<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.34283の一覧
[0] [Z-E-R-O] (原作:ロックマンゼロ、ロックマンX)[村岡凡斎](2013/09/18 15:00)
[1] はじめに[村岡凡斎](2012/07/18 16:08)
[2] Prologue[村岡凡斎](2012/07/18 16:24)
[3] Waffle for Chapter[村岡凡斎](2012/11/07 01:25)
[4] OPENING STAGE 「涙の少女と寝起きのマルス」[村岡凡斎](2012/10/29 15:54)
[5] 1st STAGE 「剣」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[6] 2nd STAGE 「星に願いを 夜空に問いを」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[7] 3rd STAGE 「包囲戦線」[村岡凡斎](2013/11/25 19:59)
[8] 4th STAGE 「亡霊の影」[村岡凡斎](2012/10/29 15:59)
[9] 5th STAGE 「死屍軍団」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[10] 6th STAGE 「キズダラケ」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[11] 7th STAGE 「渇望/葛藤」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[12] 8th STAGE 「未来」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[13] 9th STAGE 「理想郷の詩」[村岡凡斎](2012/10/29 16:02)
[14] COMMENTARY 1[村岡凡斎](2012/09/18 18:22)
[15] 10th STAGE 「紅いイレギュラー」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[16] 11th STAGE 「救い」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[17] 12th STAGE 「ウラギリ」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[18] 13th STAGE 「闘将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:27)
[19] 14th STAGE 「証明」[村岡凡斎](2012/10/30 23:28)
[20] 15th STAGE 「レスキューコール」[村岡凡斎](2012/10/30 23:29)
[21] 16th STAGE 「世界を覆う白雪の上で」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[22] 17th STAGE 「理想の表裏」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[23] 18th STAGE 「color of mine/d」[村岡凡斎](2012/10/30 23:31)
[24] 19th STAGE 「妖将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:32)
[25] 20th STAGE 「届かぬ想い、その結末。」[村岡凡斎](2012/10/30 23:33)
[26] 21st STAGE 「デンジャラス・デイ」[村岡凡斎](2013/05/07 21:37)
[27] COMMENTARY 2[村岡凡斎](2012/10/30 23:37)
[52] 22nd STAGE 「レプリロイドは ぜんまいねずみの夢を見るか?」[村岡凡斎](2012/11/07 01:09)
[53] 23rd STAGE 「殺戮舞台」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[54] 24th STAGE 「罪 と 罰」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[55] 25th STAGE 「Raging River」[村岡凡斎](2013/11/19 00:54)
[56] 26th STAGE 「ABSOLUTE - JUSTICE」[村岡凡斎](2012/12/17 00:06)
[57] 27th STAGE 「隠将」[村岡凡斎](2013/01/28 22:27)
[58] 28th STAGE 「再会」[村岡凡斎](2013/05/07 21:39)
[59] 29th STAGE 「暗躍の調」[村岡凡斎](2013/05/25 23:30)
[60] 30th STAGE 「死者の国」[村岡凡斎](2013/06/23 01:04)
[61] 31st STAGE 「乱戦四重奏」[村岡凡斎](2013/08/03 00:49)
[62] 32nd STAGE 「Red, White and Bullet Blues」[村岡凡斎](2013/09/18 14:58)
[63] 33rd STAGE 「    」[村岡凡斎](2013/09/28 16:02)
[64] 34th STAGE 「月と影、そして太陽」[村岡凡斎](2013/10/06 09:36)
[65] 35th STAGE 「残光の行方」[村岡凡斎](2013/11/02 15:37)
[66] 36th STAGE 「救世主」(前)[村岡凡斎](2013/12/24 14:36)
[67]          「救世主」(後)[村岡凡斎](2013/12/25 11:54)
[68] FINAL STAGE 「Message from...」[村岡凡斎](2014/01/25 17:09)
[69] LAST COMMENTARY[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
[70] おわりに[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[34283] 27th STAGE 「隠将」
Name: 村岡凡斎◆45ff140f ID:697d6d9c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/28 22:27


  ―――― * * * ――――


時間は丁度、烈空軍団がレジスタンスの拠点へ総攻撃を仕掛けるべく旅立とうとしている頃に遡る。
議事堂の廊下を、未だ煮え切らない想いを抱えたまま、クラフトは一人歩いていた。原因は他でもない、つい先程まで交わしていたヴィルヘルムとのやりとりだ。
一言も発することなく、ただ黙々と歩いているその表情は渋く。交わしたやりとりが頭の中でループしていた。






『紅いイレギュラーの拠点が分かったというのに……我々には動くなと?』

招集を受けネオ・アルカディアへと一時的に帰還したクラフトが、ヴィルヘルムから最初に下された指示に対して返した言葉がそれだった。
紅いイレギュラーの本拠地と予測し、足を踏み入れた場所はバイル元老院名誉議長の別邸であった。とは言え、そこに住んでいたのは数十体のレプリロイドであり、とても無視できるような問題ではないような気がした。
だが、それについてヴィルヘルムからは口出し不要とだけ告げられた。理由は分からないが、バイルに対抗心を持つヴィルヘルムがそう言うのであれば、渋々でも引き下がるしかあるまいと理解した。
しかし、紅いイレギュラーに関する問題に関しては別だ。これまで必死の思いで捜索を続け、クラフト自身、様々な経緯から並々ならぬ執念を持って取り組んでいた任務を、ここで阻まれるというのは納得がいかない。
そんな彼の目を真っ直ぐに睨み、ヴィルヘルムは、『そうだ』と冷淡に、短く切り返す。

『意図が……分かり兼ねます』

湧き上がる憤りを堪えながら、クラフトは苦虫を噛み潰したような顔で、できる限りの抗議の気持ちを露わにする。
だが、ヴィルヘルムはその様子を鼻で嘲笑う。

『……わざわざ貴様に伝える必要のないことだ』

『“理由”がなければ、不本意な指示に誰が納得などできましょうか!?』

思わず声を荒げる。だが、ヴィルヘルムはいつもと同様『人間に逆らうか?』と睨み返す。
しかし、今度ばかりはクラフトも食い下がった。固く握った拳を地につけ、言葉を絞り出す。

『“言葉”が……納得できずとも、理解できずとも…………“言葉”が欲しいのです、閣下』

指示を与えられるだけでは、それこそ反発心を煽られるだけだ。それも、志を踏みにじるようなものならば尚更だ。
どのような意図なのか、細かい理由が知れずとも何かしらの言葉がほしい。今のままでは、余りにも足りな過ぎる。
少しだけ考えた後、ヴィルヘルムは『やれやれ』と肩を竦める。

『……良かろう、クラフト。貴様の忠義心と使命感とに免じて……その“言葉”、くれてやる』

それからいくつか言葉を選ぶと、再び口を開く。

『まず――――任務の一つを解く。今後、紅いイレギュラーを討伐するな。……いや、討伐することは“赦さん”』

『なっ!?』

ヴィルヘルムの言葉に、クラフトは耳を疑った。『紅いイレギュラー討伐を赦さん』――――彼は確かにそう言ったのだ。
憤りのあまり今にも叫びだしそうなクラフトに『落ち着け』とヴィルヘルムは言葉を続ける。

『……これにも理由がある』

勿体ぶるようなヴィルヘルムの様子に、クラフトは奥歯を噛み締めながら急かす気持ちを抑える。ヴィルヘルム自身も、どこまで話してよいものかと悩んでいるようにも見えた。
やがて、何か思いついたように口端に笑みを見せると、ヴィルヘルムはその“理由”を口にした。

『“終局へのシナリオ”が定まったのだ』

『「終局へのシナリオ」……?』

首を傾げるクラフトに対し『うむ』と頷く。

『……これまで、“我々”のシナリオには幾つかの分岐点があった』

これまでの戦いの中で、ヴィルヘルム達が描くシナリオには、複数のコマと、それらが絡む幾つかの道が予測されていた。
それがいつから仕組まれたことであったのかは、クラフトには想像がつかない。そもそも彼らの目的と、野望すら、クラフトには明かされていなかった。
だが、ヴィルヘルムの言葉から確信する。彼らが目指すものは、ネオ・アルカディアを覆す“何か”だ。そうした動き、流れを生み出すことだ。

『無論、クラフト――――貴様がその中心に立つシナリオも存在していた。だが、件のレジスタンス組織の本拠地を暴いたことにより、その道をとる必要は無くなったのだ』

『………それ故に、“紅いイレギュラーを生かす”…と?』

紅いイレギュラーが所属していると思しきレジスタンス組織の本拠地を特定できたことで、紅いイレギュラーを生かすことにした。――――そうヴィルヘルムは言っている。
『バカな』と思わず言葉を漏らす。クラフトには、どうしても理解し難かった。
当然だ。すぐ目の前に、手が届く距離にあの紅いイレギュラーがいるというのに、それを今更になって『追うな』と言われて納得できる者がいるものか。しかもその理由が、『相手の拠点を暴いたから』などというものでは尚更意味がわからない。
『説明を』とクラフトは再び要求した。だが、ヴィルヘルムは短く切って捨てる。

『そういうシナリオになったのだ。……聞き分けろ、クラフト』


『 で き ま せ ぬ ! 』


吠えるクラフトに、ヴィルヘルムは『ほう』と思わず感心したような声を漏らす。
その反抗は、これまでのクラフトからすれば、あり得ないものであった。力を持ちながら、人間に従順であり、扱いやすい駒であった筈の男が、今、はじめて反抗の姿勢を見せている。
一体どのようなキッカケがあったのか。確かにその瞳からは、紅いイレギュラー討伐任務に対する熱意と執念が、以前にも増してて感じられる。
だが、今のヴィルヘルムには、厄介なことだ。それ故に、理解させておかなければならないことがあった。

『…クラフトよ……貴様は…人間にとって、レプリロイドがどういう存在であると考える?』

唐突な問いに、クラフトは一瞬戸惑う。
『人間にとって、レプリロイドがどういう存在であるか』――――何故わざわざそのような問いを、このタイミングでヴィルヘルムは口にするのか。その意味を図りたかった。
同時に、至極冷静に、『安易な答えはできない』と心の声が危険信号を発しているのを感じる。迷った挙句『閣下はどのようにお考えなのですか?』と問い返した。
これが正しい答えであるかどうかはわからない。しかし、できうる限りの無難な答えであるのは確かだった。
ヴィルヘルムは『賢明だな』と、目で嗤う。それから、今度は勿体ぶることもなく率直に答えを告げた。

