、ヘラクリウスとゼロは互いのエネルギーを一気に解き放った。

アースクラッシュとビートプラズマ――――ぶつかり合う二人のエネルギー弾は、まるで雷のような激しい閃光と衝撃音を連続して放ち続ける。
そしてしばらくすると、それら二つのエネルギーは互いの向かうべき道を見失い、その場で大きな爆発音を上げるとともに花火のように弾け飛んだ。

「くぉッ!」

閃光に視覚センサーを焼かれたクワガストが、敵を見失う。その隙を、ヴォルクは見逃さなかった。
直ぐ様“棺桶”ごとクワガストを押し退け、後方へと距離をとる。そして、再び側面ハッチを開放し、残りのマイクロミサイルを、未だ視力を回復できずにいるクワガストに向けて発射する。
直撃コースに入ったミサイルの行く末を目で追う、ちょうどその時、黒い影が頭上を覆い、通り過ぎる。

ヴォルクがクワガストを狙うだろうことを予測したのか、単に弟を心配に思ったが故なのか、とにかくヘラクリウスはヴォルクの想定よりも早く、クワガストの援護に駆けつけた。
アンカーから放たれるレーザーは正確にミサイルを撃ち落としていく。そして、クワガストの無事を確認すると直ぐに身を翻してヴォルクの方へと向き直る。

「見事! だが、そこまでだ!」

連続して放たれる雷撃弾。ヴォルクはまたしても距離を取るべく後方へとステップを踏んでいく。だが、ここまでの戦闘からヘラクリウスはその動きを完全に先読みし、既に手を打っていた。
忽ち後方より放たれるレーザーが、ヴォルクの左腕を焼く。事前に飛ばしたまま配置していたアンカーが、功を奏した。

「消し炭となれ!」

掛け声とともに、もう一機、反対方向に配置されていたアンカーが火を噴く――――その直前、鮮緑の刃がヘラクリウスから伸びていたアンカーのラインを、斬り落とす。

「紅いのッ!?」

「もう一本!」と、もう一つのアンカーへと飛びかかるゼロ。それに対し「させるかッ」と声を上げ、アンカーを瞬時に巻き戻す。
同時に雷撃弾をヴォルクへと浴びせる。すかさずサイドステップでかわし切るヴォルク。そこに、自己修復機能をフル稼働させ、視力を回復させたクワガストの大鋏が襲い掛かる。

「……ッ!」

初めてヴォルクが口端を苦痛に歪める。右側はなんとか“棺桶”を盾にして防げたが、左わき腹には鋏の刃が食い込んだ。直ぐ様痛覚を遮断して、先ほどのレーザーで焼かれた左腕を押しこみ、鋏の刃を押し戻そうとする。

「だが、無駄だ!」

ヴォルクの奮戦むなしく、鋏は微動だにせず、やがてキリキリと内部へと刃を食い込ませてゆく。
だが、次の瞬間、ヴォルクはいつも通りの無表情へと戻り、一言だけポツリと言ってのけた。

「……調子に乗りすぎだ」

それとともに“棺桶”をクワガストへと向ける。――――と、“棺桶”の胴体が二分割され、まるでワニの顎のように開く。その中央には一本の巨大な“杭”が姿を見せていた。


「パイルバンカー!?」


「 貫 け 」


短く言い放ち、トリガーを引く。刹那、巨大な杭が高速で撃ちだされる。
咄嗟に身を躱したクワガストだったが、その原始的な杭撃ち機は、鋏の左刃を、後方に隠れていた左腕共々貫き壊した。

「~~………っのぉれぇぇぇえ!!」

怒りに任せたクワガストは残った右刃を乱暴に振り回す。ヴォルクは手早く杭を引き戻しながら、バックステップでそれを躱す。そして再び“棺桶”を振り上げ、クワガストを狙う――――が、そこにヘラクリウスのレーザー攻撃が降り注ぐ。

