―――― * * * ――――
鉄の塊は空を飛ぶ。
装備された熱光学迷彩機能は、ネオ・アルカディアが設置した熱覚、視覚等各種センサーから身を隠す。
白の団が保有する旧レプリフォース空軍輸送機は、“伝説の英雄”と、その封印を解いた少女を運び本拠地へと向かう。
「名前は“白”ってくせして…戦闘服は緑ぃんだな…」
白の団の戦闘服に身を包み、伝説の英雄は言った。
「“白の団”っていう名称はね、エルピスが付けたの」
金茶色のかわいらしいポニーテールを揺らしながら、少女が彼に答える。
「『私たちは自由の翼をもっています。真っ白な優しい世界へ羽ばたける真っ白な翼。例えこの身が泥にまみれようと、胸の中にはいつもその“白”を抱いていましょう』って」
「……臭いな」
彼は苦笑いと共に率直な感想を返す。それに対し、少女もクスクスと笑う。
「まあ、自分では『私は皆さんのリーダーとして、このチームの象徴をまとわせていただきます』とか言って、白いコートを着てたけど」
「…んで、お前は“それ”か…」
少女の服は薄いピンクで、下は短めのスカート。動き易そうではあるが、世界の片隅で反攻作戦を行なっているレジスタンスの一員としては少々派手である。
「これもエルピスがくれたの。『せめて女の子らしい格好を』って。私、着るものとかあんまり気にしてなかったから」
「…あぁ…そう…」
エルピスという男の人物像を予想したのか、ゼロは苦い顔をする。どうにも苦手なタイプらしい。
「大丈夫よ。彼は信頼できるわ」
「……だろうな」
「え?」
「そんなバカを言うのはよほどの“良いヤツ”しかいないってことさ」
少女の顔には尚も疑問符が見える。幸か不幸か、彼のイヤミが通じなかったらしい。
「そろそろです。シエルさん」
パイロットが少女――――シエルに到着を告げる。
その言葉と共に、鉄の塊がゆっくりと高度を下げ始める。すると何も無いハズの砂漠が静かに揺れ始め、その場に突如として大型ハッチが出現した。
「…地下か…」
確かに、今や世界に一つとも呼べる国家に、愚かにも立ち向かおうとするテログループの本拠地が、堂々と砂漠のど真ん中にあるワケがないと分かってはいた。が、実際にその入り口を目にすると、驚かずにはいられなかった。
「むちゃくちゃしやがる……」
「旧世紀の遺産よ。…まあ、説明はあとでね」
そう言うと、シエルは伝説の英雄――――ゼロを紺碧の大きな瞳で見つめ、微笑んだ。
「ようこそ、白の団へ」
2nd STAGE
星に願いを 夜空に問いを
―――― 1 ――――
N.A.暦124年――――救世主エックスにより建てられた、人間のための国「ネオ・アルカディア」はレプリロイドにとっては地獄でしかなかった。
その地獄に立ち向かうため、レプリロイドたちはそれぞれ組織を作り、レジスタンス活動を始めた。
そして、その数あるレジスタンス組織の内の一つが、シエルも所属している、エルピス率いる「白の団」である。
「救世主“エックス”……か」
ゼロは、シエルから聞いた事の次第を頭で整理しながら呟いた。
――――…親友……ね…
確かに、言われてみればどこか懐かしい名前ではある。
だが、もしそうだとするならば……――――彼にはどうしても気にかかる点があった。
戦いの後、ゼロとシエルは遺跡内を探索し、警備隊の物と思われる戦闘用エアバイク「ライドチェイサー」を奪取して輸送機との合流地点まで移動した。
不気味なことに、遺跡を出るまで追っ手がほとんど現れなかったのだが、無事に帰路につけたことを喜ぶことにした。
輸送機が着陸した格納庫から本拠地までは、数キロ離れており、車でそのまま地下を移動する。
「白の団」本拠地は、前世紀に使われていた旧レプリフォース地下基地を改造したもので、地下五階まである。
中央には各階を行き来できるエレベーターが五台ほど据えられ、ライドチェイサーの他、旧式ではあるが、機動兵器「ライドアーマー」用の格納施設も十分に整っていた。
実は、ネオ・アルカディアから抜ける前に、エルピスが独自調査し、秘密裏に整備していたのだ、ということもシエルはゼロに話した。先程搭乗していた輸送機も、ここの遺品だったわけだ。
本拠地に到着したゼロ達を待っていたのは、話に聞いていた通りに白いコートを羽織ったレプリロイド――――エルピスだった。
「シエルさん。おかえりなさい」
「エルピス。ただいま」
二人は微笑みあう。
エルピスのすぐ後ろについていた少々老け顔のレプリロイドもまた、シエルに優しく声をかける。
「無事で何よりだよ…シエル」
「……心配かけてごめんなさい。セルヴォ」
エルピスが若々しく上品な雰囲気を持っているのに対し、セルヴォと呼ばれたレプリロイドは理知的な中年男性らしい顔の作りをしており、非常に落ち着いた大人らしさを感じさせる。
シエルは彼らと一言二言交わしてから、ゼロの方に向き直った。
「ゼロ。彼はセルヴォ。武器やみんなのメンテナンスをしてくれる技術局の局長よ。それで、こっちの彼が――――」
シエルの話を途中で制し、エルピスは自分から前に進み出てゼロに手を差し出した。
「お初にお目にかかれて光栄です。“伝説の英雄”さん。私はエルピス。元々はネオ・アルカディアで研究者として働いていましたが、正義のために立ち上がり、今はこの“白の団”のリーダーを務めさせていただいております」
握手を求める手。しかし、ゼロはその手に応えず、言葉を返す。
「おしゃべりも馴れ合いも好きじゃないんだ。勘弁してくれよ“正義のリーダー”さん」
嫌味っぽく返すゼロの言葉に、エルピスの眉尻が僅かに反応する。二人の間に微妙な雰囲気が漂う。
だが、ゼロの挑発的な態度をエルピスはまるで気にしてない風を装い、シエルに「彼には、いったいどれくらいの事を?」と尋ねた。
「うーんと…そうね。ある程度の事は話したと思うわ」
「敵はネオ・アルカディア。俺が斬るのは救世主エックス――――」
二人の間に、ゼロが割って入る。
「そんだけ分かれば十分だ。そうだろ?」
「…まあ、そういうことです。……では、早速――――」
「待ってくれ。エルピス」
ゼロをどこかへ連れだそうとするエルピスを、今度はセルヴォが遮る。
「彼は戦闘をしてきたんだ。まずは、メンテナンスを――――」
「いらないよ」
全て聞き終わらない内に、ゼロは手をひらひらと振りながら断った。“メンテナンス”という語を聞いた途端に、嫌そうな顔をしている。
「他人に体をいじくりまわされんのは好きじゃないんだ。――――それに、俺様は好調そのものだぜ?」
「しかし」と心配するセルヴォを制しながらエルピスが言う。
「本人が大丈夫と言っているのです。信じましょう。――――さあ、ゼロさん。皆さんが待っています。急ぎましょう」
「……“皆さん”?」
その言葉の意味が解せず、ゼロは怪訝な顔をする。エルピスは得意げに「ええ、そうです」と説明をする。
「我々白の団のメンバーです。あなたにはとりあえず、今この基地内にいる全員の前で、挨拶と激励をしていただきたいと思っています。前線にいる部隊にも専用回線を通じてその光景は届けますが。まあ、早い話が――――」
彼の要求は、挨拶と激励。と言うことは……なるほど合点がいった。つまりは――――
「“演説”――――ってワケか」
「ご名答」
初めて顔を合わせるメンバーたちの前で、“英雄”らしく振る舞い、士気を鼓舞して欲しい――――エルピスが言っていることはそういうことだ。
ゼロは、セルヴォのメンテナンスを拒否した自分を呪った。そんなことなら、ベッドの上で身体を弄られたほうがまだマシだ。もっとも、たとえ受けていたとしてもわずかな猶予が与えられただけだろう。
ホールにはすでに、基地内に滞在しているほとんどの者が集まっていた。
「英雄」の登場に誰も彼もが興奮を隠せず騒いでいる。
エルピスの後に続いて、ゼロたちはエレベーターに乗りホールを隅まで見渡せるほど高さのあるバルコニーへと上がる。
騒ぐ声を聞き、ゼロの顔からは嫌そうな雰囲気が止めどなく溢れ出ていた。
ゼロたちを一旦後ろで待機させ、エルピスが前に出る。すると、それだけで皆が一斉に静まり返った。
なるほど、このリーダーは見かけ倒しではないのだと、ゼロは理解した。
「皆さん。今日は、ご存知の通り、我々に新しい仲間が加わりました」
待ちきれず声を上げる者もいたが、エルピスがそれを右手で制すると、またしても皆ピタリと止んだ。それから後ろに立っているゼロに、前に出るよう目配せをする。
嫌々ながらも、ゼロはそれに従う。
「紹介しましょう。旧世紀の“イレギュラー戦争”で活躍した“伝説の英雄”、ゼロさんです」
エルピスはそう言って、ゼロを手で示す。「おおーっ」と会場中が大声を上げる。盛り上がりは最高潮。
期待通りの反応にエルピスも満足げな顔をする。あとは「伝説の英雄」に、皆を奮起させるだけの言葉を発してもらえば全ては予定通り。
たとえ彼にそれなりの発言ができずとも、自分の能力を持ってすれば興冷めなどと言うことはありえないだろう。
しかし、そんな思惑が必ずしもうまくいく保証は無いのだということや、事態が思わぬ方向に行くこともあり得るのだということも、この時のエルピスにはまるで考えつかなかった。
「どうしました?ゼロさん」
エルピスが小声で尋ねる。隣に立ったゼロは黙り込んだまま一言も口を開こうとしない。
それどころか彼の表情は、先ほどまでとも、ましてやエルピスたちとも全く違うものだった。
――――これは…
ゼロは一目で、あることに気づいてしまったのだ。
「主役がしっかりしてくださらなければ、彼らも気にしますし、士気にも関わるのですよ」
エルピスは戸惑っているだけだろうと思い、ただゼロを急かす。彼の言葉通り、英雄の演説に期待していた団員たちはざわめき出している。
「……ゼロさんには今後、“紅の破壊神”の称号と共にネオ・アルカディア撃滅の作戦に率先して協力していってもらうつもりです。――――さあ、ゼロさん、挨拶を!」
エルピスが間をつなぎ、ゼロへ話をふる。しかし、ゼロはまだ黙り込んだままだ。
再度呼びかけようとして、口を開く。――――瞬間、言葉を失った。
気づけばゼロから冷たい視線を向けられていた。エルピスは凍りつく。その威圧感に気圧されて。
そしてゼロは自分から前に乗り出した。エルピスを鼻で笑いながら。
遠目で見ていたために、そんなやりとりを知らない団員たちは、進み出てきた「英雄」を見て安心した。ざわついていた場内も静まり始める。
彼の言葉に、その場にいた皆が期待した。シエルも、セルヴォも期待していた。新しい仲間の“誕生”に期待していたのだ。
だが、ただ一人――――エルピスだけが彼の違和感に気づいていた。
目の前にいるこの男は危険だと、彼の勘が言う。一言も話をさせてはいけないと直感する。
――――いけない…!