『レプリロイドとは……“機械”だ。人間にとって、“兵器”であり“道具”だ。――――それ以上でも以下でもない』

瞬間、クラフトは言葉を失った。
いや、ヴィルヘルムの姿勢を理解していなかったわけではない。目を逸らしていたのだ。そのようにこちらを見つめる視線を――――そのスタンスを、見方を感じまいとしていたのだ。
ヴィルヘルムとはそういう男だった。
人類のトップであり、およそ叶わぬ願いの無い地位に就き、数十年。そのような男がこのネオ・アルカディアにおいて、レプリロイドに対して友好的な態度を、姿勢を持つわけがなかったのだ。
ヴィルヘルムは更に言葉を続ける。


『それ故、レプリロイド如きが人類に……百歩譲って“英雄”と讃えられようとも、“救世主”などと崇め奉られるようなことは、あってはならんことなのだ』


『……閣下…それは………まさか………』

その言葉こそが、ヴィルヘルムの野望の真実を物語っていた。

彼にとってのレプリロイドはクラフトが手に取るビームランチャーと等しかった。
過去の人類が戦争に用いた戦車や戦闘機であり、或いはサブマシンガンでありリボルバーライフルだった。もっと言えば物を書き取るために使うメカニカルペンシルであり、釘を打ち込む金槌であり、畑を耕す鍬だった。
そして救世主は彼にとって、旧世紀の更に昔、人類が虜となった“原子爆弾”と等しかった。その威力やエネルギーを崇め奉り、平和のための抑止力と宣い、それでいてその威力に、危険性に恐怖すら感じる、そういう物。
しかし、本質は変わらない。釘を叩いて打ち込む簡素な作りの金槌同様、“道具”だった。

そんな道具に大事なのは“扱い方”と、その“捨て時”だ。

全てをクラフトが理解した瞬間、その表情を見て、ヴィルヘルムはニタリとほくそ笑む。

『クラフト……貴様に選ばせてやろう』

そうヴィルヘルムが告げた瞬間、クラフトは首筋に当たる冷たい刃の存在に気づいた。そして、その得物を手にする黒衣の男の存在にも。
絶句するだけのクラフトに、ヴィルヘルムは『道は二つ』と冷たく言い放つ。

『我らに従い、口を閉ざして生き延びるか……理想や志などという世迷言の類を抱いて、この場で処分されるか……。貴様はどちらを選ぶ?』

言葉に詰まった。
それは決して軽い脅しなどではない。今まさに、クラフトの生命はヴィルヘルムの采配一つに委ねられているのだ。

――――どちらを選んだところで…………

ぐっと奥歯を噛み締める。
誇りを棄て、生き延びたところでなんの意味があろうか。――――そんな風に勇ましく吠えられるものならば、そうしている。だが、それもまた容易に決断できるわけがない。
約束をした。誓いを胸に刻んだ。『いつか必ずや遂げてみせる』と、そういう志を立てたのだ。この場で生命が立たれてしまっては元も子もない。
だが生き延びるためには、その誇りを、約束を、誓いを、志を棄てなければならない。……その屈辱を今後噛み締めて生きなければならないのだ。
ふと、黒衣の男を横目で睨む。白い仮面に覆われた表情は窺い知れないが、その冷ややかな視線の中に含まれた殺意をクラフトは感じ取った。

『…………仰せの…ままに』

俯き加減でそう力なく呟く。それを聞き取ったヴィルヘルムは『利口な判断だ』と満足そうに嘲笑を浮かべた。

『よかろう、クラフト。……しかし、今後の言動には細心の注意を払うが良い。――――なにせ、我々には“最強の隠密機動部隊”がついているのだからな』

『ククク』と笑い声を漏らし、それ以上言葉を発せずにいるクラフトから視線を逸らす。そして、踵を返し、そのまま専用の扉をくぐり、退室していった。
あとに残された黒衣の男も、得物をクラフトの首筋から離すとそのまま素早く身を翻し、静かにその部屋から去って行った。

















不意に、足を止める。

「……いつからだ?」

クラフトは背後の柱に寄りかかった、先程己に刃を当てた黒衣の男へと問い質す。
男は、「よく気付いた」とでも言いたげに、肩を竦める。しかし答えようとはしない。
それでもクラフトは問い続ける。答えが欲しかった。

「いつから……貴様は……」

そこにいたのか? ――――いや、いつから“そちら側”にいたのか?
いつから俺は動かされるだけとなっていた。いつから奴の掌の上で、どれだけの者たちが踊り狂っていたのか。
いつから全てが決まっていたのか。いつから。いつから。いつから――――……‥‥






「………初めからだ」


男は冷たく言い放つ。鋭利なナイフのような響きが、クラフトの心を抉る。

「拙者は、初めから“全て”を知っている。………そして、初めから“全て”を見届けている」

「最高議長の――――ヴィルヘルムの真意を知っていて尚……か!?」

ヴィルヘルムの野望――――それは即ち、現体制の崩壊に繋がる危険なものだ。
だが、クラフトが知る限り、今目の前にいる者はそれに組みする筈の無い男だった。いや、誰よりもそれに逆らうであろう男であった。少なくとも、クラフトが知る限りは。
しかし、真実は残酷なものだった。――――誰よりも“救世主”に近しい筈の男が、誰よりも大きな叛意を持った人間の手駒だったのだから。

「拙者の主は………常にただ一人…だ」

そう言い残し、男は再び煙のように消えていった。ただ一人残されたクラフトは拳を握りしめ、横の柱を殴りつける。
もう何度目か。分からない。だが、これは確かな裏切りだ。誇りを、意志を、呆気無く踏みにじられた。まるでそこらに転がる小石のように。ゴミクズのように。
突き上げるような憤怒と、憎悪と、悔しさのあまり、クラフトは獣のような雄叫びを上げた。喉が割れるほどの、議事堂中に響くほどの大声で、まるでこの世の全てへと感情をぶつけるように。
しかし、それでも現実は何一つ変わることのないまま、クラフトの戦いは呆気無く終わりを告げられた。この数カ月感で味わった苦渋と、後悔の念を心の底に縛り付けたままで。

「…………終わらせてなるものか」

だが、それでもクラフトの心は折れることはなかった。
きっと、前の自分ならばこのまま情けなく引き下がることができただろう。しかし今の自分は違う。
突き進むと決めた以上、決して諦めるつもりはない。背負った使命と、託された約束の重さを、そして、遂げてみせると誓った理想が彼の意志を繋ぎ止めている。

「俺は……まだ生きている」

生きている。この場所に存在している。その限り、チャンスはどこかで必ず訪れるはずだ。
その時まで辛抱しようではないか。虐げられ続ける同胞の傷みを思えば、逆境の中闘い続ける“彼女”を思えば、この程度の障害は苦しみの内に入らない。
どれだけ裏切られようと、どれだけ踏みにじられようと構わない。今はただ、その時を待つのだ。――――そう、自分に強く言い聞かせ、歯を食いしばる。
打ち付けた固い拳の内側で、血が滲んでいた。






















 27th STAGE











         隠将


























  ――――  1  ――――


「何故ここにいる!? ファントム!!」

ハルピュイアは動揺した声で問い質す。いや、問いたいのはそれだけではない。
何故、自分に刃を向けたのか――――それこそが何よりも不可思議でならなかった。それを言葉にすることができなかったのは、その事実を受け入れたくなかったためである。
軽く鍔迫あった後、ゼロはファントムの刃を弾く。互いに睨み合うようにして、構える。

「答えろ! ファントム!」

尚も沈黙を貫く彼に、ハルピュイアは語気を強めて問い詰める。
すると、ファントムは何を思ったのか構えを解き、刃を静かに降ろした。

「……退け、紅いイレギュラー。今は御主を斬るべき時ではない」

白い仮面の下から冷ややかな、それでいて低い声が深く響く。
ハルピュイアは自身の耳を疑った。
ファントムは確かに言った『紅いイレギュラーを斬るべき時ではない』と。彼の狙いが紛れもなく自分であることを、強く証明しているようなものだ。
戸惑いのあまり、ついに問いかける声を失う。
代わりにゼロが口を開く。

「ほう。……俺を無視してこのボウズを斬ろうって? 仲間割れにしてもおかしな話だ。詳しく聞かせてくれ、隠将さんよ」

「御主に語る舌は無い。去れ。今刃を交えれば、御主が死ぬぞ」

「舐めてくれる」とゼロは苦笑を返す。だが、ファントムの言葉は最もだ。
SYSTEM:ABSOLUTEの発動によって回復した体ではあったが、その後に負った落下の傷は残っている。
決して本調子と言えない今、四天王の一角に名を連ねる猛者とやり合うのは、正直分が悪い。
しかし、何を思ってのことか、ゼロは引き下がらない。

「自分が見逃した相手を、目の前で斬り殺されるってのは寝覚めの悪い話だろう?」

「笑止。………其奴は御主にとっての仇敵。見逃すことも理解し難いが、その身を盾にしてまで何故護る?」

つくづくファントムの言葉は核心をついていた。
その通りだ。ゼロとハルピュイアは先程まで生命の奪い合いをしていた相手同士。
素知らぬ顔でこの場を去っても、ゼロは良かったはずだ。しかし、ハルピュイア本人ですら気付けなかった殺気を察知し、一瞬でその刃を防ぎに戻っただけでも驚愕の行動だ。
そして更に、ともすれば自身の生命を失いかねないこの状況で、何故、その身を盾にして護るのか。その理由はなんだ。
その問いに、ゼロは自嘲気味に笑う。

