<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.34283の一覧
[0] [Z-E-R-O] (原作:ロックマンゼロ、ロックマンX)[村岡凡斎](2013/09/18 15:00)
[1] はじめに[村岡凡斎](2012/07/18 16:08)
[2] Prologue[村岡凡斎](2012/07/18 16:24)
[3] Waffle for Chapter[村岡凡斎](2012/11/07 01:25)
[4] OPENING STAGE 「涙の少女と寝起きのマルス」[村岡凡斎](2012/10/29 15:54)
[5] 1st STAGE 「剣」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[6] 2nd STAGE 「星に願いを 夜空に問いを」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[7] 3rd STAGE 「包囲戦線」[村岡凡斎](2013/11/25 19:59)
[8] 4th STAGE 「亡霊の影」[村岡凡斎](2012/10/29 15:59)
[9] 5th STAGE 「死屍軍団」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[10] 6th STAGE 「キズダラケ」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[11] 7th STAGE 「渇望/葛藤」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[12] 8th STAGE 「未来」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[13] 9th STAGE 「理想郷の詩」[村岡凡斎](2012/10/29 16:02)
[14] COMMENTARY 1[村岡凡斎](2012/09/18 18:22)
[15] 10th STAGE 「紅いイレギュラー」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[16] 11th STAGE 「救い」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[17] 12th STAGE 「ウラギリ」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[18] 13th STAGE 「闘将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:27)
[19] 14th STAGE 「証明」[村岡凡斎](2012/10/30 23:28)
[20] 15th STAGE 「レスキューコール」[村岡凡斎](2012/10/30 23:29)
[21] 16th STAGE 「世界を覆う白雪の上で」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[22] 17th STAGE 「理想の表裏」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[23] 18th STAGE 「color of mine/d」[村岡凡斎](2012/10/30 23:31)
[24] 19th STAGE 「妖将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:32)
[25] 20th STAGE 「届かぬ想い、その結末。」[村岡凡斎](2012/10/30 23:33)
[26] 21st STAGE 「デンジャラス・デイ」[村岡凡斎](2013/05/07 21:37)
[27] COMMENTARY 2[村岡凡斎](2012/10/30 23:37)
[52] 22nd STAGE 「レプリロイドは ぜんまいねずみの夢を見るか?」[村岡凡斎](2012/11/07 01:09)
[53] 23rd STAGE 「殺戮舞台」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[54] 24th STAGE 「罪 と 罰」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[55] 25th STAGE 「Raging River」[村岡凡斎](2013/11/19 00:54)
[56] 26th STAGE 「ABSOLUTE - JUSTICE」[村岡凡斎](2012/12/17 00:06)
[57] 27th STAGE 「隠将」[村岡凡斎](2013/01/28 22:27)
[58] 28th STAGE 「再会」[村岡凡斎](2013/05/07 21:39)
[59] 29th STAGE 「暗躍の調」[村岡凡斎](2013/05/25 23:30)
[60] 30th STAGE 「死者の国」[村岡凡斎](2013/06/23 01:04)
[61] 31st STAGE 「乱戦四重奏」[村岡凡斎](2013/08/03 00:49)
[62] 32nd STAGE 「Red, White and Bullet Blues」[村岡凡斎](2013/09/18 14:58)
[63] 33rd STAGE 「    」[村岡凡斎](2013/09/28 16:02)
[64] 34th STAGE 「月と影、そして太陽」[村岡凡斎](2013/10/06 09:36)
[65] 35th STAGE 「残光の行方」[村岡凡斎](2013/11/02 15:37)
[66] 36th STAGE 「救世主」(前)[村岡凡斎](2013/12/24 14:36)
[67]          「救世主」(後)[村岡凡斎](2013/12/25 11:54)
[68] FINAL STAGE 「Message from...」[村岡凡斎](2014/01/25 17:09)
[69] LAST COMMENTARY[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
[70] おわりに[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[34283] 31st STAGE 「乱戦四重奏」
Name: 村岡凡斎◆45ff140f ID:51a44e71 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/03 00:49


  ―――― * * * ――――


この数日間――――祝福の花火とともに迎える夜の締めから、管弦楽団による明け方の演奏まで――――六時間程度しか休みをとらなかったパレードは、ある日の昼頃、突如としてその動きを止めた。
開催側もあまり状況を掴めていないのか、お詫びのアナウンスも納得の行く説明ができず、人々は不審に思いざわめき出す。

「おい……いったいどういうことだ!?」

運営スタッフの一人が移動式ステージの裏で声を荒げる。しかし、明確な答えを持っている者は誰一人としておらず、困惑の波紋は広がるばかりだ。

「なんでもユグドラシルでトラブルが起きたって聞いたぞ!?」

「ユグドラシルで!? トラブル!? 馬鹿言うな! 救世主の膝下だぞ!?」

「落ち着け! 状況確認中だかで、情報局の方からもまともな回答が得られないんだ!」

「大事な式典前だぞ!? こんなところで足踏みしていていいのか!?」

「なんでもいいから早く情報を集めろ! 国内中に様子が放送されているんだぞ!」

慌てふためく声ばかりが運営スタッフたちの間で上がり、混乱は時が経つごとに一層の激しさを増してゆく。
移動式ステージを間近に臨める特設観客席。そこでパレードを観覧していた元老院議員たちも、ああだこうだと互いに推測を交わしたり、通信機でユグドラシルにいる部下とやり取りしたりと様々な動きを見せる。時に怒号すら聞こえてくるほどで一向に収まる気配を見せない。

「閣下! ヴィルヘルム閣下!」

側近のヘルゲが慌てたように駆け寄る。そして、何やら耳打ちをする。

「なん……だと……!?」

ヘルゲからもたらされた情報に対しヴィルヘルムは、まるで教科書通りといった表情と声色で、驚きを顕にした。

ああ、そうだ。全ては仕組んだ通り。
ここで右往左往している他の元老院議員たちに合わせて、事態に困惑してみせてはいるが、全ては計算にすぎない。
この混乱も予定通り。ユグドラシルで起きた、たった今ヘルゲがもたらした情報――――紅いイレギュラーの脱獄などは、自分の手の平の上で起きた茶番に過ぎず、同時に新たな歴史の扉が大きく開かれた合図であった。
予定通りであるならばこの後、紅いイレギュラーは、隠将によって仕組まれた電子麻薬に意識を操作されるままユグドラシル中を暴れ回り、ちょうど辿り着いていた移動式ステージ上に待機していたペガソルタによって、その首を獲られる。
そして、ヴィルヘルムが持つ最後のカードを切り――――革命は完了する。新たな英雄と、新たな支配者が誕生し、ネオ・アルカディアは真なる人類の楽園に生まれ変わるのだ。








――――そう、本当に予定通りならば。
何度となくシミュレーションしたシチュエーション――――それ故に、その時の表情は完璧な演技であった。誰もが同じように困惑しているのだと思い、誰一人として自分の腹の中を疑う者などいないだろうという最高のパフォーマンスを見せることができた。
そのせいで一瞬、自分の本当の感情を、自分自身が見失っていた。
そして、事態の意味をもう一度頭のなかで整理し、状況を精査し、ヴィルヘルムはそれからようやく、自分の本当の感情を表に出した。出してしまった。何よりも自然に。一つの演技も混じること無く。

紅いイレギュラーの脱走。それは、全て計画通り。――――その筈だった。






  「 早 す ぎ る ッ ! 」




ヴィルヘルムの口からは聞いたこともないような上ずった声に、ヘルゲだけが驚く。しかし、誰もが混乱の渦中にいたおかげで、他には誰一人として反応する者はいなかった。
ヴィルヘルムはヘルゲの前で平静を装おうとしたが、胸の中から突き上げてくるような困惑と驚愕の感情を抑えることが遂に出来なかった。

予定よりも一日だけ全てが早かった。
ほんの一日だけ。たった一日だけ。――――しかし、それは大きな“一日”。
その一日が意味するのは、計画の綻び。ユグドラシルで現在起きている、本当の意味での不測の事態。


――――ぬかったか、隠将!?


決して起こりうるはずのない事態に、ヴィルヘルムは他の元老院議員たち同様に、困惑の表情を浮かべながら右往左往することしかできなかった。




























 31st STAGE











         乱戦四重奏


























  ――――  1  ――――


「間違いありません! 紅いイレギュラーです!」

「馬鹿な! どこから現れた!?」

「監視映像を全て洗い出せ! それと、各階層の囚人達の状況を確認! 誰か手引きしたとも考えられる!」

「このヘルヘイムでいったい誰が!?」

「分かっていたら教えているッ!! いいからやれぇ!!」

ヘルヘイムの管制室内で怒号が飛び交う。
突如として第十階層で起きたトラブル、そして監視映像に現れた紅いイレギュラーの存在に、誰もが困惑を隠せずにいた。その混乱は、パレード関係者の比ではない。
直ぐ様セキュリティが反応し、待機していたパンテオン部隊が深部へと駆け下りてゆく。また、ガードシステムとして設置されていたメカニロイドも起動し始める。

「どうやら……監視映像にリアルタイムで上書きされていたようです……!」

ハッキングの痕跡を見つけたオペレーターの一人が、発見した事実を驚きと共に口にする。

「そんな芸当、いったい何処の誰がするというのだ!?」

「第十階層、一◯六三号の所在だけ確認できません!」

直ぐ様別のオペレーターが、囚人の状況を知らせる。
紅いイレギュラーが現れた階層の囚人が一人だけいないというのだ。たった一人だけ。
そこで一つの仮説に辿り着く。先日収監されたその囚人こそが紅いイレギュラーであり、そして何者かの手引きによってこのような脱獄劇に及んだ――――そう考えれば納得がいく筋書きとなる。

「誰が!? 何の為に!?」

「そんなこと考えている場合か! 国は記念パレード中だぞ!」

そう、今は百二十五年式典に向けた記念パレードが開催されている最中だ。この日のパレードもちょうど今頃開始されるところだろう。いや、それだけではない。明日にはパレードがここ、ユグドラシルへと戻ってくるのだ。万が一にも紅いイレギュラーが外へ出てしまえば……――――事態は想像に難くない。
なんとしてもここで食い止めなければ、国家の一大事となる。ヘルヘイム所長を務めるレプリロイド、トアレフは一際強く声を荒げる。

