―――― * * * ――――
「ヘケロットにより“白の団”の情報が戦術データリンクへと流出したことを確認致しました」
片膝をつきながら、事後の報告をする。
「その後いち早く烈空軍団のオペレーターが情報を取得。現在、賢将殿の指示により、烈空軍団の精鋭が集められ、“白の団”制圧作戦が企てられております」
「……承知した。クラーケン……ご苦労であった」
忠臣、テック・クラーケンへと労いの言葉をかける。だが、クラーケンは「誠に申し訳ありません」と深く頭を下げるだけだった。
「某が彼奴の動向に気を配ってさえいれば、このような事態を招くことには……」
彼らにとって、ヘケロットの独断専行は想定外のものであった。これでは計画の歯車が狂ってしまう。
クラーケンは己の失態と同僚の身勝手さを苦々しく思うばかりだった。
「あの痴れ者が……大人しくしてくれてさえいればよかったものを……」
バーブル・ヘケロットは斬影軍団のミュートスレプリロイドの中でも、特に素行の悪い男であった。能力の丈に見合わぬ自尊心、何かと他の同僚と張り合おうという競争心、そのクセ何処か抜けておりトラブルの種はいつでも奴だった。
だが、彼の主君――――隠将ファントムは「そのように言ってやるな」と、まるでヘケロットを庇うような言葉を返す。
「正しく導けなかったのは拙者の責任だ。……アレを誹るのであれば、拙者を詰れ」
「んな!? そのようなこと、某には……」
出来る筈もない。いや、そもそもファントムが一体何を誤ったというのか。
言葉少なな大将とはいえ、皆、彼の背を追いかけ、忠誠を誓っていた。彼の背は、誰に知られるでもない多くのものを背負いながらも、折れること無く真っ直ぐに伸び、愚直なまでに只管己の信念を貫こうとしていた。そこに皆、憧れ、従ってきたのだ。
正しい道を歩めなかったのは、そんなファントムを真に理解すること無く、自己満足の忠義に走ったヘケロット自身の問題だ。そう、クラーケンは解釈していた。
だが、それでもファントムは心の底から悔やんでいるようだった。ヘケロットを導けなかったこと。その挙句、死なせてしまったこと。自身の失態であると重く受け止めていた。
その背中を見つめながら、「そんな彼だからこそ皆付き従うのだ」と、クラーケンは思い直した。
「……しかしそれでも……回り始めた歯車は止められん」
そう言ってファントムはコートを翻す。
「クラーケン、今後も紅いイレギュラーの動向に気を配れ」
「は。……ファントム様は?」
そう問い返されると、ファントムは一瞬険しい表情を見せた。
「拙者は……気になる男が居るので…な」
顔に疑問符を浮かべるクラーケンをその場に残し、ファントムはその場から煙のように去って行った。
24th STAGE
罪 と 罰
―――― 1 ――――
本部襲撃より丸一日が経過した。
一頻り安全が確認された後、全ての談話室が開放され、避難していた団員たちは漸く自由に基地内を出歩けるようになった。
とは言え、戦後の基地内の荒れようは、壮絶なものであった。至る場所に残骸が転び、基地中が擬似体液に塗れ、とても良い気分で居られる状態ではない。
残った団員たちは、ゼロがヘケロットを葬ったホールに集まり、身を寄せ合い、しばらくそこを生活の拠点とした。
これからどうなってしまうのか――――そんな不安ばかりが心の奥に積もる。だが、誰もそんなことは知る由もなく。ただ時間だけが過ぎてゆく。
残骸や瓦礫の撤去作業にあたりながら、ヘルマンが「あークソ」と悪態を吐く。
「ネオ・アルカディアの連中め……好き勝手やってくれやがってよぉ!」
そう言って、既にスクラップとなったパンテオンの頭部を叩く。
ふと「そう荒れるな」とマークが声をかけてくれた気がして、横を見る。だが、そこには誰もいない。黙々と作業を続ける他の団員の姿が視界の端に見えるだけだ。
そう、マークはもういないのだ。賢明な、チームのリーダーは、呆気無い最期を迎えたのだ。「チクショウ」と小さく呟き、ヘルマンは再び自分の作業に戻った。
「大丈夫ですか?」
問いかける女性の声が聞こえて、うずくまるようにして座り込んでいたコルボーは顔を上げた。
そこには赤毛の女性レプリロイド――――ティナがいた。
「はい……まあ…大丈夫です」
力なく、そう答える。
「なら、いいんですけど」と返す。それから、ティナはコルボーの横に静かに座った。
コルボーは彼女を気にすること無く、再び顔を腕の中に埋める。気落ちしているのは明らかだ。
ティナも、どう声をかけていいか分からなかった。彼の気持ちは痛いほど良く分かった。彼女も、もう随分前に自分の本当の仲間達を失っていたから。
その心の傷は暫く癒えることはない。いや、どれだけ経っても、痼のように残っているのが分かる。そういうものだ。
だが、だからと言って放っておくこともできない。そのままでは絶望や哀しみといった感情に押しつぶされてしまう。それ故に、ただ黙って傍にいることにした。
それがどれほどの意味があるかは知れないが、何もしないよりはマシだろうと思えた。
「ライドチェイサーとライドアーマーの整備を進めろ! 次の襲撃が何時来るかも分からんぞ!」
ドワは声を張り上げ、整備班に指示を送る。
戦闘に使われ、損傷したマシンについても、整備場まで運び出し修理をする。応急処置程度でも、使えないよりはマシだと言い聞かせ、整備班員達は文句の一つも垂れること無く作業を続けていた。
“次の襲撃”――――ドワが言うとおり、ネオ・アルカディアの攻勢がこの程度で終わるとは到底思えない。斬影軍団の特殊部隊が壊滅したという報は、既に本国へ届いているだろう。いや、それだけではない。紅いイレギュラーの存在もこの場所で確認されたのだ。
地表にある、どこかの集落でもレジスタンスの拠点でもない。こんな地下深くの秘密基地に、窮地の中へと飛び込んで来たのだ。この場所が紅いイレギュラーの本拠地であると疑わない者がいるだろうか。
それ故に、可能な限り万全な状態まで戦力を整えておかねばならない。ゼロが負傷している今ならば尚更だ。これ以上の負担を彼一人にはかけられない。
「こちらの様子はどうですか」
数人の側近を引き連れ、エルピスが見回りにやってきた。基地内部の状況を自分の足で確認しているらしい。
「ん……なんとも言えん状況じゃな。どれも敵さんが綺麗に掻っ捌いてくれたおかげで、修理自体はそれほど苦労しとらんが……それでも、使えそうなもんは限られてくる」
元々この場に揃えられていたマシンの半数以上が破壊された。残りの状態も決して良くはなく。使えそうなガラクタやパーツを繋ぎあわせ、修復をしているという状況だ。
「すいません……可能な限り早急にお願いします。どうも烈空軍団に動きがあるようで……」
「……この期に及んで…か。キツイもんじゃな。――――とは言え、やるしかない。この場はワシらに任せてくれ、エルピスくん」
「お願いします」と丁寧に頭を下げ、エルピスは踵を返し、他のブロックへと向かっていった。
「司令も大変ですよね」
横で機材を抱えながらジョナスが零す。
今回の損害で一番非難を浴びているのは誰よりも、エルピスなのだ。「司令という地位にありながら、この襲撃を予測できず、白の団全体を危機に晒した」と、反発する者たちから理不尽なバッシングを受けている。
見まわった場所によっては、心良くない視線を向けられることも、直接的な言葉を投げられることもザラだ。掴みかかってきた者もいるぐらいで、その精神面の負担は計り知れない。
「彼は、それも自分の負うべき責任だと分かっておるんだよ」
ドワは目を細めてエルピスの背中を見守る。
皆、今回のことで傷を負った。大切な仲間を失い、生活を脅かされた。しかし、これで終わりでは決して無い。むしろ始まったばかりといってもいい。
誰も彼もが憤りを感じる中、それをぶつける対象が他にいない。それ故に、リーダーたる彼がその矛先を向けられているのだ。だが、それを受け止めることも、トップの責任だとエルピスは理解していた。他にやり場のない怒り、憤りを自身が受け取ることで、少しでも団員たちの心が支えられるのであれば、それでも構わない……と。
「ワシらに出来るのは、少しでも目の前の事を片付けて、彼の負担を軽減することだけだ。――――さ、手を動かすぞ」
そう言ってジョナスを急かし、自分もマシンの調整に向かった。
「一列に並んでください! 押さないで! みんな怪我してるんです!」
シーダが声を上げ、負傷者の列に呼びかける。
団員の数に比べ、治療カプセルはあまりにも少ない。それ故に、怪我の度合いによって選別する必要がある。
「ちょっと待ってくれ! 俺は片腕が吹っ飛んでるんだぞ!」
「それだけ怒鳴る元気があるなら大丈夫でしょう。後ろが支えています、下がってください」
治療カプセルの優先権が得られず抗議する団員に、ブラウンが冷静に対処する。だが、その団員はそれでも納得せず、「どけ」とブラウンを跳ね除け、治療カプセルへと向かう。
ブラウンもそれを無理に引きとめようとはしなかった。もう既に同じような団員を十数人ほど見てきた。皆同様に自分の負傷度合いの高さを主張し、ブラウン達を跳ね除け、治療カプセルへと強引に向かっていった。最初のうちはしっかり引き止めていたが、今はもう手を出さないことにしている。疲労も理由の一つだが、彼らの様子を見ていると、わざわざ引き止める必要がないとすぐに分かったからだ。
治療カプセルに手をつき、そこに眠っている他の団員に文句を浴びせようと意気込んだ。だが、中を覗き込んだ瞬間、彼は言葉を失った。
