―――― * * * ――――
グラグラする頭を抑えながら、ゼロは上体を起こす――――つもりが、頭を抑えようとした両手の自由が効かない。
気づけば身体の後ろ側で、電子ロック付きの手錠がかけられている。腕だけではない。両足まで拘束されている。
記憶を辿り、どうしてこうなったのかを思い出そうとする。だが、平衡感覚が定まらないばかりか視界は歪み、耳鳴りまで鳴り響いている。
――――なんだ……これは……
原因を考えようにも、それをするだけの余裕が無い。おかげで記憶を辿るのも一苦労だ。
しばらく苦しむままに身体を捩り、ようやく思い出す。
そうだ、ヴィルヘルムの屋敷で何かしらの攻撃を受け、気を失った。
立ち位置から考えて、おそらくはファントムの仕業だろう。殺気も、闘気も、ほんの一瞬も感じられなかったがために、その不意打ちを防ぐことが出来なかった。
――――そして……ここは…………どこだ?
しばらく意識を失っていたせいで、この場所がどこかなのか全く分からない。共にいた筈のアルエットの無事も。レヴィアタンの屋敷に置いてきたコルボーたちの無事も、状況が何もかもわからない。
朦朧とする意識の中、ゼロは辺りの様子を見渡し考える。そしてようやく理解できたのは、眼前を閉ざす鉄格子。窓のない四畳半程度の窮屈な金属製の部屋の中であるということ。――――そう、ここはおそらく牢屋だ。
それから、この異常の原因について考察する。そこでようやく、自身の首に着慣れぬ首輪が括りつけられていることに気づいた。どうもこの首輪が項のインターフェースを介して、レプリロイドの神経になんらかの影響を及ぼしているらしい。お陰でこの有様だ。抵抗する意識も折られてしまう。
鉄格子の向こう側には廊下が続きその両側には同じような牢屋が並んでいる。どうやらここは監獄のようだ。
――――監獄…………これだけの手の込んだ設備は……
思い当たる場所がある。
特別な事情により、イレギュラー処分に送れぬ罪人を収監する特殊監獄。かの闘将ファーブニルも送り込まれたという最悪の収監施設。
その名も“ヘルヘイム”。
旧世紀のとある神話において、その名が意味するのは――――“死者の国”。
30th STAGE
死者の国
―――― 1 ――――
何度か上体を起こしては、地面に倒れ込む。首輪の作用によるものか、神経系の反応が高まりすぎて、身体には波打つように激痛が走る。
「クソッ」と悪態を吐くが、全身の異常は治まる気配を見せない。ジタバタと藻掻き、鉄格子に身体をぶつける。鈍い音とともに、体中に痛みが走る。
「あんちゃんよぉ、やめときなって」
不意に、格子の向こう側から声が聞き取れた。どうやら自分の他にもこの場所に誰か収監されているらしい。
動きを止め「誰だ」と問い返そうとしたが、うまく言葉が出せない。その様子を察したのか、呼びかけた男が言う。
「無理に動こうとするから反応するのさ。ジッとしているのが一番だぜ。言われたとおりにしてみな」
誰かは分からないが、その男が言うとおり、楽な体勢のまま寝転がり、そこから身動き一つせずに身体を固める。
すると、身体に平衡感覚が徐々に戻り始め、歪んで見えていた視界も定まってゆく。
「な、治っただろう?」
「……礼を言う」
僅かな後遺症に耐えながら、ゼロはなんとか言葉を返す。男の声は、廊下に出てすぐ右手の牢屋から聞こえているらしい。
「すぐに喋れるようになるとは驚いたぜ。俺でも数分はかかったからなぁ」
男が説明するところによれば、この首輪は、対象の熱量変化に反応するようできているらしい。ほんの少しでも体を動かせば、それに応じて作動し、神経感度を異常値まで引き上げるのだ。
また、男は二、三度程ゼロに呼びかけ続けたらしい。そのうち一度しか耳に入らないほど、ゼロは自分が苦しんでいたことを思い知った。
「何者だ……あんた」
身を動かさないようにしながら、ゼロは問いかける。
男もまた、身動き一つしないよう気をつけながら、笑って答える。
「まあ、ここじゃテメエの“先輩”ってとこだなあ。ヘッ。俺もちょいと下手打っちまってよぉ」
答えになっているようで、ゼロの質問に対する答えとしては不適格だった。だが気力を失い欠けているゼロには、それ以上踏み込む気持ちが持てなかった。
しかし、状況の把握は必要だ。ゼロは疲弊しきった身体から声を絞り出し、次の質問を投げる。
「ここは……いったい何処……なんだ?」
ヘルヘイムであることはだいたいの予想がついていたが、確証がほしい。“先輩”は少しも勿体ぶること無く答える。
「ここは“死者の国”――――特殊監獄ヘルヘイム。その第十階層だ」
「やはりか」と溜息を吐く。しかも最深部に近い第十階層とは。
「ここに……人間のガキが…………放り込まれているという話を聞かないか?」
確か、シエルが留置されているのは第十三階層だったはずだ。人間の少女なのだから、ここまでひどい扱いを受けてはいないとは思うが、その安否が常に気がかりだ。
すると“先輩”はバカにしたようにゲラゲラと笑う。
「人間がここに? あるわけねえだろう。人間様が天下を握っているこの世界でよぉ」
「そう……か」
“先輩”の言う通り、人間がこのような場所に投獄されることなど誰が考えつくだろう。黒狼軍の情報とは言え、信じがたく思えるのも事実だ。
だが、この“先輩”が気付かなかったというだけで、本当にシエルがここに入れられたという可能性も消えてはいない。どうにかして確認を取らなければ。
とは言え、その前にこの状況を何とかしないことには、そのような行動も取れないだろう。
「あんたは……いったいどれくらい…ここにいるんだ?」
「かれこれ……七、八年ってところか?」
あまりの長さに、ゼロは言葉を失う。そんなにも長く収監されるものなのか。
ゼロの驚きに気付いたのか、“先輩”はまたも笑う。
「上も処分に困ってるってことよ。なにせ俺様は強ぇ上に、有能だからよ。そうそう廃棄するわけにもいかねえのさ」
“有能”であるならば、何故このような場所に入れられているのかと突っ込みたくもなったが、それもまた億劫に感じてしまい、言葉を飲み込む。
代わりに、別の問いを投げる。
「何故……あんたはここに?」
「聞きてえか?」
ゾクリとするような低い声で切り返す。
「ああ」とゼロが答えると、“先輩”は脅すような冷徹な声で言う。
「戦場でな、気に食わねえ部下を皆殺しにしてやったのよ」
「……戦場…で?」
「そうだ」と“先輩”は苦笑する。
「イレギュラー共を掃討する作戦でな。俺の動きに合わせられねえ愚図共を処分したのさ。そしたら……この通りよ」
「『愚図共』……ね」
掻い摘んだ話ではあるだろうが、それを聞く限り、どうもこの男の思考回路は道徳的、倫理的に“正常”とは言えないような気がした。となれば、この場所に入れられた理由も理解できる。
きっと戦闘力的に申し分ないのだろうが、その性分が軍事運用には向かず、拘束する以外に道はなかった。しかしそれでもイレギュラー処分をする訳にはいかない何かしらの事情があるのだろう。もしかしたら、それなりに高位のレプリロイドなのかもしれない。
「……俺は……あんたも含めて…ここの連中は………これからどうなる?」
実際に「どうなった」のだろうか。“先輩”は七、八年程ここにいると言ったが、命尽きるまで収監されたままなのだろうか。
“先輩”は「そうだな」と、自分の記憶を手繰り、答える。
「上の連中の協議次第じゃ、結局イレギュラー処分にもなるし……場合によっちゃ、コロシアムに送られる。もっとも、俺様みたいに強過ぎる場合は“コロシアムの演目を壊しかねない”とか言われてそれは叶わねえ」
アンカトゥス兄弟の評判を落とすこと、ネオ・アルカディアの権威の象徴が折られるようなことはなるべく避けなければならない。故に、あまりに強すぎる罪人やイレギュラーを対戦させることはできないと考えれられていた。とは言え、ミュートスレプリロイドであるアンカトゥス兄弟と同等以上の戦いができる者など、正直かなり絞られてしまうが。
「俺様が分かるのはそんくらいだ。――――あとは、流石にな。外に連れだされた奴がどうなったかまで、詳しく知る術はねえ」
「……だよな」
それきり、ゼロは質問をやめた。というより、あまりの疲労感で声を出すことすら億劫になってしまったのだ。それを察したのか、“先輩”も口を閉ざした。