そう思い、止めに入ろうとする。
しかし、時既に遅く。英雄の演説は始まってしまった。
彼の壮大な高笑いとともに。
会場中が黙りこむ。しかし、それでもゼロは笑い続ける。
いったいなにがどうなってるのか誰も分からない。
状況が呑み込めないままシエルが、慌てて駆け寄る。
「ちょっと!何を――――……‥‥」
「いやぁ、すまんすまん。――――エルピスとか言ったっけなあ……お前」
ようやく笑い終えたゼロは突然、横にいるエルピスに、まるで小馬鹿にしたような口調で話しかけた。
「とんだ茶番だぜ。テメエらのレジスタンス“ごっこ”は」
ゼロの言葉に、エルピスは再び凍りつく。聞こえてくる言葉に、事態が呑み込めない団員たちはただそれを眺めているだけ。
「悪いが、俺様はこんな連中と『一緒に戦え』なんて言うのはゴメンだね。絶対に」
「こんな……連中…?」
「ああ。『こんな連中』さ。そうだろ?」
ホール中の団員に、殊更大きく聞こえるように声を張り上げる。
「揃いも揃って腑抜けた面した連中ばかり。“伝説の英雄”である俺様が、足手纏いにしかならんような雑魚共と轡を並べるなんて言うのはありえないって言ってるんだよ」
予想だにしなかった明らかな侮辱の言葉に、今度はエルピス以外のメンバーも一斉に凍りつく。
「いいかい?お坊ちゃん。この先全てのミッションを、俺様は一人でこなしてやる。誰の協力もいらない。たった“一人で”、だ。――――そうしてネオ・アルカディアとやらも、俺様が一人でたたき潰してやる。テメエら役立たず共は“伝説の英雄”様の活躍を、ただ指を食わえて観ていればいいんだよ」
「ゼロさんっ!」
エルピスが怒りの色を滲ませ、睨みつける。
「今の発言は聞き捨てなりません……。撤回してください!」
下からも抗議の声が聞こえてくる。「ふざけたことぬかしてんじゃねえぞ!」と声を荒げる者までいる。団員たちも怒りに震え始めていた。
だが、ゼロはそれを意に介すことなく、またも声を張り上げる。
「いっちょ前に吠えることはできるようだが、それだけならガキにだってできるってもんさ。なんなら今ここで俺様とやり合うか?――――まあ…」
とびきりの嫌味な嘲笑いを浮かべ言い放つ。
「――――テメエらがいっぺんに何人かかってこようが、俺様は負ける気がしないけどな」
その一言で全てが切れた。積もり積もった怒りの山が、一気に爆発した。
下に集った団員たちは、彼の挑発的な態度に怒りを露わに、拳を振り上げ、吠え続けた。
「ひっこめ!」「出てけよ!」「何が英雄だ!チンピラ風情が!!」「テメエなんかいらねえよ!」「降りてこいゲス野郎!」
口々に野次が飛ぶ。
あまりの興奮状態に、収集がつかなくなりそうだ。己が怒る間も無く白の団のリーダーとして、エルピスは「落ち着いてください」と叫ぶ。
シエルも自ら前に出て、「落ち着いて」とエルピスに協力する。だが、なかなかその声が届く様子はない。
「……ゼロ!?」
ふと気が付き呼び掛ける。その声を無視して、後ろに下がって行くゼロ。収まりつかない状況を気にも留めず、そのまま一人でエレベーターに乗り込む。
「ちょっと!待ってよゼロ!ゼロ!」
制止の声を上げてゼロを追うが、間に合わないうちにエレベーターは降りて行ってしまった。
ゼロは無言のまま、静まらぬホールを一人去っていった。
―――― 2 ――――
ボタンを押すと丁度すぐに扉が開いたので、ゼロは中央エレベーターの一つに乗り込んだ。ホールへ向かう途中にセルヴォがくれたマップデータを脳内に展開する。現在地は地下五階。目的の場所が三階に在ることを確認すると、ボタンを押し、そのまま上へと上がっていった。
到着とともに扉が開き、足早に降りる。廊下の両側の壁には、いくつもの扉が並び、部屋番号を示すナンバープレートなどが提示されていたが、それらに彼は少しも目を向けること無く、ただ真っ直ぐに目的地へと向かって行った。
突き当たりで、シエルよりも小さな女の子が立っているのに、ふと気づく。犬だか猫だかよく分からないぬいぐるみを抱いて、じっとこちらを寂しげな目で見つめていたのだが、部屋のプレート同様、構わず無視した。
そして目的の場所――――データルーム前にたどり着く。中へ入ろうと電子ロックを操作しようとした瞬間、あるものに気づき、手が止まった。
小さな光が三つほど、扉の前で浮かんでいた。かと思うと、その三つはそれぞれ、彼の顔の周りを鬱陶しく飛び回り始めた。
頬を膨らませたり、舌を出したり、指で口を広げて歯をむき出しにしたり。とにかく、怒っているような、挑発しているような、そんな感じの仕草を見せる。
しばらくは我慢していたが、だんだん本気で腹が立ってきた。今にも怒鳴りつけようかと口を開く。
まさに、その瞬間だった。
「彼を…通してあげて」
息を切らしながら、シエルが駆けつけた。ホールの方はエルピスに任せてきたようだ。
シエルの言葉に、「ちぇっ」とか「べー」などと喚きながら、渋々三体とも退く。
「……こいつら、見えるのか?」
「えっ?」
ゼロが不意に尋ねる。
「普通の人間じゃあ見えないだろ?」
「ああ……」
普段から気にしていなかったので、すっかり忘れていた。
「……私は幼い時に、特殊な視覚素子を埋め込んでもらってるの。まあ、ネオ・アルカディアの研究者はだいたいみんなそうしてるわ」
自分から尋ねておきながら、ゼロは「へぇ」とあまり興味の無さそうな返事をして、そのまま部屋に入ってゆく。
その反応に渋い顔をしながら、シエルも後に続いた。
いくつも並ぶコンピューターのうちから一つを選び、その前に備え付けられた椅子にゼロは腰掛ける。シエルは隣の椅子に座り、それからなにか思うことがあったのか、椅子ごと後ろを向いた。
部屋の灯りを点けていなかったが、ゼロが起動したモニターの明るさと、扉から漏れてくる外の灯りだけで十分だった。機能的にも、気分的にも。
それからキーボードの音が無機質に響き始める。それ以外に音は何もない。シエルも、ゼロも、互いに何も口にすることはなかった。二人は沈黙の中。
ふと、シエルは扉から覗いているサイバーエルフ達に気づく。「おいで」と手で呼んだが、ニヤニヤと笑いながらどこかへ行ってしまった。シエルはよく意味が分からず、首を傾げた。
暫くの静寂の後、ゼロが突然切り出した。
「ここにいるレプリロイドは、全員、“非戦闘型”だな?」
シエルは思わず驚き、彼の横顔に視線を向けた。だが、ゼロは少しも気にすること無く、モニターを見つめ、キーボードを叩き続けている。
「……どうして分かったの?」
実際団服に身を包んだ彼らを、非戦闘型と見破るのは至難の業だ。見た目的には団服を身に着けているゼロと大した差はない。
だが、ゼロは彼なりの目線でそれを見破った。
「どいつもこいつもマヌケ面してたからな」
軽くそう言ってのける彼に、「そんなことで?」と問い返したが、「そんなことで」とオウム返しのように言われてしまい、思わず呆れてしまう。
だが、彼の言っていることはある意味で正しいのかもしれない。確かに戦闘型レプリロイドは、非戦闘型には無い、少し鋭い雰囲気がある。レプリロイドの持つ感情と、戦闘型としての自覚により発せられる雰囲気。
当然、ゼロも持ち合わせていた。まるで研ぎ澄まされたナイフのような。ただ、彼はその収め方も心得ているようだった。
それからまた互いに沈黙する。ゼロの方は自分の作業に集中し、シエルはどこか思い悩んでいるようだった。
そして、考えがまとまったところで、今度は彼女の方から切り出した。
「……本当に一人で戦うの?」
先ほど言い放った言葉が何処まで真実の気持ちなのか、それが知りたかった。
だが、ゼロは少しも表情を変えること無く「嘘言ってどうする」と、尚もキーボードを叩き続けながら答える。
「まあ、あのお坊っちゃんの作戦やらにはある程度付き合ってやるさ。あてもなく戦い続けるよりはマシだからな」
「仲間は……いらないの?」
「仲間?」
一旦手を止める。しかし、彼女の言葉に思うところがあって……というわけではない。ただ画面に出ているものをチェックしていた。
相変わらず顔色一つ変えずに、切り捨てるように言う。
「足手まといにしかならんヤツらを“仲間”なんて言えるかよ」
その言葉に、シエルの胸が少しだけ締め付けられる。
彼はミランの最期を目にした筈だ。死の淵にあっても尚、シエルを護ろうと戦った彼の姿を知っているはずだ。それなのに、ゼロはそんな風に言ってしまえるのかと思うと、些か以上に寂しい気がした。
「お前は、これ以上あいつらに死んで欲しいか?」
だが、彼女の想いを知ってか知らずか、ゼロは脅すような問いを突然口にする。さっと、シエルは彼の方を振り返る。
