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No.34283の一覧
[0] [Z-E-R-O] (原作:ロックマンゼロ、ロックマンX)[村岡凡斎](2013/09/18 15:00)
[1] はじめに[村岡凡斎](2012/07/18 16:08)
[2] Prologue[村岡凡斎](2012/07/18 16:24)
[3] Waffle for Chapter[村岡凡斎](2012/11/07 01:25)
[4] OPENING STAGE 「涙の少女と寝起きのマルス」[村岡凡斎](2012/10/29 15:54)
[5] 1st STAGE 「剣」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[6] 2nd STAGE 「星に願いを 夜空に問いを」[村岡凡斎](2012/10/29 15:58)
[7] 3rd STAGE 「包囲戦線」[村岡凡斎](2013/11/25 19:59)
[8] 4th STAGE 「亡霊の影」[村岡凡斎](2012/10/29 15:59)
[9] 5th STAGE 「死屍軍団」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[10] 6th STAGE 「キズダラケ」[村岡凡斎](2012/10/29 16:00)
[11] 7th STAGE 「渇望/葛藤」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[12] 8th STAGE 「未来」[村岡凡斎](2012/10/29 16:01)
[13] 9th STAGE 「理想郷の詩」[村岡凡斎](2012/10/29 16:02)
[14] COMMENTARY 1[村岡凡斎](2012/09/18 18:22)
[15] 10th STAGE 「紅いイレギュラー」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[16] 11th STAGE 「救い」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[17] 12th STAGE 「ウラギリ」[村岡凡斎](2012/10/30 23:26)
[18] 13th STAGE 「闘将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:27)
[19] 14th STAGE 「証明」[村岡凡斎](2012/10/30 23:28)
[20] 15th STAGE 「レスキューコール」[村岡凡斎](2012/10/30 23:29)
[21] 16th STAGE 「世界を覆う白雪の上で」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[22] 17th STAGE 「理想の表裏」[村岡凡斎](2012/10/30 23:30)
[23] 18th STAGE 「color of mine/d」[村岡凡斎](2012/10/30 23:31)
[24] 19th STAGE 「妖将」[村岡凡斎](2012/10/30 23:32)
[25] 20th STAGE 「届かぬ想い、その結末。」[村岡凡斎](2012/10/30 23:33)
[26] 21st STAGE 「デンジャラス・デイ」[村岡凡斎](2013/05/07 21:37)
[27] COMMENTARY 2[村岡凡斎](2012/10/30 23:37)
[52] 22nd STAGE 「レプリロイドは ぜんまいねずみの夢を見るか?」[村岡凡斎](2012/11/07 01:09)
[53] 23rd STAGE 「殺戮舞台」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[54] 24th STAGE 「罪 と 罰」[村岡凡斎](2012/12/16 00:57)
[55] 25th STAGE 「Raging River」[村岡凡斎](2013/11/19 00:54)
[56] 26th STAGE 「ABSOLUTE - JUSTICE」[村岡凡斎](2012/12/17 00:06)
[57] 27th STAGE 「隠将」[村岡凡斎](2013/01/28 22:27)
[58] 28th STAGE 「再会」[村岡凡斎](2013/05/07 21:39)
[59] 29th STAGE 「暗躍の調」[村岡凡斎](2013/05/25 23:30)
[60] 30th STAGE 「死者の国」[村岡凡斎](2013/06/23 01:04)
[61] 31st STAGE 「乱戦四重奏」[村岡凡斎](2013/08/03 00:49)
[62] 32nd STAGE 「Red, White and Bullet Blues」[村岡凡斎](2013/09/18 14:58)
[63] 33rd STAGE 「    」[村岡凡斎](2013/09/28 16:02)
[64] 34th STAGE 「月と影、そして太陽」[村岡凡斎](2013/10/06 09:36)
[65] 35th STAGE 「残光の行方」[村岡凡斎](2013/11/02 15:37)
[66] 36th STAGE 「救世主」(前)[村岡凡斎](2013/12/24 14:36)
[67]          「救世主」(後)[村岡凡斎](2013/12/25 11:54)
[68] FINAL STAGE 「Message from...」[村岡凡斎](2014/01/25 17:09)
[69] LAST COMMENTARY[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
[70] おわりに[村岡凡斎](2014/01/25 07:03)
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[34283] 25th STAGE 「Raging River」
Name: 村岡凡斎◆45ff140f ID:697d6d9c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/11/19 00:54














    耳鳴りが止まない



    まるで 荒れ狂う激流のように

























  ―――― * * * ――――


烈空軍団が所持する大型空中戦艦――――ヘルログマー。それを中心として、十数機のテントロイド爆撃機と無数の飛行メカニロイドが紺碧の空を黒く塗りつぶしていた。

「マグマニオンのエネルギー施設に紅いイレギュラーが襲撃をかけてきたというのは本当か?」

ヘルログマーの艦内通路を艦橋に向かって歩きながら、率直に問いかけるハルピュイアに対し傍らを歩く女性型レプリロイドの秘書官――――リディアは「はい」と深刻な声で答える。

「我々が飛び立つ丁度二十分程前のことです。エネルギー施設現臨時指揮官からの報告によりますと、紅いイレギュラーはフェニック・マグマニオンを撃破、そのまま逃亡。幸いにも施設の機能自体には問題がないようですが……」

「取り急ぎ塵炎軍団に救援要請を出してくれ。エネルギー施設の守備が手薄になったと知れれば、黒狼軍辺りにやられかねん」

「かしこまりました」

紅いイレギュラーの追撃に関して、塵炎軍団と烈空軍団はその立場を逆転させるような形をとっている。
元々施設防衛用の軍団として編成された烈空軍団であったが、闘将ファーブニルの敗退と一時拘束を受けて、紅いイレギュラー関連の作戦に関しては烈空軍団が主導を握り、率先して前線に赴く。その代わり、守備部隊の穴は塵炎軍団がサポートするというような具合だ。
無論、ファーブニルはその取決めに対し不満気な顔をしたが、ハルピュイアに対する恩義は口に出さずとも感じており、渋々受け入れる形となったのだ。

「しかし……解せんな」

不意にハルピュイアが漏らした言葉に、リディアは「なにがでしょうか?」と首を傾げる。

「十七部隊の動きだ。紅いイレギュラー討伐にかける奴らの信念は、並大抵のものではないはずだ。それこそ、俺の“それ”をも超えると認めざるをえないほどに。だが……」

その十七部隊の動きが、先日から可怪しい。
紅いイレギュラーの本拠地が割れた今、戦力を整えた烈空軍団に共同戦線を持ちかけても、或いはそれを出し抜こうとする動きもあっていい筈だ。
それなのに、少しでも部隊を動かすどころか、沈黙を保ったまままるで動き出そうとしないのだ。

「手柄を独り占めできるチャンス――――なんて考えられませんか?」

あまりにも単純なリディアの発言に「呑気なことを」と思わず苦笑した。
十七部隊の動き――――それは即ち元老院議会、とりわけ最高議長ヴィルヘルムの思惑の反映である。
元老院議長であるあの男が紅いイレギュラー討伐に対し、二の足を踏むというこの事態は、単純に見逃していいようなものには到底思えなかった。

「だが、まあ――――……」

あらかた冷静に考えを巡らせた後、ハルピュイアは納得したように言う。

「いろいろ悩んだところで答えは出んだろう。それならば、お前の言うとおりに考えてみるのも手かもしれないな」

「でしょう?」とリディアは微笑みながら得意げに答えた。
それから数十分の後、烈空軍団は目的の地――――紅いイレギュラーの本拠地である、白の団が保有する旧レプリフォース地下基地のあるポイントに辿り着く。
開戦の火蓋は今まさに切って落とされようとしていた。

























 25th STAGE













        Raging River






























  ――――  1  ――――





「 ゼ ロ ! 」


帰還したエル・クラージュ。その座席に倒れたまま動かないゼロ。シエルは名を叫び、一目散に駆け寄るが、返事は聞こえてこない。
誰もが言葉を失った。その“英雄”の姿に。
鮮烈なまでに印象的だった真紅のコートも、眩しいばかりに輝いていた金色の長髪も、全てが見窄らしく色を失い、まるで生気を感じられなかった。
外傷はそれほど酷くはない。それどころか無傷とさえ言っても良かった。だというのに一言も喋らないどころか、固く閉じられた瞼も一向に開く様子がなく、ましてピクリとも動き出す気配がない。
その様子が、どれだけ絶望的なものであるか、眼にした誰もが直感した。

「どいてくれ、みんな!」

群がる人垣を掻き分け、セルヴォがゼロの下へと走り寄る。尚も寄り添うシエル同様、二、三度名を呼ぶが、やはり反応は無い。
セルヴォは一旦息を吐き、己を落ち着かせると冷静に考え始める。

――――まず……これはどういうことだ……

何より気になるのは、ゼロのカラーリングが完全に抜け落ちていることだ。
コートとアーマー、材質が違う二つの装備が同じように色を失っているあたり、単なる塗料の抜け落ちなどではないことは確かだ。
更に言えば、人口繊維で作り上げられた金髪までもが完全に脱色しきっている。
何か特殊な事態が彼の体内で起きているのかもしれない。