あの場で処分されなかった以上、何かしらの策略に利用されるのではないかとゼロは予測した。あのヴィルヘルムのことだ、“紅いイレギュラー”を使って別の英雄を仕立てることも視野に入れているのだろう。もしくは白の団やシエルを盾に、ゼロに再び交渉を迫るかもしれない。
だが、どれだけ考えようと、今は無駄なことだ。
――――今は、ただ休もう
そう自分に言い聞かせ、瞼を閉じる。
場合によっては力づくでもこの場所を出ていく。結果としてどれだけの苦痛が伴うかは分からないが。
だが、そのタイミングは今ではない。数時間先か、数日先かは分からないが、今は身体を休ませ、体力の充実を図ろう。
それしかできることはないのだから。
自分でも気付かぬ内に、ゼロは再び深い眠りの中へと沈んでいった。
―――― 2 ――――
ネオ・アルカディア首都メガロポリス――――その一画にある小さな一件のバーのカウンターに彼女は一人佇んでいた。
常連というほどではないが、仕事の疲れを感じた時には、それを癒すべくこの場所に顔を出すことにしている。
薄暗い店内を黄色のライトが仄かに優しく照らす。彼女以外に客の姿は見当たらない。繁盛しているかといえばそれ程ではないが、割の高いこのバーは、ネオ・アルカディアの中でも高位の者達、その一部が隠れ家的に利用している店でもあるので、その息は長い。
彼女の白く細い指が、グラスの縁を二周ほど撫でる。浮かない表情を浮かべているが、その容姿のせいか、どこか妖艶にさえ見える。
「……遅いじゃない」
不意にカランと、ベルが来客を告げる。扉の方へと視線を向け、彼女は一言だけ零す。
私服姿の彼女に対し、現れた彼は、毎度おなじみの黒いコートを着込んでいる。
「あなたって、ホント面白く無いわね」
「……すまぬ」
不機嫌さを強く表す彼女に、男は軽く謝辞を述べ、一席空けて横に座る。
注文も聞くこと無く、バーテンダーは彼と視線を合わせるだけで直ぐ様カクテルを用意し始める。その隙のない一連の動きは、流石という他無い。
「……何に対して謝っているわけ?」
女はどこか不機嫌そうに問い返す。
格好のことなどどうでも良かった。遅れてきたこともどうでも良い。彼女が気にしているのは、そんな些細な事ではない。
少し黙り込んだ後、男は口を開く。
「……嫌な役を負わせてしまったな」
その声は、本心を容易く感じることができた。彼は本気で「悪い」と感じている。
だからこそ彼女は、尚更彼の事が赦せなかった。
「そんな風に謝るなら……! ――――……どうして?」
怒りに任せそうになる自分の感情を抑え、あくまでも静かに問いかける。
彼のことがわからない。ここまでの行動が。ここまでの意図が。思考が。思惑が。
だが彼は問いに答えず、黙りこむ。その態度にも嫌気が差す。
「……あなたの言う通りにしたわよ」
儚く艶やかな青い髪を右手でかき揚げ、女――――レヴィアタンは言った。
男――――ファントムはただ、「そうか」と答えた。
紅いイレギュラーをファントムの言うとおり、自分の屋敷に招き入れ、引き渡した。
そしてその後、あの屋敷に残されたレプリロイドたちに関しても、ファントムの指示に従い、処分した。
だが、理由を深く聞くことはしなかった。何故か。
普段、誰にも助力を願うことのなかった彼が、頭を下げて依頼してきたから。そしてそれ以上に、彼女は“絆”を信じていた。
汚れ役としか言えない。相手を騙し、実行する役を負っているのだから。それでも引き受けたのは、頼んできたのが彼だったからだ。
だが、彼はそれでも教えてくれない。そんな彼女を気遣いながらも、彼女に対して申し訳ない気持ちを心の底から持っていながらも。
「……最低よ。黙ればいいと思ってる男は」
感情を抑えつつ、悪態を吐く。
それから流れる数分の沈黙の後、バーテンダーが出した少量のカクテルに一口つけた後、ファントムは言った。
「……それ以外に…伝える術を知らんのだ」
寂しげな響きに、レヴィアタンは呆気にとられる。
「伝える術」? 「何を」? ――――問いかけようとした所で、ファントムが一枚の紙切れを差し出す。
彼がグラスにもう一口つけている間に、彼女は折りたたまれているそれを丁寧に開き、中に書かれた文章を読み取る。
「これって――――……!?」
思わず声を上げ、それきり言葉を失う。そこにいつも通り書かれた指示内容に、驚きを隠せない。
「これが最後だ」
そう言って紙幣をテーブルに置き、ファントムは去ろうとする。
椅子から身を乗り出し、「待ってよ」と声をかける。
意図が全く汲み取れない不可解な指示。「どうして」「理由は」「何の為に」「何を考えているの」――――聞きたいことは山ほどあった。質問の言葉は脳内に溢れかえった。
しかし、どれを聞いてもきっと彼は沈黙を貫くだろう。だから、彼女は本当に聞きたいただひとつの問いを彼に投げた。
「“私達”って“何”なの?」
扉に掛けたファントムの手が止まる。
「“私達”の関係って……いったい“何”なのよ?」
それは、彼女の根本の問いだった。
黙りこくる彼の背中に、レヴィアタンはどうにか彼の言葉を聞きたいと思い、思いつく限りの話題を継ぎ足してゆく。
「……聞いたわ。ハルとのこと」
白の団の本拠地へと赴いた彼に、ゼロとの戦いに敗れた彼に、刃を向けたこと。
それだけではない。ゼロとの決闘に敗れたファーブニルを救ったという話を、ファーブニル本人から聞いていた。
相反する二つの事件。それが彼女にとって気がかりでならなかった。
「……あなたは前からそう。何か知っているくせに、何も話してくれない。何かをいつも隠したまま、一人で行動し続けて――――」
なんとなくではあるが勘付いていた。彼は何かを抱えていると。言葉にせずとも、行動に出さずとも。彼女にはそれを感じることができた。
だが、聞くことは出来なかった。何から尋ねればよいのかも分からなかったから。そして、巻き込まれて尚、どれだけ問いただしても何一つ教えてもらえなかった。
気づけば、バーテンダーは店の後ろに入っていた。二人の空間を邪魔するわけにはいかないと気にかけてくれたのだろう。
二人きりの店内。しかし返ってこない答えに、やりきれない想いが更に強く込み上げてくる。グッと言葉を飲み込み、もう一度問いかける。
「教えてよ。“私達”――――“四天王”って、“何”なの?」
ただの同系機か。救世主の複製品か。――――括りを作ろうと思えば簡単だ。だがそれは“マシン”としての括りだ。
レヴィアタンは信じていた。“絆”を。この四人でしか知り得ない、“魂の共鳴”とも言えるものを。
だからこそ、彼のことに気付けたのだと。だからこそ、こうしてもどかしい気持ちが渦巻いているのだと。
同僚、仲間、友、兄弟――――いや、どれにもきっと当てはまらない。もっとバラバラで、まとまりがなくて、けれどどこか深いところでは繋がっている。
誰かの言葉で言い表せるような単純な関係ではない。そう信じていた。
だからこそ、抱えているものを分けて欲しかった。だからこそ、真意を知らせて欲しかった。
理解したいと思った。頼って貰いたいと願った。
けれど、彼はそのどれもを悲しく跳ね除けて行く。
真意は語らず、根本では頼らず、理解を求めず、信頼を欲せず――――……ただ一人で、孤独な闘争を続けていた。
それが、レヴィアタンには一番赦せなかった。
だからまた、問いかけるのだ。
「あなたにとって……“私たち”は“何”なのよ……‥‥」
不意に込み上げる悲しみに、胸の内を強く握り締められながら、レヴィアタンは言葉を絞り出していた。
扉に手を掛けたまま、ファントムはその場に立ち尽くしていた。何も答えぬまま。口を噤んだまま。その背中が一体何を考えているのか、レヴィアタンにはまるで分からなかった。
それからしばらくその場を沈黙が包んだ後、ファントムが微かにコチラを向く。その視線に、レヴィアタンはまたしても呆然とする。
「……やはり……御主は優しいな…」
一言だけ残し、ファントムは扉の外へと、夜の闇へと出て行った。
冷たい風を取り込み、そのまま再び閉ざされた扉を呆然と見つめる。
――――いや、残されたのは言葉だけではない。
向けられた視線を、表情を、レヴィアタンは脳裏に焼き付ける。
「……卑怯よ……」