しかし、ゼロは何事もないように画面を眺めていた。
「『理想と自由のために命懸けで戦って、悔いの無い死を迎えた』――――なんて美談だけがほしいんならそれでもいいだろうな」
まるで神話の豪傑たちのように、戦士たちのように、英雄のように――――……‥‥そんな風に華々しく戦い、潔く散っていくだけで満足だというのなら、それでも構わないだろう。
勝てる見込みの少ない戦いでも、自身の生命が危ういと分かっていたとしても、それを望むというのなら止める理由はない。
「けどよ。お前たちの目的はそんなよくある物語のネタになることじゃ決して無いだろ。あの時死んだアイツも、そんなことに命を懸けたワケじゃないはずだ」
『あの時死んだアイツ』――――ミランを指していることはすぐに解った。
確かに彼の言う通りだ。
理想を遂げるために立ち上がったのだ。理想のためにと戦った勇姿を刻み付けることが目的では決して無い。
それはシエルにも理解できた。だが、それでも腑に落ちない。彼の言葉に納得できない。
「それでも“役立たず”扱いなんて酷い。まだ一度もみんなと一緒に戦ってないのに……」
「“やってみなきゃ分からない”――――なんて月並みなことは言うなよ」
シエルの言葉を、ゼロは鼻で笑いながら遮る。
「あいつらが今までどれくらいの戦いを掻い潜ってきたかは、見た感じでだいたい分かる。だが、俺に任される戦いは、これまであいつらが経験してきたものとは別格のものになる筈だ」
戦闘用というだけではない。“英雄”というレッテルへの期待の視線は少なからず感じられた。それが確かであるならば、間違いなくそれ相応の戦いがこの先に待っているはずだ。
だがその中で、ホールで目にした団員たちと共闘していくとなれば、間違いなく苦戦を強いられるだろう。
「“やってみたら”確実に何人かは死ぬ。それをお前は望むのか?」
答えは、問うまでもないことは本人も分かっていた。だが、それでもあえて口にしたのは、シエルの抱く想いと不安を、現実と向き合わせるためだろう。
しかし、今度は別の問いがシエルの口を衝いて出てくる。
「あなた一人なら大丈夫なの?」
確かに、非戦闘型の彼らを守りながらの戦いとなれば、厳しくなることは想像できる。
それでも、孤独を望んで進むというのはどうなのだろう。たった一人で戦った方が気楽にやれると言うのか。
そんな真剣な問いに、ゼロは軽く笑いながら答える。
「死んだとしても、俺一人だ。……まっ、そんな気は無いけどな」
「……その自信はどこから?」
「経験から」
その答えに一瞬、シエルは言葉を失う。そして理解すると共に、ゼロの方に思わず乗り出しながら、驚いたように大声で問いただす。
「記憶が戻ったの!?」
『経験』を糧とするならば、記憶が必須となる。だが、目覚めたばかりの頃、彼は自分が何者であるかすら分からない状態だった。そんな彼が『経験』を口に出した以上、驚かずにはいられない。
しかし、ゼロは平然としたまま首を僅かに横にふる。そして、休めていた手を再び動かし、キーボードを叩き始める。
「戻ったも何も、消えて無くなったワケじゃない」
「…えっ…?」
「記憶データを明確に引き出すことはできないが、“それ”は確かに俺の思考回路に反映されてる。だから分かるのさ」
記憶されたものはデータとして、思考、行動、言動に反映される。
明確な視覚、聴覚情報として引き出すことはできないが、脳内に蓄積された情報の欠片達は確かに存在し、彼の思考を手助けしているのだ。
これまで数多の死線を乗り越えてきた英雄としての経験。それが自信に繋がらないわけがない。
彼の言葉を理解しつつも、シエルは少しだけがっかりしたようだった。記憶の有無など、彼女にとってはどうでもよいと切り捨てても良いことだというのに。
そこでまた会話が途切れる。黙って作業をすすめるゼロの横顔を見つめながら、シエルは一人考えていた。
確かにゼロの言うとおり、彼の様な戦士にとって白の団のメンバーは足手纏いでしか無いのかもしれない。
正直なところ、ほとんどのメンバーは戦闘に参加すること無く、ここを生活の拠点として参加している程度にすぎない。戦闘に参加するメンバー達も、ある程度の成功率が見込めなければ出撃は見送っているし、それほど大きな打撃を与えられるような作戦を行ったことは一度もない。危険な任務に出向いていったチームは勿論、帰還することはできず、自身が目にした死線を伝え聞かせるものは一人としていない。
そういった事情が絡みあう事で、白の団のメンバー達はいつしか、戦いの中に身を置いているのだという自覚が薄くなってきている気がした。“マヌケ面”とゼロは評したが、それは安全地帯に身を寄せ、平穏な日々を過ごしすぎたメンバー達の表情を的確に表している気がした。
だが、それでも彼の言動を全肯定する気にはなれなかった。そんな平穏に酔いしれたメンバーばかりではないのだ。
そう、彼はまだこのレジスタンス組織のほんの一端しか目にしてはいないのだ。
「……ちょっと貸して」
シエルはあることを思いつき、唐突にキーボードを奪う。
ムッとしながらゼロは「おい、小娘!」と声を荒げるが、少女は真剣な表情だった。
「すぐだから!……あなたに見ておいて欲しいものがあるの」
その様子に「仕方ない」と肩を落とし、ゼロは彼女が操作している画面を眺める。
二十四桁のパスワードが二度打ち込まれ、一つのファイルが開かれる。そこに現れたモノは、なにかの設計図のように見えた。
「これは……?」
「ネオ・アルカディアの研究者達は、『現在使われているエネルギー資源、“エネルゲン水晶”はあと五十年足らずで掘り尽くされてしまう』という結論に達したの」
過剰なレプリロイドの処分、生産、そして人間たちの生活にかかるエネルギー。
鉱物資源であるエネルゲン水晶の量に限度があるのは当然のことだが、現代の営みに欠かせないものとなってしまった以上、それはただ数を減らしてゆくのみ。
エネルギー増幅装置などで寿命を延ばしたとしても、いつか必ず資源は底をつく。
「政府が研究者達に下した指令は、“無限エネルギー循環システム”の開発」
資源が底をつくとしても、エネルギーが無限に循環しさえすれば、確かに問題は無い。しかしそのような発明が実際に有り得るのか。
眉をひそめながらゼロは「夢物語だろう」と切り捨てる。それにはシエルも「そうね」と同意の声を返す。
「でも、“無限”とまではいかなくても限りなくそれに近いエネルギー循環システムを考案できれば?」
地球の寿命まで保つことのできるエネルギー循環システムができたならば、それで十二分に事足りる。
そこまでいかなくとも、もしかしたら地球復興を成し遂げた後、新たなエネルギーを発見する可能性もあるかもしれない。
「“未来”へと望みを託すためのキッカケでも良い。研究者達はその志の元、今もシステムの開発に勤しんでいるの」
「それで……これは…」
そこまでのシエルの話と画面の設計図とを照らし合わせる。彼女が言わんとしていることをゼロは理解し、思わず「まさか」と驚きの声を上げる。
シエルも、彼が理解したことを悟り、強く頷き返す。
「そう、これが私の設計している“準無限エネルギー循環システム”――――“システマ・シエル”よ」
ゼロは驚きのあまり声が出せない。
「――――とは言っても未完成なんだけど…ね」
少しはにかみながら、シエルはそう付け加える。だが未完成とはいえ、たった十四歳の少女がこれほどの大発明を成し遂げようとしているのは十分賞賛に値するものだ。
そこである疑問がゼロの頭に浮かぶ。
「なぜこれを俺に?」
そんな大研究をわざわざ自分に見せた理由が分からない。
そう尋ねるゼロに、シエルは少しだけ言葉に迷った後、正直な気持ちで答える。
「あなたは強い。人間の“小娘”なんかじゃ到底敵わないほど。そして、私は誰よりも非力……」
非戦闘型レプリロイドといえど生身の人間の少女一人に比べればはるかに強い。
そもそもエネルギーライフル一丁手にできない少女が、戦いに役立つことがあるだろうか。この白の団という組織において、彼の“役立たず”という言葉が最も似合う相手がいるとすれば、それはきっと自分のことだろう。
だが、“戦い”はそれだけではない。“戦場”は、前線だけの話ではないのだ。
「けれど、私は無力じゃない。この発明こそが、非力な私の唯一にして最大の武器。ネオ・アルカディアに対抗するための。これが私の“剣”」
ネオ・アルカディアの研究者達が手こずっている研究を誰よりも早く完成させ、レプリロイドの権利要求とともに突きつける。
人間の未来とともに、レプリロイドの未来を勝ち取る。そのための“剣”。それが“システマ・シエル”だった。
「だが」とゼロは切り返す。