「ブラウン、治療ベッドに空きはあるか!?」

声を張り上げて人垣の向こう側に問いかけるが、「ダメです」とすぐに返される。

「どれも一杯です! とてもじゃありませんが、収容できるものはありませんよ!」

「仕方ない……レルピィ、このまま格納庫の方まで運んでくれ。応急処置用のメンテナンスベッドを整備班に出してもらおう」

「セルヴォ! ゼロは……大丈夫なの!?」

シエルが潤んだ瞳で問い質す。セルヴォは両肩を優しく掴むと、「落ち着くんだ」と冷静に言い聞かせる。

「この状況では、さすがの私でも何とも言えん。――――だが見ての通り、外傷は全くと言っていい程無い。気を失っているか、なんらかのシステム的なエラーが生じているか……恐らくはそんなところだろう」

脱色の件については、意図的に触れなかった。シエルの不安をこれ以上は煽れない。
とにかくこれから詳細な調査をしなければならない。でなければ、いったいどのような手を打てばいいのか分かるわけもない。
しかしゼロのデータについては、これまでの分析で解明できた部分もあるが、依然として不明な点も多く残っている。万が一、そうした部分が関わっていた場合、セルヴォにはそれこそ打つ手が無い。

――――そして……おそらくこれは……

直感的に“そうした部分”が関わっているのではないかと考えている自分を、ゼルヴォは心の隅に追いやる。そうでもしなければ、絶望に飲まれてしまうだろうと気づいていた。
レルピィは言われるまま、無言でライドチェイサーを動かす。セルヴォの誘導に従い人垣が割れ、道ができる。誰もが青ざめた表情を浮かべていた。

そこに、更に苦しいニュースが飛び込んでくる。
けたたましいサイレンの音と、紅の回転灯が基地内を激しく照らし始める。それとともに、必死に冷静を装うとしているオペレーターの悲痛な声が響く。


「敵部隊急速接近! 敵は賢将ハルピュイア率いる烈空軍団と断定! 至急応戦準備を! 繰り返す! 敵部隊急速接近! 敵は――――……‥‥」


セルヴォも、シエルも、団員全員が息を呑み、その場に硬直する。一瞬にして場の空気が凍りついた。

「……おしまいだ」

誰かが一言呟いた。――――その言葉を皮切りに、団員たちの不安と困惑の声が堰を切ったように溢れ始める。
「逃げよう」と叫ぶ者がいれば、「何処へ」と問い返す声が方々から聞こえる。打つ手の無いことを知り絶望に明け暮れその場に崩れ落ちる者もいれば、地を割るような悲鳴を上げ続ける者も現れる。
不安と困惑は混乱を招き、争い始める者達、逃げ場を求め場所もわからず駆け始める者達までもが出始める。「やめろ」とそれを止めようとする声もかき消され、冷静に抑えつけようとする身体は跳ね除けられる。
誰も彼もが事態の収拾をつけられぬまま、時は経つ。





「 そ い つ を 差 し 出 し ち ま え !! 」



不意に聞こえた提案の叫びに、その混乱の場は一斉に静まった。
声の主が指差す方へ、誰もが視線を向ける。

そこには騒動の中、動けずにいたピックがいた。そして彼の指は寸分違わず、その背に寝そべっている長髪の男――――ゼロを指している。

「……そいつを差し出しちまえば……へへへ、俺達だけは見逃してもらえるはずだぜ……なあ」

ヤケクソのような笑みを浮かべながら、ピックがそうはっきりと言う。
「お前……なに言ってんだ」と他の団員が正気を疑うような反応をする。しかしピックは正気であり、まして冗談でそれを口にしたわけではなかった。彼の表情に、その提案に、皆一様に生唾を飲み込んだ。

「バカを言うんじゃない!」

そうセルヴォが怒鳴る。それとほぼ同時にヘルマンが駆け寄り、ピックの胸ぐらを掴み上げていた。

「テメエ……自分が何言ってんのか分かってんのかぁ!?」

ピックは慌てた様子も、悪びれることもなく「へへへ」と薄笑いを浮かべる。まるでヘルマンを嘲笑うように。

「そう言うあんたこそ、今がどういう状況か分かってんのかよ……なあ?」

思わず口を噤む。ピックの言葉は何も冷静を失っただけで吐き出されたものではない。
烈空軍団の目的は紅いイレギュラーの討伐だ。ならば、その目的である紅いイレギュラーを差し出してしまえば、事は収まる。それが道理だ。
ネオ・アルカディアにとって最大の強敵の一人である紅いイレギュラー。彼を差し出せば、ここにいる無力なイレギュラー達の生命など見逃したところで、向こうには何の損も無いはずだ。それどころか交渉の次第によっては、報奨を与えられる可能性もあるだろう。
賢将と名高い烈空軍団長ハルピュイアが本陣にいるのであれば、その交渉は十二分に通じるものに思えた。
「そうだ」と賛同するような声が聞こえた。それも一人、二人ではない。一堂に会した数百のメンバー、その一部が彼の案に傾き始めていた。
英雄派を名乗っていた者たちでさえも、言葉を失い、俯いている。その態度が示すものは、説明するまでもない。
力を失うヘルマンの腕を振りほどき、更に場をまとめようとピックは声高らかに言ってのける。

「ここにいる連中全員と、“紅いイレギュラー”一人…………あんたはどっちを助けようってんのかねえ!?」

その視線は、白の団創設者――――シエルに向けられていた。
ゼロへと注がれていた、皆の視線もまた、一様にそのか弱い少女の方を見つめる。

「わた……しは………」

言いようもない威圧感に、胸に手を当てては、思わず後ずさる。
答えられるはずもない。誰もを等しく慈しむ彼女には。
だが、決断は迫られる。無論、彼女の決定に全て従うわけではない。だが、彼女はただ一人の“人間”であり、この組織の中心人物の一人だ。
彼女の言葉が、ほぼ全てのメンバーの精神的支柱であり、そして指標となっていた。それ故に、彼女の言葉が求められるのだ。彼女が「YES」と答えれば、その全てが赦される。――――そう、彼らにとっての正当な“言い訳”となるのだ。

「なあ…どうなんだい?」

そう言ってピックが詰め寄る。
シエルは口を噤んだまま、再び後ずさる。答えられない。できるわけがない。
彼女にとってはゼロも、仲間達全ても、等しく大切な生命なのだから。
それでも答えなければならない。もう既に烈空軍団は目と鼻の先に迫ってきている。
尚も鳴り響くエマージェンシーコールがそれを示している。回転灯の赤い灯りが心を急かす。

「わたし……は」

思わず眼を瞑る。――――だが、答えは出ない。
答えを求め、また距離を詰めるピック。もう猶予はない。


「……ああん?」

人の気配に、ピックは視線を横に移した。
傍にはいつの間にか、コルボーが突っ立っていた。

「コルボー……?」

シエルも、彼に首を傾げる。
隅の方で座り込んでいた時の様子を覚えている。絶望に心を病み、立ち上がる気力すら無いという様子だった。
場を見守っていたメンバー達も、そんな彼の登場に注目する。相変わらずコルボーは精気があるのか無いのか分からないような表情だった。

「お前さんは……どういうつもりだい?」

ピックは薄ら笑いを浮かべたままコルボーに問いかける。だが、コルボーは黙り込んだままだ。
不意に顔を横に向ける。視線の先には、ライドチェイサーと、そこに力なく横たわる、長髪の男。
それをじっと見つめた後、顔を俯かせる。そして、「俺は……」と小さく呟くように漏らした。

「『俺は』……?」

そう問い返したシエル。その瞬間だった。誰もがその光景に唖然とした。
ピックの横っ面を、コルボーの拳が捉えていた。力いっぱいに振るわれた拳に鈍い感触が走る。受け流す体勢ができていなかったピックの身体は、一瞬だけ宙に舞い、そして倒れこんだ。
咄嗟に上体を起こし、訳が分からないという目でコルボーを見る。皆、すっかり静まり返り、コルボーに注目していた。

「悔しいよ……俺は……」

しばらくの沈黙の後、コルボーは再び呟くように口を開き始める。

「あの人があんな姿になるまで戦い続けてくれたのに………俺は……」

色が抜け落ちたゼロの姿。そのみすぼらしさは、これまで見てきた鮮烈な彼の背中とのギャップは、重ねてきた激闘の負担と、疲弊の重さを表しているような気がした。
真っ白な灰のようになるまで、彼は戦い続けたのだ。誰のためでもない、白の団の仲間達、シエルの理想、虐げられてきたか弱き者達の為に、彼は戦い続けてきたのだ。決して己の得にも利にもならぬ戦いを、力尽きるまでくぐり抜けてきたのだ。

「弱音も、辛さも――――何も見せずにあの人は…………俺達のために戦ってきてくれたのに………なのに俺は……俺たちは――――……」

叱咤されることもあった。その分だけ背中を押してくれた。一度の言い訳も吐かず、苦悩の色も見せることなく。
時に荒々しく、時に冷静に、時に凛とした姿で、時に死力を尽くし――――前線で剣を振るい続けてきた彼の背中は、コルボーにとって、いや、白の団の皆にとって、“英雄”たるに相応しいものであったはずだ。
その背中を頼り、信じてきた。だというのに、この窮地に困惑し、混乱し、戦いを投げ出そうとした。あろうことか、そんな彼を捨てようとした。


「それなのに俺達は…… ど う し て こ ん な に も 無 力 な ま ま で い ら れ る ん だ よ ぉ ! ! 」


それは怒りの雄叫びだった。
周りの者達と、そして、己に向けたやりきれない怒りが彼の心を貫いていた。
それからグッと拳を握り、真っ直ぐに顔を上げる。その表情は全てを吹っ切った堅い決意を表していた。