「そうさな、強いていうなら……」

ハルピュイアの顔に、僅かに視線を流した後、ファントムを睨みつける。

「せっかく自分の道に気付き始めた“前途有望な若者”を……こんなところで失うべきじゃないと思ったのさ」

「老婆心か……“ロートル”もそこまで過ぎれば、呆れも通り越す。なんとも見上げたものだ」

皮肉の応酬にも、ファントムの声は少しも揺らぐことがない。
「致し方ない」と呟くと、ビームサーベルを再び構え直した。

「少々眠ってもらうこととしよう。――――目覚めればよいがな」

「言ってろ、陰険野郎。“紅いイレギュラー”を舐めるなよ」

ゼロも再び、この避けられぬ闘いに、構え直す。
後ろから、「駄目だ」とハルピュイアが声を上げる。

「貴様の助力はいらん! 早く立ち去れ!」

その言葉は、ファントムの実力を知っているからこそ口を衝いてでたものだった。
しかし、ゼロは不敵に笑って返す。

「言っただろう。ようやく自分の道に気付き始めたんだ。生命は大事にしろよな」

「それは貴様もだ!」

慌てて立ち上がろうとするが、関節部のダメージは無視できず、まともに立つことも叶わない。
何より、ソニックブレードをヘルログマーの甲板上に置いてきたままだ。自衛の術も何もあったものではない。
援軍を呼ぼうかと通信回線にアクセスを試みるが、ジャミングが働いており、繋がらなかった。おそらくファントムの手によるものの仕業だろう。
まさに万事休す。ファントムの真意も分からぬまま、ここで無様に殺されてしまうのか。

そうこうしている内に、ゼロとファントムはジリジリと互いの動きを読み合い、一触即発の状態となっていた。
沈黙の数秒。最早、誰の静止も届かぬ決闘状態。ハルピュイアもまた、生唾を飲み込む。
そして、同時に地を蹴る――――空気が凍りつく一瞬。息もできぬ刹那。






飛び散る擬似血液の飛沫が、ハルピュイアの顔面を汚す。



「 ゼ ロ !」

倒れこむゼロに、手を伸ばす。
たった一撃。ファントムの、光速の剣がゼロを捉えた。
いや、事実は少しだけ違う。
先に仕掛けたのはゼロだった。その剣をファントムは素早く掻い潜り、駆け出した。そして剣を振り抜いた。その先にいるハルピュイア目掛けて。
だが、ゼロは間一髪というところでそれに対応した。緊急加速装置を吹かし、ハルピュイアとファントムの間に割り込み、文字通りその身を盾にしたのだ。

「貴様! 何をしている!?」

訳が分からなかった。
騙し討ちのような形をとってまで、自分の首を刈り取ろうとするファントムの事も。
そして、己の身を犠牲にしてまで、敵である自分を護ろうとしているゼロのことも。
混乱する頭で体を抱き上げ、ゼロの名を呼び続ける。幸いにも、息はあった。

「……よもや……ここまでとは…な」

これには流石のファントムも動揺を隠せていなかった。
並のレプリロイドには知覚すら難しいと言われる自分の動きに、瞬時に対応するそのスキルも。
そして、ハルピュイアを命懸けで護ろうとするその姿勢も。どれもが想定外だ。
だが、自分の意志は変わらない。――――ここでハルピュイアを斬る。

「もう、邪魔はいない」

そう独り言ち、剣を振り上げる。
ゼロの名を呼びかけ続けるハルピュイアの頭上に、真っ直ぐ振り下ろす。




〔ファントム様、なりません!〕



突然、耳の奥で響いた部下からの音声通信に、ファントムはその手を止める。
刃は僅か数ミリという位置で止まっていた。肝を冷やしたハルピュイアは、唖然とした表情のまま固まる。

「……クラーケンか…どうした?」

〔……先程、エックス様より言伝を〕

「なに!?」

思わず声に出す。状況が掴めていないハルピュイアは、じっと息を殺して様子を伺っていた。

「……“気付かれていた”……というのか」

〔どうやら、そのようで〕

「……仕方ない。……帰投する」

こうも想定外の事態が重なっては作戦の続行は不可能だ。ファントムはハルピュイアの首を斬り落とさぬまま、サーベルの電源を切った。光の刃が霧散する。

「命拾いしたな、賢将」

そう言って、懐にビームサーベルの柄を仕舞う。そのまま身を翻し、立ち去ろうとする。
すかさずハルピュイアは「待ってくれ」と声を上げる。そうだ、まだ何も分かっていない。

「何故だ……何故、僕を……」

突然現れては、突然刃を振り下ろし、突然その手を止めたかと思えば、突然立ち去ろうとする。
説明がほしい。どれか一つでも。教えて欲しい。何故、自分の生命を狙うのか。
懇願するような目で見つめるハルピュイア。
すると、暫く黙り込んだ後、ファントムは背を向けたまま仮面を外す。

「拙者は……御主がエックス様の“正義”に疑問を抱いていたことを知っている」

見通していた。ハルピュイアの迷いを。
救世主エックスが掲げる“正義”を、誰よりも振りかざしながら、誰よりも疑念を抱き、それでも尚剣を振り続けていたことを。

「その事自体に罪はない。だがしかし、その“危うさ”を放っておく訳には行かぬ。――――そう判断した。それ故、だ」

そう静かに言い残し、ファントムはいつもの如く、煙のように消え去った。
彼の言葉を理解できぬまま、ハルピュイアは呆然と座り込む。
その膝の上で抱えられたまま、ゼロは闘いの疲労と傷のため、静かに眠っていた。
































  ――――  2  ――――


突如として烈空軍団の空中艦隊が進軍を停止し、更には退却まで始めたのを目にして呆気にとられる白の団。
しかし、それ以上の衝撃が、メンバー全員に駆け巡った。

「メンテナンスベッドは……どこだ?」

目の前に現れた男に、皆息を飲む。
傷を負ったゼロを背負ってその場に現れたのは、彼らにとっての仇敵、賢将ハルピュイアだった。
誰もが対応に戸惑う中、ハルピュイアは自身の怪我からくる苦痛を堪えながら、もう一度だけ問いかける。

「メンテナンスベッドはどこだと……聞いている」

「こっち………だ!」

真っ先に声を上げて駆け寄ったのは整備班員のジョナスだった。
無論、他の者達同様戸惑いを隠せてはいなかったが、無視することもできないと思ったのだろう。
そのままハルピュイアとともにゼロの身体を支え、人垣を抜けて格納庫の方へと足を向ける。

「止まりなさい!」

制止を促す声が響く。
声の方へ視線を向けると、そこには白いマントを靡かせ、近づいてくる司令官エルピスの姿があった。

「何をしているのですか……あなたは……」

眉間に皺を寄せ、ハルピュイアを睨みつけている。その表情はまるで憎悪の塊だった。

「見れば…分かるだろう。お前たちの英雄を……ここまで連れ帰ってきたんだ」

「何故……あなたがそのような事をしているのですか?」

問いかけると共に片手を前に示す。すると団員たちが駆けより、周囲を取り囲む。それから手にしていたエネルギー銃の銃口を一斉にハルピュイアへと向ける。

「何を!?」

「こちらの台詞ですよ。……私達があなたを信用すると思っているのですか?」

先程まで、強大な軍勢を引き連れ、殺戮に近い侵攻を行なっていた敵の将軍を、基地の内部へと快く迎え入れるものなどいるはずがない。
気づけば周囲の者達の目はエルピス同様、憎悪に満ちていた。当然だ。彼らは掛け替えの無い仲間達を、無惨にも殺されたのだから。

「……僕のことは、好きにすればいい。今は武器も持っていない。だが、この男はどうする?」

「それが本物のゼロさんだという証拠もありません」

つい先日、斬影軍団による騙し討ちをくらったばかりだ。
半ば疑心暗鬼に近いが、これくらいは慎重になるざるを得ない。
最早死に体の白の団。これ以上の攻撃を食らう訳にはいかないのだ。

「あなたが安全であるという保証はどこにもないのです。ジョナス、離れなさい。彼を処分します」

「なッ! 司令!」

「……分からず屋め」

「ネオ・アルカディアの者に言われたくはありません」

そう言って、自らも引き金に指を掛ける。この勢いではジョナスが離れるのも待たず、引き金を引くだろう。
ハルピュイアは思考を巡らせるが、打開策が見つからず、奥歯を悔しげに噛み締める。


「彼を通して」


今にもエネルギー弾が放たれようかという瞬間、少女の声がその場に響く。

「シエルさん……!?」

「エルピス、お願いハルピュイアを通してあげて」

シエルはエルピスの横を抜け、そのままハルピュイアの傍へと近寄る。
「危険です! いけません!」とエルピスが声をかけるが、シエルは断固として譲ろうとしない。

「もしもこれが罠だとして、わざわざこんなシチュエーションを組む必要は無い筈よ。そうでしょ?」

そう言うと再び制止をかけるエルピスの声を振り切って二人に駆けより、倒れそうなハルピュイアの体を咄嗟に支える。

「……お久しぶりです、Dr. シエル」

「久しぶりね、ハルピュイア。ここであなたと会うことになるとは思わなかったわ」

その微笑みに、固く構えていたハルピュイアも、そして様子を見守っていた団員たちも皆、毒気を抜かれてしまう。
それから数人の団員たちが手を貸すべく近寄り、ハルピュイアと、シエルと一緒に、ゼロを格納庫へと運んで行った。
エルピスは言葉を失ったまま、その場に呆然と立ち尽くしていた。



ゼロをカーテンで仕切った簡易施設内に運び入れ、メンテナンスベッドへ寝かせる。セルヴォがすぐに駆けつけ、メディカルチェックを始める。
背に負った傷はそれほど深くなく、外部的にはそこまで大きく手をいれる必要は無さそうだった。

「大丈夫。眠っているだけだ」

一通りデータをチェックし終えた十数分後、セルヴォが安堵の息とともにそう宣言する。
シエルや、他の団員たちも、ゼロの無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。

「ボディの色も元に戻っているし……峠は越えられたようだな。原因を掴めていないのが苦しいところだが……」

そう言いながらふと、視線をモニターから横に向けると、シエルがゼロの左腕を撫でているのが見える。そこにはコアユニットが見えた。
レルピィのデータが消失していることは、チェックをせずとも直ぐに解った。あれだけゼロのことを心配していた彼女が、この重要な時に姿を現さないのは、“それ”以外に考えられなかった。

「きっと……この子がゼロを助けてくれたのよ」

シエルは寂しげな声で呟く。
命懸けでゼロを救ったレルピィに、彼女は心からの尊敬と感謝の気持ちを抱いていた。
同時に、自身ができなかったことを命に代えても成し遂げたことに対して、別の感情も仄かにちらついていた。
彼女の複雑な気持ちを感じ取ったのか、セルヴォが優しく肩を叩く。