「相手はその交渉を易々と受け入れるか?」
ネオ・アルカディアにも優秀な科学者はゴマンといるだろう。それなのに、レジスタンス側の要求を認めてまで、そのシステムに手を伸ばすだろうか。敗北を認めてまで縋りつく理由になるとは思えなかった。
しかし、そのことは彼女も、そして団員たちもよく理解していた。
「だからこそ、エルピスは白の団を結成してくれた」
こちら側が優勢になるまではいかなくとも、敵の戦力をある程度削ぎ、動揺を与えることができれば、交渉は有利に進められるはずだ。
シエルはぐっと息を呑み、口を結ぶ。そして、また静かに深い声で語り始める。
「私はね……。本当は、誰にも傷ついて欲しくなんかない。白の団の仲間にも。ネオ・アルカディアの人達にも……」
命を奪いあうことに、正義などありはしない。そして争いからは必ず悲しみが生まれる。彼女にとって、それはなにより耐えがたい苦痛だった。
「けれど、私は戦うと決めた。私なりの方法で。私にできることをやろうと決めたの。そんな私に、白の団のみんなは願いを託してくれた」
先日命を落としたミランも、他のメンバー達も、そして親友であったパッシィですらもそうだった。皆“未来”と言う名の願いを、少女の“剣”に託したのだ。
「そして、ずっと命懸けで戦ってる」
いつか願いが叶うようにと。いつか見た未来が、現実のものになるようにと。
そういう祈りと期待を抱きながら、前線に出てゆく仲間たちがいるのも事実なのだ。
「だから、お願い。ゼロ。みんなを悪く言うのはやめて。……あなたからすれば、確かに足手纏いになるかもしれない。けれど、みんな本当に命懸けで戦っているの!『レジスタンスごっこ』なんかじゃないわ!真剣なの!必死なのよ!――――だから……」
抑えていた気持ちが一気に溢れ出す。
だが、シエルは一旦呼吸をおき、なんとか自分を落ち着かせる。
「『役立たず』って言う言葉だけでも撤回して」
決して、誰一人として無駄な者はいないのだ。
少女の真っ直ぐな想いと言葉に、ゼロはしばし言葉に迷う。だが、やがて小さく微笑んだかと思うと、静かに口を開く。
だが、そこから発せられた言葉は、どこまでも現実染みていて、少しの容赦もない刃そのものだった。
「命懸ければなんとかなるってんなら、世の中もうちょっとマシだろうさ」
シエルが真摯に言葉を尽くしたにも関わらず、そんな冷淡な言葉を返して、さっさと画面へと向き直り作業を再開する。
「ゼロ…!」とシエルが思わず名を呼ぶと、「落ち着けよ」と言葉を返す。
「別に、本気で“役立たず”だと思っているわけじゃあない」
突然の弁明に、シエルは驚いた。だが、そこには謝罪の念は含まれていなかった。
彼にも彼なりの意図があって口にしたのだ。
「ただ、戦う力の無い者が“徒党を組めばまともな戦争ができる”と勘違いしているのが、俺としては気に食わなかっただけだ」
あのホールで見た集団はエルピスと言うリーダーに付き従い、軍隊のような体を装うことで、“まともな戦争”ができると思い込んでいるように見えた。
自分たちの非力さを認識せず、ネオ・アルカディアと言う国と“それなりの戦い”ができるだろうと誤解をしている。そして、「伝説の英雄」が来たことで、その勝利は確実なものであると妄信し切っていた。
極端に言えば慢心。個ならば感じることの無いそれを、集団となり、一つのチームとなることで皆得てしまっていた。己に向けられた視線からゼロはそれだけのことを読み取ってしまったのだ。
「『希望を持つな』とは言わない。だが、“希望に酔う”のだけはやめろ」
希望はあくまでも希望であり、決して自身の力を強くしてくれるわけではない。己の非力さを理解していない者が志だけでどうにかできるほど、戦争は甘くないのだ。
そう伝えるゼロの言葉は、シエルにはとても重く聞こえた。
「……それでも、言い方があるでしょ」
「至極分かりやすい言い方をしたつもりだが?」
シエルが食い下がろうとするも、ゼロはあっさりと、そして厭味っぽく言葉を返す。
「お坊っちゃんにも言ったが、馴れ合いをする気はないからな、俺は」
「馴れ合いなんて……」
「それに……」
突然何かを言いかけて、キーボードを叩く手が止まる。
言葉が続かないことを不思議に思い、シエルは伏せていた視線を上げ、ゼロを見つめる。画面を向いていたゼロの顔も、ゆっくりと彼女の方を向いた。
「ここにいる全員の期待を背負えるほど、俺の背中は広くない…」
見つめる瞳。交差する視線。――――沈黙。
「――――なんてな」
まるで誤魔化すようにそう言って、ゼロは画面に向き直る。
けれど、シエルは彼の横顔を見つめ続けていた。
「さてと」
しばらく経って、ゼロが立ち上がる。作業はあらかた終わったらしい。
何をしていたのかはシエルもさほど気にしていなかったが、眼の端に見えていた限りでは、現代の情報を整理していたらしかった。
「どうしたの?」
「ちょっくら出掛けてくる」
突然そんな事を言い出したので、シエルは呆気にとられたように口を開ける。
「古い方のお家に、ちょいと用ができてな」
「へっ?」
おどけた風に言うゼロだが、シエルはそれを相手にしない。扉に向かい歩き始める彼を、「ダメよ」と真剣に説得しようとする。
あの戦いの後だ、もしかしたら敵の増援部隊が集まっているかもしれない。だが、ゼロはそれを否定する。
「あんな所に敵さんがいつまでもいるワケ無いだろ。あそこには戦略的価値が無い。」
封印されていたゼロ本人があの場にいないとなれば、確かに、あの遺跡自体には何の意味も無い。
わざわざ部隊を送り込んでくることも無いだろう。
「それに、たった一体のレプリロイドをいちいち相手にしてたら、敵さんもキリが無いだろ」
「……それはそうだけど。でも、どうして急に?」
遺跡自体には何の意味も無いというのはこちらにとっても言えることだった。だが、ゼロは決して冗談で言っているわけでは無いらしく、彼の眼も真剣そのものだった。
「ここのコンピューターからじゃ、あそこのデータベースにアクセスできない」
「データベース…?」
あの場所のことを思い返す。使い古され起動しそうもないコンピューターばかりが目についた。そんな場所に一体何があるというのか。
「あそこにはカプセル以外に仕掛けがあった気がする」
「『気がする』…って、確かじゃないのに!?」
そう返すシエルだったが、ゼロの目は確信に満ちていた。
だがそれでも、安全の保証など何処にもない。なんとしても止めようと声をかけ続けたが、聞き入れてもらえる様子は無かった。
「落ち着けよ、小娘。…まあ、言わせてもらえば――――」
ゼロは扉の前で立ち止まり、疑問符を浮かべるシエルの方に顔を向ける。そして、着ている団服をつまみながら、苦笑交じりに言った。
「この“緑ぃの”はしっくりこないのさ」
それからゼロが部屋を出ていった後も、シエルはしばらく扉を見つめ、その場に突っ立っていた。
―――― * * * ――――
部屋を出て廊下を歩いていると、来る途中で見かけた少女が道を塞ぐようにして立っていた。
先ほどと同じように、少し寂しげな目をしながら、こちらをじっと見つめている。
ゼロは面倒に思ったが、仕方なく声をかける。
「お嬢ちゃん。悪いけど退いてくんないかな?……俺に用があるんなら、もうちょっと大人のレディーになってからきなさいな」
だが、少女はゼロの冗談を無視して、真剣な表情のまま答える。
「わたしは大きくならないよ。レプリロイドだもの」
「あら?」と、思わず声を漏らす。落ち着いて識別すると、確かに言う通り、少女型のレプリロイドだった。
――――やれやれ、保けるにもほどがあるよな……
ゼロは決まり悪そうに頭を掻く。
そうしていると、少女は徐ろに口を開く。
「ここにいる人間は、シエルおねえちゃんだけだよ」
彼女はあまりにも自然に口にしたが、その突然の言葉にゼロは「え?」と驚いた。
「本当か?」と目で問い返すと、少女は小さく頷いた。だが、それでも信じきる事ができない。
「…親は………あいつの………?」
少女は少しも間を置くこと無く、首を横に振る。
「いないよ。本当におねえちゃん一人だけ」
信じられる話ではない――――が、信じるしかないと、ゼロは自分に言い聞かせた。嘘をつくメリットなど考えられないし、それ以上に、目の前にいる少女の瞳が真剣そのものだったのだ。
シエルが人間である以上、親は当然いるものだと思っていたし、たった十四歳の少女がこんな辺境に一人で生活しているとは思ってもみなかった。
いや、そもそもあまりにも自然に付き合いすぎて、あの少女の身辺事情を少しも気にかけることがなかった。
――――じゃあ…あいつは……
レプリロイドのために、たった一人で立ち上がったのか?