悔しげに、悲しげに唇を噛み締め、絞り出す。
優しい視線が、微笑んだ彼の顔が――――
「ありがとう」――――そう言っているような気がして、それ以上言葉をぶつけられなかった。
―――― 3 ――――
切なげなイントロとともに、華やかな純白のドレスを纏った一人の少女がステージに現れる。皆、その堂々たる振る舞いに息を飲み、そこから始まるステージに心の底から期待する。
そして、小さな彼女の口から紡ぎ出されたのは、何よりも遠くまで響く魂の歌。誰もがその歌声に耳を澄まし、オーラを放つ彼女の姿に目を奪われた。
場を支配するのは壮大なバラード。この国のこれまでを胸に刻みつけ、これから先の未来を願う、優しく、厳しく、力強い歌。
壮絶な二分半――――この光景を目に焼き付けた人々は、それを子供に、孫に語り継ぐだろう。それはまさに伝説のステージだった。
そこに立つ少女こそ、まさに“虹の歌姫”だった。
曲を歌い終えた後、余韻とともに僅かな沈黙が流れる。
それから巻き起こる喝采。地震でも起きたかと紛うほどの騒ぎに、中央に立つ彼女自身が竦んでしまうが、懸命に手を振り、答える。
やがて数分間続いた歓声と喝采が落ち着きを見せた頃、少女はマイクを手に、宣言する。
「これより、ネオ・アルカディア建国百二十五周年記念パレードを開催いたします!」
その宣言を合図に、高らかに鳴り響くラッパの音。
中央にある移動式ステージはその巨体を動かし始め、色とりどりの風船と紙吹雪が華やかに宙へ舞い上がり、降り注ぐ粉雪に雪化粧された純白の街に彩りを与える。
人々はその光景に再び歓声を上げ、その様子をアースガルズの各街に配置された飛行メカニロイドが、装備している大型モニターで様子を映像で配信し、興奮と熱を伝染させてゆく。
この国全てを巻き込む盛大な祭りが、遂に幕を開けたのだ。
「押さないでください! これより前には出ないで!」
警備員たちが声を張り上げ、パレードが通る道に出ようとする人々を抑える。
興奮しすぎてロープを掻い潜る人も出る始末で、それを統制するのはなかなか骨の折れることだ。
パレードの模様を取り上げようと、各新聞、雑誌社、ラジオ局の記者もこぞって集まり、パレードの進行に合わせ、陣取り合戦を繰り広げていた。
「なんか……悪いわね、私だけ。こんな特別扱いみたいなの」
「いえ……まあ差別と言われちゃその通りですけど、ネージュさんは本当に特別ですからね、いいんですよ」
ディックは「ハハハッ」と軽く笑ってみせる。
数日前、華やかなパレードの裏を支えるイレギュラーハンター達の活躍を記事にしたいと、ネージュが申し出てきた。
ミズガルズ在住となりフリー記者になってからというもの、記事が雑誌や新聞に載ることも殆どなくなり、ネージュには苦しい日々が続いていた。しかし、それでも彼女は心折れること無く記者活動を続け、独自取材を敢行し続けていた。
そんな彼女のことをディックが心配していたのは確かで、その申し出が来た時、二つ返事で了解した。
「どんな形であれ、我々の活動を世間に知らしめようとしてくれてるっていうのは、嬉しいもんです」
ディックは誇らしげに言う。ネージュはその笑顔に、些か申し訳なさを感じていた。
そもそもオリンポスプレス社を追い出されのは、政府批判ととられそうな記事を堂々と掲載した為であり、人間であるから赦されているものの、レプリロイドならばテロリスト扱いされていても可怪しくない。
そんな彼女の同行について許可を取るのは、それなりの苦労だっただろうと思う。
「ありがとね、ディック」
不意に告げられる感謝の言葉に、ディックは「そんな改まって……よしてくださいよ」とはにかんで答えた。
その脳内には、今も絶えず各所の状況について連絡が入り続けている。
〔こちら第十九部隊第七班……アースガルズ第四エリア……ミラノシティー236-8にて、不審なレプリロイドを三体発見。捕獲に移ります〕
「どうも、また不審者発見です」
三度目のコールについて、ネージュに説明する。
「結構多いのね」
「ええ……と言うより、わりと誰彼構わずとっ捕まえてますからね」
そう言って苦笑いを浮かべる。
例えば、これが旧世紀の社会における人間の警察機構と住民との間の話であるならば、問題だ。どんなに怪しげな者でも無理矢理にしょっ引いていけば、名誉毀損だの圧力だの濡れ衣だの、裁判沙汰に発展して警察側が泥を被るのは目に見えている。
だが、ここはネオ・アルカディア。レプリロイドの権利は虫ほどに貶められている国家の中であるから、レプリロイドに対してはあらゆる強硬手段が赦される。
あやしいと少しでも思ったならば、即捕獲、即尋問。それで逆に問題が起こらなくて済むのだ。
「気にするでしょうから言っときますけど、勿論、ある程度危険ではないと判断できたらミズガルズの方に流しますよ」
ネージュの気持ちを直ぐに感じ取り、ディックは付け足す。
そもそも無害かどうかを判断するのは難しい。テロリストが簡単に尻尾を見せるわけがないし、テロリストである証拠を出せたとしても、そうではないという証拠は基本的にはあるわけがないのだから。そんなレプリロイドをアースガルズ内にそのまま置いておけば、それこそ問題と取られてしまう。
よって現時点で危険でないとみなされた者は、パレードとは関係なく、加えて国家体制において優先度の低いミズガルズに放たれる。とりわけ、十三番区などは打ってつけだ。
「流石に無実の者を好き勝手イレギュラー処分するのは、自分たちも気分の良いものではないですからね」
「なるほどね……」と、複雑な表情を浮かべながら、ネージュはとりあえず納得の声を返す。
その内心を読み取ったのか、ディックは苦笑交じりにまた付け加える。
「……これが自分たちの取れる最善手なんですよ。パレードを守るための。――――だから、そんなに気にしてませんから」
そう。後味が悪かろうが何だろうが、目的を果たすために取れる手段を取らねば、守るべきものも守れない。もっとも、これで気分を害すのはディックや一部の“お堅い”者達くらいだろうが。
それでも、ネージュという女性はレプリロイド達の複雑な気持ちを想い、哀れんでしまうのだ。そういう優しさを持ち合わせているからこそ、ディックも、そしてクラフトも彼女のことを信頼出来るのだが。しかし、それが彼女の仇となっているのは言うまでもない。
そうこうしていると、不意に歓声と歌声が近づいてきた。どうやらパレードの本隊がそろそろこの辺りを通り掛かるらしい。
「それにしても素敵な歌声ですね」とディックは話題を変える。
「ええ、そうね。流石は虹の歌姫さんかしら」
明るい表情でそう答える。
特にファンというわけではないが、彼女の歌声が素敵であるということはよく理解していた。実際、街頭で流れる彼女のバラードに、思わず瞳を潤ませてしまったこともあるほどだ。
今披露しているのは最初のバラードとは打って変わった、明るいアップテンポのナンバー。観客の歓声にも熱が入り、パレードの盛り上がりは半端ないものとなっていた。
「ステージは結構無防備そうに見えるけど、大丈夫なの?」
周囲には数機の護衛用メカニロイドが飛んでいるくらいで、正直警備が整っているとはいえないように見える。第一、これだけオープンなステージならば、どこかから狙撃されたとしても可怪しくはない。もっとも、敵味方関係なく国中から愛されているであろう歌姫を撃ち殺すような輩がいるとは思えないが。
しかし、ディックは「ええ、大丈夫です」とサラリと答える。
「肉眼じゃ分かりづらいですけど、防衛用の特殊シールドが全体を覆っているんですよ」
言われてみれば、四方の装置からシールドを展開する際の、粒子光が見える。
コロシアムでも使用されているもので、その強度は並の攻撃では貫けないものとなっている。おそらくクラフトのランチャーを最大出力にしてようやくだろう。
成程、思った以上に守備は万全というわけか。「それに」と更に付け加える。
「この後の演目に、聖騎士団の“演舞”と“公開模擬戦”も控えている関係で、パレードの後続には聖騎士団が。また、特殊状況に対応できるよう裏には“ラウンドナイツ”も備えています。ついでに、こうして我々イレギュラーハンターも」
国内を固める戦闘部隊が一同に介しているこの状況でテロ行為に及ぶなど、正直“自殺行為”としか思えない。