「俺は戦うよ。ネオ・アルカディアと――――烈空軍団の連中と。最期まで」

勝算があるとは決して思えない。それどころか奇跡でも起きない限り、真っ向から戦いを挑んでは生還すらできないだろう。
マークやトムスのように無惨に散っていくだけかもしれない。呆気無く命を落とすだけかもしれない。
だが、それでも戦う理由が彼にはあった。


「今度は俺が、あの人を護るんだ」


これまで助けられ続けてきた恩を、返す時があるとしたらそれは今だ。
この身が砕けようと、力の限り彼を護ろうではないか。

「よく言ったぜ、コルボー」

ヘルマンが彼の肩を叩く。
ピックが尚も薄ら笑いを浮かべながら「正気かい、あんたら」と口にしたが、ヘルマンはまるでゴミを見るかのような目でピックを睨む。

「これ以上、てめえみたいな“まとも野郎”の言葉は聞きたかねえな。こちとら、お国に反逆する“イレギュラー”様だぜ? まともじゃねえのは端っから承知の上よ。ああそうさ――――」

それからぐるりと見回し、大きく声を上げて呼びかける。

「誇りや理想ってやつを捨ててまで“まとも”に生きるくらいならよぉ! そんな卑怯者に収まるくらいなら! 喜んで“イレギュラー”の看板背負って最期まで戦い抜いてやろうじゃねえか!」

そうして戦ってきた男の背中を見てきたからこそ、彼の心には強い覚悟が芽生えていた。
それからヘルマンの声に、少しずつ賛同の声が上がり始める。それはやがて波紋のように伝わり、その場に集まっていた団員たちの意志を強く結束させていった。


「やってやろう! 俺たちで!」


最期まで諦めること無く、ゼロを護るために戦い抜くのだ。その先に、きっと勝機があると信じて。
ピックと十数人の者たちを除き、ほぼ全ての団員がその意志に賛同した。そしてコルボーの声に、決意の雄叫びを上げる。
それから皆、善は急げと戦いの準備に駆け出した。レルピィとセルヴォ達技術局員達はゼロを介抱すべく、大急ぎで彼を運ぶ。コルボー達戦闘員と整備班員は、格納庫へと向かい、戦闘の支度を整え始めた。

「ゼロ……みんな……」

その光景に、シエルもまた、胸に熱いものが湧き上がってくるのを感じていた。
同時に、この戦いの結末がどうか良い方向に向かうようにと願わずにはいられなかった。
































  ―――― * * * ――――


応急処置用のメンテナンスベッドに横たわるゼロ。身体に繋がれた複数の物々しいコード類が、彼の容態の悪さを物語っていた。
戦闘記録データを引き出し、過去の計測値と照合する。また、現在内部で稼働しているプログラムの様子をリアルタイムにモニターへ出力し、観察する。

「どうなの……ダーリンは?」

一度本部のコアユニットへとデータを移したレルピィが、回線伝いに実体化し、セルヴォに問いかける。
セルヴォは渋い表情をしながら首を横に振る。

「いかんな。危惧していたとおりとしか言えん」

そう言って、はじき出されたデータを二、三度見直す。

「各データの計測値にこれまでのものとは比べ物にならないノイズが確認できる。それも何らかのプログラムの影響と思われるものが」

「つまり?」

詳しい説明を求められ、セルヴォは言葉に迷う。

「……これは未だ予測の段階だが、今まで使用されていなかったプログラムが、外因性のトラブルを引き金に突発的に起動したのではないかと見ている。それも、不具合を抱えたまま……」

ゼロの内部事情については今だ謎が残っている。
その一つである謎のプログラムが彼の全身の神経、思考、感覚、果ては体表のコーティングに関わるまで、あらゆる面に影響を及ぼしているのではないだろうかと見立てられた。
元から搭載されているものである以上、正常に起動していたならまだ良かったのかもしれない。だが、計測されているノイズや、現在のゼロの様子、観測しているプログラムがエラーを吐き出し続ける様子などを総合して考えるに、それがある種のバグを持ったまま起動してしまったのだろう。

「分かっている範囲だけでもエラーを修正していくしか無い……が、これだけの量では時間が……」

「それなら……あたしが潜る!」

どれだけ得体の知れないゼロの中身であっても、サイバーエルフ程の自律思考型プログラムを以ってすれば、強制的にそれらのエラーを修繕できるだろう。だが、それに伴うリスクは語るまでもない。

「ダメよ!」

横からシエルが口を挟む。

「もしもそのシステムが彼の中枢に関わっているなら、あなたの存在が……!」

全身にこれだけの影響を及ぼすプログラムだ。例えそのバグを取り除けたとしても、おそらくサイバーエルフの身体は無事にすまないだろう。

「構わないわよ! ダーリンのためなら――――」

「ゼロのためなら尚更堪えて!」

レルピィの言葉を遮り、シエルは語気を強める。その迫力に、レルピィは思わず後ずさった。

「あなたのこと、大切な仲間だってゼロは思ってるはずよ。それなのにもしも……目覚めた時に、あなたが自分のために犠牲になったと知れば……」

その様子を思い浮かべ、シエルは声を震わせる。そうなれば、ゼロがどれだけ悔やむだろうか、容易に想像できた。
「けど」とレルピィは尚、納得できずにいた。もしもこのまま彼が目覚めないのであれば、どちらにしろおしまいだ。自分の身がどうこうなろうと、構っていられる状況ではなかった。
突如、基地施設全体が激しく揺れる。おそらく烈空軍団の飛行部隊による攻撃が始まったのだろう。猶予は一刻もないのだ。
直ぐ様シエルは何かを決意した表情で、セルヴォの名を呼ぶ。

「お願い、サポートに回って」

「シエル……まさか」

その気迫に、セルヴォは言われるまま引き下がる。代わりにシエルが前に進み出て、コンピューターのコントロールを握った。

「私が見るわ」




















  ――――  2  ――――


一見何もないように見えた荒野。その地表が小刻みに揺れながら大きく開き、巨大な鋼鉄の砲台が地下から姿を現した。
先日の斬影軍団の奇襲に対しては活躍するタイミングが全くなかった、旧レプリフォース基地に備えられていた対空装備。その全てを動員し、烈空軍団を迎え撃つ。

「あれだけのテントロイド爆撃機に攻撃を受け続ければ、そう長くは持ちません! 何よりも優先して落としてください!」

基地内の管制室で、エルピスが吠えるように指示を出す。それに従いオペレーターが対空砲のシステムを素早く操作した。
使われない間も、常に整備されてきた虎の子の対空砲はどれも快調に動き出す。タイムラグも殆ど無く、断続的にレーザーを空中へ向けて放った。
その光弾に当てられ、小型のメカニロイドが次々と墜落していく。しかし、優先目標であるテントロイドはその攻撃をギリギリのところで躱す。

「敵、対空レーザー砲、発砲!」

ヘルログマーの艦内で、オペレーターが声を張り上げる。
艦橋の中央に陣取っている艦長――――ヴァシレフは艦長席より立ち上がり、右腕を力強く前へと突き出し、野太い声で叫ぶ。

「全機、攻撃開始! メカニロイド部隊は対空砲の破壊を優先!」

それを合図に、テントロイド爆撃機は地上に向けて爆弾を投下し始める。共に空を舞う小型メカニロイド達も、オペレーターからの指示に従い、対空砲へと攻撃を始めた。
艦長席の斜め後ろ、司令席に座るハルピュイアへヴァシレフは振り返る。

「テントロイド爆撃機、飛行型メカニロイド部隊による絨毯爆撃後、パンテオン・フライナー部隊を一斉降下させ、地下基地へと突入させます」

「プランAだな。了解した。ヴァシレフ、お前に任せる」

自身に向けられた信頼にも表情を緩ませること無く「ハッ」と力強く敬礼を返す。
屈強な体躯と厳つい顔が表している通り、愚直なまでに堅実なこの男を、ハルピュイアは部下として強く信頼していた。

「紅いイレギュラーは出てくるでしょうか」

不意にリディアが尋ねる。
報告を聞く限り、どうやら紅いイレギュラーも深手を負ったのか、崩れるように倒れこむ様が確認されていたらしい。それならば、これだけの短期間では戦線に出てこないかもしれない。
ハルピュイアは「さてな」と、首を竦めさせる。

「だが、もしも奴が出てきたとして、その時は俺が出るだけだ。なんら問題はない」

出て来なかったならばそれまで。有象無象のレジスタンスなど、こちらが誤った手を打たない限り敗北はあり得ないだろう。
敵がいるとしたら、己の慢心だけだ。

突如、閃光が視界を包む。
「なんだ!」とハルピュイアは咄嗟に視界を手で覆いながら叫んだ。
それからいくつかの爆音と共に、十数機のメカニロイドが破壊される。

「敵機多数確認! テントロイド爆撃機、三番機、七番機撃墜!」

「どこからだ!?」

「三時の方向です!」

未だ視神経にノイズを残しながらも、目を凝らしてその方向を見据える。
確かに数十機の旧型ライドアーマーが確認できた。

「……先程のは目眩ましか」

おそらく、先ほど放った閃光に乗じて部隊を発進させることで、接近を容易にしたのだろう。だが、それだけが原因ではない。
レジスタンスの基地施設はここら一帯に広がっている。その正確な規模が測れていなかったことが災いし、データに無かった出撃口から現れた敵部隊に奇襲を受けたのだ。
「敵機のデータは?」とヴァシレフがオペレーターに分析を急がせる。