中に眠っている団員は、片腕どころではない、半身に弾痕がびっしりと並び、焼け焦げた肉は醜く爛れている。片側の眼球が皮の剥げた顔面から飛び出している。それでも彼は辛うじて生きていたのだ。
ライフルを握っていたであろう右手は、指がバキバキに折れ曲がっていた。前線で命懸けの思いで戦った証拠だ。
対して抗議に来た男は、避難中に失った片腕を押さえながら、カプセルにしがみついている。――――暫くして、彼は青ざめた表情で静かにその場を離れ、大人しく後方へと歩いていった。
「聞き分けが良くて助かるよ」
皮肉っぽくブラウンがシーダに零す。シーダは苦笑すらできなかった。
そこへ突然、慌てたようにセルヴォが駆け寄ってくる。
「ゼロを見なかったか!?」
「へ?」
先日の戦闘で、決して軽くはない怪我を負ったゼロは、次の戦闘の可能性も考え治療カプセルで眠らせていた筈だ。
「いないんですか?」
「消えた! 何処へ行ったか知らないか!?」
ブラウンもシーダも首を傾げるばかりで、ゼロの行方については何も答えられなかった。
数人の団員に声を掛け、ゼロを探すよう伝えた。この短期間で完治しているとは到底思えない。敵の襲撃が何時来るかわからないこの状況で、彼の傷を放っておく訳にはいかない。白の団の為にも、彼自身の為にも。
「こんな時に……どこへ行ったんだ…ゼロ」
至るところでライトが破壊され、基地内のほとんどは、まるで廃墟のように暗闇と静寂に包まれていた。団員の手が回らず捨て置かれた残骸が転がり、壁面は剥がれ、コード類は飛び出し、凄惨な殺戮劇の爪痕がしっかりと刻まれている。
とあるフロアの奥――――データルームの一つ、辛うじて生き残っていたコンピューターのキーボードを叩き、そこに提示されたデータに目を遣る。
「ダーリン……身体の方は大丈夫なの?」
レルピィが心配そうに問いかけるが、ゼロは微笑むだけで答えてはくれない。もう何度目かの問いかけに、まともに返事をもらえず、レルピィは拗ねたように口を尖らせ黙り込んだ。
人目を盗んで治療カプセルから飛び出し、このデータルームまで歩いてきた。かれこれもう三十分ほど、ゼロはネオ・アルカディアの情報をまとめた白の団のデータベースにアクセスして、なにやら調べているようだった。
実際、傷の治りは悪くない。両腕ともまともに動かせるし、刺された脇腹も、既に傷みはない。とは言え、完治したわけではない。無茶な動きをすれば、傷口が開くのは必至だ。
「無茶しちゃダメだよ……」
「休んで」ともう一度だけ呼びかけるが、ゼロは「大丈夫さ」と言うばかりだ。
しかし、これから彼が成そうとしていること――――それに気づいているからこそ、レルピィも無茶をしないで欲しいと切に願い、言い続ける。
ふと、人影がデータルームの入り口に現れる。その人影は少女の声で「ゼロ?」と問いかけた。
「……小娘か?」
人影――――シエルはゆっくりとした足取りで近づき、ゼロの傍までやってくる。
咄嗟にコアユニットへとレルピィが戻ったのが分かった。
「何してるの? こんなところで……」
「お前こそ、ふらふら出歩いてていいのか?」
「それは」と言いかけて、呆れたように溜息を吐いた。勿論、ゼロを探しに来たのだ。
皆、心配して探し回っている。ここにシエルが足を運んだのは、ほとんど偶然だったが、ゼロを見つけられて正直安心していた。
不意にゼロが眺めている情報に目を遣ると、突然慌てながら「ちょっと」と声を上げる。
「これって……!」
ゼロが一人調べていたもの――――それは烈空軍団が守備している大型エネルギー施設だった。
「まさか……あなた!?」
「……その“まさか”さ」
「バレてしまっては仕方ない」とでも言うように、両手を「やれやれ」と上げる。
白の団が収集した情報によれば、ネオ・アルカディアの各兵器工場へとエネルギー供給をしているその大型施設は、フラクロスの輸送列車と同等かそれ以上の重要度を持っているとされている。そこのシステムがダウンしてしまえば兵器工場へのエネルギー供給は滞り、資源不足で悩むネオ・アルカディアにとっては致命的なダメージとなるからだ。
それ故に配置された烈空軍団の部隊は軍団切っての精鋭部隊であり、更に付け加えれば、そこを管轄している“幻惑の炎帝”ことフェニック・マグマニオン自身も、フラクロスにも匹敵するほどの相当な実力だという。
ゼロは、そこへ乗り込もうというのだ。それも単身で。
「直に、ネオ・アルカディアの増援部隊がこの場所を察知して制圧しに来るだろう。そうなったら、何もかもが“オシマイ”だ。――――そうなる前に、俺が敵さんを引き付ける」
確かに、他でもない、紅いイレギュラーによる重要拠点への襲撃ならば、思惑通りの成果を出せるだろう。それも、烈空軍団の管轄内であるならば、襲撃作戦の為に集結している部隊も、見過ごすことはできないに違いない。
だが、ゼロの状態を知っていれば、それを容易に許可することはできなかった。
「無茶だわ! ミュートスレプリロイドと連戦したばかりなのよ!?」
その疲労は、表に出すことはなくとも、確かに蓄積されているだろうし、傷が完治し切っていない。そんな状態で、それほどの重要拠点を襲撃に向かうというのは無謀としか思えない。
だが、ゼロは「おいおい」と笑って返す。
「『信じろ』って言っただろ。そう慌てるなって」
「信じてるわよ! 信じてる…けど……」
それとこれとは話が別だ。
無論、ゼロが万全の状態だったなら、手放しとは言えずとも、疑いなく彼の言葉を信じることができたかもしれない。
だが傷を負った今のゼロでは、どうなってしまうのか、不安ばかりが募って仕方がない。最悪の事態も想定できるのだ。
とは言え、他にどんな手を講じればいいのか、シエルには皆目見当がつかなかった。ここでネオ・アルカディアの増援が現れるのを待つだけでは、事態を好転させる事はできないだろう。
そう理解してもいるからこそ、返す言葉に詰まってしまう。
暫くして、ゼロが「ポン」と軽く頭を叩く。と、そのままクシャクシャと少し雑に撫でる。「わわっ」と慌ててシエルが頭を押さえると、ゼロは意地悪そうに笑ってみせた。
「心配はいらないよ。――――もう、約束を破るのはゴメンだからな」
そう言いながら、少しだけ見せた真剣な眼差しに、とうとうシエルが折れた。「絶対よ」と口を尖らせると、ゼロは、今度は優しく頭を撫でる。
コンピューターから情報を引き出し、コアユニットへと書き写すと、「善は急げ」と駆け足でデータルームを後にした。
―――― 2 ――――
「これは……どういうことですか?」
元老院議会より送られてきた指示にひと通り目を通した後、シメオンは眉間に皺を寄せながらクラフトに思わず問い返した。
「確認したとおりだ」
頬杖をつきながら、そう呟くように言うクラフト。シメオンは「ですが」と反論しようとしたが、彼の複雑な胸中を思えばかける言葉を見つけられず、口を噤んで堪えた。
元老院議長ヴィルヘルムの名を以って下された指令は至極シンプルであった。
“現状維持・次の指示が下るまで、全面待機”
つまりは、斬影軍団の工作により紅いイレギュラーの本拠地が判明したというのに「拠点に留まり、動くな」というものだ。
これを容易に納得できる隊員がどれほどいるだろうか。実際、先程までクラフトは全隊員に出撃準備の指示を下し、自らも紅いイレギュラー討伐作戦の戦支度を整えていたところだったのだ。
身内に出鼻を挫かれるような事態に、誰もが困惑しているのは明らかだった。
更に言えば、先日、偶然にも発見した謎の屋敷の件についても隊員達の疑念に拍車をかけている。
あの場にいた老人レプリロイドは「バイル元老院名誉議長」の名を出し、十七部隊を牽制してきた。クラフト達はその名前の前に、一旦は渋々引き上げ、状況を元老院議会に報告、指示を仰いだ。しかし、それについても詳細な説明はされず、ただ「黙認せよ」の一点張りだ。
「過去の解放議会軍との取引といい……お偉方は我々をどうしたいのでしょうか」
今日のものも含めて元老院の決定はどれも、十七部隊員達が皆等しく持っている誇りや信念といった精神的部分を、尽く踏みにじるようなものばかりだった。
だが、「仕方あるまい」とクラフトは低い声で唸るように言う。
「結局彼らにとって、俺たちレプリロイドの戦闘員達はみな等しく、感情など気にかける必要もないただの雑兵にすぎんということだろう」
どれだけ“英雄”“精鋭”などと持て囃されようと、人類のトップ連中にとっては、所詮使い捨ての駒であり、いいように操作できなければ早々にも切り捨てる用意があるのだ。
激しい抗議の一つもしてやりたいところだが、そうしたところで何も変わらない。それどころか余計に自らの立場を悪くするだけだ。
ならば――――と、クラフトは渋々でも承諾することとした。
「機会は必ず巡ってくる――――そう信じて、今は耐えよう」
シメオンはクラフトの言葉に渋い顔をしながら頷いた。
誰よりも歯痒い思いをしているのは間違いなく、クラフトだ。手を伸ばせば直ぐにでも届く距離へと急接近できたというのに、その“手を伸ばすこと”自体を禁じられたのだから。
それから二人は気分を切り替えるように、他愛のない雑談を始める。――――と、ちょうどその瞬間に、「隊長!」と壮絶な剣幕で一人の女性レプリロイドが駆け込んできた。
「何故、紅いイレギュラー討伐に向かわないのですかッ!?」
「おまッ! マイア!」