「クワガスト! 頭を冷やして援護に回れ!」

「兄者……すまぬ!」

ヘラクリウスの言葉を素直に聞き入れ、若干距離を取り、アンカーからのレーザー攻撃主体へと切り替える。狙いは、ヘラクリウスへと斬りかかる紅い影。
ゼロは大きく舌打ちながら、クワガストのレーザーを掻い潜り、ヘラクリウスへとゼットセイバーを振りぬく。しかし、無理な体勢からの一撃は虚空を斬る。
そのままヘラクリウスは、再度クワガストへと攻撃をかけようとしているヴォルクへと、角を向けて突撃をかける。殺気を察知したヴォルクは銃口をヘラクリウスへと向けて引き金を引き絞る。
だが、ヘラクリウスは右に左にと体を揺らして容易に照準をつけさせない。放った銃弾が虚しく飛び去るのを見て取ると、ヘラクリウスの体が目と鼻の先に迫ったタイミングで、ヴォルクは地を蹴り、その場を離れた。瞬間、ヘラクリウスはアンカーを地に突き刺し、遠心力を利用して加速するとともに、方向転換を図る。

「逃がさぬッ!」

ヴォルクの体がヘラクリウスの角に串ざされる――――という寸前で、ゼロの足がヴォルクの体を蹴り飛ばす。
しかし、弾かれるまま、ヴォルクは“棺桶”の銃口を、通り過ぎてゆくヘラクリウスへと向けて再び引き金を引き絞る。
ヘラクリウスは獲物を捉えられなかったことに悪態つきながら、アンカーを地に突き刺し、反転すると、その勢いで体勢を戻した。そしてそのままヴォルクの銃撃にレーザーの乱射で応戦する。

ゼロは直ぐ様駆け出し、飛び交う銃撃をくぐり抜けながら、ヘラクリウスの元へと飛び込んでいく。
その眼前には、半壊のクワガストが立ちはだかる。

「これ以上やらせてなるものか!」

「退いてろ!」

ゼットセイバーと、プラズマエネルギーを纏ったクワガストの右刃が鍔迫り合う。
互いに力を抜かず、互いに道を譲らず……飛び散る火花の輝きはまるでお互いの情念の強さを表しているかのようだった。

「 勝 つ !  例え英雄だろうとなんだろうと! 俺達は必ず勝つ! 勝って真の栄光を掴むのだ!」
 

「そんな栄光に一体なんの価値がある!? こんな醜い命の奪い合いで掴んだ栄光なんざろくでもない! 退け! 生き抜いてしか掴めないものがあるだろう!」




「キサマには分からぬ! 戦乱の世に生き、己の所以を得られたキサマには! 真に“英雄”となれた キ サ マ に は ! ! 」





響き続ける雷鳴。飛び散る火花。猛々しい咆哮。
うっすらと白く塗りたくられた大地の上で、繰り広げられる熾烈な争い。

クワガストの瞳は少しも揺らぐこと無く前だけを見据えてる。どこまでも、真っ直ぐに前だけを。
その瞳の輝きに、パーソナルカラーに、そして先日巡ってきた突然の邂逅に――――ゼットセイバーを握るゼロの手は、ただ固くなるばかりだった。









































  ―――― * * * ――――


空に浮かぶ星たちは、どれだけ自分の生まれた理由を知っているのだろうか。どれだけそれに納得しているのだろうか。
遠い宇宙の片隅で、まるで命のようにまばゆい輝きを放ちながら、何を思っているのだろうか。
自分にはまるで見当もつかない。自分の存在の理由も、それを納得させるだけの証明も。生きる所以も、何もかも……



『また、ここにいたのか』


コロシアムの中心で寝転びながら、夜空を見つめているクワガスト・アンカトゥスの元へ現れたのはヘラクリウス・アンカトゥスであった。
声をかけられたのは久しぶりだ。ここでこうして星を眺めるようになってからは初めてだ。――――「また」ということは、どこかから見ていたのだろうか。

『一体何用だ』

ぶっきらぼうにそう問い返しながら、クワガストは起き上がる。クワガストは、目の前にいる男が殊更嫌いだった。
憎たらしく思えるような笑みを零しながら、ヘラクリウスは空を見上げる。