「絶対にここで仕留めろッ! ――――――――このヘルヘイムでッ!!」


















沈黙と暗闇に閉ざされていた監獄の中、赤いランプが絶え間なく点灯し、耳を劈くようなけたたましいサイレンが鳴り続ける。
ゼロは聴覚センサーの感度を僅かに落とし、レヴィアタンより渡されたマップデータを確認しながらヘルヘイム内を駆けまわる。
十一階層から下にはほとんど囚人の姿もなく、このような事態でなければ、ちょっとした幽霊屋敷のようにも思えたかもしれない。

不意に前方を塞ぐように現れたメカニロイドを、反射的にゼットセイバーで両断し、易易と通り過ぎる。
それを皮切りに、警備用メカニロイドの大群が押し寄せてくるが、ゼロは少しも怯むこと無く斬り捨てては進み、進んでは斬り捨てるというように、止まること無く深部へと向かってゆく。

第十二階層に降りたところで、警備用のパンテオン部隊が緊急用空間転移装置を利用して追いついてきた。
パンテオン・ガーディアンのスタンスティックを掻い潜り、一機、二機と腰から上を斬り落としていく。仲間の犠牲も省みないパンテオン・ハンターが放つエネルギー弾は空を切るだけで、ゼロの体を掠めることもなく、遂には接近を許し、こちらもあっという間に両断されてゆく。
すかさず殺気を察知したゼロは身を屈め、頭部めがけて振り回された二つの拳を躱し、その主へとゼットセイバーを振り切る。ウォーリアの強化版、フィストが右の強化アームでゼットセイバーを防ぎ、そのまま身を回転させるようにして跳びかかり、左の強化アームを勢い良く振り下ろす。
だが、既に地を蹴りその場から離れたゼロの体を捉えられず、代わりにその勢いに脚部バランサーがついていけず、体勢を崩してしまう。その隙を逃さず、鮮緑の刃が捉える。

両断され、左右に開いたフィストの体の合間から、凶悪な太い刺が付属された鉄球が勢い良く顔を見せる。
ゼロは間一髪のところで体を捩り、躱す。しかし、それを飛ばした主――――パンテオン・ハンマーは伸びきったチェーンをそのままに、左腕をゼロのいる方向へと振り切る。
鉄球は数体のパンテオンを餌食とし、鈍い音を放ちながらゼロの体へと襲いかかる。だが躱す他無いと思われたゼロは、何を思ったのか前進し、本体へと斬りかかる。パンテオンは慌てて右腕のシールドでセイバーの一撃を防ぎ、背中からゼロの体を砕こうと鉄球の繋がったチェーンを巻き戻しにかかる。が、それより早く、ゼロの腕はチェーンを握り締めるとそのまま力任せに振り回す。チェーンが僅かに巻き戻り調度良い長さになったおかげで、振り回された鉄球は本体が装備していたシールドを見事に砕いた。愕然とする暇も無く、パンテオンの頭部は光刃に斬り落とされる。

続々と現れるパンテオン部隊。だが、どれだけの攻勢をかけようとも、ゼロの勢いを抑えるだけの力は持ちあわせていない。
一機、また一機と斬り伏せられ、ゼロの手により道が切り開かれてゆく。

十二階層から階段を通じて、十三階層へと降り立ったゼロの前に、広大な空間が姿を現した。
これまで通った三つの階層とは明らかに異なる構造。その理由は、すぐに分かった。
ゼロを囲むようにして現れた三体のゴーレム。それぞれ異なる能力を持ったE、F、Iの三タイプ。いや、それだけではない。奥からは巨大な球体状の物体が向かってくる。他のメカニロイドに似ても似つかない、特別な形状に、このヘルヘイム専門の番兵に違いない。
成程、流石はヘルヘイムでもめったに使われることのない最終階層である。絶え間なく湧き出てくるパンテオンの軍勢と合わせ、敵の防衛網は完璧と見ていい。――――相手がただのイレギュラーであったならば。

「――――けどな、少々役者不足だ」

そう言って、ゼットセイバーの柄を握り直し、構える。

「俺を止めたいのなら、この十倍は持ってこい!」

左腕を直下に突き刺し、エネルギーを放つ。地面を大きく揺らし、四方八方に光弾が飛び散る。
後方から迫っていたパンテオン部隊の半数が破壊され、残りも視覚センサーに異常が出たのか、全うな行動ができないでいる。
ゼロが放った落鳳破のダメージを受けながらも、三体のゴーレムは電気、炎、氷を利用した三位一体の攻撃を仕掛けてくる。だが、高速で動くゼロを捉えることは出来ない。
ゴーレムの攻撃を縫って、ゼロは傷ついたゴーレムEのボディを駆け上がり、そのまま頭部を飛び越し、項に取り付く。ゼットセイバーの刃を最小に留め、コントロール系が集中しているであろう部分に突き刺さし、そこから力尽くで強引に体の向きを変える。
Eが放った攻撃は、体勢を変えられたせいでFに直撃し、致命傷を負わせる。Iがそれに反応し、E諸共ゼロを破壊しようと攻撃をかけるが、一瞬早く飛び退いたゼロは無事にやり過ごし、Eの体だけが無惨に数本の氷槍に貫かれた。
ゼロを見失ったIの頭部は、直上から真っ直ぐ貫かれ、直ぐ様機能を停止させる。

すかさずゼロはそこから飛び降りる。雷を帯びた三発のエネルギー弾がゴーレムIの頭部ユニットを胸部まで含めて完全に破壊した。
放った主の方へと視線を走らせる。刹那、大蛇の首が炎を吹き出し、ゼロの視界を奪う。火炎に追われるまま、ゼロはサイドステップで離脱を図る――――と、そこにも大蛇の首が大口を開けて待ち構えていた。
身の丈ほどある牙を力づくで地面に押し込め、その反動を利用して飛び上がる。巨大な球体状の物体から、八つの頭部が長い首をうねうねと揺らして、コチラを睨んでいた。
大型メカニロイド――――ガード・オロティック。ヘルヘイム最終階層の門番として立ちはだかる彼の、本来の役目は、この階層から脱走しようとするイレギュラーがいた場合の処分だ――――と、誰もが思うだろう。しかし、事実は少々異なる。


レヴィアタンから入手した情報には、このヘルヘイムの真実が明確に記されていた。

イレギュラー戦争の折、各国の主要都市に作られた特殊シェルターの一つ――――それがこのヘルヘイムの正体である。
その頑強さから完全無欠の監獄として作り変えられたヘルヘイムだが、その最深部である第十三階層の役目は、元のソレそのままの、即ち緊急時の“政府要人用シェルター”であった。
無論、それほどの緊急事態に陥ることもなかった――――大反乱の時ですら“緊急事態”に含まない――――この百年間では、全くと言っていいほど利用されてはいない。
故に、十数年前に番兵として配置された一つの実験兵器が新機能の追加を繰り返し、代を重ねるごとに強化されていったのが、このガード・オロティックなのだ。
実際のところ、彼にとってこれは初陣といっていい。なにせ百年もの間敵の侵入も、脱獄者も現れなかった空間だ。しかし、それでも十分な戦闘力を保っていられるのは、度重なる強化と、絶えず行われてきた各部チェック、そして前線の兵士たちの戦闘データフィードバックのお陰だろう。
いや、それを差し引いたとしても、ガード・オロティックは十分な戦闘力を保持していた。


赤首の頭部は火炎を放ち、緑首の頭部は雷撃を放ち、青首の頭部は冷気を放ち、黄首の頭部は標的を噛み砕こうと大口を開けて飛びかかる。
各二本ずつ、計八本の首が絶え間ないコンビネーション攻撃を仕掛け続ける。管制コンピューターが優秀なのだろう、その攻撃に無駄は感じられない。
その性能に、内心で素直に賛辞を送る。“番兵”としては申し分ない能力であるのは間違いない。

――――だが、そこまでだ

達人でも見逃しかねないだろう一瞬とも言える隙を、ゼロは見つけ、コンマ数秒の間隙を縫って、一直線に刃を振りぬく。
自身が放射した火炎でゼロを見失った赤首が一つ、力なく斬り倒される。
そこからオロティックの戦闘パターンに乱れが生じ始める。

「ヤマタノオロチって奴だろう?」

ガード・オロティックのモチーフ――――とある東の島国で言い伝えられた伝説の大蛇。
狂ったパターンを修正できなかったのか、ゼロの動きに翻弄されたのか、緑首が放つ雷撃弾が青首に直撃する。その隙に、ゼロは黄首をまた一つ斬り落とす。

「確か、酒で酔わされるんだったな。喜べ……――――」

どれだけパターンが乱れようと、八つの首が必死にゼロの侵攻を防ごうとした部分がある。それは、中心の球体部分。八つの首を統制する、言わば核。そこに飛び込み、ゼットセイバーを一息で突き立てる。と、直ぐに抜き出し、左腕に戻す。その間、既にトドメの用意はできていた。


「極上のやつを く れ て や る !!」


抉じ開けた割れ目に左腕を突き刺し、エネルギーを放つ。
アースクラッシュのエネルギーが全身に駆け巡り、隙間から光が溢れ、亀裂が広がっていく。
それから程なく、残りの首が悲鳴にも似た咆哮を上げ、遂にガード・オロティックの身体は爆散した。













ほぼ無傷で敵の大軍を捌き切ったゼロは、そのまま奥へと駆け出す。
マップデータに記された目的地へと走り、辿り着いたポイントで足を止める。そして、扉の作りを何度も確認した。
脇に取り付けられている入力機に指を当てる。ここでもまた、レヴィアタンから渡された二十四桁のパスワードデータが役に立つ。
全ての数字を一つの打ち間違えもなく入れ終えると、一度だけブザー音が響き、それから程なくして目の前の扉――――特別監房の入り口が両側に開いた。


その内装に、これまでの牢屋とは似ても似つかないその監房の作りに、一瞬呆気にとられる。
ヴィルヘルムの屋敷と遜色ない作りのリビングルームが、そこに設えられてあった。成程、確かにここは“政府要人用シェルター”なのだろう。
そして、その視線は直ぐに、一人の少女を捉える。この一ヶ月ほど、一度も顔を合わせることのなかった、彼女の顔を。

「………ゼロ!」

少女の顔を見て、言葉を失っていたゼロの腰に、横から別の誰かが抱きついてくる。
突然の不意打ちに驚きながら、その“誰か”の顔を確認する。と、ゼロの内心は更に驚かされてしまう。