国内が浮かれ騒ぎに包まれるからこそ、警戒は万全に――――というわけだ。
「とは言え、どれだけの準備をしていても、警戒を怠っては何が起きるかわかりませんからね。自分達には常に、そう言い聞かせることにしてます」
「真面目ね。だからこそ、イレギュラーハンターは信頼出来るわ」
お世辞でなく本気でそう評するネージュに、ディックは内心苦笑する。
この彼女が実際に、ヨイトナやカルメア、グラーツ達のこの前の様子を目にしたらどう思うのか。
そう考えると、言いようのない罪悪感が込み上げてくる。
が、そんなディックの内心の曇りを晴らすように、辺りが歓声に包まれる。
目の前を通るパレードに、中央で生命を輝かせる歌姫に、それに向けて放たれる喝采と声援に、ディックもネージュも気を取られ、いつしか笑顔がこぼれていたのだった。
―――― * * * ――――
パレードの様子をほんの少しでも見てみたいと思って、アースガルズに入ったことが間違いだったのかもしれない。
……いや、そもそもレプリロイドとしてこの国に生まれた事自体が、一番の問題なのだ。
「時間をあまり取りたくないのでね。手短に答えたまえ」
硬質な壁で囲まれた四畳半程度の窮屈な個室の中。中央に置かれた机を挟んだ向かい側。
面長で堀の深い顔立ちをした男性型レプリロイドはそう言って、上目遣いに睨みつけてくる。そして、問いを繰り返す。
「君はテロリストか、そうでないか」
あまりの威圧感に、思わず生唾を飲み込む。
この男のことは知っている。イレギュラーハンター第十六部隊隊長、ギール。
“冷血”とまで揶揄されるほどの冷徹ぶりは、ネオ・アルカディア中のレプリロイドにとって畏怖の対象の一つであった。
彼に目をつけられて、生き残った者はいないとまで言われている。
「お……俺は…………ただ、パレードが見たくて……」
震える唇を噛み締めながら、途切れがちに答える。だが、ギールの視線はまるで容赦の色を見せない。
しかし、もう一度息を整え「俺はパレードが見たかっただけだ」と強く訴える。それ以外にできることなど何もない。すると、ギールは何か考えこむように宙へ視線を向け、自分の顎に手を当てた。
「ふむ……なるほど、仕方がないな」
もしやと希望を抱く。
いや、希望も何も、そもそも嘘は一つも吐いていない。本当にただパレードを見たかっただけだ。
日雇い作業員達の雑用として、わざわざアースガルズに入ったのは、ただそれだけが理由だ。テロリストなどと扱われる言われはないし、そもそも疑われるような事自体何もしたつもりはない。
確かに、レプリロイドが勝手にパレードの方角へと街の中を歩いていた事については、ネオ・アルカディアでは疑う者がいても可怪しくない。
だが、何か悪事をはたらくつもりもなく、ただ祭りのある方角へと歩いていただけなのだ。レプリロイドにもそれくらいの事は赦されて良いのではないか。
そうだ、自分は無罪放免だ。何か処分を受ける理由は何もない。
だからこんな尋問は無意味だ。早くここから出してくれ。
「パレードの偵察に向かっていたというのであれば、それは立派なテロ行為だ。正確には“幇助”というやつだがな」
「は?」
「おい」とギールが呼びかけると、背後の扉から数人のレプリロイドが入ってきた。
「連れて行け、イレギュラー処分だ」
「な………!?」
ギールの命を受けた、おそらく部下であろうレプリロイド達は、無言のまま両腕を抑え、そして椅子から引きずるように立ち上がらせた。
「待ってくれぇ!」と叫び声を上げるが、それに聞く耳を持つものはいない。何度も喚き散らすが、それに答えてくれるものはいない。
かくして、そのまま男は連行された。
その様子を、まるで当たり前のものを見るような視線で、ギールは見送った。
「お疲れ様です、隊長」
「ケスバルか」と、ギールは声をかけてきた部下の名を呼ぶ。
ケスバルは「ハッ」と素早く敬礼の構えを取る。
「この後、すぐに現場へ戻る。貴様の班は?」
「非番であります。が、隊長とともに参らせていただけるならば」
「良かろう。来い」
ギールの指示に従い、ケスバルは共に隊舎を出た。
他の部隊の収穫を聞く限り、そこまで大きな事件に発展するような事態には至っていないようだった。
怪しげな者を捕まえては、危険がないと判断し、ミズガルズへ送っているという。
しかし、この第十六部隊においては、勝手が違っていた。
「貴様はどう思う?」
「ハッ。恐れながら……少々手緩いのではないかと」
周囲への、率直な意見を返す。
どうも、他の隊は危険がないと判断することを当然と動いているフシがある。
同胞を処分することへの躊躇いか、職務への怠惰な反骨心か。
「……だな。何れの理由にしても、それは人類への反逆であると私は考える」
ギールの考えが浸透した第十六部隊は、突出した検挙率と処分数で有名だった。
「“疑わしきは罰せず”――――という言葉があってな」
「確か、旧世紀の国家において扱われた、刑事裁判の原則を表す言葉で……?」
犯罪事実が明白にできない場合には、無罪とする考えを一言で表した言葉。
「私は、それが正しいとは思えない」とギールはサラリと言い放つ。
「そもそも何故疑わしいか、考えてみろ。そういう言動をとっているからに他ならん。ならば、罰してしまえばよいのだ」
「“火のないところに煙は立たぬ”――――というやつですね」
「そうだ」とギールは少しも表情を変えずに頷く。
「その者の代わりなどいくらでもいる。それこそゴミのように。何を迷うことがある? 臆すことがある? 躊躇うことがある? ――――何かあっては遅いのだ」
守るべきは、救世主が「守れ」と定めた人類。疑いの一つも掛けられない、真に善良な者達。
疑わしい者を全てこの世から消してしまったところで、例えばその中に無実の者がいたとして、何の問題があるのか。
守るべきと決めた者を守り通せたならそれで良いはずだ。一手でも遅れて、その者達が守れなかった時の方が問題だ。
「無論、何か裏の繋がりがあるだろう者を、利用するために生かすのは分かる。だが、あのような末端の下郎は生かすだけ無駄だ。パンテオンにでもなって貰った方が、都合が良いだろう」
「隊長の仰る通りかと」
同じ班を組む、他の隊員に合流し、配置について軽く確認をする。
ギールはケスバルとツーマンセルを組み、街中を練り歩いた。この街は丁度半分くらいの地点で、今から二日後にパレードが到着する予定だ。
それまでに、完璧な安全を確保しなければならない。パレードにとっての。人類にとっての。
それがギールの正義であり、イレギュラーハンターとしての職務だと信じていた。
不意にケスバルが言う。
「しかし隊長、“過ぎたるは及ばざるが如し”とも言います」
思いもよらない不意打ちに、ギールは一瞬呆気にとられた後、この日初めての笑みを見せながら言葉を返した。
「やはり貴様は良い部下だ。――――ならば、私が“過ぎ”無いよう見ていろ。正直、私にはその“程度”とやらが分からん」
そうしてまた暗い路地裏で、一人のレプリロイドを追い詰めた。
―――― 4 ――――
「本国はすっかりお祭りムードですか」
送信され続けている映像を眺めながら、シメオンは机に肘をついてため息混じりにそう独り言つ。
「オメー、くだらない茶々いれるんじゃねえよ。イーリス様の歌によ」
同じように肘を突きながら、浮かない顔でマティアスが言う。
「茶々なんか入れてないだろ。別に、イーリスさんの歌には」
「“様”だ、“様”。……元老院議長の妹君だぞ。俺達とは格が違うんだよ」
とか言いつつも、実際は自分が熱心なファンであるからというだけのことだろうとシメオンは思った。
十七部隊は相変わらず、現状待機を言い渡されたまま塵炎軍団基地の中で窮屈な思いをして過ごしている。
百二十五周年記念式典の開催についても、無関係に扱われ、結局こうして基地のモニター越しに楽しむ他無い。
「あ~あ、俺も警備に就きたかったな~」とマティアスはヤケクソ気味に大声で言い放つ。
その不純な動機はどうかと思うが、正直、こんなところでジッとしているくらいなら、パレード、式典の警備についたほうがいくらかマシだ。
本国から帰ってきたクラフトは、待機命令を伝えると、自室にこもり、時には一人で外出しては戻ってを繰り返している様子だ。