『ふむ…良い夜だ。星の灯火が、まるで生命の輝きのようにも見える』

クワガストは、ぴくりと反応する。
自分と同じ感性を持ち合わせているのは仕方がない。二人は兄弟機として作り上げられたのだ。その精神プログラムには似通っている部分も確かにある。
だが、だからこそ余計に憎たらしい。自分と同じようでいて、自分とまるで違うこの男が。

『……用件は分かっている。コロシアム出場のことだろう』

クワガストは自分から切り出す。
生まれてからこの方、度重なる要請を無視してコロシアムに一度も出場していない。彼の出場予定の穴は、全てヘラクリウスが埋めている。
きっと、彼は自分を叱りにでも来たのだろう。わざわざこんなところに来たのは、それくらいしか理由が思いつかない。

『だが……キサマがいくら何を言おうと、俺は出場せん。あんなお遊びの場に、誰が出るものか』

肌で感じずとも、知っている。所詮は人間の娯楽。コロシアムなどと言えばカッコが良いが、その実はサーカス――――いや、見世物小屋と言った方が適している。
しかし、クワガストの予想に反して、ヘラクリウスはただ笑い声を上げるだけだった。叱りもせず、嫌味もなく。そして、言った。

『良い。そうお前が思うのであれば、それで良い。俺はそんなお前が気に入っている』

そして、そのまま振り返り、『邪魔したな』と言い残して立ち去ろうとする。
そんなヘラクリウスの背中に、クワガストは思わず『待て』と声をかけていた。
クワガストは、ヘラクリウスが気に入らなかった。どこまでも気に食わなかった。

『何故、キサマはあんなものに出る!?』

ヘラクリウスは足を止める。そして『何?』と振り返る。
クワガストは思うまま、叫ぶ。

『キサマは戦場を知っている! それなのに、何故あのような場に出る!?』

四軍団結成以前、ヘラクリウスはネオ・アルカディアの将軍として前線に赴き、多くのイレギュラーを葬ってきた。
四軍団結成以後、生まれ出たクワガストは一度も前線に出たことがなかった。一度もイレギュラーを手にかけたことがなかった。
クワガストは、ヘラクリウスが気に入らなかった。気に食わなかった。
自分の知らない栄光の場所を知りながら、それを平気で捨て去り、ままごとのような世界に身を窶す英雄が気に入らなかった。
そしてその理由が、自分が味わってもいないというのに、まるで手に取るように分かってしまうのが苦しかった。



『分かっているぞ、ヘラクリウス! 戦場は――――俺達の望む場所は何処にもなかったのだろう!?』



生まれ出た理由を知っている。
戦うためだ。命の限り戦い続け、敵をなぎ倒し、英雄となるためだ。人間たちはそう願って、俺達を作った。
だが、蓋を開けてみればどうだ? 自分たちの実力に敵うような者達は何処にもいない。腑抜けたイレギュラーばかりを相手に戦い、英雄と祭り上げられる。
挙句、後から生まれてきた者達だけでその役目は事足りると知ってしまえば、どうだ? それ以上その場所に留まる理由もないと気づいてしまうのに時間はかからなかった。
――――しかし、それはその戦場だけか。

『この世界の何処にも、俺達は必要とされていないのだろう!?』

存在の理由が見つからない。
自分を必要とする場所は何処にも見つからない。この力のやりどころが見つからない。戦うために生まれたというのに、その戦いは何処にもない。
命を燃やし、心を焦がし、信念の限り戦う場は何処にもない。

――――それなのに、生き続ける理由は何だ!?



『答えがほしいか、クワガスト』


やりどころのないクワガストの心の叫びに、ヘラクリウスは問い返す。
そして、クワガストは瞬時に感じ取った。先ほどまでとまるで違う、闘気に満ちた“真の英雄”がそこに現れたのを。


『ならば、来い。お前に“標”をくれてやる』


『何を馬鹿なことを』とクワガストは悪態つく。
戦闘経験は確かにヘラクリウスの方が上だ。しかし、クワガストの基本スペックはヘラクリウスを余裕で上回る。
戦いの結果はやる前から見えていると言っていい。だが、ヘラクリウスは嘲笑とともに言う。