「シエル、私達には私達にしかできないことがある。それを続けるしかないんだよ」

「……そうね。セルヴォ、ありがとう」

そう言って、どこかぎこちない微笑みを返すシエルの左手を、アルエットが柔らかく握り締めた。











「あーあー。死に損なっちまったなあ」

包帯で右腕を首から吊るしたまま、ヘルマンが不満げに言う。
コルボーはその言葉に、思わず苦笑した。

「お前なあ……それ、どういうことだよ」

「だってよぉ、コルボー。考えてもみろよ。『まさに最終決戦!』……って感じのところで、死に切った方が、武勇伝としちゃ区切りがいいと思わねえか? こう、無様に生き残っちゃあよぉ……なあ?」

どこまで本気で言っているのかいまいち掴めず、コルボーはただ「やれやれ」と呆れるまま溜息を吐いた。
すると「なんだその態度はよぉ」と噛み付こうとしてきたため、傷が浅いコルボーは軽い足取りでさっさと傍を離れた。

――――でもま、沈むよりはいいよな

一人で特に目的も無く廊下を彷徨きながらヘルマンの先ほどの様子を思い返し、納得する。自分も戦闘の前はだいぶふさぎ込んでいたが、こうして持ち直すことができた。
勿論、親友を失った哀しみや、仲間が殺された絶望感を忘れたわけではない。だが、だからと言って膝を抱えて蹲っていたところで、何も変わりはしないのだ。
それならば彼のように、自分たちの不幸を冗談にでも変えて口にした方が、まだ気分も晴れるというものだ。

――――とは言え、みんながみんな……そうはいかないよな

基地内の様子をぐるりと見て回れば、全体的に雰囲気が沈んでいるのが手に取るように分かる。
当然だ。既にメンバーの約半数以上を喪い、戦闘員はもう殆ど残っていない状態。施設も荒れ果て、次に敵が侵攻してくれば、それを追い返す戦力はゼロ以外にいないのだ。
しかしその、頼みの綱であるゼロも無敵ではないことが既に知れ渡っている。かつてアヌビステップ・ネクロマンセスとの戦闘で傷を受けた時同様、フェニック・マグマニオンのエネルギー施設襲撃に際して再び異常な状態に陥り、今もまた、傷はほとんど癒えているとはいえ、戦いの疲労から眠りについているのだ
誰もが悲観的になってしまうのも、仕方がない事といえる。
考えてみれば、そうした雰囲気を感じ取ったからこそ、ヘルマンもああして普段と違った冗談を口にしてみたのではないだろうか。

「あいつなりに成長したんだなぁ」

「……何を偉そうに唸ってやがる、コルボー」

気づけば背後に迫っていたヘルマンが、空いている左腕でげんこつを作り頭を小突いていた。
「痛ぇ」と頭をわざとらしく撫でながら顔を上げると、隅の方で座り込んでいる一人の人物が目に映る。

「……おい…アレ」

「ああ?」

示されるまま、ヘルマンもそちらへ視線を向ける。
そこで一人座り込んでいたのは、鮮やかな緑髪の少年型レプリロイド。見紛うことなき、憎きネオ・アルカディアの賢将――――ハルピュイアだった。
思わず二人は息を呑む。
基地へゼロを抱えて現れたという話は耳にしていたが、こうして直に目の前にすると、両腕を手錠で拘束されていながらも纏ったままの高貴な気品と鋭利な刃物のような雰囲気に、立場の差をいやでも感じさせられた。同時に、トムスやマークを含めた、大勢の仲間達の生命を奪った軍団のリーダー格が、こうして自分たちの陣地に居座っていることに、居心地の悪さを感じてならなかった。

「チッ……いい気なもんだぜ」

ヘルマンが舌打ちとともに悪態を吐く。
ハルピュイアには手錠がかけられているが、牢に入れられるどころか、見張りの一人すらつけられていないのだ。あるものといえば、監視カメラによる監視のみである。
理由としては、既に戦意もなく、また愛刀ソニックブレードを持っていないことが挙げられるが、そもそも既に崩壊寸前まで追い詰められた白の団にとって、彼を囚えておいたところで、何のメリットも得られないことが大きかった。
むしろ、招かれざる客とも言える彼には、皆直ぐにでも出ていってもらいたいと思っているくらいだ。とは言え、一軍の将を何もなしに帰すわけにも行かず、だからと言って誰も彼を牢まで連れていく勇気も持てず、また、傍で監視を続けるだけの気概もなく、こうして中途半端な捕虜となってしまったのだ。
それを見て、気に入らない想いを抱えているメンバーはヘルマンだけではない。
気づけば数人の団員が現れ、ハルピュイアを取り囲み始めた。

「あ……あいつら何やってんだ?」

コルボーは冷や汗をかきながら声に出す。だが、ヘルマンは「ほっとけよ」と一言吐き捨てるように言うと、サッサとその場を離れてしまった。
実際、今のハルピュイアは状況的に見れば恐ろしくはなかった。未だにゼロとの戦闘の傷を抱えたままであり、更には愛刀ソニックブレードも所持していない。そんな少年型レプリロイドがどうして脅威に見えようか。
しかし、遠目から見ているコルボーにも、彼の放つ鋭い雰囲気は容易に感じることができた。同時に、取り囲んでいるメンバーもそれを感じてはいるものの、憎しみと憤りのあまり彼に臆しながらも引き下がれないでいるのだと直ぐに分かった。
「なんだ」とハルピュイアが彼らに目で問いかける。その凄みに、一人がたじろぐ。しかし、直ぐに表情を引き締め睨み返した。
一触即発と言ってよい。そう状況を理解した後、コルボーは思わず駆け出した。

「何してんだ!」

その声に皆振り向く。

「コルボー……お前こそなんだ?」

「と……止めるなよ!」

「『止めるなよ』……って!? ……お前ら本当に何するつもりだよ!」

リーダー格と思われる団員の肩を掴み、問い詰めるが、直ぐにその手は振り払われた。

「うるせえ! お前こそコイツをこのまま放っていられんのかよ! あの賢将だぞ!」

そう、“あの賢将”がここにいるのだ。つい数時間前まで同胞たちに対し殺戮に近い攻勢を掛け続けていた軍団のトップ。指揮を下していた男。
今日だけではない。これまでの戦闘においてどれだけの血が流れたことか。この男の指揮によって。この男の一声によって。
いや、そもそもネオ・アルカディアの軍人というだけで、目の敵にする理由は十二分にあった。

「だからって……!」

「お前こそマークやトムスたちのことは忘れたのかよ! ええ!?」

名前を出され、言葉に詰まる。たしかにその通りだ。直接の戦った軍団が違うとはいえ、彼らの死の原因がネオ・アルカディアにあったことは変わらない。
であれば、眼の前にいる賢将へその憎しみの矛先を向けたところで、なんら可怪しいことではないのだ。いや、むしろそちらの方が正常といえるかもしれない。

――――けど……

躊躇する自分がいる。理由はわからない。ゼロをここまで連れて帰ってきてくれたことも一部関わっているような気もしたが、それだけでは間違い無く説明できない。
怒り、恨み、憎しみ――――抱えていないわけがない。それも確かだ。しかし、それならば何故。

「皆さん、この場は下がってください」

張り詰めた糸を緩めるように、涼やかな声が突如割って入ってきた。声の主は他の誰でもない、司令のエルピスだ。

「いかなる経緯があったとしても、彼はゼロさんをこの基地まで連れ帰ってきてくれました。その恩を仇で返すのは、我々の誇りに関わりますよ」

「ぐっ……司令……」

「私に免じて、ここは抑えて」とエルピスは団員たちに引き下がるよう促した。司令の言いつけとあっては流石に逆らう訳にはいかないと、皆渋々引き返す。それでも数人は、暫くハルピュイアを睨んでいた。
あらかた帰った後、コルボーも少し距離を取りつつ、残ろうとした。だが、そんな彼にエルピスは目で帰るよう促す。どうやらハルピュイアに個人的な話があるらしい。
エルピスの深い事情は知らないが、どこか普段とは違う彼の雰囲気がつい気になってしまう。とは言え、話の邪魔になるわけにも行かず、コルボーもまた不安を抱えながらその場を離れた。
それからエルピスは、ハルピュイアに向けて微笑みとともに口を開く。

「改めまして、賢将ハルピュイア。はじめまして、この白の団にて司令官を務めさせていただいています、エルピスです」

握手を促すように、手を差し出す。しかし、ハルピュイアは一瞥するだけでそれからはそっぽを向き、口を開こうとすらしない。
「構いませんよ」と余裕そうな笑みをこぼし、エルピスは髪を弄りながら言葉を続ける。

「最初こそは貴方に牙を向けさせていただきましたが、シエルさんの優しさに免じ、私も態度を改めさせていただこうと思いまして。その挨拶に参りました」

「なるほど。そうやって余裕ぶることで、上下を分けたつもりか」

ハルピュイアの冷ややかな言葉が、エルピスの口上を切って捨てた。

「安心しろ、エルピス。貴様には興味がない。争うつもりも、逆らうつもりも……“毛頭”な」

「……余裕ぶっているのはどちらでしょうかね、賢将殿?」

そう切り返すエルピスの表情は、先程までの温和なものとはまるで変わっていた。しかし、ハルピュイアは自身の言葉通り、全く興味が無いというようにそんなエルピスには見向きもしなかった。
それでも、エルピスは負けじと言葉を投げ続ける。

「我々が非戦闘型の集まりだからと舐めてかかっているのでしょうが、少なくとも手負いの上に丸腰な貴方一人を相手にしたところで、負けるようなヤワなレジスタンスではないつもりです」

烈空軍団や斬影軍団による攻勢には、確かに手も足も出ない状態にまで追い詰められた。だがしかし、こうして持ちこたえられたのは決してゼロ一人のおかげというわけでもない。
幾度の実戦の中生き延びてきた優秀なメンバー。限りないシミュレーションを繰り返してきたオペレーターたちのサポート。旧式とはいえ整備の行き届いた武器一式。――――白の団全体の結束があってこその防衛戦だったのだ。
そんな彼らならば、ここでハルピュイアが如何なる抵抗をしようと――――容易とはいかないとしても――――組み敷いて牢屋にぶち込むことも、その首を獲ることも可能なはずだ。
だが、例えそれができたとしても、実行に移さないのは、シエルの温情あってのことだと強く言い聞かせる。
そうすることで、エルピスはハルピュイアに「生かしているのだ」という事実の刃を突きつけているのだ。
しかし、ハルピュイアは鼻で笑って返す。