話の通りならば、国に保護され、ある程度裕福な生活を送れるはずの人間が。その人間の中でも幼いたった一人の少女が。
――――どうしてそこまで……
疑問は膨れるばかりだった。が、ゼロはある程度のところで考えるのをやめた。
それを知ったからと言って何がどうなるワケでもないし、何よりそんなものを詮索するのは野暮だと思った。
――――ただ分かっているのは……
確かな事実。彼女はレプリロイド達と共に、人間の世界と戦う決意をした――――ただ、それだけ。
「それだけで十分……か」
「シエルおねえちゃんは、わたしたちにやさしくしてくれる、ゆいいつの人間だったの」
ゼロの声が聞こえたか分からないが、少女は少しだけ俯き、呟くように語り始める。
「だから、わたしたちにとっては自分の命より大切なの」
何かを伝えようとしているのだと感じ、ゼロはただ黙って、彼女の語りに耳を傾けた。
少しずつ言葉を選びながら、口にしてゆく。
「だから、わたしたちが何人死んでも………おねえちゃんだけはだめ」
それから少女は俯いていた顔を上げ、ゼロの目を真っ直ぐ見つめる。
蒼く優しい色をした瞳が、儚げに輝いていた。
「だから……だからね……」
迷うように、口を噤んだ少女だったが、意を決し、再び言葉を紡ぐ。
「あなたがいったいどんな人かは知らないけど、おねえちゃんが帰って来たのは、まちがいなくあなたのおかげだと思うから――――」
少女はゼロに、小さな頭をぺこりと下げる。
「――――ほんとうにありがとう」
感謝を伝えるその声は、他に誰もいない廊下に何よりもはっきりと響いた。
しばらく黙り込んだあと、ゼロは少女の頭に手を優しくおいた。
「…名前は…?」
「…わたしの名前は“アルエット”」
「そうか…。アルエット……素敵な名前だ」
名前の響きを確かめるように呟き、アルエットの頭を撫でる。すると、アルエットは誇らしげに微笑みながら「でしょ」と答える。
「わたしもこの名前、気に入ってるの。シエルおねえちゃんがつけてくれたのよ」
アルエット――――とある国の言葉で“雲雀”を意味する名前。
もうその鳥をこの荒廃し切った世界で見ることは適わないだろう。しかし、小さな体で懸命に生きているこの少女の様は、確かにその名にふさわしいのかもしれない。
「このぬいぐるみも、おねえちゃんがつくってくれたんだよ」
とても嬉しそうな、それでいて誇らしそうな声。シエルに対する愛情、そしてまた、アルエットに注がれているであろうシエルの愛情が、その声の響きからゼロの心に伝わってきた。
「オーケー、アルエット」
ゼロはアルエットの背丈に合わせてしゃがみ込む。
「じゃあ、一つ約束だ」
首を傾げるアルエットに、ゼロは告げる。厳しく、それでいて優しく諭すように。
「『わたしたちが何人死んでも』なんて、二度と言うな。……いや、決して思うんじゃない。――――お前たちの内、誰が血を流したとしてもあいつはきっと悲しむ」
先ほどのやり取りで――――いや、仲間の死の間際において彼女が見せた表情で、その姿で、“そういう少女なのだ”とゼロはすでに理解していた。
その言葉に、アルエットは力強く頷く。ゼロの言葉が正しいことは、おそらく誰よりも理解していただろう。
「よし、いい子だ」
誉めるゼロに、今度はアルエットが尋ねる。
「…ねえ、あなたの名前は……?」
「ん? ああ、そうだったな。じゃあ、初めまして。俺はゼロだ」
「はじめまして。アルエットです」
ゼロに合わせて、アルエットももう一度自己紹介をする。そして二人は固い握手を交わそうと手を差し出す。
二回りほど大きなゼロの手は、幼さを感じさせる小さなアルエットの手を包み込み、そっと握る。――――確かに感じられたのは、優しい温度。
「じゃあ、アルエット。俺はちょっくら出掛けてくるから、また後でな」
「どこにいくの?」
「こっちに引っ越してくるのに、前のお家のお片付けして来なきゃなんないんだよ。だから……そうだな」
ゼロは小指を立ててアルエットに差し出す。
「俺が帰ってくるまで、小娘のことは任せたぜ」
やわらかく笑いながら、アルエットも小指を差し出す。
「まかせて。ゼロ」
二人は固い指切りを交わした。
―――― * * * ――――
シエルはゼロが去った後も、データルームの椅子に腰掛け、一人考え込んでいた。
「どうしたの?」と心配そうに尋ねてくるサイバーエルフのウィンキィに、シエルは「大丈夫」と笑って誤魔化した。
別に大した問題ではない。ただ、彼女はつい数分前の、ゼロとのやりとりを思い出していたのだ。
『ここにいる全員の期待を背負えるほど、俺の背中は広くない…』
つい先程、彼が放った言葉――――というより、その言葉を発した時のゼロの瞳が強く彼女の心に引っかかっていた。
けれど、シエルはついにたった一言、問い返すことができなかった。
『じゃあ誰なら、私たちの期待を背負えるの?』
“伝説の英雄”と称される彼にある程度の期待をしてしまうのは、残念ながら本当のことだ。それでも、全てを任せ、背負わせるつもりはない。そんな風に依存したいわけではない。
だが、その時のゼロの瞳を見たら問わずにはいられなくなった。けれどまた、それは少なくとも今問うべきものじゃないと思った。無闇に問うてはいけないものだと思った。――――だから彼女は飲み込んだ。思わず零してしまわないように。
――――あのゼロの眼……
シエルの方を見ているようで、彼の瞳は決して彼女を見つめていなかった。
誰かを――――そこにはいない別の誰かを見ているような眼。
どこか遠くの
愛しい誰かを
懐かしい誰かを
見ているような
――――……そんな眼
けれどその眼は、すぐに見ることをやめた。――――というより、きっと彼の見つめる先には“誰”もいなかったのだろう。
そう。見つけることができなかったのだ。追い求めた背中も、懐かしい姿も。誰も、何も、視線の先にはいてくれなかった。
ふと天井を見上げる。相変わらず灯りを付けないままでいるデータルームのそこに広がる暗闇は、まるで夜空を見ているようだった。
シエルもまた、探してみる。どこかに星はないだろうか。ゼロが見つめようとした“誰か”はどこにいるのか。想い、考える。
そして、ただひとつ確かな答えが心によぎる。
――――私があなたを必要としたように、あなたも“誰か”を求めているのかな。
独りぼっちの英雄が、いつの日か探し物と出会えるように。
少女は見えない星に願いを込めた。
―――― 3 ――――
遺跡には、先日の戦いの後に、誰かが足を踏み入れたような形跡は無かった。
ゴーレムの放ったレーザーによる焦げ跡が壁に痛々しく刻みつけられ、ミランだった物も、ゴーレムの残骸も、同じようにそのままの形で残っている。足下にはパンテオンの首が転がり、疑似体液を垂れ流した首なしの体も横たわっている。
ゼロは「白の団」の戦闘服を脱ぎ捨て、黒いボディースーツのみの恰好でカプセルがあった辺りまで歩を進める。カプセル自体はほぼ粉々で、原型を留めていなかった。
――――この辺りだったか……
ゼロはしゃがみ込み、地面に散らばっている破片や残骸を手で払い退ける。
――――……あった
しばらくして見つけた、四角く細長い親指大の蓋を開き、姿を表した丸く小さなスイッチを押す。
すると、スイッチの向こう側の地面に正方形の溝がくっきりと刻まれる。そこから淡い光が漏れたかと思うと、ゼロの背丈ほどのロッカーらしき物が一気に飛び出してきた。
その戸を躊躇いなく開く。彼の目に飛び込んできたのは、裾が脛辺りまである真紅のロングコート。
腰にはベルトがあり、袖は無く、白い丸形のショルダーアーマーがついている。
それを迷いなく手に取り、取り出して着てみる。耐弾性、耐ショック性に優れた特殊素材で作られていながら耐ビームコーティングが施されているそれは、彼の身に安心感を与えるばかりではなく、逃れようのない事実を再び確認するきっかけにもなった。
『紅の破壊神』――――伝説の英雄「ゼロ」。二つ名にまでなった英雄のパーソナルカラーがその特別製コートを彩っている。そしてそのコートは、まるであつらえたかのように、彼の体にフィットしていた。
「やっぱり、俺は“ゼロ”………なんだな」
突きつけられた現実に彼は、怯えなのか高揚なのか自らにも良く分からない感覚が心の奥から湧き上がってくるのを感じていた。
それから周りを見渡し、部屋の隅の壁に目を向ける。瓦礫を乗り越え壁面に近付き、戦闘の被害が及んでいないことを確認してから、そこに隠されていたスイッチを探り当て、押す。
ロッカーの時と同様、スイッチの左側に溝が入り、正方形のシャッターが開いてキーボードとモニターが乗った台が飛び出た。
ゼロは自分のうなじに手をあて、接続端子付きのコードを取り出す。それをモニター横の壁に隠されていたインターフェースに接続し、キーボードを叩いて目的のものにアクセスする。
掛けられていたロックに対し、自分のDNAデータを照合させて解く。
「DNAデータ」とは、精神プログラムの基盤となる設計図のようなもので、レプリロイドの性格的差別化を容易に可能とした発明であり、個体の識別もこれで可能となる。これを応用したセキュリティプログラムは百年前から今日まで、広く使用され続けている。
データベースへのアクセスは完了した。あとは自分に関する戦闘記録等を得るだけ。自らがいったい何者なのか。それを掴むために、ゼロはわざわざこの場所まで出向いてきたのだ。
検索をかけると同時に、緊張が高まる。数秒と経たない内に、モニターに表示されたモノは――――……‥‥
[ E R R O R ]
「なっ!?」と思わず声を漏らす。データが存在しないことを告げる「ERROR」の文字列。戸惑うままに何度検索をかけても、何もヒットしない。
自分の記憶違いということも考えられないことはない。そもそも記憶は失われていて、「ここにあった“気がする”」程度の考えで足を運んだのだ。何も得られないとしても不思議ではない。
しかし、わざわざこのような隠しコンピューターを設置していながら、何も入力していないというのは考えられない。それならば何故このような仕掛けを用意する必要があったのだ。
行き着く考えは一つ。
――――削除されている……?