『怖いのか、クワガスト。“戦士”ともあろう者が、死を恐れるか?』


その言葉に、クワガストは意を決した。

『抜かせ、旧式ィッ!!』

咆哮とともに地を蹴り、スラスターを最大出力で吹かす。
時間をかけるつもりはない。一撃で決める。油断しきったこの英雄を、軽々と捻り潰してくれる――――……………………‥‥‥‥・・・




























――――目を開けた時、再び夜空が満天の星とともに視界いっぱい広がっていた。


『気づいたか』と横に座るヘラクリウスが声をかける。その状況に、クワガストは全てを思い出し、理解する。
クワガストのスピニングブレードを軽く躱した後、ヘラクリウスはアンカーを駆使してクワガストを絡めとると、一気に畳み掛け、組み伏せた。
鮮やかな手並みだった。実力差を痛感した。彼は本当に、“英雄”に相応しい力を持っていた。

『………何故だ、それほどまでの力を持っているのに……』

クワガストの声は震えていた。
悔しいのか、虚しいのか、腹立たしいのか――――あるいはその全てか。そして、それは誰に対してか。何に対してか。
生まれた場所は、力を持つ者を赦してくれる世界ではなかった。その理由を、足蹴にするような無情な世界だった。
ヘラクリウスが嫌いだった。そんな世界を受け入れているようで。まるで平気な顔をして生きているこの男が。その生き方が。
そんな彼の想いを感じ取ったのか、ヘラクリウスはやさしく声をかける。

『クワガスト、お前はなにか勘違いをしている』

『何?』と問い返すクワガストに、彼は笑いかける。

『確かに我らは戦うために生まれた。しかし、俺は俺――――お前はお前だ』

それがヘラクリウスの出した答だった。

『理由のために生きるのではない。誰かに定められた使命を成し遂げるばかりが生涯ではない。俺達はこうして意志を持って生まれたのだ。レプリロイドとして。選ぶ権利を持って生まれたのだ。どう生きるか、定められてなどいないのだ』

言葉の意味がようやく分かった。何故、ヘラクリウスはこんな自分を許すのか。
我武者羅にでも自分を通そうとしていた、そんなクワガストの姿が、彼は気に入っていたのだ。

『なんのために生きるか……そんなものはもう分からぬ――――いや、俺は自分で決めた。今いる場所が俺の戦場なのだと、納得した』

それは、決して妥協ではなく。諦めでもなく。
この生き方を通すと、“選んだ”のだ。

『人々を守り生きていくことを選んだのだ、俺は。己の欲を満たす以上に、原初の理由を達する以上に、それが今の自分にできることなのだと、納得した』

この場所で、己が選んだ戦場で精一杯に闘いながら、足掻きながら、藻掻きながら。
理想の場所は程遠い幻かもしれないと思いながらも、それでも、強かに生きていく。

『無論、願いもする。いつか対等に渡り合える強者に出会えることを。存分に力を振るえる場所が見つかることを』

今の場所に満足する必要はない。“願う”ことは侵されない自由だ。何者にも赦される権利だ。
願いながら、生きていく――――そんな生き方でも良いのではないかと、ヘラクリウス・アンカトゥスは思うのだ。

『それでも、クワガスト。もしもお前が理由を必要とするのなら。それがなければ生きられぬというのなら――――』

ヘラクリウスはそっと手を差し伸べる。





『いつかそれを掴む日まで、俺がお前の“標”となろう。その間だけは俺を“兄”と呼べ、クワガスト』






『……兄者』





自然と言葉は溢れていた。そして、気づけばその手をしっかりと握っていた。

それからクワガスト・アンカトゥスはヘラクリウス・アンカトゥスの弟としてコロシアムに出場した。その壮絶な戦いぶりは脚光を浴び、もう一人の“英雄”と直ぐに祭り上げられた。
クワガストは、兄とともに“英雄”として生きることに決めた。相変わらず『まるでお遊びだ』と悪態をつきながら、『強者と出会いたい』と願いを口にしながら。
それでも、この生き方を続けるのだと納得していた。目の前を、揺らぐこと無く進んでいく兄の背中を追いながら。