「アルエット!? お前、どうしてここに!?」

ヴィルヘルムの屋敷で意識を失い別れてから、その安否が分からないままだった彼女が、そこにいた。
どうしてこの場所にいるのか知れないが、何にしても無事で良かったと、思わずその頭をクシャクシャと撫でてあげた。
それから再び、部屋の中央で立ち尽くしている少女に視線を戻す。
いつもはエルピスが専用に用意したピンク色の団服を纏っていた彼女だったが、この時は白いワンピースに身を包み、レジスタンス組織の一員であるなどと誰も思わないような平凡な少女らしい格好をしていた。
手をついているテーブルには小さめのティーカップが二つ置かれていて、まだ淹れたばかりだったのか、湯気がゆらゆらと浮かんでいる。
部屋の隅には木製の衣装箪笥や本棚が並び、それらからまともな生活感を感じることができて、ゼロはホッと胸を撫で下ろした。

「どうやら、元気でやってたみたいだな」

「……どう……して?」

少女は驚きというよりも、戸惑いの表情を浮かべていた。
瞳を潤ませながら、彼の顔をジッと見つめて、どう言うべきかわからないという表情で、唇を震わせる。

「……どうして……ここにいるの……? 私……てっきりもう……」

「『会えない』と思ったか?」

――――それとも、『帰れないと思った』と言った方が正しいか。
それは単に、物理的な事実を理由とするだけではなかった。
無謀な判断で基地を飛び出し、挙句ゼロたちを危機に晒したのだ。皆に迷惑を掛けたと、ずっと悩んでいたに違いない。
そこまでしても、結局何も変えられず、ただ囚われてしまっただけ。会わせる顔も何もあったものではない。

それでも、彼は来てくれた。自分の危険も省みず、こうして自分の元へと来てくれたのだ。

だが、だからこそどうすればいいのか分からない。
まだ自分は役目を終えていないし、何より、言えないことが、言えなかったことが、言わなければいけないことが胸の奥で渦巻いている。
贖罪は終わっていない。罪は罪のまま、少女の心を締め付け続けている。
そんな状況で、どうして彼に面と向かって笑顔を見せることができよう。「ありがとう」と返事をして、その胸に飛び込み、「共に帰ろう」と言うことが出来るだろうか。

「ま、説教は後だ」

けれどそんな不安も、戸惑いも、困惑も、自責の念も、彼の微笑みと彼が差し出した、優しくも力強い掌の前にいとも容易く掻き消されてしまった。




「帰るぞ、小娘。――――俺達の“家”に」




じんと胸に染み込む温もりをぐっと心で噛み締める。
それから、小娘――――シエルは潤んだ瞳のまま、嬉しさと愛おしさに頬を紅潮させながら、微笑み返す。



「うん!」



元気よく答えると、ポニーテールを可愛らしく揺らしながら、シエルはゼロの手を強く握り返した。






















「戦時特例第三◯八号発令! 全囚人を解放しろ!」

「しかし! トアレフ所長! それは――――……!」

「Sランクイレギュラーの侵入だぞ! 条件は満たしている、問題ない! 何かあれば責任は俺がとる! ――――これ以上何か起こるもんならな!」

抑えようとする部下に向かって、トアレフは語気を強めて言い返す。
それから、マイクを握りしめ、全階層に向けて所内放送をかけた。

「全囚人に伝える! 紅いイレギュラーを仕留めろ! 金髪に紅いコートの奴だ! Sランク指定を受けた稀代の反逆者だ!」

囚人たちは機能を停止した首輪を確認して、放送に耳を傾ける。

「討ち取った者、それに協力した者は、勲章どころではない! 漏れ無くネオ・アルカディアの英雄と称えられ、真の自由が得られる! 繰り返す! 紅いイレギュラーを仕留めろ!」

それから一際大きな声で、喉を掠れさせながら、トアレフはマイクに向かって叫んだ。

「自由が欲しい奴は、紅いイレギュラーを討ち取れぇッ!!」

一斉に牢屋が開放されると、ほぼ全ての囚人たちが自由を求めて飛び出した。












































  ―――― * * * ――――


ゼロがヘルヘイムで行動を開始してから一時間以上経過した頃、ネオ・アルカディア各地にはユグドラシルでテロが起こったと報じられた。加えて、残存している守備隊が機能し、鎮圧の方向に向かっているとも伝えられ、パレードも安全を確保した後再開することが告げられた。
だが、事実は大きく違う。政府関係者達は、ヘルヘイムに紅いイレギュラーが侵入したことを伝え聞き、その対応について国民の目の届かぬところで右往左往していた。

「四天王はどうした!?」

「賢将のみユグドラシルにて謹慎中! 闘将は前線! 妖将はマドラヌ峠の研究所へ実験機の評価試験に! 隠将は……分かりません!」

「おい! メガロポリス内で爆破テロが起きたと聞いたぞ! 本当か!?」

「クソッ! この一大事に何をッ!」

「現在、トアレフ所長が戦時特例三◯八号を発令、ヘルヘイム内の囚人を解放! 紅いイレギュラー討伐に向かわせたようです!」

「囚人共だぞ! 言うことを素直に聞くのか!!」

「そんなことを言っている場合ではない! 残存兵力も含め、戦闘用レプリロイドをかき集めるだけ集めろ! 敵はあの“紅いイレギュラー”だぞ!」

「十七部隊を呼び戻せ! 早急に!」

「各街に配置した飛行モニターの映像、途絶えました!」

「ダメです! 国外との通信が繋がりません!」

「大規模なジャミング攻撃だ! 敵は紅いイレギュラーだけではない!」

「そんな情報が何処から入った!? 皆冷静になれ!!」

錯綜する情報群。舞台裏で発火した混乱の炎はまるで鎮まる様子を見せず、激しく音を立てて燃え盛っているのが分かる。

「閣下! 我々に出撃命令を!」

ヴィルヘルムの元へとペガソルタが一目散に駆けより、膝を地につけてそう進言する。
だが、ヴィルヘルムは「駄目だ」と声を荒げる。

「ペガソルタ、貴様は絶対に行ってはならぬ!」

「何ゆえ! このような国家の窮地において聖騎士団たる我らが二の足を踏んでいては、騎士の名折れ! 何卒出撃のご許可を!!」

「ならぬものはならぬッ!! 貴様らはここにいて、パレード周辺の警備に務めよッ!」

――――これだから直情型の無能はッ!

内心で毒づきながらも、ヴィルヘルムは計算を怠らず、その上でペガソルタに待機を命じた。
マゴテスが折れ、クラフトの利用価値が暴落し、紅いイレギュラーとの交渉が決裂した今、自身に残る手駒は隠将と、眼の前にいるペガソルタ・エクレールのみ。いや、隠将ですら今回の失態で不安要因と成り下がってしまった。
だからこそ、ペガソルタを失う訳にはいかない。
今ペガソルタが紅いイレギュラーと交戦すれば、間違いなく敗北する。無理もない。優雅さだけを追求した碌な練度もない“自称”騎士が、一騎当千の腕で百戦錬磨の破壊神に敵うわけもない。
となれば、いったいどのようにして人々の心を掌握できようか。英雄も救世主も座から引きずり下ろした後、人心を支える新たな英雄を、他に用意できようか。
当初の予定に盛り込んでいた出来レースでも組まない限り、その英雄もつくり上げることはできない。それが崩れた今、ここで醜態を晒すような事態を起こす訳にはいかない。これ以上紅いイレギュラーの力を知らしめてはいけない。

「閣下ッ!」

「ならぬと言うておろうッ!」

間抜けのようなイタチごっこを続けるまま、着々と時は過ぎていった。





















  ――――  2  ――――


所内放送を耳にしたゼロは、レヴィアタンから受け取った作戦計画データに感心する。ここまでは僅かな誤差はあれど、敵の動きはほぼ予定通りに進行している。
つまり、賭けとも取れる戦時特例三◯八号の発令も、彼女――――そして、そのバッグにいる“何者か”には予想の範疇だったというのだ。
しかし、問題はここからである。シエルのみならず、アルエットまでもが傍にいるこの状況。ゼロ一人で全ての囚人をやり過ごし、監獄から脱出しなければならない。無論、二人も無事に――――だ。

アルエットの手を引き、走るシエル。しかし、二人の歩幅はゼロに比べれば遥かに小さく、おかげで敵の準備が整うのを許してしまう。
第九階層まで辿り着いた頃、既にそこには、手柄に飢えた囚人たちが万全の状態で待ち構えていた。

「紅いイレギュラー――――ってのは、アイツか?」

「紅いコートに金髪! 間違いねえ!」

「軍の資料で見た通りだな」

様子見しようと誰もが慎重に距離を測る中「手柄は俺のもんだァ!」と中の一人が勢いに任せて飛びかかってくる。と、ゼロはそれを軽く両断し、端に流す。――――それを開幕の合図として、皆一斉に襲い掛かって来た。

「小娘! 退がってろ!」

シエルはゼロに言われるまま、アルエットを抱き締め、その場に蹲るようにして身を屈めた。
ゼロは次々に殴りかかってくる囚人たちを、鮮やかな手並みで斬り捨ててゆく。

「畜生ッ! 手ぶらで敵うわけがねえ!」

幾人かの囚人は、その戦力差に絶望し、その場から逃れようとかけ出す。しかし階段の手前辺りで、鈍い悲鳴を上げて、皆その場に倒れこむ。監視映像を通じて、オペレーターが逃亡確認と判断を下すと共に、首輪の機能を再起動したのだ。
その様子を見た囚人たちは、逃れる術はないのだと思い知る。そして同時に、目の前にいる敵をたった一人排除すれば自分の身は助かるのだと、己に言い聞かせ、腹を括ってゼロに向かって突撃を掛け始める。
逃れることができないと知った囚人たちの形振り構わない攻撃は、後方にいるシエルとアルエットまでにも向けられる。ゼロは咄嗟に弾き、斬り伏せ、薙ぎ倒し、なんとかやり過ごそうとするが、おかげで防戦一方となり、先に進む道は開かない。

――――これじゃ……ジリ貧だ

とは言え、ここでアースクラッシュを使いすぎる訳にもいかない。ここから彼女たちを連れて逃げ出すのに、どれだけの戦闘が待ち受けているか。
普段攻略に向かう要塞などではない。この場所は敵の正に真っ只中――――中心地、本拠地の中の本拠地。敵がはびこる戦場を駆け回らねばならないのだ。
体力も、戦闘用のエネルギーも、無駄に消耗する訳にはいかない。
だが、その判断が祟ったのか、後方から二人の悲鳴が耳に刺さる。同時に、聞いたことのある高笑いが響き渡る。

「ゼロッ!」

「小娘!? ――――アルエット!!」

シエルの呼びかけに振り返ると、そこにアルエットの姿はない。――――いや、正確に言うと、シエルの傍にアルエットが立っていない。代わりにいるのは、下卑た笑みを浮かべる細身の男。その腕にはアルエットが抱きかかえられている。