「ライドアーマーのタイプは……ニ世代前のイーグルタイプ、そのカスタム機のようです。それと、地上にもゴウデンタイプ。こいつもとっくの昔に型落ちです」

「旧式とて侮るな! 戦闘プランをBへ移行。フォーメーションを変更。メカニロイド部隊は敵の地上部隊を、ゴーレム隊は飛行部隊を迎撃へ。それからキャリビー各機、パンテオン・フライナー部隊を全機発進させろ。 手を抜く必要はない! 一片も残すな!」

ヴァシレフの吠えるような指示に従い、部隊は急速にその陣形を構え直す。
冷静にして迅速な、よく訓練された正規軍に相応しい部隊の展開ぶりに、白の団のメンバーは経験値の差を思い知らされる。

「クソッ! 流石だぜ烈空軍団……!」

被弾した衝撃で揺れるライドアーマーのコクピット。その中でヘルマンが悪態をつく。
初撃こそ、目眩ましと奇襲戦法により、なんとか僅かながらも打撃を与えることができた。だが、そこから先はどうだ。
思いがけぬ反撃に、少しでも乱れが生じてくれれば、それを突破口とすることができたかもしれない。しかし、敵はほとんど意に介する事無く、さも当然のように陣形を変え、対応してきた。

「弱音吐いてる場合じゃない! 突っ込むぞ!」

コルボーの声に「弱音なんか吐いてねえよ」と返し、スラスターを吹かして敵の群れに飛び込む。口では言うものの、そんなやりとりができるからこそ心折れずに戦っていられるのだろう。
視界の端では一機、また一機と容易く仲間が落とされてゆく。自分もいつ致命攻撃を受けるか分かったものではない。

「地上班、弾幕薄いぞ! 撃ちまくれ!」

だが同時に基地施設の火力も助力となり、敵の航空戦力も次々と落ちてゆく。これまでにない激戦の中、これまでにない程の戦果を上げているのは明らかだ。

「いいぞ! 持ち堪えろ!」

「これしきで諦めてられっかよぉ!」

「怯むな! 進めぇ!」

回線を通じて、多くの仲間達の雄叫びが耳に飛び込んでくる。誰もが皆この劣勢の中、互いに折れそうな心を奮い立たせ、目前の敵に全力で立ち向かっていた。

「まだ使える機体はさっさと直して前線に戻せぇ!」

「応急処置程度でいいんだよ! 早く出せ!」

ドワやジョナス、整備班の面々もハンガーに控え、飛び交う怒号の中、運び込まれる機体を修繕してはまた送り出していた。
ピックのように、既に戦いを諦めている者もいる。だが、白の団に属するほとんどのメンバーは、今この時、命を捨てる覚悟で戦い続けていた。無論、“無駄死”ではなく、どうにか一矢報いる為の覚悟で。
もう帰っては来れないだろう。――――そう思いながらも、諦めること無く、心折れずに戦い続けているのはきっと、その先にある希望を信じてやまないからだ。
乱れ飛ぶエネルギー弾。弾ける破片。墜落する機体。それでも尚、臆す事無く敵を見据え、操縦桿を握り続ける。引き金を引き続ける。修理の手を進め続ける。負傷者を背負い、搬送し続ける。
各々ができる限りの戦いを、少しの躊躇いも無く、絶望の欠片も見せず、全力で行い続けていた。――――白の団という唯一無二の居場所のために。

「テントロイド五番機撃墜!」

「ゴーレム、十二、十三号機撃墜! メカニロイド部隊、損害多数!」

オペレーターの損害報告に、ヴァシレフもついに眉間に皺を寄せる。

「……最初の閃光が思った以上に影響したようです。メカニロイドの一部はどれも視覚異常を起こしたらしく、使い物になりません」

「なるほど……なかなかやるな、イレギュラー共」

こればかりはハルピュイアも素直に賞賛の声を上げた。
正直、黒狼軍や紅いイレギュラーと比べ、このようなおよそ無名なレジスタンス組織がここまで耐える相手だとは思っていなかった。
だが、依然優勢は変わらない。

「メカニロイド部隊、第二陣を地上に降ろせ」

損害状況と敵の配置を確認し、ヴァシレフが指示を下す。
空中で動きを止めたキャリビー、及びヘルログマーの出撃ハッチが開き、地上戦仕様のメカニロイド達が、次々と降下してゆく。
地上から見あげれば、無数の黒点が青い空を更に塗り潰していくように見えただろう。

「今です! ルージュさん!」

エルピスの指示に従い、ルージュが白の団の“奥の手”、その起動スイッチを力強く叩く。
同時に、ヘルログマーの艦橋内で、オペレーターが慌てたように叫び声を上げる。

「高エネルギー反応確認!」

「どこだ!」

「我々の…… 真 後 ろ で す ! 」

「な……ッ!」

突然の事態に、流石のヴァシレフも驚きの表情を見せた。
予測していた敵基地施設の範囲から遥かに離れた崖の隙間から、その大型エネルギー砲は姿を現した。そして、真っ直ぐにコチラを狙っているではないか。

「全機、急速回避!」

「しかし! 降下部隊が!」


「 構 う な ッ ! 急 げ ェ ッ ! 」


丁度合わせたように、収束された極太の閃光が、紺碧の空を雷のように駆け抜けた。
激しく揺れる艦内で、兵たちは皆椅子や壁にしがみつく。その衝撃は、全部隊に伝わり、損害は当初の想定を遥かに超えたものとなった。

「チィッ……何だアレは」

未だ衝撃に目眩がする頭を押さえながら、ハルピュイアもまた驚きの声を上げる。

「データ照合……“エニグマ”タイプのギガ粒子砲……その改修型です。……こんな旧時代の遺物をよくも……」

「損害報告ッ! 速やかにッ!」

ヴァシレフの怒号が飛ぶ。その声は浮き足立つ部下を一瞬にしてまとめ上げた。
同時に、冷静なデータ分析が行われる。
旧時代の産物というだけでなく、その壮絶な威力から、一撃にかかるエネルギー量は相当なものに違いない。

「あんな燃費の悪そうなもの、そう何度も撃てるはずがありません」

「奥の手の一発……というところか。ならば、臆す必要はない」

ヴァシレフは「ここが正念場だ」と言わんばかりに、部隊の展開を促す。
損害は予想以上に出たが、それでも勝負は決まっていない。いや、それどころか、あのような一撃を放つ辺り、敵ももう限界が近いのだろう。

「勝利はすぐそこだ! 全軍突撃ぃッ!」

烈空軍団側の読み通り、白の団は既に限界といって良かった。
改修型エニグマを動かすのに使われたエネルギーは、基地施設から搾り出されたものであり、その一撃は基地機能の四割を停止させた。
だが、エルピス達が想定していた敵の損害には満たなかった。敵の迅速な対応に読み負けたのだ。

「司令! これ以上は……!」

「弱音を吐く暇があるなら、味方の誘導を! アナタ、リーダーでしょう!」

悲鳴混じりの声を上げるジョーヌを、ルージュが思わず叱咤する。その声は、オペレーター全員の耳に刺さった。

「敵の数は確かに減ったはずだ! 諦めるな!」

前線ではコルボーが味方を励ますように吠える。その言葉に、仲間達もどうにかもう一度己を奮い立たせる。とは言え、覆せない圧倒的な劣勢を突きつけられ、誰もがギリギリのラインで心を保っていた。
エルピスもまた、投げ出したい想いを抱えながら、奥歯を噛み締め、なんとか堪えているのだ。
奥の手は使い果たした。あとはどれだけ仲間達が踏ん張りきれるかどうか。
そうだ、こちらには伝説の英雄がいる。――――そう皆、彼を信じているからこそ、折れずに戦っていられるのだ。

――――しかし………

エルピスは顔にも、言葉にも出さなかったが、どうしても信じ切る事ができなかった。

――――彼が目覚めたところで……この状況だ……

例え伝説の英雄と言われる彼が無事に目覚めたところで、本当にこの状況を覆すことが出来るのだろうか。
今、次から次へと空に生命を散らしている仲間達の想いは報われるのだろうか。

正直、彼なりの答えは既に出ていた。だがそれでも、言葉にすることができなかった。
先程、団員たちが言い争っている時、彼はそれをモニターで監視しながら、口を挟むことができなかったのだ。その後ろめたさが、更に彼の心に歯止めを掛けていた。

――――私は……本当に冷静な判断ができているのか……

白の団だけでも残す道があった筈だ。自分はそれを選ぶべきだった。この組織の長として。
だが、その道を取っていれば、あの少女の願いはどうなっていた? 英雄に掛けた彼女の願いは。
いや、それでも尚決断が必要だったのではないか。多くの生命を救い、ネオ・アルカディアに反抗し続けるために。
この状況ならば、どちらにしろもう手遅れではないか。ならばここで選ぶべき道も決まっているのではないか。そうだ、決まっている。


英雄を捨ててでも護るべきだ!