何か危ない橋を渡っていないかと心配になるが、ゲンブレムもクラフトの行動を気に掛け続けているので、万が一の時はすぐに察知して動けるだろう。
しかし、言葉を発さずとも分かる異様な威圧感に、皆、声をかけられずにいた。無論、クラフト自身は周囲に察知されないよう振舞っているようだが、そこはわかりやすい性格ゆえか、容易に不機嫌なのが見て取れた。
ついには殆どの者が、紅いイレギュラー討伐任務についてどうこう言うことは無くなった。――――勿論、一人だけ例外はいるが。
「ええい、つまらん! 全くもってつまらん! 何ゆえ我々はこのようなところで退屈せねばならぬのだぁ!?」
パレードの様子を見ていて今日も痺れを切らしたのか、特殊班班長シューターが喚き散らす。
マティアスはそれを睨みつけ、「うるせぇ!」と本気で怒鳴りつけた。が、シューターはまるで意に介すこと無く騒ぎ続ける。
「よもやあの善良なるレプリロイド達の住処が、紅いイレギュラーの寝床であっただけでなく、それをしばらく誰も教えてくれなかった挙句に、憎き標的を目と鼻の先に捉えたかと思えば謹慎指示! どこまで天は私を焦らすのだ! そういうプレイか!? 焦らしプレイか!? それならばバッチコイだァ!!」
「何言ってんのか分かんねえから、黙りやがれ! 爆殺すんぞ!!」
本気で飛びかかろうとするマティアスを「やめろ!」と数人の隊員が慌てて押さえつける。そうこうしている内に、イーリスの出番は終わっていた。
その後に元老院議長団代表として現れたのは、イーリスの兄であるレオニード。新任して間もない彼を代表に出したのは、勿論イーリスとの繋がりから、国民へのアピールを強くするためだ。
パレードが厳かな雰囲気に包まれ、その中でパレード開催に対し祝辞を読み上げるレオニード。
基地内の今の雰囲気とはまるで正反対だった。
「ええいクラフトの腰巾着その四くらいが!! この俺様に敵うと思っているのか!?」
「はぁあぁああ!? 寝ぼけたこと抜かしてるんじゃねえぞ能なしシューター! 誰が腰巾着だ、誰が!! 絶てぇ赦さねえ! 吹っ飛ばす!!」
「お待ちを、マティアス殿! 我らが愛すべき副隊長のご無礼を、何卒お許しくださいませ!!」
「ぬぉお!? 何を言うかボウ隊員! 俺の実力を舐めてくれるなよ! こんな金魚の糞に負けるとでも!?」
「ダメっす、副隊長! 争い事がそもそもダメっす! ここは抑えてください、極☆華麗に!!」
「訳の分からねえこと抜かしてるんじゃねえ、テメエら全員まとめて爆殺だぁ!」
「いい加減にしろ、マティアス! そればかりはダメだって! 謹慎どころの話じゃなくなるって!」
「落ち着け皆! 静かにパレードを楽しもうぜ!?」
「ぬぁぁああ! パレードの話題を持ちだしてくれるな! そんな軟弱な祭り事など! 片腹痛いわぁ!」
「片腹痛いのはこっちだ、糞野郎! 軟弱な野郎が言うなっつぅの!」
談話室に介していた隊員たちが総出で抑えに入る。だが、ストレスが溜まっていたせいか、マティアスの勢いは衰えない。おまけにシューターまで興奮状態が加速している。
その様子を、シメオンは我関せずという調子で遠くから「やれやれ」と眺める。こうなっては手がつけられない。さて、どうしたものか。
「 う る さ い !」
一際大きな声が部屋中に響き渡り、皆、一斉に動きを止める。
飛び交っていた野太い男声でなかったおかげか、とても印象的に響いた。
「……騒ぐなら………外でやってくれ」
クラフトに次いで、重い空気をまとい続ける女性レプリロイド、マイア。
流石のシューターも、今の彼女の言葉には反論できなかったらしく、身振り手振りを交えながら、色々と言いたいことを自分なりに抑えているのが分かる。
マティアスも、渋々声を落とし、「どけよ」と抑えていた隊員の腕を振りほどいて席についた。
パレードはレオニードの祝辞も終え、楽団による演奏に移っていた。
ステージでは、どこかの劇団で活躍する人気役者が揃って演技を披露している。
――――何やってんのかな、俺達
シメオンはふと思う。
そして丁度それは、他の隊員たちも内心で思っていたことだった。
紅いイレギュラーとベルサルクを討伐する任務を受け、栄光ある第十七部隊に選抜されたはずが、今はわけの分からない謹慎命令に従い、呑気な日々を送るだけ。
“虚しさ”だけが隊内に漂っているのは言わずもがな。やりきれない思いを抱いているのは、皆同じだ。いつもはふざけているように見えるシューターでさえも。
このまま解散させられるのか。それとも任務再開の日は来るのか。そして、その報せはいつになるのか。
分からないまま時は過ぎ、また虚しい日々だけを送ってゆく。
「……すごい声がしたが、大丈夫か?」
「あ、隊長」
扉が不意に開くと、そこにはクラフトが立っていた。騒ぎ声と、マイアの声に反応したのか、気になって来たようだ。
騒ぎの後とはいえ、談話室に珍しく顔を出した彼に、隊員たちはどこかホッとしたような表情を見せている。
クラフトは皆の安心した表情の意味がわからず、首を傾げる。
「どうしたんだ、いったい?」
「ノー、プロブレムだ! それより貴様こそ…… 元 気 か !?」
ストレートに問い返すシューターの、デリカシーの無さに、その場が凍りつく。
正直過ぎる直球に、誰もが言葉を失い、黙り込んだ。
シメオンは「そんなわけねえだろぉ!」と内心で叫び声を上げ、マティアスは「やはり殺しておくべきだった」と後悔し、他の隊員もマティアスに乗じてやるべきだったと反省した。
だが、沈黙の後、クラフトの口から漏れ出したのは笑い声だった。
次第に腹を抱えて大声で笑い始める。ここに来てから、初めて聞くクラフトの大笑いだった。
「な……なんだ!? 気でも違えたか!?」
戸惑うシューター。いや、シューターだけではない。
他の隊員たちも、クラフトの今まで見たこともないような様子に、唖然とする。
「い……いや、別にな……クク……まさかお前が……ハハハ……」
笑いを堪えながら切り返すクラフトだが、なかなかまともな言葉にならない。
シューターはなんだか急に恥ずかしくなり、顔を赤らめ始める。
「きっ…貴様! お……俺を馬鹿にするなぁ!!」
その様子に、ついには笑いが伝染し、談話室内が笑い声で満たされる。
遂には、何事かと戸惑うのはシューターただ一人となっていた。
「ボウ!? アーチ!? え……お前らも?」
「いや、うん。よくやったよ、お前」と、マティアスが笑いながらシューターの肩を叩く。他の隊員たちも次々に「でかした」「大手柄だ」と叩いてゆく。
訳が分からないままのシューターは、とうとう堪え切れなくなり、「ば……馬鹿にするなぁ~!」と叫びながら部屋を出て行った。その後を、慌ててボウとアーチが追いかけるが、充満した笑いの渦は、しばらく絶えなかった。
「いや、やっぱりあいつ、何か持ってますね」
ようやく収まった頃。自然と流れで席についたクラフトに、シメオンは言う。
「まさか奴にまで心配されているとは思わなんだ。……いや、正直すまなかったな」
あのシューターですら、心配していたということは、裏を返せば、他の隊員たちもクラフトの心配をしていたということだ。
重い雰囲気を隠しきれなかった自分を、クラフトは素直に恥じる。
「いえ、大丈夫ですよ。それより、こうして今の隊内で笑いが起きたということが重要なんじゃないですか?」
虚しさだけが漂うばかりの基地内に、活気づいていた頃にもなかった事が起きたのだ。これは確かに大手柄かもしれない。
「ああ、そうだな。……現状は決して良いとは言えないが」
そう言って、クラフトは口篭る。
「ほらほらダメですよ」とシメオンが言葉をかける。
「せっかく立ち直ったのに、またそうやって。忘れちゃいかんとは思いますが、そればかり考えるのも問題ですよ」
「そう……か。そうだな、すまない」
そう言って、クラフトは苦笑する。
ふと、横に人が近づいてきたのを感じて、そちらの方を向く。
立っていたのはマイアだった。
「隊長……その……」
「ん?」
何やら話があるようだが、口篭ってなかなか言葉にしようとしない。
だが、クラフトはそれでも辛抱強く、決して急かすこと無く待つことにした。
しばらくまともに話した覚えがなかったのだから、こういうタイミングを無駄にしてはいけないと思ったのだ。