「クククッ――――久しぶりだなあ、紅いイレギュラー……」

「お前は………!」

斜め後方から襲い掛かって来た別の囚人を切り捨てながら、その男の顔を睨む。
勿論、ゼロはその男のことを覚えている。自身の本陣へとゼロを招き入れ、ネオ・アルカディアと共謀して罠にはめようとした挙句、逆にゼロの策略によって第十七部隊の手で処分された“裏切り者”。

「マゴテス……何ヶ月ぶりだ?」

元イレギュラーハンター第弐部隊長にして、元レプリロイド解放議会軍総司令官、マゴテス。あの一件からヘルヘイム第十一階層に収容されていた彼の姿は、以前の知的さや高貴さはどこへやら、その表情は醜悪な憎しみに満ちていた。

「それ以上抵抗してみろ! このガキの首をポッキリやっちまうぞぉ!」

僅かに力んだ手に反応してアルエットが苦しそうな表情を浮かべると、シエルが悲鳴を上げる。「クソッ」とゼロはゼットセイバーを振る腕をピタリと止める。同時に、誰かの拳で強く頭部を殴りつけられた。
そのままその場に倒れこむゼロを見て、マゴテスは殊更嬉しそうな高笑いを上げる。

「クハハハハハハハハハ――――……!! 無様なもんだよなあ! 紅いイレギュラァアァアア!」

笑い声を上げたままマゴテスは腕に力を込める。アルエットは苦悶の表情を浮かべ、それを見てシエルは「やめてぇ!」と悲鳴を上げることしかできない。
ゼロもまたその場に倒れこんだま、睨みつけることしかできない。その横腹を、また他の囚人によって蹴り入れられる。
今の狂ったマゴテスではアルエットの人質としての価値も考えず殺しかねないと思えた。――――ならばどうする。いや、方法は一つだけだ。
この後の戦局にどう響くか分かったものではない。しかし、今やらねば救えるものも救えなくなる。ゼロは腹を括り、SYSTEM:ABSOLUTEの起動を決意する。

その瞬間だった――――………




「ハハハハハハハ――――……………は?」




突如現れた腕に力づくで握りしめられたマゴテスの肘は「バキッ」と鈍い音を立てて砕ける。
おかげでアルエットの首を握っていたマゴテスの手から力が抜け、アルエットの体がストンと落ちる。それを、現れた腕は素早くキャッチした。
マゴテスはまだ理解できていない様子で首を傾げている。他の囚人も、突然起きた不測の事態に呆然とする。

「…………なんだ貴さ…ッ!!!!!!」

高速の回し蹴り。マゴテスの顔面はそのまま壁面に叩きつけられる。その頭部はまるでスポンジのように潰れ、壁にはそこを中心にヒビが走る。

突然現れた男の、不穏な雰囲気に、誰もが息を呑む。赤く照らし続ける警告灯の明かりが、彼の不気味さを駆り立てる。
そして揺れる、メカニカルスコープの奥に輝く血色のレンズ。警告灯の影響か、同色であるそれは余計にドス黒く塗りつぶされたように見えて、仄かな輝きと相まってドロリとした黒血を連想させる。

呆気にとられて身動きを止めていた囚人たちの体を、鮮緑の刃が捉える。
既に起き上がっていたゼロは周囲の囚人たちを蹴散らし、シエルのもとに駆け寄る。そして、現れた男を見定めるように睨んだ。

「……誰だ……あんた……?」

ふと気づくと、その腕に抱きかかえられているアルエットの表情は平静そのものだった。そしてそのままジッと男の顔を斜め下から見つめている。
男は、一度アルエットの方へと視線を向ける。直後、グラっと体が揺れる。おそらく首輪が作動し始めたのだろう。――――が、それをゼロはゼットセイバーの切っ先で素早く破壊した。

「……あんたの名前は?」

敵ではない――――そう直感した。この男は何の見返りも考えず、アルエットを助けてくれたのだと、確信していた。
いや、それ以上に信用できたのは、彼の腕の中にいるアルエットの瞳だった。彼女のそれは、ゼロを見るのと大差ないほどに信頼の色を浮かべていた。
むしろ二人の間には、自分のあずかり知らぬ“何か”があるのかもしれないと思えた。それ故に、ゼロは好意的な声色で、問いかける。
やがて、現れた隻眼スコープの男は徐に口を開き、低くドスの利いた声で答える。

「……ヴォルク……――――――――ア・ヴォルク・エイヴァイラー……」

「変わった名前だな。まあ、いい――――」

ゼロはそのまま片手で「ヒョイ」とシエルを抱きかかえる。突然のことに、シエルは「ほヘッ?」と素っ頓狂な声を出しながら慌てたように体をよじるが、ゼロの意図を理解し、そのままゼロの首に腕を回し、大人しくしがみつく。
そしてゼロはヴォルクに背を向け、ゼットセイバーを構える。

「――――ここから出る。手伝ってくれ、ヴォルク」

「………………………」

ヴォルクもまたアルエットを抱きかかえたまま無言で頷く。そして二人同時に地を蹴り、呆然としたまま身動きを忘れていた囚人たちの中へ飛び込む。
次々と囚人たちを蹴散らしてゆく二人に、囚人たちは戦意を失ってゆく。遂には手柄欲しさに飛びかかる者もいなくなり、二人は残存している守備部隊のパンテオンを相手にだけ戦うような形になる。――――が、そこにも圧倒的な戦力差があった。
薙ぎ倒されてゆくパンテオン、現れるメカニロイドも虚しく破壊され、二人に増えた強力な抵抗者を止める術はなく、特殊監獄ヘルヘイムはその後、三十分程度で呆気無く突破されてしまった。




「囚人番号、第一○五三号! 何故貴様は動かなかった!?」

トアレフは怒号を飛ばす。第十階層に拘留されている第一○五三号――――フェンリー・ルナエッジは口を閉ざしたまま壁にもたれかかっている。
まるでトアレフの言葉など、そよ風程度にしか思っていないという表情だ。監視映像を通してそれを見たトアレフは悔しげに奥歯を噛み締めるが、それ以上の言葉を投げることは出来なかった。

分かっている。まともな戦闘になればトアレフなど、ルナエッジの足元にも――――いや、爪の先にすら及ばない。
現在抑えられているのはヘルヘイムという牢獄と、首輪のお陰だ。それ以外に彼を縛り付けられるものは何一つとしてありはしない。
首輪のシステムが稼働している間、ルナエッジは身動きがとれないのだ――――と分かっていても、近くに寄り、叱咤することもできない程度の度胸しか持ち合わせていないトアレフの言葉に、ルナエッジが耳を傾けないのは至極当然といってよかった。
そして、それら全てが理解できていても尚、まともに対峙することが出来ないほど、トアレフにとってルナエッジの存在は脅威であったのだ。

ルナエッジの方はといえば、眼前をあっという間に通り過ぎていったゼロたちの戦いを、何度も反芻して心を満たしながらも、昂ぶる感情を抑えることに努めていた。
「何故動かなかったのか」――――簡単なことだ。まだ自分は、敵として対峙するには万全でない。それだけだ。
かと言って、味方に回ることも勿体無い。奴にどんな理由があって、この世界がどういう状況なのか知らないが、どんな形であろうと必ず敵として立ち塞がって見せようと心に誓えた。
全ては最高の“自由”を堪能する為。

それを思えばこの拘束がこれからまた数日続こうが、数年続こうが、ルナエッジにはまるで大差のないことだった。











































  ―――― * * * ――――


突如として映像が途絶えたモニターに、十七部隊員たちは騒然とする。
それとほぼ同じ頃、本国から緊急通信が入ったが、こちらも何かしらの妨害を受けているらしく、まともに聞き取ることが出来なかった。
詳細はわからない。だが、本国――――それも中枢で、何か大きな事件が起きているだろうという推測は、ここにいる誰もができたことだった。

「他の部隊との通信は?」

「駄目だ。国内の部隊についてはどこに繋ごうとしてもまともな接続ができない」

隊員たちはこの異常事態に、ただ苦い顔をすることしか出来ず、歯痒い思いだけが募る。

「一部の班を本国に回してはどうだ?」

「空間転移装置も正常に作動するか分かったものじゃないぞ」

「ネオ・アルカディア近辺の戦略拠点を経由すればいい。そこまで飛んで、ライドチェイサーで移動すれば……」

どのような状況かわからないが、現地に足を踏み入れない限りは何も確証は持てない。それに、万が一のことが本国で起こっている場合、こんなところで謹慎命令を素直に守っていて良いとは思えない。
半数の隊員を基地に残し、十七部隊は現地に向かうことで意見がまとまり始めていた。――――が、そこにストップを掛けたのは他でもない、クラフトだった。

「元老院議長直々の謹慎命令だ。それを破るわけにはいかない」

「しかし、隊長!」

予想外のクラフトの制止に、隊員たちは色めき立つ。
しかし、クラフトはあくまでも冷静に「落ち着け」と言い放つ。

「考えても見ろ。本国には我々よりも大規模の戦闘部隊が残っている。イレギュラーハンター本隊に聖騎士団、それにラウンドナイツ。――――我々の力が必要とは思えん」

「隊長は、心配ではないのですか?」

マイアが問い詰める。だが、それについてもクラフトは冷静に説き伏せる。

「己の感情に任せて動くのは三流の仕事だ。状況をよく見定めずに行動すれば、“最悪”を招きかねん。もしもそれが大規模な陽動作戦で、他に狙いがあったならどうする?」

エネルゲン水晶鉱山の奪取か。秘密研究所の制圧か。他にある重要拠点の攻略か。
何れにしても、己の心配を満たすだけの理由で現地へと向かうのであれば、敵の思う壺となりかねない。
それならば、本国の兵力を信じて、この場で待機していたほうがいい。クラフトの言う通り、残存の兵力は――――例え聖騎士団が戦力として不相応であったとしても――――十分、対応に困らない数が残っているはずだ。
それに万が一、もしもそれで敵わない事件が起きたのであれば、おそらく十七部隊の面々が向かったところで、解決はできないだろう。

「我々の今の最善手は、本国からの報告を待ちつつ、他の警戒を怠らないことだ」

クラフトに説き伏せられる形で、その場は収まった。無論、一部(?)の者が「何故出撃せぬのか」と駄々を捏ね続けてはいたが。
その流れに、シメオンは少しだけ引っかかりを覚えた。