肩を怒らせながら詰め寄り、乱暴に両手を机につける。
シメオンは思わず頭を抱えた。
「隊長ッ! 納得のいく説明をッ!」
「……納得のいく説明……か」
ため息混じりにクラフトが呟く。
その様子を見て、シメオンは咄嗟にマイアの肩を乱暴につかむ。睨み返してくるマイアに構わず、無理やり手を取り、そのまま引きずるようにして廊下へ出ていった。
マイアはその腕を乱暴に振りほどき、シメオンに向かって「いったいどういうつもりだ!」と吠えた。
シメオンは感情のまま怒鳴り返す。
「お前なぁ! そっくりそのまま返すぞ! 隊長だって――――……」
言いかけて堪えた。
状況を考えようともしないマイアに怒りと憤りが沸き上がっていたが、彼女の悔し気な表情を間近で直視し、その心中を察すればそれ以上追及することはできなかった。
先日の、紅いイレギュラーの足取りを辿る作戦には、マイアの班は招集を受けなかった。
これまで何度となくチームを組み、ボレアス山脈では直接紅いイレギュラーとやり合い、クラフト同様に苦い思いをした筈の彼女は、挽回を誓いながらも戦線から外されたのだ。
結果的に、紅いイレギュラーの本拠地が割れたのは別の方面ではあったが、そもそも紅いイレギュラー絡みの作戦に招集されなかったという不遇な扱いが、マイアにはどうしても許せなかったのだろう。
「…………私だって……まだ戦えるんだ……」
途端にしおらしい声でマイアが呟く。「ああ、そうだな」とシメオンは優しい声で返した。
だが、それはきっとクラフトも同様の思いだろう。
「まだ戦える」――――使命を遂げるまでは諦め切れない。そう固く思いながらも、その意志にストップをかけられた。
それでも彼は「耐えよう」と決めたのだ。
「上からの通達さ。隊長のことも分かってくれ」
「それでも……どうして私を外したんだ……」
「お前がそんなだからさ」と肩を竦ませる。事実、彼女の直情的な性分を危険視したからこそ、クラフトは外したのだ。
そこには任務の成功にかける信念もあったが、部下としての彼女の身を案じての決断でもあったのだろうと冷静に考えれば思い当たる。実際にボレアスでは生死を彷徨うまでの事態に陥ったのだから。
「『機会は必ず巡ってくる』――――俺達の聡明なリーダーがそう信じて耐えようとしているんだ。俺たちもそれに倣うべきじゃないか」
俯き加減で黙ったまま、マイアは渋々頷いた。それから酷く落ち込んだ様子で一人、自室へと戻っていった。
その様子に、シメオンはクラフトの内心を重ねてしまう。
誰よりも――――それこそマイアよりも、強い執念を、クラフトは抱いている筈だ。それならば今の状況で、普段通りに振る舞う彼の姿勢は、心から尊敬に値するものだろう。
と、司令室の扉が再び開く。
「マイアはどうした?」
「とりあえず大丈夫です。気を落ち着けて、なんとか帰ってくれましたよ」
「そうか」と短く呟き、クラフトは身を翻す。
「俺はこれから本国に一時帰投する」
「これまた……急ですね」
「ヴィルヘルム議長から直接の命だ。――――なにやら通信では済ませられない要件らしい」
「分かりました。留守は任せて下さい」
「頼む」と短く答えて、クラフトはそのまま空間転移装置管理室の方へと向かって歩いて行った。
その背を見つめながら、シメオンは“その機会”が直ぐにでも巡ってくることを祈らずにはいられなかった。
―――― * * * ――――
エネルギー施設から数百メートルほど離れた岩場にエル・クラージュを停めると、ゼロはひらりと座席から降りる。そして、先端部についたコアユニットを優しく撫でると「レルピィ」と呼びかける。
「一時間で俺が戻らなければ、お前はすぐにこの場を離れろ。そのまま白の団に戻るんだ」
「ちょっ! どういうつもりよダーリン!」
慌てたように声を上げるレルピィを「落ち着け」と笑いながら宥める。
「俺があそこで派手に立ち回れば、敵の増援が来る。そうなれば、ここにいるお前も無事に済むかはわからない……だろ?」
現在、紅いイレギュラー討伐のために集められた部隊がこちらへと矛先を向ければどうなるか。それなりの距離をとってはいるが、紅いイレギュラーのマシン――――それも冥海軍団から奪取された最新型のライドチェイサーならば、どう扱われるかは目に見えている。
危害を被る前に、レルピィはこの場を離れるべきだと、ゼロは判断したのだ。
「でも……ダーリンはどうするの?」
「心配するなよ。無事に終えたら、ここから離れて連絡する。その時は直ぐに飛んできてくれよな」
そう言って、ポンと車体を優しく叩く。
それから、「また後でな」とゼロは軽い足取りでエネルギー施設へと走りだした。思わず「ダーリン」と声を張り上げる。
「絶対……絶対ムリしないでね!」
その声に、ゼロは振り返らずに片手で答えた。
正直なところ、ゼロが本調子でないことには気づいていた。それでも、「白の団のみんなを“救うため”に赴くのだ」と言われてしまえば、それ以上何も言うことはできなかった。
“妙な覚悟”をしているのではないかと気になりもしたが、最後までそれを問い詰める勇気が湧かなかった。
今はこの岩場に隠れて、無事に帰って来てくれることを、予定通りに事が運ぶことを、どうかこの胸騒ぎが取り越し苦労であることを――――只管に祈った。
―――― * * * ――――
「ゼロをそのまま行かせたのか!?」
セルヴォが怒鳴るようにそう問い詰めるので、シエルは思わず目をつぶり、怯えたように肩を竦ませた。
その様子に気づき、セルヴォはバツが悪そうに口端を下げ、「ゴホン」と一つ咳払いをする。
「……ごめんなさい。私も止めようとしたのだけど……」
ゼロの様子を見て、そのまま行かせてしまった。「もう大丈夫」と手放しで思ったわけでは決してないが、それでもセルヴォがそこまで神経質になるほど酷い状態だとは思っていなかった。
「そこまで……酷いの?」
シエルが不安そうに問い返すと、セルヴォは言葉に詰まった。彼女がどれだけ深刻に受け止めているか、手に取るように分かったからだ。
「それは……」と言葉に詰まる。すると横から、「私が行かせたのですよ」と声が聞こえてきた。
「エルピス!?」
「どういうつもりだ」とそのまま詰め寄るが、エルピスはまるで気にしていないという表情で切り返す。
「言葉の通りですよ。私が唆したのです。白の団の現状、そして、烈空軍団の様子を伝えて…ね」
治療カプセルで休んでいたゼロにエルピスは接触し、現在の危機敵状況について説明をした。その上で、どのように回避すべきか相談を持ちかけたのだ。
ゼロが“誘導”を提案し、それに対しエルピスが最も有効だとなり得る作戦を提供したのだ。
「エルピス……君はゼロのことを……」
「分かっていますよ。そこまでの異常は無いのでしょう?」
エルピスの言葉に、シエルが首を傾げる。
セルヴォの先ほどの剣幕から察するに、ゼロの容態は決して良くないのだろうと思ったのだが。エルピスの口から出た言葉はまるで正反対であった。
しかし、セルヴォは困ったように眉間に皺を寄せる。
「確かにその通りだ。その通りなんだが……」
セルヴォが言葉を渋る理由は簡単だ。未だゼロの全てを解明できていない以上、自分たちの秤で“大丈夫”と決め付けることに些か不安があったのだ。それも、三体のミュートスレプリロイドと連戦したことを考えれば、尚更だ。
そういった不安を全て拭うためには、治療カプセルのみならず、各種精密検査を行う必要があった。だが、それらをパスすることも無いまま、ゼロは戦場へと出向いてしまった。
「……ゼロにもしものことがあれば……白の団は本当に壊滅するぞ」
たった一人に命運を託すというのも酷な事かもしれないが、現実的にその通りなのだ。勿論、それはエルピスも重々承知していた。だが、「だからこそです」と語気を強める。
「烈空軍団が大群で押し寄せて来たとしても、白の団は壊滅するでしょう。それを回避するためにも、ゼロさんにはここで踏ん張ってもらわなければなりません」
どちらの道が――――などというのは、現時点では考えようがない。それぞれの思う最善の策を行なっていくしか無いのだ。そして、エルピスとゼロは“そちら”を選んだ。
それ以上はセルヴォも言葉を返すことはできなかった。過ぎてしまった以上、押し問答を続けたところで無意味でもある。今はただ無事に帰ってくることを祈ることしかできないのだと素直に諦めた。
だが、傍らで静かに両手を組むシエルを見ると、やり切れない想いを抱かずにはいられなかった。
―――― 3 ――――
エマージェンシーコールが鳴り響く施設内を、パンテオン達は大慌てで駆けまわる。
基地内でセイバーを振り回す金髪、真紅の男――――紅いイレギュラーによる、このエネルギー施設襲撃は、施設内にいる部隊のみならず、ネオ・アルカディアのあらゆる軍団にとって、想定の範囲を大きく超えていた。
先日の戦いで、紅いイレギュラーの本拠地はネオ・アルカディア側に広く知れ渡ることとなった。賢将ハルピュイアは軍団を集結させ、一斉攻撃をかける構えを取ることで、紅いイレギュラーに対し、牽制をかける形をとったつもりだった。しかし、そうした動きに対し、紅いイレギュラーは臆すことなく、それどころか、難攻不落と言われる大型エネルギー施設への襲撃を敢行したのだ。
かくして、不意を突かれた形となった防衛部隊は、容易に紅いイレギュラーの侵入を許してしまった。
「基地中のテリーボムを奴にぶつけろ! 絶対に奥へ通すな!」