故意に? ――――だとしたら、いったい誰が?
どれだけ考えようと、記憶と同様にその答えは見つかるはずもなかった。
ただ一つ確かなことは失われた記憶を取り戻す手掛かりは、完全に闇に消えた。
もう、自分が本当は何者だったのか、どんな戦いをしてどんな出会いをしてきたのか――――それらを知る術はなくなってしまったようだ。
――――……そのハズなのに
そのハズなのに
何故だか自分でも分からない。けれど、どこかでほっとしている自分がいるのに気づいた。
ゼロが感傷に浸りかけるのを遮るように、突然轟音が響き始めた。
何かが近づいてくる音が聞こえる。地鳴りを響かせながら。
――――…デカい……
ゴロゴロと大地を転がるような音。
――――近い!
その存在が間近に迫ったことを感じた瞬間、ゴーレムが開けた穴から、その球体は文字通り、転がり込んできた。
次の瞬間、二メートル以上の大きさであるそれは、ゴーレムの残骸に当たって宙に大きく跳ね上がった。
「のわっ!!」
自分めがけて落ちてきた球体を、叫び声とともにとっさに避ける。
球体が地に着くと、部屋中が大きく揺れた。床が大きく窪んだのが見える。下敷きになっていたら確実に潰されていただろう。
「…なんだ……コイツは……」
ゼロが訝しんでいるのもつかの間、球体から突如手足が飛び出るように生えた。そして、てっぺんからは鼻が長い、象を模して作られた頭部が同様に飛び出てくる。
謎の球体の正体はレプリロイドだった。
――――こいつは……
先刻、データルームで確認していたものを思い出す。
ゼロが見ていた現代の情報の中に記されていた、ネオ・アルカディアに立ち向かうために、レジスタンスが集めた情報の一端。そこに記されていたのは救世主エックスの元に集う、ネオ・アルカディア最強と誉れ高い「四天王」とその四軍団。そこに所属する特別なレプリロイド達。
「まろの名ぁは、マハ・ガネシャリフでぇおじゃる」
ネチっこく、鼻に付くような公家気取りのしゃべり方。ゼロは思わず舌打ちをする。
「もしかして、ミュートスレプリロイドってヤツか…?」
「いかにも。まろは冥海軍団所属ぅの情報処理、分析担当のぉミュートスレプリロイドでぇおじゃる」
冥海軍団――――四天王率いる四軍団の内の一つ。「妖将」――――「レヴィアタン」が率いる軍団である。
そして、ミュートスレプリロイドとは四天王の補佐として活躍するよう開発された特別製レプリロイド。
そのデザインは神獣がモチーフとなっており、他のレプリロイドとは別格の待遇を受けているとともに、それに見合っただけの能力を有している。
さて、そんな敵の幹部が何をしにこんな遺跡まで足を運んできたのか。
「……俺様のデータを回収しに来たわけか…?」
そう問い質しながら、ゼロはゼットセイバーを引き抜けるように、左腕を構える。
「ほーほーほーほー。なかなかぁに勘のいい男よのう」
愉快そうに笑う声が、やけに気に食わなかった。
ゼロは挑発するような嘲笑を浮かべて見せる。
「残念だが、そいつは無理だぜ。全部ロストしちまってる。テメエは骨折り損さ、鉄団子」
「親切にぃどうも。しかしぃ…鉄団子とは聞き捨てならんのぉ。……まあ、よい。丁度良く出会えたのも僥倖。おぬしにいい話を聞かせてやろ」
その提案が気になり、耳を貸す。無論、警戒は少しも緩めずに。
「どんな話だい?」
「おぬしぃ…。まろたちの軍門にぃ下らんかえ?」
予想だにしない提案に、ゼロは驚く。
「『ネオ・アルカディアに来い』…と?」
ガネシャリフは「いかにも」と満足気に体を揺らして、聞き苦しい笑い声を上げる。
「正直ぃなところぉ……おぬしぃのことはぁ噂程度にしか、まろたちも知らぬのよぉ」
百年前の伝説の英雄にして、救世主エックスの親友である――――そう言われる百年前のレプリロイドがこの地に眠っているという話は、一部の者達にしか知らされておらず、その詳細にいたっては、噂程度のレベルでしか話が流れていなかった。
実際、百年前のレプリロイドの話題など、誰が気にする必要があろうか。
科学技術が遥かに進歩したこの百年という時間の中で、とうの昔に“ロートル”と化したレプリロイド。たとえ、どれだけ優秀だったといえど、ネオ・アルカディアの軍勢の前では何の価値もないだろう。
だが彼は目覚め、たった一度の戦闘とはいえ、ネオ・アルカディアの兵隊をその手で蹴散らした。それも、たった一人で。
実力の底は知れぬが、全てを無視する理由もこれでなくなった。となれば、救世主エックスの親友として、ネオ・アルカディア側に招き入れるべきではないかという声が上がったのだ。その計画の一端として、彼の情報を収集すべくここに派遣されたのが、このガネシャリフだった。
「どうであろ? おそらくぅ……エックス様もぉおぬしの帰還を心待ちにしているとぉまろは思うがのぉ……」
救世主エックス――――シエルの話によれば、自分とともに肩を並べ戦場を駆け巡った無二の親友。
確かに、その話が真実であったならば、このレプリロイドの言うことは間違っていないだろう。
「『断る』…と言ったら?」
ガネシャリフは再度、いやらしい笑い声を上げながら答えた。
「まろが、おぬしぃの小綺麗な顔をぺちゃんこぉにつぶしてくれよ」
「ほーほーほーほー…」と、低い声でまた笑い出す。その声はゼロにとって不快以外のなにものでも無かった。
「実際、選ぶまででぇもないであろ? レジスタンスごとき、弱者の側ぁにおっても、おぬしに何の得があろ? 救世主がぁ為に――――いや、親友がぁ為に尽くすが最も得ぞ。どうであろ? まろたちの下にぃ来んかぁ?」
「確かに、そいつは素晴らしいお誘いだ」と、不敵な笑みを浮かべて返した。
ガネシャリフの言う事は、どれも間違ってはいない。今の自分は身の振り方が選べる。わざわざ苦労を背負い込むことなどない。
戦意の欠片もない誇大妄想家の集団と、圧倒的な武力をもった現代唯一国家の軍隊。
所属するならばどちらがいいか。どちらにつけば得をするか。そんなことは問われるまでもない。
「であろ?」
満足気にいやらしく笑うガネシャリフ。だが、それを見た瞬間、ゼロは「けどな」と、敵意を剥き出しに睨みつけ、声を張り上げる。
「損得勘定で動くんなら、ハナっから“英雄”なんて言う損な役回りを引き受けやしないんだよ」
予想だにしない返事に、ガネシャリフは怪訝な表情で睨む。
「つぅまぁりぃ…。断ると…?」
「当然だぜ、鉄団子。救世主だとか名乗るお山の大将なんぞの下に誰がつくか」
ゼロの言葉に、ガネシャリフは「なんと」と憤慨したように声を荒げて言葉を返す。
「まろのみならず、エックス様の事まで侮辱するとぉは…‥。まろもそぉろそろ我慢の限界であるがぁ…覚悟ぉはできているのかえ?」
だが、ゼロは少しも臆すこと無く、「それはコッチのセリフだ、長っ鼻」と挑発的な態度で吐き捨てる。
「胸くそ悪い喋り方しやがって。だいたいなんなんだ? 『まる』『まる』『まる』『まる』……‥‥――――テメエの体型がそんなに気になるってんなら、もうちょいスリムに改造してもらって来いってんだよ、糞玉野郎」
「ふーふーふーふーふー…。口も耳ぃも悪い男よ…」
ついに堪忍袋の緒は盛大に音を立てて、切れた。
「どぉおやら本気ぃで潰されたいみたいよのう…金髪小僧ぅおぉおぉぉおおぉおぉぉぉ!!!!」
繰り出されたのは強烈な張り手。唐突すぎてゼロは避けきれない。――――いや、避けなかった。
「バンッ」と大きな音を立て、一気に弾き飛ばされ、壁にぶち当たる。