――――兄者、俺はもう掴んだよ

今いる場所が、いつでも自分の戦場だと。何かに憧れながらも、願いながらも、不満を口にしながらも、それでもこの場所を受け入れて生きていくのだと。
そんな生き方が、存外悪いものでもないと思える“自分”が嫌いでなくなった。

――――それでも……いや、だからこそ呼ばせてほしい

親しみを込めて。愛情を込めて。憧れを込めて。尊敬を込めて。
これからもずっと、目の前を歩き続ける“英雄”を“兄”と呼び続けよう。そう、クワガスト・アンカトゥスは心に誓った。
そしていつか、生まれた意味を真に肯定してくれる、夢見た戦場に二人で辿り着くのだと、“真の栄光”を二人で掴み取るのだと強く願うことにした。
























  ――――  5  ――――


ア・ヴォルク・エイヴァイラーは考える。この戦闘で如何に勝利をもぎ取るか。
今の体では、四人の中で最も戦闘能力に乏しいことは明白だ。ここまでギリギリの攻防の中、生き残れているのは卓越した戦闘スキルがあってのことだ。
しかし、戦いが長引けば長引くほど、その能力差は戦闘に大きく影響してくる。それならば、どうするか。

ア・ヴォルク・エイヴァイラーは考える。
目の前に立ちはだかる二人のミュートスレプリロイドは明らかに強い。しかし、如何に力を持った“英雄”でさえ、必ず欠点を持っている。
さて、ヴォルクがアンカトゥス兄弟に与えた評価は、ゼロとは若干異なるものであった。

自分たちを含めた中で、最も戦闘の才に優れる者――――それは間違いなくクワガスト・アンカトゥスだ。
基本スペックのみならず、戦闘に際し研ぎ澄まされるセンサー、その感度、反応は、見紛うことなき最優の証。
しかし、彼には致命的な欠点がある。その“性格”だ。
直情的な性格は、センサー類の判断を鈍らせ、反応を遅らせる。己のスペックを引き出せない、言わば二流の戦士。

最も警戒すべきは、最も戦闘を知る男――――ヘラクリウス・アンカトゥスだ。
基本スペックでは弟に劣るどころか、ゼロにも及ばないだろう。だが、それを補って余りある的確な判断力、優れた戦闘技術を持っている。
完全無欠と言っても差し支えない戦闘能力は、敵に、なかなか有効打を決めさせてくれない。
だが、どれだけ優秀な戦士であろうと、“英雄”であろうと、必ず一つは欠点を持っている。それはレプリロイドという存在が、人間という不完全な存在に作られたがゆえの宿命なのだ。


ちょうどその“欠点”を狙えるポイントで、ヴォルクは“棺桶”を回転させるように持ち直し、箱の上部をそれに向ける。
パックリと割れたそこから顔を覗かせるのは、対ライドアーマー用のロケット弾だった。


「何をッ!?」


ヘラクリウスは思わず口走る。
先ほどまで自分を狙っていた男の矛先が、別を向いている。たった一瞬の攻防の隙に。
そしてその先を理解する。

――――しまった!!

それは絶妙なタイミングだった。それまで頑として見せなかった隙を突かれた。
今から最大速度で阻止に動こうとも、ギリギリ届かない距離。巻き戻したアンカーがギリギリ間に合わないタイミング。そして、ヤツの標的が紅いイレギュラーとの攻防の末打ち負け、身動きがとれなくなった一瞬。
ただこのタイミングを狙う為だけに、ア・ヴォルク・エイヴァイラーはヘラクリウス・アンカトゥスとのやりとりを続けたのだ。
取れる選択肢は二つ。――――生きるか、生かすか。
しかし、冷静沈着にして完全無欠の英雄は、その時だけ、その一瞬だけ、頭より先に感情で、己の道を選んだ。





「 ク ゥ ワ ガ ス ト ォ ォ ォ オ ォ ォ ォ ォ ォ オ オ ォ ォ ォ ォ ッ ! ! 」






「兄者ッ!?」とクワガストが振り返る刹那、爆音と閃光が迸る。そして、紅の破片が宙に舞い散り、無残に壊れ果てた躯が、煙を燻らせながら地に伏した。
クワガストは呆然と立ち尽くした。そして目の前で起きた惨劇を理解すると、叫び声を上げ、その躯に駆け寄った。