「どうにでもしてくれればいい。所詮この身は敗者に過ぎん。そんな身でありながら、敵陣の真ん中で声高に宣戦布告をするような無様な醜態は晒したくない」

エルピスの挑発などまるで意に介する事無く、ハルピュイアはそう言ってのけた。
それはエルピスにとって殊更不快感を増す返事であり、その想いはジリジリと胸の奥で燻る憎悪に、再び火を灯しはじめる。
とは言え、それ以上吐き捨てたところで、それこそ自分が惨めに見えるだけだ。それが理解できないほど愚かでもない。

「……敗者の気持ち、少しは噛み締めるのですね」

苦虫を噛み潰したように、エルピスは吐き捨て背を向けた。
「ああ、そうしよう」とハルピュイアはやはり軽く跳ね除けた。だが、それから少し口を噤むと、どこか懐かしげに、再び口を開く。

「――――そうすれば、少しは貴様の事も理解できるのだろうな」

思わず、その場を去ろうとしていた足が止まる。
ハルピュイアの言葉に、エルピスは一つの確信をする。だが、それは彼にとって驚くべきことだった。
五年前、ユグドラシルにて救世主に縋り付いた時のこと。軽くあしらわれた日の屈辱と憤りは、エルピス本人にとって忘れがたい感情であった。しかし、まるで虫けらを見るような眼をしていた彼が、あの日の遣り取りを覚えているなど、どうして思えよう。
戸惑うエルピスの胸中に気づいたのか、ハルピュイアは、今度は視線をしっかりと合わせ言葉をかける。

「忘れるわけがないだろう。僕もレプリロイドだからな。記憶と言う名のデータはそう簡単に消去されやしない」

確かにその通りだ。一度記録したことを消す必要など殆どの場合がないのだから、レプリロイドのメモリーデータは積み上がってゆくし、人間とは違い、データを指定すれば容易に引き出して確認することが出来る。ゼロのようなトラブルに見舞われない限りは。
しかし、そうだとしてもエルピスにとって意外なことに変わりなはない。所詮追放させられたこの身を、その名を、彼のような上流のレプリロイドが記録していたというのだから。

「……もっと簡単に切り捨ててきたのかと思いましたよ」

ゴミのように。屑のように。虫けらのように。まるで道に転がる石ころのように。
「そうだな」と、深い溜息とともにハルピュイアは言う。

「それができていれば……今、僕はこの場にいなかっただろう」

無論、そんな浅はかな心情でゼロとの勝負に臨んでいたならば、その決着がどのようなものになっていたか、想像に難くない。
































  ――――  3  ――――


メンテナンスベッドの上で目覚めたゼロは、まず周囲の状況を冷静に考察した。
ファントムの一撃を背に受け、気を失ったところから記憶が途切れている。というのに、視界に映るのは金属製の天井。位置情報を確認すると、今はどうやら白の団の基地内にいるらしい。
味方の救援でも来たのだろうかと頭を悩ませる。すると、「気がついたか」という声が聞こえてきた。そちらへと顔を向けると、セルヴォがほっと一息ついていた。

「また長く眠られてしまっては、どうしようかと思っていたよ」

「セルヴォ……俺はいったい?」

どうやってここまで来たのか。そして今自分はどうなっているのか。白の団自体も。聞きたいことはいくつかあったがまとまらない。

「大丈夫。こちらで計測している限り、君は外傷以外無事だ。その傷も丁度癒えてきたところだろう」

言われてみればファントムから受けた傷も治りかけている。ここで治療を受けていたのだから当然といえばそれまでだが。

「まあ、まだしばらくは安静にしていてくれ」

「ああ………って、お前ッ!?」

ゼロは思わず飛び起きる。セルヴォの横の椅子には、先程まで剣を交えていた賢将ハルピュイアが座っていた。
両手を手錠で拘束されているが、それ以外に捕虜的な対応を受けた様子はない。それどころか、戦闘での傷に応急処置が施されているほどだ。

「落ち着くんだ、ゼロ。君を連れ帰ってきてくれたのは彼だ」

「は?」

身体を押さえながら説明するセルヴォに、ゼロは呆然とする。

「……借りを作りたくなかっただけだ」

ハルピュイアはそっぽを向いたまま、そう口を挟んだ。
成程、確かにゼロもハルピュイアを窮地から守った。これで貸し借りなしというわけだ。

「手当の方はシエルの希望でね。彼も固く拒んだんだが、流石に押し負けたよ」

セルヴォがこっそりと耳打ちする。
今の仏頂面で拒むハルピュイアが、シエルの厚意に渋々観念する様が目に浮かび、「そりゃ仕方ないな」と笑みがこぼれる。ハルピュイアがそれを睨んでいたのが分かったので、二人は目を向けないようにした。


それからセルヴォは現在の白の団の状況について、手短に話した。
烈空軍団がハルピュイアの命により引き上げたこと。それから、かれこれ四時間程、団員たちが敵の襲撃に備えて再び基地施設の修復作業にあたっていること。
ハルピュイアの処遇について、エルピスとシエルが揉めたこと。これも最終的にエルピスが折れたが、団員たちの複雑な心境を思ってか、ハルピュイアはこうしてセルヴォがゼロのために用意した簡易設備内に現れ、それからはこの中でじっとしているのだという。

あらかたセルヴォが話し終えた後、今度はゼロが自身に起きた変化について説明をする。
マグマニオン戦でのエラー。ハルピュイアとの戦闘時、レルピィが身を犠牲にして起動させたSYSTEM:ABSOLUTE。その衝撃的な戦闘スペック。
その後、突如として現れた隠将ファントム。その刃がハルピュイアに向けられたこと。
悪夢の話については避けたが、それでも尚複雑な事態に、セルヴォは険しい顔をする。

「……まずは…そうだな。SYSTEM:ABSOLUTEとやらから整理しよう」

SYSTEM:ABSOLUTE――――300秒……五分間、動力炉の限界稼働による爆発的なエネルギー生成と、特別急速冷却装置の稼働を根本とした強化システム。
自身の質量、熱量、姿形を精巧に真似た分身を、瞬時に作り出せるほどのエネルギー出力を発揮。尚且つ、アースクラッシュすら凌駕する破壊的な剣技、“幻夢零”を放つことができる。
システムの発動に呼応するように、ゼットセイバーの刀身は赤紫色に、髪は白銀に、コートやアーマーは漆黒に変わることも確認されている。

「君の戦闘データを解析してはみるが……データが少なすぎる。とは言え、申し訳ないが現段階でのデータ収拾は難しいだろう……」

「実戦シミュレーションをしようにも、基地がこんな状況じゃトレーニングルームもどんなものか予想がつく。仕方ないさ」

「しかしな」とセルヴォは複雑な表情を見せる。ゼロについては出来る限りの情報が欲しかった。謎が多い分、今回のように対応に遅れが出てしまうことは今後も予想される。しかし、今なお続く白の団の窮地においては、その状態が続くことは死活問題だ。
ゼロ本人の問題としても、無視はできない。なにせ何度となく命懸けの戦場に赴き、何度なく死線をくぐり抜けてきた。少しでも運が悪い方へ傾いていたら、命を落としていたと言っても過言ではない。
そんなセルヴォの不安を読み取ったのか、ゼロは「心配いらないよ」と念を押す。そして、左腕を掲げてみせる。

「なにせ、俺には幸運の女神がついているからな」

その腕にあるものと、その発言が示すことを汲み取り、一瞬胸が痛む。
だが、それでも前を向いて進もうとする彼の姿に、セルヴォは思い直し、「そうかもな」と微笑みながら返した。

「次は……隠将ファントムについてだな」

ゼロの言葉に、ハルピュイアがぴくりと反応する。それを気にしたのか、ゼロは「お前も加われ」と手招きする。それに従い、ハルピュイアは渋々椅子を動かし近寄った。

「単なる仲間割れ……という風には、俺には見えなかったんだが。どうだ?」

「……そう単純に割り切れたのなら、良かったんだがな」

ハルピュイア自身、整理できないでいたようだった。何が起こったのか。どうしてそうなったのか。ファントムの意図がまるで理解できないと、複雑な表情をしている。
それが手に取るように分かったので、ゼロもこれ以上の情報は得られないだろうと、諦めざるを得なかった。今分かっていること――――彼の行動、そして耳にした限りの言動から推測するしか無い。
ただ、ゼロには一つだけ引っかかっていることがあったが、それについてはこの場では伏せることにした。ハルピュイアにさらなる動揺を与えかねなかったし、そもそも敵である彼に、こちらが持っているカードを全て晒す必要はないと思った。

「あいつは……四天王内でも掴みどころが無い奴ではあった。だが、まさか僕に刃を向けるとは………」

余程堪えていたのか、ハルピュイアは肩を落としながらそう零す。これには流石に、下手な同情、慰めの言葉もかけられなかった。
まるで兄弟のように生まれてきた同胞に刃を向けられたのだから、その衝撃は計り知れないだろう。

そんな重い空気に包まれる簡易施設内に、突如としてコール音が響く。セルヴォは通信機を手に取り、答える。
一言二言交わした後、セルヴォがあからさまに硬直したのが分かった。それから深刻そうな表情をしたまま通信機を切る。

「どうした?」

首を傾げるハルピュイアを余所に、ゼロが問いかける。その目を見て、セルヴォは確信する。
おそらくゼロはこの通信の内容を予測していた。いや、直感していた。――――明らかに、戦場に赴くことを覚悟している。
少しだけ躊躇った後、無言で問い詰めるゼロの視線に観念し、セルヴォは口を開いた。

「至急、管制室に向かってくれ。君を呼んでいる」

「……ありがとよ」

そう言って颯爽と立ち上がり、かけてあったコートを羽織る。

「待て、ゼロ。貴様、傷は?」

声を上げるハルピュイアに、ゼロは思わず笑う。

「敵を心配するより、自分の立場を気にしろよ」

そう言ってのけ、コートに袖を通すとサッサと飛び出し、一目散に管制室へと向かっていった。
呆然とするハルピュイアに、セルヴォは「いつものことだよ」と苦笑いを浮かべる。

「ネオ・アルカディアが恐れる“紅いイレギュラー”は、私達にとってはたった一人の英雄なのさ。それは揺るぎない事実で、同時に、彼を束縛する呪いでもある」

「……だとしても、僕には倒すべき敵だ」

それもまた、事実だ。とは言え、ここに来て、少しばかり変わってきたものもあるが。
不意に、仕切りになっているカーテンに人影が見えた。その姿形から誰かがすぐに分かり、セルヴォはサッと開く。