基地司令であるフェニック・マグマニオンより防衛部隊の指揮を任されているハストンは、通信機へと声を荒げて指示を叫ぶ。
その言葉通り、基地内の至るところに設けられた射出口から、多数のメカニロイドが紅いイレギュラーに向けて射出される。だが一機、また一機と華麗な剣さばきにより斬り落とされ、同時に、詰め込まれた火薬の分、引き起こされた爆発が基地に被害を生む。
「テリーボムの誘爆により、こちら側にも損害が!」
「クソぉ! 役立たずが!!」
拳を握り、音が出るほど強くコンソールを叩く。
それから口を噤み、自らに「落ち着け」と言い聞かせる。この程度で狼狽えていては、それこそ敵の思う壺だ。
大丈夫だ。この場に集められたのは烈空軍団内でも優秀な者ばかりだ。冷静に対処すれば相手が紅いイレギュラーだろうと、苦戦はすれど必ずや撃退できるに違いない。
「……パンテオン・ランチャー部隊をC7区画に配置しろ。ハンマー、ホッパー部隊で紅いイレギュラーをそこまで誘い込め。犠牲は厭わん。シールキャノンの援護射撃も忘れるな」
「しかし隊長……そこまでの侵入を……!」
部下が言いかけた言葉を掠め取るように「許して構わん」と言い切る。だがその目を見る限り、決して諦めやヤケクソの類ではないようだった。
「そこまで侵入させようと、奴を倒せば全ては解決する。唯一つ、なんとしてもマグマニオン様の寝所には近づけさせるな」
「くッ……了解!」
「それに……」とハストンはなんとか笑みを浮かべて見せる。
その先の区画までいけば、防衛戦力の切り札が使える。いかな紅いイレギュラーであろうと、奴には手を焼くだろう。
「ガザミールを起動させておけ」
「邪魔をするな!」
そう声を荒げてセイバーを振り下ろす。また一機、敵を斬り伏せ、その体を蹴り倒し、それからすかさず頭を下げる。振り回された鉄球を掻い潜り、その主であるパンテオンの喉元をまたもセイバーで一息に貫いた。
背後から飛びかかってくるパンテオン・ホッパーを回し蹴りで弾き飛ばす。重なる二体のパンテオンを雷神撃で貫くと、そのまま振り回し、力任せにもう一機のパンテオン・ハンマーにぶつける。その流れのまま、左腕を地にあて“落鳳波”を放った。周囲に発された無数のエネルギー弾が敵を次々と撃ち抜き、破壊する。
自身を取り囲んでいた包囲網を、ゼロはいとも容易く突破した。
しかし駆け出した瞬間、殺気に反応してその場から素早く飛び退く。極太のレーザー光が真横を掠め、空を切る。焦げたような匂いが鼻につく。
視線をその発射元に移せば、移動式の高出力エネルギーランチャーに跨る十数機のパンテオンが見えた。再び粒子が銃口に集まり、次弾発射のためにエネルギーを溜めているのが分かる。
「させるかよっ!」
掛け声と共に、緊急加速装置を利用して一気に距離を詰める。しかし、ゼットセイバーの刃が届くよりも早く、充填を終えたランチャーからまたしてもレーザーが放たれる。
レーザー光が霧散すると、そこからゼロの姿が消えていた。仕留めたかと思わず他のパンテオンと顔を見合わす――――その刹那、パンテオンの頭頂部から一直線に光の刃が突き刺さる。ランチャーがレーザーを放った瞬間に合わせ、レーザー光を隠れ蓑に、ゼロは頭上へと回避していたのだ。
それからパンテオンの残骸を乱暴に放り捨てると、そのままランチャーのハンドルに手を掛け、横のパンテオンへと銃口を向ける。
気付いたパンテオンがゼロの乗ったランチャーへと銃口を向け咄嗟に次弾を放とうとするが、それよりも一瞬早く、ゼロのランチャーからレーザーが放たれ、横一列に並んでいたランチャー部隊は壊滅した。
「戦利品だ」とばかりに、ランチャーのブースターを吹かしてそのまま移動する。目指すはフェニック・マグマニオンが待機している施設の深部。施設の機器を制御しているコントロールルームだ。
続々と姿を現すメカニロイドをレーザーで薙ぎ払い、その勢いに任せて施設内を一気に突き進んだ。
しかし開けた区画に入ったところで、突如、背筋を走った悪寒に従い、ランチャーから素早く飛び降りる。
間一髪というところで、放棄されたランチャーが巨大な塊に押し潰されたのを、地に膝をつけながら見届けた。
「何が起こったのか」と、その塊をよく見る。するとそれは甲殻類のソレによく似せて作られた巨大な鋏であり、その主はまるで巨大なカニのような姿形をした大型メカニロイドだった。
「番犬ならぬ……番蟹ってか…?」
苦笑を浮かべるゼロをよそに、姿を現した大型メカニロイド――――ガザミールは口元にブクブクと泡を生成すると、それをゼロに向けて発射した。
セイバーを振り回し、二、三発と砕いた後に横へ飛び退く。残りの泡が壁に着弾すると、その部分が無惨に溶解された。どうやら泡の正体は強酸性の物質らしい。
ガザミールは、背部に取り付けられた高出力ブースターを一気に吹かす。その巨体に似合わぬ高速移動でゼロへの距離を詰め、再び巨大な鋏を振り回す。ゼロは地を蹴り、高く飛び上がる。そして鋏を躱すと同時に、ゼットセイバーの切っ先を直下に構えるガザミールの甲羅に向けて、勢い良く降下する。
しかし甲羅に触れた時点でセイバーのエネルギーが呆気無く霧散する。どうやら上質のビームコーティングにより、攻撃を弾くようになっているらしい。ゼロは思わず舌打ちをする。そしてそのまま、ガザミールにより振り落とされた。
受け身をとって体勢を立て直す。すかさず振り下ろされるガザミールの鋏を掻い潜り、スレスレのところで躱す。
万全の状態だったならば、アースクラッシュによる直接攻撃を浴びせれば、どれだけの防御力を誇ろうと処理することができただろう。
だが今の状態で放つことが危険だというのは、誰よりもよく理解していた。アスラ・バスラ、ヘケロットとの戦闘の傷が完全に回復していない内に、アースクラッシュを全力で放てば、体への負担は馬鹿にできないはずだ。
その状態でフェニック・マグマニオンとやり合うことを考えれば尚更、その戦術を取ることは避けねばならない。
「となれば……地道に捌いてやるのが正解ってもんだな」
そう言ってほくそ笑む。追い詰められたようで、その実、短期決戦への望みを捨てさえすれば勝機は十二分にあった。
再びブースターを吹かして突撃を敢行するガザミールに、ゼロはゼットセイバーを構える。そして、振り下ろされた左の鋏を飛び退いて躱し、そのまま鋏の上にしがみついた。
「まずはコイツからだ!」
関節部の、僅かに見える極狭の継ぎ目へとゼットセイバーを正確に突き立て、そのまま鋏から飛び降りる。ゼロの身体とともに地面へと走らされたゼットセイバーの刃がガザミールの鋏を見事に切り落とした。
ガザミールは咄嗟に距離を取る。両腕の鋏を破壊されては敵わない。そのまま強酸の泡を放ち、応戦する。ゼロもまた、その泡を弾きながら、ガザミールを追撃する。
正直なところ、ゼロはここに時間と体力を掛けたくはなかった。
フェニック・マグマニオンとの戦いにどれだけの体力が必要かはっきりしない以上、これまでに最も苦戦したフラクロス戦を想定し、それに身体をもたせるだけのペース配分をする必要があった。
だが、こうなってしまった以上は仕方ない。できる限り冷静に努め、ダメージを負わないように警戒しながら臨むのみだ。
―――― * * * ――――
「ガザミール消失! 紅いイレギュラー、深部へ侵入!」
「まだだ! ゴーレム・Fを投入しろぉ!」
接触から二十数分の後、ガザミールの反応が消えた。どうやら紅いイレギュラーにより破壊されたらしい。
ハストンは焦燥感に駆られながら次の手を部下に命じる。だが、ガザミール以上の戦力は最早手元にはいない。紅いイレギュラーの体力が尽きるような幸運が起きでもしない限りは、この場での勝利はないだろう。
無論、紅いイレギュラーの方も、今までの敵に比べればそれなりの苦戦はしたに違いない。それでも、圧倒的な戦力差を覆すだけの能力を持っていたのだ。
モニターに映る紅いイレギュラーの戦闘力は、まさに鬼神の如く、止められようが無いように思えた。
「駄目だ! それ以上は絶対に行かせるなぁ!」
脆くも崩れ去るゴーレムをモニター越しに見つめ、ハストンは自分の頭を抱えながら絶叫を上げた。
次の瞬間、背筋が凍り付くような悪寒と共に、音声通信がハストンの耳に入る。
〔やれやれ、騒がしさに目覚めてみれば……何たる体たらく〕
「……マグ……マニオン…様」
ハストンが漏らしたその声に、部下たちも手を止め、恐る恐る彼の方に視線を向けた。
「これは……その…………我々も全力で…――――……‥‥」
〔言い訳はいりません。寧ろ“全力で挑めども、敵わない”などというのはどういうことか……説明を頂きたいものですな〕
脳内に響く、氷の如く冷酷な声に、ハストンは言葉を失う。
紅いイレギュラーを止めねばならなかった。なんとしても、どんな手を使おうとも。施設の長であり、深部での安眠を特に求める、彼の近くまで騒ぎを拡大させてはならなかった。――――彼の冷酷非道な処罰から、自身を護るためにも。
突然、ハストンは言葉にならぬ奇声を上げて硬直した。その眼球はグルグルと絶え間なく動き、開かれたままの口からは唾液がだらしなく溢れだす。
やがて、ガクガクと細かく震えた後、膝から力なくその場に倒れこみ、遂に動かなくなった。
〔指揮官という立場にありながら“役立たず”というのは、罪以外の何物でもありません。それ故に、この私が手ずから罰することとしました〕
今度は、唖然とした表情でハストンを見つめる部下の脳裏に、淡々とした声が響く。