「 兄 者 ぁ あ ぁ あ ぁ ぁ ッ !! 」







膝を地につき、ヘラクリウスの躯にアンカーをかけ、抱き上げる。
ヘラクリウスは、その身を盾にして弟を守った。そして、無残にも命を散らしてしまった。
栄光も、夢も、願いも――――全てが散った残骸を胸に抱きながら、衝動のままにクワガストは再び叫び声を上げる。






――――その瞬間。
無情な調べを空に響かせながら、一本の杭がクワガスト・アンカトゥスの胸部を、背中から貫いた。






やがて完全に機能停止し、ぐったりと動かなくなった鉄の塊を見つめながら、ヴォルクは地獄から響くような声で、一言だけ吐き捨てる。

「……終わりか……実に、つまらん」

たったその一言が、彼らに手向けられた最期の花だった。

ヘラクリウス・アンカトゥスの唯一つの欠点――――クワガスト・アンカトゥスというただ一人の存在。
悟らせまいとしていたが、半壊した彼を気にかけながら戦っているのを歴戦の猛者には容易に理解できた。
そして、感情の抑制が効かない弟が、彼の死に取り乱すだろうことも、また然りだった。

“英雄”として生まれた二人のミュートスレプリロイド、アンカトゥス兄弟。
存在の所以を問いただし、それでも己の境遇を受け入れて、向かい風の時代を強かに生き抜いてきた二人の戦士。
その最期は実に呆気ないものとなってしまった。



決して、誰もが劇的な死に様を迎えられるわけではないのだ。











































  ――――  6  ――――


白雪の上に伏した二人の躯を見下ろしながら、ゼロは無言のまま立ち尽くしていた。
蒼と紅――――その二つの色が、実に印象的だった。

「……ッ!?」

そして突然、胸ぐらを掴み上げられる。
先ほどまでの無表情から一転、ヴォルクは鬼の形相でゼロを叱咤する。


「キサマ、一体何を考え戦っていた!?」


咄嗟に口を噤み、ゼロは答えられなかった。
こちらを見つめるメカニカルスコープ。その中心に映る自分の姿に、まるで胸の内を全て読まれているような気がした。
ヴォルクは奥歯を「ギリッ」と噛み締めた後、怒りを押し殺しながら冷静に唱える。

「あの色に……己と“奴”とを重ねたか?」

ゼロは思わず唇を噛み締めた。
答えるまでもない。悔しいことに、ヴォルクの言葉は的確だった。

――――ああ、そうだとも

ヘラクリウスとクワガスト――――まるで自分と“友”のような二人に、少なからず影を重ねていた。
この戦いの中、ゼロの力はほとんど発揮されていなかったと言っていい。そしてその理由の一つは、間違いなくそれだった。
ヘラクリウスがヴォルクの手で破壊された後、戸惑うクワガストを背中から斬り倒すこともできた。しかし、ゼロはそれを躊躇ってしまったのだ。
いつかの“友”の背中に見えて。想いが重なって。ゼットセイバーを握る腕が、ぴくりとも動いてくれなかった。