だが――――……‥‥


頭の中でグルグルと渦巻く後悔と問答。
その間にも、モニターの中心で味方のライドアーマーが、敵のゴーレムの鉄拳により無惨に砕き落とされていった。



























  ―――― * * * ――――


戦いは既に、終盤に差し迫っていた。
基地施設の振動は収まらず、回線を通じて入ってくる情報はどれも悲惨なものばかり。思わず耳を塞ぎたくなる。
それでも、セルヴォは堪えた。理由はただひとつ――――自分よりも遥かにか弱い幼気な少女が、諦めること無く、必死になって戦い続けているからだ。

その作業スピードに、サポートに回ったセルヴォも驚きを隠せない。
常人の倍近い速度で、レプリロイドの処理速度に勝るとも劣らないほどの要領で、彼女は次々とプログラムのエラーを補正し、修正していった。

――――これが………Dr. シエル。……“おじいさま”の技術を継いだ技術者の力か

技術屋としての屈辱や敗北感も通り越し、心の中で盛大な賞賛を送る。それ程までに、彼女の技術は神がかっていた。
だが、それだけの能力をフルに使い続けている以上、いつ彼女が倒れてもおかしくはない。体力的にはまだまだ年端もいかぬ“小娘”なのだから。
先日の襲撃の際も、気を張り詰めていたのだ。表情を見る限り、既に疲労は限界を超えているだろう。
それでも尚、手を止めないのは――――ただ只管に、仲間たちのためだった。

「お願い……目覚めて、ゼロ!」

出来る限りのエラーを取り除き終えると、そのままゼロに駆け寄り、声をかける。つられてセルヴォもゼロの名を呼ぶ。横に浮遊していたレルピィも「ダーリン」と強く叫ぶ。
だが、英雄は目覚めない。色も、灰のように白く抜け落ちたまま。彼は瞼を瞑り続けている。

「ゼロ! 起きてよ! ゼロぉ!」

身体を揺さぶり、叫ぶ。
その時だった。一際大きな衝撃が起き、施設全体が揺さぶられる。

「シエル! いかん!」

疲弊しきったシエルの足は身体を支えきれず、そのまま倒れこむ。
咄嗟にセルヴォが手を差し伸べるが、届かない。

「キャッ!」

パラパラと礫が落ちてくる中、鋼鉄の地面に身体を打ち付けられ、叫び声を上げた。――――筈だった。

「………え?」

力強い腕に優しく抱きとめられ、その身体は地に着くことはなかった。
その腕の主の方へと視線を向ける。横たわっていた筈の男は、勢い良く身体を起き上がらせ、体中に取り付いていたコード類を力づくで引きちぎった。

「……ゼロ!」

「なんつう……目覚めだ」

左腕でシエルを抱えたまま、そう言ってゼロは右手で頭を押さえる。
依然、白髪であり、アーマーも白いままであったが、それでも顔の血色だけは戻っていた。

「これは……どういう状況だ……?」

瞬間、再び衝撃に襲われる。ここが白の団の基地施設内であることも相まって、それによりゼロは瞬時に状況を把握した。
烈空軍団の攻勢を受けているのだ。それ以外には考えられない。

「味方は……なにしてる!?」

「皆、出撃した!」

「馬鹿な!!」

セルヴォの返答に思わず声を荒げ、シエルをその場に立たせて飛び起きる。

「何故俺を待てなかった!?」

「無茶を言うな! 仕方ないだろう、君が眠っていたんだ!」

問い詰めるが、セルヴォに怒鳴り返される。再び自身の失態を思い知り、苦い顔をした。
とにかく言い争いをしている場合ではない。今すぐにでも戦いに出なければ。そう、肩を怒らせながら駆け出そうとするゼロに、シエルが「待って」と声をかける。

「その姿……まだ異常が治っていないわ!」

ようやく目覚めたとはいえ、体色は白いままだ。その原因もついにシエルは突き止められなかった。
だが「構うか!」とゼロは吐き捨てるように言う。

「これ以上足踏みしてられる状況じゃないだろ!」

「ダメよ! もう少しだけでも――――……‥‥」


「 邪 魔 を す る ん じ ゃ な い ッ !!」


怒声とともに、差し伸べられたシエルの手を叩くようにして弾いた。

「………ッ」

一瞬にして、場が凍りつく。鬼気迫るゼロの表情に。その声色に。あまりの迫力に。シエルも、セルヴォも、レルピィですら言葉を失った。
我に返ったゼロは、取り乱している己を振り返り、恥じた。目の前の少女は明らかに瞳を潤ませている。
だが、そこからどう言葉をかければよいか分からず、そのまま視線を逸らし、背を向けた。


「………して…よ……」


掠れたようなか細い声が、背後から聞こえる。




「……もっと……自分のこと…大事にしてよ」




シエルはもう一度だけ、心の奥から言葉を絞り出した。
その言葉が胸に深々と突き刺さる。ゼロはグッと奥歯を噛み締め、拳を固く握る。

「すまない。それでも俺は――――……‥‥」

言いかけて、口を噤んだ。所詮は、独り善がりだ。分かっている。
それから呆然と立ち尽くすセルヴォに声をかけ、使える機体があるか尋ねた。セルヴォは頷き、ゼロを案内するためにそこから歩き出す。
ふと振り返るレルピィ。視線の先に立ち尽くす少女の頬を、一筋の涙が静かに伝っていた。























  ――――  3  ――――


「チクショウ! スラスターが――――……‥‥ッ!」

ヘルマンの叫びが回線を通じて耳に入る。咄嗟に彼の名を呼ぶが、激しいノイズが遮り、通信は途絶した。
コルボーは辺りを見回す。飛行しているライドアーマーは、自分をいれても数機だけだ。
地上を見下ろす、残骸と遺体が埋め尽くし、敵の部隊が出撃ハッチから侵入を試みようとしているのが見える。

――――ここまで……かよ

操縦桿を握りしめ、奥歯を噛み締めた。
これまでの戦いに比べれば、遥かに抵抗した方だ。他のレジスタンス組織と比べても、十分な戦いぶりだっただろう。
だが、所詮は無駄な足掻き。元より無かった勝算は、どれだけ求めようと最期まで見えて来なかった。
敵機に囲まれ、逃げ場はない。“神風”でも仕掛けられたなら、まだ良かったかもしれない。だが、きっと敵艦に飛び込む前に撃ち落される。分かりきっていた。
不意に仲間たちの声が聞こえた気がした。マークやトムス、死んでいった仲間たちの声が。

――――もう……無理だ……

抵抗する気力も残されてはいない。それはライドアーマーの外にまで伝わっていただろう。そしてその意識は、白の団全体に伝染していた。
ヘルログマーの艦内で、ハルピュイアは言い放つ。

「決着だな」

後は残党を処理し、紅いイレギュラーを討ち取るべく内部へ侵入するだけだ。
ヴァシレフはハルピュイアから視線で促され、最後の指示を伝えるべく口を開いた。――――その瞬間だった。

「敵レジスタンス基地の出撃口より、高速移動物体出現! こちらへ向かってきます!」

「……まだ、戦う気概のある奴が残っていたのか?」

モニターに映されたボディを目にして、ハルピュイアは訝しむ。
その飛行型ライドアーマーは、他の機体とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。
純白のボディに、ゴーレムの腕と頭部。増設されたスラスター。体中に取り付けられている重火器類は、並みの火器管制システムではコントロールし切れないだろう。それどころか、一撃が致命傷になりうる量だ。
他の機体に比べ、そのマシンからは気迫のようなものが確かに感じられた。しかし、この状況で今更飛び出し、何をしようというのか。最早戦況は覆せない。どんな切り札であろうと、それは明らかだ。

「構うな。落とせ」

ヴァシレフがそう冷静に言い放つ。指示を受けたパンテオン・フライナー達が一斉に周りを囲む。そして、直ぐ様バスターの銃口を向け、エネルギー弾を放った。

「………なにッ!?」

誰もが目を疑った。現れた純白の機体は瞬間的に加速し、その包囲網から飛び出すと、装備されたミサイルを放ち、一瞬にして十数機のパンテオン・フライナーを撃墜した。
おそらく巧みなペースコントロールにより、パンテオン達の意識を誘導したのだ。
そこから先の、その機体の動きは常軌を逸していた。複数の火器を同時に操り、包囲しようと迫るメカニロイド達を紙のように容易く落としてゆく。
こちらが放った光弾も、パイロットへの負荷を無視したような異常な運動と加速で躱し、返す刀でレーザーを放つ。あっという間にテントロイドがもう一機撃墜された。

「奴は……まさか……!?」

その尋常ならざる動きに、ハルピュイアは直感する。
これだけの挙動を一気にこなせるのは抜群の戦闘センスがなければ、不可能だ。そう――――パイロットは間違いない。

「 紅 い イ レ ギ ュ ラ ー だ ! 撃 ち 落 と せ ッ ! 」

ヴァシレフの怒号が飛ぶ。
既に勝利ムードの中、落ち着き始めていた烈空軍団の部隊は、突如として現れた最強の敵に戸惑いを隠せずにいた。

「コルボー! 離脱しろ!」

「その声は……ゼロさん!?」

回線を通じて聞こえてきたゼロの声に、コルボーはようやく希望の光を見出したような、明るい声で答える。

「それに……その機体は……」

コルボーは、ゼロが搭乗してきた機体に見覚えがあった。
それこそ、セルヴォが技術の粋を集めて組み上げた、決戦兵器――――メガ・ブランシュ。

「セルヴォのおっさんもよくやってくれたよ。こんなマシンを残していたとはな」

シューター達の手により破壊された後、修理と改修を施され、より強力な機体として蘇っていた。
更に、ペロケから送られていたエル・クラージュのシステムを参考にしている為、ゼロとレルピィのコンビとの相性は抜群だ。