「妙に冷静ですね」

クラフトは「そうか?」とだけ首を傾げながら答えると、他の隊員たちに繰り返し待機を指示して自室に戻っていった。






















  ――――  3  ――――


ゼロがヘルヘイムを脱走した頃、メガロポリスでの問題はそれだけに留まっていなかった。

「爆破テロ!? 本当に起きていたのか!?」

「メガロポリス市庁舎が……。幸い、職員は式典に合わせた休暇で、被害者は出なかったと。どうも黒狼軍が関わっているという線が濃厚です」

「現在イレギュラーハンター第四部隊が鎮圧に向かっております」

思いもよらぬ報告を受け、元老院議員たちの動揺は激しくなる。
紅いイレギュラーの脱走のみならず、黒狼軍による爆破テロ。それに続くイレギュラー達の集団暴動。ユグドラシルないしメガロポリスは既に戦場と言ってよかった。
加えて何者かによる大規模ジャミング工作により、国内の無線通信はほとんど使用が制限されてしまい、現在は緊急用として地中に張り巡らされている特別有線回線だけが頼りとなっていた。
しかし、誰の企てによるものか、事態は更に悪化していく。

「ミズガルズ第九番区でイレギュラーの集団蜂起!?」

部下の報告に、一人の元老院議員が思わず大声で問い返す。誰もがそちらへ視線を向け、唖然となった。

「こちらも既にイレギュラーハンター第十二部隊が鎮圧に向かっております」

「対応が早いのはいいことだが……クソッ! いったいどうしてこう次から次へと!」

警備は万全だった筈だ。ミズガルズはともかくとしても、アースガルズ、特にメガロポリスでは外部から見知らぬレプリロイドの侵入を赦してもいない。だというのに、百歩譲ってミズガルズでのテロ事件は良しとして、何故国家の中枢都市にまでそのような事件が起きてしまったのか。
それも、事態がこれだけに収まるとは到底思えないほど矢継ぎ早に事件が起きている。今は、なんとかイレギュラーハンターたちが対応しているが、それも戦力的に絶対大丈夫だという保証は感じられない。

「謹慎中の賢将はどうした!?」

「メガロポリスでのテログループ鎮圧に向かっております!」

「何ゆえだ! 紅いイレギュラーを討伐せんのか!」

紅いイレギュラーが現れたという情報が、現地に謹慎されていた賢将ハルピュイアの耳に入っていないわけがない。

「それが……『紅いイレギュラーは人間に手を出していない』『直接的な害を為すテロの鎮圧こそが優先である』と……」

「日和った言い訳か! 役立たずめ!」

賢将という優れた戦力を紅いイレギュラーに当てることが出来れば、勝利をつかめずとも、ある程度の時間稼ぎは見込めたはずだ。その間に、事態を沈静化させていき、空いた戦力を紅いイレギュラーへの対応に向ければ、人類の脅威たる存在の一つを消すことが出来たはずだ。――――しかし、ハルピュイアはそんな元老院議員たちの思惑を大きく裏切り、他所に手を伸ばしてしまっている。
十七部隊を呼び戻そうにも、通信が繋がらない以上は諦める他無い。勿論、国内のイレギュラーハンターの働きは悪くないが、紅いイレギュラー相手に、彼らがどれだけの犠牲を払うのか、楽観視出来るほど盲目な者もここにはいなかった。
だが、その一方で自身の騎士たる聖騎士団を向かわせたいと思う者も、あまりいなかった。理由は言わずもがな、荒事で自分の大事な“装飾品”を傷を付けたくないがゆえのことだ。無論、異なる思惑を持つ者もいるが。

「ラウンドナイツを向かわせろ、早急に」

ヴィルヘルムが冷静に言い放つ。聖騎士団とは異なる、もう一つの騎士団。どちらかと言えば、能力的にコチラこそが最終防衛戦力として相応しいと言える。
元老院最高議長直々の出撃命令であれば、誰も異論がない。それから数分とかからずラウンドナイツはパレードの持ち場から華麗に舞い上がり、戦場に赴いていった。




「チッ……一番乗りは取られたか」

第四部隊がメガロポリスに入ったことを耳にしたカルメアが最初に口にしたのがそれだった。
不謹慎極まりないといえばそれまでだが、このような混乱した状況においてもそのように自分なりの平静を保っていられる彼女を、隊員たちが心強く感じているのもまた事実だった。

「おっさんの援護に向かうよ! ついてきな!」

二刀のビームサーベルの柄を手にし、女性のみで構成された己の部下に、カルメアは男顔負けの迫力で、吠えるように指示をする。
パレードの道筋から若干外れたエリアに配置されていた第十三部隊は、パレードの観衆保護よりも現場への急行が即時に伝えられていた。無論、同様の状況に置かれた部隊はいくつかある。
逆に、第一部隊などは観衆の保護を最優先としてその場に留められている上に、急造の対策本部として、諜報戦に秀でた第三部隊とともに現在の状況を逐次分析して、各隊に迅速な対応を指示する立場となっていた。

「十三部隊、第四部隊援護のため、メガロポリスへと急行!」

「ったく! こっちの指示も待たずに勝手なことを!」

――――が、そこは急造の対策本部。統率がまともに取れず、思い通りに動かぬ状況に、総指揮を取る立場に立たされたディックの苛立ちは募るばかりだった。
大規模ジャミングによりビーコンによる位置確認もままならず、各隊の配置は、時折入ってくる有線通信で確認し、マップ上に予測を立てる程度でしか確認ができず、作戦の難度を高めていた。

「第五部隊より通達! ミズガルズ第三番区で不審なレプリロイドの集団を発見! ――――……発砲された!?」

「イレギュラー認定を許可! 処分行動へ!」

「もう動いてます!」

「第六部隊、指示通り第十二部隊の援護にミズガルズ九番区へ移動中!」

「九番区の状況は!?」

「敵機残り僅か――――……今度は第七番区で暴動!」

「チィッ! 第六部隊は進路変更! 至急、七番区へ!」

刻一刻と変化する戦況。一瞬の判断ミスが国家の転覆へとつながる――――そう思えば、どれだけ不利な状況であっても躊躇の欠片もしている隙が見当たらない。
「分析班まだか!?」と副長代理が吠えるが、「やっています!」とだけ強く返されるのみで、欲しい情報は聞こえてこない。
敵の行動パターンを分析し、敵の狙い、次の行動を予測するのが分析班の仕事ではあるが、敵の出没地点に一貫性がまるで感じられず、行動予測は大きく遅れている。今わかっている事があるとすれば、ただ一点のみ――――――――

「間違いなく、メガロポリスでのテロが本命だ! 他に送れる部隊は!?」

外周を囲むミズガルズでの暴動事件が多発している分、イレギュラーハンターは中心部へ増援を送るのが困難となる。その意図は誰の目にも明らかだった。
そして、まるで示し合わせたかのように、突如として姿を現した紅いイレギュラーとの関連性に、誰もが注目していた。

「第九、第十四部隊はどうだ!?」

「第九部隊は現在、避難民の誘導を! 第十四部隊は……ミズガルズ三番区へ向かっています!」

「不審なイレギュラーの集団を見つけたと――――……交戦状態、入りました!」

苛立ちに耐え切れずに爪を噛みながら、ディックはマップ上に目を走らせ、再び配置の確認をする。

「……第十六部隊だ! 十六部隊をメガロポリスに向かわせるんだ!」

即座に判断し、怒鳴るように指示を飛ばす。






一方、第十二部隊の素早い対応により、ミズガルズ九番区の暴動は鎮圧へと向かっていた。幸い人間の死者を出すことなく戦いは終わり、今は避難誘導へと隊の任務は移行しつつあった。

「列を守って! 危ないですから走らないで!」

誘導指示を飛ばす声にも力が入る。混乱状態に陥った民衆を安全地帯へと導くのは、それほど簡単なことではない。
時折、興奮状態で暴れ出す人間を取り押さえにも入らねばならず、スムーズに作業が進んでいるとは言い難かった。

「チッ……めんどくせえ……」

民家の石段に腰掛けながらヨイトナは渋い顔でそう呟く。ふと、列に向かって近づく人影が目に入る。識別パターン――――レプリロイド。
突然飛びかかってきたそれに、列に並んでいた男は「なっ……なんだてめえ!」と叫び声をあげる。そして、レプリロイドの手に小型のエネルギーガンが握られているのに気づく。
「キャーッ」と近くにいた女性が劈くような悲鳴を上げる――――と、ほぼ同時に、身の丈を遥かに超える大剣が、レプリロイドの体を綺麗に両断した。

「たっ……隊長!」

離れていたヨイトナが駆け出すよりも遅くに反応した部下が、突如として起きた事態に狼狽えている。

「クソッ……ボサッと立ってるじゃんじゃねえ! 捌くぞ!」

脅しを含ませ一喝したヨイトナに、部下は「ハイッ!」と飛び上がるように返事を返し、色めき立つ人々へ「落ち着いてください」と声掛けに向かった。
暴動は鎮圧したとはいえ、どこに火種が燻っているかもわからない状況だ。少しの油断も見せてはいけない。ほんの少しでも気を抜いていたら、再び大事件に繋がっていたかもしれないのだ。

「しかし……これだけの事件……」

ヨイトナは再び石段に腰掛けると、眉間にシワを寄せ、虚空を睨むように考えこむ。
どうにもただのテロ事件ともとれない。無論、紅いイレギュラーの登場の時点で、“ただの”というには大きすぎるものとなったが、それでも話に聞く限りそこまでの損害は出ていない。
人々が動揺してしまうのは、八十年前の大反乱以来、国内では初めてと言っていいほどの規模で、レプリロイドの暴動が多発しているが故だ。その影響がどこまで及んでいるか、どれだけの犠牲者が出てしまったかが問題ではない。“起きてしまった”ことが彼らにとって問題なのだ。
しかし“起きてしまった”が、イレギュラーハンターの迅速な対応により、規模に比べて被害は最小限にとどまっていると見て良い。そう――――“その程度”に抑えられるテロ事件でしかない。が、“紅いイレギュラー”という唯一の不安要因が何かしら大きな陰謀のファクターではないかと疑ってしまう。
これが、何か大きな災厄の前触れなのではないかと……。

「……頭使うのは好きじゃねえんだ」

ゆっくりと腰を上げ、周囲の警戒をと歩き始める。
言葉通り正直、何かしら策を弄することも、物事の裏を読み取るのに頭を悩ませるのも得意ではないと、自覚していた。
そういう事は他のハンターやらお偉いさんやらに任せてしまえばいい。自分はもっとシンプルな作業に取り組むべきだ――――。