〔これより、この場の指揮をお前に任せます。――――まずは、全部隊を引き上げさせ、紅いイレギュラーを私の元へ通しなさい〕
「りょ……了解です」と声を裏返させながら答えると、指揮権を委ねられた部下は直ぐ様その指示を施設内の全てのレプリロイドとメカニロイドに慌てて送信した。
それから紅いイレギュラーの反応が、深部のコントロールルームへと進む様子をじっと見つめる。そして辿り着いたことを確認すると、押し殺していた息を大きく吐き出した。
司令室内は、目の前でハストンが処分されたことへの恐怖感よりも、ようやく指示通りに務めを果たしたことに対する安堵感の方が強く漂っていた。それは、常識的に見れば異様な光景だったかもしれない。
―――― 4 ――――
電子ロックを解錠する手間も必要無く、目の前の扉はまるで内部へと誘うように、容易に開いた。
足を一歩踏み入れた瞬間、ゼロは思わず顔をしかめる。そこは、施設内の他の領域からは考えられない、尋常では無い灼熱に包まれた高温の部屋だった。辺りを見回せば、この灼熱の理由が直ぐに解った。
人工のものなのか、それとも天然のものなのかは分からないが、周囲を囲むようにして溶岩が敷き詰められていたのだ。いや、周囲だけではない。足元に視線を落とせば、格子状になっている床の隙間からもその様子が直ぐに見て取れた。
流石にこれだけの高温では、レプリロイドと言えど息苦しい。ゼロは肌の温感センサーの感度を弱めた。
入手したマップ上では、この部屋を抜けた先にコントロールルームがあると示されている。つまり、ここは敵の最終防衛ライン。待機している敵の見当はついている。
「全く困りますなあ……」
部屋の様子とは正反対の、冷たいナイフのような鋭い声が仄かな殺意とともに響く。
「この私が管理するエリアで、勝手な真似をされては……ね」
そう言って現れたミュートスレプリロイド――――フェニック・マグマニオンは、静かに降り立つとゼロを見つめて鼻で嘲笑った。
「お陰でオチオチ眠りもできません。この罪は重いですよ」
「成程、オネンネの時間だったわけか。悪いことをしたな。――――どうぞ気にせず、もう一度眠ってくれないか」
「勿論そうさせてもらいますよ。…………お前を処分した後でね」
そう言って睨むマグマニオン。しかしその場から一歩も動く気配を見せない。まるで「打ち込んで来い」とでも言うように。
対してゼロはゼットセイバーを構え、ジリジリと横歩きしながら、相手の様子を窺うように睨み返す。
先手をとって仕掛けても良い。実際、長期戦に身体を持たせるだけの自信はなかったし、何より部屋を取り巻く高熱がジワジワと身体を蝕むのが分かった。耐熱性能は間違いなく相手のほうが上なのだから、諸々の事情も踏まえて短期決戦に持ち込むに越したことはない。
だが、それでも相手の出方を伺うような形になるのには理由がある。この施設からほとんど外へ出たことのないマグマニオンの戦闘能力については、相当な猛者であるという噂以外、白の団のデータベースに記録されていなかった。それ故に、どうしても慎重な対応になってしまうのだ。
しばらく沈黙が続き、緊張の糸が張り詰める。ゼロは次第に、その視線によって心の奥底の方まで見透かされているような気分に苛まれ始めた。――――突然、マグマニオンは再び鼻を鳴らす。
「成程、“紅の破壊神”の異名を取るだけあって、なんと凶々しい輝きを放つ瞳か……。これは危険ですな」
口を再び開くやいなや、ゼロをそう評する。言葉は更に続く。
「いったいどれだけの生命を手に掛けてきたことか……まるで手に取るように分かります」
今度は「ククク」と声を漏らしながら小さく嘲笑う。
視線だけでなく、やけに淡々とした独特の喋り口調が、その台詞の信憑性を裏付けしているようで、悪寒が込み上げてきた。
「……フザケたことを抜かしてくれるなよ、鶏野郎」
挑発を返す。だが、その内心には既に焦りの色が滲んでいた。マグマニオンの、先ほどの言葉を信じたつもりはないが、それでも疲労のせいか、胸の奥がズクっと疼くのだ。
僅かにブレた表情に、マグマニオンは満足そうな笑みを小さく浮かべた。ゼロの本心を、まして、彼が抱えている苦悩の全てを見抜いているわけでは決して無い。しかし理由が分からずとも、効果が見える口上を戦いに利用しない手はない。
「“神”と言えば聞こえは良いですが……つまりは“殺戮兵器”、“破壊マシン”――――“英雄”などと称するには、些か汚れた心をお持ちのようだ」
「黙れッ!」
即座に地を蹴り緊急加速装置を吹かすと、ゼロは一気に距離を詰めた。
ここまで様子を伺うことに徹してきたが、これ以上は耐え切れない。精神的にも、体力的にも。
油断をしている内に討ち取ってしまえばそれで良いのだ。
ゼロの速度に対応する事ができず、マグマニオンは一歩も動けない。そのままゼットセイバーの閃光が縦一文字に振り下ろされる――――……‥‥
「危ない危ない……。間一髪……という所か」
「な……!?」
スレスレのところで、マグマニオンはゼロの刃を躱していた。しかし可怪しい。マグマニオンは確かに一歩も動いていなかったはずだ。距離を測り間違えたつもりもない。それともこちらが知覚できないほどの速度で動いたというのか。ゼロのセンサーのスペックから考えるに、それはあり得ないことだ。
「なんと野蛮な男でしょうか。これは確かに放っておけませんな」
言葉を失うゼロを憎悪の眼差しで睨みながら、鋼鉄の翼を大きく広げる。
「己の罪を悔い、清き罰を受けよ! 紅いイレギュラー!」
突然、翼が光を帯び、圧縮されたエネルギーの矢がゼロへと向けて放たれる。咄嗟にゼットセイバーを振るい防ぐが三発ほど叩き落としたところで、残りの二弾が左肩と脇腹に命中する。それほど威力は高くなく、コートを貫かれることはなかったが、その衝撃は確かに内部へダメージを与える。
思わず屈みこむが、咄嗟に頭を上げ、相手の方へ注意を向ける。再び攻撃態勢に入るマグマニオン。ゼロは傷みを堪えながらすかさず地を蹴り、その場を飛び退く。元いた場所に五本の矢が突き刺さるのを視界の端で確認した。
「野郎……好き勝手やりやがる!」
「こちらの台詞ですよ」
気づけば、元いた場所にマグマニオンの姿が見えない。声が聞こえた方へ視線を素早く移すと、そこには紅蓮の炎に包まれ、厳つい輝きを放つ火の鳥が構えていた。
「目障りだ……消えなさい!」
掛け声と共に、炎に身体を包まれたままゼロへと高速で突進する。再び寸前のところで、横へと飛び退いて躱す。鼻先を掠める炎の熱が、感度を下げた筈の温感センサーにまで灼熱を感じさせる。万が一にも直撃を食らえば、一溜まりもなかっただろう。
だが、大技の後には必ず隙が生まれると決まっている。事実、飛び退いたゼロにはマグマニオンの背中はがら空きだった。
ゼロは振り返ると共にゼットセイバーの刀身に流水を纏わせる。そして、マグマニオンへ向けて距離を詰めると、一直線に貫いた。――――しかし……
「感触が……!?」
無い。突き立てた時の鈍く重たい感覚が腕に伝わってこない。戸惑うゼロを他所に、「おお、またしても危なかった」と白々しく吐きながら、マグマニオンは再び上空に舞い上がった。
言葉では、偶然にも危機を脱せたことを喜んでいるが、その実、マグマニオンは少しも焦りを見せないどころか、優雅さを更に強く醸し出してすらいる。ゼロの攻撃など、とるに足らないとでも言うように。
その様子に、これまでの奇妙な体験の意味を勘繰る。きっと偶然などではない。マグマニオンが仕掛けた何かが影響して、ゼロの攻撃がズレたのだ。
「いったい…何をした……?」
「はて? 何の話で?」
ニヤリと嘲笑を浮かべながら、マグマニオンはゼロを見下す。その視線が、何よりその事実を物語っていた。
だが、どれだけ言葉を凝らしたところでその正体を明かすことはないだろう。今はただ、マグマニオンによって何らかのアクションを掛けられ、認識がズラされているということが分かっていれば良い。その内で何か問題があるとすれば、この症状がこの先悪化するかどうかだ。
「ごちゃごちゃ考えてる暇はない……速攻だ!」
緊急加速装置を作動させ、マグマニオンの真下へと潜り込む。そしてセイバーの刀身に雷を纏わせると、そこから一直線に上空へと斬り上げた。対空剣技――――“電刃”。
だが、マグマニオンが微かに身体をズラしただけで、その攻撃は容易く躱されてしまう。おそらくまた位置情報の認識をズラされたのだ。しかしそんなことは百も承知の上だ。
マグマニオンよりも高く飛び上がると、体勢を入れ替え、再び緊急加速装置を吹かす。滑空攻撃――――“旋墜斬”。油断しているマグマニオンの胴体、その中心へとセイバーとともに飛び込んだ。
「…………ッ!?」
そこにいた筈のマグマニオンの身体が、一瞬ぼやけたかと思うと、次の瞬間にはまるで煙のように消えていた。標的を失い戸惑うゼロは、そのまま地面へと無様に激突した。
「おお……怖い怖い」
頭上から聞こえてくる声は、僅かばかりではあるがゼロへと向けた嘲笑を確かに含んでいた。
「まるで曲芸ですね、あなたの剣技は」
「クソッ」苛立ちを抱えながら、ゼロは体勢を立て直す。するとその時、脳内を激しく揺さぶられるような激しい目眩と頭痛に襲われた。思わず体をくの字に曲げる。
それを見ていたマグマニオンは満面の笑みを浮かべ、「漸くですね」と零した。
「……何を…した?」
息を切らしながらゼロが問いかけると、静かに地上へと降り立ちながらマグマニオンは鼻で笑って返す。