「どうしたんだい、シエル」

優しく声をかけるセルヴォ。シエルは少しだけ困ったように笑ってみせると、躊躇いがちに中へと入ってきた。
タイミング的に、ゼロと出くわしたのではないかと思ったが、声が聞こえてこなかったところを考えると、もしかしたら彼を見送るだけで、声がかけられなかったのかもしれない。
無理もない。出撃時のことを思い返せば、そう気軽に挨拶も交わせたものではないだろう。特に、このシエルという少女はそういう点で極繊細だった。
「仕方ないな」とセルヴォは肩をすくめる。

「Dr. シエル。先程はありがとうございました」

重い空気を割って、ハルピュイアがそう言いながら頭を下げる。
彼がここに来た時、エルピスたちから庇ったのは彼女だ。それに傷の応急処置も彼女のお陰だった。

「ううん。気にしないで、ハルピュイア。それより……私の方こそ、まだ言ってなかったわね……」

そう言うと、ハルピュイアに向けて深々と頭を下げた。

「ゼロを……連れて帰ってきてくれて、本当に有難う」

彼女の言葉の響きに、ハルピュイアは思わず口篭る。
先ほどのセルヴォの言葉も合わせて、彼らにとってゼロがどれだけの存在であるかが、痛いほど伝わってきたのだ。
「それでも」とぐっと堪えようとしたが、そんな信念もこれまで寄りかかってきた“正義”同様、無意味であると悟り、伝わってきたものを、今は素直に受け止めることにした。






















  ―――― * * * ――――


白の団の監視メカニロイドは、一機のコンドロイドがハッチの直ぐ側に降り立つのを捉えた。
コンドロイドはなぜかそこから動かず、口に携えられた長方形の白い物体を頻りに示していた。妙に気になったジョーヌはエルピスに相談し、彼の指示によって数人の団員がそのコンドロイドを捕獲、基地内へと連れ帰った。

「そして、コンドロイドが咥えていたものがこれです」

ゼロは手渡されたものをまじまじと見つめる。それは封筒だった。宛名は“紅いイレギュラー”――――ゼロになっている。
ネット利用を制限しているネオ・アルカディア国内であるならばそれはさして珍しいものではないが、軍が索敵、警戒用に用いるコンドロイドが携えてきたというのは耳を疑いたくなるような話だ。
「裏を」とエルピスに促され、封筒をひっくり返す。そこに記された差出人の名前に、ゼロの表情は再び引き締まる。

「“隠将”……ファントムか」

「差し詰め、古来から伝わる“果たし状”という奴でしょう」

先に取り出していた書状をゼロに開いてみせる。そこにはとある場所の座標ポイントが記されていた。

「なかなか風情のあることで」

「斬影軍団の一部部隊が動きを見せています。……理由は、分かりますね?」

隠密行動に優れた斬影軍団がその動きを、瀕死のレジスタンス組織に暴かれるというのは通常ではありえない。察するに、これはあからさまな牽制である。
「こちらの要求を呑まなければ、再び襲撃をかける」という意図が、言葉少なであろうとも容易に伝わってくる。
「どうしますか」とエルピスが目で問いかける。しかし、これに対する答えは、ゼロには一つしか無い。今までも、これからも。

「行ってやろうじゃないか。俺もあいつに用があるしな」

問い詰めたいことがある。
ハルピュイアへの攻撃だけではない。これまでの戦いの中、幾度と無く感じた不気味な策謀の意味。その鍵を握るのは、きっと彼だろう。
窮地に陥っている白の団のためにも、そしてまた己の抱えた疑問を解消するためにも隠将ファントムとは向かい合わなければならない。
例えそこに、どんな罠が待ち受けていようとも。
































  ―――― * * * ――――


シエルが何やら耳打ちすると、セルヴォは簡易施設から慌てたように出ていった。
何やら緊急の事態でもあったらしい。

「窮屈でしょ。ごめんなさいね」

そう一言かけると、シエルはハルピュイアの横、セルヴォが座っていた椅子に移る。
それから少しだけ躊躇いがちに問いかける。

「エックス様は……元気?」

思いがけない問いに一瞬、呆気にとられた後、「ええ」とハルピュイアは苦笑とともに頷く。

「健やかにいらしていますよ。Dr. シエル、あなたがいなくなってからは少し寂しそうですが」

「……そう」

小さく呟くと、シエルは膝を抱えて天井を見上げた。どこか懐かしむような表情から、救世主エックスの事を思い出しているのだと、ハルピュイアには直ぐに分かった。

四年と少し前――――N.A.歴119年のこと。シエルは若干十歳という幼さでありながら、救世主エックスの専属技師として任命された。実際の仕事に関しては、元老院名誉議長Dr. バイルの手伝い程度であったが。
十歳といえどネオ・アルカディアの科学と教育の最先端を注ぎ込まれて生まれ育ったシエルの精神は、老人ばかりのユグドラシル内において、救世主エックスの精神年齢と最も近かったらしく、端から見ていた分には、二人は直ぐに打ち解けたようだった。
ユグドラシルの廊下で、中庭で、時にはエックスの私室で、二人が仲睦まじく微笑み合う姿もよく見かけられたものだ。
そんな過去を知っているからこそ、ハルピュイアは「皮肉なものだ」と苦笑いを浮かべてしまう。人とレプリロイドの垣根を超えて親しく見えた二人は、今やレプリロイドの権利を謳う反抗勢力のトップと、それが標的とする唯一国家の総大将なのだ。それも、“人類”“レプリロイド”というカテゴリーについても、よくよく見てみれば互いにアベコベだ。
運命の皮肉とでも呼ぶ以外にはあるまい。

「何故、レジスタンスを結成したのですか?」

ハルピュイアは率直な疑問をぶつけた。
彼から見れば、シエルは他の誰よりもエックスの傍にいたのだ。仲違いする様子など一向に見られることもなく。決して敵対する要素など無かった筈だ。
それがどうして、このような関係になってしまったのだろうか。不思議で仕方がなかった。
「そうね」とシエルは一旦言葉を切る。どこからどう説明をすべきか迷っているようだった。

「……彼を憎んだ訳ではないのよ。恨んだわけでも」

救世主エックスという存在自体に対して、なにかしらの遺恨を持ってレジスタンス組織を結成したわけではない。
彼個人に対しては、ハルピュイアが見た通り、ユグドラシルにいる誰よりも親しく付き合っていたつもりだ。

「けど……それでも私は皆の力になりたいと思ったの。それだけよ、本当に」

例えエックスの傍を離れることになろうとも、虐げられているレプリロイド達の為に自分が先頭を切って戦おうと決断したのだ。
勿論、そこにはエルピスからの誘いなどもあった。彼女が一人で憂いていたことに、共感し、共に戦おうと決意してくれた協力者達がいた。そういった様々な事情も重なって、彼女は白の団を結成してネオ・アルカディアを――――救世主エックスの元を離れたのだ。

「あなたはどう思う?」

今度はシエルが問いかける。

「エックス様の考えに、今のネオ・アルカディアの在り方について……ハルピュイアはどう思うの?」

「僕……ですか」

一瞬、「どう言ったものか」と言葉に詰まる。
だが、ここでどれだけ飾ろうと、包み隠そうと、何の意味もないだろうと悟り、素直に話すことにした。

「僕は……“人類”を護るために戦う――――それが“正義”だと信じてきました」

“人類”の救済と保護――――それこそ救世主エックスがこれまで行なってきた、そして尚も続けている“正義”だ。それこそがネオ・アルカディアという国を支えている“正義”だ。
故に、ハルピュイアは四天王の長として、エックスの忠臣として、それを信じてきた。そして行使してきた。
そんな“正義”の名のもとに、イレギュラーとされる者たちを処分してきた。この手にかけてきた。数多の屍を積み上げてきた。

「“正義”を続けました。僕は。いつしか抱え始めていた“疑問”と“迷い”に目を背けながら……」

『これが“正義”か』――――そんな問いを胸に抱いたことがあった。直ぐに飲み込み、剣を振るった。だが、それから幾度と無く脳裏に掠めてきた。
目を背け、抑え込み続けた。他者から指摘されようと、暴かれようと、否定し、斬り捨てた。しかし、それでもその言葉は頭の隅で、心の奥で、チラチラと姿を見せ続けていた。

「そして、奴との戦いに敗れ……言われたのです」




『この程度がお前の“正義”か?』

両手で胸ぐらを鷲掴まれ、無理やり立ち上がらされて。

『思い上がるのもいい加減にしろぉ!』

耳の奥に突き刺さるように、胸を叩くように、その怒声は響いた。

『無いんだよ、そんなもんは! お前の言う“絶対”の“正義”なんてもんは!』




「……長い時間を懸けて塗り固めてきた心の壁が、虚しいほどに脆く、簡単に崩されました」

これまで無理やり自身に信じ込ませてきたものを捻じ伏せられ、実質的な敗北まで与えてくれた。


『探せ。かつて“あいつ”がそうしたように』

『足掻いて、藻掻いて、進み続けろ』


『その先にきっと……お前にとっての“正義”が見えてくる筈だ』


それは――――その言葉は、清々しさすら感じさせるほどで。
ひた隠しながらも、己の道に迷い続けていたハルピュイアにとって一筋の光明となった。

「そんな今、僕が答えられるのは……」

そう言って、口を結び言葉を考える。
これまで盲目的に信じてきた救世主エックスの“正義”。だが、今は違う。
苦笑を零しながら、ハルピュイアは再び口を開く。

「“分かりません”とだけ。今の僕には、何も……“分からない”」

その“正義”が本当に正しいのか、も。敵対する者達の主張が正しいのか、も。
自分の歩むべき道がどこにあるのか。信ずるものが何か。目指すべきものは何か。
倒すべきものは? 護るべきものは? 戦うべき相手は?