「ふむ……。第四部隊の救援――――か」

「ハッ。そのように指示が」

ケスバルから報告を受けたギールは自分の顎を親指で擦りながら思案顔を浮かべる。

「如何がいたしましたか?」

「確かユグドラシルには紅いイレギュラーが現れたのだったな」

「ええ」とケスバルが頷く。ギールはどうしたものかと考えこむ。彼にもまた、この一連の多発テロが不可解でならなかった。
イレギュラーハンターの警備が完全であったとは思っていない。事前の合同会議についても士気はそれほど高くなく、問題はいくつも考えることができた。――――だが、そこまで“ザル”だったとも思わない。それでもテロ事件がこれだけ多発しているのは、どうにも合点がいかなかった。
いや、百歩譲ってメガロポリスのテログループには出し抜かれてしまったと考えてもいい。しかし、他の事件はどれもミズガルズで発生しており、それはある意味予測の範疇であった。
国税を払い、国の最大限の保護を受けているアースガルズに比べ、ミズガルズという存在は政府からも軽視されている。中にはアースガルズのための“盾”とまで揶揄するものがいるほどだ。勿論、イレギュラーハンターにとっては皆守るべき人間であるので、軽視などしてはいない。パレードが通るアースガルズを中心に警備してはいたが、万が一に備えてミズガルズにもこうして迅速に対応できるよう準備はしてあった。それ故の今だ。
しかし加えて、紅いイレギュラーの登場というのが、ギールの疑念を駆り立てるのだ。
都合が良すぎる。これは間違いなく他の暴動、テログループと紅いイレギュラーの間に協力関係があると見ていい。――――それは誰の目にも明らかだ。
何より分からないのが、突如として中心区域であるユグドラシルに――――それも特殊監獄ヘルヘイムに現れたという点だ。
いつから潜伏していた? 侵入ルートは? 警備は感知しなかったのか? そもそも何が目的でそのような場所に現れたのか? ――――分からないことは募るばかりだ。

だが、ある一つの仮説を立てれば、ある程度のラインまでは納得ができる。

「ケスバル、指示通り向かう。――――が、急ぐ必要はない」

「ハッ。…………事態の動向を探りながら――――ですね」

ニヤリと笑ってそう返すケスバルに、ギールは「ほほう」と感心したように言う。
どうやら自分が気づくよりも早く、この男は気づいていたのだ。

「頭が回るな。貴様は私の下にいるよりも、隊を率いる地位に就いたほうが良いかもしれん」

「寂しいことを……」

「クックッ」と互いに、思わず溢れそうな笑い声をこらえる。
それからギールは姿勢をただし、メガロポリスの方角へと振り返る。ケスバルは他の部下たちに集合をかけると、指示を告げ、ギールの後について歩きはじめた。


「“ユダ”がいるぞ。おそらく、この国には」


紅いイレギュラーの侵入、潜伏を隠蔽し、各地のテロ、暴動事件を手引きした反逆者が。それもおそらく上位の立場で。
その狙いは分からないが、そう考えれば納得のいく事件となる。しかし――――“狙い”は分からない。

「どの方向へ行くか。我々イレギュラーハンターにとっても……ですね」

「何も悪いことばかりとは限らん。“時代の転換点”というのはな」

それが“凶”と出るのは、見定められなかった者にとってだけだ。それ故に視界を広げ、よく探らなければならない。事件の行く末を。早まってはならない、行動を。
悪を断じて、裁くことこそがギールにとっては正義であった。しかしその“正義”と“悪”は、時として角度を変え、もしかしたら容易にひっくり返るかもしれない代物だ。
それすらも分からぬまま動けば、きっとこの平穏の皮を被った乱世で生き残ることは不可能だろう。











































  ――――  4  ――――


パレード警護に主力部隊が回されていたおかげで、それほど苦労することなくメガロポリス市街地へと出ることができた。しかし、ようやく支度が整ったのか、敵の攻勢はまるでそのタイミングを待っていたかのように激化する。
ヒラヒラと舞い落ち始めた白雪の中、石畳で舗装された道を駆けながら、ゼロは時折路地から顔をのぞかせる警備兵にゼットセイバーで応戦する。後方からくるパンテオン部隊の追撃も留まる気配を見せず、足を止めて一息つく余裕など何処にも見当たらなかった。

「ゼロ! どうするの!?」

シエルは、抱えられたまま思わず耳元で問いかける。
実際、ヘルヘイムから出てからというもの、ゼロが手短に伝えた「ブロンクス区239-37」というメガロポリス内の住所以外は、今後のことを全く聞いていない。
だが、「舌噛むぞ、口閉じてろ!」と返されるだけで、明確な答えを何一つ得られなかった。
その瞬間、横道からパンテオンがスタンスティックを振り回して襲い掛かってくる。間一髪、ヴォルクの左足がその顔面を捉え、壁面に勢い良く叩きつけて行動不能にしたおかげで、シエルの頬は焼け焦げずに済んだ。
このように、ゼロ達には冷静に説明している暇すら無い。ほんの少しでもタイミングを間違えれば、横道からの狙撃で頭部を射抜かれてもおかしくはない状況だった。
しばらく駆け回っていると、その気配がまるでなかったはずが、突然敵の攻勢が止み始めた。何事かと不審に感じていると、不意に、アルエットの視線が不穏な影を捉える。そして徐に手を上げ、空中を指さす。

「あれは……!」

シエルは視線を向けると、思わず息を呑んだ。

「ラウンドナイツ!?」

フライナーユニットを標準装備し、単眼ではないバイザー型のアイカメラを装着した紫色のパンテオン――――通称「パンテオンエース」。「ラウンドナイツ」とは、ある物語に準えて用意された十二機のパンテオンエースによる特別部隊の名称だった。
一機ごとの戦闘力はミュトスレプリロイドに遠く及ばないが、十二機のチームワークにより実力を十二分以上に発揮して戦うのが彼らの戦闘スタイルだった。

「……厄介な連中が来やがったな」

「たかがパンテオン」というには、些か以上に高性能な彼らを前に、苦戦は必至であると直感した。おそらく彼らの邪魔になるまいと、他の部隊は手を引いたのだろう。
何より、フライナーユニットを用いた空中からの自在な攻撃軸が厄介極まりない。ゼロ一人ならともかく、ヴォルクは徒手空拳でしか戦う術を持っていない。どこかで武器が調達出来ればよかったのだが、“都合のいい敵”は現れてくれなかった。

「ヴォルク、アルエットを守ることだけに集中してくれ」

「…………言われずとも」

答えながら、左腕で抱えていたアルエットの頭部をさらに右腕でそっと包むように引き寄せる。ゼロはその様子を確認すると、一人で敵の攻勢を迎える覚悟を決めた。

「小娘、絶対に口開くなよ」

ゼロの言いつけを耳にし、ゼロの首元にしっかりと腕を回してしがみ付く。――――と、早速二機のパンテオンエースが斜め上空からゼロめがけて飛び込んでくる。
急速降下しながらのバスターショット連射。ゼロは咄嗟にその場から飛び退くが、迫ってきたうちの一機が即座にバスターのエネルギーを固定し、刃に変え、地面スレスレを這うようにして追撃をかけてくる。
ゼットセイバーの切っ先でその攻撃のベクトルを上手く流しながら、もう一機が間髪入れずに放ったエネルギー弾を、体を回転させるようにして素早く躱す。刹那、センサーが捉えた頭上からの敵に反応し、地を蹴り、横に飛び退く。
さらに三機のパンテオンエースがゼロに向かってバスターショットを連射する。弾幕の中を縫うように駆け回り、僅かに肩を焦がしながらもやり過ごす。一方で、前方を走るヴォルクが眉間に皺寄せながら足を止める。
加速して回り込んだ二機のパンテオンエース。バスターから形成したビームソードをこちらに向けて縦に、横に振り回す。ヴォルクは上体を振るようにして躱し、そのままアルエットを一旦足元に素早く下ろす。――――と、高く跳び上がり、パンテオンエースの頭部へと右腕を振り下ろす。
その視界の隅から、別のパンテオンエースが飛び蹴りを仕掛けてきたが、間一髪のところでゼロがその脚を膝から切断した。ヴォルクはその隙に再びアルエットを拾い上げると、敵が、負傷した者の離脱とともにタイミングよく上空から放ってきたバスターショットの弾幕を掻い潜り、路地を曲がる。
「目をッ!」とゼロが短くシエルの耳元で叫ぶ。その意図を汲み、咄嗟に瞼を閉じる。視界を包む暗闇ですら仄かに照らされたように感じられるほどの激しい閃光――――アースクラッシュが放たれる。
しかし、伴うはずの爆音もなく、おそらく簡易的な目眩まし程度にしか使わなかったのだろう。視覚センサーに起きた僅かな支障が治まると、ラウンドナイツはゼロたちを追って路地を曲がり、再び追撃を仕掛けてくる。

不利な状況において応急処置程度にしかならないその戦法から、シエルはゼロの思考を理解することができた。
ここは紛れもない市街地である。この首都に住む多くの市民は、現在行われている(筈だった)パレード観覧の為にほとんどが不在ではあるが、人が暮らし、生活を営んでいる場所なのだ。アースクラッシュの威力を全開で放てば、敵を葬るだけでなく、この市街地すら破壊してしまう。もしかしたら避難し切れなかった市民が犠牲になるかもしれない。――――それは、シエルたちが作り上げた白の団の戦い方では絶対にない。それを理解しているからこそ、ゼロは戦い方を著しくセーブせざるを得ないのだ。
だが、だからと言ってそれについてとやかく言うこともできない。何故ならシエルは、自分を今抱えながら命がけで戦っている英雄を信じると堅く決めていた。歯痒い想いは拭えないが、今はただ無事に切り抜けられることを祈るしか無い。そうして感じる無力さが、無意識のうちに心を締め付けた。

そうこうしているうちに、目的の住所が近づいていた。そこにいったい何が待ち受けているのか、ゼロ以外は誰も分かっていない状況ではあるが。
しかしパンテオンエースも、こちらの狙いが分かっていないながらも、ここが正念場と言わんばかりに攻勢を強める。特に、武器を持たないヴォルクを優先しているのがありありと分かる。ヒット・アンド・アウェイを繰り返すように、七体ほどのパンテオンエースが順繰りにエネルギーソードを携えて、飛びかかってくる。ゼロはそれらを弾きながら、時折リズムを変えてゼロ自身へと向けられる刃にも、瞬時に対処する。
だが、だんだんと動きに綻びが出始める。刃が体を掠める度合いは多くなっていき、ゼロの対処が間に合わず、ヴォルクが咄嗟の判断で無理やり体を捻らせて攻撃を躱すということも度々起こる。更に、空中から放たれるバスターショットの弾幕。直接攻撃に向かう前衛を的確に援護している。