しかし、受けることを想定とした防御の体勢と、なにより彼専用のコートがダメージを軽減した。コートの性能を試してみたのだ。
「……なかなかの…もんだな…」
敵の張り手も、自分のコートも。確かに並のレプリロイドなら粉々に砕けていただろう。
「ゲホッ」と一つ咳払い。しかし、当然ながら休む隙を与えてはくれない。目の前にはすでに“鉄球”が迫っている。
「ちぃっ!!」
予想よりも、攻撃の展開が速い。かろうじて避ける――――が、避けきれず、高速に回転する表面にかすって弾かれる。
ゴーレムの腕にやられた時よりも、さらに大きく飛ばされる。
「ぐぁっ!」
地面にそのまま落ちるが、痛みほど体にダメージはきていない。
――――こいつは、スゴい…な。
コートの性能に感心。
ガネシャリフの戦闘力は間違いなくゴーレムよりも高いが、生身でゴーレムとやり合った時よりも幾分気が楽に感じる。
しかしそうこうしている内に、鉄球はまたも潰そうとゼロに迫る。
「ええい! うざったいんだよぉ!」
両手を前に構え、敵を力づくで抑える。
しかし、その回転は留まること無く、迫りくる球体は山のように重い。踏ん張る足はずるずると後ろに圧されてゆく。
「こんのぉ……」
瓦礫に踵が当たり、それ以上後ろに下がらなくなる。しかし、ガネシャリフの体はじわじわとゼロの上体を仰け反らせてゆく。
このままでは押し倒され、そのまま潰されてしまうだろう。だが、この程度のことで諦めるつもりはない。
「っでぇえい!」
声を張り上げるとともに全力で一気に押し返す。わずかに敵を後退させ、体勢を直す。
そして横に素早く跳び退く。球はそのまま、瓦礫の角に当たり、真上に上がって、再びガネシャリフの姿に戻る。
着地するとともに、部屋が揺れる。ゼロは受け身をとって即座に起き上がる。その重量から、ヤツが直ぐに動き出すことは不可能。すなわち反撃の刻。
ゼロは左腕からゼットセイバーを引き抜いた。
「綺麗に掻っ捌いてやるよ!」
そう意気込み、素早く横一文字に斬りつける。――――しかし、その体は伊達ではなかった。
「セイバーが弾かれた!?」
確かにセイバーを振り切った。だが、ガネシャリフのボディの表面に触れた瞬間、粒子が霧散し、光の刃は形を崩し、敵の体を切り裂くことは適わなかった。
「ほーほーほーほーほー……」
再び轟く不愉快な笑い声。
「まろは“歩くデータサーバー”として、超高性能かつ超精密なコンピューターを内蔵しているのでぇおじゃる。そぉしてぇ、まろの体はそれを守るためにぃ、超重装甲でありながら、超上質の耐ビームコーティングが施されているのでぇおじゃる。つぅまぁりは、おぬしの貧弱なビームサーベルなぞ、痛くぅも痒くぅもないのでぇおじゃる」
なるほど確かに焦げ目すらついていない。
ゼロのゼットセイバーも並大抵のビームサーベルとは比べ物にならない出力を誇っているが、それすらも弾いてしまうガネシャリフのボディはまさに鉄壁といえるだろう。
「……ご高説ありがとうよ、“歩く鉄塊”様」
焦りを見せるわけにはいかない。ゼロは挑発的な態度を変えない。しかし、ガネシャリフは既に勝者の余裕を表情に表していた。
「ふーふーふーふーふー…。口の悪い小僧はぁ、しぃかぁとぉお仕置きせんとなあ……――――……なあぁ!」
高速で繰り出す張り手の連撃。その図体からは想像もつかないほどの勢いと速さ。
唯一自慢の愛刀を封じられたゼロは、防戦一方。手も足も出せない。
「なぁにぃを企んでぇもぉ…。無駄! 無駄!! 無駄ぁ!!」
トドメとも言える、ガネシャリフ全力の張り手をくらったゼロは、またも大きく弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
先ほどよりも遥かに強い力だったため、体がめり込む。「ゲホッ」と咳をすると共に、そのまま地にずり落ちる。
ガネシャリフは満足げな笑い声をあげた。
「“伝説の英雄”がぁ! “紅の破壊神”がぁ! 聞いて呆れるわぁ!」
耳障りな高笑いはどんな雑言よりも、ゼロに屈辱を与える。
そこまでのレベルの差があるとも思えない。甘く見たつもりもない。――――では、勝負を分けたのは何だ?
――――いや……まだだ……
この程度で諦められるわけがない。ゼロはそう自分に言い聞かせ、痛む身体を押さえながら、何とか立ち上がろうとする。
だが、身体に力が入らない。ガネシャリフの攻撃を受けすぎた。既に身体中の駆動系が、神経系が、悲鳴を上げている。
ブランク。百年間の眠りと、技術の進歩の差。――――原因はいくらでも浮かぶ。それらすべてが言い訳のように思えて、ゼロはただ奥歯を噛み締める。
団員たちの前で啖呵を切ったものの、自分はこの程度の実力だったというのか。
「しかし分からん。まろにぃは分からんのぉ」
不意にガネシャリフはそう呟き、無い首を傾げる。
「こんな貧弱ぅなレプリロイドを“英雄”などと祀り上げる者どもぉももちろんじゃがぁ……」
「…何が…言いたい?」
侮辱と取れる言葉を平然と口にしたのも勿論だが、まるで勿体ぶるように先を言わないガネシャリフに、苛立が高まる。そんなゼロを「フフン」と嘲笑う。
「まろにぃは理解できんのでぇおじゃるぅ」
ネオ・アルカディアの救世主の親友ともなれば、それなりの待遇をもって迎え入れられるのは容易に想像がつく。それはネオ・アルカディア側の者たちだけでなく、当の本人自身も気づいていておかしくはない道理だ。
だがそういう選択肢を与えたというのに、それでもこの英雄はネオ・アルカディアに楯突く道を選んだ。途方もない困難な戦いの道を選んだのだ。
人間よりも合理的に物事を判断できるハズのレプリロイドが、なんの迷いも無く非合理的な選択をした。
「おぬしぃの思考は理解し難いものよ。――――英雄とは名ばかりの、愚か者ぉとしか思えんわぁ」
「当たり前だ……。達磨如きに…“英雄様”の思考がそうそう理解できる訳ないだろう…」
そう言いながらも、ゼロにもガネシャリフの言葉を完全に否定することが出来なかった。己の選んだ道が、決して正しいとは言い切れなかったのだ。
それは戦力的なものに限ったことだけが理由ではない。
ゼロはホールで見た集団を思い出す。望まずとも、英雄に対する期待を背負う事は避けられない。この先、自分たちの力量すら見抜けない弱者たちの為に、圧倒的強者に立ち向かわなければならない。
おそらく、自分を英雄として迎える彼らに、戦いに赴く彼の心情を理解されることはないだろう。
「……エックス」
親友と言われた彼の名を、静かに呟く。記憶を取り出すことは出来ないが、その名は彼にとってどこか温もりのようなものを含んでいた。
そしてその名と共に、継ぎ接ぎだらけの映像が脳裏に浮かぶ。
荒れ果てた街。幾体ものイレギュラーの残骸。同胞たちの亡骸の中、背中を合わせるもう一人の男。
顔だけはぼんやりと靄がかかって見えなかったが、そこには確かに背中を預けた相手がいた。
彼にとって一番の理解者。戦友にして親友。
そんな彼の元に行けば、失われた記憶のピース達を取り戻すことはできるだろう。そして、今己が求めるものは全て手に入るのではないだろうか。
――――…なのに何故……
俺はその道を選ばない?
先程、なんの迷いも無くガネシャリフの提案を断ったのは、間違いなく嘘偽り無い答えだった。けれど何故だ?
――――何故俺は……
迷うこと無くかつての友に、何よりも必要としている存在に剣を向けるというのか?