寄りかかっていた一つの“大木”を切り倒された今、頼るものも、信じるもの全て白紙に戻して、再び歩き出すべき時なのだろう。

「“分からない”からこそ……今度はもう少し、考えてみようと思うのです」

簡単な答えに逃げること無く。苦しみながら、藻掻きながら、足掻きながら。彼の言った通り、探し続けてみよう。――――そう、心の底から強く思えたのだ。
ハルピュイアの答えに、彼の横顔を見つめたままシエルは黙り込んだ。かつて彼女が知っていた彼とはまた違う、確固たる意思がそこには芽生えているように見えた。

「ねえ、ハルピュイア」

そんな彼を目の前にして、シエルは迷いを振り切り、決意する。

「一つ、お願いがあるの」


























  ――――  4  ――――


書状に記されていたポイントにたどり着くと、ゼロはエル・クラージュに跨ったまま腕組みをし、相手が現れるのを待った。
指定された場所は、どこの景色とも変わらぬ殺風景な荒野の真ん中で、“決闘”の場としては相応しいように思えた。
時折吹き荒ぶ風に、舞い上がる僅かな砂塵。眼を細めながらあたりを見渡し、ハルピュイアとの戦いの最中、己が口にした言葉に、その相手について、しばし思いを寄せる。

――――そうだ。この世界は……

きっと約束したものではなかったはずだ。哀しいほどに乾いた大地も、未だ流れ続ける血と涙も。
それなのに何故、“彼”はそれを“正義”と断じて進もうとするのか。進み続けているのか。

――――教えてくれ、エックス

瞼を閉じて思い馳せるが、言葉はどこからも返っては来ない。
しかし今日、この戦いで何か分かるかも知れない。四天王中でも最も救世主に近しいと言われる男とのやりとりから。何か少しでも答えが出てくるかもしれない。
そしてまた、これまで感じてきた不気味な違和感の正体も。張り巡らされながら、踊らされながら、ついぞ正体の掴めなかった策謀の正体も。


そこでゼロは即座に思考を中断し、エル・クラージュのエンジンを吹かして、一気にその場から飛び退いた。
刹那、放たれた光弾を間一髪というところで躱す。

「……やってくれる」

僅かながらも想定していた通りの不意打ちに、ゼロは苦笑する。
そして車体ごと回頭し、光弾を放った主の方を睨みつける。




「お前は……?」


「……流石は紅いイレギュラー殿。見事な反応です」


感心したように言いながら、現れたミュートスレプリロイドは賞賛するように手を叩く。
その姿はインド神話に登場する風神の申し子、その模造であった。
片腕を自分の前に当てるように差し出し、深々と頭を下げる。

「申し遅れました。私の名はハヌマシーン。隠将ファントム様の片腕、斬影軍団が将の一人。――――そして、貴方を呼び出した張本人であります」

「なに?」

ゼロは険しい顔でハヌマシーンを睨む。「貴方を呼び出した張本人」――――確かにそう言った。つまり、ファントムの名を騙り、ゼロをここにおびき寄せたのだ。
「クソッ」と悪態をつき、ハンドルを握りこむ。これでは白の団の本拠地が危険だ。だが、ハヌマシーンは「お待ちを」と片手でそれを制す。

「先ほどの不意打ち、お詫び致します。恐れながら、貴方様の反応速度を試させて頂いたまでです。それ以上の意味は御座いません。つまりはこの呼び出しにも、何の裏も無いということです」

「……敵の言葉を信じろと?」

尚も疑ってかかるゼロに、ハヌマシーンは語気を強めて「ハイ」と頷く。
一貫した恭しい彼の言動に、ゼロは意味を測りかねる。

「恐れ多くも、我らが主ファントム様の名をお借りしたのは、確実に興味を持って頂くための保険。その点に関しましても、ここで深くお詫び申し上げましょう」

そう言って再び深々と頭を下げる。それから上体を起こすと、左腕をサッと高く挙げる。すると、どこからともなく、隠れていたパンテオン部隊が姿を現した。
ゼロは身構える。おそらくはエルピスが言っていた斬影軍団の部隊だろう。彼の言葉を聞く限り、卑劣な戦法を取るつもりは無いと思えたが、一瞬にして囲まれたことに、ゼロは己の読みの甘さを呪う。――――と、思っているところで、全く攻撃を受けない。その気配もない。いや、そもそも敵意を感じない。
言葉を失ったまま戸惑うゼロをよそに、ハヌマシーンは再び、指を鳴らして合図する。
その瞬間、全てのパンテオンが一斉に弾けた。それだけではない。彼が持っていたと思われる部隊の、メカニロイドもゴーレムも含めた全ての兵士が眩い光と爆煙に包まれる。
飛び散る破片と広がる黒煙。ゼロの頭はその光景に、唖然とする。

「……お前……何を!?」

「このような卑劣な手を使ったこと、誠に申し訳御座いません。ですが、私の目的はただひとつ――――……」

そう言ってハヌマシーンは背中に取り付けていた如意棒を取り出し、構える。

「噂に違わぬ伝説の破壊神、紅いイレギュラー殿――――貴方様との生死を懸けた一騎打ち……ただそれだけに御座います」

ゼロはまたも絶句する。「一騎打ち」をするためだけに、これだけのお膳立てをし、挙句、己の部下を爆破したというのか。

「……イカれてやがる」

「どうとでも仰ってください。……どちらに転ぼうと我らの役目はここで終わりなのですから」

ハヌマシーンの言葉に疑問符を浮かべるゼロ。しかし、ハヌマシーンは彼の様子を気にすることなく、如意棒を強く握りしめ、戦闘態勢に入る。

「さあ、尋常に勝負を――――」

「一つ聞かせろ」

そう言って、ゼロはハヌマシーンの口上を遮る。

「お前たちの主……隠将ファントムは何を考えている?」

「『何を』と申しますと?」

「とぼけるなよ」と低い声で脅すように問い詰める。
これまでの戦いから、ゼロは既に己の答えを導き出していた。その答え合わせをしに、わざわざここへと出向いてきたのだ。
問わぬまま、剣を交えることなどできやしない。

「隠将ファントムは、俺を生かして何をしようとしている?」

「貴様は生かされているんだよ」というウロボックルの言葉。そして、先日の賢将ハルピュイアとの戦いの後現れた彼の言動。総合して考え、ゼロはその答えにたどり着いた。
ゼロを生かそうとしている者――――それこそが隠将ファントム。もしくは、彼の軍団にそう命じている者がいる。どちらにせよ、四天王の一人であるファントムが強く関わっていることに変わりはない筈だ。
彼の意図が知りたい。張り巡らされている策謀の意味を。味方に刃を向けて尚、自分を生かそうとする敵の真意を。
だが、ハヌマシーンは首を横に振る。

「私の口からそれを答えることはできません。しかし……『どうしても』というならば――――」

「……分かったよ。お望み通り、力づくで聞かせてもらう。お前のメモリーデータからな!」

左腕からゼットセイバーを解き放ち、地を蹴る。
同時に、ハヌマシーンも地を蹴り、互いの距離が一気に縮まる。
そして、戦いは火蓋を切る。

縦横無尽に振り回される光刃。それを受け流しながら敵の急所を突こうと繰り出される如意棒。特殊素材によって作られた伸縮自在の得物を防ぐ、鮮緑の刃。
一進一退の攻防。紙一重で躱される互いの一撃。すかさず返される絶技。瞬間の遅れが、刹那の躊躇が仇となる、光速戦。
辺りに飛び散る火花がその激しさを一層強く物語る。
数十秒の内に交わされた数百の攻防の後、押し負けたハヌマシーンが一旦飛び退き、距離を置く。
すかさず追撃を掛けるゼロに、炎を帯びたハヌマシーンの尾が襲いかかる。寸前のところで掻い潜り、胴に斬りつけようとセイバーを振る――――が、如意棒を地に突き立て、ハヌマシーンはその場から飛び上がってゼロの刃をやり過ごす。
そのまま反対側へ飛び降りると、くるりと振り返り、再び地を蹴り、距離を詰める。今度は如意棒だけではなく、炎の尾まで攻撃のパターンに組み込み始める。
時に交互に、時に同時に襲いかかるハヌマシーンの二つの武器を、ゼロは一振りの剣を巧みに操り防ぎ、怯むことなくその懐へと飛び込んでは、必殺の一撃を叩きこんでゆく。だが、それらも同様に防がれ、躱されてゆく。

二人の激しい攻防に、巻き起こされた風が砂塵を撒き散らす。
白い雲の浮かぶ晴天の真下、ジリジリと照らす太陽に焦がされながら、神話の英雄と神の化身は互いの生命を刈り取るため、無言の遣り取りを続けた。
































  ―――― * * * ――――


『紅いイレギュラーとの決闘に向かいます。つきましては誠に勝手ながら、我が配下ともども“お暇”を頂こうと思います』

淀みのない声でそう言い放つ自身の部下に、言葉を失う。
生まれ出てからこの方、信頼を置き、己の片腕と誇ってきた大切な部下であった。
そんな彼が自分の意志に背き、自分の元から去ろうとすることなど、どうして想像できただろうか。
しかし、見つめた彼の瞳に、僅かな迷いもないことを見とめてしまう。
彼は覚悟を決めたのだ。それならば、彼の主として自分も強く在るべきだと心の中で言い聞かせ、自身もまた覚悟を固める。


『……心得た。好きにせよ』

『ハハッ』


彼は背を向け、そのまま一度も振り返ること無く扉を潜り、去って行った。きっともう二度と会うことはないだろう。直感していた。
最期に交わしたのは、たった三言の遣り取り。しかし、互いにそれだけで十分であった。
長らく上司と部下として信頼しあってきた二人にとって、言葉の足りない部分は、これまでの時間が補ってくれた。

故に哀しみも、悔やみもしない。
ただ、彼が満足して逝ってくれることだけを、切に願った。






















  ――――  5  ――――


「……何故、あ奴を行かせたのですか?」

クラーケンは衝き上げる感情を堪えながら、震える声でファントムに問いかける。
しかしファントムはいつもの冷たい声で、淡々と答える。

「……ハヌマシーンでは、紅いイレギュラーには敵わん。……それ故、計画には支障なしと判断した」


「 な れ ば こ そ ! 」


堪え切れず、怒声を響かせる。それから「ハッ」と口を噤み、あくまでも感情を抑えながら、それでも震える声で言葉を続ける。

「なればこそ……“敵わぬ”と知りながら………生命を落とすと分かっていながら……何故、あ奴を行かせたのですか……?」

特に彼との深い繋がりがあったわけではない。それどころか、ハヌマシーンからはテック・クラーケンという男の存在すら認知されていないだろう。ファントム直属の配下であるクラーケンは、その立場上、ファントム以外の殆どの者に存在を知らされていないのだから。
しかし、それでも彼が、ハヌマシーンの行動に対するファントムの対応に異議申し立てるのには、複雑な感情が関わっていた。
ハヌマシーンと紅いイレギュラー。ぶつかり合えば実力の差から、最終的には紅いイレギュラーの勝利に終わるだろうことは、クラーケンにも、そして当の本人にも予測できた。
それでもハヌマシーンは、紅いイレギュラーを生存させるというファントムの意に背くことさえも知りながら、紅いイレギュラーとの決闘を申し出、挙句、自身の部隊とともに軍団脱退を宣言し、飛び出していったのだ。