これでも尚、仕留められないというのは、ネオ・アルカディア側から見れば、大したものと言っていい。だがラウンドナイツの方も、ゼロたちがそこまで周囲に被害を及ぼそうとしていないのを感じ取ったのか、即座に仕留めると言うよりは、時間をかけてでも確実に捉えようという戦法をとっているのは間違いなかった。
そしてそれは正しい方向性であったといえる。事実、ゼロの疲労は蓄積していき、遂にビームソードの刃がヴォルクの二の腕を、僅かだが、確かに斬りつけた。
「しまった」とゼロが顔を歪めると同時に、鮮血が飛び散る。ヴォルク自身の方は即座に痛覚を遮断したのかまるで平気な顔をしていた。だが、今こそ好機と、ラウンドナイツはヴォルクとゼロへ畳み掛けるように襲いかかる。



「ゼロさん! 伏せて!」



敵がこちらに攻撃を仕掛けようという一瞬――――狩人が獲物を仕留めようと意識を集中させた刹那、そのタイミングを突いた不意打ちは、容易に防げるものではなかった。
放たれた大型のロケット弾はゼロたちとラウンドナイツのちょうど間に割り込み、その弾頭を破裂させた。それとともに閃光と爆音が鳴り響き、直後、辺りは白煙で完全に覆われてしまった。
半径十数メートルに及ぶ白煙の中、聴覚、視覚センサーに異常を来たしたラウンドナイツはゼロ達を完全に見失い、その領域から離れるだけで精一杯だった。

「ゼロさん、無事ですか?」

そう言って肩を叩く男に、ゼロは「サンキュー」と返す。

「ナイスタイミングだ。助かったぜ、コルボー」

ゼロ達の窮地に現れたのは、レヴィアタンの屋敷で別れたままになっていたコルボーたち五人だった。いや、実際には五人だけではない。もう一人、見知らぬ男がそばに立っていた。
その見知らぬ男はゼロに向けて片手を差し出す。

「黒狼軍所属、カルト・デフェール。初めまして、紅いイレギュラー。伝説の英雄にお会いできて光栄です」

「……黒狼軍……か。協力に感謝する」

淡々と自己紹介をこなすカルトに、ゼロはそう答える。だが、相変わらず握手だけは応じなかった。
このような状況で呑気に自己紹介を交わす二人に「早く」とヘルマンが身振りを加えて急かす。

「煙幕が切れちまうぜ! 急げよ英雄!」

「元気そうで何よりだな、ヘルマン。勿論だ、エスケープと行こうぜ」

モクモクと視界を覆う白煙の中、先頭に立つジョナスに続いてその場から脱出し、ラウンドナイツの追撃を撒く。
やがて一行はメガロポリス内のとある家屋へと辿り着き、ようやく腰を落ち着かせることができた。











「“ガンマ”、傷の具合は?」

二人の仲間に肩を貸してもらい、ようやく立ち上がる片足のパンテオンエースに、リーダーである“アルファ”が問いかける。

「問題ない、リーダー。フライナーユニットのエネルギーさえ充填出来ればまだ戦える」

「ようやく刃を当てられたってのにな」

そう言いながら“ラムダ”がビームソードを素振りする。
ラウンドナイツには、通常のパンテオンにはあり得ない“意思”が備えられていた。特別な連携行動を強化するためとされ、その理由のみに特化しているせいか、あまり大きな個性はプログラミングされていない。

「仕方がない。まずは指揮所に戻り、状況の確認をとる。下手な動きをすれば、被害を拡大し兼ねないからな」

「リーダー、伝令がここに」

“イオタ”の声に振り返ると、一体のコンドロイドがそこに舞い降りた。嘴には古風な書簡を咥えている。
アルファはそれを手に取り広げると、素早く視線を走らせる。――――そこに書かれた指示に、それを下した名前に、言葉を失う。

「リーダー、何か?」

無言のままそれを仲間たちに回す。皆、アルファ同様に驚き、口を噤む。
今、このネオ・アルカディアで起きている非常事態の深刻さは理解しているつもりであった。しかし、ここに来て遂に“彼”が動くという。

「――――その書面に従い、“ゼータ”から“ミュー”は周辺に展開している警備隊に指示を。残りは私とともに残存する周辺住民の避難誘導をする」

「了解」と答え、アルファの支持に従って騎士たちは行動を始める。
その胸には、これから起こるであろう歴史的邂逅の瞬間への不安が、小さくも確かな影を落としていた。











































  ―――― * * * ――――


「お疲れ様です、ハル様」

側近としてハルピュイアのチェックを担当するリディアが労いの言葉をかける。あらかたテログループの鎮圧を終えると、ハルピュイアは他のレプリロイド同様、その場で簡易的な戦闘後メディカルチェックを受けていた。
メガロポリス市庁舎が破壊される事態となったが、幸いにも人的被害はほとんど無く、多発している他の事件と併せて、事態は終息に向かっていると見て良い。最も、本国でこれだけの規模の多発テロが起きたのだから、被害の程度にかかわらず、人々の精神的な影響は無視できまい。

「でも、本当によかったんですか?」

ソニックブレードの出力チェックも終え、身支度を完全に整えた所で、リディアが問いかける。「何がだ?」とまるで分からないというふうに問い返すと、リディアは「とぼけないでください」と不満気に言う。

「紅いイレギュラーですよ。ユグドラシルの方に現れたのでしょう?」

「ああ、それか」

気の無いような返事をしてから、「フウ」と一息つく。

「……これくらいは返しとかないとな。借りっぱなしは嫌なんだ」

白の団本拠地襲撃作戦ではファントムの奇襲から命を救われ、Dr. シエルの願いを聞き入れて救世主の元へと連れて行けば、何もできぬまま退室を命じられた挙句Dr. シエルを捕らえられ……。たった一度きり見逃した程度で返せる“借り”だとは思えないが、せめてこの時だけでもと思ってしまう。
もっとも、ゼロ達がネオ・アルカディアの国民たちに直接の被害をもたらすことはないというのは事実であるし、実際に脅威となりうるグループの鎮圧という、賢将としての責務はしっかりと果たしている筈だ。
だが、そうは言うものの、ハルピュイアの内心ではまだ葛藤が残っているのか、その表情は決して清々しいものではない。それを目にしたリディアは、呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな微笑みを浮かべる。

「難しいものですね」

「ん……ああ、そうだな」

そんなやり取りをしていると、一体のコンドロイドが直ぐ側に舞い降りてくる。いや、一体だけではない。その場にいた各隊責任者それぞれの近くへ、嘴に書簡を咥えたコンドロイドが降りていくのが見える。
無線通信が遮断された今、各隊の通信はすべて地中の有線回線を通じて行われている。しかし、それとは別にこうしてコンドロイドでわざわざ何者かが連絡を寄越したということは余程の事情があるのだろう。
リディアはすぐさまその書簡を手にし、広げて斜め読みする。――――と、同時に言葉を失い、その場に固まってしまう。あまりに不穏な彼女の様子に「どうした?」と声をかけ、書簡を寄越すよう、手を差し出して促す。
「ハル……様」とハルピュイアの名を呼んだかと思えば固唾を飲み込む。受け取った書簡を読んだハルピュイアはリディアの心境を、完全に理解した。

「……………致し方あるまい……」

ハルピュイアは書簡を丁寧に折りたたむと、瞼を閉じて、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
ああ、こればかりは仕方のない事だ。ここまでの事態が起きたのだ。何より、あの男がこの場にいるのだ。――――こうなることはむしろ必然とも言えよう。
自分たちにできることがあるとすれば、この書簡の指示に従い、付近住民の避難を徹底すること、ただそれだけだ。

「……リディア、各隊に指示を伝えてくれ」

「けど、ハル様……」

「戸惑った所で何も変わらない。あとはきっと――――“彼ら”が答えを出すだろう」

ユグドラシルの方角へと視線を向け、ハルピュイアはそう言い放った。























  ――――  5  ――――


ゼロがレヴィアタンの屋敷から出た後、コルボーたちは彼女の屋敷に軟禁される形となった。
寝食の自由を認められていただけでなく、その気になれば外出も出来る状態であった。だが、ネオ・アルカディア中心部においてゼロという最高戦力を欠いたまま、レジスタンスの構成員が出歩けば、どのような末路を辿るかは容易に想像できた。
身動きができないその状況に、次第に疲れてきたのか、最初の頃は悪態を吐いていたヘルマンも口を閉ざし、無言の日々が続いた。
そしてゼロとアルエットがいなくなってからおよそ五日後、記念パレードが開始された時、事態は急転する。

『あなた達を“処分”するわ』

屋敷に戻ってくるなり、レヴィアタンは唐突にそう言い放つ。
わけが分からず固まった一同。言葉の意味を何度も噛み締めた後、ヘルマンがようやく口を開く。

『テメエ! 約束が違うじゃあねえかァ!』

飛びかかろうとする彼を、ジョナスとコルボーが慌てて止める。戸惑っていたティナも、『なぜですか』とレヴィアタンへ問いかける。
『安全を保証する』と言った彼女の言葉に嘘はまるで感じられなかった。その時の雰囲気は確かに、妖将レヴィアタンという女性に対してのイメージを大きく覆すほどの親近感を感じられたくらいだ。
それなのに、なぜ今更その言葉を覆すのか。それも、ゼロと切り離されてから五日も経過した今となって。

『落ち着きなさい。別に、あなた達を今すぐ屑鉄に変えるつもりはないわ』

『……どういうことですか?』

ティナの問いかけに、レヴィアタンはマップ映像をその場に展開して説明する。

『アースガルズ第三エリアにあるスクラップ処理施設――――そこにあなた達を“投棄”するのよ』

『殺る気満々じゃん!』

レヴィアタンの言葉に反応して、今度はメナートが悲鳴のような叫びを上げる。
しかし、彼女の意味ありげな強調に、ティナとコルボーは引っかかりを覚えた。

『これから十数分後にパンテオン部隊がここに来て、あなた達を連行する。それに従いなさい』

『ふざけんな! 誰がテメエらの言いなりのまま終わってやるかよぉ!』

ジョナスを振り切り、殴りかかるヘルマン――――を、レヴィアタンは片手でいなし、そのまま体を一回転させて組み伏せる。
華奢な体躯の美女とは言え、妖将である彼女が、たかが非戦闘型レプリロイドに遅れを取ることなどありえない。その華麗な手並みに、彼女がその気になればここにいる五人を片手間で瞬殺できるのだと、皆、即座に思い出すことができた。
しかし、レヴィアタンは少しだけ低い声で、静かに言って聞かせる。