そしてようやく、纏まったのか、マイアは意を決したように大げさに頭を下げ、声を上げる。
「申し訳ありませんでした、隊長。自分は……ワガママでした」
「マイア……お前……」
唖然とした後、「やれやれ」と肩を竦める。
本国に一時帰投する前のやりとりのことだろう。何故、紅いイレギュラー討伐作戦から自分を外したのか。何故追わないのかと詰め寄られた時のことを思い出す。
しかし、クラフトは「そんなことを気にしていたのか」と諭すように言う。
「大丈夫だ、マイア。気にするな。これで区切りとしよう」
「……はい、ありがとうございます」
二人のやり取りに、シメオンも、マティアスも、他の隊員たちもようやく一息つく。
クラフトとマイアの二人がどうにも辛気臭い空気を撒いていた為に、気にしない者はほとんどいなかったくらいだ。
「これで落着だな」とシメオンが微笑む。十七部隊を取り巻く現状は、決して好転してはいないが、隊内の空気が上向いただけでも、良かったと言えよう。
「さーて、ようやくこれで、気兼ね無くパレードを楽しめるってもんだぜ」
マティアスはわざとらしく言って、再びモニターへと目をやる。実際のところ、イーリスの出番が終わった辺りから興味は半分失せていたのだが。
「そういえばそんな時期だったな」と、クラフトもモニターを眺める。パレードの事すら忘れていたのだから、クラフトの塞ぎ込みようは尋常でなかったのだろう。
「ああ、次は……聖騎士団の演舞ですね」
「………興味が失せた、部屋に戻る」
「あれ?」
「俺もー」
「あら?」
聖騎士団の出番と聞いて、隊員たちは興味を失くしたようにそそくさとその場を立ち去って行く。
装備の手入れでもしながら暇をつぶすらしい。
「仕方ない」と談話室に僅かに残ったメンツで、共に苦い顔をしながら、シメオンはパレードの続きを眺めることにした。
―――― 5 ――――
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうかと考えてはみるが、まるで検討がつかない。
先ほどの首輪が原因なのか、体内時計にもトラブルが発生し、全くあてにならない。
ゼロは、床に横たわったまま瞼を開く。
視界に入るのは、格子の外に走っている、暗く冷ややかな廊下だけ。先程目覚めた時と変わりない風景に、正直辟易していた。
その気になれば、アースクラッシュを応用して手錠を破壊することは可能だろう。だが、その時の熱量変化を感知して、首輪が再び作動するはずだ。
察するに、熱量によってその威力は増すだろうから、アースクラッシュのエネルギー量を考えると、その衝撃はとても耐えられたものではないだろう。
――――こいつは、弱ったな……
脱獄しようにも、そもそも身動き一つ叶わないのでは、どうしようもない。
しかし、いつでも殺せる状況で、わざわざ生かしたままここに入れられたということは、何かしらの利用価値があると見込まれたと見ていい筈だ。となれば、待っていれば何かしらのアクションを仕掛けてくると考えていい。
タイミングがあるとしたら、その時だけだろう。
だが、もしもそのタイミングが、“全てが終わった時”であったなら、今ここで力尽くにも飛び出したほうがマシかもしれない。
「――――どうやら……その心配は杞憂だったみたいだな」
鉄格子の外に立つ人物を見上げながら、独り言つ。
「どういう意味?」
「いや……こっちの話だ」
ゼロは身体を動かさないよう注意しながら慎重に話す。
鉄格子の外に現れた女性レプリロイド――――妖将レヴィアタンは、やれやれとため息を吐く。
「無様なものね。紅いイレギュラーともあろうものが、こんなに簡単に捕らえられるなんて」
「…ああ……自分でもそう思うよ」
捕らえられたどころか、両腕両足を拘束され、身動き一つも取れないような様子。まるで芋虫の死骸だ。
四軍団に泥を塗り続け、第十七精鋭部隊すら手玉に取ったあのSランクイレギュラー、紅いイレギュラーはどこへいってしまったのか。
今のような見窄らしい作業服姿では、初めて会った人はどう説明を受けようと、そんな大層な存在だと信じやしないだろう。
「………どれくらい、経ったんだ?」
まず最初に問いかけたいと思ったことがそれだった。
レヴィアタンは、「うーん」とわざとらしく黙り込んだ後、軽く飛び跳ねるような動きでそこに可愛らしく座る。大人っぽい容姿に似合わないその動きに、ゼロは思わず笑いそうになった。
「おしえてあげない」
人差し指を唇に当て、悪戯っぽく言う。「ああ、そうかい」と舌打ちする。微かに首輪が作動し、ゼロに僅かな痛みを与えた。
「でも……そうね、条件次第では教えてあげてもいいわ」
「どんな条件だ?」
「冥海軍団に降ること」
「またそれか」と、ゼロは肩を竦め――――ようとして、体の動きを止めた。
「絶対呑まないぜ」
「フフッ……知ってる」
「そんなことを聞きに来たんじゃないだろ?」
ゼロの問いに、レヴィアタンはそれまで作っていた笑顔を消した。
無駄だと気づいたのだ。彼の視線を見て。
見抜かれていると分かった。複雑な今の心境を。
だから、つい数分の間作っていた表情を消し去り、それでもほんの少しだけ余裕を持った表情で彼を見る。
「……何かあったか?」
そんな彼女の微妙な表情を察して、ゼロは思わず問いかける。
そこまでの軽い雰囲気とはまるで違う、彼女本来の、飾らない物憂げな表情がそこにあった。
考えるように黙り込んだ後、レヴィアタンは重そうに口を開く。
「他に聞くことはないの?」
「他に?」とゼロは思わず繰り返す。
何があっただろうかと、自分の中に問いかける。
いや、確かに聞きたいことはたくさんある。ファントムのこと。ヴィルヘルムのこと。エックスのこと。どれだけの時間が経って、外では今どうなっているのか。シエルは結局どこにいるのか。自分はいつここから出られるのか。
しかし、それらどの問いも、彼女に問いかけるものではないと、ゼロは思っていた。――――そう、どの問いも必要ないと思っていた。
そうして「思い当たらない」という表情を見せるゼロに、レヴィアタンは「仕方ない」と、自分で言葉にする。
「………聞かないの? あなたの仲間のこと……」
問いの意味が分からず、ゼロは黙りこむ。
いや、表の意味は当然取れる。自分自身が捕らえられた今、レヴィアタンの屋敷に残してきた仲間のことを心配しているのは当然のことだ。実際、無事なのか気にはなっていた。
だが、安易に答えて良いとは思えなかった。
彼女の瞳がどこかに、何かの答えを求めているような気がしてならなかったのだ。
「そう……だな…………」
どう答えるべきか、何度か考えた直した後、ゼロは結局、素の飾らない答えを返した。
「特に、聞く必要もないかな……って、とこかな」
「どうして?」
ゼロの答えを半分予期していたように、レヴィアタンは再び問い返す。
それに対し、ゼロもまた、迷いなく答える。
「お前の所なら、大丈夫だと思ってな」
瞬間、レヴィアタンは唇を噛み締める。
そして、またしても同じように問い返す。
「……どうして?」
その彼女の様子を見て、ゼロは少し思い当たることがあった。
それから、少し考えた後、今度はゼロが問い返す。
「……答えがいるのか?」
信じることに、理由はいるのか。
時に、誰かにとっては毛布のように温もりを与える切り返しだったが、その時の彼女にとっては、軽い刃に等しかった。
「……………要るわよ、“答え”が」
ああ、やはりそうか――――とゼロは内心で呟く。
あの時と同じだ。自身の在り方を、生きることの答えを求めていた時と。
欲しいのだ、“答え”が。
それは、ゼロがレヴィアタンをどうして信頼するのかというような、安直な問いではない。
理由の要らない信頼が、どうしてそこに存在するのか――――それを、彼女は知りたいのだ。
散々一人で考えたあと、ゼロは「すまない」と口にする。
「俺にもそれは分からない。けど、それでも“答え”がもしもあるとするなら――――」
一旦、言葉を切って、整理する。そして思うままに続ける。
「信じているから、信じられる――――そういうことだと思う」
「……何も、答えになってないわよ。……ばか」
レヴィアタンに似合わない子どもじみた悪態に、ゼロは苦笑する。
「そうだな、俺はバカだ」