つまり、誰よりも忠誠を誓う主を裏切り、生命を捨てに自らの足で出ていったのだ。
そしてそれをファントムは一言も止めることなく、見送った。クラーケン同様、軍団の中では自身の片腕とも呼べる立ち位置にあったハヌマシーンの、捨て身の身勝手を許したのだ。
そのことが、クラーケンには全く理解ができなかった。また、心に積もっていたものは何もそれだけではない。

「拙者が言葉をかけたところで……奴は止まったか?」

「だとしても……――――!」

「ぐっ」と言葉を飲み込む。確かにファントムの言うとおりだ。ハヌマシーンは既に決意していた。ファントムへの言葉は淀みがなく、完璧な覚悟の上で発されていた。
それでも納得がいかない。「計画に支障がないから」――――それだけの理由で見送ったというのか。己にとって大切な一人の部下の死を。
いや、きっとそれだけではない筈だ。――――クラーケンにも分かっている。ファントムはまだ計画の全貌を彼に教えてくれてはいない。それでも付き従うのは、クラーケンの存在意義と忠義心故だ。
だからそれを無理に聞く気はない。いや、“無かった”。ついこの間までは。それでも、クラーケンには遂にファントムを信じられなくなり始めていた。

「……何故……何故、ハルピュイア様に刃を向けたのですか?」

切りだされた問いに、僅かにファントムの眉尻が動く。
あの日――――クラーケンは紅いイレギュラーの動向を監視し、戦闘経過をファントムに報告し続けていた。そして賢将ハルピュイアとの戦闘に入った時、ファントムはクラーケンに引き下がるよう命じた。以後の監視は自身が行うと告げ、その場に現れた。
そして決着の時、ファントムは何を思ったのか、ハルピュイアの首目掛けてその刃を振りぬいていた。クラーケンには訳が分からなかった。
ファントムが進めている計画の一環で、紅いイレギュラーを生かすというのは分かっていた。それ故、万が一、紅いイレギュラーが命を落としかねない状況に陥ったならば、そこから救うことこそが使命であると、クラーケンは待機していたのだ。だから、戦いに敗れ、戦意を喪失したハルピュイアを殺す必要などなかったはずだ。しかしその後、ファントムは彼を護ろうとする紅いイレギュラーとも交戦したのだ。
そこまでしてハルピュイアを斬ろうとした理由は何だったのか。クラーケンにはその後も全く知らされることはなかった。

「……ファントム様の御心が、某には分かりません」

ハルピュイアとの事件、そしてハヌマシーンへの対応――――クラーケンはどうしても、ファントムの真意が掴めなくなってきていた。
ファントムは口を噤んだまま、ジッとクラーケンを見つめる。その瞳の色は窺い知れない。
やがて一息吐くと、自身の顔を片手で覆う。

「……クラーケン、一度だけ言う」

それからまた暫くの沈黙の後、言葉を続ける。


「頼む。拙者にこれ以上、答えを求めないでくれ」


クラーケンはそう言うファントムの苦い表情を、呆然と見つめていた。
それから即座に、己の未熟さを激しく恥じた。

――――某は……なんと愚かなことを……

語らないのには、“語れない”理由がある。部下に初めて『頼む』と申し訳なさげに口にする程の。
それを言わせてしまったのは、片腕として最悪の失態であるような気がした。

「……申し訳、御座いません」

クラーケンは地に着けようかというほど深く頭を下げる。ファントムは「いや」と言葉を返す。

「……それはこちらの台詞だ。すまぬ、クラーケン」

そしてまた、ファントムは心の中で侘びを告げる。己の“我侭”の犠牲となった一人の部下へ。
彼の忠義を無駄にしないためにも、遂げねばならない。全ての計画を。必ずや。





















  ―――― * * * ――――


飛び散る火花を視神経に焼き付けながら、反芻する。出撃前に交わした最期の言葉を。



――――分かっておりますとも……ファントム様



    いつか、その役目を終える時、きっと貴方は生命を投げる。
    誰のものでもない、自身の生命を。

    それはきっと避けられぬ道なのでしょう。

    明確に何がどうなるのか、何を目指して何を行うのかまでは存じませんが。
    けれど、貴方の眼差しに秘められたその決意が、私には分かりました。

    真の配下であるならば、その道に手を貸すのでしょうか。
    恐れ多くも貴方の片腕と呼ばれたこの私ならば、そうするべきだったのでしょうか。

    しかし、今の私には、それはどうしても我慢ならなかったのです。
    ただ一人、生命を賭すに相応しいと信じた主が、己の身を捨てようというのですから。

    貴方もまた、大切な主のため、生命を賭すのでしょう。
    それでも……いや、それならば尚のこと、私には納得がいかなかったのです。


    しかし、考え直すよう申し上げることも、私にはできませんでした。
    何故なら、全てを決意した貴方の意志に、異を唱えることもまた、私には納得できなかったからです。


    それ故、私にはもう貴方の片腕でいる資格が無いのだと悟りました。

    それ故、私は斬影軍団を去りました。

    それ故、私は己の最期の勝手を貫くこととしました。


    この世でただ一人、忠誠を誓った相手。

    人間でも、救世主でもない、たった一人のレプリロイドを護るため。
    私は決して敵わぬ強大な敵に立ち向かうこととしました。

    決着はとうに見えています。真っ向からぶつかり、私程度の男が伝説の破壊神に敵うはずもありません。
    きっと私はこの戦いの果て、生命を落とすでしょう。

    呆気無く。無様に。無惨に。


    それでも構いません。


    ただ貴方が身を捨ててゆくのを、傍観するだけとなるならば。
    例え死ぬと分かっていても、いずれ貴方の首を刈り取るであろう伝説の戦士に立ち向かわねば。

    私は死んでも死に切ることができないのですから。




――――………しかし、ファントム様。今一度だけお詫び申し上げます















「この愚か者を……どうか…お赦しください」




そう口にした瞬間、僅かに火花を飛び散らせながら、ハヌマシーンの上体が宙に舞う。
最期に突き出した如意棒の先は、ゼロの顔面を捉えること無く、僅かに頬を掠めるだけで、虚しく空を切り、そのままハヌマシーンの上体とともに地に墜ちた。

光速の剣技と光速の杖技。病み上がりに近かったゼロの身には、決して楽な戦いではなかったが、それでも勝ちを収めることができた。
ゼロは戦利品を得ようとハヌマシーンの上体に近寄り、自身のうなじから接続端子付きのコードを引き出すと、素早くハヌマシーンに繋ぐ。――――瞬間、危機を察知して端子を咄嗟に外す。

「こいつ、自壊プログラムを!」

斬り捨てられる瞬間だろうか。ハヌマシーンは即座に己の自壊プログラムを作動し、メモリーデータの消去に取り掛かっていた。
全て削除するにはそれなりの時間がかかるだろうが、プログラムの作動中にサイバーエルフの援護無しに接続していれば、どんな危険を伴うか分かったものではない。
「デルクルを連れてくれば良かった」と、ゼロは舌打ちする。
そしてまた、死して尚、主の情報を流すまいとするハヌマシーンの忠義心を、心の内で素直に賞賛した。




















  ―――― * * * ――――


鳴り響くエマージェンシーコール。
ここ数日の内に何度も、聞いていたせいか、耳は既に慣れきってしまっていた。だからこそ、反応が遅れてしまったのだろう。
気づいた時には、もう取り返しのつかない所まで来てしまっていた。
脅迫に従うまま、オペレーターたちはハッチを開く。しかし、エルピスは取り乱したまま、数人の部下を引き連れて追いかける。それを引きとめようと、セルヴォ達も駆け寄る。

「落ち着け! エルピス! 駄目だ!」

「待ちなさい! 賢将ハルピュイアッ!」

エルピスは静止を振り切り、手を翳して指示を送る。それに従い団員たちはハンドガンの銃口をハルピュイアに向ける。
しかし、引き金は引けない。何故なら、“人質”の身が危ないからだ。

「撃てるものなら撃て。できないのなら、眺めていろ」

そう言ってハルピュイアは少女を抱えたまま、外へと飛び出す。それをエルピス達も追いかける。
突如、強風が吹き荒れ、砂塵が視界を遮る。両手を顔の前に翳して防ぎながら、眼を細めて強風の発生源を睨む。

「アステ・ファルコン! “三羽烏”か!」

三体の同型ミュートスレプリロイドが飛行形態のまま地上に降り立つ。
現れたのは賢将ハルピュイアの側近、“三羽烏”と名高いアステ・ファルコン兄弟だった。
団員達はエルピスの指示に従い、銃口を向け続けるが、脅しにすらならない。それどころか、三体のミュートスレプリロイドが眼前に現れたことに臆している者までいる。

「悪いが、このまま帰らせてもらう。さらばだ、白の団」

「待ちなさい、ハルピュイアぁ!」

エルピスは構わず引き金を引こうとするが、少女の悲鳴に指が止まる。彼女を傷つけるわけにはいかない。それでも連れ去られる訳にはいかない。
しかし、もうどうにもできない。策を練ろうにも、時間はない。ただ無力なまま、喉を嗄らす。

「クソぉッ! 待ちなさい! ……シエルさん! シ エ ル さ ん ! ! 」

少女の名をエルピスはひたすら叫ぶ。だが、その声はもう届かない。
アステ・ファルコン・アインは、ハルピュイアとシエルをその背中に乗せ、弟達とともに空へ舞い上がり、飛び立っていった。
紺碧の空の果て、唯一国家――――ネオ・アルカディアへと向けて。

風塵に遮られる視界の先で、少女の唇が僅かに動くのを、セルヴォの瞳は捉えていた。




























 NEXT STAGE











         再会
























前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.038044929504395