『大人しく言うとおりになさい――――無事にネオ・アルカディアを出たいのなら、ね』

その最後の言葉に、訳がわからないままではあるが、ようやくヘルマンも暴れるのをやめ、渋々ソファーに戻って座り込んだ。
不意に、恐る恐るではあるが、ティナが再び問いかける。

『どうかしたんですか?』

『何が……?』

レヴィアタンの冷たい反応に、ティナは『いえ』と黙りこむ。その時の彼女の問いの意味が、コルボーにもなんとなくではあるが分かるような気がした。この日のレヴィアタンはどこか不機嫌そうに見えて仕方なかったのだ。
しかし、その真意を知るすべはなく、ただコルボーたちは口を閉ざし、“その時”が来るのを待つことにした。
それからは彼女の言うとおり、パンテオン部隊が現れ、五人はレヴィアタンが言っていたとおりアースガルズ第三エリアにあるスクラップ処理施設へと移送され、そのまま“投棄”された。










「そこで途方に暮れていたところ、カルトさんに出会って――――今に至るわけです」

スクラップ処理施設で出会った黒狼軍の幹部カルト・デフェールは、ゼロとシエルの現状を教えてくれただけでなく、それから三日後の今日、彼らの脱獄とそれを支援するための事件が複数引き起こされることについて説明をしてくれた。
そうした一連の流れがあり、今、こうしてここで合流できたというわけだ。
コルボーがひとしきり説明を終えると、「そうか」とだけゼロは返す。
レヴィアタンはどこまで知っていたのだろうか――――もしかしたら、彼女は“投棄”すること以降については何も知らされていなかったのかもしれない。そう考えれば、あの時、ゼロの元へ訪れた彼女の、浮かない表情の理由がほんの少しだけ分かるような気がした。

「一通り状況を確認した所で、今後の説明を致します」

そう言うとカルトは懐から一枚の紙を出す。そこには現在地の周辺地図と、今後進むべきいくつかのルートが示されていた。
緊急時、複数人で一度に情報を共有しようという時、こうしてアナログなものに頼った方が議論がスムーズに進むというのは、なかなか滑稽なものだなと、コルボーはぼんやり考えていた。

「今現在、このネオ・アルカディアで複数の下部組織がほぼ同時に行動を起こしています。勿論、イレギュラーハンターの戦闘力には遠く及びませんので、そろそろ事態は終息へと向かう頃でしょう」

ほぼ同時に起きたレプリロイドたちの集団蜂起によって容易に混乱状態へと陥った国内は、今度は戦後処理と、中断しているパレードの再開に追われるだろう。
激しい乱戦の後に訪れる平穏へと向かう、その意識の間隙を狙い、ネオ・アルカディアからの脱出を図るというのが、黒狼軍の作戦だった。


一行は三十分程度、その家屋で時間を潰した後、行動を再開した。
裏口から細い路地へと出て、灰色の空の下、薄い雪に覆われた道を慎重に歩き出す。作業服姿のコルボーたちに比べて、ゼロの紅いコートは視覚的に派手であるという理由から、土色のマントで身を隠すことになった。
裕福な住民が中心部へ移り、逆に貧しい者はミズガルズへと移り、そんな住民たちの移動の結果、この辺りはメガロポリスの中でも――――隠れて進むには持って来いの――――スラム街と化していた。
先頭はコルボーとカルト、その後ろにゼロがシエルを連れて続き、ティナ、メナートを挟む形で、アルエットとヴォルク、ヘルマンとジョナスが殿を務める。

カルトが言うには、ある人物とまた別の地点で合流する予定となっており、それから国外へと脱出する手筈となっているそうだ。とは言え、その人物が何者であるか、どのようにして脱出するかの詳細は全く教えてくれなかった。
信じて良いのか不安は尽きないが、これ以外の道がないことも確かで、カルトの言葉に従って動くしか無かった。

ふと、相変わらずヴォルクに抱えられたままのアルエットが口を開く。

「ここ……知ってる」

回りを見渡しながらつぶやくと、一旦瞼を閉じて記憶を呼び起こす。そして、再び目を開けると、ヴォルクの横顔をじっと見つめた。

「……なんだ?」

ぶっきらぼうに問いかけるヴォルクに、アルエットは「やっぱり、あなただよね?」と意味深な問いを返す。
アルエットの瞳を見つめ返すヴォルク。ああ、そうだ――――と心の中で答える。それが伝わったのか、アルエットは僅かに微笑む。

辛い記憶――――そう言えば、確かにそうなのだが。こうして運命的な再会を迎えた今、ただそう名付けるには惜しい記憶なのかもしれない。
鼻筋にそっと触れる雪の結晶が、じんわりと溶け込んでいくのを感じながら、そんなことを一人思っていた。




「……待て、おかしい」

十分に周囲を確認した後、廃れた民家の外壁に沿うようにして進んでいる途中、ゼロの一言に一行の足が止まる。

「何か?」

「あまりにも静かすぎる」

カルトの問いに、ゼロは素早く返す。
「それはそうだろう」とヘルマンが口を挟む。

「ここはほとんど空き家だぜ? うるせえ方が不気味だろうが」

「違う…………ここだけの話をしているんじゃない」

ゼロの言葉に「ハッ」として、カルトは聴覚センサーの感度を高める。
言われてみればその通りだ。“静かすぎる”。
別に、数キロ先の物音が聞こえるかどうかという話ではない。ある筈の、微弱な大気の震えすらほとんど無い。戦後処理が行われているであろう今、たとえ離れた場所でそれが行われているとしても、あまりにも周囲が無音すぎる。何一つ活動している気配を感じないのだ。

刹那、背筋を走る悪寒とともに、ゼロは背後へ振り返る。つられて皆、その方向へと首を向ける。
気づけば周囲は“濃霧”に包まれ始め、それとほぼ同時に、静かすぎた石造りの町に一人分の足音が確かに響いた。

「ぁ…………」

堪えきれず、コルボーは声を漏らす。そしてそのまま生唾を飲んでその場に固まる。ヘルマンも、ティナも……皆同様に動きを止める。
ゼロでさえ、呆気にとられたように、開いた口を閉ざすことも忘れて、ただじっと見つめていた。――――そこに、唐突に現れた“彼”のことを。

“霧”の中から現れた“彼”は、隠れ潜むこともせず、ただ真っ直ぐに、堂々と、道の中央を歩いてこちらへ近づいてくる。
白いワイシャツに青のジーンズ。平凡な服装だ。“彼”は誰よりも普通の格好だった。――――けれど、纏う空気は誰よりも歪で、誰よりも輝きを放っていた。


「どう……して…………?」


シエルは思わずそう零す。
そう、それは誰も予想だにしていない事態だった。誰かにこうして呆気無く見つかることも、何より“彼”がこの場に現れることも。誰にも考えられなかったことだ。
そんな風に言葉を失うシエルに向けて、“彼”は無言で、返事の代わりに微笑みを返す。そして、その横に立つ“友”を見つめる。





「やあ、久しぶりだね」





その言葉は、長い間別れたままになっていた最愛の友に向けた、簡素で、平凡で、そして何よりも感情的な一言だった。
それを受け取った“友”――――ゼロは、瞬時に駆け巡る己の感慨を、複雑な感情を、一緒くたに飲み込む。



――――この瞬間に臨んだ時、どうすべきか、ずっと考えていた。



けれど、頭でなく本能で。理性でなく感情で。ゼロは“彼”が纏った空気の内に、僅かに滲ませていた殺気を、鋭敏に感じ取り…………――――次の瞬間にはマントを脱ぎ捨て、ゼットセイバーを手に、素早く地を蹴り、一気に距離を詰めていた。
突然の衝突。唖然とする一同。だが、そんなゼロの行動を予期していたのか、“彼”はまるで微動だにせず、爽やかな笑みを浮かべたままその場に立っていた。
そして、鮮緑の刃が頭上に振り下ろされる寸前、“彼”は片腕を眼前に真っ直ぐ伸ばし、呟くように唱える。



「……アーマー解放―――― コード、“ ULTIMATE ”」



“霧”が突風に代わり、“彼”を中心に吹き荒れる。ゼットセイバーの刃はその突風の衝撃に弾かれ、ゼロ自身もまた後方に弾き飛ばされるが、辛うじて着地する。

突風の正体は、周囲に散りばめられたナノマシンの集約体であった。そして、それらは“彼”の体を包み込み、一つの鎧を形成していく。
やがて止んだ突風の中心で、稲光が放たれる。全てが収まった頃、“彼”は尚も微笑みを浮かべたままそこに立っていた。その身を包む“蒼”の鎧を輝かせながら。

脳裏に駆け巡る記憶の断片がゼロに、視界の中央に立つ“彼”が何者であるのか、強く訴えかける。
荒れ果てた街。幾体ものイレギュラーの残骸。同胞たちの亡骸の中、背中を合わせるもう一人の男。彼にとって一番の理解者。戦友にして親友。
顔だけはぼんやりと靄がかかって見えなかった――――が、今ではハッキリとそれを思い出すことができる。

怒りとも、憎しみとも、友愛とも、悲しみとも取れない複雑な感情を入り交じらせ、ゼロは“彼”の名を吠える。




 


       [―――― S Y S T E M :“ A B S O L U T E ” S T A N D B Y ――――]







閃光と衝撃の後、全身を漆黒に包まれながら、ゼロは再びゼットセイバーを手に地を蹴り、跳びかかる。
しかし、黒化したゼロの光速の一撃を、“彼”は正確なバスターショットで容易に跳ね除ける。

「……分かっていたよ、ゼロ。君がそうするのは」

“感動の再会”など、決して無いのだと理解していた。理由もなく。おそらく本能で。
返す刀で三度切りつけようとするゼロの腕を右腕で掴み、止める。

「でもね…………僕の邪魔をするのなら――――」

そして、どこか無邪気さを感じさせる笑みを浮かべながら“彼”――――ロックマンエックスは言い放つ。





「―――― 君でも殺すよ 」







かつての友を見つめる紅の瞳が、歪に煌めいた。





























 NEXT STAGE











       Red, White and Bullet Blues



























前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.029074192047119