戦局が変わらない今、レヴィアタンもまた敵であることに変わらない。だというのに、その敵を信じるというのだから、愚かであることは間違いないだろう。
だが、真実は曲げられない。きっと彼女の元なら大丈夫だろうと、そう思ったのだ。コルボーたちもきっと無事であると。
いや、おかしな話はそれだけではない。
ゼロはここに来て、ひどく落ち着いていた。共に捕らえられたであろうアルエットの生存も定かではないというのに。
誰を信じているのか――――それは、明白だ。
「…………分からないのよ。私には」
そう言って、レヴィアタンは格子を握りしめ、項垂れる。
こんなにもはっきりと弱音を吐くのは、彼女にしては珍しいことだった。それもまた、理由のない信頼によるものだろうと、ゼロは思っていた。
「そうだな……俺達には…………分からないことだらけだ」
諭すように、言葉を返す。
「けどな。じゃあ、いったい誰が何を知っていると言うんだ?」
理由の要らない信頼の正体を。
盲目な信仰の先を。
理想に届かぬ想いの行く先を。
揺るがぬ正義の存在を。
自分の存在の証明を。
叶わぬ願いの向こう側を。
家族の絆を。
兄弟の絆を。
友の絆を。
「いったい、誰が……答えを持っているっていうんだ?」
誰に問いかけたところで、本当の答えが返ってくるとは思えない。
もしも神様というものがいるのならば、問いかけてみても良いかもしれない。けれど、ゼロはそれでも答えは得られないだろうと確信していた。
「それでも、欲しいのよ……私は!」
分からないことが恐ろしいのか。分からないことが苦しいのか。
そんな風に、気持ちを握り締めるものの正体すらも知りたい。
そして、同時にまた分からないことが増える。
どうして彼は、そんなふうに割り切れるのか。
「どうして? どうしてそんな風に言っていられるのよ」
ぐっと唾を飲み込む。それから、また躊躇いがちに言葉を続けた。
「……あなたは……裏切られたのよ?」
ゼロの胸に、その言葉が突き刺さる。
ああ、そうか。言われてみればその通りだ。
「そう………だな」
彼女の言葉に、頷かないわけにはいかない。
確かに自分は裏切られた。百年の信頼を。
そんな言葉で捉えたことがなかったせいか。ひどく新鮮な気持ちが、胸に満ちてゆく。
だが、何故だろうか。これまでの自分を思い返すと、分かる。
怒りもした。失望もした。絶望もした。
“あいつ”の名を呼び、天に向けて叫ぶように問いかけた。
だが、それでも――――…………
「それでも、俺は……心の何処かで、“あいつ”を信じてる」
愚かと言われるだろうか。「馬鹿」と罵られるだろうか。
だがしかし、それでもどうしてなのか、信じている。これが――――この世界が単なる“裏切り”ではないと。
そして、まだその答えは出ていない。
「だから――――お前も、信じてみればいい」
何処の誰を想っているのか、何に悩んでいるのか、分からないが。
「信じるかどうか迷って、悩んで、戸惑って……そんなことで苦しむくらいなら。信じてみればいい」
その先に何があるかなんて分からない。だが、迷ったところで得られるものはない。
きっと裏切られたなら傷つくだろう。怒りも、失望も、絶望も感じるだろう。
しかしそれでも――――……
「裏切られて傷ついたなら…………またそこから歩き出せ」
信じなかったことを悔やむよりはマシな筈だ。――――遥かに、マシな筈だ。
格子の隙間から、丁寧に折りたたまれた衣服が差し出される。
「…………二日後、その首輪は一時的に停止するわ」
レヴィアタンの細い指が、優しく撫でたのは、ゼロの専用コートだった。
「……Dr. シエルは、十三階層の特別監房に入れられてる。……マップデータを一緒に置いておくから」
そう言ってメモリーカードをコートの上に置いた。
「あとは……そこのデータに従って。生きて帰りたいのなら、ね」
「…………すまない、恩に着る」
疑いの言葉よりも先に、礼を告げるゼロに、レヴィアタンは立ち上がりながら嘲笑を見せる。
「いいの? 罠かもよ?」
「……かもな。けど――――いい女の罠なら、ハマってみるのも一興さ」
ニヤリと笑ってそう言い放つゼロに、「相変わらずね」とレヴィアタンは微笑んで見せた。
つま先を軸に、クルリと軽やかに振り返り、そのまま去っていた。ブレの無い、真っ直ぐな足取りだった。
―――― * * * ――――
パレードが始まり、数日が経過した。通過地点は既に半分を越え、再び半周して開始地点となったメガロポリスに向かって行く。
ステージ上で繰り広げられるのは、幾度目かの似たような演目であるが、にも関わらず、人々の興奮はまるで冷める気配を見せない。
「やーやー! 我こそは、ユグドラシル聖騎士団総長! ペガソルタ・エクレールなり!」
ステージ上空に舞い上がり、ペガソルタはそうして名乗り上げる。
眼前に解き放たれたのは数体のイレギュラー達。――――そう、これこそが人々にその威光を知らしめる重要な、公開模擬戦闘である。
「我が稲妻の槍術にて、悪しき賊共を滅ぼしてくれる! 覚悟ぉ!」
そう言って急速に下降し、両腕に生成した高エネルギーランスで一人、また一人と串刺してゆく。
圧倒的な戦闘に、人々は絶えること無い歓声と喝采を送り続ける。ステージ上で逃げ惑うイレギュラーたちを、エクレールの指示に従った聖騎士たちが追い回し、確実に仕留めてゆく。
特殊シールドで覆われているとはいえ、街中での戦闘は殊更迫力のあるステージとなり、普段はコロシアムへ出向くことのない観衆の心さえも、鷲掴む。
「た……助けてぇ! 助けてくれぇ!!」
誰に向けたものかもわからない叫びは、観衆の声に掻き消され、叫んだ本人の生命もまた、聖騎士の手により毟り取られた。
次にステージ上へと放り出された集団の一人は、ついこの間までどこかの家で使用人として働いていたレプリロイドだった。ちょっとした手違いでイレギュラー判定を受け、こうして今回の見世物にちょうどいいからと使われることになった。
無論、武器など持ったことは一度もなく、手にしたライフルの銃身が終始震えていた。
「来ないでくれ! やめてくれぇぇえ!」
喚き散らしながら、ペガソルタへと銃を乱射する。
流れ弾が特殊シールドに弾かれ、バチバチと音を立てる。人々はその迫力の前に歓声を上げ、興奮を強くしてゆく。
自身に放たれた弾丸をスレスレのところで掻い潜りながら、ペガソルタは稲光の速度でイレギュラーに向かって飛び込んでゆく。
そして、数回の瞬きの内に、百数十メートルの距離を縮め、気づけばイレギュラーをまたしても串刺していた。そのまま宙へと舞い上がり、特殊シールドの頂点近くで停止する。
「まっ……あッ………ガはッ……………」
まともな言葉を発せられないイレギュラーと一度視線を交わして嘲笑を浮かべると、そのまま直下に放り投げた。
彼の身体がステージに激突した瞬間、ペガソルタのランスから稲妻が放たれ、彼の身体を木っ端微塵に吹き飛ばした。
そして、そのままペガソルタは天空で、勝利の雄叫びを上げた。
壮絶なフィナーレに、観衆の興奮は最高潮に達し、ペガソルタの名を誰もが叫び続けた。
ステージ上に転がる死体の山は、パンテオンたちがそそくさと運び出し、処理していた。ここまでの数日間で、こうして処分されたイレギュラーの数は、百体はくだらないだろう。
―――― 6 ――――
レヴィアタンの言ったとおり、(正直二日間だったのかどうかは体内時計の乱れのせいで分からないが)しばらく経過した頃、首輪はまるで作動しなくなった。
アースクラッシュのジェネレーターを利用して手錠を破壊し、それから順に足枷と首輪も破壊した。そのまま徐に起き上がると、着用していた作業服を脱ぎ捨て、そこに置かれていたコートに袖を通す。
数日着ていなかっただけで、なんだか妙に懐かしい気分だ。何より、身に纏った時の安心感が、ボロ布のような作業服とは雲泥の差だった。
扉に手を当てると、簡単に開いた。電子ロックまで解除していたらしい。至れり尽くせりとはこの事か。
罠だと怪しむのが普通なのだろうと、自嘲した。先日の遣り取りを思い出し、「やっぱり自分でもわからないもんだな」と呟く。
「ケッ、せっかくお仲間ができたと思ったらこれかよぉ」
右手の牢屋から不満気な声がする。
そして、ゼロは“先輩”の姿を見て驚き、同時に、彼がここにいた理由に合点がいった。