「これから俺が突撃をかける! お前たちは後方から援護射撃を頼む!」

「了解です!」

ゼロに指示されるまま、コルボーのイーグルは後方へと下がっていった。
それを追撃しようと加速するゴーレムを、メガ・ブランシュは左腕に備えたレーザーブレードで両断した。
ゼロの登場に、喪失し欠けていた白の団の士気が一気に向上した。残存している団員たちはライフルを手に取り、或いはまだ動かせるライドアーマーに乗り込み、コルボーに指揮されるまま空中へと援護射撃をかける。

「対地メカニロイド隊、右翼のゴーレム各機、そして第一から第七隊までのパンテオン部隊は地上を制圧しろ! 残りは全て、目標は紅いイレギュラーだ!」

ヴァシレフの指示に従い、メカニロイドも、パンテオンも、ゴーレムも、一斉にゼロが駆るメガ・ブランシュの方へと向き直る。
地上へと降りていった敵部隊を気にかけないよう、自分に言い聞かせた。これ以上の犠牲を出したくはない。だが、その為にやるべきことは、彼らを護ることではない。

「レルピィ、狙いは一つだ! サポートしてくれ!」

「勿論よ! 任せてダーリン!」

この中で、万が一にも戦況を覆す突破口があるとしたら、それはただひとつ。
自身へ向けられた集中砲火の間隙を、メガ・ブランシュは華麗に縫うように切り抜けていく。
同時に複数の敵機をターゲットサイトに収める。レルピィの掛け声とともに、多数のミサイルが放たれ、敵を撃ち落としてゆく。
ゴーレムの懐に入ってはレーザーブレードで切り裂き、爆炎に紛れては敵の攻撃をやり過ごす。

「何故落ちない!」

それまでなんとか冷静を保っていたヴァシレフが声を荒げる。
しかし、その華麗な動きは、敵ながら流石としか言いようがなかった。
おそらくあのマシンは、パイロットに対し尋常ではないほどの負荷をかけているはずだ。それをここまでものにする辺り、紅いイレギュラーという男の戦闘センスは四天王の“それ”をも凌いでいると認めざるをえない。
とは言え、敵はたった一機。また、その尋常ならざる動きから、パイロットの疲労度は容易に想像できる。取り囲む無数の光弾は徐々に掠め始め、遂には右腕を撃ちぬいた。
だが、それでも白いマシンは止まらない。ただ一点の目標を目指し突き進む。

「紅いイレギュラーの軌道を予測! おそらく狙いは……――――」

「分かっている! 急速旋回! なんとしても避けろぉ!!」

ヴァシレフが吠える。
丁度その時、複数の火線が白いマシンを一度に捉えた。左腕と両足が焼け落ち、残弾の火薬が爆発する。だが、残った胴体部分の勢いは止まらない。
全開に吹かしたスラスターの加速に任せて、メガ・ブランシュの胴体はヘルログマーの前面部にある飛行甲板に飛び込んできた。
激しい衝撃が艦を揺らす。体勢を崩したヘルログマーを、操舵手はなんとか力づくで立て直す。

「く……ッ。損害報告ッ!」

直ぐ様ヴァシレフが指示を出す。幸いなことに、大事には至っていない。ただ一点を除いて。

「あの男………なんという無茶を」

敵ながらヴァシレフは感嘆すらしていた。黒煙に包まれるコクピットハッチから現れた長髪の男――――紅いイレギュラーの姿に。
まるで己の命など勘定に入れていないような、そんな戦法を、よくも取れたものだ。いや、それだけでは只の無謀だ。この男が恐ろしいのは、そんな戦法をとっても尚、自身はまるで死ぬつもりがないというところだ。モニターに映し出された紅いイレギュラーの表情から、ヴァシレフはそんなことを一人考えていた。
一方で首を傾げる。間違いない。紅いイレギュラーの筈だ。あの顔立ち、特徴的な長髪。何より先ほどの尋常ならざる戦いぶりが、証明している。しかし、その姿はまるで灰をかぶったかのように白かった。

「ハル様……?」

ハルピュイアが颯爽と席を立ったことに気づき、リディアはその背に声をかける。

「ヴァシレフ、残りの部隊は全て地上の敵兵力に当てろ。ヘルログマーはこの位置で浮遊待機。それとリディア、以後の最高指揮権はお前に委譲する。任せたぞ」

そう言いながら、空戦用のフライナーユニットが装備されたショルダーアーマーを身につける。
どちらにしろ、ヘルログマーの甲板に足を踏み入れられた時点で、味方からの支援は期待できない。同士討ちなどという醜態を晒す訳にはいかないのだ。
だからと言って、艦内の戦闘員を当てるつもりもない。無駄な損害を増やすことしか予測できない以上は。
それ故、取るべき選択肢は決まっていた。

「奴は俺がやる」

懐に入れた二本の愛刀――――ソニックブレードに手を掛け、言い放つ。その声には彼らしい鋭い闘気が含まれていた。
リディアはただ微笑み、「了解です」と答える。

「ご武運を」

「ああ」

短いやり取りの後、ハルピュイアは扉の外に出る。リディアはその背に向けて、深々と頭を下げた。
































  ――――  4  ――――


「ダーリン……大丈夫?」

コクピットから這い出るゼロに、レルピィが声をかける。衝突する寸前に左腕のコアユニットへ飛び込んでいた。
「オーライだ」と笑ってみせる。

「流石だな、レルピィ。コントロールが完璧だ」

「艦橋に飛び込むつもりだったんだけど……避けられちゃった」

「構わないさ」と再び微笑み返す。敵の回避行動を予期し、レルピィが軌道修正を図ったからこそ、この位置に辿り着いたのだ。
もしもレルピィのコントロールがなければ、大きく逸れて、そのまま墜落していただけかもしれない。

「さて……ここでジッとしてる場合じゃないな」

そう言って甲板の上を歩く。
気づけばヘルログマーは浮遊状態を取り、その位置から動こうとはしなかった。振り落とそうと思えば出来るはずだ(無論、それも計算に入れた上で、ゼロもここに取り付いたのだが)。
しかし、その手段をとらないということは、ここから予測できる展開は一つ。



「随分と見窄らしくなったものだな、紅いイレギュラー」

不意に凛とした声が響く。その声の方へとゼロは徐に視線を向ける。上空から見下ろす、一人の少年型レプリロイドがいた。

「……賢将、ハルピュイアだな」

ハルピュイアは答えること無く、そのまま甲板に降り立った。
両肩に装備されているのは専用のフライナーユニット。それが生み出す浮力によって、浮遊及び高速飛行を可能とする。また風圧に対する処置か、顔はバイザーで覆われていた。

「一度だけ問う、ネオ・アルカディアに下るつもりはないか」

「……未だにお誘いを受けるとは……“モテる男はなんとやら”ってか」

思わず苦笑してしまう。だが、ハルピュイアの表情は真剣そのものであった。
実際のところ、紅いイレギュラーを処分するという点に関しては、その存在が惜しいという声も未だ絶えないのだ。救世主エックスの親友とまで呼ばれた男を、そうそう簡単に切り捨てるというのは如何なものかと。
記憶の混乱、或いはレジスタンスの洗脳を受けたのだという声も未だに聞こえてくるほどで、決して紅いイレギュラー抹殺のみに世論も元老院も傾いているわけではない。
そしてまた、四天王にとっても同様で、彼が救世主エックスの親友である以上、もしも味方に下るというのであればこれほど心強いことはない。それ故に、賢将ハルピュイアですら、その問いを一度は投げかけなければ、処分を決断するわけにはいかないのだ。
だが勿論、ゼロの心は決まっている。

「……残念ながら、こんな状況でも俺はお前たちの側に行く気になれないんだよな」

「ほう。流石は“紅いイレギュラー”か。――――しかし、それは愚者の答えだ」

これだけの劣勢の中、未だにレジスタンス側に立ち続けようというのは、まともな思考ではないだろう。ゼロ自身、己の愚かさなど百も承知だ。
しかしそれでも彼の心に宿る信念は、幾度もの戦いを重ねたことで、過去の記憶も何もかもを飛び越え、一層強固なものとなっていた。

「ガキには分からないだろうな。俺の背負ってるもんは」

そう言って嘲笑を浮かべる。だが、ハルピュイアは「フン」と鼻を鳴らし、「そのまま返すぞ」と言葉を続ける。

「骨董品の英雄が。貴様の曇り切った目には、真の“正義”が何処にあるか見えていまい」

「……正義?」

問い返すゼロに、ハルピュイアは「そうだ」と言い切る。

「自由だ理想だと宣いながら、人類の平穏を脅かし続けるイレギュラー共を、そしてそれに手を貸す貴様を、俺は決して赦しはしない」

百年という時間、“理想郷”とそこに住む人類とを守り続けてきた救世主エックスの“正義”。それこそがハルピュイアにとって唯一無二、絶対の“正義”であり、その行使こそ存在の証明となりうるものなのだ。
だからこそ、それを脅かす連中を赦すことはできなかった。例え伝説の英雄といえど、その脅威となるのであれば同じだ。取り除くべき害悪なのだ。
懐から愛刀――――ソニックブレードを引き抜く。二振りの光の刃が、煌々と輝きを放っている。
それを眼前に構え、ハルピュイアは闘気を全身に纏う。