「教えて差し上げよう。――――この部屋はね、断罪を求めているのですよ」
「断罪?」と、傷みと苦しみに耐えながら、疑問符を浮かべる。マグマニオンはまるで何かの物語の語り部のように、勿体ぶった口調で説明を続ける。
「罪人は、生きている限り己の罪を償わねばなりません。正しく罰を受けなければなりません。そうすることで罪は浄化され、この世に平穏がもたらされる」
普段ならば「戯言を」と吐き捨て、それ以上語れないよう斬りつけていた。だが、今のゼロはそんな事が出来る状況ではない。いつしか、閉じていた筈の傷口まで、まるで再び開いたかのように痛み始めている。
そんなゼロを尻目に、マグマニオンは言葉を続ける。
「この部屋はその“罰”を下す部屋なのです。――――では、その“罰”とは何か。無論それは“私”ではない。……そろそろお前にも見えるでしょう?」
「何がだ?」――――そう、問いかけようとして、ゼロは口を噤んだ。視界にいる筈のマグマニオンの姿が霞み始める。いや、それだけではない。施設の風景も何もかもが霞み始める。
そして、それとともに浮かび上がる幻影。思わず息を飲む。
「………バカ…な……」
目の前に現れたのはあの暗黒の世界。血染めの空。――――いや、それだけではない。人影もチラホラと見え始める。よく目を凝らしてみれば、皆それぞれ見覚えのある顔ばかりだった。
「……ガネシャリフ……アヌビステップ………フラクロス……………スタグロフ………ウロボックル……」
これまでゼロが斬り捨ててきた筈の敵が、揺らめきながらゆっくりとした足取りで近づいてくる。しかし、それだけで終わらなかった。
「……ダスティン……チャーリー………ロルフ……ミラン………マーク………トムス……」
彼らだけではない、他にも大勢の姿が見える。戦いの中、散っていった仲間達が、救えなかった者たちが群れとなり押し寄せてくる。そして――――
「……オレク………ナタリオ………………カムベアス」
平穏を願い、平和を望み、それでも叶わぬまま、争いの中に生命を落としていった者たち。無数の死者の群れが、ゼロを取り囲んだ。
「違う! これは――――ッ!」
ただの幻覚だ。フェニック・マグマニオンがなんらかの方法で作り出した幻影に決まっている。
罪? 罰? そんなものが、彼らとどう関係しているというのか。戦いの中、彼らの死は避けられなかった。それは決してゼロ一人の責任でも、罪でもない。
「――――“そう”思いたいのでしょう?」
まるで心の中を読んだかのように、冷笑とともにあの鋭い声が問いかける。いや、「問いかけ」ているのではない。確信しているのだ。ゼロの心の中を。「思いたい“だけ”」だと、そう本人に気づかせようとしているのだ。
「違う!」と否定の叫びを上げる。それとともに、ゼロは半狂乱のまま、ゼットセイバーを振り回した。その幻覚を切り捨てねば、これ以上見せつけられれば本当に気が狂ってしまう。
だが、数度セイバーを振り回したところでその手が止まる。気づいてしまった。腕に伝わる感触に、吹き上がる血飛沫に。その温もりに。死者の群れを斬り捨てた。その筈だ。だが、目の前の彼らは再び苦しんでいる。その痛みに。その傷に。
「……嘘…だ………」
セイバーを握る手が震え始める。激しい悪寒が胸の奥から込み上げ、ゼロを襲う。だが、どれだけ振り払おうと、彼らの姿は視界から消えてはくれない。救えなかった亡者の群れは、尚もゼロを取り囲み、ゆっくりと距離を縮めてくるだけだ。
「それがお前の“罪”であり、受けるべき“罰”なのです」
取り零してきた生命。斬り捨ててきた生命。己の手の届く範囲にいながら、遂に救えなかった者たち。
その幻影がゼロにとっての“罪”であり“罰”なのだと、マグマニオンは淡々と言い放つ。
「その記憶に揉まれ、罪を償いなさい。……そして浄化されるのです。その穢れた魂と共に…ね」
「違う……俺は………俺は……」
何を否定しているのか。それすらも分からなくなっていた。己の犯した罪を、その全てを突きつけられ、ゼロはただただ言葉を失い、顔を青ざめさせる。
そして、次に彼の前に現れたのは――――“彼女”。
「ぅ……あ…………」
アヌビステップとの戦闘中に見た幻影と同じだ。あの時と何ら変わりなく、いや、幾度と無く夢に現れた時とも変わりなく、“彼女”はゆっくりとした足取りで彼へと近づいてくる。
幻覚だ。夢だ。妄想の類だ。そう、思い込もうとしても、できない。
慣れたつもりだった。耐えられると思った。だが、これまで取り零してきた者達の眼差しと相まって、その苦しみと絶望の声に包まれて、ゼロの心は暗いドロドロとした渦のように醜い唸りを上げる。
「………嘘だ」
――――嘘じゃないわ
彼の声に答えるように、“彼女”の声が脳裏に響く。
――――安らげる世界なんてあなたは、今望んではいけないの
「やめてくれッ!」
恨み言のように響く、彼女の声に耳をふさぐ。
――――あなたはまだその世界にいなくてはならないの
取り戻すことなんて出来ないわ
それは“答え”だった。
――――どれだけ懺悔を繰り返そうとも
どれだけ赦しを請おうとも
あなたには何一つ取り戻すことなんか出来やしない
零したものはもう二度と拾い集めることはできない
殺めた命は
救えなかった命は
二度と取り返すことなんてできやしない
「 や め て く れ ぇ ッ ! 」
怒鳴り声とともに、ゼットセイバーを握りしめ、一気に駆け出した。そして“彼女”へと近づき、その腕を振り上げる。
だが、振り下ろしかけたところで、手が止まる。白い首筋に刃が触れたところで、それ以上は先へ振り下ろせない。当たり前だ。相手は誰よりも愛し、失うことを恐れた“彼女”なのだから。
何度となく耳に刻んだフレーズ。それは何度でも同様に、胸を抉るように突き刺さる。拒絶も、否定も、一切受け付けられる気配はない。
腹の底からドス黒い塊が喉元へとせり上がってくるのを感じる。それは恐怖であり、後悔であり、苦悩であり――――ゼロがこれまで抱いてきた負の感情、その集約だった。
悶え苦しむ彼に向け、“彼女”が言葉を紡ぎ出す。
――――ねえ……
彼女は手を伸ばす。
――――……私…待ってるから……
頬に触れる白い手。優しい手。
「…あぁ…」
――――…ずっと…ずっと…待ってるから…
「あぁ…ぁあぁ……」
分かっている。その手を。その肌を。その心を。
紅く。血のように染め上げてしまったのは、他の誰でもない――――…俺だ。
頭が割れるような痛みと共に一際大きなノイズが走る。
「あ あ ぁ ぁ あ ぁ あ ぁ ……」
待ってるから
待ってるから 待ってるから
待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから 待ってるから ――――…‥
「あ あ ぁ ぁ あ ぁ あ ぁ …あ あ ぁ ぁ あ ぁ あ ぁ …」
あなたが
死ぬまで
「あぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁああぁあぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁあぁああぁぁあぁぁぁあああぁああぁ!!!!」
―――― * * * ――――
悶えるゼロを足元に見据えながら、マグマニオンは不敵な笑みを浮かべる。
伝説の英雄といえど、この程度。いや、この領域の中に足を踏み入れた時点で、勝負は決していた。
フェニック・マグマニオンに搭載されているのは、この室内に浮かぶ無数のナノマシンを介して、敵のセンサーに干渉する特殊電磁波の発生装置だった。
視覚、触覚、聴覚、痛覚、嗅覚――――あらゆる感覚に干渉し、果ては記憶野にまで影響を及ぼし、本物に近い幻覚を見せつけることで、精神的に追い詰めるという悪辣極まりないものである。
無論、敵が見ている幻覚についてはマグマニオン自身には決して見えていない。だが、あらゆる実験、試験を重ねた後に、偶発的に観測できたその傾向を彼は熟知していた。
対象が見る幻覚は、記憶の“負”の部類と酷似する場合が多い。――――言わば、己の過去の“罪”を突きつけられることで、罪悪感が刺激され、精神的なダメージを受けるのだ。
ゼロほどの猛者がマグマニオンを捉えれなかった理由もその影響が関係する。電磁波の干渉、その初期段階に起こる視覚の狂いと、部屋に充満する灼熱の大気が起こす陽炎との二段構えが原因だった。
施設の外で戦おうものならば、ゼロの勝機は十二分にあった。無論、ミュートスレプリロイドとしての戦闘能力は他に引けを取らないが、フラクロスや闘将ファーブニルに比べれば、その戦闘センスは遥かに劣るといってよかった。
施設内、それもこの部屋から外に出て、開放的な空間へと足を運んだのなら、途端にナノマシンの性能はガタ落ちする。この密閉空間だからこそ、その真価を発揮できるのだ。
――――しかし、どのような評価を受けようと、勝ちさえすればそれで良いのです
一際大きな絶叫を上げるゼロに向け、嘲笑を浮かべながら、全身に薄く炎を纏う。その身体は放出されるエネルギーの影響で金色に輝き始める。
フェニック・マグマニオンが誇る必殺の技――――ライジングフレイム。そのモーションの大きさから、相当なリスクを背負う技であるが、今のゼロが相手ならば問題はない。容易くその身体を消し炭に変えることが出来るだろう。
「さあ、古き時代の破壊者よ……罪深く穢れた、邪悪なお前の心を…………この私の炎で 浄 化 し て や ろ う !」