「ミュートスレプリロイドだったのか……」
「あたぼうよ。恐れいったか? ――――と、そちらさんも……ほぉ~、なるほどねぇ」
“先輩”もまた、ゼロの顔を見て納得言ったような表情を浮かべる。
「こいつぁ、なかなかの面構えだ。テメエ、腕が立つだろう? しかし、女を泣かせる悪党とは思えねえなあ」
「……『女を泣かせる』?」
ゼロは見覚えのない話題に、思わず首を傾げる。
「すっとぼけんじゃあねえよぉ」と、笑いながら“先輩”が突っ込みを入れる。
「青髪の女を泣かせてたろうが? あのナイスプロポーションの妖将様をよぉ」
「あ? ……あれか?」
レヴィアタンとの遣り取りと思い出す。
しかし、“先輩”が言うような事はなかったと思う。そもそも、彼女が泣けるわけもない。
「俺達はレプリロイドだぜ? 人間みたいに泣くわけがないだろう?」
「ああ? そうだっけかぁ? ……まあ、んなこたぁいいや」
面倒くさそうに話を打ち切り、ゼロに問いかける。
「っで、ここから出て行くのかぁ? まだまだ入ったばっかりじゃあねえか」
言われたとおり、七年以上もこんなところに繋ぎ止められている“先輩”に比べて、ゼロはたったの数日。
レヴィアタンの手引きがあったからとはいえ、早すぎると言われても仕方がない。
「悪いな、急用なんだ。それとも、寂しいのかい?」
「馬鹿言うんじゃあねえよ、テメエ。身体を動かせたなら今すぐ噛み殺してらあ」
「ハハッ。元気のいいこって。……なんなら、あんたも一緒に行くかい?」
協力者がいるならそれに越したことはない。先日話した限りでは、なかなか物騒な性分のようだが、ここを出るくらいまではその力を借りれたら、事が楽に運ぶかもしれないとゼロは判断していた。
だが、てっきり喜んで話に飛びつくかと思いきや、“先輩”は「いいや」と首を横に振る。
「俺はここでいい。不満もねえしな」
「面白いことを言うな。“自由”が欲しくないのか?」
七年以上もこうして身動きがとれない牢屋の中で過ごしていたのだ。普通の感覚ならば外に出たいというのは当然の事のように思えた。
誰だって、身体の自由が効かないところに長年閉じ込められていては、精神的にも、肉体的にも負荷が来る。レプリロイドであるおかげか、人間ほどではないが、何の調整も受けない状態では身体の各部に支障が出るだろうし、人間に模して作られた精神プログラムならば尚更だ。
だが、“先輩”は何か引っかかりを覚えたように、「自由だって?」と問い返した。
それから、急に笑い声を上げ始めた。途中で、身体を揺らしたせいで首輪が作動したのか、笑い声を押し殺したが、それでも笑みを浮かべていた。
「テメエ、今“自由”といったか? おもしれえ! 俺なんかより全然おもしれえぜ!」
馬鹿にしたような言い方に、ゼロはムッとしたような表情で睨み返す。
それに気付き「わりい、わりい」と、未だ隠せない笑いを必死に抑えながら、謝罪の言葉を口にする。
しばらくして、落ち着くと、息を大きく一つ吐いて、再び口を開く。
「あんちゃんよぉ、ここの外を楽園とでも思ってるのかい?」
「……なに?」
「“自由”なんてもんが、本当にあると思ってるのか……って聞いてんだよぉ」
その問いに答えようとして、ゼロは言葉を見失った。
“先輩”の目は、軽い口調とは裏腹にどこかどす黒い闇を孕んでいるように見えた。
そして、それがこのネオ・アルカディアで生きてきたレプリロイドにとって特有の闇であることに、ゼロはすぐに気づいた。
そんな彼と、自分が知っているものの差。それはネオ・アルカディアという国についての――――いや、今の世界についての知識と経験だった。
ゼロが黙りこむのを見て、「俺にはな」と“先輩”は言葉を続けた。
「ここにいるのと、ここから外に出るのと、そう大差無いように感じられるのさ」
確かに、ヘルヘイムの牢屋内では少しの身動きも許されない。だがヘルヘイムの外に出てネオ・アルカディアの生活に戻ったとして、果たしてそこに“身動き”を赦される自由はあるのか。
ほんの少しの過失があれば――――いや、例え事実でなかろうと、ほんの少しの疑いを持たれれば、レプリロイドである限りあっという間に処分されてしまうような世界だ。
そこに戻ることを、果たして“自由”と呼んでいいものなのか。
「俺にとっちゃあ、ネオ・アルカディアという国自体が“死者の国”そのものだぜ」
拘束されて身動き一つも許されない監獄の中と、いつ処理されるかもわからない不安に駆られながら生きる監獄の外。
どちらにしろ、レプリロイドにとって地獄であることに変わりはない。そこに、“自由”などというものはどこにも存在しない。
どちらの生き方を取ろうとも、自我の尊厳を握りつぶされた己の身は、死者も同然の存在だといえよう。
生きるのが幸福か。死ぬのが幸福か――――大差ないのならば、そこは“死者の国”に違いない。
「だから、あんたはそうやって……抗うこともせずに屈服するわけか」
「………なに?」
ゼロの挑発的な言葉に、“先輩”は眉をひそめる。あからさまに不機嫌な表情を浮かべる“先輩”を無視して、ゼロは歩き出す。
レヴィアタンから渡されたメモリーカードを項のスロットに挿入し、位置情報を確認する。そして、その中に仕込まれた作戦を把握し、行動を開始する。
「あんたが言うことは分かる。――――確かにそうだ。この国には、俺達にとっての自由なんてもんはどこにもないんだろう」
ここは“死者の国”だ。
自由も安息もなく、まるで死んだように生きる者ばかりで溢れかえる“死者の国”だ。
「けどな。それなら尚更――――俺は行くぜ」
両腕のジェネレーターを作動させ、エネルギーを蓄える。久々の感触に身震いすらしてしまう。
その莫大なエネルギー量に驚き、“先輩”は思わず目を見張る。そこに立っているのが、自分の予想以上の男であることを確信した。
首輪の作動による激痛も構わず、格子に体を寄せ、問いかける。
「何故だ? それが分かっていながら、何故テメエは行く?」
自由など無いというのに。幸福もありはしないのに。それを全て理解しているというのに。
それでも抗う理由は何だ。それでも突き進む理由は何だ。
“先輩”の問いかけに、ゼロは不敵な笑みを浮かべる。
「『何故』――――か? 簡単なことさ。……それでも生きようと“藻掻く奴ら”のために――――」
煌々と輝きを放つ両腕を振り上げ、その力を解き放つ。
「――――その辛気臭い“死者の国”を ブ チ 壊 す た め さ ! 」
咆哮とともに解き放たれたアースクラッシュの輝きが、ヘルヘイムの床を大きく吹き飛ばした。
NEXT STAGE
乱戦四重奏
喧しいサイレンが鳴り響き、ヘルヘイム中に異変を知らせる。数分もすれば警備兵が駆けつけるだろう。
そのサイレンに負けじと大声で、“先輩”は笑い声を上げる。
「おもしれぇ! おもしれぇぞ、あんちゃん! そこまで思い切りのいい奴ぁ大好きだぜ!」
首輪の機能にあてられてフラつきながら、ゼロの方へと視線を向ける。
「テメエの名前は?」
「……紅いイレギュラー、ゼロだ」
“先輩”は名前を聞き、納得した。
成程、聞いたことがある名前だ。只者ではないと思ったが、まさか百年前に活躍した伝説の英雄とは。
どんな事情でここに来たのかは知らないが、この男がこれから何をしようというのか、大いに楽しみになった。
「覚えておくぜ、あんちゃん。いや、ゼロ――――伝説の英雄様よぉ」
「そういうあんたは何者だい? ミュートスレプリロイドさんよ」
自分の名を言っていなかったことをすっかり忘れていた“先輩”は「おっといけねえ」と言葉を返す。
「俺様の名はフェンリー・ルナエッジ。――――テメエの活躍、期待してるぜぇ」
「いい報せを待ってな、“先輩”。あばよ」
そう言って、ゼロは自分が空けた大穴へと飛び込んでいった。
出ると言いながら深部へ向かったことには引っかかることもあったが、ルナエッジはそれ以上に、ゼロという男について強い興味を抱いた。
「……ああいう奴がいるなら、シャバも悪くねえ」
そう言って身動きを止めると、体勢を整え、瞼を閉じた。首輪の機能が静まったことを確認すると、それから長いこと放っておいた体の様子を、セルフチェックし始める。
そしていつの日か、あの男と殺しあう時のことを思い、妄想を広げるのだった。