「これまで重ねてきた、愚かな所業の数々――――己が身で償え…… 紅 い イ レ ギ ュ ラ ー !」



叫びとともに地を蹴ると、一瞬にして距離を詰め、ゼロの懐に飛び込んでいた。

「くぉ……ッ!」

寸前のところで飛び退き、その一刃を躱す。――――が、ゼロの右腕から擬似血液が吹き出した。

「 ダ ー リ ン ! 」

「こい…つは……」

たまらず痛覚を遮断する。幸いにも神経は切れていない。左腕からゼットセイバーを抜き出し、構える。
それにしても先程の攻撃はなんだ。ソニックブレードの射程圏はゼットセイバーよりは小さく、それを見定め、距離を広げて躱したつもりだった。だがその刃はゼロの肩を捉え、見事に斬り裂いていた。

「……どういう…カラクリだ?」

「隠すまでもない……。貴様には逃げ場がないということだ!」

ハルピュイアが再び左右のソニックブレードを振りぬく。そこから発生した衝撃波に乗り、収束されたエネルギーの刃がゼロめがけて放たれた。
それこそが、広がった射程の正体だ。
ゼロは咄嗟に地を蹴り、横に飛び込むようにして躱した。そこから上体を直ぐ様起こし、ハルピュイアへ距離を詰めようと、駆け出す。

「いない!?」

そこに立っていたはずのハルピュイアがどこにも見えない。いや、ゼロは直感とともに空を見上げる。同時に彼の身体を、上空から放たれた光の刃が斜めに切り裂いた。
飛び散る擬似血液。耳元ではレルピィが再び悲痛な叫び声をあげていた。

「スキだらけだな、紅いイレギュラー」

頭上から見下しながら、ハルピュイアが吐き捨てるように言う。
両肩に装備されたフライナーユニットの存在を考慮していれば、ハルピュイアの三次元的な攻撃パターンを予測することはできたはずだ。
しかし、今のゼロにはできなかった。それをするだけの余裕が無いのだ。

「どうした……。これで終わりか?」

ハルピュイアは尚も冷たい声で言い放つ。ゼロもまた負けじと笑みを浮かべ「んなわけ無いだろ」と言い返すが、その表情が苦し紛れなのは直ぐに読み取れた。

「フラクロスだけでなく……ファーブニルさえも負かした男だと聞いていたのだがな……この程度か」

「……勝負は…これからだ……!」

再びゼットセイバーを構え、駆け出す。
そこから緊急加速装置を吹かし、一気に間合いを詰め、切り上げる――――疾風牙を放つ。


その筈だった。


「……ッ!?」

作動しない。脚部の緊急加速装置が。加速装置の作動を考慮していたがゆえに、そのままバランスを崩し、躓いたように倒れこむ。咄嗟に受け身を取ることで体勢を立て直した。
刹那、ハルピュイアがゼロの眼前に迫る。反射的に左腕にエネルギーを蓄積し、アースクラッシュで応戦しようと身構える――――が、またも異常を察知し、そこから再び横へ飛び退く。寸前でなんとか敵の刃を躱したが、心中はすっかり乱れきっている。

――――どういう…ことだ……

作動しないのだ。アースクラッシュのジェネレーターも。
いや、それだけではない。ゼットセイバーの刃の形状もなんだか頼りない。まるで出力異常を起こしているかのようだ。
更に、エネルギー変換装置にまで異常を感じる。おそらく剣技の大部分が扱えない状態だろう。
己の身に起きている異常の正体が分からず、困惑する。その心中は、対峙しているハルピュイアにも、手に取るように分かった。

「トラブルか……不運なことだ。だが、容赦はせん!」

連続でソニックブレードを振るう。言葉通り、容赦無い乱れ撃ち。
放たれ続ける刃をギリギリのところで躱すが、ゼロは劣勢の突破口を見つけられない。それどころか自身に起こったトラブルに戸惑うばかりで冷静に思考ができない。
ふと気づけば、またハルピュイアを見失っていた。「上か」と直ぐ様頭上を見上げるが、見当たらない。

「後ろ…!?」

「遅い!」

一つ目のソニックブレードをゼットセイバーで防ぐ。だが、賢将の“牙”は二本あるのだ。
二刃目がコート共々ゼロの左太腿に突き刺さる。激痛に悲鳴を上げる前に、痛覚を遮断した。
しかし、この機を逃す訳にはいかない。挽回のチャンスがあるならば、急接近した今しかない。そこから力づくで押し切ろうと、ゼットセイバーを握る腕に力を込める。踏ん張る左足は擬似血液を吹き出し続ける。
ここぞとばかりに雄叫びを上げ、遂には大きく弧を描いてゼットセイバーを振り抜く。だが、賢将はそれを軽く受け流し、既に間合いから離れていた。

「この……チョコマカと!」

「無様だな。まるで道化だ」

ハルピュイアはそう言い放つと、ゼロの周りを旋回し始める。
これ以上長引かせたところで、意味は無い。そろそろ決着の時だ。そう心に決め、ソニックブレードの柄を強く握りこむ。

「道化らしく踊り狂えッ!」

加速しながら旋回し、同時にソニックブレードを振るう。二度、三度と振るうごとに、光の刃がゼロへと向けて放たれる。
四方八方から繰り出されるハルピュイアの“ソニックブーム”に、ゼロも命懸けでゼットセイバーを振るい、応戦するが、次第にハルピュイアの速度に追いつけなくなり、遂には身体を刃が掠め始める。

「しっかりして! ダーリン!」

レルピィが耳元で騒ぐが、ゼロはそれに答える余裕も気力もない。
光の刃は腕、肩、腰、背中、頬、足と、ゼロの全身を切り刻み始める。そのたびに噴き出る鮮血が、傷の深さを物語る。
突如、攻撃が止む。だがしかし、最早ゼロは死に体だった。ハルピュイアは地上に降り立ち、ゼロへと近付く。

「なるほど、これだけの傷を受けて尚、立ち続けるか……」

通常のレプリロイドならば、既に瀕死の状態だ。事切れていたとしてもおかしくはない。ギリギリのところで急所を外しているのだとしても、これだけの傷では、まともな動きはできないだろう。
神経が切れたらしく、左腕はだらりと垂れ下がっている。既に右足には力が入らないらしく、引きずるような形となっている。

「やめて……これ以上…………ダーリンを傷つけないで!」

「サイバーエルフ、悪いがその要求は敵わん」

ハルピュイアはソニックブレードを握る両手を、自身の頭上で交差させるようにして、振りかぶる。
不意に、虚ろに見つめるゼロの視線と、ハルピュイアの視線が交わる。
最早、これは一方的な蹂躙だ。――――心に、黒い蟠りが生まれているのが分かる。だが、それは飲み込む以外に道がないのだと、知っている。
これまでも、これからも。ハルピュイアにとって答えは唯一つ。

――――貫くしか無いのだ……

この正義を。どこまでも。
できることは、こうして己の手で苦しみから解き放つことだけだ。苦痛に溺れ、それでもあがき続ける哀れな戦士を。



「せめて俺の刃で……眠れ、伝説の英雄よ」



両腕が互いに、斜めに振り下ろされる。
ゼロの身体は、胸の中心で交差するようにソニックブレードで斬り付けられた。
耳を劈くようなレルピィの悲鳴が木霊する中、吹き出す擬似体液と多量の吐血と共に、英雄は無惨に崩れ落ちた。

皮肉にも、灰のように白く変色していたコートと長髪は、夥しい量の擬似血液により、紅黒く塗り潰されていた。







































  ―――― * * * ――――










    耳鳴りが止まない

    まるで 荒れ狂う激流のように








    次から次へと 心の奥へ流れこんできて

    胸を掻き毟りたい衝動が 駆け抜ける



    敵の言葉を鵜呑みにするつもりはない

    罪などと 考えたこともない





    だがしかし




    理想に届かぬ己の非力さを


    何度恨み 呪ったことだろう


























  ――――  5  ――――


「……何故だ」

その場から立ち去ろうと背を向け歩き出していたハルピュイアは、ふと何かを感じて再び振り返る。そしてその光景に己の目を疑った。
全身に負った傷はどれも決して浅くない筈だ。その内の幾つかが致命傷に至っていたとしても何ら不思議ではない。
体中から垂れ流れている擬似血液の量は尋常ではなく。体内のエネルギーは、まともに循環しているとはとても思えない。
先程交わした視線からも断言する。意識も既にない。戦う気力など――――それどころかその場に立ち上がる気力すら残ってはいまい。

しかし、それでも――――……‥‥

「何故……まだ立ち上がろうとする……?」

擬似体液で紅黒く滲んだコートと長髪。それを引きずるように、ゼロは尚も上体を起き上がらせ、顔を前に向ける。
ハルピュイアの背筋に悪寒が走る。その瞳は最早、生気を感じられたものではない。死人のそれだ。――――だというのに、その虚ろな視線はどこか一点を真っ直ぐに見つめ続けているのだ。
既に、まともな働きをしないであろう右腕を地に付き立ち上がろうとしているが、足に力が入らず、叶わない。それでも尚、立ち上がろうと足掻き続けている。無意識のまま。