やがてヴォルクは手を離し、背を向ける。これ以上問い詰めたところで意味など無い。
だが、言っておくべきことがある。言わねばならぬことがある。


「……くだらん郷愁に駆られ、戦いの中で戦いを忘れたというのであれば…………キサマの“刃”は折れたも同然だ」


ヴォルクの言葉は、胸に深く突き刺さる。
それは、“剣”として生きることを誓ったゼロに対する、存在の否定に他ならない。
そのことを、ゼロ自身痛いほどに理解できた。

「どこぞの“甘ちゃん坊や”のような考えが染み付いているのなら、己の存在意義を思いだせ。“破壊神”と称された、己の宿命を……な」

それは忌むべき宿命なのかもしれない。だが、全てを否定することもできない。
その力のおかげで今もまだ、自分はここに立つことができているのだから。



「…………まるで、俺達のことを知っているかのような口ぶりだな、ヴォルクさんよ」

不意に引っかかりを覚えたゼロは、すかさず問い返す。
だが、暫くの間を置いた後、ヴォルクは少しも表情を崩すこと無く、徐に答えた。

「……安心しろ――――今は味方だ」

意味深な発言は尚もわだかまりをゼロの心の奥に残す。
だが、不審に思うゼロに対し「それよりも」とヴォルクが向き直る。そう、今はそれ以上に厄介な問題が残っている。

「これからどうするつもりだ? あの“小娘”の言葉を聞いて尚、キサマはネオ・アルカディアとやらに戻るのか?」

その問いはもっともだった。
そしてそれもまた、ゼロが戦いにおいて本領を発揮できなかった理由の一つでもある。そのことがずっと頭について離れなかった。
ゼロはネオ・アルカディアの方角を見つめる。
そして瞼を軽く閉じ、先ほど、別れ際にシエルが叫んだ言葉を反芻する。





















『待って、ゼロ!』

荷台からシエルが乗り出し、叫ぶ。
『危ないですよ!』とティナがその身を抑えようとする。
『大丈夫だから』とティナに目で言い聞かせ、それからズイと身を乗り出し、風に揺れる邪魔な髪を掻き上げながら、声を張り上げる。


『 違 う の ! 』


振り向こうとしないゼロの背中に向けて、精一杯に叫ぶ。



















        『あのエックスは! ――――彼は、あなたの知っているロックマンエックスではないの!!』


























「………………賢明だな」


ネオ・アルカディアの方角に背を向けて歩き出すゼロに、ヴォルクは一言だけそう言うと、後について自分も歩き出した。
うっすらと白い大地の上にはただ、紅と蒼の躯が静かに横たわるだけだった。






















 32nd STAGE











         Red, White and Bullet Blues












































……………






………………………






「アンカトゥス兄弟、完全に沈黙。紅いイレギュラーと、隻眼スコープの男は白の団へと戻る模様。――――契約履行を確認」

〔了解した。直ちに基地へ戻れ、カルト〕

通信回線より下された指示に、一部始終を眺めていたカルト・デフェールは「ハッ」と短く答える。
一方、通信回線の向こう側――――黒狼軍本拠地にて連絡を受け取った人間、エボニー・ベルサルクは静かな笑みを浮かべる。

「これで、厄介な連中が消えてくれた」

ヘラクリウス・アンカトゥスとクワガスト・アンカトゥス。紛うことなき最強の双璧をネオ・アルカディアは失った。
イレギュラーハンターや四軍団など、クリアしなければならない事項は多々あるが、それも全て“上”がやってくれるだろう。
勿論、件の“救世主”についてもまた然り。

「それにしても、この契約。自分は不可解でなりません」

「気持ちはわかる。だが、向こうの思惑を勘ぐったところで、情勢は変わらん」

ネーヴェの言葉を、ベルサルクは軽く切り捨てる。
“あちらさん”――――隠将ファントムが出した条件は「紅いイレギュラーの逃亡を手助けすること」。そして、それに対しこちらが突きつけた要求は「アンカトゥス兄弟の処分」だった。
それをネオ・アルカディアに属するはずのファントムは躊躇なく受け入れ、今回の戦闘へと導くことを提案してきた。おかげで黒狼軍、斬影軍団共に手を汚すこと無く互いの要求は遂げられた。
不可解といえば不可解であるが、ベルサルクの言葉通り、深く勘ぐったところで変わりはしない。
死に体となっているネオ・アルカディア――――あるいはファントム個人がどのような思惑を持って紅いイレギュラーの命を救おうとしたのか知れないが、今の内情を覆す材料があるとは思えない。
そしてまた黒狼軍にとって、確かに紅いイレギュラーの存在はこの先脅威となるだろう。だが、戦闘データを確認する限り、ベルサルクと同等程度かそれ以下。ならば、今後の戦力差も含めて、敵になり得るとは考えにくい。

「あとは時を待つだけさ、ネーヴェ。革命の扉はすぐそこだ」

その扉が開かれた時、古き秩序は崩壊し、新しい世界が始まる。
しかしその先にある未来を、今は誰も知り得ることはない。




























         To be continued ......























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