目を閉じ、暗闇の内に問いかけた。
親友の背中を遮るように、少女の震える肩が瞼に映る。
「小娘……」
呟いた瞬間、思わず「ハハ」と笑いが漏れた。
状況に似つかわしくないその声に、ガネシャリフはまたも無い首を傾げる。
「気でも触れたかえ?」
「バーカ。……そんなんじゃないよ」
そう否定しながら、足に力を入れる。話をしている間に少しだけ回復したエネルギーで立ち上がり、ゼットセイバーの切っ先をガネシャリフに向ける。
圧倒的に不利なこの状況。だが、それでもゼロは不敵な笑みを浮かべた。
「俺は許せない者を許さない。護りたい物を護り、救いたいモノを救う。――――どうしようも無くワガママなのさ」
そして、より一層声を張り上げる。部屋中に己の意志を響かせるように。遠くにいる、“あいつ”に届くように――――……‥‥
「幼気な少女一人泣かせてなんとも思わない下衆どもの仲間にも! その大将の親友なんてのも! こっちから願い下げなんだよぉ!」
幼稚すぎる回答に、ガネシャリフは堪えきれずに笑い出した。
「そぉれぇがおぬしの答えかえぇ?」
だが、ゼロの言葉は真剣そのものであった。
「残念ながらそういうことだ。……どうだい? テメエの低能なコンピューターにも理解できる至極合理的な話だろう? 鉄団子!!」
そんな幾度目かの挑発的発言を聞いた瞬間、笑いがピタリと止む。同時に、ガネシャリフは鬼の形相でゼロを睨みつける。
「ふーふーふーふーふー…。またも侮辱しおったなぁ……小僧…」
どんなに威勢がよくても戦況は変わらない。立ち上がることはできたかもしれないが、まともな戦闘ができるような状態でないことは分かっている。
だと言うのに、目の前の旧式レプリロイドの瞳は己の勝利を信じ、疑っていない。そしてその余裕すら感じさせる舐め切った態度が、ガネシャリフの怒りを再び爆発させた。
「その高慢な鼻っ面!今度こそぶっ潰してくれるわぁあぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!」
球体へと変形し、押しつぶそうと転がり始める。文字通りの豪速球――――その速度には容赦など微塵も無い。
対するゼロの後ろは壁。体は立ち上がるのがやっとの状態。握りしめたセイバーの柄も、うまく振り切ることすら危うい。そのセイバー自体も、敵の体には弾かれてしまうのだ。打つ手など何処にもない。ある筈がない。
しかし、彼の目は勝機を見失っていなかった。
加速する鉄球。ゼットセイバーを残る力いっぱいで握りしめ、構えるゼロ。
『私は戦うと決めた。私なりの方法で』
脳裏に響く少女の言葉。
正直なところ、どうしてあの少女をここまで強く護りたいと思うのか、未だ自分自身にすら明確では無かった。
だが、先日の戦い。少女はミランと呼ばれた仲間の手を握り、約束を交わした。
未来を作る約束を。悲しみに胸を焦がしながら。大粒の涙を零しながら。
決して容易ではない道を進むことを誓ったのだ。たった十四歳という幼さで。仲間の遺志を無駄にはしないと、強い意志を掲げて歩んでいるのだ。
そして、そんな彼女の姿を見て、確かに思った。
――――お前がその道を行くと言うのなら
茨の道を選び、歩んでゆくと言うのなら
突如として右腕に強大なエネルギーが高速で蓄積されてゆく。
何処に隠していたのかと驚くほどの驚異的なエネルギー量に「マズイ」と直感したガネシャリフだったが、加速のついた鉄球は容易に止まれはしなかった。
蓄積されたエネルギーが雷に変わってゆく。バチバチと音を立て、激しく輝く。
――――どこまでも単純な想いだけれど
自分でも、笑いたくなるほど幼稚な想いだけれど
「貫き通してやるよぉ!」
この剣に望みを懸けた
その震える肩に
応えたい
雷神、一閃――――……‥‥
「‥‥……ぎぃやぁあぁああぁぁあぁぁぁぁぁあぁあああぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
ガネシャリフのボディを、雷を纏った光の刃はゼロの咆哮と共に、一直線にガネシャリフの身体を貫いた。
「まぁあろぉおのぉぉおそぉおおうぅぅこぉおううぅがぁあぁああ!!!!!!」
稲妻が体中を駆け巡る。
「まぁあろぉおのぉぉおコぉおンんんんピュぅうタぁああがぁあぁああ!!!!!!」
回路はことごとく焼き切れてゆく。
「あぁあぁりぃいえぇえぇぇなぁあぁああいいぃい!!!!!!」
断末魔の叫びを上げるガネシャリフに、ゼロは「当然さ」と言い放つ。
「有り得ないことを起こすのが英雄ってもんだ! テメエご自慢のコンピューターに叩き込んどけ! インテリ鉄団子!」
「ぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁ………っっっ!!!!!!!!」
命尽きた鉄塊は、そのまま転げ落ちた。感電し、体中が焼け焦げ、ピクリとも動かない。
光の剣を左腕に仕舞う。そして、呆気無く崩壊した鉄の塊に、紅の英雄は吐き捨てた。
「……焼き団子、一丁あがりだ」
―――― 4 ――――
遺跡から出ると、入る前に傾き始めていた陽はすっかり姿を隠し、あたりはうっすらと紫色の空に包まれ、暗くなっていた。
作動させておいた時限装置により、ゼロは遺跡の内部を爆破した。万が一、自分のデータが残っていた場合、それをネオ・アルカディアに利用されたくはなかったのだ。
しかし、そのおかげで、彼は本当の意味で、過去とのつながりを全て失ってしまった。脆くも崩れ去ってゆく遺跡を眺め、その呆気なさに思わず苦笑した。
ミランの遺骸を回収しようかどうかは最後まで悩んだ。
だがそれを持ち運んだところで、何がどうなるというのか。ついにその答えを得ることが出来ず、回収することはできなかった。
もしかしたら、それを運んだことで少しは救われるものもあったのかもしれない。跡形もなくなってからそう思いついたが、時既に遅かった。
ふと、夜空を見上げる。
『レプリロイドは死んだらどこにいくんだろうね…』
微かに見え隠れする記憶の断片から、ようやく思い出した一つの言葉。
昔、そんなことを“あいつ”は言っていた。――――あの時よりも、辺りはずいぶんと暗いけれど。
「…エックス……」
再び“あいつ”の名を口にする。
友としての情は捨てたつもりだ。もう道は違えた。決別した。
ガネシャリフに放った言葉こそが今の本心だ。たとえ“あいつ”が手招きしようとも、あの少女を見捨てることなど絶対にできない。
弱者が挫かれ、強者が全てを握り、悲しみと傷みを容易に許容してしまうこんな世界を“理想郷”と名付け、その頂点に居座り続ける男を“親友”などと認めることはできない。
けれど戦いが終わり、再び思い返してみればその名はやはり、口にした彼に懐かしさと安らぎを感じさせるのだ。
なんと女々しいことだろう。これには苦笑すら出てこない。
“あいつ”と自分。共に戦った、親友。
背中を預け合った、共に支え合った、かけがえのない真の友。――――そうだったかもしれない、かつては。
けれど――――……‥‥
「……違う」
違うだろ。俺たちは。そんなヤワな繋がりじゃない。
“親友”だとか、“戦友”だとか。“ライバル”だとか、“パートナー”だとか……‥‥
そんな簡単な括りで説明できるような二人ではなかった。
「――――そのはずだ」
だからこそ、捨て切ることなど出来ないのだ。
停めていたライドチェイサーに跨り、ハンドルを握る。
そして、顔も声も忘れた“あいつ”の背中に、決して届く事のないであろう問いを、一言だけ静かに呟く。
「…なあ、そうだろう?」
ライドチェイサーの走行音が、暗闇の砂漠に虚しく溶けて行った。
―――― * * * ――――
「正気か、エルピス…?」
作戦の概要を聞いたセルヴォが、おそるおそる尋ねる。
「ええ、もちろんですよ。まあ、少々危険な任務ではありますが…」
あくまでも爽やかな笑顔で、エルピスは答える。
「英雄たる彼の力ならば問題ないでしょう」
「推定生還率はたったの15パーセント…ですよ」
金髪の女性オペレーター――――ジョーヌも、その作戦には反対のようだった。
「シュミレーションの数値は、確かに私たちの想定でしか無いですけど…。いくらなんでも一人でなんてとても…」
しかし、エルピスはそれを鼻で笑い一蹴する。そして「彼が言ったのですよ?」とまるで何でもないような顔で言い切ってしまう。
だが、確かにエルピスの言う通り、彼は自ら口にした。たった一人で戦うと。たった一人でネオ・アルカディアを潰すと。――――確かにそう言ったのだ。
「その発言が嘘ではないと証明するためにも、この作戦は必要なのです。――――詰まるところ、これは“テスト”なのですよ。彼が本当に伝説の英雄と呼ばれるだけの力を持っているのか。ただの“狼少年”ではないかどうかの、ね」
「テスト」――――そうはっきり言い切るエルピスに、セルヴォは少し戸惑った。
大事な仲間の命が懸かったこの作戦を、このリーダーは軽々とそう言ってのけたのだ。
ここにシエルがいたら、どんな顔をしただろう。そんな彼の心配を余所に、エルピスはミーティングルームにいる団員たちに再び、声高らかに作戦を告げる。
「目標はポイントB-38S。マークチームの救援です。ゼロさんには帰還後、直ちに向かっていただきましょう」
ポイントB-38S――――そこはネオ・アルカディア四軍団の一つ、塵炎軍団が勢力圏の真っ只中である。
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