掛け声と共に、ゼロに向かい真っ直ぐ突進をかける。
その速度には容赦など微塵もない。思わず口から漏れ出す高笑いとともに、獄炎の不死鳥は光の如く一直線に、勝利と栄光へ向けて空を駆け抜けた。
……待ってるから
あなたが
死ぬまで
・・・‥‥‥…………………………
[SYSTEM ………… STAND BY…………]
[……ERROR]
[……RNING]
[WARNING]
[WARNING]
[WARNIN……
…………………………‥‥‥・・・
―――― 5 ――――
理解が追いつかなかった。いや、どれだけ冷静を装うとも、事態を整理しようとも、一向に理解出来はしなかった。
確かに捉えたはずだ。軽快なステップを踏む快調な敵であるならばともかく、苦しみ悶え、身動きの取れない身体に向かっていったのだ。自分の感覚にトラブルが起きていない限り、このようなことはありえないことだ。
では自分が狂ったのか。目の前で悶えていた男と同様、特殊電磁波に当てられて。――――否、それこそあり得ない。自身の技に当てられて己を見失うなどというのは素人のやることだ。ミュートスレプリロイドとして生まれた自身に、そのようなバグが起こるはずもない。
では、何故だ。あらゆる状況を、可能性を考えようとも理解できない。何故だ。何故――――……‥‥
「何故……そこにいる……?」
恐る恐る振り向くマグマニオンの視界の端に、真紅のコートが揺れている。
可怪しい。先程までの状況と、自身の攻撃速度を合わせて考えれば、直撃を免れるはずもない。今頃、奴は消し炭になっていたはずだ。
だというのに、奴は平然と生きている。しかも背後に。――――それも、冷笑を浮かべながら。
………ククッ
瞬間、マグマニオンを襲ったのは言いようのない恐怖であった。
圧倒的強者を目の前にした時に感じるそれを、マグマニオンは全身で感じ取り、身を震わせた。先程まで高笑いをあげるまでに感じていた余裕など、欠片も残っていなかった。
“危険”――――先程、自身で挑発の為に吐いた言葉を思い出した。
先程までの彼の姿など、その内に入らなかった。そう、今は感じている。今、目の前にいる“彼”こそが、真に“危険”と評するにふさわしい相手だ。
「なにが……何が可怪しい!? 紅いイレギュラァーッ!」
困惑と恐怖を振り払うように吠えると、マグマニオンは再びエネルギーを両翼に集め、光の矢を紅いイレギュラーへと向けて放つ。
しかし、少しも焦ること無く、動揺もなく、紅いイレギュラーは瞬時に全て、手にした剣で叩き落とした。その場から一歩も動くこと無く。
そして僅かに向けてくる視線――――マグマニオンの心はそれによって、瞬時に凍てついた。
彼の眼差しは先程までの“正気なレプリロイド”のそれでは決してなかった。殺意とも、闘志とも違う。だが確かに嘲笑を含んでいる。――――そう、“生命”に対する嘲笑を。
反応ができなかった。
何が起こったのか、再び分からなかった。
気づけば自身の片翼が後方へと弾け飛んでいた。
気づけば目の前には紅いイレギュラーの顔があった。嘲笑を浮かべる冷酷な顔が。
「う……ぁぁぁあああぁぁあ!」
思わず叫び声を上げ、残った右翼を振り回す。だが、紅いイレギュラーはその翼を蹴り飛ばし、その反動を利用して空中で一回転し華麗に着地する。
するとそのまま瞬時にエネルギーを蓄積させた左腕を地に突き立てる。そこから放たれた光弾がマグマニオンを撃ち落とす。
地に墜ちたマグマニオンを紅いイレギュラーは休ませない。一気に距離を詰め、セイバーの切っ先を顔面に振り下ろす。間一髪のところで躱し、マグマニオンは咄嗟に全身から炎を吹き出した。
「目障りだ! 消えろォッ!」
マグマニオンの身体から吹き出した炎が紅いイレギュラーを包み込む。これだけの炎に包まれたのだ。一溜りもあるまい。
辛うじて手にした勝利と安堵の瞬間に、マグマニオンは思わず「ハハッ」と笑い声を零す。――――が、それも束の間の栄光に過ぎなかった。
「な……ぜ……?」
不審な気配に体を起こし、その方向へ目を向けると、悠然と立つ紅いイレギュラーの姿があった。
「バカな! 燃えたはず……ッ!?」
自分の目を疑う。確かに紅いイレギュラーの姿をした何者かがいた。しかし、そこには誰もいない。一片の消し炭すら。僅かなエネルギーの残滓だけがキラキラと舞っているだけだった。
困惑に包まれるマグマニオンを他所に、紅いイレギュラーは再びセイバーを振るう。すると二つの光の輪が、高速でマグマニオンに向けて放たれた。
マグマニオンは死にものぐるいで上空へと回避する。だが、片翼を失った今、困惑する頭ではまともなバランスが取れない。再び地に落ちる。――――その頭部を、紅いイレギュラーは容赦なく蹴り上げた。
鈍痛とともに跳ね上がった身体に、紅いイレギュラーは非情にも追撃をかける。足を振り下ろし踵で地面に叩きつける。体中を走る激痛に思わず短い悲鳴が漏れる。
かと思えば、そのマグマニオンの頭部は鷲掴みにされ、そのまま強引に身体と共に持ち上げられる。そして、力任せに壁へ叩きつけられた。炎を吹き出し己を護るだけの余裕も与えてはもらえない。
先程までと打って変わった凶悪な戦法に、マグマニオンは為す術なく、膝から崩れる。そこから何故か距離をとった紅いイレギュラーを、弱々しい視線で見つめる。
「……な……なんなんだ……お前…は」
そこにいたのはまるで別人だった。戦いの意義も、使命感の欠片も感じさせない、ただ生命を弄ぶ冷酷なイレギュラー。
気づけば男の身体は少しずつ黒ずみ始めていた。腕と脚を包むアーマーも、体に纏ったコートも、紅黒くじわじわと変色し始めている。いや、それだけではない。トレードマークの金髪も、少しずつ色が抜け、代わりに鈍い銀色の輝きを放ち始めていた。
そして口端に浮かべる歪んだ嘲笑。その様は、まるで――――……‥‥
「……あ…悪魔……ッ」
“悪魔”は手にした剣を天に向けて振り上げた。その柄を握る両腕からは凶々しい輝きが溢れ始める。
そして容赦も、躊躇いも、情けの欠片も無く、一際口端を大きく釣り上げると、そのまま刃を一直線に振り下ろした。
刹那――――発生したエネルギー波はマグマニオンの想定を遥かに超えていた。ゴーレムですら一撃で両断しようかという程巨大な刃と化したそれが、光速で地を駆ける。大地は裂け、抉られた地面からは礫が弾ける。
その凶刃は、咄嗟に身体を避けたマグマニオンの右翼を背後の壁とともに消し飛ばした。夢も、幻も……何もかもを零に帰す破壊の刃。――――きっとその光は基地の外まで溢れ出たことだろう。
壁の崩壊とともに立ち昇る煙。その中を揺らめく影が、真っ直ぐに近づいてくるのが分かる。けれど足腰に力が入らない。マグマニオンは恐怖のあまり言葉を失い、我を忘れた。
漆黒の身体へと変色した紅いイレギュラー――――ゼロは、マグマニオンの頭を左手で鷲掴み、翳すように持ち上げる。
そして、声を裏返らせながら、狂気じみた高笑いを浮かべた。
その声には破壊への嘆きも、救いへの憧れも、理想の欠片も無かった。ただ愉悦のみが彼の思考を支配していた。
「ファーーーーーーッハッハッハッハハッッハッハハアハッハアッハハハッハハハハハアアッハハハハハッハハハハハハハハ――――……‥‥!!」
狂ったように笑い声を上げ、左腕のジェネレーターを再び稼働させ、エネルギーを蓄積させる。
それを放てばどうなるか、簡単に予想がついた。その光景を想像するだけで興奮に胸が踊った。
ああ、自分はこれまで何を悩んでいたのだろうか。
「簡単ナコトダ! 悔ヤム必要モ、嘆ク必要モナニモナイ! ソンナモノダ!」
脳内に響く声にただ只管従えばいい。
破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ――――……‥‥
それは呪いの言葉でも、闇への誘いでもない。真に自由となるためのキーワードだった。
拒絶の必要も、否定の必要もない。その声に身を任せてしまえばそれで良かった。
斬り殺してきた敵? 救えなかった仲間達? ――――それがどうした。悔やむ必要も嘆く必要もない。
破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ――――……‥‥
なぜなら、自分は破壊のために生まれたのだから。破壊のために生まれ、それを行使するだけなのだから。
ようやくその愉悦に身を委ねることが出来る。この体を包む破壊の快感を、何の抵抗なく受け入れることが出来る。
これが本当の自分なのだと、全てを受け止めることが出来る。
破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ破壊シロ――――……‥‥
そうだ、全てを諦めればよかったのだ。
この身の宿命も、救えなかった生命も、殺めた“彼女”の記憶も。
それに抗い、理想を叫ぼうとするから苦しんだのだ。その全てを諦めて、棄ててしまえばよかったのだ。
破壊シロ破壊シロ破壊シロ――――……‥‥
おかげでこんなにも大きな快感を感じることができた。
こんなにも心が満たされることができた。
求めるものはここにあったのだ。常に、己の心の中に。
破壊シロ破壊シロ――――……‥‥
だからもう、全てを委ねよう。
この衝動に。この快楽に。愉悦に。
何もかもを壊し尽くして、破壊で心を満たそう。
そんな本来の自分に還ろう。
破壊シロ――――……‥‥
心の声に従い、破壊者となろう。
さあ、 破壊シロ
破 壊 シ ロ !