「……もう、やめろ……」

ソニックブレードの柄を握り締め、思わず叫びだす。

「勝ち負け以前の問題だ! これは既に“戦い”ですら無い!」

死人同然の男が、これ以上何をしようというのか。何も出来るわけがない。
剣を握ることすら叶わぬだろう、その腕で。地に立ち尽くすこともできぬ、その足で。
それでも彼は、諦めていないようだった。意識を失って尚、立ち上がろうと藻掻いていた。

「ダーリン……どうしてよ」

顔の傍で浮かぶレルピィが消え入りそうな声で呟く。
彼女にとっても、その光景は耐え難いものだった。その場に倒れ伏してくれていた方が、まだマシだと思えるほど。
それでも尚、立ち上がる彼の心が、理解できなかった。

「…す…うんだ………こ…ど………そ」

彼女の声に、ハルピュイアの言葉に答えるかのように、ゼロの唇は僅かに動きか細い声を絞り出す。






「………救うん…だ……今度…こ…そ……」





張り裂けそうになる胸に、レルピィは思わずぐっと手を当てる。
ハルピュイアは僅かに聞き取れたその声に、絶句する。

「……救う……んだ…………みん…な…」

「『救う』……だとッ!?」

噛み締めていた奥歯を開き、ハルピュイアは思わず声を荒げる。

「 ふ ざ け る な !」

その声には確かな怒りと憤りが含まれていた。
そしてハルピュイアは感情のままに、言葉を吐き出す。

「貴様ごときイレギュラーが! いったい何を『救う』と言うのだ!? イレギュラー風情が! “破壊”と“殺戮”以外に、何ができる!?」

その言葉は、ぼんやりとしたままのゼロの頭にも確かに届いていた。
“破壊”と“殺戮”――――その二つのキーワードが胸に刺さる。
その通りだ。それ以外に、何も出来なかった。どれだけ望もうとも、それ以外のことは何一つとして出来なかったのだ。

しかし、だからこそ――――……‥‥

立ち上がれず、崩れ落ちる。けれどまた、手を地に付き、身体を起こす。
意識を失っても尚、唯一つの願いが、信念が、誓いが、彼の身体を動かしていた。


――――救うんだ、今度こそ。みんな。


二度と取り零さぬように。
この手から滑り落とさぬように。



――――耳の奥で、反響しているのが分かる



    少女に願いを託した、死にゆく戦士の声が


    死地の中、賢明に同胞を導こうとした男の声が


    窮地から生還し、感謝の言葉をくれた仲間の声が


    自分の生還を心から祝ってくれた女の声が



今も地上では、多くの仲間達が生命を散らしている。
生死の狭間に立ちながらも尚、希望を棄てず。その先にある未来を信じて戦い続けている。
誰もが皆、決して帰ることはできないだろうと、覚悟しながら。




――――ずっと、反響している



    己が背負った使命を果たすために、立ちはだかってきた敵の声が


    互いに認め合い、“今”を懸けて刃を交えた猛者の声が


    死闘の果て、いつか再戦をと誓い合った好敵手の声が


    立場は違えど同様に、救世の道に命を懸ける宿敵の声が




卑劣な者も、倒すべき外道もいた。しかしそれだけではなかった。
皆護るべき物と、果たすべき使命のために戦っていた。自分はその生命を刈り取り、奪ったのだ。
いつか願った未来を掴むために、多くの生命を砕き、摘み取ってきたのだ。




――――響き続けているんだ




    大切な恩人の死に、己を責める少年の声が


    望まぬ争いの中、平和を願い死んでいった友の声が


    救えなかった友の死を悼み、心を寄せるあの声が


    己の存在を疑い、それでも逞しく生きようと藻掻く彼女の声が





    一握りの幸福を求めて、引き金に指をかけざるを得なかった父親の声が




    ささやかな優しさに、朗らかな感謝の言葉を返してくれた息子の声が







    どれだけの苦境に立たされようと、未来を願い、闘い続ける少女の声が








    振り続けた刃の回数よりも


    重ねてきた激闘の数よりも 


    築き上げた屍の数よりも 多く


    数えきれない程交わし合った 言の葉達


    


    今もまだ覚えている その声が



    今もまだ突き刺さったままの その声が





    いつまでも耳の奥で






    反響し続けている













――――だから………‥‥

















「…だ…か……ら……」


「………ダーリン」

誰よりも長く、誰よりも多く、共に戦場を渡り歩いてきた彼女には、その想いが痛いほどに伝わってきた。
どうか手の届く限りのものだけでも守りぬこうと、その生命を、彼らの理想を救おうと、命懸けで戦い続けてきたことを知っている。

しかし、同時に一つの事実も理解している。
そうだ。いったい誰を救えたというのか。ここまでの旅路の上で。目覚めてからの激闘の果てに。何を救えたというのか。
一番身近にいた仲間達ですら、こうして皆傷つき、死んでいっている。自分の目の前で。それなのに今、自分は無力にも崩れ落ちている。
しかしこのままここで歩みを止めてしまうなら、それこそ何も救えずに終わってしまう。
“破壊者”という宿命に操られるまま。“懐かしい未来”には一度も触れることのないまま。自分を信じ、認めてくれた者達の声に答えることもできないまま。耳の奥で反響し続ける声に、応えることもできないまま――――……‥‥


「……ダーリン…分かったよ…。だから………だから…ね……」


そのまま「もう休んで」と口にできたなら良かっただろう。あの少女のように。「自分のことも大事にしてよ」と。――――けれど、できない。

「……言えるわけ……無いよ」

そう震える声で呟き、顔を覆う。
レルピィには言えなかった。彼のことを誰よりも傍で見てきたからこそ。口にはできないのだ。
彼の藻掻く姿を、あがく姿を否定したくなかった。否定できなかった。
どれだけ傷つこうと。どれだけ苦しもうと。彼が望みを棄てず、諦めずに立ち上がろうとするのならば、黙ってその背を見つめることしかできないのだ。

不意に、気配を感じる。ハルピュイアがゆっくりとした足取りで再びこちらへと近づいてくる。
二振りの刃を両手に握り。今度こそトドメを刺すために。禍根を断ち切るために。
ソニックブレードの柄を握り、ゼロを睨みつける。

――――分かっている

どうしてこの男が尚も生きているのか。それは自分の刃に迷いがあったのだ。分かっている。自分でそれを理解している。
だが、振り切らねばならない。己が抱えている正義への迷いを。心の奥底に根付くDNAデータの呼応を。
断ち切らねばならない。今度こそ、完全に。



ハルピュイアの気迫が、熱気とともに伝わる。
レルピィは戦慄する。きっともう、奇跡は起こらない。ここでゼロは殺されてしまうのだ。今目の前に立ちはだかる男の刃によって。
素早く思考を巡らせる。この窮地を脱する方法を。どうか、大切な彼を生かす方法を。


「……道は……………――――ッ!」



瞬間、脳裏に閃く。


出撃前に聞かされたセルヴォの言葉を思い出した。
ああそうだ。確かに一つだけある。
一か八かの賭けが。たった一度きりの命懸けの賭けが。

ぐっと口を真一文字に結び、彼の顔を見つめ、考える。
“それ”は正真正銘、最期の賭けだ。

――――でも……

不思議と、心は直ぐに決まった。
いや、不思議などではない。当然だろう。

誰よりも愛する彼が、これ程までに苦しんでいるのだ。その身体を支えることが出来るのならば、例えこの身を投げ打つことになったとしても構わない。
その程度で彼を救えるのならば、喜んでこの生命を差し出そう。

「……ダーリン」

堅い決意とともに呼びかける。しかし当の本人からは、やはり返事は返ってこない。
しかし、それでも構わない。きっと自分がその意識と、意志を取り戻してみせる。
静かに、そっと鼻筋に触れる。感触はない。仕方のない事だ。彼女は情報生命体サイバーエルフ。実体のない妖精なのだから。
けれど分かる。温もりを感じる。何よりも愛おしいその温もりが、胸の奥にこみ上げてくる。

「……大丈夫…だよ」

虚ろな瞳に向けて、優しく囁きかける。慰めるように。包み込むように。
そう、大丈夫だ。どれだけの困難に当たろうと。どれだけの苦境に立たされようと。
どれだけの傷を負おうと。どれだけの敵が目の前に立ちはだかろうと。

「私が支える。……私が、力になるから」

苦しみと悔いに嘆き続けてきた、その心を支えよう。救いたいと願う、優しいその心を助けよう。
これから、いつまでも。誰よりもアナタの傍で。


「だから……最期に、一つだけ伝えさせて」


そっと唇を重ねる。
レルピィの身体は光の粒子に変わっていき、そのままゼロの身体へ溶け込んでゆく。





――――出逢った時から 今日まで








    ううん




    ずっと いつまでも






    誰よりも











    アナタのことを















    愛してるよ
























呆然とその様子を見つめるハルピュイアを余所に、レルピィはゼロの身体へ染みこむように消えていった。
軽やかに飛び回っていた妖精の姿は、やがてその面影すら失くしてゆく。


宙に舞う光の残滓だけが、まるで宝石のように煌めいていた。

























































         ・・・‥‥‥…………………………








        [……System recovery is completed. ]
























        [―――― S Y S T E M :“ A B S O L U T E ” S T A N D B Y ――――]





































 NEXT STAGE











       ABSOLUTE - JUSTICE


















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