〔 そ ん な こ と で き る わ け が な い だ ろ う ! 〕
脳内に響く叫びとともに、左腕が振り解かれる。マグマニオンの身体は力なく地面に崩れ落ちるが、ゼロの意識はそれどころではない。
自身の意思と反した行動に、思わず首を傾げる。………意思と反した?
〔違う!〕
再びマグマニオンの頭を鷲掴もうとした左腕が硬直する。まるで何者かに引き止められたかのように。
それだけではない。身体がそこから動かない。まるで誰かに羽交い絞めにされたかのように。固く、身動きが取れなくなってしまった。
〔違う! それは……間違ってるだろう!〕
「何ガ間違ッテルトイウノカッ!?」
脳内に響く声へ向けて怒鳴るように問い返す。
そうだ、なにが間違ってる? 自身の心の声に耳を傾けることが。本当の願望を受け入れることが。宿命を受け入れることが。
何が間違っているというのか!?
〔それは……逃げているだけだ……〕
「逃ゲテル? 違ウ! 逃ゲテルノハ、オ前ノ方ダ!」
守りたい? 救いたい? 嘆き悲しみ、死を悼みたい?
違ウ! 違ウ! 違ウ! 違ウ! 違ウ! 違ウ! 違ウ!!
そんな風に綺麗事を並べ立てて逃げようとしているだけだ。己の宿命から。己の真実から。
何が“過去を背負って生きたい”だ。自身の犯した罪から、記憶と感情を美化することで逃れようとしていただけだ。
自分が綺麗な存在だと思い込みたかっただけだ。自分が殺戮機械であることを認めたくなかっただけだ。
自分モ、誰カヲ救エル力ヲ持ッテイルト思イ込ミタカッタダケダ!
“あいつ”ノヨウニ!
〔そうだ……俺はただ己を認めたくなかっただけだ……〕
憧れただけだ。誰かのために“涙”を流せる“あいつ”に。“あいつ”のように誰かを救いたかっただけだ。
ソシテ、何度現実ニ打チノメサレタ?
どれだけ零したくないと願っても。どれだけ腕を伸ばそうとも。この手はあまりにも小さすぎる。この背中は、あまりにも小さすぎる。
救えないものばかりだ。壊れてゆくものばかりだ。傷つけて、喪って、壊して、救えたかと思えばまた喪って――――……‥‥
百年前ト変ワラズ、堂々巡リヲ続ケテイルダケダ
〔……そうだ。何も変わっていない。何も変わらない。俺は………〕
世界に打ちのめされても。現実に叩き落されても。どれだけ胸を掻き毟られようと。ずっと変わらずに。
目覚めてから。記憶を失う前から。百年前から。眠りにつく前から。ずっと変わらずに――――……‥‥
「――――俺は……何も変わらず、“未来”を求めてる」
〔…………ッ!?〕
逃げているのかもしれない。自分の存在を拒絶しているだけかもしれない。
けれど。なればこそ“受け入れる”という選択肢は逃げの道だ。宿命とか、本能とか、真実とか――――そんな言葉を言い訳にしてそこへ身を落とせば、全てが楽になると分かっている。
しかし、それではきっと掴めない。“未来”は。あの日目指した“懐かしい未来”は。
「だから……俺…は………」
認めない。これから先、どれだけの困難が目の前に障害として在ろうとも。
この衝動に身を預け、楽になることなど、決してしたくはない。
たくさんのものを失ってきた。たくさんのものを傷つけてきた。殺めてきた。取り零してきた。しかし、だからこそ、この道を歩まねばならないのだ。
これ以上、大切なものを失いたくないから。
零せば取り戻せないものばかりだと、思い知っているからこそ。
「俺……は………‥‥」
いつしか周りを取り囲む亡者の群れは消えていた。
愛しい“彼女”の姿すらも。
紅黒く変色し始めていた色が、今度はじわじわと抜け落ちてゆく。
白銀に輝き始めていた髪も、その輝きを失い、見窄らしい白髪へと変わってゆく。
その様子に気付いたマグマニオンはなんとか身体を立ち上がらせる。
薄汚れた白へと色を変えたゼロは、その色同様に、力なくふらついている。
何が起きたのかは分からない。だが、これこそ千載一遇のチャンスに違いない。
「…………失せろ……紅いイレギュラァァァアアァァァァアァァッ!!!」
そう雄叫びを上げ、全身に炎を纏う、そして、最後の力を振り絞り、地を蹴った。
その瞬間――――背後の壁が弾けるとともに、無数のエネルギー弾がマグマニオンの背中を射抜いた。
「……ば…カ……な……ァ」
崩れた壁から飛び出してきた一台のライドチェイサーが、小さく断末魔を上げるマグマニオンの身体をそのまま弾き飛ばす。
冥海軍団より奪われた新型ライドチェイサー、アディオンⅨ“エル・クラージュ”――――レルピィが駆けつけたのだ。そしてゼロの元に近寄り、倒れこむ身体を受け止めるように急停車する。
「 ダ ー リ ン ッ ! 」
レルピィの悲痛な叫び声が響く。だが、返事は聞こえてこない。まだ息があることを確認して、ホッと胸を撫で下ろす。
すっかり様変わりした姿に戸惑いながらも、状況を冷静に判断する。車体を僅かに揺らし、ゼロの身体を安定させると、反対側の壁にエネルギー弾を放ち、風穴を開ける。
そしてアクセルを全開まで吹かし、その場から一目散に離脱した。
白の団の拠点へと戻るまでの間、走りながら声をかけ続けたが、返事は遂に一言も聞こえて来なかった。
―――― * * * ――――
「戦力、全て揃いましてございます、賢将様」
部下の報告に「ああ」と短く答え、くるりと振り返る。
無論、回線を通じての通信も行なってはいるが、こうした振る舞いが指揮の向上に関わるのだ。
そう理解しているからこそ、彼は揃えられた精鋭部隊の戦力全員に、声を張り上げて伝える。
「これより紅いイレギュラー討伐作戦を開始する。目標はレジスタンス組織が根城としている旧レプリフォース基地だ。総員、決して気を緩めるな。 我 ら 烈 空 軍 団 の 力 、 思 い 知 ら せ て や れ !」
その声に答えるように、レプリロイドの兵士たちは力強い敬礼で答える。
それから、彼の挙手に従い、兵士たちが乗り込んだ輸送機が空へと舞い上がり始める。それに続き、ゴーレムや空戦用メカニロイドもまた、地上を離れてゆく。
彼もまた大型空中戦艦に乗り込み、共に空へと飛び立った。
――――これで決着だ、紅いイレギュラー
己の正義を貫くために、この使命はなんとしても遂げなければならない。
そう。この手で終止符を打つのだ。この果てない闘争の終止符を。――――この戦いこそ、その鍵を握るだろうと確信していた。
白の団の監視用メカニロイドが、賢将ハルピュイア率いる烈空軍団の精鋭部隊を補足したのは、それから三十分後のことだった。
NEXT STAGE
Raging River